鉄の霞と技術者   作:石和

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【この話の説明】
 時系列は3+n周目の解放者√後で、メカちゃんは解放戦線に所属。

 何故か文字数が8400字もあるので、お時間のある際にお楽しみください…


おまけ
狂った女の『唯一』


 

 

 目を覚ます。見慣れた部屋の壁、見慣れたシーツ。眠たげな目の色は、黒。

 

「………」

 

 起き上がって、時計を確認する。ちょうどよい時間だったので、そのままベッドを抜け出す。

 

 狭い単身用の部屋だ。それでも必要最低限の整理整頓はなされているので、足の踏み場はいくらでもある………はずなのだが、極力壁際に沿って歩く。

 

 水道へたどり着き、顔を洗ったところでふと思う。

 

――――いや、なんで家主の私が遠慮してんの…?

 

 タオルで顔を拭ったメカは、くるりと後ろを振り向く。

 

 視線の先には、どこから持ち込んだのか、大きなビーズクッションと毛布で狭い床を埋めて眠る男。

 

 この男こそ、解放戦線のエースにしてルビコン防衛の要石なのだが、何故か私の部屋で映画を見て、そのままになっている。

 

 起こした方が良いだろうか?いや、確か今日は夜勤のはずなので、寝かしたままでいいか…多分。

 

 寝間着から作業服へ着替え、イヤリングをつける。身支度を整え、部屋を出ようとしたところで声をかけられた。

 

「…今日は、非番じゃないのか」

「毎度何で知ってんの???」

 

 振り返ると、毛布をかぶったままのそのそと歩いてくる男の姿。何度も言うが、この男こそ、解放戦線のエースにしてルビコン防衛の要石だ。ほんまか?っていうかいつ起きた?

 

「一応俺は上司だし、メイカは俺の専属メカニックだろう」

「オルトゥスのね」

「………スティールヘイズだって、面倒見てるのに」

 

 まだ寝ぼけているらしい男の言葉はどこか舌足らず。こんな光景を外にいる女性陣が見たら大騒ぎになるのではなかろうか。

 

「無印のスティールヘイズはもう私の機体だよ。解放戦線から私が買い取ったからね」

「俺の機体なのに…」

「オルトゥスがいる」

 

 寝ぼけ…というか、私が関わる内容に対して、この男の一人称は『俺』になる。彼が解放戦線に帰ってきてからの、様々な人との会話の様子を見ていて気づいた。というか、普段は『私』らしい。知らなかった。

 

 良い傾向であればいいのだが、まあ知らん。私は無罪。

 

「とりあえず着替えな。で、ご飯食べてきな」

「メイカは?」

「私のガレージでスティールヘイズの修繕」

 

 いつも通り立入禁止を告げれば、わかりやすく項垂れた。こいつ、これで外ではスパイの頃と変わらぬ外面を保てているのだから恐ろしい。

 

「なんで立入禁止なんだ」

「きっちり直したらお披露目するからね」

「別に経過を見たって」

「いってきまーす」

 

 耳と尻尾が垂れ下がる狼を放置し、ガレージへと向かった。

 

 

***

 

 

 ところ変わって解放戦線の食堂。

 

「最近、メカが冷たい」

 

 朝食を食べるレイヴンの目前で、ラスティが項垂れた。

 

「私のスティールヘイズをガレージごと買い上げたと思ったら、修繕作業で休日を費やして遊んでくれない。じゃあガレージに食事でも持っていって…って思ったら立入禁止」

「………」

「そもそも、スティールヘイズは私の機体だったはずなのに、何故メカが買い上げているのかもわからない。フラットウェルは『彼女の要望で売った』としか言ってくれない。というか、彼女に買い上げるだけの財力があるのかも知らない」

 

 行儀よく口に含んだものを飲み込んで、スプーンを置く。日頃のイケメンが嘘のような姿をしたラスティは、ジメジメしすぎてキノコが生えてきそうだし、いつもより粘着質になっている。

 

「…勝手に部屋に入るから?」

「怒られたことも追い出されたこともない。鍵だって持ってるし、渡してもある」

「……ルビコニアンふつうワームを飼おうとしたから?」

「新鮮なものを食べてほしかった」

「………先日、オルトゥスでなんかやった?」

「傷一つない無傷の哨戒任務ばかりなのに」

「…………」

 

 スパイの時のさっぱりした感じはどこへ行ってしまったのだろうか、とレイヴンは沈黙する。実は、メカの目的を本人から聞かされて知っている、とは口が裂けても言えない。

 

――――というか、メカもラスティの部屋の鍵持ってるんだ…

 

 そんなことを考えていると、声が響く。

 

『レイヴン、絶対に言ったらダメですよ!』

(依頼だからね)

 

 メカも知らないこととしては、彼女の目的を秘密にするために、エアの協力も得ているということだろうか。なにせ、今回の依頼に一番ノリノリなのが彼女なのだ。

 

 …とにかく。

 

「ラスティ。出かけたいから、早くご飯を食べてほしい」

「分かった…ポトフが美味い……」

 

 無理やり話を変えて、彼の思考をメカから離す。解放戦線における身元引受人にして主な監視者がラスティなので、街に行きたいときは同行を願い出る。…それもあって依頼されたということだって、彼には内緒なのだが。

 

――――………。

 

 ほわんほわん、と依頼の内容を思い出す。ついでに、彼女との初対面も。

 

 

『戦友、紹介するよ』

 

 解放戦線の食客にして、監視対象にして、ルビコンの解放者…そんな複雑な立ち位置にいる自分を監視する立場にあるラスティ。そんな彼に真っ先に紹介されたのが、ルビコンで1番と噂されるメカニックだった。

 

 広いガレージで、黒い髪に黒い瞳を持つ小さな彼女がお辞儀をする。スパナのイヤリングが揺れるのを見ながら、見様見真似で同じ行動をとってみた。すると、彼女は笑って言う。

 

『こんな事する文化はルビコンでもあんまり無いから、ルーツが違うなら真似しないほうがいい』

『………?』

『ここに来る前のこと、あまり詮索されたくはないでしょう』

 

 成程、と思った。そして彼女は聡い人なのだと理解する。ラスティが気に入る理由のひとつだろう。

 

『メカは、詮索されてもいいの?』

『詮索するも何も、ルーツが地球の東洋系って言うだけで納得されるから。見た目も名前も、完全にそっちのものだし』

『………メイカ、本題に入っていいか?』

『あ、うん』

 

 ラスティがメカの本名を呼び、何かを説明する。それが終わると、ラスティは呼び出しがあるからとガレージを出ていってしまう。待ってくれ、監視は?

 

『大丈夫。私も一応、あなたの身元引受人』

『?!』

 

 それは知らなかった。

 

『私も帥叔フラットウェルの指揮系統にいて、かつラスティの部下。それに、私はあなたと敵対する理由がないから殺しの心配もない』

『………それは、シュナイダーでメカニックをしていたから?』

『私も、ハンドラー・ウォルターやカーラ達と同じであるべき人間だったから』

 

 皆には内緒ね、などというとんでもない話を暴露され、黙って頷く。

 

 本来であれば、オーバーシアーにいるべき人物。しかし、所属は解放戦線。彼女は、自分と同じように、選んだ人間なのだ。

 

 そこを理解すると、途端に敵対理由が無いことにも納得してしまう。ラスティから彼女も天涯孤独の身だと聞いてはいたが、予想とはちょっと事情が違った。

 

『ラスティには、あなたの機体について頼まれた。どんなパーツでも対応できるから、いろいろ任せてほしい』

 

 細い体に背負った重い事情など感じさせぬ彼女が、スティールヘイズやスティールヘイズ・オルトゥスの面倒を見ていたことは聞いている。

 

 結局のところ、立場は彼女もラスティと同じ。それを理解した故に、その言葉に疑うところなど何一つない。よろしく、と握手をして、初対面の挨拶が終わった。

 

 依頼を受けたのは、それからしばらく日数が経過してのこと。

 

『ラスティの足止めをお願いしたい』

『…ミッション内容の説明を』

 

 メカに案内されて入ったガレージには、過去に自分がぶっ壊したスティールヘイズの姿。

 

『………』

『あ、違う違う!脅しとかじゃないの!』

 

 震えたところを謝罪される。慌てた彼女に飴を渡された。口に入れれば、優しい甘さが広がってゆく。べっこう飴というものらしい。

 

『このACを…その、私が買い取ったんだけど。修繕の間、ラスティがここのガレージに立ち入らないように協力してほしくて』

『…何故?』

 

 彼女の表情が珍しいものに変わる。

 

『………どんな修繕をしているか、秘密にしたくて』

『なんでラスティに内緒?』

『…………その、』

 

 ゴニョゴニョ、と理由を聞かされて、エアが歓声を上げた。

 

『レイヴン!これは協力しましょう!報奨は、お披露目会への参加で!』

 

 覚えている限り初めての反応をしているエアに気圧されつつ、メカに聞く。

 

『お披露目会は、誰が見ても平気?』

『お披露目会…?!――――まあ……うん…いいよ』

 

 どういう感情なのかよくわからないが、お許しが出たので交渉は成立だ。

 

『頑張る』

『よろしくね』

 

 握手を交わし、レイヴンはエアと共に、ラスティをメカ専有のガレージから引き離すことに専念するようになったわけである。

 

 

『仕上がりが楽しみですね、レイヴン』

 

 

 ずいぶんと楽しそうなエアの声。回想から現実へと引き戻されたレイヴンは、やっと食事を終えた目前の男に声を掛けてやる。

 

「買い出しが終わったら、シミュレータで遊んであげるから」

「それ、戦友がやりたいだけだろう…」

 

 とりあえず、今日も依頼は遂行できそう。席を立ち、目に見えてテンションの低いラスティを引き連れて、レイヴンはルビコンの市街地へと向かった。

 

 

***

 

 

「メカ、頼まれていた中古パーツだ」

「ありがとうございます、帥叔」

 

 用事がてら、ラスティの不在を確認して中古パーツを依頼主の元へ送り届けた解放戦線のナンバー2にして実質的指導者――――ミドル・フラットウェルは、呆れた顔で遥か上を見上げた。

 

「同じ機体とは思えない」

「形はそっくりそのまま同じです」

 

 隣で返事をするメカは、手元でひたすら伝票と、経費云々の確認をしている。メカニックとしてだけでなく、そこそこ数字も扱える彼女は、自分が使った経費の把握に余念が無い。無駄遣いを避け、明朗会計で仕事をするよう教育されたあたり、彼女の親族はずいぶんと教養のある者たちだったのだろう。

 

 だった、というのは彼女がひとり生き残った孤独な身である事に他ならない。…最後の家族は、祖母だったか。

 

「確認しました。ちゃんと合ってる」

「それは何よりだ」

 

 返された書類の束は、順番通りにきっちり整えられている。会計担当者が喜ぶ。

 

 だが。それよりも重要な話題がある。逃げ出そうとしたメカの襟首を掴む。

 

「ラスティが目に見えてへこたれている。被害が甚大なのだが」

「わ、私のせいじゃない…」

「一部の過激派が『メカがラスティを捨てた』とキレている」

「そこなんだ?何で?自分の番だって――――」

「ラスティはお前以外に目を向けることが無いからだ」

「………」

 

 メカが気まずそうに沈黙する。…そういう感情があったのか、と感心してしまったのは日頃の機械狂いな様ばかり見せられた影響だろう。

 

 襟首を離す。一応、彼女の奇行の理由は知っているし、スティールヘイズ買収の許可も、ガレージ使用の許可も、何ならラスティに隠す形で資材搬入の手筈をつけているのもフラットウェル以下協力者がいるからできていることだ。メカだけの権限ではこうもいかない。

 

「早く仕上げろ。あの狼が発狂してお前の喉笛を食いちぎってくる前に」

「むぐ…」

「何を考えているかは知らないが」

 

 とにかく、彼女は不器用だ。

 

「もう少し肩の力を抜け。お前は優秀で賢くて強靭だが、同時に狂人にもなりかねん危うさがある」

 

 戦ではそれがいい方向に働いたが、平和になりかけているルビコンでは、いささか強すぎる。

 

「何かを決めるのに、過度な覚悟は自分も相手も苦しめるだけだ」

 

 そう言えば、彼女は目を伏せた。

 

「そこらはラスティに相談しろ。あいつのほうが上手にできる」

 

 苦い顔をするあたり、彼女は何度も実感している内容なのだろう。そして、あの男が過度でない覚悟ならとうに決めてしまっていることに気付いていることも読み取れる。本当に、頑固で複雑な小娘だ。

 

 ため息が聞こえた後、観念したかのような声。

 

「今日、完成しそうです」

「ならば、次の休暇前日、ラスティとお前の勤務時間を揃えておく」

「………フラットウェル」

 

 メカの視線が上がった。黒い瞳には、不安が揺れている。

 

「…いえ、……この先は、彼に言ってから考えます」

「そうしろ」

 

 返事をして、彼女のガレージを後にする。上手くいけばいいが………果たして、どうなることやら。

 

 

***

 

 

「スティールヘイズ・オルトゥス。帰投する」

 

 翌日に休暇を控えたある日。哨戒任務を異状なく終え、拠点へと戻っているときに、普段と違う光景を目にする。

 

「……?」

 

 くるくると、橙色の光を追尾させながら空を舞っているのは、形だけは見覚えのある機体。シュナイダーの軽量フレームで構成され、特徴的な形をした跳躍性能が高めの二脚。

 

「スティールヘイズ…なのか…?」

 

 疑問形になってしまうのは、記憶にある紺色とは全く違う、白色の塗装が施されていたから。なんなら、ところどころデカールで装飾すらされている。

 

『あ。おかえり、ラスティ』

「メカ?!」

 

 広域通信で帰投を迎えたのは、いつもの通信士ではなくメカニックだった。

 

『お披露目会をしてたんだ。レイヴンにお願いされたからね。ついでに、みんなにも見せた。あとは、ラスティだけ』

 

 何が、どうなってこんなことに。混乱する思考の中、戦友が今日の出撃に同行しなかった理由だけが分かった。

 

 混乱するこちらをそっちのけで、通信の向こうでメカが何かやりとりをする。

 

『帥叔』

『ああ。燃料が不足する前に帰れ』

 

 謎の許可が下り、通信回線が切り替えられる。スティールヘイズとオルトゥス間の近距離限定秘匿通信。いつの間に仕込んだのか。というか、よくゴーサインが出たものだ。

 

『ラスティ』

 

 何もわからない中、すすっとスティールヘイズがオルトゥスの傍へと寄ってくる。

 

『逢引…は違うか。いつも会ってるし』

 

 ごにょごにょ、と謎の呟きの後、納得できる言葉を見つけたらしい。はっきりとした声で言われた言葉は、今までもこれからも言われることが無いと思っていたもの。

 

『ラスティ。――――氷原へ、デートに行きましょう』

 

 ………こんなことは、初めてだ。

 

 

 

 

 メカ――――私は強化人間ではなく、ましてや本業パイロットでもない。そのため、いくらAC搭乗用のスーツを着ても、負荷に耐えにくいため移動の速さはかなり遅いものとなる。距離はそんなにないので、日中には目的地へ着いて、拠点へ帰るのは陽が沈むころとなるだろう。

 

『どこへ行くんだ?』

 

 後ろをゆっくりついてくるオルトゥス――――ラスティから、行き先を聞かれる。

 

「私の、家族がいるところ」

『…家族』

「そこまで遠くない場所に、墓があるんだ」

 

 私も行くのは久しぶりなんだけれどね。そう言った私に対して、ラスティの返事はない。

 

 通信は繋いでいるのに会話の一つもない不思議な時間を過ごして、目的の氷原へ降り立つ。

 

「機体は止めていいけど、中でちょっとまってて」

 

 先にハッチを開いて地上へ降りる。吹雪く景色の中、端末の表示する印の位置に立つと、氷を溶かしながら掘り返し、出てきたパネルのふたを開けて、物理キーを差し込む。すると、赤い光がパチリとはじけて、目前に広がっていた氷原の一部が溶け始める。

 

『随分手の込んだ…防犯装置か?』

「知っての通り、ちょっと複雑な家だったから」

 

 一人くらいは寝転がれそうな範囲の氷が解けたところで、ラスティを地表へ呼ぶ。気を利かせた彼が、アルミシートを手に降りてくる。

 

「ありがとう」

 

 彼からそれを受け取り、一人一枚を羽織る。…いつかの記憶で、同じようなことをした気がする。

 

「メカ、これは…」

 

 驚きに染まる顔を眺めてから、地表にあらわれたものへ視線をずらす。視界にとらえたそれは、ルビコンでは珍しいものだろう。

 

「『技研』のオーツ助教と、その家族――――私の血縁者達が眠る墓」

 

 花をモチーフにした彫刻が施された円板の石。溶けた氷の水が凍り始めている石をエンヤコラとずらせば、最後に見たときと同じ中身が私を出迎える。

 

「この入れ物は、一人一つ、四人分か?」

「そう。基本的に、骨と装飾品だけ壺に詰めてるんだ。祖父は定規、祖母は分度器、父はコンパス、母はハンダゴテ…なんというか、好きなモチーフがイロモノ揃いな一族。私も、スパナが好き」

 

 一つ一つ、指をさして説明。ラスティは、ただ静かに私の家族を見つめてから、ルビコンどころか世界でもメジャーな形で祈りをささげてくれる。私も、親たちから教わったやり方で、祈りをささげた。

 

 少しだけ清掃をして、石を元に戻す。しばらくしないうちに、またこの墓は氷に埋もれるだろう。…そして、二度と掘り返されないかもしれない。物理キーは私だけが持っているし、その私が来なければ、誰もここには来ないのだ。

 

「帰ろうか」

「…ああ」

 

 再度、各々の機体に乗りこむ。帰路をたどり始めて少ししたところで、私は通信越しに口を開く。

 

「もう、私をつくる要素は全部見せたと思う」

『………』

 

 返事はない。話を続ける。

 

「『技研』の知識は伝えきれないというか、パイロットとメカニックで畑が違うから共有するにも限界がある…けども、私個人については、これでだいたい全部、のはず」

 

 元々、執着するものとかあんまりないから、量が少なくて申し訳ないなとは思うんだけど。

 

「ラスティに全部見せろとは言わないよ。でも、私は場合によっては君を裏切る。故にできる範囲で誠意は尽くしておかないと私が後悔しそうだから、そうした」

『何故、今なんだ?』

 

――――それは、そうだなあ…。

 

 目を瞑る。オートパイロットの表示があるモニタが見えなくなる。

 

「君は、解放者ではないけれど、解放戦線のエースであることに変わりはない。そして、それは、強力で、代用のできない人間であるという証明」

 

 『前世の記憶』やら、今まで受けてきた彼からの扱いやら……そして、今の余暇の過ごし方やら、様々な場面を過ごして、流石の私でも気付いてしまった。

 

 

 でも、ここは、ルビコンなのだ。

 

 

「…そんな人に、『唯一』を作らせるのは拙いと思った。ましてや、私はいくらでも代用できるメカニックだ。私が死んでも、代わりがいる」

 

 恐らく自惚れではない。そして、私は特別ではない。

 

 …はっきりと言われたことはないけれど、はっきりされたら、私は断りを入れなければならないところだった。そうすれば、こうして余暇を共に過ごすような状況はもう二度と来ない。彼は、それくらい分かっていたのだろう。

 

 もしかしたら、他にも言えない理由があるのかもしれないが、そこは私の管轄外。

 

「歴史上の英雄と呼ばれた、若しくはそれに近い人達でも、生前に『唯一』を定めなかった人は多い。それは、英雄色を好むということもあるかもしれないけれど、多分、それが『アキレス腱』になるのを恐れることもあった…と推測している」

 

 彼は反論しない。突っ込みも入れない。

 

「私は、ルーツが希少で目立つ。何なら、見た目ではわからない方のルーツは罪人そのものだ。強化人間を作ったのは我が家ではないけれど、その技術を生み出すような組織に属し、そこの技術を継承してきた。…ラスティが受けた手術、本当は第四世代以前だろうけど、それに使われてる技術も、血縁者は知っていたと思う」

 

 息を吐く。目を開く。

 

「色々考えた。問題の技術を受け継いで使い、罪人の扱いを受けても文句を言えない女が、この星でかけがえのない…きっと英雄に近い男を縛ることなく、それでいてその男の覚悟に応えるにはどうしたらいいだろうって」

 

 緊張で声が震える。唾を飲み込み、決定的な言葉を通信に載せる。

 

「私は、ラスティの『唯一』にはなれない。けれど、ラスティを私の『唯一』にすることはできる。…迷惑でなければ、だけど」

 

 私の一世一代の告白は、情けない言葉で終わってしまった。自身の不安の表れがダイレクト。

 

「………」

『………』

 

 身を刺すような緊迫した静寂を経て、通信で指示が飛ばされる。

 

『メカ、そこの氷原に降りよう。いや、降りてくれ』

 

――――死んだかもしれない。

 

 まあいいか。機体はだいたい白だから死装束にできる。

 

 オルトゥスの先導に従って、氷原へ着陸。スティールヘイズのハッチとオルトゥスのハッチの間にオルトゥスの手が置かれたので、素直に外へ出てそれに乗れば、同じくそこへ出てきたラスティに手を引かれた。

 

 下げた視線を上へ。見上げた顔は、憂苦の色に染まっている。

 

「メイカにとってそれが最良なら、それでいい」

 

 何かを噛み締めるように肯定された。

 

 心底、安心する。

 

 これから先も、何かをはっきりと言えるのは私だけ。私にとってははっきりしたものでも、彼にとってははっきりしていないもの。…足枷にすらならないもの。

 

「ありがとう」

 

 血に塗れたルビコンの大地にいる限り、これが最良の選択だと思いたい。

 

 

 

 

 拠点に戻る。その日の夜は初めて、同じベッドで横になった。

 

 眠ったラスティに抱き込まれた背中が温かい。

 

「ACやコーラルのない、平和な世界だったら、君もすべてを言えるだろうに」

 

 大きくて骨張った手に自分の小さな手を重ねる。

 

 片やスパイだった者、片や罪人の末裔。

 

 ……もしかしたら、彼が何かをはっきりと言えない他の理由は、今までの行いのせいでもあるのか?

 

「まあ、なんでもいいか」

 

 それでも――――あなたは私の『唯一』だ。

 

 

 






 ごめんな…やっぱルビコンにいる限り、メカちゃんは覚悟ガンギマリの強靭な狂人なんだ…。

 でもラスティも悪い男だと思うんですよね。つまり悪い意味での割れ鍋に綴じ蓋。


(こんな扱いをしていますが、私はメカちゃんのこと結構好きです)
(年が明けたのにまだコーラルに脳を焼かれている)
(早くコーラルの焼き付きを除去しろ)
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