鉄の霞と技術者 作:石和
最近、分かってきたことがある。
V.Ⅳラスティ――――否、ラスティという男は、どこまでも高みへ上ることを求めているのかもしれない。
どこまでもスピードに振った『スティールヘイズ』。企業の犬として駆けずり回るくせに、エンブレムは孤高の狼が口輪を付けた姿。『夜明け』の名を付けられた機体に載るエンブレムは、その口輪を外した狼であることからも、反抗心むき出しだ。どんだけ星外企業が嫌なのをまき散らしたら気が済むのか。スパイをしろ。いや、しているのだが。
「…はあ」
帥叔宛の定期報告に付随して送られてくる戦闘ログを見ていてもそう。彼は、どこまでも速さで勝利を掴む。
こんなルビコンでなかったなら、同じACでも、さらにピーキーで速度に全振りした紙装甲というのも失礼なレベルの軽量機で空を飛んでいた可能性はある。
「………」
こんなルビコンでなかったなら、私はACを触っていただろうか。メカニックなぞならず、もっと別の仕事をしていたのだろうか。
――――まあそれは、彼とて同じことか。
端末を操作し、通話画面を開く。
協力企業とうまいことやって、いい機体を作ろうじゃないか。
『やあ、メカ。V.Ⅳのラスティだ』
「………そこに機体を入れて」
『つれないなあ』
ここはシュナイダー本部のガレージ、以前スティールヘイズを組んだ場所だ。スパイ男はこちらの指示通りに機体を納めると、カメラ越しにこちらを見る。
「降りていいよ」
『悪いね。毎回メンテを任せてしまって』
心にもないことを言いおる。悪いだなんて一切思っていないし、シュナイダーに帰ってくる理由を作るため、メンテ要員に私を指名するのだ。そのせいで、私はわざわざ支部から本部へ出てきて、ここでしか使わないカードキーを使って労働することになる。勘弁してほしい。…いや、彼はスパイ、私は彼の協力者の部下だからしょうがないのだが。
うごごごご、と一人うなりながら端末でタイピングをしていると、機体から降りて近づいてきたスパイ男によって口に何かを突っ込まれる。
「!」
甘い。――――とてもなつかしい、甘さ。
「詫びみたいなものさ。べっこう飴って言うんだって?」
彼の方を見たのは最早反射だった。ルビコニアンに日系人はほぼいない。まして、地球でも小さな島国である日本の文化など、それと認識して知識を蓄えたのは六文銭が一番といえるかどうかなのに。
「………何で知ってるの」
「アーキバスのライブラリで、日本という国の本を読んだら出てきたんだ」
待機時間で暇な時、ライブラリは良い暇つぶしになるから。彼はそう言いながら、べっこう飴の包み紙をはがして、自分の口へ入れる。
「甘い。…でも、優しい味だ」
この男、スパイをしながらスパイをしているんじゃあなかろうか。
我ながら馬鹿らしい発想だ。でも、そうでもなければ、わざわざ私のルーツを調べるなんてことしないだろう。ましてや、べっこう飴の表記を探すまでは、かなり文献を読み込んだはず。
「仕事しろ」
「しているさ」
やっぱり私のこともスパイしてんだろ――――物騒なフレーズは飲み込むに限る。
先日、『壁』がアーキバスの手によって落とされた。
そうはいっても、私の仕事に変化はない。スパイ男の新型機の設計図やらなんやらを他社と会議しつつ作製しながら、解放戦線の一部ACのメンテを行う。
「予算が潤沢だったらなあ…」
こんな、廃材かき集めて作ったACじゃなくて、もっといい機体で戦えるだろうに。そんな言葉は飲み込む。…そこ、機体が良くても戦闘スキルやセンスの無さがすべてを破壊するなんて言わない。私だって、ミスマッチっぷりにはちょっと二の句が継げないレベルで絶句しているんだ。
――――まあ、そこは、もう、解放戦線というか、星外企業に関わらないルビコニアンの教養の限界だよなあ…
人間が勉強すればわかることというのは、勉強する環境を得られない人間にはとうていわからない。私は幸い、勉強の機会を得られたが、解放戦線にいるメンバーのほとんどはそうではなかった。故に、しょうがない。私が頑張っても、本人が扱えないんじゃあどうにもならないし。
仕方が無いので、私は可能な範囲で、この廃材どもに手を加えて、少しでもマシな動きができるよう支援してやることしかできないのだ。
「しっかしまあ、やってくれたもんだよ」
『壁』陥落には、スパイ男も関わっているという。まあなんというか、スパイのお仕事って大変だよねえ…と他人事のように思ってしまうのは、私なりの現実逃避なのかもしれない。
――――ヴェスパー第四隊長に殺されたくないから、私の所在地が襲撃対象にならないよう祈るか…
祈る相手も誰だかよくわからないが、まあその動作はタダなので、作業の手を動かしながらやるだけやってみようか。なお、間違っても師父ドルマヤンやコーラルに祈ったりはしない。
戦闘データに違和感を覚えるようになってしばらく。
共通項に気づいて、私は思わず笑ってしまった。
「感情が左右するとは、やっぱり彼も人間か………」
そういう時は決まって、独立傭兵レイヴンが僚機として戦場に出ていた。送付される暗号通信――――私宛の『ラブレター』という名の戦闘ログデータにも『戦友』の話が載っていたが、これはレイヴンのことなのだろう。
――――解放戦線にも、ベイラムにも、アーキバスにも与しないから、全方位に大打撃を与えるとんでもねえ人ですよね…
そんな輩を親友のごとく扱うスパイ男はなかなか感性が狂っている。いや、強化人間なのだ、どこか狂っている方が正常だ。強化人間故の狂気が、彼の場合は他人との距離感に現れるのかもしれない。…狼と鴉、狩猟の時に協力し合う間柄。不思議な縁だ。
オルトゥスで、彼は戦友を斬れるだろうか。
独立傭兵レイヴンのデータも可能な範囲で収集しておく。よくわからないが、以前と動きが全く違うと噂になっているらしい。
「………ふーん…」
オルトゥスには、皆に内緒で再起動用のブラックボックスでも仕込むか。彼がもしも二人目なら、スパイ男の泣きの一回くらい許されてしかるべきだと思う。
ふふ…たのしくなるぞ。
「メカさん!緊急です!」
自室で寝ていたはずなのにたたき起こされた。目を開けて真っ先に見えたのは、同僚の女。
「どっちの?」
「シュナイダーのメカニックに御用だそうです!」
「行く」
床にうち捨てられていたシュナイダーのロゴ入りウィンドブレーカーを羽織り、通信機を受け取る。
「通信代わりました、シュナイダー社のメ――――」
『V.Ⅳのラスティだ。すまないが、すぐにアーキバスの中央氷原前線基地に来てほしい』
「はい?」
『説明は道中で。あと30分でシュナイダー本社に到着するから、身支度整えて待っててくれ』
は?待て。訳が分からない。というか、スパイ男が迎えに来るのか?スティールヘイズで?
「メカさん!こっちです!」
思考停止に陥る私に構わず、別の同僚の手で輸送機に突っ込まれた。
「搭乗スーツです。ちゃんと人間用で、緩衝材入りっすよ」
「宿泊費や必要な物資はあちらが整えてくださるそうなので、メカさんは自分の商売道具だけ持っていってください」
やんややんやと皆に転がされ衣類がシュナイダー社員から『アーキバスの』シュナイダー社員へ変わり、気づけば仕事道具の入ったショルダーバッグを抱えて、
「やあ、メカ。悪いが即席の予備座席で頼む」
スティールヘイズのコックピットにいた。しかも予備座席と言うか、本来緊急用の食料やらサバイバルキットが積まれるはずのスペースに押し込められている。緩衝材入りってわざわざ言われたのは、これのせいか。
「緊急用のブツは」
「今は停戦協定中だからな」
つまりこの男、安全区域しか飛ばないからって置いてきたのか。は?
「は???」
何だこのクソイベントは。
「帰りはシュナイダーの輸送機が迎えに来る。行きだけ我慢をしてくれ」
「いや待って」
「離陸する。舌を噛むなよ」
「うがああああああ!!!」
私は強制的に空を飛ぶ羽目になった。
「なんで!なんで!説明!説明しろ!」
機体の高度が安定し、オートパイロットに切り替わったところで、メカは座席から立ち上がって操縦席のスパイ男に向かって叫ぶ。
「あっ、馬鹿!」
「何を?!――――ひぎゃ!」
思考停止故にすっかり忘れていたが、相手は強化人間だ。しかも、機体は紙装甲。つまり、スピードが速いので、『普通の人間への』負荷は桁違い。
立ち上がった勢いと肉体にかかる負荷でバランスを崩し、搭乗スーツの頭が後ろにあるコックピットの壁に激突する。
「~~~~~~っ!」
「動くな!」
馬鹿なのか?!と罵られながら、狭いコックピット内を引っ張られる形で移動し、スパイ男の膝に横抱きのような形で座らされる。小さい身体は、スパイ男のお陰できっちり固定されていて、逃げ出すことができない。
「ふ、不服!」
「煩い。…後頭部に異常はないな。スーツが破損しなくてよかった」
「降ろせ!狭い!後ろ戻るから!」
「事情の説明は良いのか?」
「後ろで聞く!」
「じゃあ話さない」
「は?????」
思わず素で睨みつけたが、スパイ男はどこ吹く風だ。
「で、どうする?」
楽しそうに言われて腹は立つが、私はおとなしく静かにする。現場に着くまでに、状況を理解したいという欲望の方が、恥よりも勝った瞬間といえよう。
「君は素直だ」
くつくつ笑う男を今度は静かに睨みつけた。
「失礼。――――端的に言えば、シンダー・カーラがメカを連れて来いって言ったからだな」
「??????」
漸く、今回の誘拐に至る説明がされる。
次の任務は、アイスワームという巨大兵器の破壊らしい。コーラルを使ったC兵器という部類に属するそれは、シールドが二重に張られているため、一枚目をアーキバス謹製兵装で独立傭兵レイヴンが、二枚目をRaD謹製兵装でスパイ男が撃ち抜いて壊すらしい。
――――『技研』の遺産か…
スパイ男の説明を聞きながら、関連する資料を彼の端末で見せてもらう。『技研』の遺産は殆どが封鎖機構の手元にあると聞いていたが、このアイスワームも彼らの管理下にあるのだろうか。いや、多分放置だろう。管理する人間がいないはずだ。
「これ、封鎖機構は出てくる?」
「艦隊を別作戦で鹵獲しに行く予定だ。そちらにかかりきりだろう」
「………」
C兵器について知っていることを脳内で引きずり出す。簡易的な指示であれば、現在の技術で出すことができるだろう。だが、真髄部分…彼らに出された一番重要な任務については、封鎖機構で書き換えるだけの技術はない。それがあるなら、とっくの昔にアーキバスもベイラムも、果ては解放戦線も、すべてがアイスワームに耕されて終わっているはずだから。
「ベイラムは、アイスワームだけ?」
「契約上はそうだな」
「アイスワーム、今回が初見?」
「いや。前回、封鎖機構の拠点を潰しに行ったときに遭遇した。その時は、何故か帰っていったが」
「ふーん…」
アイスワームもとい『技研』の兵器に課せられた主な使命は、『技研都市』を守ること。情報が無いので推測でしかないが、アイスワームは『技研都市』の場所を分かっていて、そこを一時的に離れることはあっても、『技研都市』に何かが起きる時――――おそらく、侵入者がある時は必ず、その場所へ戻るのかもしれない。
まあよくわからないが、とりあえずこいつを壊そうというのは分かった。そのために私が何故かアーキバスの拠点に呼ばれたというのもまあいい。
「で、そこにスネイルはいる?」
「スネイルは戦友やチャティ・スティックと一緒に現場側だ。会うことはない」
「やったぜ」
命が保証された。これで普通に仕事はできると思う。
しかし、何で私がシンダー・カーラに呼ばれることになるのかが分からない。
「何で呼ばれたんだろう」
「RaDの兵装を使うためにスティールヘイズの調整を任せたら、内装を見た瞬間に『専属メカニックがいるだろう?呼んでくれないか?』って言われたぞ」
なぁぜなぜ?シンダー・カーラの方が、メカニックとしてのスキルは上で、私が行っている調整の意味も、スティールヘイズの癖も何もかも、きっちり把握してより良いものにしてくれそうなのに。何なら、そこから学ばせてほしいくらいであるのに。
思わず腕を組んで考え込んだ私に、スパイ男が言う。
「シンダー・カーラと合法的に会話ができるぞ」
「それは、魅力」
それは本当に、そう。
「かなり魅力」
「テンション上がってるな」
まあ、お会いしてみればわかるだろう。
何より、もう誘拐されてしまっている。逃げようがなかった。
何故か分からないけれども続きが書けたので連載に切り替えました。
そう長くは続かないです。多分。本当は描きたい作品が別にあるんですよね…(書けるとは言っていない)
発売からもう3か月も経ったのにどうしてこんなにも狂い続けているんだろうか
これが、「一度生まれたものは、簡単には死なない」ってこと?!