マジシャンズ / 奪われたロストロギア 作:紅乃 晴@小説アカ
ヘンリー・ヴァンダーにおける交易の中心都市、リニア。
その町外れにあるのが、スイーパー・ギルドだ。
この世界におけるスイーパーとは、詐欺や盗みなどの悪事を取り締まったり、住民間のトラブルやリニアから住居地域であるヴィヴィアン・ガーデンへ物資を運ぶ「ポーター」の援助、危険極まりないヘンリー・ヴァンダーの原生生物への対処など……名の通り、厄介ごとを掃除する役割を担っている。
すっかり日の暮れたリニアの街には、ポーターや交易で訪れた輸送船員に向けた露店が立ち並んでいる。そこでは特産品や土産物はもちろん、食品関係も取り扱っていて、夜になればリニアの表通りであちこちからいい匂いと共に煙が立ち上っている。
「いらっしゃい!ヴァンダー焼きはいかが?」
今旬のカブタイモを潰し、それに肉を巻きつけて焼くヴァンダー焼きは、リニアにおけるジャンクフードの代表例だ。
そんなギルドから許可をとった露店が設置した青空テーブルでは、荷物の搬入を待つポーター達や、船員達が出来立ての料理を楽しみ、酒を煽っている。賑わいを見せる街中、スイーパー・ギルドから出てきた青年は、人混みをかき分けて近場にある露店へと立ち寄った。
「おぉ、サガミか。珍しいな、こんな時間に」
いつもは帰ってる時間だろう?と、声をかけてくる恰幅のいいオヤジに、声をかけられた青年……サガミ・バルディオは疲れ切った様子でスープを注文する。
時は少し遡って三日前。
帰り道でたまたま原生生物である「ワードラゴン」に襲われているポーターを発見し、彼らを救出したのが激務の始まりだった。
救出したは良かったが、ポーターの足である飛行艇はエンジントラブルでどうしようとない状態で、トラブル対応をするレスキューも人手がおらず、仕方なくサガミがポーター二人と、彼らが運ぶ予定だった物資を運ぶことになったのだった。
このヘンリー・ヴァンダーでは移動手段として飛行艇は必須。サガミもスイーパーの仕事で稼いだ金で、数年前に状態のいい中古の輸送艇を購入している。
それを使ってポーターと物資を送り届けたわけだが、ヴィヴィアン・ガーデンの居住区に着くや歓迎ムードの住民に出迎えられ、やれ謝礼だ、食事だと散々足止めを食らってしまったのだ。純粋な感謝の気持ちもあるだろうが、歓迎した住民の思惑の中には、後で請求される救援料を少しでも下げるために印象をよくしておきたいという打算的な考えもあったのだろう。
あれこれともてなされつつ、なんとかリニアに戻ってくれば、今度は救援の際の報告書の作成だ。
ギルドも慈善事業ではない。行ったことに対してはしっかり対価が支払われる。ただ、あれだけ歓迎を受ければ救援料をまるまる取るわけにもいかず、頭を悩ませながらなんとか船の燃料費くらいの価格は請求することができる規模で留めることになった。
報告書を書き終われば、次は厄介ごとの処理。
と言っても、毎日バカみたいな事件が起こるわけじゃない。バーの支配人から「常連がツケを払わないから督促してほしい」とか、「交易船の船員達のマナーが悪いからどうにかしてほしい」とか、そんな困り事が舞い込んでくる程度だ。
ただ、昨日はそれだけじゃ済まなかった。うんざりした様子で、木製のボウルに注がれるスープを眺めながらサガミはオヤジに口をこぼした。
「残業だよ、残業。昨日もえらい目にあったのに、ジャンのバカが仕事を増やしたんだ」
仕事も片付き、やっと帰れるというところで、同僚が詐欺グループをとっ捕まえて戻ってきたのだ。
「ガッハッハッ!それは災難だったな。バーの姉ちゃんから聞いたぜ?新人ポーターをカモにしてた奴をとっ捕まえたんだろ?」
「今そのバカ達の調書中。前は鉱山の仕事を斡旋したけど、辛くて逃げてきたんだってさ」
この世界では留置場などは存在しているものの、明確な刑務所や、罪を償うと言った場所は存在しない。殺人や放火などといった重罪を行わない限り、この世界では更生措置が一般的となっている。といっても、更生させるために斡旋する仕事先は、鉱山や漁業といった危険と隣合わせの場所で、半ば犯罪者達にとっては下手な監獄よりも地獄と言えるような場所である。
同僚が捕まえた詐欺グループは、どうやら鉱山で徒党を組んで脱走。そのまま輸送船に密航してリニアに戻ってきたのだとか。
で、路銀に困って新人ポーターに安く仕入れたものを高値で買わせるというアコギな真似をしていたところを発見されたらしい。
前科あり、おまけに脱走ときていることから、次は中々陸地に帰れない漁業へ身売り……もとい、斡旋させるかという話で落ちいている。
犯人達にそれを伝えたところ、なんでもするからそれだけは勘弁してくれと泣きついていたが、「なんでもするなら漁業もできるよな?」と笑顔の同僚の言葉に真っ白になっていた。全く迷惑な話だ。
「そいつぁ……またいい迷惑だな」
犯罪者達の所業に呆れ返るオヤジは、注いだスープに別皿に用意していた肉団子や具材を手際よく投入していく。最後に粗く引いた香辛料を振りかけて完成だ。
湯気が立つスープを受け取って、対価である金貨を支払うサガミに、オヤジは声をかけた。
「まだ戻って仕事か?」
「いや、今日はこれ食べたら帰るよ。頑張った自分へのご褒美ってやつさ」
「ご褒美に選んでもらうとは光栄だな、サービスにこれもつけてやる」
気をよくしたのか、オヤジは掛けてあった干し肉を掴むとサガミの方へと放る。そのまま食べてもよし、スープに浸して食べれば柔らかくなる上に旨みも出るから味変にもなる。サガミは受け取った干し肉を上げて感謝を示した。
「やっと一息つけるなぁ……あー、つかれた」
ギルド近くの長椅子に腰掛けて、スープを一口。相変わらず、あの店の味はイケている。ギルドで一仕事を終えた後にこれを食べるのが、サガミの楽しみでもあった。
喧騒で賑わう街。空には満点の星空と二つの月が浮かんでいる。交易拠点であるリニアの気候は穏やかで、年を通して気温にあまり変化はなく、天候も飛行艇が飛べないほど酷くなることは少ない。
そのため、夜空にはいつも星々が瞬いている様子が見えていて……。
「……ん?」
スープに浸した干し肉を食べようと掬い上げたと同時、サガミは星空を何かが横切っていくのを見つけた。目で追うと、横切った何かはフラフラと不安定な軌道で夜空を飛んで……いや、あれは……。
「飛んでるっていうか……落ちてるな、あれ!?」
サガミはすぐさま立ち上がると、半分ほどあったスープを一気に飲み干し、具材を口に放り込む。
「オヤジ!ご馳走様!」
「お、おお?えらく早食いだな、何かあったか?」
「今まさに何か起ころうとしてるの!」
戸惑うオヤジにそう言葉を残してサガミは踵を返して走り出す。他の露店の店主からも「何かあったのか?」みたいな声をかけられるが、丁寧に返している暇はない。適当に相槌を打って返しつつ、そのまま走り込んだ先はスイーパー・ギルドの裏手。
そこには滑走路付きの飛行艇の発着場が備わっていて、天井もない格納庫には数機の飛行艇が停められている。
サガミがその内の一機に近づき手をかざすと、反応した飛行艇の後部ハッチがすぐ様開いた。
「ドワーズ!大急ぎで発進準備だ!」
自分以外誰も乗っていない飛行艇の中で大声で叫ぶサガミは、そのまま貨物ユニットを抜けてコクピットへと入る。メインコクピットとサブコクピットの2シートの中央部には、一振りの直剣が収まっていた。
『どうした、サガミ。慌ただしいぞ』
直剣……ドワーズに内蔵された人工AIは、離陸準備を進めるサガミの様子を見て、悠長にそんな言葉を返す。そんなドワーズの言葉に答えず、火の入った船でサガミはギルドにいる仲間に通信を繋げた。
「クロフォード、こちらサガミ。聞こえるか?」
【あぁ、聞こえているよ。帰ったんじゃなかったのか?何かあったか?】
ギルドマスターであるクロフォードとは先ほど別れたばかりだ。まだ書類処理に追われているだろう彼は、突然通信を繋げてきたサガミの行動に、わずかながら嫌な予感を感じとっていた。
「まだなんとも言えないな。とりあえず今日、リニア上空を通過する予定のポーターはいるか?」
【この時間にか?ちょっと待ってくれ。……いや、予定にはないな。この時間は基本的に物資の搬入で飛行予定は……おい、ちょっとまさか】
「あぁ、だから今回は厄介ごとだ」
【え、なに?どいうことだ?おい!サガミ!】
確定だな、そう覚悟を決めたサガミは大声を上げるクロフォードとの通信を切ってすぐに機体を格納庫から滑走路へと移動させてゆく。
「ドワーズ、聞こえたな?真上を何かが通過していった。そして今日、この場所で飛行予定はない」
『デブリか何かが落ちてきたか?』
「いや、あれは明らかに何者かによって操作されている傾向があった。いいからさっさと起動しろ!」
『エンジン点火、安全装置解除。いつでも行けるぞ』
「リトルウイング号、発進する!」
滑走路へと出たサガミの飛行艇、リトルウイング号は、スロットルを上げるとそのまま垂直に浮き上がり、ジェット推進ですぐに加速し、リニアの空を駆け上がっていった。
「ドワーズ、補足できそうか?」
『少し待て。あぁ、見つけた。高度500フィート。サガミ、右下だ』
飛び出したすぐにこの船の補助を担うドワーズがレーダーでリニアの外れを飛ぶ何かを発見する。右に機体を傾けながらサガミもコクピットキャノピーから飛んでいる〝何か〟を目で確認した。
「あぁ、見えている。あれは……ストライクヴェクターか?ドワーズ!ユニバーサル・アクセスでコンタクトを取れ」
『そのように見えるな。よし、繋がったぞ』
「こちら、ヘンリー・ヴァンダーのサガミ・バルディオ。リトルウイング号だ。貴艦の左後ろにいる。交戦の意思がなければ応答を……」
【こ、こちら、時空管理局外縁調査部所属、レイカ・ヴァーン!交戦の意思はないわ!救援を求めます!】
広大な次元世界におけるフリーアクセスが可能な「ユニバーサル・アクセス」の通信で、ゆらゆらと飛行するストライクヴェクターから女性の声が返ってきた。レイカ、と名乗る相手の肩書きに、サガミは顔を僅かにしかめる。
時空管理局だと?そんな巨大組織がこんな辺境の世界に何しにきたんだ?と、そんな疑問はとりあえず頭の外へと追いやる。まずはやらなければならないことがあった。
「滑空しているのが外から見てわかる。何があった?」
【大気圏突入には成功したのだけど、突入後に動力炉が全てダウンしたの!コンパスも位置情報も役に立たない!】
キーキーと喚くような声でそう言うレイカ。おそらくこの世界の〝特性〟を何も知らずに降りてきたのだろう。外から見て、滑空しているストライクヴェクターの推力装置は「魔力」を用いたものだ。それを見て、サガミは彼女の陥っている状況をすぐに理解する。
「ドワーズ。リニアのレスキューの状況は?」
一旦マイクをオフにして、サガミはドワーズにレスキューを要請できないか提案した。が、その答えは良いものではない。
『現状はかなり厳しい。動けたとしても、彼女らの船はとっくに地面に突き刺さってるだろうな』
「レスキューの助けは無理か」
『飛ぶ前からわかっていただろう?』
クロフォードが言っていた通り、この時間帯は基本的に物資の搬入出が行われる。いわゆる飛行する船が極端に減る時間帯なのだ。全員たちが食事を楽しむように、レスキューの隊員たちも食事をとる時間となっている。緊急要請をかければ駆けつけてくれるだろうが、その前にストライクヴェクターはドワーズが言う結末を迎えているだろう。
「自分でなんとかしなきゃならないって自覚したかっただけだよ。……聞こえるか?落ち着け、レイカ。深呼吸しろ。俺の声だけを聞け」
【……ごめんなさい、取り乱したわ】
状況から察するに、おそらくレイカは一人で大気圏突入をし、エンジンも何もかも停止した状態で一人でこの空を飛び続けていたのだろう。そんな中、サガミが現れたことで声色に若干の余裕が戻りつつあった。
「よし、姿勢調整用のガス・スラスターは搭載しているか?残量を教えてくれ」
【搭載されているけど姿勢制御でかなり消費してる……着陸には全然足りないわ】
まずいな。内心で状況の最悪さに舌打ちをしながらも、サガミは相手に不安感を与えない声色で指示を出していく。ここで自分が取り乱せば、レイカもパニックになるのは火を見るよりも明らかだった。
「コンパスが死んでいる以上、手動で着陸するしかない。俺の機体の後ろをマークしろ」
【ちょっと、なにをするつもりですか!?】
その言葉にレイカとは違う声の人物が割り込んでくる。おそらくサブパイロットか、そこに座る物だろう。ただ、他にいい代案は存在しない。
「外野は黙ってろ!レイカ。今から着陸態勢に入る。俺の合図とともに操舵角を合わせてくれ。旋回してエアブレーキをかけながら高度を落としていく」
【そ、そんな無茶な!失速したら一瞬で……】
「無茶でも助かるにはそれをするしかないぞ、レイカ。いいか?浅くても深くてもダメだ。きっちりリトルウイング号に合わせるんだ」
サガミがやろうとしていることは、一定方向に旋回しつつ、速度を殺しつつも速度も落とすと言うやり方だ。空路が一般的なヘンリー・ヴァンダーで、機体トラブルが起こった際によくやる手ではあるが、多くの場合がエンジンの出力が上がらないとか、双発エンジンの片割れが止まった時に使われる手段だ。
滑空状態、しかも推進剤も底を尽いている状況でやるのはサガミも聞いたことがない。けれど、それしか上手くやれる方法が思いつかなかった。
深く機体を傾ければそのまま落っこちてダメ。浅くても速度も高度も落とせなくてダメ。絶妙なバランスが必要になる。
リトルウイング号を滑空するストライクヴェクターの前につけて、サガミは鋭く息を吐いた。
「準備しろ。3、2、1……今だ」
操縦桿を傾けると、機体もその方向へと傾く。真後ろのレイカが操るストライクヴェクターは、目の前にいるサガミの船に追従するように機体を旋回させ始めた。高度は下がりつつ、速度も僅かにだが減速を始めた。
「よし、いい調子だ。答えなくていい。声だけに集中しろ。このまま維持だ。大丈夫だ。うまく進んでる」
凄まじい集中。レイカは横から掛かる重力に耐えつつもサガミの機体の動きに従って旋回を続けた。
「レイカ、聞こえているな?俺の合図で機体前面部のガス・スラスターを最大出力で放出。舵角を0度に戻して仰角30度に合わせろ。最後は機体の空気抵抗とスラスターで速度を抑え切る」
高度が150フィートを過ぎたあたりで、サガミは次のステップをレイカに伝える。すると、余裕のないレイカの声が返ってきた。
【そ、それうまくいくの!?】
「まぁ、あとは運だ。神のみぞ知るってやつだな」
【まっっったく安心できないわね!】
降りる先はリニアから約100キロ離れた場所だ。幸い、遺跡群も少ない平坦な地だし、危険な原生生物は昼間にサガミが駆除したばかり。降りるにしても最適な場所であった。
みるみる近づいてくる地面に息を呑む。迫り来る墜落とそれによってもたらされる結果に怯えながらも、レイカはサガミからの合図を気力と勇気を振り絞って待ち続けた。
「よし、そのまま……3、2、1……スラスター噴射!」
サガミの合図と同時に、ストライクヴェクターの艦首から最後に残ったガス・スラスターが噴射された。旋回していた機体に一気に急ブレーキが掛かり、姿勢も舵も不安定なのになる。
「水平移行!ピッチをあげろ!」
ただレイカは舵を切る。機体は旋回から水平姿勢にはなったが、引き上げようとする舵が想像絶する固さでレイカの思考は真っ白になった。
仰角……上がらない……!?
「まずい!ランディング・アーム!対ショック姿勢!」
サガミの声と同時。眼前ストライクヴェクターが地面と接した。幸い、ギリギリのところでランディング・アームの展開はできたが、鈍い金属音と共にアームは吹き飛び、 機体は艦首からつんのめる形で接地してしまったため、ガクンっと機体が持ち上がり、そのまま艦首が地面に突き刺さる形で不時着。しばらくしてから、機体の後部から自重で落ちて、やっと機体全体が地面と接することになった。
サガミは大急ぎで近くの平地にリトルウイング号を着陸させる。
「だ、大丈夫か!?」
後部ハッチから飛び出した、煙を上げるレイカのストライクヴェクターへと近寄ると、歪な音を響かせながら搭乗用のハッチが開き、中からはふらつきながらも何とか自力で立つ黒髪の女性が出てきたのが見えた。
「あ、貴方がサガミね……こっちは、なんとか無事よ……この船の頑丈さに助けられたわ」
改めて、とレイカ・S・ヴァーンと名乗る女性から自己紹介を受けたサガミ。そこで緊張の糸が切れたようで、レイカは意識を失うように墜落したての機体の脇に座り込んだのだった。