鉄の霞と技術者 作:石和
なぜわたしはエルデンリング(6周目)をやりながらこの話を書いているのだろう
前下がりボブの黒髪に、同色の瞳を持つ女が、手のひらにある鍵を見つめながら突っ立っている。
「………」
周囲に人ひとりいない、がらんどうの通路。フラットウェルによって人払いされた、組織でも大人気、街中を歩けば数多の女性の視線を釘付けにする男の部屋の前。
『すまないが、様子を見てやってもらえるか』
俺は奴の部屋の鍵を持っていない――――フラットウェルですら持っていないものを持つらしい私。大した事情も説明せず、深夜も良い時間に呼び出しておきながら、すぐに行先を指定して上司は己の執務室から私を追い出した。
…話が全く読めていないわけではない。
今日は他所との会合があった。
珍しいことにフラットウェルではなくただのメカニックである私が指名され、どう考えても異常なのでお断りを入れたら、代わりにラスティを引きずり出された。その時点で何かがおかしいため、念入りな下準備と共に彼は現場へ赴く。それが今日の夕方。
夜、帰投予定時刻を過ぎても戻らなかったらしい。伝聞なのは、ラスティに厳命されて今日の夕方以降は部屋を出ていないから。フラットウェルにも反対されなかったあたり、私に何かが降りかかる可能性を考慮するのは二人にとって共通認識だったようだ。
過保護な気もするが、同僚の姉御たちにすらもっともと言わんばかりの顔で部屋に戻らされた。部屋のセキュリティがいつもよりランクアップしててドン引きしたが、これ、明日以降は戻してくれるんだろうか。
話がそれた。
まあ、それで、先程――――深夜になってラスティは戻ってきた。彼からの直通回線でフラットウェルは何かしらの報告を受け、なんかよくわからないが何かして、私を緊急通信で呼び起こしてなんやかんやでここに立たせている。
そんな状況に、『様子を見てやってくれ』という言葉。ドクターではなく、私。
流石に、機械にしか強くない私にも分かるものはある。『何か』が降りかかったのは、私ではなく彼。恐らく、最初から彼が目的だったのだ。
朝帰りでないのを見るに、目的は達成されなかったらしいが。
トンチキというかしょうもないというか。そんな現状を飲み込んで、手のひらの鍵を再度見る。
――――まさか、こんな形で使うとは思いもしなかった。
だが、それは彼とて同じか。
「女は度胸…!」
覚悟を決めて、目前の扉を開錠する。扉を開け、中に立ち入って、扉と鍵を閉めた。
真っ暗な部屋に、明かりが透ける扉が見えた。位置を覚えてから、照明に手を伸ばす。
「………」
明るくなって見えたのは、異様なまでに整理された部屋。白を基調とする室内に必要最低限の家具、ストックされた個包装の食料品。装飾品の類は全く無いために視界は広い。
私の部屋も大して物の数はないが…言うなれば、これが『彼一人の為の部屋』なのだろう。
「…君も難儀だねえ」
静かに呟くと、羽織っていた半纏を脱いだ。中はTシャツに長ズボン。行先を考え、シャツもズボンも裾を巻く。これなら邪魔にはなるまい。多分。
「………」
部屋の様子から、すぐそばにある手頃な棚に脱いだ半纏を置くのはやめる。少しでも何かに触れて動かせば、彼の安寧には無意味になってしまうだろう。サッと畳んで、玄関扉付近の床に置く。何も置かれていない空間かつ外に近いので、まだマシと推測した。
耳に手を伸ばし、イヤリングを外そうとして――――それは止めた。むしろよく見えるように、髪を耳へかけて主張しておく。
このあとの混乱を考えれば、付けておいたほうが彼の為。なにせ、スパナモチーフは私なのだから。
(まあ、正気が残ってたら、無くてもいいもんだけどね)
靴を脱いで裸足になり、鍵やら端末やらは半纏に載せ置く。そうして準備を整えたら、先程光っていた扉――――洗面所へ向かう。扉を開け、やはり明かりがついていて、さらにその奥の扉に手をかけた。足元にスーツのジャケットがあったことにはちゃんと気づいている。
「………」
ええい、突撃。
扉を開ける。冷水と思しきシャワーを受けてずぶ濡れになった肩を派手に跳ねさせ、こちらを向いた男に微笑む。
「お疲れ様」
「…っ!」
「次があったらちゃんと呼んでね?」
水の蛇口をひねれば、案の定シャワーが止まる。
様々な感情やら熱気やらを混ぜ合わせて収拾がつかなくなってしまったらしい男の首元から、中途半端に緩められたネクタイを抜き取って、右手と水栓金具を雁字搦めに固定。右手は異様に熱く、水栓金具はとにかく冷たかった。
「メイカ、頼むから、やめてくれ」
「やめない」
やめろ、と荒い息で言いながらこちらに抵抗する手を伸ばしてくる。その隙をついて彼の姿勢をずらし、背中を壁へとつけて座らせた。
――――ちょっと楽しくなってきたなあ。
抵抗するも力がろくに入らない、もしくは加減する余裕がなく手出しができないらしい男。彼の荒い呼吸ごと唇で塞ぐ。
「ふ、ふ…」
なけなしの理性で抵抗してくる左手は、骨しかない私の肩ではなく柔い部分へ誘導。そのまま押し付け。………私の身体が、そんな魅力的なものではないと知っているけれど、まあ、その。
「なんとしても、私の誘惑に、乗ってもらう…っ」
「時と場合ってのがあるだろう!」
「むう、魅力がなくて悪かったわね」
「その柔らかさと大きさを堪能させておきながら、何を…!」
普段より崩れてはいるが、思ったより正気は保っていそうだった。ならば、先日の『誘惑』くらいで済むだろうか。
「変なモノ盛られてきた罰として、ゴチャゴチャ言わず、私の遊びに付き合いなさい」
そう言って、再度口づける。今度は抵抗もない。
時折怯え以外の理由で震えながら降伏の姿勢を見せる狼に、私は遠慮なく身体を寄せ、触れる。彼の熱でぬるくなった水が、こちらの服にも染みていく。
来訪理由はクソッタレだが、初めての彼の部屋だ。私が初めて、ここにいるのだから。
「――――楽しいね」
その時見たラスティの顔は、今までにないもの。
私だけの秘密。嬉しくて、気分が上がる。
ああ、夜は長い。夕方から暇だった故に元気も余っているし、たくさん遊んでもらうとしよう。
後日談というか、事の顛末。
今回の会合は、他所のお偉いさんの娘が、ラスティ欲しさに始めたものらしい。私を呼び出したのはあくまで前座かと思ったが、どうにも私が行ったら行ったで質にでもなんでもして、兎に角ラスティを我が物にする――――という杜撰な計画があったそうだ。
しかし、ラスティは強化人間。『そういうもの』への耐性が並のルビコニアンよりは高かった上に、勘づく力も本人の努力により上方修正がかかっている。お偉いさんの娘は薬を盛ることには成功したがラスティの拘束には失敗し、ついでに大口契約のご破算と多大な信用の失墜を招いた。
「…馬鹿なのかな」
「ご丁寧にメイカを拘束するための要員も潜入させようとしていたから、部屋に籠ってもらっていた。そちらはフラットウェルが対応済みだ」
「論外で笑う」
「メイカの足元どころか踏みしめる地面にも及ばないさ」
白い部屋の中、生成り色のシーツの中で、頭のてっぺんからつま先まで造形の良い男に抱きしめられる。『ぬくい』彼の身体に包まれて、程よい…というより結構強い疲労感でウトウトし出す。
「……無理をさせた」
「別に。遊んでもらっただけだもの」
「…しかし、」
両腕を伸ばして、うだうだ続けそうな男の頭に触れる。少々癖のある髪を適当に掬い上げ、あみあみと三つ編みにしながら、彼の言葉を遮るように言う。
「だったら、今日の私は休むから、仕事よろしく」
「有給付き特別休暇をねじ込む」
「ラッキー。あと、洗濯よろしくね。 玄関に打ち捨ててある半纏も含めて全部。洗剤は好きなものがないなら私の部屋にあるやつ使っていいから」
「流石にあるぞ…」
「どうだか。ご飯は何でもいいけど、起きたら私のストックから紅茶入れてくれる?ルフナってやつ。ミルクティーにして、一緒に飲もうね」
「分かった」
じゃあ、お休み。そう言って、私は目を閉じた。
目を開ける。眠っていたらしい。
艶やかな黒髪と、スパナのモチーフ、そして瞼が閉じられた女の顔が見えた。最後に記憶している表情よりも疲労の色は抜けているが、固く閉じられた瞼の中にある黒い瞳は、当分見せてもらえそうにない。
「むう…う…」
邪魔だったのか、彼女が耳元のモチーフを手で避ける。そっと手を伸ばし、両の耳からイヤリングを外して、サイドテーブルへ置いてやった。
時間を確認すれば、まだ早朝と言っていい具合だ。ゆっくり起き上がり、ベッドから立ち上がる。いつ落としたかの記憶もない自分の端末を拾い上げ、フラットウェル宛のテキストを打ち込んで送信した後に、のろのろとキッチンへ向かう。
蛇口をひねり、両手で水を溜めて、それを口に含んで飲み込む。メイカに水を飲ませるカップが無いな、などと考えながら、顔を洗った。
「………」
冷たい水で思考がさえ始める。ペーパータオルで顔を拭いながら、昨晩この部屋へ戻ってからの――――彼女が初めて部屋に来てからのことを思い返す。
遊んでもらっただけ、とメイカは言い張るが、それにしてはひどい状況だった。ぼやけた記憶を反芻しながら思う。
実際、普段は何でも飲む、適当に選んでくれと放り投げる彼女がわざわざとっておきの茶葉を指定したあたり、次に起きたときは寝床から起き上がれはしても立ち上がれはしないといったところか。
ペーパータオルをゴミ箱へ放るように捨て、ふと思い出して、彼女に編まれた髪をほぐす。そして、白い部屋に散らばった昨晩の痴態を示す衣類を拾い始めた。
持ち主はともかく、自分が散らかしたことに間違いはない。しわくちゃになったそれらをまとめて洗濯機に入れたところで、半纏…羽織物を回収していないことに気づく。
――――メイカが自分で脱いだものは…玄関と言っていたか。
玄関に行けば、彼女の言う通り、羽織物が畳んで置いてあった。それと、それに載せられた小物類を拾い上げ、『拾い上げた』という事実に気付いたとき、はっと振り返って室内を見渡す。
一面の白。いつも通りの配置に置かれた家具類。スペースが有り余っている天板の上すらモノの配置を細かく決め、少しでも異常があれば分かるようにした視界の広さ。
「………、」
玄関横にも、すぐに手や荷物を置きたくなるような、指紋や形跡を残させるためのセッティングをしてある。しかし、彼女がそれに触れた形跡はなく、そこに置かれるべきであろう小物はおろか羽織物すら床に置かれていた。
そういえば、彼女は珍しく、イヤリングをつけっぱなしで寝ていたではないか。普段、寝支度を整えたときには外しているのに。
――――偶然か?あんな状態だったからか?…それとも、彼女は意図的に外さなかったのか?
羽織物を床に置いたのは偶然ではない。その上に端末や、部屋の鍵やらを置いている。どちらが優先だったかは分からないが、彼女は『床の上に置く』という選択をした。日頃から床にモノを置きたがる彼女ではない。
「………俺のためか」
聡い彼女だ。この部屋に入った瞬間に気付いてしまったのだろう。ここが罠の仕掛けられた私室であること、それが無ければ一人で安心して眠ることができないこと、どこまでもスパイのために整えられたものであること。わざわざ玄関を選んだのは、そこが外界に一番近いからだ。
どこまでも、彼女は俺を尊重した。
その事実に、視線がベッドへ向く。白の中にたったひとつある、夜の如き黒に吸い込まれるように近づいた。ベッドの側へと跪いて、ふと。
「愛している」
口をついて出た言葉。
驚く間もなく、堰を切ったように溢れ出す。
「どうしようもなく、愛しているんだ。代わりなど誰にも務まらない。たったひとり、メイカだけが、俺は、」
気づけば、涙がぽたぽたと音を立ててシーツへ落ちていた。
自分では何色にも染められなかった、真っ白な部屋に染み込んでいく。
そのきっかけを与えてくれた黒に手を伸ばす。起こさないようそっと、ひと房を掬い上げて口づける。
本当は、俺の『唯一』でいてほしい。
知っている。スティールヘイズが白になった意味も。デカールの模様の意味も。君の文化で、婚礼衣装に近しいものだと、分かっている。
しかし、いつだってメイカは黙ってばかりだ。彼女だけが知っていて、持っている。俺が知り、持つことは許されない。
それは『私がルビコンの英雄に近い男である』から、『ルビコンはそれを求める程度にはまだ不安定である』から。
「いつか必ず『ルビコンが平和になって』、『ただの男』に戻る日を迎える。…だから」
その時を迎えたら、渡してほしい。
メイカが封じ込めたすべてを。それを見る鍵を。
「何も知らせず、何も持たせず、いなくなることだけはしないでくれ…」
縋り付くような独白は、白い部屋へと消えてゆく。
つい最近ブルスコを始めたのですが、自分の狂気が青い空に垂れ流しになる様が非常にインターネット感があっていい…Twitterとは違う狂気を味わえる
しかし悲しいかな、文才が無いので見栄えも何もないのである