マジシャンズ / 奪われたロストロギア 作:紅乃 晴@小説アカ
幕間: 孤独のエリッサ~食事の流儀~
「ごめんねぇ。丁度材料切らしてて」
休日の昼。サンドワームを料理として出す店があるという噂をまことしやかに聞いたエリッサが街の大衆居酒屋に足を向けるが、夜に向けて仕込み中だった女将から返ってきた言葉は無慈悲だった。
(がーんだな…出鼻をくじかれた…)
「あぁ、でもアンタ確かカンリキョクとかいうギルドの人なんでしょ?」
「えぇ、あぁ、はい。そうです。管理局のエリッサ・ハートライナーです」
色々と細かい誤解があるが、街の人一人一人に説明する義理もないし、何より面倒なので適当に頷くエリッサ。
「アンタ運がいいねぇ…。今日の夕方にサンドワーム漁があるんだよ。護衛がてら見学に行ってみたらどうだい?」
サンドワームはこの世界、ヘンリー・ヴァンダーでは言わずと知れた大食漢だ。元は古代文明の生物兵器らしいが、文明が滅んで久しい今、「最初から自然界に居ましたが?」という我が物顔でヒエラルキーの頂点に胡座をかく、憎たらしい芋虫野郎だ。
そんなサンドワームは成体になると全長数十メートル、巨大なものになると百メートルにも届く巨体で砂中を移動し、通り掛かる全てを呑み込む王と化すが、その幼虫が「こいつ食ったら結構旨いぞ」と言うことが人類に知れ渡ると、途端にヒエラルキーの頂点から引き摺り降ろされ、“王”は“食材”となった。
「サンドワーム漁の鉄則は“夜に漁をしろ”だ!昼は成体ワームがウロウロしてっからな!」
「成体は食べられないんですか!?」
「皮も肉の繊維も厚すぎて食えたもんじゃねぇ!それに奴さん、止まると自重で内臓が潰れて自分の胃液で自分を溶かすんだ!!」
「じゃあどうやって生きてるんです!?」
「サンドワームは口ずっと開けてっだろ!入った砂を“えら”からジェットエンジンみたいに吹き出して推力得てんだとよ!!」
「マグロみたいですねぇ!」
「なんだそれぇ!?」
「止まったら死ぬ魚です!」
轟音を轟かせながら砂上を進む帆船。その上で声を大にして漁師の男性と会話していると、ほどなくして目的地に到着した。一見するとなんでもない砂の上に、漁師は手際良く大きな網を敷いていく。
「この網には連中の好物の昆虫を紐でくくりつけてあって、だめ押しに昆虫パウダーをかけてんだ」
連中、“目がない”のに好物には“目がない”からな。と続けた漁師は慣れた手付きで投網を終わらせ、船の中央で鍋に火をかけ始める。
「何が始まるんです?」
「持久戦だよ、持久戦」
グツグツと煮立った水鍋に、船に吊るしてあった干し肉を一口大に切って入れる。十分と経たない内に焼けた肉と、塩の香りが鼻孔をくすぐってきた。
「この肉は?」
「アンタ本当に何も知らねぇんだな。“サンドワームの塩漬け干し肉”つったら、砂漠渡りの必需品よ?」
サンドワームの肉をそのまま天日干しにすると、その“匂い”が同族を呼び寄せてしまうのだ。それを防ぐための塩漬けなのだが、熱い砂漠を移動すると失われる塩分を効率的に接種出来るという副次効果もあった。
「最も、そのままだと塩っ気強すぎて食えたもんじゃねぇ。こうやって鍋にして、香り誤魔化しにハーブ突っ込んでやりゃ、砂漠のお供の完成よ」
「へぇ…そうやって食べるんですね。スイーパー・ギルドのジャンさんそのまま齧ってましたけど」
「そりゃアイツがバカだからだ」
そりゃそうか、とエリッサはバリバリと乾燥した塩漬けの肉を食べる野生児全開なバカを思い返してすぐに思考を切り替える。完成した料理も水、塩、肉、ハーブという栄養バランス完全無視のバカ漢料理だが、“砂漠のお供”と言われるだけあって、砂漠を渡るのに必要な栄養だけを詰め込んでいるのだろう。その証拠に砂漠の真ん中で肉を一片、スープを一口含んでみれば、「これなら砂漠を踏破出来そう」と思えるもの。
余談だが「サンドワームを食べるという第一目標は達成したのでは?」という問いは無粋というもの。
ある辺境探検家は言った。
「ゲテモノ料理とは【何を食べるか】ではなく、【どうやって食べるのか】が重要」だと。
………。
……。
…。
「そぉら…来るぞ来るぞぉ!!」
鍋で体を温め、待つこと小時間。比較的早く“群れ”が来た。
「ほっ、本当に多いですね!?」
幼虫といっても、そこはサンドワーム、小さな個体でも1メートルはある。一度に何百という数が一斉に孵化する幼サンドワームは生まれたてで熱に弱く、日中は砂の中に潜み、夜になると本格的に“漁”を始めるのだが、猛暑を避ける以外に“成虫サンドワームから逃れる”という理由もあった。
自然に産み出された訳ではないこの“王”は、なんと産み出した子ども達すら“ご馳走”なのだ。親という最大の脅威から身を隠しながら…生まれながらにして敗北を味わい、そして兄弟達を蹴落とし頂点に達した個体のみが成体として“王”になるのだ。
そんな過酷な生存競争の中にある幼サンドワーム。それがまるで雲の影の様な群体で砂漠を移動していた。よくもまぁあれを見て「食ったら旨いかもしれねぇ」とチャレンジしたものである。
「引き上げろぉい!」
餌目掛けて網に掛かった幼サンドワームを機械式の巻き取り装置で一気に船へと引きずり込む。船底はエンジンの排気熱が充満しており、幼サンドワームは一気に大人しくなる。
ほどなくして船は満席になり、溢れた幼虫サンドワームを砂に還す行為に違和感を覚えたエリッサはつい疑問を口にしてしまう。
「害虫駆除の類いだと思ったんですが、逃がすんですね」
「あたぼうよ。根こそぎ持っていったら飢えるのは俺たちだかんな。それに、向こうも“ライバル減らしてくれてありがとよ”って感謝してらぁ」
エリッサが自然との調和の意味を肌で感じていた、その時だ。
「!?」
船を真横から襲う、明らかに異常な衝撃。
「サンドワームだぁっ!!」
船乗りが腰の抜かすと同時、5メートル程のサンドワームが砂中から姿を現した。脱皮を繰り返し成長したその体は、硬い皮に覆われ始めている。成長はしているが、まだ昼に出れば“餌”になるので、大人のいない夜の時間に威張る、まるで背伸びしてヤンチャする思春期の少年のごとき存在。
「私に任せて!スパイラルッ…!!」
……。
『あと、漁するときに気を付けなきゃなんねぇのは、脱皮繰り返した個体だ。鉄の鏃でも貫けねぇ皮の癖に、中はまだ幼体だから消化器官が未熟で、皮と内臓に圧迫された肉には臭いが移る』
『つまり?』
『硬い、臭い、食うとこない』
船乗りとの会話を思い出しながら、即座にデバイスを展開するエリッサ。魔力の刃は全力全開には程遠いが、敵の角度と距離は最高。必殺の間合いだった。
「…うるるるぁぁぁいっ!」
投擲された魔力の刃が、小山で威張るサンドワームの口に放り込まれる……。
………。
……。
…。
サンドワームの塩漬け干し以外の食べ方、それは見た目に反したシンプルな食べ方……つまり、唐揚げだった。
低温の植物由来の軽い油でじっくり中まで火を通したサンドワームは、まるで鳥のむね肉の唐揚げのようなさっぱりとした味わいがあった。
「……普通に美味いわね」
「だろ!?これを食いながら飲むのが…最高なのよ!」
そういって船乗りに出されたのは、黄金に光る液体。どこ世界でも変わらない、“命の水”だ。
「~~~~~~ッ!!」
蓋を開ければ、珍しい料理ではなかった。
だが、エリッサはさほど気にしない。
【何を食べるか】ではなく、
【どうやって食べるか】が重要なのだから…。