マジシャンズ / 奪われたロストロギア 作:紅乃 晴@小説アカ
砂漠で荒れ狂うサンドワームというこの世界の頂点に位置する原生生物の様を見て、そんな化け物の巣穴にやってきたと聞いたなのはたちは、一体どんな地獄なのだろうかと戦々恐々していたのだが、その地獄とイメージしていた場所は思いのほか静寂に包まれていた。
風の音もなく、人のいる気配もなく、なにより化け物が蠢くような地鳴りのような音と聞こえない。シンと静まり返ったその地を行く砂船は、ゴーストタウンと化した「旧拠点」の桟橋に接舷する。
「道を外れないようついて来てくださいね。一歩待ち構えればサンドワームの巣穴ですから」
そう言って案内するクロフォードを先頭に、サガミ、ジェイクが続き、そしてなのはたち管理局一行。最後尾は武器をぶん投げた罰として荷物用ソリに積まれた機材を運ぶジャンである。
念の為にサガミとジェイクは抜身の剣と戦斧を手に持ったまま、周囲を警戒していて、なのはたちもそれに倣うようにあたりを見渡した。
やってきた旧拠点は、印が付けられた道以外は活用されていた当時の姿のまま残っていて、交易していた市場や、居住用の建物も目立った破損はなく砂漠から流れてくる横風に吹かれている。
「……予想以上に綺麗に残ってるんですね」
「サンドワームの特性上、巣穴は深く地下に作るので地上がめちゃくちゃになることはあまり無いんですよ」
まぁ人が住めるかと言われると全くの別問題ですが、とクロフォードは言葉を続ける。それにさっき突破したサンドワームの縄張りがあるので、たとえ魔力が使えたとしても、おいそれと近づけるような場所ではないと想像できた。
また、道に印が打たれている理由を聞いたところ、深い地下に巣穴を作るとはいえ、地下が穴ボコなのも確か。下手に力が加わると陥没する恐れがあるとのこと。陥没した場合どうなるか?下手するとそのまま巣穴に残っているサンドワームとご対面する可能性がある。
先ほどのスイーパーたちの大立ち回りを見た後でそれを聞いたなのはたちは、特に反論も意見もせずにこの地を熟知するクロフォードたちの進んだルートをピッタリとなぞることに意識を集中させるのだった。
旧拠点の大通りを進むと、横に入る脇道が現れる。印と地下の形状サーチナビを持つクロフォードは安全なルートを確保しつつ、その脇道へと入っていく。途中、遠回りや横に逸れたりもしたが、砂船の航海に比べればかなり穏やかに目的の場所に辿り着くことができた。
「ここです。旧拠点……装置が壊れてなければいいのですが」
土壁で作られた角ばった建物。扉はすでに風化したのか外れていて、中に足を踏み入れると大きな広間には外から吹き入った砂で足場が埋もれていた。
ついてきてくださいとクロフォードに従い一行は奇跡的に残っていた階段で上のフロアへの上がる。いくつかの部屋を覗くと、別れていたメリーが「この部屋です!」と声をあげる。
彼女の前にはかなり古い型式であるものの、なのはたちが望んだ長距離通信用機器が鎮座していた。もともと過酷な外世界でも使えるよう堅牢に設計されている機器だが、長年使われていなかったことや、砂に晒されていたこともあり、外観はかなり痛んでいた。
「ジャン。外部電源をくれ。ケーブルは6番だ」
サガミは通信機器の接続ポートを確認すると、すぐに荷物を持っていたジャンにそう伝える。ジャンも手際よく整理された荷物からリクエストされた外部電源用のケーブルを取り出し、準備を進めていく。
「なんだ?俺たちが機械に強くて意外だったか?」
その手際の良さになのはたちの目が点になっていることに、サガミは小さく笑う。
このヘンリー・ヴァンダーは外縁世界である。
物資や人員が十全でない上に、原生生物の影響で移動は輸送機や砂船だ。当然、移動中の機械トラブルなんてしょっちゅうあるし、修理できずに立ち往生していたら原生生物の腹の中に収まること間違いなし。そんな過酷な世界であることから、サガミやジャン、ジェイクにクロフォードも最低限の整備や修理、調整に関する技術や知識を持っているのが当然だった。
電源を接続してノイズがスピーカーから流れ出す。見た目はあれだが、中身は無事のようだ。他の機能をチェックした後、クロフォードが周波チャンネルを操作するダイアルを管理局側の責任者であるファーンへと渡す。
受け取った彼女がチャンネルを合わせるとノイズだけが流れていた音声に変化が生じた。
「上手く起動できたようだな」
【なのは!なのは聞こえるか!?】
すこしの雑音と、こもる様な音声にはなるものの、そこから聞こえてきた声は間違いなくフェイトの義兄であるクロノ・ハラオウンの声であった。
「クロノくん!聞こえるよ!」
なのはの言葉に安堵するようなため息がスピーカーから響く。さらにクロノの後ろからもなのはたちの安否がわかって安心するスタッフやよく知る者たちの声もかすかに聞こえていた。
【良かった……そちらは無事に辿り着いたようだな】
ミッドチルダとヘンリー・ヴァンダーの距離はとてつもなく遠い。
それに現着したことを知らせる通信機器もなかったことから、クロノたちがいる場からこちらの様子を確認する術は皆無だったのだ。
無事に辿り着いたことを知ったクロノに、ヘンリー・ヴァンダーに到着してからの流れを伝えるなのはたちだったが、その報告を聞き終えたクロノから発せられた言葉は、あまりいいものではなかった。
【君たちの状況は理解できた。……ただ、次元跳躍だが、君たちが行った直後に電磁チャンバーに深刻なダメージが出たんだ。シグナムやヴィータたちからせっつかれているんだが、復旧と調整には時間がかかりそうだ】
「ハラオウン執務官。こちらはロストロギアの護衛担当指揮官、ファーン・コラードです。援軍が来るのは厳しいってこと?」
横から入ったファーンの言葉に、クロノは少し口をつぐんでから、「その通りだ」と答える。次元跳躍装置のメインとなる電磁チャンバーとそれに付随する機器が軒並みダメになったらしい。
マリエル含む管理局の技術スタッフが全力で復旧にあたっているようだが次元跳躍装置の復旧目処は未だ不透明。
それに、なのはたちから報告が上がったヘンリー・ヴァンダーの特有の魔力素の問題もあるため、それら対策をせずに乗り込むことはあまりにもリスクが大きい。
【それを踏まえた上で救援隊も向かわせるが、そちらの状況も鑑みると着くのは少なくとも一ヶ月はかかる】
だろうな、とその場にいる誰もが思いつつも、管理局組は見るからに落胆していた。高速艦艇で最短航路を突っ切っても一ヶ月。しかもその前にヘンリー・ヴァンダーの魔力素への対策も考えなければならないので、遅れる可能性も大だ。この世界から脱出するにしても、外部の人間に頼らざる得ない状況のため希望的観測が過ぎる。
つまり、今なのはたちにできることはひとつ。
【難しいだろうが、君たちは無茶はせずジュエルシードの護衛を……】
そこでノイズが大きくなり、聞こえていたクロノの声がかき消された。故障か?となのはたちが思ったと同時に通信機の各所で点灯していたランプもパタリと消えてしまった。
「通信が切れた?」
すぐさま通信機の下側を屈んで覗き込むサガミ。確認すると理由は単純であった。
「外部電源のバッテリーが落ちたな。代わりのバッテリーすぐに……」
と、サガミが立ち上がりながら言おうとした瞬間だった。風と砂漠の細かな砂に叩かれ、傷だらけになっていた窓ガラスが突如として割れた。傷のせいで外が見えないことや、通信に気を取られていたこと。
なにより、ここがサンドワームの巣穴の真上であるということから、「まさかこのタイミングで仕掛けては来ないだろう」と、サガミを含め全員がどこかで油断していた。
そして、そのだろうという予測は裏切られる。魔剣を構えて突撃してきた騎士の登場によって。
「やぁ、サガミ・バルディオくん。こんにちは。また君に会えて私は嬉しいよ」
反対側の壁をぶち破って2階から放り出されたサガミは、素早く姿勢を整えて地面に着地する。その顔は少し、肝を冷やしたような色に染まっていた。ギリギリのところでドワーズを差しこめていたから致命傷は避けられたが、もう少し遅かったら胴体を剣で貫かれていただろう。
そんな紙一重の反応に、剣を奮ってきた男。
魔石騎士団のアルネスト・エッセは剣を携えたまま満足そうにそう言葉を投げかけてくる。つくづく気に食わない奴だとサガミと改めてドワーズを構えて顔を顰めた。
「俺はアンタには会いたくなかったがな……」
吹き飛ばされたサガミの後を追う形でなのはたちも建物から出てくるが、対するアルネストはまるで世間話でもするような素振りで言葉を続けた。
「まだ我々は敵対関係では無い。まぁ君たちから見れば厄介者だろうがね。ここは剣は取らずに理性的に言葉で語り合おうじゃないか」
いや、めちゃくちゃ突っ込まれて吹き飛ばされたし、下手をすれば致命傷であの世行きだったんだけど?そう言いたげな目を向けるサガミだが、相手はどこ吹く風だった。
それに、その言葉には矛盾があるとサガミには確信があった。なぜなら……。
「嘘つけ。やり合いたくて我慢してるって顔をしてるぞ」
ニヤァと笑みを深めるアルネストが、自身の愛剣である魔剣・グランティードを構えようとする。しかし、それは途中でぴたりと止まった。
「アルネスト。退がりなさい」
凛とした声が響く。建物の前を走る道の向こう側から歩いてきた女性がそういうと、彼は漲らせていた剣気を収めて魔剣を鞘へと収める。悠然と歩いてきた女性は、その場にいる全員を見渡してから綺麗な所作で頭を下げた。
「副団長が失礼を。私の名はリリアナ・ハイデルヴァイン。この騎士団の長を務めさせて頂いてます」
副団長……副団長?あの戦闘狂が?そう言いたい気持ちが真っ先に出たが、理性的にその文句を喉の奥へと押し返す。
三つ編みの紺色の髪の毛を肩口から流す女性、リリアナ・ハイデルヴァイン。
彼女こそが、なのはたち管理局組の持つロストロギア、ジュエルシードを狙う組織を束ねる存在であった。彼女は穏やかな声色で改めて言葉を連ねた。
「管理局、ならびにスイーパー・ギルドの皆様方には事情はおありでしょう。しかし、どうか、我々にジュエルシードを渡して欲しいのです」
「……渡す理由が見当たりません」
そう答えたのはファーン・コラードだった。ジュエルシード護送の指揮を任されている彼女の返答に、リリアナは表情を変えることなく即答する。
「それは貴女方には相応しくありません。それが理由です」
「それでハイそうですかって納得できると思ってるのか?」
「納得してもらうしかないです。それとも力で奪い取りましょうか?」
敵意剥き出しな回答に対しても彼女は終始、その表情や声色を変えることはない。あくまで騎士団が上位であり、それを持つに相応しい者であり、管理局こそが相応しくないという、そんな振る舞いをやめることはない。
こりゃあダメだな、と平行線どころか真反対の意見のぶつかり合いに戦闘もやむなしと構えるサガミやジャンたちであったが……。
「埒が明かんな、騎士長」
その膠着状態は一条の光によって崩壊させられることになる。リリアナと管理局組の間に撃ち込まれたその閃光の余波は辺りに広がって、かろうじて残っていた建物の軒先を吹っ飛ばした。
そして、何よりもなのはたちを驚愕させたのは、その閃光は……明らかに……魔法のそれであった。
「我が自ら言おう。退がれ」
声のする方へ。全員が顔を上げる。リリアナとアルネストはわかっているように距離をとって膝を折、敬意を示すよう跪く。
空には漆黒の翼を六つ生やし、銀色の髪を風に躍らせる「王」と、その従者が二人いた。
「塵芥ども。最後通告だ。その魔石を我に献上せよ。それ以外に道はないぞ」
その姿は少女の姿で……遅れてやってきたなのはやフェイト、はやてとそっくり。特に王である彼女は、「八神はやて」と瓜二つと言えた。
「え……はやてちゃん?」
「私たちにそっくり……!?どういうこと!?」
「不躾な者どもだ。我を小娘と同じと思ったか?気が変わった。……我らはそれを管理し、守らなければならぬ。そのために騎士団があるのだからな」
そう言って「魔石」がふんだんに使われた杖を構え、王は地にいるなのはたちを見下ろす。隣にいる「高町なのは」と酷似した従者は、王に問いかける。
「では、どう致しましょうか?王よ」
「そんなもの、とうの昔に答えは決まっておる」
そう言葉を発したと同時。
王の周りにはいくつもの巨大な魔力の塊が生み出された。
「ディアーチェ・フォン・アスレニアが命ずる。我が騎士たちよ。力と誇示を持って……魔石を取り戻せ!」