マジシャンズ / 奪われたロストロギア   作:紅乃 晴@小説アカ

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第十九話「砂丘の帰路で」

 

 

「飲めるか?」

 

荒れ狂うサンドワームの巣から脱出し、ジェットエンジンを冷却させている砂船は、静かな砂丘の合間を風を受けて緩やかに進んでいた。上下左右へうねる様な船の動きとは打って変わる砂漠の航海に、なのはとフェイト、はやては砂船の縁に座って、ただ過ぎてゆく砂丘の景色を見つめている中、三人分の木製のマグカップを持ったサガミが声をかけた。

 

「サガミさん……」

 

「ヴィヴィアン・ガーデンで採れる木の実を煎じた茶だ。気分が落ち着くぞ」

 

受け取ったマグカップからは、暖かな感触とほのかな甘みを纏った香りがふわりと上がってくる。香りからでも安らぎを与えてくれるような優しさがあって、三人はそれぞれ顔を見合わせてからマグカップに口をつけた。まろやかな口当たりと、その匂いが広がる風味に、無意識に強張っていた体は、ようやくひと息つくことができた。

 

ただ、その表情は優れない。少し離れた場所でジャンから同じ飲み物をもらっているメリーたちの表情もどこか硬く、サガミは彼女たちにバレない様に小さく息をついた。

 

理由は言わずもがな。船の個室で治療を受けているファーンの安否にあるのだろう。

 

ジュエルシードの封印時に騎士団の長……リリアナ・ハイデルヴァインから受けた傷は浅くはない。現地で応急措置を施したものの、傷口に押し当てた布は鮮血に染められていて、運び込まれる寸前のファーンの顔は青ざめている様に見えた。

 

幸い、砂船には万が一に備えて船室に一通りの医療器具が揃っているし、船長はそう言った器具のメンテナンスもきっちり行ってくれていたようで、医療の知識があったクロフォードも迅速に彼女の治療に当たることができた。

 

待っていることしかできない中、上がっていた陽も傾き始めた頃になって、クロフォードが部屋から出てくる。すると、神妙な面持ちで待っていたなのはたち、彼女の教え子であるメリーたちが立ち上がった。

 

「クロフォードさん!ファーンさんは!?」

 

その言葉に、彼女の治療に当たっていたクロフォードは優しげな笑みを浮かべて大丈夫と答えた。

 

「傷と出血は派手だけど、幸い深部に達してないから致命傷は避けられてるよ。……ただ無理に動けば保証はできないかな」

 

傷口は縫合したものの、麻酔と点滴、失血による貧血も合間って今はぐっすり眠っているともクロフォードは付け加える。

 

手当てをした側から見ると、騎士団によって斬られた傷は相手を殺すためのものではなく、相手を傷つけ意識を逸せるための目的が大きかったように見えた。ファーンを斬った後、ジュエルシードの封印を阻止する様な発言をリリアナがしていたことからも察するに、騎士団の目的はあくまでジュエルシードであり、自分たちの生死には頓着がない様だった。

 

とにもかくにも、恩師の命を脅かすものではないことになのはたちはホッと胸を撫で下ろす。

 

「あの……ありがとうございます」

 

感謝の言葉を漏らしたメリーに、当然のことをしたまでだよと、なのはたちと同じ飲み物を受け取りながらクロフォードは答えた。

 

この世界では助け合いが基本。

 

弱者は強者に淘汰されるという理はあるものの、それはあくまで生存競争であって、この世界に住む人々はその絶対数が圧倒的に少ない。

 

だから、助け合わなければ危険な原生生物にあっという間に淘汰されてしまう。怪我人がいれば助けるのが基本だし、船の不調や不具合で困っていれば手を差し出すのがこの世界での当たり前なのであった。

 

そんな価値観の中、サガミたちが気にすることはひとつ。

 

「お前たち、これからどうするつもりなんだ?」

 

その言葉に、なのはたちの表情は曇る。保護、護送しようとしていたジュエルシードはトラブルで臨界状態に。なんとか封印できたものの、12個の内の3つは騎士団の手に落ち、さらに4つはこの広大なヘンリー・ヴァンダーのどこかへと散ってしまったのだ。

 

指揮官であるファーン・コラードは負傷。残されたのは彼女の教え子たちと、応援に駆けつけたなのはたちだけ。

 

しかし、この世界の特性上、満足に魔法を使うことはできないし、唯一のミッドチルダにある管理局本部との連絡手段も、荒れ狂うサンドワームによって建物と共に地中深くへと没してしまった。

 

魔法も使えない。

 

応援も期待できない。

 

敵は魔石という強大な力を持っている。

 

残りのジュエルシードが奪われるのも時間の問題なのかもしれない。

 

状況は絶望的だった。なんとかできるはずの魔法が封じられていては、この世界ではなのはたちにできることはごく限られている。

 

手詰まりな感覚が否めない。立ち上がる力が湧かない。重苦しい沈黙が、なのはたちの中に立ち込めていた。

 

「そりゃあ勿論、奪われたものはきっちり取り戻しにいくし、散らばったものは回収しにいく」

 

その重い沈黙を、なんともないように言った言葉と共に振り払ったのは、腰に手を当てて立つジャンだった。

 

「ジャンさん……?」

 

「確かに状況から見るに、俺たちは敗北した」

 

魔法も封じられ、手も足も出ず、現地民に戦いは任せて、あげくジュエルシードは暴走。封印するにも敵の手を借りて、さらにその相手の手によって指揮官は離脱することになった。

 

これを敗北と言わずになんというのか。

 

サガミは何も言わずにただ現実を突きつけられたなのはたちを見つめていた。ジャンというハムナマの戦士は、その潔さから敗北という認めたくない結果を容赦なく彼女たちに突きつける。

 

酷なことかもしれない。立ち直れない言葉なのかもしれない。

 

ただ、それでも。

 

「まだ、俺たちは死んではいない」

 

ジャンの言葉に全員の顔色が変わった。負けはしたが、まだ翼は折れてない。戦う力は僅かにでも残っている。そして何より、自分たちは死んでいない。

 

その事実を受け止め、飲み込まないと前に進めないことを戦士であるジャンは知っている。だから、あえてジャンは言葉にして、なのはたちの進む先を決めるよう突きつける。

 

「生きているなら、生き延びたのなら、使命を果たす。ハムナマの戦士として、俺はそうやって今を生きている」

 

この世界から全てのジュエルシードを無事に持ち出し、しっかりと封印できる場所へと持っていく。それがなのはたち、管理局へ与えられた使命だというなら、それを果たす以外に道はない。

 

「けれど、なにをどうすればいいのか……」

 

そういうメリーは、今までぶつかったことがない大きな挫折という名の壁を前に弱気を見せていた。ただ、忘れてはならない。この世界の価値観は常に〝助け合い〟であるということを。

 

「一度、皆んなでリニアに戻りましょう。何か方法はあるはずです」

 

消沈するメリーたちにクロフォードは優しく微笑みかけて、言葉を紡いだ。諦めるのは全ての方法をやりつくしてから。その言葉に、座っていたなのはも静かに立ち上がり、砂船の進む先を見つめた。

 

「まだ、諦めるには早いよね。私たちも」

 

日は沈みかけ、空は茜色に染まり始めている。

 

けれど、まだ夜の闇じゃない。

 

諦めるにはまだまだ早い。

 

フェイトも立ち上がると、地平線を見つめるなのはの隣に立った。

 

「このままやられっぱなしって言うのも、私は嫌だな」

 

「フェイトちゃん……うん、そうだね」

 

圧倒的な力の差を見せつけられても「まだ頑張らないと」とガッツを見せたなのはだ。心の強さならこの中で誰よりも自信はある。それはフェイトもそうだし、同じく二人のそばに立ったはやてもそうだ。

 

「この程度で諦めれるなら、今まで何度も諦めてるからなぁ」

 

そうおどけたようにいうはやてに、それもそうだねとなのはとフェイトも小さく笑った。そんな三人を見つめ、メリーは羨ましそうな表情をしながら、言葉を吐く。

 

「強いのね、貴女たち」

 

「メリーさんたちも、ですよね?」

 

やられっぱなしじゃ終われない。そんな底なしの負けず嫌いのような目を向けられ、メリーやエリッサたちも顔を合わせる。才能はあっても、自分よりも若いなのはたちにそう言われて、弱音を吐くほどメリーたちは情けなくはなかった。

 

とりあえず今後の方針はスイーパー・ギルドのあるリニアに戻ってからだ。

 

「そうと決まれば腹ごしらえですね。下拵えのほう、終わりましたよ」

 

話が落ち着いたところを見計らったように、船底にある食糧倉庫からノソノソと何かを持ったジェイクが甲板に上がってきた。両手いっぱいの木製のボールには小分けに切り落とされた塊がいくつも入っているのが見えた。

 

「下拵え?」

 

「待ってたぞ、ジェイク!やっぱり砂漠といえばこれだよなぁ!俺には許せないことが三つある。ひとつは食物を粗末にすること、ふたつ目は相手に敬意を払わないこと。三つ目は下拵えを怠って食べ物の鮮度を落とすことだ!」

 

「ジャン。それ、一つ目と被ってないか?」

 

(それどころか、三つ目が前に言っていたのと違うよね……)

 

妙にテンションを上げるジャンと、彼の許せないこと三選を聞き流すサガミ。そんな二人の合間から、ジェイクが甲板の脇にある大きな塊を手に取る。手に取ったのは砂漠のオアシスで取れた岩塩だ。それをヤスリのような調理器具で削り、パラパラと荒削りの塩を木製のボールへと振りかけていく。

 

「あとは程よく削り出した荒い岩塩をまぶしてっと……」

 

「ね、ねぇ、ジェイクさん。これって……まさか……」

 

ボールを覗き込んだはやてが恐る恐る聞く。

 

見た目からしてその脂のテカリと色合いで鮮度がいい肉であることは間違いない。ただ、長距離移動をする砂船に、こんな鮮度の良い食材が大量にあるとは考えにくい。

 

すると、出てくることはひとつである。

 

「さっきの脱出劇でついでに捕獲したサンドワーム幼体の腹肉です」

 

「いやぁーーっ!?」

 

思わずメリーやエリッサたちから悲鳴が上がった。はやてやなのはたちも大急ぎで覗き込んでいた肉の塊たちから距離をとった。

 

その顔は信じられないものを見るようなものに染まっている。

 

「何食おうとしてるの!?あんなバケモノを!?正気ですか!?」

 

言葉にもしてもなお調理を続行するジェイクへ指差しながらフェイトが声を上げる。

 

サンドワームの脅威を目の当たりにしたからからこそ、あんな暴走機関車のような化け物を食べようとするジェイクたちの行動が信じられなかった。

 

ただ、当事者たちはポカンと騒ぐなのはたちを見つめていた。

 

「あー、そんなに騒ぐことか?」

 

「大人のサンドワームな食えたもんじゃねぇが、幼体の腹肉は砂漠の珍味だぞ」

 

ジャンの言うとおり、サンドワームの成体は皮も肉の繊維も厚すぎて食えたものじゃない。とくに腹肉は硬い上に毒もあるようで、臭いも下拵えでどうにかできるようなものでもなく、とにかく酷いものなのだ。

 

幼体を産むマザーサンドワームという例外はいるものの、基本的にサンドワームの成体は、その巨大故に止まると自重で内臓が潰れて自分の胃液で自分を溶かしてしまうため、サンドワームは止まることができない。

 

じゃあどうやって生きているのか?

 

それはサンドワームの生態が答えで、成体は口ずっと開けぱなしで、入った砂をエラからジェットエンジンみたいに吹き出して常に前に進む力を得ているのだ。その推進力は半端じゃなく、大きさ数十メートルの成体の体を砂から離して飛び上げさせるほどだ。

 

まるでマグロみたいな生き物。

 

それがこの世界のサンドワームなのである。

 

「そ、それを食べるんですかぁ!?」

 

「リニアの拠点までかなり距離があるからな。腹が減っては狩りもできんってやつだ」

 

サンドワームはヘンリー・ヴァンダーでは食物連鎖の頂点に位置する原生生物。

 

元は古代文明の生物兵器なのだが、文明が滅んで久しい今、「最初から自然界に居ましたが?」という我が物顔でヒエラルキーの頂点に胡座をかく、憎たらしい芋虫野郎でもあるのだが、

そんなサンドワームの容体が「こいつ食ったら結構旨いぞ」と言うことが人類に知れ渡ると、途端にヒエラルキーの頂点から引き摺り降ろされ、“王”は“食材”となったわけだ。

 

「今年はカブタイモも美味いが、こいつも脂が乗って美味そうだなぁ」

 

そう言いつつ、ジャンは手際よく用意した炭火の上に網を引き、下拵えで出たサンドワームの脂をハケで塗る。

 

網に熱が伝わったことを確認して、香辛料と調味料と共にボウルに詰まった幼体の腹肉を手づかみで網の上に置いてゆく。すると、数分とかからずにジュウジュウという音共に香辛料と腹肉の脂による香ばしい匂いが溢れ出した。

 

「お!腹肉焼いてるのか!こいつはご馳走だなぁ!」

 

帆の調整を終えた砂船の船長も合流して、サンドワームのバーベキューを始めるサガミたち。

 

その香ばしい匂いは、なのはたちが怯え忌避していたサンドワームのビジュアルを簡単に吹き飛ばすほど刺激的。しかもシチュー以降、特に食べ物を摂取していないなのはたちにとって、それは悪魔的であり、鼻腔と唾液腺を大いに刺激した。

 

「私にもください!」

 

「はやてちゃん!?」

 

我慢できずに声を上げたのは、なのはたちの中で最も家庭料理に精通しているはやてだった。

 

そんなはやてにジェイクは早速と言わんばかりに焼けている美味しい部分をトングで取り出す。

 

「じゃあ1番美味い切り落としの部分をっと」

 

皿に取り上げられた途端、じゅわぁと溢れる肉汁。それを見てはやてはごくりと喉を鳴らした。そんな彼女の後ろでは羨ましそうでもあり、どこか不安そうな親友二人の姿があった。

 

「食べずに否定するのは冒涜やから……まずは一口……」

 

フォークに突き刺し、肉汁が溢れるそれを口元へ。恐る恐る歯で肉を噛み締めると驚くほど柔らかく、肉は簡単に噛みちぎれた。そしてまだ熱さを残すそれを口の中で咀嚼して……。

 

「いや普通においしい!?」

 

驚愕の表情を浮かべてほどフォークに刺さったサンドワームの肉を見つめるはやて。一度食べてしまえばもうやめられない。さらに一口、二口と腹肉を食べすすめていくはやてに、なのはやフェイト、メリーたちもジェイクから焼きたての腹肉を受け取り、口へと運ぶ。

 

全員の表情に花が咲き誇った。

 

「岩塩の塩気の後に、ほのかな甘味と肉のジューシーさが沁みるぅ」

 

なにより驚くほど肉が柔らかい。肉厚でボリューミーだし、肉汁はしっかりと出ているのに風味はしつこくなく後味はさっぱり。ナイフで切り分ける必要がないくらいに歯で簡単に噛み切れる点も大いに加点でもあった。

 

現地飯に舌鼓を打つなのはたちを見て、砂船の船長は満足そうに笑い声をあげる。

 

「はっはっはっ!捨てたもんじゃないだろ?サンドワームも」

 

「砂漠で生きていく上じゃ必要不可欠な栄養がてんこ盛りだからな!」

 

砂漠は過酷だ。水もそうだが、塩分やミネラル、ビタミン、様々な栄養が必要になる。サンドワームの幼体肉にはそれら必要な成分がたっぷり入っている。失った栄養を体が無意識に求めているところに、栄養満点の食事。

 

それが不味いわけがない。

 

笑顔を浮かべてバーベキューを楽しむなのはたち。

 

それを見て、サガミやジャンたちはすぐに新しい肉を焼くことに取り掛かるのだった。

 

 

 

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