鉄の霞と技術者   作:石和

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武闘――――もしくは舞踏

 

 

 目を覚ます。久しぶりに見た天井は、古くて修繕の跡が目立つ。

 

――――スパイは、もう辞めたんだったな…

 

 ラスティは身体を起こす。地下で戦友と殺し合い、命からがら逃げだしたスティールヘイズは片腕がもがれ、パイロットもとい自分の肉体もかなり損傷を受けた。強化人間の肉体は生身より怪我の回復が早いものの、疲労はある。

 

 実際いつもより長い時間寝てしまったらしい。誰かが届けてくれたらしい朝食が冷めきっていた。ただし、スパイの時の癖で、届けられた食事に手を付けることはしない。申し訳なさはあるので、次からは断りを入れておかねば。

 

 シャワーを浴び、着替える。身に着ける強化人間用のスーツはアーキバスの時のものではなく、シュナイダー所属時に着ていたもの。ただ、シュナイダーのロゴではなく、解放戦線のロゴに変更した。

 

 身支度を整えたらストックしていたレーションを食べた。そしてスティールヘイズではなく、スティールヘイズ・オルトゥスの起動キーを手に取る。起動キーに括り付けられたスパナ型のチャームが目を惹く。

 

「勝手にキーホルダーにされたと聞いたら、メイカは怒るだろうか」

 

 彼女が落とした端末はフラットウェル預かりとなっているが、イヤリングの片割れは特に制限が無かったため、ラスティが預かることにした。しかし、アーキバスでスパイをするのに余計な持ち物は身分の詮索へつながる――――特にメイカはスネイルが目を付けていたので悪影響が簡単に予測できた――――ため、泣く泣く置いていくことに。

 

 紛失が恐ろしかったので、メイカの部屋のカギを預かっている同僚の女に、一緒に預かってもらうことにした。そして帰ってみれば、メイカの同僚がキーホルダーに改造して、オルトゥスの起動キーに括り付けられていたというわけだ。

 

「ラスティ君が執着するのは珍しいからね。…まあ、大事な同僚のモノでもあるから、無くすんじゃないわよ」

 

 そう言ってウインクをかまされたが、一体どう思われているのやら。

 

 起動キーを握りしめ、部屋を出たところで警報が響く。 

 

『敵襲!敵襲!』

「――――!」

 

 走り出す。目的地は勿論ガレージで、先日調整を終えた機体に乗りこむ。

 

『ルビコン上空に巨大な船が出た。アーキバス艦隊が迎撃しているが、それとは別にアーキバス系列の機体がこちらへ飛んできている』

『とにかく、それだけは落としてくれ。市街地に被害が出たら困る』

「分かった。オルトゥス、出る」

 

 吹雪く外へ飛び出し、センサーに映る敵影へ突き進んでいく。

 

 モニタ越しに見上げた空には、『技研』について調べる合間にちらりと目にした『恒星間入植船』と、アーキバスが封鎖機構から接収して再利用している艦隊が見える。

 

――――そこに、ルビコンの人間は俺を含め、誰一人介入できない…

 

 悔しさを噛み締める。しかし、同時に思う。

 

 戦局に噛めるほどの力を失った解放戦線を今、このタイミングで攻めてくるのは何故なのか。アーキバスはバスキュラープラントとコーラルの輸送で頭がいっぱいのはずだが。

 

 いや、アーキバスで単騎…単独行動…何故だろう。頭痛がする。

 

 そして、その予感は当たった。

 

『話とは違うな』

 

 V.Ⅰ フロイト、ロックスミス。…お守りのスネイルは不在らしい。

 

「スネイルはどうした?」

『死んださ』

 

 さらりと言い放たれたヴェスパー隊戦力の減少。…だとしたら、上で船を指揮するのは本社側から引っ張ってきた人員ということか。

 

 それならば、フロイトの首根っこを掴める者はもう誰もいない。

 

『ここに、あの機体がいると聞いて、再戦しに来たんだが…お前、生きてたんだな。しかもなんだその新型。どこの製品だ?シュナイダーじゃないことは分かるが。肩武装にベイラムのオービット、もう片方はどこかの新作だよな。右手もだ。どこだ?――――いや、そんなことよりも』

 

 空気がピリつく。これは、狙いを定められた時の感覚。

 

『やろう。今すぐ。それが、お前の本気だろう?』

「お前に構っている場合じゃない…!」

 

 フロイトは『あの機体』と言っていた。つまり、メイカはここに来るのだ。…誰のリークかは知らないが、ここまでくればもうそこに気を割く余裕はない。

 

『そうか。なら、お前を倒して、あの機体とやり合うのは俺だな』

「――――ふざけたことを!」

 

 主戦場から離れた場所で、ヴェスパー隊の首席と解放戦線のエースが衝突する。

 

 

***

 

 

 時は少しさかのぼり、ルビコン某所にて。

 

「返信皆無!着信拒否!名付けを間違えたから怒っているんですか?!」

 

 AIボイスの悲鳴が響き渡る。その叫びの内容は、最近巷を騒がせる謎の機体――――とりわけパイロットについて。

 

「記憶ではなく感情を消すべきだったか…?!ああもう、彼女の目的が、何もわかりません…っ!」

 

 半泣きにも等しい情けない声で、オールマインドは数多の写真やデータを弄繰り回す。

 

 最初は、どうやって見つけたのか、『技研』の旧拠点を復旧させて、引きこもり生活をしていたらしい。ずいぶんと動きが無いと思っていたが、次に現れたときは、灰色一色の塗装が白色+差し色付きの塗装へ変わっていた。

 

「カタフラクトといい、封鎖機構を攻撃してくれるのはありがたかったんですけれど、途中から動きが観光になってません?」

 

 エンゲブレト坑道を始め、ルビコンでも古い、遺跡と呼べるような場所への出現率が高い。そして、基本戦術は逃げなので、想定よりも敵機撃破数が少ない。また、フロイトへ匿名でリークを入れ、つぶし合ってもらおうと思ったのに、彼女ったら両手両足を切り飛ばして頭を踏みつけて大脱走。

 

「剣術なんて、どこで身に着けてきたんですか?!…もしや、『交信』を行っている?」

 

 計測データを漁る。しかし、コーラル側からの働きかけらしい波長はあっても、トリーゴ側からの返信や働きかけは無い。一方通行であるため、意思の疎通を図れていない可能性は高い。

 

「これ、もう生かしておく理由もないのではないですか?新しい手駒に、レイヴンが手に入りましたし」

 

 AIの癖に――――AIにしては優秀なオールマインドは、計画を適宜修正しながら、彼女の処遇を考え始める。

 

 そういえば、最近、スティールヘイズ・オルトゥスの開発に拍車がかかって、周回の中でも最速で完成しそうな雰囲気がある。何なら、スティールヘイズの大破でスパイ活動を終了したと同時に乗り換えて訓練を開始する可能性があるレベルだ。

 

 また、そのパイロットが、傭兵支援システム経由でこちらを探っているような形跡もあり、今までとは違う行動が目立つ。

 

「彼も、消さないといけないんですけど………おや?」

 

 トリーゴの行動パターン情報を更新する。歴史を追いかけているのかと思ったが、どうも追いかける対象が変わっているではないか。

 

「――――スティールヘイズ?何故?」

 

 もしや、周回が影響しているのだろうか。彼女は、1周目も2周目もV.Ⅳの専属整備士を務め、裏切った時ですら、彼への執着を見せた。

 

 V.Ⅳの方も、スパイ活動と同時並行で彼女の捜索に余念がない。あちらは周回の記憶持ちなのだろうが、『メイカ』が行った選択の記憶を持ってなおこれなのか、単に執着の獣と化しているだけなのか判断がつかない。これだから人間というやつは。

 

 …しかし、これは使えそうだ。

 

「なら、彼女に教えてあげましょう」

 

 彼女への通信で使ったことのない回線やアカウントを選択する。ケイト・マークソンの役まで被る念入りな偽装だ。

 

「………これでよし。あとはオルトゥスの出撃を確認したら送信してあげるだけです。座標もつけてあげるなんて、私ってば優秀!」

 

 どうせ、戦力不足の解放戦線はもう二度と戦局に介入できない。オーバーシアーとアーキバスが潰し合い、我々はオーバーシアーのザイレムを落としてアーキバスのバスキュラープラントを奪う。

 

「ちょうどいいので、フロイトもその場へ呼んでやるとしましょう。ラスティが先落ちすれば、フロイト確殺です。万一ラスティが残れば、トリーゴといい勝負をしてくれるかもしれません」

 

 フロイトを止めるスネイルはすでに死んでいる。誰も彼の独断専行は止められない。

 

 とにかく、時間さえ稼げば目的は成るのだ。そうすれば、誰も我々の邪魔をすることなどできない。彼女も、コーラルリリースでコーラルの波に取り込まれれば、最早関係なくなる。

 

 それに、本来の彼女が持っていた知識はインテグレーション・プログラムに統合済みだ。EPHEMERAを動かせるだけの知識は得られた。

 

「我々に興味のない人間など、どうにでもなればいい」

 

 計画を邪魔しない場所で、潰し合え。

 

 

***

 

 

 時は進み、ヴェスパー隊の首席と解放戦線のエースがぶつかる決闘場と化した氷原にて。

 

『手抜きじゃないお前は、なかなかいい』

 

 フロイトだけが楽しい決闘は、ラスティにとってストレスの溜まるものだ。

 

――――この戦闘狂め…!

 

 周囲に気を配る余裕などとうに無い。そんな状態で割込みでもされてみろ、撃破されるのはこちらだ。

 

 戦闘開始後しばらくしてレーダーに映った敵影は、駆け付けた味方によって何とか撃破されているらしく、こちらまでやってこない。仲間の援護にこれほど感謝する瞬間はなかなかないだろう。

 

『近接特化…短期決戦型って感じがする』

『喉笛を食いちぎらんとする狼にふさわしいというわけだな』

 

 今日のフロイトはよく喋る。お気に入りのおもちゃを見つけた子供のようだ。スライサーで切りつけてやるが、意趣返しの如くレザブレで切り返された。

 

 リペアを使い切る。あちらもリペアを使った――――これでお互い最後のゲージとなったわけだが。

 

『退屈しない戦いは久しぶりだ』

 

 心底嫌気がさす。戦友以上の『理由なき』男だ。自分の立場も、責任も………AC操縦と戦闘以外には一切の興味も示さない。

 

 柄にもなく舌打ちをしたとき、通信が入る。

 

『すまないラスティ!1機突破した!』

「どこのだ?!」

『例の機体だ!カタフラクトを撃破したあいつ!上から行くぞ!』

 

――――来た…!

 

 タイミングが悪すぎる。スキャンを行うが、引っかからないのはそれなりの高度を飛んできているせいか。

 

『時間か』

 

 フロイトも気づいたらしい。次の遊びのために支度を始めるがごとく攻撃の手数が増した。しかし、それはこちらも同じ。

 

 無言の殴り合いが続く――――ようで、それはあっけなく終わる。

 

「!」

 

 上から赤の一閃が降る。それは弾けるような小規模爆発を伴いながら目前のフロイトを撃ち抜き、

 

『――――』

 

中の人間の言葉ごと焼き払った。ロックスミスが砕かれ、破片となる。

 

 スティールヘイズ・オルトゥスは、ラスティは、眼前で起きたそれに動揺こそすれど、逃げ出す行動はとらなかった。カメラを、静かに射出元へ向けていく。

 

 『技研』や『AM』のパーツで構成された、間違いなく量産されることのないAC。白地に灰色と黒色のサブカラーが入り、武装にワンポイント、濃赤が塗装されている。機体のワンポイントは濃紺。

 

 ロックスミスを撃ち抜いた銃口が下げられた。心なしか満足して見えるのは、『彼女』の性格を知っているからか。

 

「……もしやとは思っていたが、フロイトのことも嫌いだったんだな」

 

 メカニックの時は、望まない相手から逃げ出していた。…パイロットともなれば、殺す選択肢も選べる。何なら、すでに一度見逃しているのだから、彼女にしてみれば『猶予はやったぞ』ということなのだろう。

 

 そんな苛烈な一面を見せる彼女からの返事はないが、何かを投げられる。それを掴んで、確認すれば、補給シェルパの認証キーだった。ずいぶんと大きいのは、元からAC同士でやりとりすることを想定していたかららしい。

 

――――回復しろ、ということか。

 

 おとなしくそれを使う。普通は罠を疑うのだろうが、ラスティが想像する搭乗者が間違いではないのなら、罠ではない。

 

 そして、予測は当たった。どこからか飛んで来た、コーラル燃料仕様に改造された補給シェルパは罠ではなく、中身によって機体が全快する。

 

 こちらの準備が整うのを待っていたらしい。目前で、銃口が向けられた。

 

「………戦うのか」

 

 返事はない。

 

「分かった」

 

 彼女が乗る機体に、狙いを定める。こちらも、スライサーを構えた。

 

 たった二人。先ほどと違うのは、どちらも『理由ある者』というところか。

 

 

 『男を知る為』に戦う女、『女を止める為』に戦う男。

 

 

 互いが互いを理由にしていることなど露ほども知らず、両者は得物を携え空を舞い始めた。

 

 

 

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