鉄の霞と技術者 作:石和
ネタ:解放戦線による技研都市掌握後、メカ宛に解析依頼でよりによってEPHEMERAシリーズ、しかも人型義体入りが輸送されてくるの巻
流石のメカちゃんも閉口、ラスティも激おこ
世の流れもといバレンタインデーを無視してこんなものを書くな
機密事項は、知られてはならない相手に知られた時ってのが一番大変であることに違いなかろう。
「やめろ」
ラスティによって、人目も憚らずに放たれた言葉は、どこまでも冷たく、それでいて憂慮に満ちたものだった。
「やる必要ない」
広いガレージで、その言葉はやけに響いた。周囲の者たちが思わず作業の手を止め、私たちとその機械に視線を向けるくらい――――特に、ラスティへ視線を向けるくらいに。それくらい、あからさまな感情を公でむき出しにするのは珍しい。
「…でも、シュナイダーやらBAWSやら、いろんなところを盥回しにしてなお解析できなかったっていって、最後の最後にやけくそで私のところに来たんでしょう」
「その時点でもう、無理に解析したところで誰も扱えないのなんて目に見えている」
「それは、そうだけれど」
背後にある話題のブツ――――『技研』製AC、EPHEMERAに目線を送る。私だって、できればこんなものの解析はしたくない。
「解析できなくていい。まして、中に人型義体があると分かり切っている、こんなものを!」
そう。――――そうなのだ。ラスティにだけは聞かせないようにしていたら、まさか勝手に聞いてくるなんて。職権乱用に違いない。部下や関係者を脅すな。
シュナイダーでのスキャンの結果判明した情報。この機体の、おそらくコックピットと推定されている部分に座る、『
…解析、出来なくはないだろう。『技研』の遺産の一つで、とある周回では私はこの機体の胴部分を利用して、空を飛んでいた。機体の内部構造――――およそ人には向いていないモニタと、それを操作する質感を知っている時点で、私は誰よりもこの機体の解析に向いている。そして、私が内緒にしているルーツは、この機体を作った者たちのもの。このルビコンにいる生き残りで、恐らく、この機体を解析するのに最も適した人間であることは間違いが無い。
そう、私しかできない可能性がある。そして、解析したデータが、ルビコンの発展に役立つ可能性もある。天秤にかけるなら――――
「メカ」
ラスティが私の手首を掴んで持ち上げる。そして、再度放たれた切れ味抜群の言葉。
「やめろ」
冷たい言葉に対し、やたらと温かい手。温かいと感じるのは、私の身体が冷え切っていて、震えていて、何より怖気づいているからだ。
「触れてはいけないと分かっている機体を、態々解析する必要なんてない」
「そ…それは、私がそう思ってしまっているだけで、ルビコンには必要なものかもしれないから」
「こんなものに頼らずとも、私たちはやっていける」
「でも、ないよりはあったほうが、」
「メカ!」
ラスティの声が震えた。彼の目にあるのは、心配と、怒りと…怯え、だろうか。だとすれば、きっと私も、ひどい顔をしているに違いない。
「メカ」
横から、同僚の女が声をかけてくる。年上の、姉貴分。
「姉御」
「今日はもう、おあがり。急ぎの仕事は無いんだろう」
「………」
「隊長、メカを送ってあげてくれます?あとこれ」
ビニール袋が音を立てる。ラスティに差し出されたそれは、ゼリーやら、水分やら、粥の類が入っている。
「…メカ、」
殺気が漂う。気づかれた。吐いたこと云々は隠していたのに。彼女も、察しが良すぎるだろう。
「ほら、説教はもうここでは終わり!他所でしな!」
そうやって二人そろってガレージから追い出される。姉御が眉を下げて言う。
「メカ、やりたくないことは、やりたくないと言っていいんだからね。幸い、止めてくれる奴もいるんだから」
私の返事も待たずに、扉が閉じた。隣には、ラスティ。
「………」
「とりあえず、部屋に行くぞ」
彼に誘導されて、自室へと戻った。
部屋に戻って最初に、ラスティが持ち込んだいつぞやのビーズクッションへ座らされる。高身長の彼が愛用するそれは、低身長の私には座席としてちょうど良く機能した。暖房が入れられ、おまけと言わんばかりにラスティのジャケットを被せられる。
「とりあえず、水分だな」
勝手知ったるなんとやら、てきぱきとした作業スピードで事が進んでいく。あっという間に私愛用のマグに入れられた白湯が渡され、それを飲み終わらぬうちに温められた粥と、自分用であろうフィーカを持ったラスティが隣に来た。
「食欲は?」
「……今は、ない」
「なら、白湯を飲んでいるだけ及第点か」
手ごろな台に粥が置かれ、隣に座ったラスティがフィーカを飲む。ほろ苦い香りを感じながら、所在なさげにマグを握りしめる。
「嫌なこともやるのは美徳だが、度が過ぎる」
ラスティの声が突き刺さった。
「吐くほど嫌なことを強要する人間は、ここには誰一人としていない」
「………それは、わかっている」
マグを置く。空いた両手は、ラスティの左手を掴む。持ち上げて膝の上へ動かすと、温かくて大きいその手をにぎにぎと揉む。
「ぬくいね」
「メイカが冷えているだけだ」
「ううん、『ぬくい』よ」
考える。私は、最善のために突き進むタイプだと思う。その最善は、私の思いから弾き出したものだったり、私がそうしたいと願ったものだったり、私がそうすべきと決断したことだったり、多岐にわたる。そして、それを選んだら、私は命すらかけてそれを達成しようとする。…この世界は、何かへ突き進むのに、命をかけるのは常識のように思うのだが。
「最善を選ぶのに、たとえ嫌でもやれることを尽くそうとするのは、間違っているのだろうか」
「間違ってはいないさ。だが、尽くし過ぎる」
尽くし、過ぎる。
「知ってるか、メイカ。普通の人間は、俺たちのように、自分の命をかけたりなんてしないんだ」
「………?」
「請け負った仕事を完璧に熟してから裏切ったり、使命に命を費やしたり、人ひとり捕まえるのに致命傷を受けたりしないってことさ」
思い当たる節は、遠い記憶の海にあった。ザイレムを墓標とした周回と、私があの義体になっていた周回。
「でも、ルビコンで何かを掴もうと思ったら、それこそ傭兵のように命をかけねば得られない」
「そうだな。だが、そうではない」
「?」
揉んでいた左手が私の両手から引き抜かれた。そして、いつの間にフィーカを置いたのか、彼の両手に私の両手が掬われて、包まれる。
「もっと、自分を大切にしてほしい」
目を見張る。
「メイカは、一人しかいない」
「…私は、替えの利くメカニックでしかない」
「でも、そいつはメイカではない」
視線を上げる。彼の瞳は、まっすぐこちらを見ている。それはどう見てもスパイではなく、ラスティ本人のもの。
「俺だけじゃない。皆がそれは思っていることだ。メイカはたった一人。メイカの命も、メイカの心も、感情も、何もかもがひとつしかない」
これは、彼の本音だ。嘘一つない。…むしろ、嘘であれば気楽に聞けたのに。
「大方、自分が罪人の末裔だからとか、『私しかできない』『私がやろう』に縛られて、嫌なことも全部我慢できてしまうんだろうが、それははっきり言って不健全だ」
「ふ、不健全…」
そう、不健全だ。ラスティが続ける。
「きっとこの先、また『技研』のような系統の知識を生み出す奴らは出てくる。でも、同じ技術でも、全く違う活用がなされたとして、それが世界を救ったとして――――彼らは罪人か?」
「…違う」
「彼らから学んだ末裔は罪人か?」
「多分、違う」
「そうだな。…学んでいること自体は、罪じゃあない。要は使い方だ。悪い方向へ使えば、それは罪人足りうるだろう。…メイカは、そんな使い方をしたか?」
「………」
「そこは『していない』って答えていいんだぞ」
「…わからないもの………」
「じゃあ少なくとも、俺に関わる部分ではしてないだろう?」
「それは、絶対にしていない」
「なら、メイカ自身は罪人じゃないな」
「…そう、そっか」
私の両手を包んでいた彼の両手が離される。
二人きりの静かな部屋で、声が響く。
「メイカ」
どうしたい。あの機体を、あの義体を。
「…あのまま、壊してしまいたい」
一言目が出れば、あとは堰を切ったように溢れ出す。
「壊したい。特に、義体の方。もう誰も、あんな思いをしてほしくない。私だって、したくない」
ぶち撒ける。
「人間が、コーラルで動くパーツになんてなっていいわけない。本当は、強化人間なんてものも、あってはいけなかったのに。みんな、普通に、普通の身体で生きる権利があるのに」
思いの丈は、存外悲痛な声で発露した。他人事のように認識しながらも、涙がポロポロ落ちていくのを拭う。
「…メカ。俺は、強化人間になったおかげで得られたものもある」
ラスティは言う。
「確かに、強化人間という技術もいつかは無くすべき部類に当てはまる『技研』の遺産だ。だが、それがなければ、戦友や俺が、ルビコンをこうして解放することもできなかった。そして、強化人間手術で得た強靭な肉体が無かったら」
彼が私の右手を握る。そのまま引かれるように、私は彼の腕の中へ飛び込む。
「俺は落ちたオルトゥスの中で死んで、こうしてメイカを抱き寄せることもできていなかっただろう」
心臓が脈打つ音。生きていなければ聞こえない音。
泣き続ける私の背中を擦る大きな手。遠い記憶の祖母や、いつぞやのカーラさんとは違う、硬くて骨張った大きい手。
「すべてが善悪はっきりするものではない。だから、メイカも自分が悪に全振りだなんて思わないこと」
いいね、と念押しされれば、私は頷くしかない。
涙を拭って顔を上げれば、彼は随分と穏やかな顔をしていて。
「メイカの先祖が為したことで、生かされた命もある。俺個人は、言うほど悪いことばかりでもなかった。だからありがとう、末裔のメイカさん」
…………。
「…大好き」
大きな背中に手を伸ばす。
生かした命は、とても『ぬくい』。
翌日、ガレージにて宣言する。
「この機体の解析は、しない。したくない。だから、壊す」
それを聞いた同僚たちが、優しく笑う。
『では、やろうか!』
私の機体――――白いスティールヘイズに乗ったラスティが、上機嫌でレーザースライサーを振り回して機体を切り刻んでいく。どこから話を聞きつけたのか、レイヴンも参加してパイルでドカドカと潰しながら穴をあけていく。果てにはフラットウェルまで参戦して、EPHEMERAは跡形もなくゴミと化した。
「景気いいねえ、メカ」
姉御の言葉に頷く。
『整備班、私達の方は終わった』
ラスティからの通信と同時に、ゴミを処理し終えたスティールヘイズがこちらを向き、右手を掲げる。満足したらしいレイヴンも右手武装を地面に置き、しゃがんだ姿勢で空いた右手を振っている。フラットウェルの参戦理由はストレス発散だったのか、すぐに踵を返してガレージへ戻る辺り、本当に忙しい人だ。
私も姉御も手を振り返すと、おしごとスイッチを入れる。
「整備班は片付け開始!」
「「「はーい」」」
仕事の時間だ。作業用MTに乗り込み、後片付けを始める。
「………」
あんなものよりいい機体や技術を残せるように、これからも頑張っていく。それが、私にできることだ。
でも。
「姉御」
「何だい」
「次からは、粥じゃなくて生米がいい。ラスティにやり方教えたから」
「あんたって子はさあ〜!」
ちゃんと、私自身もそこにあるようにする。…私があることは、きっと、悪いことばかりではないのだ。
姉御はよきママン。多分。
この整備組はラスティ配下で、おそらくレイヴンの機体整備もやってると思います。
なお、ラスティは隠しているけれども、整備組はラスティがメカちゃん関連で取り乱すと一人称が変わることにはうっすら気づいているし、食物飛び交うイベントは基本的に既製品を手渡しするように努めているぞ(手製やいつ置かれたか分からないものに手を付けないことを理解しているので)。
そして、何かあるとラスティに大打撃がいくので、メカちゃんにも変なものは食わせまいと手作りの品を持ち寄る時はタッパー詰めにしてみんなで一緒に食べるようにしているぞ。みんなで食べれば毒見はいらないからね!
ラスティもメイカちゃんも、皆に支えられて生きてんだ…。(怪文書おわり)