鉄の霞と技術者 作:石和
エアちゃん「私が!置いてけぼり!!!!!」
では本編です。
独立傭兵レイヴンの出撃がパタリと止んでひと月。そろそろ理由でもなければ誤魔化しがきかなくなってきた頃、メカとラスティ、レイヴンは帥叔フラットウェルの呼び出しを受けた。
「シュナイダー社のメカに、依頼だ」
「はあ」
メカは、それが何でこの面子になるのだと目を細める。ラスティはこの依頼を直接受け取った人間であるため、表向き無反応。レイヴンは――――心ここにあらずという状態で、目の下の隈が深くなっていることが原因を顕著に示していた。
そんな三人に、フラットウェルは告げる。
「星外で、『技研』の資料が見つかった」
メカが目を見張る。レイヴンは、今までになく揺らいだ反応を見せた。この傭兵の飼い主が『技研』の機体に乗っていた故だろう。
「現在の所有者は『プルシア商会』の会長。あちらから連絡があり、内容の解説と、本物であった場合はシュナイダーに引き渡したいそうだ」
「それは、まあ……物好きですね。何で私なのでしょう」
メカの疑問は尤もだった。なにせ、彼女にとっては直接の関わりが一切ない相手なのだ。先日の胡乱な呼び出しもとい事件の記憶もまだ新しい。だが、今回はあらゆる意味で都合がいいので、彼女をメインに据えて任務をこなしてもらわねばならないのだ。ということで、フラットウェルは任務説明に入る。
「別に、今度は変な話ではない」
「そうですか」
ラスティが嫌そうな顔をする。彼は何を言おうとメカの連れ出しと対面する予定の相手が嫌なのだ。どうしようもないため、ほったらかしにして説明を続ける。
「プルシア商会は地球の企業で、ルビコンとは食料関連で長い付き合いがある。アーキバスにも、ベイラムにも、果ては惑星封鎖機構にまで食料や資材を卸している関係から、我々との商売にケチをつけられるようでは無かったらしい」
言わずもがな、強い企業だ。彼女の目が思わず細くなってしまうのは、ルビコニアンとしては仕方のない反応なのかもしれない。
「そこの会長が、たまたま立ち寄った木星で『技研』の関連を疑う資料を見つけたらしい。所有者はもう亡くなっていて、かといって地球出身の彼らにはどういうものかも分からなければ、役立てることもできないと」
ここで、レイヴンが『木星』という言葉に反応する。もしかしたら、飼い主は木星にいた時期があるのだろうか。
逸れそうになる思考を押しとどめ、不貞腐れているクソガキを指さす。
「パイプ役はラスティが務めている。護衛として連れていけ」
これにはメカの背景が明るくなる。つまるところ、これは任務というだけではなく、息抜きという名の星外旅行でもあると分かってもらえたらしい。
「承知しました」
「あと、レイヴンも連れて行ってやるといい」
この独立傭兵にも休息が必要だろう。迷いのあるまま戦場に出て、死なれては困る。しかしいつまでも理由なく出撃を止め続けるわけにもいかない。だったら、信頼のおける二人の旅行についていってもらおう。幸い情勢も安定しており、政治や軍事でも、根回しの効果はかなり出ている。
「星の外に出るのは初めてだろう。楽しんでくるといい」
そう言って、フラットウェルは笑った。
*
それから半月も経たないうちに、任務初日がやってきた。
今回の任務にアサインされたメカは、そのサポート兼護衛としてラスティとレイヴンを連れて、解放戦線の管理する宇宙港へ。惑星間の航行技術が発展したこの時代であっても、旅行というものは非日常的な体験。しかも、今回の旅程に使う船は『プルシア商会』の船だ。あらゆる分野で取引を行うこの会社の船を轟沈させようという企業はなかなかいない。何より、彼らお抱えの戦闘員は古い時代――――それこそまだ地球で世界大戦などをやっていた時代から精強なことで有名だという。要するに、誰も喧嘩を売れない。余程のことがなければ安全な空間であるため、程よく安心したメカとレイヴンは浮かれている。
「レイヴン、荷物大丈夫?持とうか?」
『キャリーってやつにしたら、結構楽』
「階段とか、大変だと思ったら遠慮なく声をかけてね」
キャッキャキャッキャ、和気あいあいと会話をする隣で、ひとり不貞腐れる表情をしているのはラスティ。
「せっかくなら休暇で旅行したかった。あんな人のところに連れていきたくない」
ルビコン屈指のイケメンと称される男の偽装もそろそろ危ないのではないか。呆れつつも猫を被ってもらわねば困るのはこちらなので、鞄から引っ張り出したべっこう飴を彼の口へ突っ込みながら問いかける。
「そういえば知り合いなんだよね?今回お会いする人」
『確か、スパイ時代のパイプがどうこう』
飴を口に突っ込まれて華やかになっていた表情も一瞬で終わってしまった。眉間にしわを寄せたラスティがもごもご、と唸る。まあ、船に乗れば彼も機嫌を直すだろう。よく言えば楽観的に、悪く言えば面倒になって放り出したメカは、視点をレイヴンへと合わせた。
『……』
レイヴンは彼の珍しい様子に目を丸くしている。何だかんだ最近は良く見られる光景だ。この任務期間はACに乗ることもなく生身で活動するため、きっと彼の素顔に慣れてくるだろう――――と考えて、メカは思わず両手で頬を覆い、揉む。
(任務!任務!これは任務!あと、レイヴンの気分転換!)
頬から手を離して再度鞄からべっこう飴を引っ張り出し、レイヴンの口に突っ込む。それと同時にアナウンスが入り、乗船の許可が下りたことを認識。『おいしい』とタイピングした彼に満足しながら、えっちらおっちら荷物を運び始めた。
船に乗り、客室――――二段ベッドが2つ備え付けられた四人部屋を貸し切ったものだ――――へ荷物と身体を放り込んでしまえば、あとは数日の移動を過ごすだけだ。
「真ん中をカーテンで仕切れるようになっているから、こちら側をレイヴンと私で使おう。メカはそちら側で」
「ん」『わかった』
「余ったベッドを荷物置場にしたいのだが、メカは構わないか?」
「いいよ。私は上で寝るから、下のベッドを荷物置場に」
「助かる」
寝台に寝転んで固定されつつルビコン大気圏外から飛び出してしまえば、目的の星にたどり着くまでは穏やかな旅程。数日を過ごす部屋を快適にするべく、三人はせっせと空間を整える。
旅慣れしすぎているラスティは二段ベッドの下を陣取ると、盗聴器の確認など、スパイとして身に着けた必要最低限の対応を行い、自分の着替えを壁に吊るして終わった。船内のパンフレットを手に取り、静かに読み始める。
一方、メカとレイヴンはわたわたしながら身の回りを整えてゆく。メカが真っ先に取り出したものは、折り畳みのコップ類と細長い金属の筒。
「トラベルケトル持ってきた。後で商会の紅茶とか買いに行きたい」
レイヴンの背景が心なしか明るくなった。両手に持っていたカードやポケッタブルのボードゲームを放り出す。
『ジュースも欲しい』
「いいな。『プルシア商会』が出してくるフィーカは軒並み旨いんだ」
パンフレットを読んでいたラスティが顔を上げる。心なしか目が輝いているのは、スパイだとか余計な雑念抜きにおいしいものだという証明か。
「はやく準備しよ」
せっせとやることを済ませて、三人は仲良く船内の売店へと向かった。
紅茶やジュース、菓子類を手に入れた後。レイヴンが持参したポケッタブルモノポリーを楽しみながら、ふとした時に広がる静けさ。
「聞いていいか、戦友」
これは個人的な興味だし、記録や記憶がなかったり、辛ければ答えなくてよいのだが。そう前置きして、ラスティは続ける。
「君は……なぜ、ACへ乗ることになった?」
室内を先ほどとは違う静けさが支配する。レイヴンがタイピングを始めたことで、ラスティが目に見えて安堵したのがメカには分かった。
『カルテを、ウォルターが一度だけ見せてくれた』
『そこに、自分が強化手術を受けた理由、ACに乗った理由らしいものの項目があったけれど、特にないと書かれていた』
続ける。
『たぶん、本当にそうだったのだと思う。ただ必要があって、その時目の前にあったのがACだっただけなのかもしれない。記憶がないし、そういう記録も残されてなかったから、推測しかできない』
レイヴンのタイピングが止まる。無理をさせたか、とラスティが話題の切り上げを申し出ようとしたとき。レイヴンは再度タイピングを始め、言葉を続けた。
『ラスティに戦う理由を聞かれ、自分で選択をするようになって、解放戦線に居座ってメカたちの整備を受けるようになってから。少し……いや、結構、ACに乗る理由を得られるようになったと思う』
そう言って、一瞬メカを見た。メカが首を傾げる間にレイヴンはまたタイピングに集中し始めてしまったので、メカもラスティも静かに続きを待つ。
『メカたちは、手ずから塗装をする。自分のだけでなく、ラスティや、フラットウェルの機体も』
「あー……どうしても機械任せは量食うし……」
広範囲は機械で吹付けするものの、狭かったら人間による手作業で済ませてしまう。ただの節約である。だがまあ、今大切なのはそこではないので、メカは口を噤む。やはりレイヴンは、タイピングを続けていた。
『たぶん、人……特に解放戦線の、メカたち整備班達の手で生み出されるもの。フラットウェルや、ティナさん達の努力で得られるもの。それ、美しいなって思う。それを守ることができたらいいなって思うようになった。みんなが悲しむのは嫌だから、みんなの守りたいものも守りたいとも思う』
こういう考え方は、おかしいだろうか。でも、ウォルターとふたり、あのヘリの中で生活していた時には全く考えたこともない内容だった。間違いなく、戦友やフラットウェル、メカ、整備班、ティナなど、解放戦線のたくさんの人たちと交流をするようになってから得たもの。彼らのいる場所を守る理由。そのために、ACに乗って戦える。
『ウォルターの望む未来とは違うかもしれない、本当は間違っているのかもしれない……』
レイヴンの手が止まる。メカがラスティを見上げ、ラスティはレイヴンの肩へ手を伸ばす。
「私たちは、そう言ってもらえて嬉しい。君のハンドラーの望みとは違うかもしれないが」
『…………』
「答えがすぐ見つかるかは分からない。だが、君のハンドラーが『技研』に関連している以上は、私たちが『技研』に詳しくなるにつれ、彼の生前について理解を深めることだってできる……かもしれない。確証はないが。だが、来るべき時が来たとして――――その時に、君が胸を張っていられたらいいと思う」
メカの手が、ラスティの手が置かれた方とは違う方に伸びる。レイヴンが顔を上げた。
「ひとりぼっちではないもの。わたしと、ラスティも一緒。だから、そうね……うん。がんばりましょう?でいいのかな……えっと、そう!三人で、がんばろう!」
彼女の自信なさげな、しかし優しい気持ちだけははっきりと伝わる言葉。ラスティが笑い、レイヴンの表情が緩む。
『うん。がんばろう。戦友も、よろしくね』
「ああ」
紅茶とジュースで乾杯する。
木星への距離が、近づいてゆく。
エアちゃん「レイヴンだけずるいです!私にお土産買ってきてください!おいしいやつ!絶対ぜったいですからね?!」
けんきゅういん「今日はなんかコーラルの波長が派手だなあ~」