マジシャンズ / 奪われたロストロギア   作:紅乃 晴@小説アカ

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第二十二話「過去は何者を作るのか」

 

 

 

半分開いた窓からは、遠くの方から聞こえてくる歓声やパンっと何かが破裂するような音が聞こえ、その後に響いてくる地響きがベッドサイドに置かれた水差しの水面をユラユラと揺らしていた。

 

怪我を負ったファーン・コラードはスイーパー・ギルドの目と鼻の先にある診療所のベッドに座って外の景色を静かに眺めていた。

 

彼女の部屋は丁度西向きであり、グランデリニア時代の異国情緒が香る住居遺跡の街並みが見えていて、さらにその街並みの先にある場所では、今まさに砂煙が上がり、地面を揺らす戦いの震源地があった。

 

 

 

 

「模擬戦んん?」

 

時は少し遡って1日前の昼過ぎ。

 

技術者であるレイカ・ヴァーンによって追加されたデバイスへのオプション「C.C.O仕様」を得たなのはたちが、同席していたスイーパーであるサガミやジャン、ジェイクに模擬戦を申し込むことは、ある意味で必然だったのかもしれない。

 

「なんだ、オイ。ジャンの戦闘脳に影響されたのか?えぇ?頭のてっぺんから股下までハムナマだぞ、アイツは」

 

「ひ、酷い言い草」

 

「ただ否定できないのが悲しい」

 

サガミから見たジャンへの評価も酷いのだが、それと同一視されるのも少しクルものがある……のだが、そう言っている場合でもないのも事実。

 

とにもかくにも新たに追加されたオプション装備に一刻も早く慣れなければならないのは、なのはたち管理局組にとっては急務なのであった。

 

「理屈はわかるんだが、少し性急すぎないか?どう思う、ジャン」

 

「おう!なんたって俺はハムナマの戦士だからな!ハッハッハッ!」

 

「だめだ、コイツに聞いた俺が間違いだった」

 

ガッハッハと笑うジャンの返事に肩を落とすサガミだが、昨日の今日で実戦形式の模擬戦をして大丈夫なのか。そうなのはたちに聞くと、「今日中に基本操作と運用はマスターします」と元気よく答えられた。

 

隣にいたメリーやエリッサ、クラリスは「えっ」という何とも言えない顔をしていたが、サガミはそっと彼女らから目を逸らした。

 

「この世界の魔力作用も考慮して作ってるから大丈夫だとは思うけど、実戦データはあってもあっても困らないから」

 

技術者であるレイカの言い分はわかるが、そもそも模擬戦する場所をどうするか。すると場所はクロフォードとタイサから紹介してもらっているらしく、なのはは広間に飾っているリニアの地図のある場所を指で差した。そこは旧市街と呼ばれる遺跡群であり、ギルド内では「ピースフルエリア」と呼ばれている地区でもあった。

 

「ピースフルエリアか」

 

「あそこは地下に鉱山跡地があって、穴ぼこだらけですからね」

 

地図を見るジャンにジェイクが頷く。遺跡群はあるものの、もともと人の住んでいない地域で、その地下はジェイクのいう通り鉱山の採掘過程で空洞や破棄された坑道が数多く残っている。それに今は鉱山自体も廃棄されているため鉱夫への被害や、倒壊によるインフラへの打撃も考えなくて済む。

 

つまり、暴れ回っても問題ない場所なのだ。

 

「で、理由はわかったけど全員快諾してるの?その模擬戦」

 

「そりゃあもう」

 

「もちろんですよ」

 

「喜んでデータ収集に協力させていただきます」

 

そう聞いたサガミに答えたのは、いい笑顔を浮かべる管理局の面々である。そのいい笑顔と裏腹に雰囲気はギラギラと闘志にみなぎっていて、全員がやる気十分と言った感じであった。正直言って、少し怖い。

 

「なんか凄んでない?怖いんだけど」

 

「やる気満々ってところだな」

 

困惑するサガミと同じく愉快に戦意を漲らせるジャン。するとはやてが代弁するように「当然ですよ」と答えた。

 

「私たちははっきり役立たず認定されてたわけですし?」

 

魔法が使えない故、この世界に来てからというもの管理局の魔導士たちはすっかりお荷物扱いだった。スイーパーであるサガミやジャンたちが居なければ今頃どうなっていたのかもわからない。

 

もちろん、そこに感謝も恩義もあるが、「それはそれ、これはこれ」なのである。

 

「私たちにも意地というものがありまして」

 

「あまり管理局の魔導師を舐めてもらっちゃ困ります」

 

いつまでもお荷物認定されるのも不本意。

 

なので、この模擬戦でしっかりと魔導師である自分たちも戦力になるということを示したい。そんな強い意志がなのはたちにはあったのだ。

 

「……だってさ。どうする?」

 

「無論!受けてたーつ!」

 

「僕たちも勉強させてもらいます!」

 

「そういうと思った……」

 

そういうわけで、スイーパー・ギルドと管理局による模擬戦の開催が決定された。

 

そして、ファーン・コラードがそれを知ったのは、翌日に病室へ朝食を運んできたクロフォードからの世間話からであった。

 

 

 

 

時を戻してファーン・コラードの病室。

 

窓の外、西側にあるピースフルエリアでは元気に爆音と閃光がほとばしり、土煙が狼煙のように上がっているのが見えるし、小さくはあるが歓声や盛り上がるオーディエンスたちの声も聞こえてきた。

 

「ずいぶんと盛り上がっているようですね」

 

「あぁ、この世界じゃ娯楽という娯楽は無いからな。楽しめるものは手当たり次第っていうのがヘンリー・ヴァンダー流かもしれん」

 

そんなファーンの部屋にやってきたのは、同じくギルドで待機していたタイサ・パシフィカだった。

 

ピースフルエリアは今頃お祭り騒ぎになっているだろう。どこから聞きつけたのか、模擬戦開催を決定した翌日の朝から、普段は誰も近づかないはずのエリアでは商売根性たくましい者たちがせっせと屋台を準備していたのだ。おそらく、昨夜にでも模擬戦について誰かが住人にポロッと情報を溢したのだろう。

 

スイーパーと魔導師の戦い。

 

荒事やトラブルが日常茶飯事なリニアにとって、そんな面白そうなイベントが見逃されるはずもなく。屋台の準備がされていることを知った人、場所を確保する人、人から人へと口コミが広がっていき、模擬戦開始1時間前にはリニアに住む人々が集まっていたのだった。

 

そんなピースフルエリアの警備や運営にクロフォードを含むギルドのメンバーが駆り出されているのだが、補佐役であるタイサがやる仕事はとくにない。なので同じく模擬戦にいかず療養しているファーンの元へと訪れた訳だ。

 

「ピースフルエリアは日差しがきついからな。老体に堪えるのさ。そういうアンタはどうだ?傷は痛むかい?」

 

そう聞いてきたタイサに、ファーンは微笑んで腕を軽く回した。脇腹を斬られたと言っても傷は浅い。動き回るには片松葉杖という制限は掛かるものの、肉体はそれほど疲弊していなかった。

 

「情けない限りですよ。本来なら彼女たちを指揮しなければならないというのに……」

 

「人生ってのはそういうものさ。発揮しなければならない場面で力を出せない。踏ん張りどころですっ転んでしまう。そんな事の繰り返しで、上手くいく方が珍しいまである」

 

古びた椅子に腰を下ろすタイサは、ギジリと軋む音を響かせながら椅子の背もたれに体を預け、だがと言葉を紡ぐ。

 

「アンタは死んでない」」

 

「そう……ですね。まだ死んでいません」

 

なのはたちも、ジャンから言われた言葉だ。

 

まだ死んでいない。その言葉に彼女は太ももまでかかっているシーツをギュッと握りしめた。力も入る。傷は負っていても、まだ動くことができる。

 

「なら、まだまだやり直せるし、やれることもたくさんあるだろうよ。それに、そうやって転んで立ち上がることが強さに繋がるからな」

 

「えぇ、得難い教訓を得ることはできました」

 

ファーンは微笑みつつも思考を回す。

 

相手はジュエルシードを狙う者たちで、その手にすでに三つが落ち、四つはこの世界に散らばってしまった。早急に散らばったジュエルシードを集める必要があるだろうが、今はまだ準備の時。自分も、そしてなのはたちも迂闊に動ける状態じゃない。

 

それに、ファーンには気になることがあった。

 

斬られたあとに聞いた敵の「封印されたら困る」という発言。まるで、ジュエルシードが臨界になることを知っていたかのような口ぶりだった。

 

おそらく、あのアクシデントは本当に不測の事態だったのだろうが……相手は確実にジュエルシードを使い、何かをするつもりなのだろう。

 

もし、この世界にたどり着いたのが自分たちだけで、サガミやスイーパー・ギルドと合流できていなければどうなっていたのか。

 

そこでファーンは、この世界にきてからずっと気になっていることを口にする。

 

「パシフィカさん。貴方はギルド長としてスイーパーの皆さんを引っ張ってきたんですよね」

 

その言葉にタイサは椅子に体を預けたまま頷いた。

 

彼がギルド長を辞することになったのは、旧拠点がサンドワームの群れに襲撃された際に片腕を失ったことが原因だ。

 

それまでの数十年間、タイサがギルド長に就任してからは一人で組織を運営してきた訳だが、サンドワーム来襲時に優れた指揮と避難誘導をしたクロフォードへ、タイサは怪我を理由にギルド長の座を明け渡した。

 

本当はそのままヴィヴィアン・ガーデンにでも隠居生活をするつもりだったが、まだ若かったクロフォードに泣き付かれたことや、彼の無茶苦茶な運営の面倒を見るため、当面の間は補佐役という立場を受け入れたのだ。

 

また、本質的なカリスマ性がありながらもどこか頼りないクロフォードを支えていると同時に、彼が声を上げれば多くのスイーパーが賛同するほど、いまだに求心力が強い。

 

タイサが愛用していたアイアン・トマホークは、クロフォードがギルド長となった新生スイーパー・ギルドに加わったジェイクに引き継がれていて、今でも二対の手戦斧を使った基本的な戦い方の指南も行っている。

 

「タイサに聞きたいのですが……サガミ・バルディオとは何者なのですか?」

 

そんな影響力とギルドの過去を知るタイサに、ファーンはこの世界に来てからずっと気になっていたこと……サガミ・バルディオという存在について問いかけることにした。

 

タイサは少し表情を険しくて、預けていた上体を起こしたファーンと向き合った。

 

「そんなことを聞く、理由は何だ?」

 

「ジャンさん、ジェイクさん、クロフォードさんにも、各々にこの世界で生きるためバックボーンがあるように思えます」

 

ただ……サガミさんにだけはそれがない。ファーンは静かにそう言った。

 

少数民族である「ハムナマの戦士」であるソリオ・ジャン・ハムナマ。

 

そんな彼とサガミを師事するスイーパー見習いであるジェイク・ハドラード。

 

クロフォードや、タイサもそれぞれの過去を抱えてスイーパー・ギルドに加わっている。

 

ただ、これまで1番長く自分たちの面倒を見てくれたサガミ・バルディオには、そのバックボーンが無い。

 

「ドワーズ」という剣を持ち、騎士や魔導師とも対等に戦える剣術を有しているというのに、何のためにスイーパーになったのか。なんのために戦っているのか。何が理由でここにいるのか。彼を形作る過去が全くわからない。

 

底抜けのお人好しであるということはわかっているのだが、ファーンにとってこのヘンリー・ヴァンダーで出会った人の中で、もっとも謎に包まれないるのがサガミ・バルディオであった。

 

「彼は何のためにスイーパーに?どうやってあれほどの剣技を?何を思って、私たちに協力をしてくれるのでしょうか」

 

気掛かりなったことは疑問になり、疑問はさらなる疑問を呼ぶ。サガミを信用していない訳じゃないが……それでも、過去と彼を模るものが見えないとなると、どうしても気になってしまう。

 

ファーンの疑問に、タイサは小さく息をついて言葉を返した。

 

「あいつの出自は少し独特だ。なにせ元は漂白症患者だからな」

 

「漂白症……記憶漂白症ですか?たしか、記憶の一部が失われる先天的な脳神経病だとは聞いていますが……」

 

記憶漂白症。それはミッドチルダでもポピュラーな病名だった。世間的には記憶喪失や物忘れ……なんてものだと思われているが、そんな簡単なものではない。記憶漂白症は文字通り記憶が漂白されるのだ。

 

それは脳神経のダメージや、老齢なることで起こる認知症といったものとは根本的に異なり、記憶という部分だけが綺麗さっぱり無くなってしまう。何の痕跡も残さず、最初から無かったことになる。

 

ただ、ミッドチルダや管理世界でも、記憶漂白症は深刻なものではない。なにせ発症するのは幼児期……それも生まれて間もない頃に短期間で生じる病気なのだ。その期間を過ぎれば漂白症は全く起こらず、人体にも影響はでない。つまり、これは人として生まれた者が必ず発症する病気でもあり、そして自然治癒で改善するものだった。

 

だが、とタイサは言葉を濁した。

 

「……サガミは記憶漂白症を発症し続けていた。落ち着いたのは奴の年齢が二桁になったころだろう。それに失われる記憶量が半端じゃない。なにせ、奴はどうやってこの世界に来たのかすら、俺たちの誰もわかってないんだからな覚えてな」

 

最初の頃は大変だったとタイサな過去を振り返るように言う。

 

サガミがタイサやクロフォードの前に現れたのはずいぶん昔で、彼の名を示した紙と、愛剣である「ドワーズ」を抱えてリニアの街に倒れているところ発見されたのだ。その頃の彼は記憶漂白症の症状が酷く、ひどい頃は半日経てば記憶がリセットされるような状態だった。

 

自分が誰なのか、どうしてここにきたのか、何もわからない。何もかもが漂白され続ける中で、サガミを保護したタイサたちは根気良く彼の回復を目指した。クロフォードや、他の仲間がいなければダメだったと、タイサは今になって思う。

 

「彼には……そんな過去があったのですね」

 

「本人にとっては思い出せない過去でもあるからな。サガミにとって、話せるほどの過去はないのかもしれない」

 

ただ、サガミを保護し数年。その頃になると漂白期間は一週間のうちの1日に。さらに経つと数ヶ月のうちの1日に。そして一年のうちの数時間にと、漂白の症状は改善されていった。今のサガミにとって漂白症なんてものは無いに等しい。

 

ただ、とタイサはサガミの過去に対して思うことを口にした。

 

「……ウチの医師の話では、おそらくサガミの漂白症は後天的に発症したものらしい」

 

記憶漂白症が改善し始めたころ。サガミはおもむろに剣の稽古を始めた。

 

言葉を喋る剣の珍しさ、そして彼の症状もあってか、ギルドの面々は子供の気まぐれかとも思っていたが、快方に向かうにつれてサガミは日常的に剣の修練に励むようになっていったのだ。

 

まるで日常的に修練を組んでいるような……その行為が生活サイクルの一つだと言わんばかりに、サガミは記憶を維持できるようになってからは貪欲に剣技を極めるためにドワーズを振い続けた。

 

ファーンの気にしていたサガミの類稀なる強さの根元はそこにある。記憶を文字通り漂白され続ける中でも、彼は剣を振り続けることをやめなかった。

 

その経過の中でギルドの専属医師が出したのが、「サガミの記憶漂白症は、誰か意図的にそういう措置を施した」という可能性だった。

 

どこの誰が、何のためにサガミの記憶を漂白したのか。目的も理由も知る術はない。

 

「ただ、変に気をやったりはしないでやってくれ」

 

タイサはファーンに頭を下げて言う。

 

「親心……ってわけじゃないが、仲間たちも全員そうだ。それぞれにさまざまな傷を抱えてここにいる。ジャンも、ジェイクも、クロフォードも……そして俺自身も」

 

このギルド……いや、このヘンリー・ヴァンダーにたどり着いた者たちの多くが重い過去を背負っている。無くした片腕を抱くように手をやるタイサは、多くの重い過去を見てきた。それと向かう奴もいれば、忘れたいと願う者、逃げ出してきた者、そして漂白されてしまった者もいる。

 

ただ、この世界ではそんなものは関係ない。

 

「アイツはサガミ・バルディオだ。それ以上でもそれ以下でもない。もちろん、この場にいる俺たちもだがな」

 

スイーパーとして生きるサガミに特別なんてものはない。ジャンも、ジェイクも、クロフォードも。

 

「そうですね……私たちは私たち以外の何者でもないですから」

 

窓の外を見る。遠くから聞こえる音は今この世界で生きる術を懸命に探す若者たちの声そのものだと思えた。過去になにがあったのか。その過去を経て何者になったのか。それは過程でしかない。

 

重要なのは、今何をするのか。そして何者になるかだ。

 

不躾な話をしてすいませんと謝るファーンに、タイサは気にすることはないと言って腰掛けていた椅子から立ち上がった。

 

「さて、俺は帰ってくる奴ら用のメシでも用意するかね」

 

「手伝いましょうか?」

 

「松葉杖ついてるやつに手伝われるほど老いさらばえてないさ。リクエストがあれば聞くが?」

 

「あ、では……ここで初めて食べた時のシチューを」

 

承った。そう微笑みながら言うタイサはファーンの部屋を後にする。ふと、ファーンは外へと視線を向ける。聞こえていた轟音は止み、代わりに大きな拍手と歓声が聞こえてきた。

 

どうやら、自分の教え子たちは戦う術を見つけることができたようだった。

 

 

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