マジシャンズ / 奪われたロストロギア 作:紅乃 晴@小説アカ
外縁調査部が時空管理局内で設立されて間もない頃。まだ不安定な外縁世界の調査は、非常に難航していた。
それも当然だ。管理局が発足してたかだか半世紀。虚数空間や、不可視領域、大昔に自然発生した次元震の後にできる次元空間の裂け目など、今ではレーダーの発達や、対策が練られているものの、当時の管理局が有する艦艇の技術では、とてもじゃないが耐えられるものではなかった。
そんな手探り状態の外縁部の調査で六つ目に見つかった安定領域にあった世界が、第6外縁世界であるヘンリー・ヴァンダーだ。
「やはり、外縁世界になると中々統治はできないのが実情か」
この世界で1番栄えているリニアという街の光景を手持ちの小型カメラに収める。
栄えている、と言ってもミッドチルダやカルナログのような管理世界と比べると文明レベルからしてまったく異なっている。管理世界を基準とするなら、リニアの街並みはまだ人が魔法という技術を確立するずっと前の水準と言える。
この地で古代に栄えたというグランデリニア帝国。
リニアはその首都であったがゆえに、多くの都市建造物が遺跡とした残っている。当時は栄華を極めていたであろう豪華な彫刻が施された壁は、今や洗濯物を干すための引っ掛けに使われている有様だ。その様子もしっかりと写真に収める。
こういった逞しさがあるから、人はさまざまな場所で、こういった不便で粗末で過酷な地でも、生きていけるのだろうとつくづく思う。
三ヶ月半……いや、個人運営の路線も乗り継いだから四ヶ月だろうか?ミッドチルダからはるばる、こんな次元世界の端っこまでやってきたのだ。私も好きなように取材をさせてもらうとしよう。
帝都の遺跡に力強く住んでいるヘンリー・ヴァンダーの人々を写真に収めつつ、特産品と聞いた潰した芋にバターと塩胡椒、香辛料で焼いた肉を巻いたジャンクフードを食べながらリニアの街を散策する私は、ミッドチルダ・タイムズの記者だった。
いや、今でも記者ではあるのだが……左遷させられたのだ。
もとの所属は管理局と縁深い報道部だったのだが、先の「技術共益圏の拡大」と名を打って始まった管理局の大改革がもたらす実害を記事にしたところ、管理局の上に目をつけられてしまったようだ。
当時販売された記事はやけに売れ行きが良かったが、その結果、私はこうやって次元世界の僻地を取材する部署に飛ばされる羽目となったわけだ。本部長からは栄転だと言われていたが、機嫌を損ねた管理局の上役に対する生贄なんてことは誰の目から見ても明らかだった。
まぁ、記者なんて嫌われる仕事の傾向が強いし、幸い自分は独り身だったわけで、次元世界を流浪する記者なんて立場に追いやられても特に困ることはなかった。実際、ミッドチルダ以外の世界や、まだ発達していない世界、環境保護を目的とした世界など、様々な場所を見て回ることもできたので自分自身の見聞が広がったとも思える。
だが……自分が左遷させられるきっかけとなった記事。それが気にかかる。
読者も、そして自分の属するメディアも、最近の管理局の体制や、それによってもたらされる魔法犯罪の増加に危機感を持っていたのも事実だろう。現に記事の売り上げが、読者や時勢の不安感を如実に表していた。
私が記した記事。それは、レジアス・ゲイツ中将が提言した「技術共益圏の拡充」がメインテーマだった。
その方針の概要は、これまで独占していたデバイス技術を開示し、各次元世界で魔法技術を研究、開発を行うことでより多くの技術を確立させ、飛躍させようという思想であるのだが……それは同時に、これまで時空管理局が制御してきたものを手放したということを意味していた。
レジアス・ゲイツ中将がその大胆な方針に舵を取った理由については、多くが情報局によって規制されている。同時多発的なテロだとか、管理局からの離反者やら、大勢の死傷者を出したとか、様々な噂が飛び交っているが、真相は闇の中だ。
ただ、唯一わかっていることはミッドチルダ首都、クラナガンの湾岸部で大規模な魔力爆発があったことくらいだ。それの出来事が、今の管理局の強硬な姿勢と、急ぎすぎた魔法技術の発展に繋がっているのかもしれない。
これまで完全に規制されていた技術研究と開発が解禁されたのだ。まず最初にデバイス開発事業に乗り出した「カレイドヴルフテクニクス社」をはじめ、輸送艇を主としていた「ワイズナリー・ヴァイエンス社」など、さまざまな企業が新たな市場への参入を表明し、熾烈なデバイス開発の争いをし始めたのだ。
大幅な機能制限がされた個人向けデバイスなんてものの開発も進んでいるわけだから、そうなってくると企業の一部にいる悪意ある人間によって流出したデバイスが違法なものとして出回ってくるのも必然。
その悪意は手の施しようのない巨悪となり、次元世界を侵し始めた結果、多くの世界で違法デバイスや魔法犯罪の発生率が右肩上がりとなっている。
管理局のお膝元であるミッドチルダも、その例に漏れない。実際、私が真っ向からその方針のデメリットを記したコラムを書いたのも、行きつけの店が違法デバイスを持った強盗に襲われたのがきっかけだ。
技術共益圏の拡大によって、それまであまり人の目に留まらなかった魔法による犯罪が、一気に顕著化した。その大きすぎるデメリットに気付いたところで、どうすることもできない。
流出してしまった技術は、もう止めようがないのだ。作れるから作ったという自制のない欲望が身を滅ぼすなんてことは、歴史の中でも良くある話なのだから。
そして、もう一つ問題なのは、その犯罪率の高さに伴って管理局の武装強化が急がれているという面だ。
万年人材不足のような司法組織にそんな体力があるなんて考えづらい。実際に蓋を開けてみれば、魔法資質を持つ人員を手当たり次第かき集めていた。ミッドチルダだけではない。様々な管理世界、魔法を認知している技術を持つ世界から人員を引っ張ってきている。
無理やり人を集めているがゆえに、教育不足だったり、魔導師たちの質が下がったりと、さまざまな弊害も出ているし、なにより魔法犯罪の予防に繋げられるほど、人員の強化にも繋がっていないのだ。
明らかに身の丈に合っていない策を打ち出したものだ。私自身、それを真っ向から否定したおかげで企業のトカゲの尻尾切りにされたのだから、すでに企業に尽くすといった体裁を整える必要もないのだろうが……それでも、ミッドチルダ、ひいては次元世界中の情勢が悪い方に行っているというのは事実だ。
それに比べれば、このヘンリー・ヴァンダーは平和そのもの。
この地にはミッドチルダのような便利さはないが、それに勝る人の繋がりがあった。「個人が他人に関心を持つことに抵抗がない世界」とも言える。
昔はどこもそうだった。
誰かがいないと生きていかないのが人間の本質だったはずなのに、その本質は便利で、整えられ、誰にでも使える簡単なシステムによって覆い隠され、忘れ去られてしまった。今ではプライバシーなんて言葉を作ってしまって、人は他人から見られることにひどく抵抗感を覚えてしまっている。その本質を失った代償に、人は便利さという魔法を手に入れた。
昔、誰かが言った。人は科学技術で大きく進歩してきた。何かを頼めば、明日には頼んだものが届く。デリバリーを頼れば誰かが届けてくれる。そんな便利なシステムを守っていくのが、今の社会の平和なのだと。
だが……現実は違う。それは、わずかな速度だろう。目に見えないような速さなのかもしれない。けれど、それは着実に進んできている。今の全てを破壊してしまうような大きな悪意が。……いけないな。ここ最近、ネガティブなことしか考えていないようだ。この世界は管理世界と違い、独特な空気感とルールがある。よく年寄りは昔を思い馳せるというが、昔の方がよかったというのも頷ける。こう言った世界なら、記者として生きてきた私自身も骨を休められるのかもしれない。
「バカヤロォー!おとといきやがれってんだ!」
そんなことを考えていた矢先、目先にあった昔ながらのウェスタンドアから大柄の男数名が無造作に放り出された。
「ひ、ひぃ!ゆ、許してくれよ、ジャンの旦那ぁ!勘弁してくれぇ!」
数人が完全に意識を失って伸びている中、なんとか意識を保っていた二人が起き上がってすぐさま地面に頭を擦り付ける勢いで謝罪する。
「いいや、ダメだね。俺には許せないことが三つある。ひとつは食物を粗末にすること、ふたつ目は相手に敬意を払わないこと。三つ目は初めてのリニアのお使いに来たポーターを食いものにしようとする下劣な恥知らずだ」
軋んだ音を立ててドアから出てきたのは、長身の男性だった。筋肉質な体つきを隠さない、ラインの出るノースリーブのトップスに、ゆとりのあるニッカーボッカーズ、装甲のついたブーツを履いたその男性は、金属音の足音を響かせながら、震え上がる男たちを冷たい目で見下ろしながらそう言葉を放つ。
すると、頭を下げていた相手は不思議そうに首を傾げた。
「だ、旦那?こないだ、三つ目は女の尻のデカさを悪く言うクソ野郎って言ってたんじゃあ……」
「うるせー!このすっとこどっこい共!全員まとめて独房行きじゃバカタレ!!」
「ぎゃああーー!?」
怒声と共にまとめて投げ飛ばされた男たちは、建物の2階から3階ほどの高さまで打ち上がって、そのまま地面に落っこちる。死んではないだろうが、かなり痛いだろうということはありありとわかった。
「ジャン先輩ぃーっ!何やってるんですかぁ!?」
「止めるな、後輩!悪人どもに戦士の鉄槌を下してるところだ!」
「下したの間違いじゃないですかね!?」
「あーあー、全員伸びちゃってるよ……」と、ブツブツ言いながら呆れた様子でぶん投げられた大柄の男たちを回収する若者と、「ジャン」と呼ばれた男はそれを見て快活に笑っている。その二人の身には、あるものを示す証が付けられていた。
「スイーパーの肩章……か」
「ん?あぁ、アンタはこないだウチのギルドに来た旅の記者さんか」
私の呟きに気付いたのか、ジャンは後輩を捨て置き、こちらに目を向けてニカリと気持ちのいい笑みを向けてきた。
「揉め事ですか?」
「なぁに。そこのバーで詐欺ですよ。なんでも今旬のカブタイモを市場価格の数倍で買えと、新人のポーターにコイツらが迫ったようで。困ったもんです」
「事情聴取する前に、コイツらが先輩を見て外に逃げようとしたんですよ。そしたらこの有様です。本当、少しは加減を覚えてくださいよ」
「ジェイク、お前は少し硬いんだよ。それにコイツらは常習犯だ。ゲンコツ一つで懲りてるなら俺の顔見て逃げ出したりしねぇーよ」
「そういうところにクロフォードさんが苦労してるんですよね」と、ジェイクと呼ばれた若者は、伸びた数人の男たちを手際よく拘束していく。その二人の様子を見ていると、ジャンが私に向いて手招いてきた。従って近づく手を握りしめて、幾らかの路銀を握らせてきた。
「旅の人に不快なもんを見せてしまったからな。詫び金だ。そこのバーで一杯やって貰えると助かる。いくぞぉ、ジェイク。詰所に戻ったら聴取だからなぁ」
「それ、さっき僕がしようと……まぁいいですけど……って待ってくださいよ!先輩〜!」
そう言い残して、ジャンはさっさと行ってしまい、それを追いかけるようにジェイクがズルズルと悪人どもを引きずってリニアの大通りを歩いていく。
私は自然と、彼らの後ろ姿を写真に収めた。これが、ヘンリー・ヴァンダーの日常だ。ジャンによって手に握らされた路銀を見る。明らかに一杯やるには多すぎる金だが、こういったところは大雑把なのが流儀なのだろう。
二人のような、「スイーパー」と呼ばれる職業は、いわばこの世界における「保安官」のようなものだ。
悪人たちをしょっぴいていった彼らが言っていた通り、私もスイーパー・ギルドと呼ばれる場所で一度挨拶はしに行った。快く歓迎はされたが、ギルドマスターであるクロフォードと名乗る者からはくれぐれも厄介ごとは起こさないようにと釘を刺されていた。
そしてこの世界に滞在して数日。荒事が日常茶飯だということがよくわかっているつもりだ。
ああいった詐欺めいたことから喧嘩の仲裁、町の警備、そして郊外の害獣駆除など……スイーパーの仕事は多岐に渡るが、その全てが治安維持を目的としたものだ。そしてスイーパーの存在はリニアの街に住む人々から好意的に見られている。システムとして見るなら脆弱極まりないが、人と人の関係を大切とするこの世界では、まさに理想的な体制と言えるのだろう。
さて、夕日が荒野に落ちようとしている。腹は先ほどのジャンクフードで満たされてはいるが一杯やりたい気分だったのもあるので、スイーパーから受け取った路銀を当てに一杯やりに行くとしよう。運が良ければ彼が捕まえた男たちに騙されかけた新人のポーターから話が聞けるかもしれない。
そう思いながら、私はウェスタンドアを開けて、その日の夜を過ごしたのだった。