鉄の霞と技術者 作:石和
氷の狭間から、白い機体が飛び立つ。
その機体の名はディセンダント。
メインカラーを白、サブカラーを灰色で塗装し、サポートカラーとオプションカラーに黒色を入れている。アザー部分には差し色として濃紺が入り、デバイスは赤く光っている。また、右手武器はサポートカラーに、左手武器はオプションカラーに、光沢強めの濃赤で塗装されている。
【あか!】
【私たちの色】
【白は、髪の色】
【紺色は何の色?】
隣人たちの囁きを無視しながら、くるくると空を舞う。コーラルの流れに乗り、常に補給する形を保ちながら、ゆるりと飛行を続ける。
――――なにをしよう…
記憶のない頭で考える。ガレージでしばらく暮らして気付いたのは、私はAC以外だと工具や作業用のつなぎに執着するらしい、ということだった。
ACは乗るのが好きというか、これが無いと生きていけないような感覚というか、とにかく離れられない。外に出るなら必ず乗っていたいし、眠るのはコックピットの中。暇な時はコックピットにこもって、ライブラリを覗いてはACの操作に不要な、いわゆる余計な知識を付けている。日本という島国の資料や、『技研』もとい『技研都市』の資料…まるで、失ったものを取り戻すかのように。
『寝床で寝ろ!』
誰かに叱られたことがあるような気がするが、その時はきっと、作業用のつなぎを着ていたのかもしれない。
そこまで考えて、失ったものを取り戻すために読んでいるものは、私の古い過去と関連があるのだろうかと疑問が浮かぶ。…何もなく、ただ空いた穴を埋めようとする作業の可能性もあるが。
【危ないよ!】
「!」
突如アラートの音が響き、咄嗟にクイックブーストを吹かして横へと機体をスライドさせる。
いつの間にか機体の高度は地表近くへと近づいていて、モニタが銃口を向ける敵機を映していた。どうやら、オートパイロットに入れずに考え事をしていた結果、地表まで降りてきてしまったらしい。それも運の悪いことに、敵がいる場所へ。
敵機をスキャンし、検索をかける。モニタに表示されたのは惑星封鎖機構所属の『カタフラクト』という名前。ずいぶんと重そうな身体は空を飛ぶには不向きで、陸戦機体なのだろう。
氷の大地へ降り立つ。正面に飛び出してきたカタフラクトの中央に、MT機体が見える。おそらくそこが弱点だろう。
【へんてこ】
隣人の感想に頷きたくなるのをぐっとこらえる。
早速攻撃が飛んでくる。ミサイル、グレネードランチャー、放射レーザー。距離を取られたと思えば、大口径のレーザーキャノンが空気を引き裂いていく。
――――高火力、高衝撃力。すぐスタッガーになって、削られる。
攻略方法を考えるが、結局のところMT機体を撃てば解決するだろう。脳筋の回答。
あとは、カタフラクト前方上部から撃って、攻撃判定が出るか否かだ。
カタフラクトが突撃してくる。コーラルライフルをチャージしながらジャンプ回避を行い、前方右斜め上から射撃した。弾かれる。
今度は、コーラルライフルをチャージしながら自分で射線を確保し、前方正面上から射撃した。当たる。
【効いてる!効いてる!】
【どかーん!】
【弱点だあ】
横は狭いけれど、縦には広いらしい。そう分かれば、やることは決まる。
脳に焼き付けられた戦闘スキルが、機械の身体を勝手に動かす。こういうものと戦うのは初めて…のはずで、時々回避を失敗してダメージが入る。
「――――っ!」
こうやって衝撃を受けることには慣れていないらしい。衝撃で中断しそうになる操縦を、焼き付いた戦闘スキルが無理矢理継続させている。
ブレードのコーラル波を二連撃入れたところで、カタフラクトがスタッガーに陥った。そこへすかさず突入し、アサルトアーマーを発動したところでフィニッシュ。
「…っ、はあ、」
緊張が解け、深く息を吐く。隣人たちが喜ぶ様を感じながら、拡張機能を使って熱せられたコアの冷却を静かに待つ。
――――無事に、生き延びた…
破壊したカタフラクトの中にいたであろう人間を思う。封鎖機構のAIによる指令に忠実で、命尽きるまで戦うような、真面目な人間。それを私は生き延びるという目的で殺す選択をして、実際に殺した。強敵ではあれ、殺した後に残るこの虚ろさは何だろう。
ガレージで機械を触っているときには分からなかった現実の一部。××××も、こんな感覚を味わっていた?
「…?」
誰も、こんな感覚を味わっていたのだろう。過去の私は、戦いに行く誰かをガレージから支援する立場にいたかのような独白。作業用のつなぎや工具に執着を感じる辺り、メカニックだったのだろうか?
『そこのAC!何者だ!――――解放戦線でも、企業でもないな?!』
背後から声をかけられ、思考を遮られた私は振り返る。ここまで来るのに戦闘をしたのだろうか、ダメージを受けて損傷している………にしても古い機体数機がこちらの射程圏外から銃口を向けている。
『敵対するなら容赦はしない…!』
面倒が起こりそうだったので、装備品から余ったリペアキットを落とす。彼らが警戒している間に踵を返し、トリーゴはアサルトブーストで現場から立ち去った。
ルビコン某所にあるアーキバスの拠点。V.Ⅳことラスティは、緊急招集と銘打って呼ばれた会議室の椅子に表面上は姿勢よく腰かけている。
――――任務明けで、正直眠い…
敵地にいる以上油断は禁物なのだが、ここ数日任務詰めだったうえに山積した仕事に追われていたため、疲労がたまっている自覚はあった。何なら本来、今頃は休暇でシュナイダーに里帰りの旅路を済ませてあちらの拠点で寝ているはずだったのだ。スティールヘイズだってメンテに出したい。
――――まあ、帰ったところで、か。
今までと違い、シュナイダーに帰っても待っているのはフラットウェルだけだ。あの女メカニックには会えないし、メンテ明けのスティールヘイズも十分調整されてはいるが何か物足りない。不要な接触は避けろとフラットウェルに散々釘を刺されてきた以上、無理に帰る必要もない気がしてきた。
「ラスティ、起きろ」
オキーフが湯気を立てるフィーカを机に置いた。寝ていると思われていたらしい。
「すまない」
「本来なら寝てるはずだったからな。だがまあ、第二隊長の呼び出しだ」
これを飲んで情報共有の時間程度は我慢しろ。そう言って勧められた泥水だが、寝るのを防ぐ以外の効果は最早感じられそうになかった。気を利かせたホーキンスがハッカ飴をくれるあたり、このままだとスネイルに睨まれるということだろう。
気の緩みはないつもりだが、彼女がいないということが結構堪えていることに衝撃を受ける。
――――機体操作の一つにすら彼女不在の影響が出るレベルだから仕方がないとは思うが、それにしても情けない。
ハッカ飴を口に入れ、べっこう飴の甘さが恋しくなったころ、会議室の扉が開く。
「遅れました。…フロイトを捕まえるのに、時間がかかりまして」
入室したのは、スネイルと首根っこを掴まれたフロイト。メーテルリンクやペイターはオンラインで参加するため、ここにはいない。
「急ぎ共有しておきたい事項があります」
スネイルがデータを各員の端末へ送ったらしく、自分の端末が震える。共有された資料は、『コーラル対応AC』というタイトル。
「最近、正体不明の機体がルビコン各地に出現しています」
壁に設置されたスクリーン上にルビコンの地図が展開される。それが出現したという地点に印がつけられているが、ACというには移動範囲が広すぎだ。
さらに、その機体の飛行する姿を捉えたという短い映像が流れる。
「見たことのない機体だな。…ところどころオールマインド製みたいだが」
『でも、武器は全く分からないですよ』
『弊社はおろか、他社にもなさそうな雰囲気がします。新作ですかね?』
「…ジェットが赤い」
オンライン組も含めた会話を聞きながら、ラスティは資料に掲載された写真をまじまじと眺める。
ジェットの赤さは、コーラルの色に似ているように見えた。それを意識してか、白い機体の武装には赤い差し色が入っている。しかし、機体本体の差し色は紺色で、どうにも統一感が無い。変ではないが、何か理由があるのかと勘ぐってしまう。
「先日までにカタフラクトを始め、封鎖機構の兵器がいくらか被害を受けているとのことから、封鎖機構所属でないことは明らかです。また、かの機体が破壊したものの残骸からはコーラル反応が検出されています」
「『コーラル対応AC』ってタイトルは、そこからか」
コーラル、…コーラルか。フィーカを口に含みながら、ラスティはふと考える。彼女は、コーラルに因縁深い『技研』出身者の孫娘であったな、と。
「武装はコーラルを使っている可能性が高い。そして、目撃地域周辺で輸送機は毎度確認されない以上、この移動距離を賄える燃料としては、この惑星においてコーラル以外にありえないでしょう。試算結果でも、コーラルを補給する能力を備えたジェネレータを使用していれば、理論上は可能な範囲と出ています」
そういえば、帥父のアストヒクも、ブースターから噴き出すジェットの色は赤かった気がする。それを知った時は珍しいものだとしか思わなかったが。
――――『技研』は、コーラルを使ったジェネレータを開発していたのだろうか?
資料を見ながらそんなことを考えていると、フロイトの声が耳に届く。
「こいつ、気持ち悪いな」
「…どういうことです?」
顔を上げた。真人間ではあるがこの面子で一番狂っているフロイトが、心底嫌そうな顔をしている。
「無人機の動きをしておきながら、時々思い出したように人間の動きをする」
見ろ、とフロイトが映像の場面を操作する。
「ここは、おそらく人間の動き。こっちは、無人機の動き」
「空を飛んでいるようにしか見えないけれどねえ」
ホーキンスが首を傾げるものの、それはフリでしかない。
誰よりもACにのめり込み、強化人間になることなくヴェスパーの頂点に立っているこの男の実力は本物だ。皆それを理解している故に、この謎の機体に対するヴェスパーの共通見解が定まる。
「これで有人機なのか」
『コア部分の後ろにある球体に乗るんでしょうか?』
「人が居る部分がむき出しだから脱出はしやすそうだけど、狙いも定めやすいねえ」
「頭と腕、脚はオールマインド製で、コアだけが違うってあたり、元は人間用じゃあないかもな」
「…オキーフ、どういうことです?」
隣に座るオキーフが、新しい資料をスクリーンに表示する。オールマインドの製造するパーツの一覧だ。
「オールマインドの開発は、基本的に『人体感覚の拡張』をコンセプトにしている。強化されていようといまいと、人間が乗ることを想定して開発しているはず」
本当なら、すべてオールマインド製にしてしまえばいいのに、コアだけが違う。
「そこから考えられるのは、『コア部分だけが本来の機体パーツなのでは?』という可能性だ」
「――――成程」
ラスティは思わず呟いた。
「頭、腕、脚を『人体』パーツに換装して、やっと人間が運用できる状態になるのかもしれないのか」
「そうだ。人間に運用できない機体でも、機械なら運用できる。だから、本来は無人機用だったのではないかと思った」
『V.Ⅰの言う有人機という言葉に積極性が出てきましたね』
本来は無人機だったかもしれない機体に、人を乗せる。…そうするために、人間はどんな代償を支払ったのだろうか。
「中の人間は、最早生身ではないだろう」
フロイトの言葉に、ラスティは静かに目を閉じる。
「中身がどうであれ、上からの命令は『鹵獲』です。見つけ次第捕らえるように」
スネイルの声がやけに響く。
――――ああ、どうか。
それが、彼女でなければいい。
なお、メカちゃんの機体で「特務機体撃破」Sランククリアは何遍もできたので、ちゃんと実情に合ってましてよ!!!!(肩フルチャージがなかなか当たらん!)