【前線基地/倉庫 [現地時間7:00]】
次の日を迎えた、黒髪少女《わたし》の額には、冷や汗が流れるのでした。
私の握る手には操縦棒。そこは戦鋼《せんこう》の操縦席《コクピット》と呼ばれる場所。
戦鋼計器は沈黙しており、前面装甲は解放され、倉庫内がよく見えます。
「全員集合《ぜんたいしゅうごう》ッ!」
今日もパック酒をくわえた、鬼殺し教官の檄が響きます。
集まるは、整備員達。
「これより、予備
整備員達はぴしっと一列に立つ。
「整備班《せいびはん》」
「各種点検、整備終わっておりますッ!」
「副整備班長」
「リカバリーまで十分でっせ」
「アオイ一曹ッ」
「戦鋼《せんこう》、起動を確認。いつでも大丈夫です」
「――――よしッ、ではエイチ、機体を始動させろ」
鬼殺し教官は、私を見ます。
「は、はいっ」
思わず震えてしまう、私の声。
戦鋼《せんこう》の起動。今まで何度も行った動きですが、今日は違います。
戦鋼はいつものものではなく、基地に配属された精鋭機。
まあ、つまるところ─────
「ナビィ、不味いです」
『どうした今更、腹でも痛いか』
「────操作が、操作が分かりませんっ」
操縦席《コクピット》周囲には、意味不明なスイッチ。
それが、頭上から、足元まで、びっしりです。
(ここまで複雑とは思いませんでした……)
前乗っていた機体は赤色の起動スイッチと数個のボタンしかなく、割とゲーム感覚で動かせたんですが。
「ナビィ、何とかなりませんか?」
『全く……少し待て』
神様仏様
脳内の幻聴は、私の右手を動かし、色々調べます。
「ど、どうにかなりますか、ナビィ?」
『ああ、安心しろ、
聞こえた言葉は、不穏の一言。
『────この戦鋼起動に必要なものが絶対的に欠けている』
何時までたっても戦鋼が起動しないのを不審に思ったのでしょうか。
鬼殺し教官が近づいてきます。
「どうした、何か問題があったか?」
「いや、あの……」
どうするべきでしょう。
諦めて事実を話すべきでしょうか。
それとも体調不良を訴えて、戦鋼が動かないのを誤魔化すべきでしょうか。
思考が、思考が纏まりません。
何か、何かいい方法があるはず、あるはず────
「────動《うご》かせませんでした」
結局、出てきたのは情けない声でした。
鬼殺し教官は、眉間にしわを寄せます。
「前に、乗っていた機体は分かるか?」
「せ、戦鋼《せんこう》の
「ああ……クソ教師を引いたパターンかぁ」
鬼殺し教官は、頭を押さえます。
操縦性が簡易で、すぐに直せるので私は好きなのですが。
「PNK-2? なんだその戦鋼?」
「大戦前に開発された量産機の名前ですな」
「昔、土木作業に使ってたな。基本操作は楽だぜ」
「まあ訓練機っていうよりラジコンみたいなもんだしな、アレ」
「失礼な、低コスト、低出力、紙装甲の3拍子を揃えた傑作量産機とは言われてますぞ」
「歩く棺桶の間違いじゃないか、それ」
外野の整備員達が騒ぎ始めます。
「静粛に────」
鬼殺し教官は口を開きます。
「整備員たちに問う────今、我々に必要なモノはなんだッ」
「不屈の精神です」
「違うッ」
「予備のパーツですッ」
「そうだが、今回は違うッ!」
「休暇、休める時間です」
「その通りだッ! アオイ一曹ッ!!」
鬼殺し教官は血走った目で叫び続けます。
「基地の戦鋼が動かせない? ならば訓練だ。
そもそも、こっちは外周警備を三人ローテでやってるんだぞ。
近頃はベットよりも戦鋼の中で寝た回数の方が多いわ、馬鹿がッ」
うんうんと頷く、アオイ一曹の乗る戦鋼。
「と、いう訳で、3日後に教材と時間を揃えて訓練だ」
得物を狩る目でこちらを見つめる、鬼殺し教官。
「────貴様を一人前の戦鋼乗りにしてやる」
その顔は笑顔ですが、眼は“ガチ”です。
◇◆◇
【前線基地/倉庫 [現地時間10:00]】
その後、今日は倉庫の整理を手伝い、となりました。
整備員の方曰く、散乱とした物資は片づけるより早く積みあがっていくらしいです。
何時もよりは少ないぞ、と言うのは鬼殺し教官の言です。
「持ちあげます」
「いいぞ、気をつけてあげてくれ」
荷物は、安全の為に二人一組で運んでいきます。
私の相棒は、作業服の着た青年です。
がっしりとした体格に、ぴっちりとふくれた整備服は木くずと油で汚れており、働きようが伺えます。
「まあ、ゆっくりやればいいさ」
整備員さんは、荷物を運びながら喋ります。
「ウチのような辺境は人手がつねに足らなくてな」
「結構いるようにみえますけど」
「整備員は多いが、操縦者はそうもいかなくてな」
「そうなんですか?」
「────嬢ちゃんが配属されて教官殿が小躍りするぐらいには、人手不足さ」
前線基地の問題。その一つに戦鋼のパイロット不足があります。
戦鋼の操縦者は、負傷率が高いにも関わらず、年齢とともに魔力は減少するため、人員が確保しにくいです。
「教官殿も悪気は無いんだ。それだけは知っておいてくれ」
聞き終わるころには、荷物は運び終え、整備員は別の荷物に取り掛かっていました。
私は一つを運んだだけで、息切れを起こし、離れた場所で休憩をしていました。
(少女の体は、本当に貧弱ですね)
天井のライトを見ながら出る感想は、不満と愚痴と、次の一手です。
「折角ですし、空いた3日間は基地の探索にあてますか......」
不名誉とはいえ、折角手に入れた時間です。
ここは基地を念入りに調査して、宝玉の奪取計画を立てていきたいところ。
「せめて3日間で宝玉の位置は特定したいですね」
『《《3日間で宝玉の回収までが》必須だろうな』
「ナビィ、それは急ぎすぎです」
私は脳内の幻聴に反論します。
今回計画しているのは狭い空間での盗み。
宝玉ということなので、それなりに警備も厳重なハズです。
もしも盗みが発覚した場合、最初に疑われかねないのは新参者の私。
盗んで、地球に帰るまでが、仕事です。
「故に計画は緻密に立てる必要があります」
『そうはいかないのが現状だ』
「なにか急ぐ理由がありますか?」
『────あの戦鋼、動かすには魔力が必要だ』
「私魔力がない欠陥兵士なんですけど……」
『ちなみに軍隊に入る条件として魔力が必須だぞ』
異世界に派遣される兵士は不測の事態に対応するために、ある程度の魔法の習得が必要となります。
私はそんなことが出来ないので、偽造書類で全てをごまかして派遣されています。
「前の機体みたく、魔力タンクとかは無かったのですか?」
『それらしき物は無い。
後で知ることになりますが、本来、戦鋼に魔力タンクはついていません。
PNK-2についていたのは前大戦中に魔力を持っていない人間すらも、戦闘に参加させる必要があった為です。
「ということは、つまり」
『お前が訓練で戦鋼を動かすことは不可能で』
「その結果、真っ当な派遣隊員ではないことがバレると」
『理解できたか────つまり、タイムリミットは3日だ』
はぁ。私はため息を一つ付きます。
神様はどうして私にこんなにも意地悪をするのでしょうか。
『どうする? 諦めて降参するか?』
「まさか、最後まであがいて死んでやりますよ」
全ては私が今日を生き残るため。
そんな決心を思い出した今日の日差しは、いつもと変わらず温かいものでした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字報告がありますと作者が喜びます。