鉄の霞と技術者   作:石和

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※二話まとめて投稿しています。
 こちらからお読みください。




解放、そして懐抱

 

 

 最初の一撃は、お互いが外した。

 

 トリーゴのコーラルライフルはラスティが回避したことで左をすり抜け、ラスティのスライサーはトリーゴが引き下がったことで空を切る。

 

 スタッガーに追い込むべくニードルガンを撃ちながらオービットを出すが、あちらもいつの間にチャージしていたのか、コーラルミサイルを仕掛けてきた。推測よりも数段遅いタイミングで飛んでくるそれは、慣れるまでは回避に専念しないとこちらが先落ちしてしまう。

 

 そんなことを考えていると、先ほどまでオービットを避けていた彼女が、オービットを無視してブレード片手に突っ込んでくる。先ほどまでの行動と全く違うではないか。

 

 ニードルミサイルを撃てば、それを回避するために突撃が中止される。

 

――――フロイトの言った『複数人いる』の意味を痛感するなあ!

 

 攻撃手段に合わせて、機体の動きが随分と変わる。特に、ブレードを振る時は顕著に機械から人間へと変貌し、ACとは思えない動きに変化。剣術などではなく、人斬りの技に見えてくるだけの技量は、普通のAC乗りのスキル項目にない。

 

 そして何より、先ほどからちらつくのだ。

 

 ふわふわと空を舞う彼女の機体の周りで、何かが手を繋いでいるような、彼女を囲っているような、不思議な赤い波が見える。波というには線に近いだろうか。

 

【見えてる?】

【君も、同じ?】

【ほほう?】

 

 第八世代の偽称がここにきて足を引っ張ろうとする。どうやらあれは、コーラルを原因とする幻聴・幻覚の一種らしい。ああいう手合いは、返事をしないに限る。一度絡めば、逃れられなくなる故に。

 

――――メイカが通信をしないのも、それか?

 

 ふと過ぎった思考は、ふよふよと上から下降してきたコーラルミサイルを回避したことによりかき消される。油断も隙もない。

 

 こちらが攻めればあちらが下がり、あちらが攻めればこちらが下がる。これではまるで、舞台でふたり踊っているようではないか。

 

 2周目だったか、スティールヘイズのコックピットから降りてきた彼女と交わした言葉を思い出す。

 

『ちょっと踊るか?』

『気でも狂ったか』

『冗談だ』

 

 あの時は冗談だったが、まさかこんな形で手を取り合って踊る日が来るとは考えもしなかった。俺の気も、随分狂ったらしい。

 

 殺し合う限り、いつまでも踊っていられる。そんなことを思わなくもない。

 

 

 しかし、隙を見せれば一瞬。

 

 

「そこか」

 

 ラスティのブレードが、彼女の機体のコアへ突き刺さる。コーラルの赤い光が損傷部から噴き出し始め、機体デバイスの赤がすぅと消えた。

 

――――終わった…?

 

 モニタに広がる彼女の機体を眺める。

 

『やっと、捕まえた』

「!」

 

 この周回で初めて聞いた声。次の瞬間には彼女の左腕、ブレードが赤を纏い、線を描く。

 

 気づいたときにはオルトゥスの四肢は斬られ、機体が地面へ向かい始めていた。

 

「やられた…!」

 

 機体から緊急脱出し、地面へと落ちる衝撃に備える。僅かな間の後に、金属音がへしゃげる轟音と強烈な揺れが身体を襲う。

 

 ………もうオルトゥスは戦闘を行えない。

 

 それでもこうして脱出レバーを引いて生き延びることができたのは、ルビコンでは珍しい吹雪かない好天候と、エルカノ製であるという点が大きいはずだ。シュナイダーではこうもいかない。

 

――――最初の周回で、エルカノでこれを作る判断を下したのは、メイカだ…

 

「ぐ、は…っ」

 

 今までの戦闘に加え、氷原への落下で受けた衝撃でボロボロになった身体を、無理やり起こして立ち上がる。

 

 空を見れば、彼女の機体はすでになく、氷原へ墜落したところだった。

 

「それはそうだよな…!」

 

 ヘルメットを脱ぎ捨てて、脱出装置と共に機体を離脱した緊急用物資を手に取ると、悲鳴をあげる肉体に鞭を打って走り出す。目前に広がる氷原のうち、赤い光が崩れるように散っていく大元へと向かう。

 

 コアの中でも主要な部分をスライサーでぶち抜いたのだ。彼女の機体も、もう動かないだろう。現に、墜落した姿勢のまま動かない。脱出した形跡もないので、パイロットは機体の中にまだいる。

 

「ハッチのレバーは…?!」

 

 設計思想から現行機と違っていそうな機体を隅から隅まで見て、やっとそれらしいものを見つけた。力の限りそれを引けば、球体のコックピットが開く。中へ入り、損傷の酷いモニタ――――どう考えても人間の戦闘には向かない形をしている――――と向き合うように座る、パイロットを確認する。

 

 そこにいたのは、人間の形をした機械だった。

 

 長く白い髪に覚えはない。しかし、東洋系の顔立ち、オルトゥスの起動キーにつけられたスパナのチャームと同じイヤリングが、パイロットの正体をはっきりとさせた。

 

 人ならざるもの――――それが探していた女であるという真実。

 

「………メイカ」

 

 震える手で、彼女の頬に触れた。それに反応して開かれた眼は、記憶にある黒い瞳ではなく、コーラルに染まる赤い瞳。

 

 人工の皮膚に覆われた唇が動く。

 

「……ごめんなさい…、名前を、思いだせなくて」

 

 機械の首元からパイロットスーツの中に向かって、強化人間特有のパーツが見える。しかも、旧世代型のものだ。これは、第三世代か。

 

――――コーラル代替技術があるにも関わらず、戦友よりも古い型をわざわざ当てられたのか…

 

 惨い以外の何物でもない。そして、この機体が出現してからの行動に納得がいった。

 

 切り刻まれ、記憶を失い、技術も失い、抜け殻の中に唯一残ったものが『夢』だったのだろう。強化人間の機能により、メカニックからパイロットになった彼女は、1周目で告げていた『ACで無限に宙を舞う』という『夢』を追い求めて空を飛ぶようになった可能性が高い。

 

 途中から古い坑道などを巡り始めたのは、『夢』に関連する事柄が『技研』だった故か。彼女のことだ、納得いくまで調べたに違いない。

 

――――それが何で、俺にたどり着くことになるのやら…

 

 思わず苦笑いしたくなる。きっと、『周回の記憶』が影響したのだろう。確かに、生きている人物で、一番彼女のことを知っているという自負はあるが。

 

 なんせ今現在の自分は2回分の記憶がもうばっちり復旧済み。1周目は夢を諦めてまで俺の願いを叶え、2周目は俺の為の仕事を弱点攻撃まできっちりこなした上で彼女自身の願いを叶えていることを覚えている。特に2周目、戦友に仕込んだ武装からにじみ出る殺意は凄かった。まさに『死ね』と言われている気分になったものだ。

 

 それでも、記憶を持って3周目を迎えたとき、また会うことを楽しみに思っていた。

 

 コックピットのシートベルトを外し、脇腹から赤いコーラルのような液体を流す彼女を席から引き抜いて、四苦八苦しながら氷原へ連れ出す。緊急用物資から保温用のアルミシートを予備含めて取り出し、1枚は氷の地面へ座らせた彼女の身体へ。もう1枚は自分が被ったところで、彼女に目線を合わせるべく、正面へと座る。

 

 ああ、やっとだ。

 

 やっと、あの日言えなかった挨拶を言える。

 

「やあ、メイカ・オーツ。――――ラスティだ」

 

 右手を差し出す。

 

「………ラス、ティ…」

 

 ボロボロの機械が、その手を緩く掴んだ。

 

 

***

 

 

 ラスティ。

 

 その名前を口の中で転がした瞬間、たくさんの言葉や映像が脳内を奔流となって襲い掛かる。

 

『メカ、好きな食べ物とかあるのか?』

『悪いね。毎回メンテを任せてしまって』

『いい加減寝ろ!作戦前だぞ!』

『――――ああ、美しいものだ』

『シュナイダーでも有名なメカニックだからな』

『つれないなあ』

『何故、ルビコンを焼く?』

『このデータをもとに、また新しいACを組んでくれ』

 

 

『これからも、スティールヘイズを頼む』

 

 

「…うわ、」

 

 思わず口から意味のない言葉が漏れる。それを聞いた男は、一瞬驚いてから、呆れたように笑う。

 

「ひどいこと言うなあ」

「いや、なんか、いっぱい情報が流れてきて、まって、」

 

 私に欠けていたものがどんどん戻ってきては埋められていく奇妙な感覚に、思わず握りっぱなしの男の手に力をかけてしまう。「痛い」と悲鳴が上がり、自分が機械の身体ゆえにそちらの感覚が分からないことに気付いて、慌てて力を緩めた。

 

「白い髪と赤い瞳もいいけれど、やっぱり黒の方がいいな」

「ええ…?」

 

 今言うことがそれなのか。呆れの感情を得るが、それが懐かしいと思える。

 

「そういえば、メイカが落としていったイヤリングは、キーホルダーにしてもらったよ。オルトゥスの起動キーにつけた」

「きもちわる…」

「言い方がひどい」

「……片割れ、残ってたんだ」

 

 鏡を見たときに揺れていたスパナ型のイヤリング。片方しかないことを不思議に思わなくもなかったが、まあ、気にはしていなかった。うん。

 

 謎が解決してすっきりするような、なんか別の問題が発覚したような………絶妙に後味が悪く感じてしまう私は悪くないはずだ。

 

 ほんまか…?と唸って考え込む私に、男は言う。

 

「どうだった、空の旅は」

 

――――………。

 

 思い返す。見慣れぬインターフェイスの視界で目覚めてから、今に至るまでの過程。ルビコンを守ったり、世界を焼いたりした『前世の記憶』とやらも含めて、この空の旅を言い表すとしたら。

 

「よい経験だった。かけがえのないほどに」

「それは、殺し合った甲斐があった」

 

 はあ、と息を吐く男も、満身創痍だ。私が殺しにかかったから当然なのだが、あちらだって私を殺しにかかったのだからおあいこである。実際、脇腹は損傷してなんかいろいろ液体が出て行っているし、生き残った両腕もボロボロだ。…正直、お互い、何故まだ生きているのだろう。

 

 男が座ることにも限界を迎えたのか、倒れ込みそうになるのを支える。

 

 彼の名前を口にしようとしたところで、

 

「――――?!」

 

赤い空が突然真っ黒になる。浅く息をする彼にはもう見えていないのだろう、そちらへの反応が無い。

 

「………」

 

 やけに静かな空間で、私の思考は冷静に答えを探る。

 

――――『コーラルリリース』って、言葉があったような。

 

 目覚めて最初の方にちらと聞いたような、どっかで目にしたような…?

 

【わたしたちが わたしたちになるの】

【どこにでもいて、どこにでもいける】

 

 隣人たちが物騒なことを囁く。

 

 ふと、2周目でつぶやいたことを思い出す。

 

――――『コーラルは、人類のコピーとなり、機械の体で新人類に君臨する』…!

 

 つまり、これからあの膨大なコーラルに、人類が乗っ取られるのだ。それは、機械の身体となり、隣人たちとの区別が薄くなった私も例外ではないはずだ。

 

【止まらないよ】

【ずっと一緒だね】

【死んでも一緒】

【今度は、この男も】

 

 ああ――――そうか。

 

「賽は、投げられた…!」

 

 時間が無いということだけ理解した私は、メイカは、身体を動かす。

 

 急いだつもりが全く緩慢に持ち上げられるボロボロの腕で、支えていた男を抱き寄せる。右手は彼の後頭部、左手は彼の背中へ。

 

 男が、…ラスティが身体を強張らせたのは一瞬だった。すぐに余計な力が抜け、抵抗はない。むしろ、何とか動かせたらしい右腕が、背中に回った。

 

――――3周目はいよいよ、私もあなたも、夢が叶わなかったねえ…

 

 こんなことを言って何になる。この状況の話はもう手遅れだ。知らない方が人としては幸せに死ねる。

 

 違うこと、他に何を伝えよう。どうやって伝えよう。私は、まだ息のある彼に何を言うべきか。

 

――――次も、どうか。

 

「…!」

 

 短い時間で必死に考えて、答えを出す。

 

 息を吸い、メイカは歌い始める。

 

「空を飛ぶ 鳥のように 自由に生きる」

 

 こうあってほしいと、祈りをこめた囁くような歌。

 

 機械の調整とは全く違う、個人的な思いを乗せた、今回以外には誰にも聞かせることのないであろう歌。

 

「今日の日は さようなら」

 

 今回は、ここまでだけど。

 

 目を閉じて、息継ぎ。瞼の裏に映る視界が、赤く切り替わっていく。

 

「また 会う 日まで」

 

 

 次の世界で、また会いましょう。

 

 

 

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