【???/露天風呂? [現地時刻 たぶん夜]】
ちゃぽーん。耳のそばで水が跳ねる音が聞こえました。
「へっ⁉」
白い湯気がただよっている湯からは、ツンとした香り少々。
体は首までお湯に浸かっており、背中には石の感触を感じます。
「露天風呂……でしょうか?」
私はお湯をすくってみます。
お湯というものは知っていますが、いま手にすくっている液体は、私が知らない、首をかしげるほどのお湯です。
お湯は濁れば栄養に富むといいますが、このお湯は
空を見上げれば、手にすくっている星色とおなじ世界が広がっていました。
どこまでもつづく、黒なのに輝いている世界です。
空と露天風呂の境界は、見切り石がなければわからないほど同じですね。
「これ飲んでも大丈夫なんですかね」
普通に考えれば温泉の湯を飲むのは危険行為です。
ですが、星空に染まっているお湯なら、ちょっと飲んでみたいという好奇心が……
「ちょっとだけなら……うぇ」
不味いです。味が苦いとかではなく、頭をかき乱されるような感覚です。
脳内に異物が混入している気がするのでこれ以上は飲まない方がいい気がしてきます。
「ですが……頭は冴えてきましたね」
挑戦の成果と言うべきか、ぼやけていた記憶がはっきりとしてきます。
最後の光景は、獣王に極光を落とされた瞬間。
その後、なぜ温泉につかっているのかは不明です。
「────なにアホ顔を晒しているんだ、馬鹿」
声がしたほうに体を動かすと、湯船につかっている女性がいました。
赤髪をお団子状にまき、体にバスタオルを巻いている女性です。
「どちら様ですか?」
「どちら……ちっ、赤色とでも名乗っておくか」
なぜか赤色さんは不機嫌になります。
「その、私がなにか不快なことでも……」
「その反応自体がだいぶ不快だ」
「へっ?」
「まあ忘れさしたのは私だから、仕方ないことだがな」
なんの事だと、首をかしげる私です。
赤色さんは両手で器用に温泉をあつめて、
「だが、こうもアホ顔で忘れていると腹が立つものだ」
「それってどういう「ブシュッ」────うぎゃっ」
眼にお湯が入り、私は反射的に慌てます。
ですが数秒も経つと違和感に気づきます。
不思議と眼に水が入ったのにもかかわらず痛くないのです。
それは、浸かっている液体がやっぱりお湯ではないと思ってしまうほどでした。
「で、急に何をするんですか……」
「ちょっとは記憶が戻ったか?」
「お湯をかけられて記憶が戻るわけないじゃないですか」
「これだから馬鹿は」
気付けば赤色さんは、眼と鼻の先に移動しています。
バスタオルが当たり。豊満なモノがぐにゅっと歪んでいます。
「あ、あの、嫌がらせですか」
「当然だ。貴様と私では格が違うからな」
「そんなモノで格が決まるわけっ」
「狼狽えている時点で私の勝ちだ」
えっへん顔の赤色さん。
無性に腹が立つ私は、タオルにおもっきり顔をつっこんで、
「これでも、むっ……あれ、なんかこれ魔力でつくった胸と同じ気がします」
「な、何を言っているか分からない、なッ」
赤色さんの声がうわずって、傍から見ても焦っている様子。
自分の感覚を信じるために、今度は優しくバスタオルを揉んでみます。
「やっぱり龍姉のより柔らかすぎるような」
「ば、馬鹿な、姉のアレはこれぐらいだったはずだぞッ」
「いえ、もう少しハリのある感触でした」
「あ、ありえない……年齢によって弾力も増すというのか」
不覚をとったという顔になりつつも、赤色さんは自分の胸をごにょごにょと弄ります。
気付けばバスタオル越しの感触には弾力が追加されていました。
「やっぱりそれ、偽「ふんッ」────グキッ」
首元から聞こえてはいけない音が。
なんなら後ろの景色が見えています。
「反省はしたか」
「反省して元に戻るのでしょうか」
「大丈夫だ、逆に回転させればいい」
「んなわけっ、私はプラモデルじゃない「ふんッ」────うへっ」
どうやら私の体は、プラモデルだったようです。
首を動かしても問題がありませんし、やっぱりこの世界は夢と思えてきました。
「ほんと一体どうなってるんですか……」
「どうせ構成中の肉体だ。多少弄ってももとに戻る」
「あの、露天風呂で難しいことを言わないでください」
「だから馬鹿といっただろ。ここを露天風呂と認識している時点でマヌケだ」
赤色さんが口を開けば、罵倒の数々が飛び出してきます。
普通なら腹立たしい気持ちになりそうですが、私はどこか懐かしい気持ちになります。
「ここはただの露天風呂じゃないんですか?」
「露天風呂は認識のオマケだ。本質は“体の再構築”」
「体を、再構築?」
「その湯船をよく見てみろ、馬鹿」
瞳をひらいて、湯をすくい上げてみると、さらさらと湯が砂粒のように落ちていきます。
湯に混ざった粒は、やがて私の左腕に付着して────あれ?
「よく見れば、私の左手がないですね」
「いっただろ。体を再構築していると」
「じゃあ、この粒は体の元ですか」
「馬鹿が、魔力に決まっているだろ」
「魔力で私の体が治る?」
「言っただろう。
モノを知らない私には難しい話です。
分かりやすく言えば、体が地球由来の肉体から、異世界由来のモノに変化しているというお話です。
体が変わった影響がでるのはもう少し先のお話です。
「────それはそれとしてだ」
赤髪さんの手は、私の頭にのせられて、
「全く、どうやればこんな歪なモノになるんだ」
「それは色々ありまして」
なでなでと頭を撫でられます。
慣れているのか、髪を梳かれたときの気持ちよさ中々のものです。
「記憶が結晶化して、魔石になってるな……」
赤色さんは呆れながら、頭をぐりぐりします。
具体的には、出っ張っている角をおもっきり、押し込めようとします。
「あっ、ちょっ、痛い、それはかなり痛いですっ⁉」
「我慢しろ。ちょっと記憶が弄られるだけだ」
「ちょ、そ、それ大丈夫なんですかっ」
「大丈夫だろ。知らんけど」
ぐりぐりと、出ているところを引っ込められて、出てないところを引っ張られた感覚です。
ぜーはぜーは、と見切り石に手をついて頭を抑える私。
けらけらと笑っている赤色さんは満足そうです。
「中々にいい顔になったじゃないか」
「ホントですか……どっか凹んでたりしません、か?」
「まっ、私のモノらしくなったといった感じだな」
「いや、どういうことですか、それ」
「馬鹿が気にすること────もう時間か」
赤色さんは、空を見上げます。
私もつられて、空を見上げます。
「綺麗な、流星……」
「無粋な連中だな」
「えっ? 風景的には素晴らしい気がしますが」
「こっちが馬鹿と久しぶりに話しているのに“迎え”とは無粋だろ?」
「それって、どういう────」
赤色さんの発言を理解するよりも先に、流星が体に当たります。
尾をどこまでもひく流星は、逆再生されたように、空に戻っていきます。
「いってこい、馬鹿、」
赤色さんは、空に向かって、威勢よく声をかけます。
ですが、その顔は彼女自身でも気づかないほど、寂しいモノになっているのでした。
◇
オマケ
【???/露天風呂? [現地時刻 たぶん夜]】
赤色さんは、いまだに空を見上げています。
三度ほど瞼を閉じた後、思い出したように声をかけます。
「そういえば────お前たちは姿を見せなくてよかったのか」
白い湯気のむこうに、声は届いて、
「まっ、いいかなってッ」
黄色髪の少女が快活そうな声が返ってきます。
湯に浸かっている手には、なにやら大きな物体が引っ張られています。
「どちらかというと君が顔をみせないと」
「ぶくぶく(いや、ちょ、混浴はきいてないっすよっ)」
「今更でしょー、私たちの裸を見たところでだよ」
大きな物体こと、黒髪の少年は必死に、お湯に顔を浸けて、彼女らの姿をみないようにしています。
ですが、ぶくぶくと泡立っている中に、黒い色が流れてますから、むっつりスケベなだけかもしれません。
「いやー、いっちゃったね」
「おもりが終わって精々しているところだ」
「ほんとにィ?」
「なんだその訝しむような眼は……」
「どうせ魔力パスは残してるんでしょ、子煩悩だし」
「なっ、そんなことはないぞ。あの馬鹿になぞそこまで」
ふーんとジト目になる、黄色髪少女の視線。
注目するべきは、赤色さんのさきほどとは違う部分です。
「胸、ちっさくなってるね」
「なっ、これは役割を終えたからであって」
「そのお胸の魔力、どこにいったのかなァ」
「お湯にでも融けた……そういうことにしといてくれ」
「まっ、みんな考えることは同じってことだねッ」
「いや、どういうこと────はぁ」
よくみれば黄色髪少女の左手もなくなっています。
つまりはそういうことです。みんな、子煩悩という訳ですね、はい。
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