【前線基地/食堂 [現地時刻7:00]】
黒髪少女《わたし》は、トレーに載った料理を運びます。
料理はほかほかとしており、触ればやけど間違いなしの出来立てです。
「焼肉定食です、どうぞ」
「おう、ありがとさん」
「激辛カレーうどんです」
「助かる」
「異世海老の滑らかなマンドレイクのムースリーミュッ......です」
「すばらしい」
そんな料理を、基地隊員に注文通り届けます。
胸に付いた肩書は【配膳係代打《はいぜんがかりだいだ》】
昼時の食事場所はまさに戦場ともいえるモノでした。
どんどん増える客、一向に終わらないレジ。
本来、基地の食事は無料なのですが、異世界の補給難度の高さから導入された購買制。
それがこの地獄に拍車をかけていました。
「なぜ、私は配膳係をしているのでしょう……」
『それは私も聞きたいところだ』
脳内の
「私が朝、あんなヘマをしなければ────」
時刻はちょっとだけ遡ります。
◇◆◇
【前線基地/食堂 [現地時刻5:55]】
食堂に現れるは、黒髪少女《わたし》。
仕事の時刻よりは早いですが、基地探索の為、早起きを実行しています。
「でも、やっぱり眠いですね」
布団とベットが良すぎる為か、いつもより長く睡眠をとりたくなってしまいます。
そんな眠い目をこすり、メニュー表を見ると。
「今日も相変わらずゲテモノばかりですね」
私自身、真っ当な食事ができる訳ではないのですが、液体飲料だけでは物足りなさもあります。
「やはり、ワームのゼリーに挑戦するべきか」
ですがお腹を壊した場合、間違いなく任務に支障が出ます。
ここは無難な選択をしておきましょう。
「栄養剤[緑]」
「ほう、栄養剤[赤]じゃないのですね」
聞こえた声は聞き覚えがある声。
「アオイ......一曹ですよね」
「正解、アオイちゃんでも、アオイお姉ちゃんでも可能ですよ」
「ええっと、アオイさんでお願します」
「では、アオイの姉貴までは妥協ラインです」
意味不明な言動をする、アオイ一曹こと、鉢巻女性。
今日も目元は鉢巻で隠れていますが、服は軍服にエプロンとなっています。
「ちなみにアオイさんは何をしているんですか?」
「業務、です」
「アオイさんは、戦鋼の操縦士ではないんですか」
「早朝、レジ業務兼鎮圧係を務めています」
前線基地の人手不足は深刻です。
具体的には役職にもう一つ別の仕事がふられるほど、困窮しています。
「ちなみにお会計は」
「会計……ですか?」
おかしいです。普通は基地のご飯は無料のハズです。
なぜ私はお金を請求されているのでしょうか。
「あの無料とかではないんですか……」
「いえ、物資不足の為、購買制が導入されています」
ポケットを触りますが、お金のおの字もないような軽さです。
そもそも少女の体になってから給料なんて一度も貰ったことがありませんので、お金はもっていません。
「もし払えなかった場合は」
「規則、で懲罰室行きとなっています」
「初回は温情とかは無いのでしょうか」
「規則、なので」
「あ、アオイの姉貴、其処をなんとかっ!」
「ンン、もう一声お願いします」
「アオイのお姉ちゃん、お願いしますっ!!」
「ぐッ、し、仕方ないですねッ」
胸を抑えてハァハァいうアオイ一曹は、妥協案を出してくれます。
それこそが【配膳係代打《はいぜんがかりだいだ》】という新たな任務です。
◇◆◇
【前線基地/食堂 [現地時刻6:30]】
「ちな、服装はこの服でお願いします」
「アオイさん、普通のエプロンでいいと思いますが」
「駄目、です。このフリフリのメイドエプロンでなければいけませんッ」
きゃーきゃー言うアオイ一曹を放置して、黒髪少女はメイド服に着替えます。
「凄く足が寒いです」
温暖な気候とはいえ、先程まで履いていたズボンを脱がされ、急にミニスカです。
デザインした人間にキレそうになるほど、絶対領域が冷えます。
「場所はここで合っているでしょうか」
進むは厨房の中。
メイド髪留めをしているとはいえ、帽子もせずに入っていいのか不安になります。
「すみませんっ、食事を受け取りに来ました」
「もう少しで、できるから待て」
「は────ええェ」
中で料理をしていたのは、パック酒を飲んでいる女性。
「なんだ、今度は教官ですか、みたいな視線は」
「その通りです」
中華鍋を盛大にふるう
「教官さんは、仕事大丈夫なんですか」
「ストレス発散の一環だ」
「いえ、そうではなく基地警備の方は」
「キイロなら大丈夫だと信じている」
「でも、この前戦鋼壊していたような」
「私だってたまには休みが欲しい時もあるッ」
ついには本音を隠さなくなった、鬼殺し教官。
ちなみにキイロ訓練生は今日も戦鋼を破損させ、鬼殺し教官は整備長《おやっさん》に怒られる羽目になります。
◇◆◇
【前線基地/食堂 [現地時刻13:30]】
昼の激務も捌き終わり、ようやく休憩と言ったところ。
一人席に座り、栄養剤[赤]をちゅーちゅーしていると────
「や、やあ、エイチちゃん」
私の名前を呼ぶ人物が一人。
「キイロさん、無事だったんですね」
「まあ無事だったような、無事じゃなかったような……」
「ところでエイチちゃんは今日は何をしてるの?」
「えっと、慈善事業《ボランティア》です......」
キイロ少女がじっと見つめるは、私のメイド服。
黄色い髪の毛を机にのせて、彼女は一つの結論に至ります。
「さてはエイチちゃん、無銭飲食したなぁッ」
「げっ、何故分かったんですか」
「私もしたことがあるからねッ」
「それは堂々と言う事ではない気がします」
キイロ訓練生も着任当日に基地のシステムを知らず、無銭飲食をしたそうです。
「私の時は酷かったよォ、一週間配膳作業だったしィ」
「それは大変ですね」
「しかも配膳溢して更に追加されたよ」
「そっちは自業自得です」
わーきゃーわーきゃー。
過去を思い出して恥ずかしくなったのか、キイロ少女は一瞬暴れて、すぐにしゅんと大人しくなります。
「あの私を見つめてどうしたんですか」
「うーんこれはねェ」
キイロ少女はうんうんと頷いて、笑顔で私にいいます。
「────とっても似合ってるよエイチちゃん」
「はぎゅっ」
なんともいえない気持ちです。
これでも元男なので可愛い物を着て可愛いと言われるのは、抵抗を覚えます。
抵抗を覚えるのですが、それはそれで悪くないような気も……
「いやいや、私は何をっ「実際、似合っているからな」────へっ」
「あっ、鬼殺し教官ッ」
正解と言わんばかりにパック酒を凹ます、鬼殺し教官。
私は妙な恥ずかしさで沈黙してしまいます。
(今だけは表情筋が死んでいるのに感謝しますね)
「きょ、教官実はですね」
キイロ少女は意を決して、教官に話しかけます。
「どうしたキイロ。警備が無事に終わらなかったか?」
「はいッ、警備は無事に終わりましたッ」
「なら私は休憩に向かってもいいか」
「ですが戦鋼の方が無事じゃなくてですね……」
「────キイロ、晴れの日というのは雲が3割あっても晴れというそうだ」
灰色の超プラスチックな天井を眺めて呟く、鬼殺し教官。
「その、あの、戦鋼の破損が4割ぐらいありまして」
「そうか、いって来る......」
とぼとぼ。鬼殺し教官は倉庫に向かって歩いていくのでした。
「ちなみに、そんな強敵がいたんですか?」
私は疑問に思います。
基地にある戦鋼はしっかりとしており、そこら辺の魔物の攻撃では何てことなさそうな装甲だと思います。
「実は急に大石が飛んできて、右腕が破損しちゃって」
「そんなに落石とか起こる場所なんですか、ここ」
「いやぁ、魔物の攻撃かと思ったけど、姿も影もなくてね」
「異世界の七不思議って事でしょうか」
「まあよくある不思議現象って言われたら、頷くしかないねッ」
そうして私の昼の休憩時間は過ぎていき、時刻は夕方になるのでした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字報告があると作者が喜びます。