わたしの感覚が蘇ってきます。
背中に感じたのは、硬い石────触ってみると、磨かれた大理石のようにつるつるしています。
「食べるのは無理そうですね」
最初に感じたのは空腹です。そして次に感じたのは眠気。
頭をごろんとうごかすと、石に反射した少女の顔が映ります。
あくびをしている
「まあ、女になったのを思えば……あれ、そうでしたっけ?」
よくわからない記憶に疑問を持ちながら、ゆっくりと上体を起こしていきます。
「────古い、石の棺桶ですね」
小さく響いた声は、大きな部屋に広がっていきます。
ステンドグラスをゆらして、反響し、私にとどく前に消えていきます。
ガラス越しの光によって照らされた部屋には、石の棺桶が並んでいるのが分かります。
「湿っぽいのか、温かいのかよくわからない部屋ですね……」
「ふふふ、私は温かく感じてもらえると嬉しいかな」
声の方向には、不思議な女性がいました。
ほこりだらけ場所にもかかわらず、やけに綺麗な服装をした彼女。
純白のベールから赤髪がはみ出した彼女は、笑顔をしていました。
「あなたは?」
「そうね、私は教会クイーンさんとでも名乗っておくかな」
「初対面の方にこういうのはなんですが……もう少しいい名前はないんですか?」
「私としてはこれでも頑張った方なんだけど」
彼女は、なら、あなたがつけてよ、というジト目をしています。
「ではチャーチクイーン、略してチャックというのは」
「私はあなたが私以下のように感じるかな」
「なら教会クイーンさん、」
「私の勝ちということでいいかしら」
「ここはどこですか?」
「私は自分の名前にこだわってもらえなくて悲しいわ」
まつ毛を下にむけて、彼女はしょぼくれた顔をしています。
悪気はないのですが、ここがどこかの方が気になりますので、話を続けます。
「教会にしては悪質な部屋なので、死体置き場でしょうか」
「私としては頑張って綺麗にした方なんだけど」
「ですが、棺桶だらけの部屋って言うのが」
「私は冒険者がよく使う教会の蘇生部屋ってことを教えてあげる」
私は蘇生部屋、蘇生部屋と頭の中でころころと文字を転がすこと、数秒です。
私はふと、
ここは蘇生部屋、つまり。
「アレ、私────1回、死んでます?」
教会クイーンはこくこくと頷いてくれます。
こくこくと頷く彼女を見て蘇るのは、ギルドでもらったお言葉。
────蘇生料金が高い冒険者なんて、味方にいらないのよ。
私の背中に冷たい汗がつたります。
「あの、その、蘇生料金は……」
「私としては教会は寛大だから、後払いでも大丈夫と教えるね」
彼女は指をつかって5と、00と表示してくれます。
おかしいですね。桁一つぐらい間違ってませんかね。
金貨100枚で小国の国家予算とか聞いた気がするんですが。
「ちなみに、どのぐらい待ってくれる感じですかね」
「私はいつまででも待っててあげる」
彼女の寛大な言葉に、よぎる希望。
私は期待を込めて言葉を紡ぎます。
「────えっ、じゃあ踏み倒してもっ」
「────でも、私のギルドが許してくれないかな?」
希望なんてありませんでした。
「殺生な……せめて借金でとかお願いします」
「借金?」
こてん。教会クイーンさんは首をかしげます。
私は、借金を知らないとは、彼女はよほど裕福な場所で育ったんだなぁと思いました。
なので、彼女に借金とは、いかに素晴らしいシステムか教えてあげることにしましょう。
「いいですか、借金とは」
「借金とは?」
「金を猶予までに払えば、無限に買い物ができるシステムです」
「私は無限に買うと、お金を返せなくなると思うの」
「確かに借り過ぎると返せなくなりますが、そんな人は滅多にいないので大丈夫です」
私は力強く頷いておきます。
まさか借りた金を返せない人間が、目の前にいるわけないですからね。
「私はすごく都合のいいようにいっているなと感じるよ」
「う、そ、そんなことはありません」
「ふふふ、でも、私としては興味深いから許してあげる」
「ほんとですかっ」
「でも、私の期限は明日まで」
こてん。今度は私が首をかしげる番です。
あれ、それはただの無茶ぶりでは?
せめて、半年、いえ一年ぐらいで────口が細い指で塞がれます。
「私はあなたの口から無茶とか、無理とかは聞きたくないな」
「むごむご(現実的でないって話をですね)」
「そうかな?」
教会クイーンさんの瞳が青く変わりました。
まるで、私の全てを見通すような、澄んだ瞳の色をしています。
「ふふふ、やっぱり、私には絡まってるからよくわかんない」
「からまってる?」
「だから私は期待して待っておく」
細い指で軽く押されただけで、私はバランスを崩し、再び棺のなかに。
狭い視界に、極彩色が飛び散ったかとおもうと、
「────あなたが結末にたどり着く、その日まで」
反響する声だけが聞こえてきます。
あわてて体を起こしますが、
「教会クイーンさんが、いなくなってる?」
見渡せば、蘇生部屋のドアが開いていました。
彼女は出て行ってしまったのかと思っていると、今度はドアから入ってくる猫影が1つ。
「キイロニャ、キイロニャがいたニャッ!!」
やけにハイテンションな娘娘猫です。
つづいて、黒いツインテをたらした少女も入ってきます。
ドアに手をかけて、肩で息をきらすほど疲れてますから、よほど焦ってきたのでしょう。
「はぁはぁ、ニャン子の足速すぎるでしょ……」
「だってキイロニャが復活だニャ」
「だからって……はー、疲れた」
あきれた顔のツインテさん。手にはリンゴが1つ。
ポイっと私に投げられます。
「ほら、どうせお腹減ってるでしょ」
「よくご存知で」
私は芯ごとかぶりつきます。
甘みよりも、酸味が強いりんごですが、気にしません。
「ばきばき、ごりごり、がりがり」
「到底、少女の口から出ていい音じゃないわね」
「もぐもぐ、ごっくん・・・ごちそうさまです」
りんごをまるごと飲み込むと、お腹が膨れ、頭もすっきりした気がします。
やはり空腹は大敵ですね。
「あっ、そういえば、教会クイーンさんを見ましたか?」
「なによ、そのヘンテコな名前……」
「見た目は、純白のベールを被った綺麗な人なんですが」
いわれてみると、変な名前ですね。
だから彼女も名前を欲していたりしたのでしょうか?
「まっ、どんな見かけだろうが関係ないけどね」
「そうなんですか?」
「だって────そもそも、ここに来るまで誰ともすれ違ってないわよ」
「ほえ?」
狐に化かされたような気分になった私。
ドアから吹き込んだ風は、私たちは何者でもあり、何者にもなれないモノだよ、と囁いていました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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