鉄の霞と技術者   作:石和

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 レイヴンの社会復帰を目指すシリーズ開幕です。何で?
 とりあえず再手術を目指そう!君ならできる!



解放鴉の社会復帰編
はじまり:三人寄ればなんとやら


 

 

 帥叔フラットウェル指導の元、比較的……少なくとも星外企業がドンパチやらかしていた頃よりは穏やかと言えるくらいには安定し始めたルビコンに、ひとつの落下物が見つかった。

 

 燃えたであろう中でもかろうじて残った塗装の色は赤。現状のルビコンでは作られることのない機体であり、詳細がわからない。それでもなんとか解放戦線拠点へ担ぎ込み、メイカ・オーツを始めとした技術者による検分で、その正体が発覚する。

 

 それはハンドラー・ウォルターの機体――――HAL826のコア。技研製ACの一部。

 

 責任者が帥叔フラットウェルの許可を得て、その猟犬だった独立傭兵を呼んだ。黒いパイロットスーツに身を包み、ヘルメットを外すことなくそれと対峙した傭兵。

 

『ひとりにしてくれないか』

 

 技術者たちが退室する。

 

 ドアが閉まる間際、傭兵が崩折れる姿を、黒い髪の女は見ていた。

 

 

 

 

 泣き続けて何日経ったか。

 

 涙も枯れた。喉の渇きはあっても、空腹を感じられない。

 

――――これから、どうしたらいいんだろう。

 

 唯一の飼い主にして親に近しい人物だった男の死が確定し、ふたりぼっちになってしまった世界で、どうやって生きていったらいい?

 

(レイヴン、)

 

 エアの声が響く。何を言っているかわからない。

 悲しくて、哀しくて。何をしたらいいのかわからない。

 

 ……ふと、思い出す。

 

 この拠点に、近しい立場の人間がいる。

 

 全てを失って、それでも自分で選んで立っている、つよいひと。

 そのひとが認める、自分の選択を突き進んできた、つよいひと。

 

 彼女は、戦友は、どうやって、ここまで。

 

 そう思えば、意外にも身体は動いた。

 

(……!〜〜〜!!!)

 

 エアの制止も聞かずに部屋を飛び出す。真っ暗な中を進んで行く先は、解放戦線敷地内の単身者用住居区画。メカニックが多く在籍している建物の一室、目的の部屋の前に立ち止まると、呼び鈴を鳴らす。

 

 通話用のスピーカーからするのは、穏やかなアルトボイス。

 

『はい、……って、え、レイヴン?!』

 

 すまない、こんな、夜遅くに。

 今は遅い時間で、迷惑になるとわかってはいるんだけど。でもどうすればいいのか、わからなくて。

 相談できる人間が、メカと、ラスティしかいなくて。

 

 枯れたと思っていた涙が再度滲んだ時、部屋の扉が開く。右腕をメカに、左腕を戦友に引かれて、二人に包みこまれる形で抱きしめられる。

 

「よく来てくれました」

 

「戦友、とりあえず中に入ろう。私も、来てくれて嬉しい」

 

 二人に手を引かれる形で、明るい室内へと立ち入った。

 

 

 

 

 柔らかな香りが、室内に広がる。紅茶の香りだと、戦友が教えてくれた。

 

「私のコップで悪いが、使ってくれ」

『ありがとう』

「お茶請けにクッキー。食べてね」

 

 大きなビーズクッションに座らされ、目前にある小さなテーブル……チャブダイというそれに、人数分の飲み物が置かれた。小さなマグカップ2つはメカのもの、シンプルで容量多めのマグカップはラスティのものであるようだ。

 

 メカが自分のベッドに腰掛け、ラスティがベッドを背もたれにクッションへ座る。二人が紅茶をひと口飲んだところで、メカが口を開く。

 

「来てくれて、嬉しい。……三人でお話できたらいいって、思ってたから」

「そうだな。戦友が私と会っている時にメカがいることは少ないし、その逆も然りさ」

「ん」

 

 ラスティがクッキーに手を伸ばした。メカはまた紅茶に口をつける。……自分が話し出すまで、どこまでも待ってくれるらしい。

 

 しばらくの沈黙。何を伝えればいいかを悩み――――漸く吐き出されたものは、いつも以上に拙いもの。

 

『ウォルターが、ほんとうに、しんでしまった』

 

 黒い瞳がこちらを見た。

 

『ひとりになって、どうしたらいいか、わからない。かなしくて、つらくて、でも、おいかけることはできない』

 

 たどたどしい言葉を、二人は静かに聞いている。

 

『メカは、……家族を皆亡くして、ひとりぼっちになったと』

「うん」

『……どうやって』

 

 どうやって、乗り越えたの。その言葉に、黒い瞳が揺れた。

 

 

 

 

 戦友の、涙の跡が残る顔を拭ってやる。疲労からだろう、固く閉じられた瞳が開くことはない。ビーズクッションに埋もれた身体へ、毛布を掛けた。

 

「……ラスティ」

 

 小さく聞こえた女の声に、視線を横へとずらす。

 

 先ほどの問いに、何も答えられなかった彼女。その黒い瞳に湛えるものが何だったのか、解らない。これだけは正解だろうと断言できるのは、彼女も家族の死を乗り越えたわけではない、ということ。

 

「私、人の気持ちとかには疎いけれど…………全てに置いていかれて、ひとり取り残されたときの寂しさや、悲しさはよくわかっているつもり」

「…………」

 

 膝を抱えた彼女の隣に座る。間を置くことなく、彼女がこちらへ飛び込んできて、背中に手が回った。

 

 自分の胸に、彼女の左耳が押し付けられる。そうやって、心臓の音を聞くのだ。先日のEPHEMERA事件以来するようになった、安心を求める時に行う彼女の甘え方。

 

 しばらくの沈黙の後、メイカは口を開いた。

 

「わたし、レイヴンに何をしてあげられるかな……」

「一緒に考えよう」

 

 小さい背中に手を回す。

 

「よろしくね、『戦友』さん。頼りにしてる」

「ああ」

 

 とはいえ、自分もこういう話題には聡くない。……幸先不安なスタートだった。

 

 

 *

 

 

 目を開く。見慣れない、柔らかいものが見えた。その向こうにはテーブルや椅子。さらに遠くへ視線をやれば、使い方が分からず一切触れたことのないキッチンが見えた。たくさんの調理器具や、調味料が並んでいるので、家主はかなり料理をするのだ。そこまで考えて、ここがメカの部屋であることを思い出した。先日の「おせち料理」というものはおいしかった。

 

 思考がそれた。落ち着いて、筋へと戻る。

 

 目線をずらすと、シングルベッドにこんもりとした山があった。見える髪の色から、戦友が眠っていることが――――いや、眠ったふりをしていることが分かる。こちらが起きたことに気付いているのだろう。動かないのは、自分が動かないからか、彼の腕に抱えられているであろうメカの睡眠の為か。どのみち、起き上がる前にやることがあった。

 

(……エア)

 

 呼びかけると、視界が赤く染まる。

 

(落ち着きましたか、レイヴン)

(うん。……しばらくお話もしなくて、ごめん)

(混乱していたことはよく分かっています。気にしないでください)

 

 でも、次があったら、ちゃんと私の話も聞いてくださいね?そう言われて、頷く。

 

(……ザイレムを墜とした時、HALを……ウォルターを手にかけた時。飲まれゆく彼を思って声を出したのは、エアも同じだったのに。ごめんね)

(いいのです。……私にも時間が必要でした。あまりにも突然でしたし)

 

 そっか。ぱちぱちとまたたいて、エアとの交信を終える。そろそろ起き上がらないといけない時間だということを、戦友が起き上がることで教えてくれる。ついでに、メカのことも揺すって起こしている。

 

「メカ、今日は出勤だぞ」

「うぐぐぐぐ」

「戦友もそろそろ朝の支度を始めてほしい」

『うん』

 

 随分長い事揺すられていたメカが起き上がる。艶やかな黒髪は寝ぐせひとつなく、眠たげな眼を開いた彼女は、こちらを見て、ゆるりと笑う。

 

「おはよう、レイヴン。ラスティも、おはよう」

 

 おはよう、と戦友が返すのにつられて、自分もおはようと言葉を返す。

 

(ウォルターと暮らしているときは、無い挨拶でしたね)

 

 そうか、これは挨拶なのか。そう思った時、寂しさが募る。

 

 自分はウォルターと、このような挨拶は交わさなかった。交わせなかった。起きていられる時間は、今ほど長くなかったから。言い換えれば、輸送ヘリの中で暮らした頃より元気になって、活動できる時間が増えた。それは、ウォルターが手ずから面倒を見てくれていたお陰。あの期間がなければ、今も寝たきりだっただろう。

 

 もしも、今の自分を見ることができたとして。……彼は何を思うのだろうか。

 

 

 

 

「まずは、大事な人の欠片を探すの」

 

 出勤して真っ先にメカがレイヴンへ提示した内容は、遺物をコックピット内から探すこと。

 

 技研製ACについて解析が進み、ルビコン側でも一部の技術者ならば問題なく制御システムを操作することができるようになっている。外部からロックを解除し、中を開け――――レイヴンだけが、中へ立ち入った。

 

『…………』

 

 大気圏突入時の高温で姿かたちを失った、空席に見える爛れたコックピット内。時間をかけて探しに探し、ようやく見つけたものは、ハンドラー・ウォルターのエンブレムを模したモチーフだった。

 

『これ、いつも着けてた。ウォルターは、これを大切にしていた……と思う』

 

 メカはクロスを持ってきて、汚れをふき取る。おそらく耐火金属でできているのだろう、形はかなり保たれている部類だ。若干溶けている部分にこびりついた汚れは、薬品を使えば少しは落ちそうだった。

 

「綺麗にできるけど、どうする?」

『このままで、いい』

 

 あの人が生きていたあかしだから。そう言ってモチーフを握りしめるレイヴンに、メカは続けて聞く。

 

「埋葬先は決まっている?」

『埋葬……お墓、というやつか』

「そう。馴染みのある場所、自分が行きやすい場所、彼にとって大事な場所のどこかに、彼のお墓を作るの」

『そうか。しばらく、待ってほしい。探す』

「ゆっくり探していいよ。焦る必要はないもの」

 

 あと、そのモチーフを無理に埋葬する必要はないから、とメカは続ける。

 

「形見として持っていてもいい。お墓は、必ずしも中身が無ければいけないようなものではないから」

『わかった。……考える』

 

 レイヴンが目を伏せる。隈ができているのを見つけるが、心に折り合いをつける労力の大きさを考えると仕方の無いことか。

 

「ラスティが、レイヴンの出撃はしばらく無しだと言っていた」

『聞いている』

「施設内を歩くのも、いろんな人と何気ない会話をしてみるのも手だよ。同じことばかり悩んでいても、疲れちゃうからね」

『……検討する』

 

 鴉が自室へ戻っていくのを見届けてから、自分の端末を開く。呼び出しの通知が来ていた。なるべく早めに、所属ガレージへ戻らねば。

 

「本当は、忙しくて振り返る暇もないってのも悪くないんだけれどね」

 

 油断や隙が一命取りとなる戦闘員に、それは無理な話か。

 

 端末をポケットへしまい込み、オルトゥスとLODER4の待つ仕事場へ走った。

 

 

 *

 

 

 ラスティは、とある一室の前で立ち止まる。お伺いをしてみれば、いつもの声。

 

「入ってこい」

 

 幼いころから持たされている鍵を使って扉を開け、部屋の中へ立ち入った。古びた紙の匂いと、フィーカの匂いで満たされた室内は、本棚に詰められた大量の学術書や図説、小説で壁が埋まっている。

 

 紙をめくる手を止め、視線を上げたフラットウェルは、真っすぐにこちらを見た。

 

「どうした」

「戦友のハンドラーが、どこで見つかったのかを聞きたい」

「……」

 

 フラットウェルがソファーを指し示す。慣れたそれに座れば、幼い頃から代を重ねて使っているマグカップが差し出された。中身は温かいフィーカ。

 

「いただきます」

 

 おとなしく口に含む。もうずいぶんと昔にブラックで飲めるようになったのだが、この部屋に来たときだけは必ずミルクの入ったフィーカが出される。少し照れくさいが、砂糖が出されないくらいには成長を認められたものだと思いたい。

 

「中央氷原南部の海――――技研都市の座標近辺で見つかった」

「座標……海の中か」

「地下に入るには落下速度も機体の状況も、何もかもが足りない」

「それはまあ、そうか……」

 

 地図を脳内に思い浮かべる。確か、南の内陸に進めばメカの、オーツ一族の墓があったはずだ。技研都市出身で、ルビコンひいては故郷から離れられない者は皆、そこに吸い寄せられてしまうのだろうか。

 

 思考が一通り済んだところに、フラットウェルの声が響く。

 

「レイヴンに、墓を作らせるつもりらしいな」

「無理にやらなくていいと彼女は言っていたが、戦友はおそらく完遂する」

「そうか」

 

 帥叔が眼鏡に手をかけ、外す。

 

「あの子の手を離すなよ」

「…………」

「レイヴンはいずれ、気持ちに折り合いをつけ、再び空を舞うだろう。だが、彼女はずっと地面にいる」

 

 ルビコニアンとしては異常な腕前を持つメカニック。彼女は望んでシュナイダーに就職したが、調べてみればスネイルの引き抜き勧誘を受ける前――――言わば就職試験の際も、彼女はアーキバスやベイラムの本社系列から目をつけられ、実際に職を提示されてもいた。どれもルビコンの外での勤務だったが、彼女はどんな良条件であっても蹴っている。

 

「言ってしまえば、彼女は星外に飛び出せる程の人間でありながら、ルビコンに縛られ続けている。自分の好奇心やら何やらでどこまでも腹を括って突き進んでいけるくせに、ルビコンという土地や過去から離れられない。……私には推測しかできないが、お前なら彼女の真実を知っているのだろう」

 

 養父の双眸が、まっすぐこちらを見ている。

 

「たとえ彼女の過去を救えずとも、未来だけは明るいものにしてやれ」

「……そのつもりだよ」

 

 発した返答へ、二人きりの時に使う呼称を続ける。それを聞いた男の、眼鏡を持たない方の手が、手荒く頭を撫でた。

 

 

 







 自分にとって、解が分からない分野に足を突っ込んでいる話を書き始めてしまった故に、後悔が凄まじい日々が始まった――――

 ダメそうだったら何年も積んでいる鈍器ノベルを読めるよう努力することにします

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