鉄の霞と技術者 作:石和
時間軸としては、前話「狂った女の『唯一』」の後です。
今更ですが原作キャラが壊れている…と警告を付けた方が良いかと考え始めています。
ルビコン解放戦線所属メカニックにも、『華金』もとい休暇前日の夜はある。そんな浮かれた時間、サブスクでスパイ映画を観ている時、不意に聞かれる。
「メイカはスパイ教育を受けているのか?」
横に座る男の方を静かに向く。画面から目を離す様子はなく、張り詰めた緊張の糸があるようにも見えない。…ただの疑問、好奇心から生まれた質問というわけだろう。
視線を画面へ戻す。丁度女スパイが主人公をハニートラップにかけようとしている場面。
「どう思う?」
「え………そうだなあ」
最近入荷したポップコーンをひとつまみ。
「シュナイダーのメカニックとはいえ、アーキバス本社に出向経験がある。フラットウェルのことだ、そこに行く前には一通り教育したんじゃないかと思うが」
そこまで言って、何を思ったのか。
「まっまさか、色仕掛けの教育とかされてないだろうな?!いや、教育を受けるのはいいが、実践したとか、それで男を釣り上げたとか…ああ別に、メカに清くあれとか、俺の前にこうして部屋に招き入れる男がいたらそいつを殺すとかいうわけではないんだが!だが…ッ!」
やけに早口で捲し立ててくる。何を心配して…いや、この場合は何一人で地雷原タップダンスしているのだろうか。なお、地雷は1つも埋まっていない。男が地雷の存在を勘違いしているだけだ。
――――…しかし、ちょっと遊んでやろうか。
珍しい光景なのだ。楽しんでもバチは当たらないだろう。
「………V.Ⅳのラスティさんこそ、色仕掛けも何でもやってきたのでは?
そう言って、横目でちらりと彼の方を見れば、
「………」
何かに打ちひしがれたような、強い衝撃を受けたような、兎に角悲壮な顔をしていた。イケメンに分類されるであろう端正な顔が凍り付いている。
――――地雷を踏んだ。
これは死んだと、そう思う間もなく、「そうだな」と随分弱った声が聞こえた。
「任務のためだ。いろいろやった。…でも、部屋の鍵を渡したことは無い」
それはそうだろう。自室の鍵なんてスパイにとっては最重要機密に値するレベルの品。平和になりかけているルビコンであるからこそ、こうして互いの部屋に出入りできるよう鍵を預け合っているわけで。まあ、私は彼の部屋に立ち入ったことはないし、これから先も立ち入ることは無いように思うが。なにせ、私は彼の唯一ではないのだから。
「任務中に、個人的に贈られた品を身に着けることも、必要である以外ほとんどなかった。何かを贈ることもほとんどなかった。飴を渡すようなことですら、スパイとしては下策だと分かっていたのに」
「スティールヘイズの整備には、私が必要だったからね」
「そうじゃない」
彼にしては珍しく、声が震えている。画面では、ハニトラ失敗で女スパイが荒れている。
「………嘘ばかりついてきた。本音を隠し、正体を隠し、自分自身も騙して」
…流石に、画面を流れる映像を消した。暗くなった画面に、何一つ取り繕えなくなった『英雄もどき』の姿が反射で映る。
「今までは、それでよかった。自分が望んだことだった。でも、嘘をつくべきでない相手に出会った時、俺はどうしていいか分からなくなる」
だから、飴を渡していた。そう言われて、私の中で腑に落ちるものがある。
――――毎度毎度、物資としては安上がりなそれを小袋に詰めて持ってきていた行為は、彼の本音が詰まった行為だったというのか…
器用なくせに、随分と不器用。…不器用というには、職業から来る影響が随分と重く、生活に支障が出ている。
「スパイとして外へ出向くことがなくなり、解放戦線という本来の場所で、嘘を言う必要が無くなって、メカに、メイカにやっと真正面から向き合うことができた。なのに、どうやったら信じてもらえるのか、何かを言うたびに、何かをするたびに、それが嘘ではないと分かってもらえるにはどうしたらいいか、考える」
成程。嘘ばかりついてきた今までの言動が、すべて自分に跳ね返ってきているというわけか。
不思議なものだ。この男がスパイだったこと、そして今もスパイであろうこと、私はどちらもまったく気にしていないというのに。
「…私が、こうして部屋に入ることをいつ何時も拒まないレベルで気を許しているのに分かってないと?」
「メイカが悪いんじゃあない。俺が、分からないだけだ」
それは…どう考えても、私にだって一因があるように思う。分からないように、分かりにくいように努めている節はあるし、間違っても彼の唯一に私がなってはいけないという危機感は常に備えている。
……白無垢のような機体を作ったが、恐らく彼は白無垢を知らない。七宝文様や、色といった、機体に込められた意味をすべて理解できたわけではなさそうだ。そして案の定、私はそのことを黙っている。
「嘘しか言ってこなかったから、嘘しか身に纏ってこなかったから、真実を言うことも、真実を身に纏うことも、うまくやれなくなってしまったらしい」
そう言って、黙りこくってしまった。…ラスティという男の新しい一面を見せられた私としては、危機感に警鐘を鳴らしまくっている。
深呼吸をして落ち着く。まず、フラットウェルの部下として、私は話す。
「確かに教育は受けたよ。でも、スパイの基礎だけ。私は本業がメカニックだったし、人よりも機械に興味があったし、何よりスパイに向いていなかった。知ってるでしょ?私がアーキバスからシュナイダーに返品されたり、スネイルやフロイトが嫌いだったり、何より嫌いなものから脱兎のごとく逃亡したりすること。その時点で、必要な相手にスパイ行為を働けない。色仕掛け以前の問題だった」
そんなだから座学もぼろくそで、実技なんて到底できなかったよ。そう言って、一呼吸置く。
ここからは、ただのメイカの話。
「…私自身は、祖母が死ぬ前も後も、機械にしか興味が無くて。ずっとメカニックとして充実しすぎた生活を送ってきていた。それに、小さいころから、私は一人でいることが多くて。人間が周りには少なかったし、同年代の子供がいなかったから暇つぶしは技術書を読むことだったし、おもちゃは家族が作った小さなロボットたちだったし」
ロボットたちに性別は無かったよ。そんなことを考えて作るような親たちでもなかったからね。
「私が過去に部屋へ招き入れた、もしくは部屋へ入れた男と言えば、家族と、チャティさんくらいじゃないかね」
「チャティを部屋に入れたのか?」
「オーバーシアーに行った時、彼に部屋を案内してもらったから」
反応するところはそこなのか。まあとにかく、ラスティが殺すべき男は存在しない。
「それになにより、私はモテない!」
むふー、と胸を張る。今までの人生で物語に出てくるような桃色のイベントなんて遭遇したことが無い。何より朝から晩まで機械にべったりで、化粧もしなければオシャレもしない、金属と汗と機械油の香り漂うすっぴんストレート作業着姿なのだ。女の色気は皆無である。そして極めつけは、あのシュナイダーで技術者として在籍し続けられていること。誰にでも分かる狂人の証明。
故に、ラスティが殺すべき男は本当に存在しないのだ。
「………そういう教養が不足している懸念が現実に」
「なんか言った?」
「いや、なんか安心したというか、メイカは本当に、俺を唯一にしてくれたのか…と思って」
「そうだよ。スティールヘイズ達が証人…いや、人じゃないけど、まあ見ててくれたでしょう」
先日のデート…いや、最早あれはなんか別物だった気がするが、兎に角証明してくれる機械はいるのだ。何なら、私のスティールヘイズに録画はある。私物だからね。
ひとりでふふん、と胸を張っていると、耳を垂れ下げた狼が、不安そうに手を伸ばしてくる。
「…重くないか?」
「それなりに重いけれど、背負えないものではない」
重荷自慢じゃあないけれど、私も人生いろいろあったし、鍛えられているつもり。
伸ばされた手は、頬に触れた。その手に、私も触れる。
「だから、私に分けてもいいと思う荷物は、一緒に背負ってあげてもいい。ただね」
恐れをなしたらしい男の手を掴む。まあ聞け、悪い話ではない。
「君が『ルビコニアンの願いを背負うと決めた』男であることは、忘れてはいけない。私は、それについては一切手伝えない。手伝う資格が無い。後ろから支えることしかできない。それに関わらないものは一緒に背負えるけれど、それだけなんだ」
君の孤独を分け合えるのは、きっとレイヴンだけ。
「ああでも、レイヴンに対してかっこつけがちだもんねえ、こんな姿はきっと見せないか………なら、そう。きっと、『技研都市にルーツを持つ解放戦線所属メンバー』っていう属性を持つ人間だけが見られる姿だ」
ラスティが目を見張る。…大丈夫だ、これはまだ唯一じゃない。『技研都市にルーツを持つ解放戦線所属メンバー』なら、これから先も現れたっておかしくない。無理矢理かもしれないが、まだ唯一と決まったわけではないから。
「それ、一人しかいないんじゃあないか」
「これから先に発覚したり、現れたりするかもしれないからセーフ」
「…はは、なんだそれ」
やっと、目の前の男は笑った。…これくらいですら簡単にできない私のどこが、この男にとっていいのかは相変わらず謎である。
でも、この男と一緒にいるってこと、悪くはない。そんな気持ちでいるのは事実だから。
「君が不安に思うべき箇所は、何もないんだよ」
同衾を許された唯一の男は、黒い艶やかな髪に手を伸ばす。確か、【濡羽色】という言葉で表すのだったか。ライブラリで入手した日本語知識を脳内で思い起こしながらひと房を持ち上げ、指に絡める。硬すぎず、しかししっかりとした芯を持つその髪は、絡めた先からすり抜けて、跡すら残さない。
その髪を掬い上げて、唇へ寄せる。自分とは違う、誰とも違う彼女の香りがした。
――――基本的に、無香料が好きだという。
つまり、彼女の身から香り立つもの、金属と機械油の香りなんかではない、木のような落ち着く香りは、彼女自身のもの。
「………」
彼女は自分を『モテない!』と言い切っていたが、そうではないことをラスティは知っている。
見た目は珍しくて目を惹くし、身に着けた文化も興味を引くし、何より好きなものに目を輝かせる彼女は、いっとう良く見えるのだ。シュナイダーの空力狂い共と仕事をできるだけの人間のうち、彼女のことを狙う輩は人生の年数なりにいたはずだ。
だが、メカは容易い女ではなかった。それは彼女の性格やら、趣味嗜好やら、いろいろ要因はあっただろうが――――一番大きい要素は、やはり『背負ったもの』の大きさ、重たさだろう。それの片鱗を見て気後れする奴は隣に立てない。
これを言うのは憚られるが…彼女も、ある種の狂人だ。それも、第一印象の冷静沈着さからはかけ離れた、真っすぐで情熱的な方向に狂っている。何もない、穏やかな凪のように見えて、実はエネルギーに満ちた大波を内側に秘めている、とんでもない爆弾ともいえようか。
並の人間なら折れて動けなくなる場面でも、自分の命が賭けられる場面でも、彼女は自分の足で立ち、自分で選択肢を作り出し、自分の命すら天秤にかけ、信念から道を進む。弱い男は、それについていけずに置いていかれるだろう。何より、メカ本人に気付いてもらえない。気付いてもらえるのは、同類だとみなしてもらえるのは、何かに対して突き進める人間だけだ。
そんな彼女が、荷物を請け負ってもいいという。そして、彼女を『唯一』と呼べないことを受け入れ、それでもなおラスティを、俺を『唯一に値する』と評価してくれている。
嘘に縛られ、真実すら告げられない俺を。メイカが眠り、たった一人しか意識のないこの状況ですら、分かり切った真実を口に出せないでいるのに。
すぴすぴと背中を向けて眠る彼女に、もう何度目か分からない挑戦をする。
「………、っ…」
やはり、言えなかった。言って、嘘だったら困る。真実のつもりでいるのに、それが偽物だったら、俺はどうしたらいいのだろう。
絡めていた髪を離して、言葉の代わりに彼女を抱き寄せる。慎重に、恐る恐る、小柄な彼女を壊さないよう、そっと。
「私が私でなかったら、最初からただの俺だったら、メイカはこうして振り向いてくれたかな」
ルビコンではありえない自分を考え――――詮無いことだとやめる。
目を閉じる。小さなぬくもりを感じながら、意識は闇の中へと沈んでいった。
〈周回経験者たちの説明〉
☆メカ(メイカ・オーツ)
どの世界線でもシュナイダー社員のメカニック。『技研都市』出身者の孫世代。黒い髪と黒い瞳、平均身長に届かぬ小柄なボディ。
ルーツ表記は「大津 明佳」と書く。上司ミドル・フラットウェルに名前を「メカ」と勘違いされ、面倒なので定着させてしまった。いろいろ面倒が起きたら困る故、周囲に…特に六文銭にはルーツを隠している。というか、ちゃんと知っているのはラスティとラスティ経由で知った621、エアくらいしかいない。
メカニックとしての腕前はどの世界線でも一流であり、ラスティの下につくのが上司命令であることも変わらず。その腕前は年齢に不釣り合いなほど熟練されたものであり、やはり面倒が起きたら困る故、小出しにして能力を発揮している。歌っているときは大抵の場合、平静を取り戻すためか、機嫌が良いか。後者で歌うのは稀。
ある周回だけ、祈りの歌を歌った。それは、二人の秘密。
ルビコンにおいて、『スティールヘイズ』『スティールヘイズ・オルトゥス』両機を組めるだけの技量がある。オルトゥスについては、ラスティの要望を聞きながら、エルカノ等企業と協力して開発を進めたこともある。なお、ただでさえ短期決戦型となる機体なので、メカなりに搭乗者の命を考えた結果、シュナイダーではなくエルカノに製造を依頼した。シュナイダー社員なのに…。
解放戦線に所属していた理由は、『コーラルは宙にあるべき』という考え方があったから。『ACで無限に宙を舞う』という夢も持ち合わせているが、それが『与太話』『狂っている』という自覚をしている。オーバーシアーに入る権利を持ちながら、初手でそちらにつかなかったのは、その考え方や夢が影響したため。
★ラスティ
どの世界線でもシュナイダー社員な時がある男。ルビコンにおいては解放戦線に所属し、産業スパイとしてアーキバスへ潜入する。メカもといメイカ・オーツについて一番よく知っている男。戦友はやっぱり621。…なあ戦友、エアというのは誰だ?
パイロット、もしくは社会人(?)としてのスキルはどの世界線でも一流。ミドル・フラットウェルによってシュナイダー入りし、メカを部下につけられることも変わらず。
友人(?)兼部下のメカに対しては、執着の獣かもしれない。どう考えても621やフロイト、ウォルター等とは別系統でヤバい人なのだが、メカはそこらへんに無関心なので好き放題する。そして「何やってるんだ…」と彼女に胡乱な目を向けられることを喜ぶ。
メカに祈りの歌を歌わせた経験が忘れられないものの、二度とあんなものはごめんだとも思っている。この経験があるので、オールマインドへの当たりは強い。