鉄の霞と技術者 作:石和
【ねえ ひとり?】
ふよふよと空を舞うACの中で、トリーゴはひたすらに宙を眺める。
【遊ぼう】
【あそぼ】
【こっちこっち】
自分は何も呟いていない。にもかかわらず声が止まないのは、『人ではないものの呼び声』なのだろう。
――――たとえ、声が聞こえても、不用意に応じてはいけない…
何でそんなことを知っているのかは分からない。トリーゴは記憶が無かった。
でも、大事な誰かに、教えられたのだ。
それは、『良き隣人』。
「ライブラリ……『良き隣人』」
私の言葉に反応して、モニタに言葉の意味を検索した結果が表示される。どうやら、地球のイギリスで、『妖精』に悪さをされないようにそういう言い方をして、彼らの行動をこちら側に影響が無いように縛るために始まった文化らしい。
【休憩したいな】
【疲れない?】
【いいところ ない】
彼らの声がする。同意はしないが、なるべく早めに考えねばならない課題だった。
――――灰色一色の塗装が好みじゃないし。
ほかにもいろいろ不満があるはずだが、どこに不満を持っているか分からない。だったら、せめて分かっている範囲は直す。そのためにも、ガレージを確保したかった。
――――うるさいのも、ガレージに行けば少しはましになるだろうか。
そもそもこうなったきっかけは自分が知らぬ声に振り返ってしまったことなのだが、それを覚えていない彼女に、自業自得の文字は無い。
「………『技研』…」
無意識に、自分が執着するものの言葉を発する。そうして何に思い至ったのか、オートパイロットを解除して、ある場所を目指し始めた。
しばらく機体を飛ばして、氷の狭間に着地する。なぜかは分からないが、ここに目的のものがあると、トリーゴは知っていた。
氷に閉ざされた大地を兵装で幾らか削ると、ACも突入可能なハッチが現れる。ドアノブに当たる部分をACの手でひねり、重たい音をさせて持ち上げると、その中へ立ち入った。
――――『技研』の、拠点…の一つ…だったところ。
地下へ降り立つと、隣人たちがざわめく。
【人間 久しぶり】
【まっくら】
【明るくしよう】
【ぱちぱち】
【パチリ】
一瞬彼らが波打てば、明かりがついた。拠点の中にある古い機械たちが息を吹き返し、埃をかぶったガレージが稼働し始める。
当然のようにACを納める場所も生き返り、トリーゴは流れるようにそこへディセンダントを入れる。そして、この機体に乗ってから初めて、自らの意志で機体を降りた。
機械の身体は、存外頑丈にして衝撃吸収機構もよく稼働している。乱雑な降り方をしたが、全身のばねを活用してかかる負荷を分散し、無傷で着地した。まるで人間の身体だ。
――――だから、義肢って言うんだけど。
長くて白い髪がばさりと落ちてくる。邪魔だが、切るものが無いのでしょうがない。
鏡を見つけた。自分の姿を確認する。
白くて長い髪。赤い瞳。確か…東洋系と言うはずの顔立ち。
服装は強化人間用スーツで、企業系とは違う、黒鳶色をしている。ところどころに固定用パーツがあるため、見た目が少々機械じみている。まあ、肉体も機械なのだが。
「ブルゾンが欲しい」
呟く。今のままでは体のラインがはっきり出ていて、好みではない。
ガレージの中を歩き回る。AC整備用の機器類、食糧生産に使う予定だったらしい新品のミールワーム育成小型ポッド、調理場、浴室、幾らかの個室、書類が溜め込まれた部屋、資源倉庫。人の営みがそのまま残されたこの場所に、他の住人はいないようだ。おそらく、半世紀は利用されていないだろう。
【たのしいね】
【ぱちぱち】
【探検!】
資源倉庫を漁ると、無地のブルゾンが出てきた。作業用のつなぎ、整備士用のブーツも。
「………」
何故だろう。私は、色味は違えどこれらを着て生活していたのではなかろうかと思ってしまう。馴染みがある。現に、強化人間用スーツを脱いで、作業用のつなぎと、整備士用ブーツ、無地のブルゾンを羽織った。とても落ち着く。
傍にあった工具セットも掴む。手離してはいけない気がした。
ACの元へ戻り、スパナを手に握る。そして、何かをしようと手を伸ばしたところで、何をしたいかが分からない。
違う、
――――何ができるのか、分からない。
【…泣いてる?】
【悲しい?】
握っていたはずのスパナを落とす。金属の乾いた音が響く。機械の両手が、同じく機械の顔――――人によく似た、柔らかく温かい何かでできている――――へ伸び、覆い隠す。
涙は出ない。それでも。
欠けてしまった何かを意識してしまったトリーゴは、静かに泣き始めた。
ハンドラー・ウォルター所有の輸送ヘリの中にあるガレージ。見慣れた景色を眺める穏やかな時間を過ごしていた621は、着信を知らせるCOMボイスに目を開く。
『強化人間C4-621 レイヴン。探してほしい人物がいます』
「…オールマインドからです。何でしょうか?」
自分と交信する不思議な声が、話を聞いてみようと促してくる。特にすることもない621は、静かに続きを待つ。
『機体名はDESCENDANT。見ての通り、物珍しい見た目をした全身灰色塗装のACと、そのパイロット、Trigoを探しています』
画面に表示された機体は、見たことのないパーツで構成されている。詳細を確認すれば、『RI』と『AM』の文字が並んでいて、曰くつきの機体であると推測した。
考えている間にも、オールマインドはトリーゴ…彼女の情報を次々と提供してくる。それを静かに聞いているうちに、ふと思いいたる一人の女性。
(エア)
「ラスティが言っていた、『メイカ・オーツ』という女性ですか……」
先日、ラスティが、行方知れずになったシュナイダーのメカニックを探していると言っていた。日系の女性で、黒い髪と黒い瞳、スパナのイヤリングが特徴の、小柄な人。
『彼女の外見は白い髪に赤い瞳で――――』
「レイヴン。Trigoという言葉ですが、『麦』という意味を持っているそうです。また、オーツという言葉も、『麦』という意味だとあります。奇妙な一致ですね」
(………)
メイカ・オーツ――――メカという女性について、ラスティは捜索依頼の情報提供として…それにしては必要以上に、彼女の話をしてくれた。彼女の家系は地球の日本という島国出身で、苗字もそこがルーツのモノだという。
機械の整備士としてシュナイダーどころかアーキバスでも屈指の実力を持ち、ルビコニアンとは思えぬ教養の深さと聡明さを持っているらしい。好物は砂糖を煮溶かして作る『べっこう飴』という菓子。
この世で一番好きなものはACで、その整備や調整を任せると永遠にその作業をしたがり、時間を惜しんでガレージの床で睡眠をとったり、食事をサボろうとする悪癖がある。そのくせ、パイロットの戦闘データから操縦癖を完璧に読み取ったうえで行われる高品質すぎる調整。急な呼び出しも、仕事の契約も、どんな状況であろうときっちり応える真面目さ。他にもいろいろ言っていたが、恐らくラスティという男はメカのことを気に入っているのだ。
それを聞いていたせいだろうか。なんだかよくわからないが、オールマインドがさっきからごちゃごちゃ言っている彼女は、ラスティの言う彼女と同一なのだろうが、かなり違う側面で話しているように思う。
「…きっと、メカは、ラスティのことを気に入っていたのではないですか?」
(成程)
テキストを入力し、送信する。
(それは、メイカ・オーツのことか?)
オールマインドが黙る。当たりらしい。
(だとしたら、名付けを間違えている。彼女のファミリーネームは、地球の日本という島国にあった地名から来ているそうだ。『麦』ではない)
『はい?!』
通信中にもかかわらず、オールマインドがぎゃあぎゃあ独り言をわめき始め、結局挨拶もそこそこに通信が切られた。どうやら、大正解を引いたらしい。
「名前を間違えるなんて、そりゃあ逃げられますよね」
(………躾以前の問題)
自分の飼い主を思う。正しい呼び名、正しい扱い。ACに乗る以外何もできない自分に、報酬と称して福利厚生まできっちりしてくれている。…とてもいい環境に置いてもらっているのではなかろうか。
「レイヴン、ラスティにこの話を共有しますか?」
(しておこう)
オールマインドが良くない飼い主なのであれば、どんな姿かたちになろうとも、ラスティの隣にいた方が、きっと彼女もいい環境に置かれるだろう――――機能以外がすべて死んだ、旧世代型の強化人間は、自分を戦友と呼ぶ男へテキストを送る。
(君の大切な人が、ACに乗って空を飛んでいるらしい)
そして、彼女が隣にいれば、ラスティはきっと、笑顔になるだろう。
拙い思考で導き出し、621は行動する。
果たしてその思考が正しいのか間違っているのか分かっていないこと、オールマインドのポンコツっぷりが加速すること、それらを露ほども知らずに――――
「ボス 所属不明機体の解析が終わった」
「よくやったよチャティ」
ここはRaD拠点の一室。ドーザーを束ねる組織の長、シンダー・カーラはシステム担当のチャティ・スティックからデータを受け取ると、内容を確認する。
「『技研』パーツがこんなにも使われているのかい」
「機体自体は殆どオールマインド製のようだが」
「そりゃあそうだよ。『技研』AC、特にEPHEMERAシリーズは、開発以外の人間が乗ることを想定していない。普通の感覚なら、操作できないんだ」
機体の詳細を見れば、人体感覚を優先した腕と足を使っていることが分かった。恐らく搭乗者は人の形をした何か………強化人間の可能性は高いが、よりによってコア部分が『技研』製のため、もしかしたら身体は機械かもしれない。
――――『技研』のパーツばかり積んで、コーラルで動いているACねえ…
この機体が目撃される前に行方が分からなくなった、仲間の孫娘が関わっていたりするのだろうか。しかし、彼女ひとり、もしくはシュナイダーや解放戦線に、この機体を組んで運用する能力は無いだろう。特に戦場での目撃情報もないため、どこかの誰かの指揮系統に入っているとも考えにくい。
だが、『技研』の知識なしにこれを作り上げることは不可能だ。
懐かしい文字列、すべての罪を背負って死んだ男、コーラル研究に狂った男を思い起こさせるいくつかの内装パーツの名前をなぞりながら、カーラは呟く。
「まさか、彼女自身が、機体に使われているんじゃなかろうか…」
嫌な予感に、眉間にしわが寄る。
しかし、本当にそうだとしたら、カーラには救う手立てがない。
「コーラルを焼いて、世界からそれが失われれば、この機体も、搭乗者も、動かなくなる」
それは、件の孫娘にとっては死そのものだった。
まあどうせ、みんないなくなるから…ね…(無慈悲)
追記(2023年12月23日)
621の見慣れた景色は瞼の裏です。だから目を開ける必要があったんですね…