マジシャンズ / 奪われたロストロギア 作:紅乃 晴@小説アカ
世界の端にある日常
昔々のお伽噺で過去に偉大なる文明を築いた世界が瓦解した、なんて物語はよくあるものだが、そんな世界など、探せば割とあると最近感じてならない。
もともと密輸業を営んでいたピローは、副操縦席に座りながら、後ろへと過ぎて行く「古代文明の遺跡」を眺めて、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「よーしよしよし、今日はやけに素直だなぁ。いいぞぉ、カワイコちゃん」
隣の操縦席では長年相棒として苦楽を共にしたグェイスが、オンボロプロペラ機のご機嫌を伺いながら操縦桿を握っていた。不自然な異音や揺れもなく、年代物の輸送艇は遺跡が点在する夜の荒野を飛んでいく。
「グェイス、無茶な舵取りはするなよぉ?行きより帰りの方がヤベェんだからな」
「はいはいわかってます!クソッタレ、今日はやけに重いな」
「カブタイモが収穫時期だからな。これだけあれば当面は食料にこまらねぇだろ」
懸命に空を飛ぶ空輸艇の貨物室は、二人の帰りを待つ住民たちから託された資金で購入した品物で溢れかえっていた。日用品もあるのだが、何よりも食料の比重が大きい。
特にこの世界で生産されているカブタイモは今の時期が旬を迎えていて、貨物室のコンテナ二つにギッチリと詰められている。主食にもなるし、副菜、主菜にもなる。乾燥させれば長期保存の効く食糧になるし、皮は絞って油を取ることができる。まさに万能食糧である。
「それにヨームのおやっさんのとこ、二人目が生まれたんだろ?紙おむつを届けんとおやっさんにぶっ飛ばされるぞ」
「ヨームさんの拳骨はマジで痛いからなぁ。それだけは勘弁してほしいぜ……」
違いないと笑うグェイス。ヴィヴィアン・ガーデンを含め、この世界は物資が届きづらい。そもそも物流機関が無いに等しいのだ。必要なものがあるからこうやって運ぶしかない。
まさか密輸業をしていた自分たちが〝ポーター(運び屋)〟になるとは……数年前の顔を青くして管理局から逃げることしか考えてなかった自分からすると、何ともおかしな人生を歩んできたものだ。
次元世界。それは数多に広がる世界そのものであり、ピローやグェイスから見ても宝の山だと言えるフロンティアだった。
元に二人は密輸業で相当な利益を叩き出していたし、保護区にいる原生生物や、天然鉱物は裏のマーケットでは高値で取引されている。危険は伴うが、かなり大きく、魅力的な市場であった。
しかし、ある時。大物フィクサーの依頼品をミスで台無しにしてから、二人の密輸業としての人生は下り坂を激しく転がり落ちることになった。
フィクサーの報復で、次元世界を管理、監視する時空管理局に目をつけられてしまったのだ。尻に火がついた二人は、ほとぼりが冷めるまで身を隠せる世界を大急ぎで探した。
それが、今自分たちがいる世界、「ヘンリー・ヴァンダー」だ。
管理局からは「ポイント・エイト」とも呼ばれている場所で、第1管理世界、時空管理局の根城であるミッドチルダから遠く離れ、一般航路で訪れようとすれば移動に三ヶ月もかかるという外縁領域に存在している。
しかし、その星の自然環境は第61管理世界「スプールス」に匹敵するほど豊かさがあり、同時に危険も潜んでいる。それゆえか、管理局も「観察」しか行わず、現地に乗り込むなど積極的な行動を起こさずにいた。まぁ、それを知ったからピローもグェイスも身を隠すのに丁度いい世界と思ったわけだが。
コクピットから見えるこの世界は、歪だ。
至る所に過去の遺跡が点在している。それら遺跡は、過去にこの世界で栄え、滅亡したグランデリニア帝国の帝都遺跡らしい。
特に風光明美な旧首都「リニア」は、綺麗な状態の遺跡が多数残っていて、その影響からか、この世界の唯一の港であり、外世界との連絡口でもあり、最も栄えている貿易拠点だ。
リニアには外世界の交易船が来訪し、ヘンリー・ヴァンダーの特産品などとの取引が行われている。二人もリニアで日用品や食料の取引を終えてきたところだ。この世界における物資の取引は全てリニアに集約していると言っても過言ではないだろう。
「けどさぁ、数ヶ月に一度とは言え、リニアまで出向くのはやっぱりキツイよなぁ」
「そのためのポーターだろ?片道10時間くらいだ。文句言うなよ」
「あー、せめてジェットエンジンの船に換えてぇ」
「無茶言うな。いくら掛かると思ってんだ。みんなが賛成しねぇって」
ちぇーと顔を顰めるグェイスに、ピローはため息をつく。気持ちはわからないことはない。今乗るオンボロ機は、先代のポーターから受け継いだものだが、あちこちにガタが来ているし、なにより型落ちもいいところだ。他のポーターが乗るラムジェットエンジン型のF506ティラー級輸送艇だと、同じ航路でも半分の時間になる。
プロペラ機も嫌いではないが……それでも、そういった他の輸送艇を見ると「いいなぁ」と思ってしまうのが本音でもあった。
……この世界は、人が文明を築くにはまだまだ過酷だ。ミッドチルダに比べると小さな世界ではあるだろうが、リニアを除く地域のほとんどが人が住むには過酷すぎる。極寒の地、険しい山脈、時に牙を向く沿岸地域。
唯一安定して人が住める場所は、ヴィヴィアン・ガーデンと呼ばれる森林地域だ。ピローやグェイスも、ヴィヴィアン・ガーデンに点在する居住区の一つに住んでいるし、この船も居住区の住人たちの支援で賄われている。
運び屋であるポーターとは、地区ごとに物資の輸送を任される存在だ。そしてリニアからヴィヴィアン・ガーデンまでは陸路はなく、基本的に空路に限られる。なので、この世界での移動手段は空輸艇が必須になるのだ。
元密輸業者である二人がポーターになったのは、色々と事情があるのだが、とにもかくにもこの世界で生きていくにはポーターの存在が必要不可欠になる。前任者であるヨームも腕利きのパイロットだったが、寄る歳波には敵わず流れ者であった二人に仕事を任せて今は孫との余生を謳歌している。
一応、ヴィヴィアン・ガーデンにも商店はある。あるのだが、売っているのは最低限の日用品で、一度売り切れると入荷に数週間かかるなんてザラだ。
なので、買い出しや嗜好品を買うためには首都であるリニアまで出向く必要があって、そのためには「ポーター」という存在が必要なのだ。
だが、あくまで輸送に空路が必要なだけであり、空輸艇さえあればその問題は何とかなる。では、なぜこの世界で物流網が発達しないのか?
ドンっと異音がコクピットに響く。ピローが計器に目を向けた時には、すでに右エンジンの油圧が凄まじい勢いで下がり始めていた。
「フラップだ!」
「もうやってる!」
隣でめいいっぱい舵を引くグェイスに倣うようにピローも操縦桿を引く。さっきまで調子が良かったのが嘘のようにみるみる高度が下がっていく。
こりゃいかん、そう二人が判断してからは早かった。残った左エンジンの出力を調整し、旋回する形で機体を減速させていく。右エンジンが完全に止まった中、旋回によった速度を殺した機体は、地面まであと少しと言うところで水平に立て直された。
「よし!いくぞぉお!」
ランディングギアを下ろし試みるのは着陸。このプロペラ機はヴィヴィアン・ガーデンの居住区にいる住民からの支援で運用されている。墜落させてせっかく買った物資ごとグチャグチャにしたら帰りを待つ彼らに合わせる顔がない。
「ふんばれぇえええ!!」
自分たち二人は、ただでさえ前科者という札を持ってる。これ以上、期待してくれる人々を裏切る真似だけは、絶対にできない。
怒声のような声と共に機体は緩やかに平地へと着陸し、砂埃を上げながらしばらく滑走。ガタガタと凄まじい揺れが二人を襲ったが、それは緩かに治まっていき、機体は静かに停止した。
「ぶっ……はぁ〜〜……」
ゆっくりと操縦桿と推力レバーから手を離して、二人は大きく息を吐く。なんとか窮地は脱した。機体は無事、貨物室にある物資も無事だ。
「あ〜〜クソォ!さっきまで機嫌が良かったのは嘘だったのかよ!」
「あんまりビービー叫ぶな、グェイス。とにかく降りて確認するぞ」
何とか機体はバラバラにならずに済んだ。そんな安心感の次に来たのは、さっきまで調子が良かった機体への文句だった。悲鳴ような声を上げるグェイスを放って、さっさとメンテナンスキットを取ってピローは空輸艇から降りる。辺りに灯りはなく、空はまるで降り注ぐような星空と、落ちてきそうな二つの月が浮かんでいた。
「油圧ホースの破損だな……多分、ガタが来てたんだろ」
出発前の点検では問題なかったんだけどなぁ、と点検用の照明を片手に、二人はすぐに見つけられた故障原因を見つめる。少しの破損なら何とかなったが、ホースは綺麗に縦に裂けてしまっていて、修復材や補修テープでどうこうできる問題じゃなかった。
「今夜はここで立ち往生かぁ……明日の朝にレスキューに連絡を……ピロー?」
何てこったと右エンジンの下から出てきたグェイスだったが、照明を持ったまま平地を見つめるピローは何も言葉を返さなかった。何かあったのか?と声をかけようとした瞬間、グェイスも〝違和感〟を感じとった。
「どうやら……明日の朝まで持ちそうもない」
震える声でそう呟くピローの眼前。
不自然に隆起した地面が〝動いていた〟。隆起はバキバキと音を立てて移動していて、まっすぐ、一直線にこちらに向かっている。
この世界でなぜ、流通網が発達しなかったか?
それは、この世界に住む原生生物があまりにも危険だからだ。
「ワ、ワードラゴンだぁああ!!」
グェイスの悲鳴と共に、隆起した地面をぶち破って巨大な化け物が地中から姿を現す。ワードラゴンは、このヘンリー・ヴァンダーの生態系で頂点に位置する大型種肉食竜だ。地の悪魔、大地の化身とも呼ばれるソレは、船一つから簡単に噛み砕けそうな大きな口を開き咆哮を放つ。ビリビリと大気を揺らす爆音に、ピローもグェイスも悲鳴どころか身動き一つ取ることができなかった。
「は、はは……はは……こいつはもう……終いだな」
空輸艇ごと人を丸呑みにするワードラゴンが目の前に現れたのだ。肝心の愛機は再起不能。走って逃げたところでワードラゴンの移動速度から簡単に追いつかれる。バキバキと地面を割って全身をあらわにした怪物は、ギラリと夜の中でも冴える赤い目を立ち尽くす二人に向けた。
「グェイス。俺はお前と二人でやれて良かったぜ」
「バカ!何を言ってる!ピロー!逃げなきゃどうなるかわかんねぇ!」
すでに抵抗は無駄と悟っているピローを何とか説得しようとするグェイス。ただ、怪物は待ってくれない。赤い目を揺らして、大地を踏み締めて迫るワードラゴンは、そのまま二人を空輸艇ごとの飲み込もうと……。
「飛燕閃……〝兜割り〟!」
刹那、一閃が迸った。
真上から縦一線に振り落とされた斬撃は、ワードラゴンの強固な鱗を、半端な火器など弾き飛ばす頭蓋と骨を、そして生物として完成した筋繊維を、最も容易く引き裂く。
頭のてっぺんから、尻尾の先端まで綺麗に切断された怪物は、自分の身に何が起こったのかすら分からずに命を散らした。血や体液すらこぼさずに斬り伏せられ、今まさに襲われようとした二人を避けるようにパックリと割れ、左右に倒れて沈黙した。
「こんな夜更けにコイツに襲われるなんて……相変わらずツイてないな、お前ら」
呆気に取られるピローとグェイスは、真上から降りてきた声に無意識に目を向ける。ヒラリと何事もなく二人の前に着地したのは、今年で15を迎える青年だった。
ただ、その手にはスラリと伸びる直剣が握られていて、右側の肩には肩章を意味するマントがはためいている。
この世界で、その肩章を身につけられるのは極限られた者だけ。荒野を闊歩するこの世界の怪物を討つ力を有する者だけ。
『俺の名前はサガミ。サガミ・バルディオ。助けが必要か?』
あの時。
この世界に逃れて間もない頃、密輸業者だった二人が、見たこともないバケモノに襲われて、絶体絶命だった時。
その時と同じ。二人が誰かのために働こうと思える真っ当な道へ引き戻すきっかけとなった時と同じように、肩章を夜風にはためかせる。
「まぁ、なんだ。助けが必要か?」
彼はそう言葉を紡いだ。
魔法少女リリカルなのは
リトルウイング