鉄の霞と技術者 作:石和
誘拐から大した時間もかからず、アーキバスの前線拠点に着いた。普段ACに乗らない人間にしては酔いを起こすこともなく、普通に生きた状態で私はスティールヘイズのガレージへと足を踏み入れる。
「カーラ。連れてきた」
「早かったね」
スパイ男に連れられて行った先でヘルメットを脱ぎ、そこで待っていた女性に向けて、私は頭を下げた。
「彼女がスティールヘイズのメカニックだ。メカと呼んでやってほしい」
「メカです」
「RaDのシンダー・カーラだ。顔が見たい」
その言葉に従い、頭を上げて彼女の顔を真っすぐ見る。耳元で、イヤリングが揺れた音をやけに大きく感じたのは、緊張のせいか。
「………悪くないね」
こちらの奥底を覗かれたような気がするのは、錯覚だと思いたい。
簡単に自己紹介をした後、私はカーラの案内で今回の兵装の様子を確認させてもらう。ずいぶんと大きいが、本当にACで動かせるのだろうか。軽量機で撃ったら反動でひしゃげそうだ。
「これが、RaD謹製オーバードレールキャノンだ。設計仕様書はこっち」
手渡された端末が表示している概要をざっと読む。眉間にしわが寄ったのは、パイロットへの呆れが原因。
「…軽量二脚かつ遠距離射撃補正性能皆無のスティールヘイズが、これを撃つんですか?」
「V.Ⅳご本人様が射手として名乗り出たよ」
「狂ってる」
「言ってくれるなあ」
そう言えば本人がまだいた。何でいるんだ。仕事に行け。
「パイロットが機体の状況を把握できていないでどうする、と言いたいところだが実は書類仕事が溜まっている。すまないが、任せるよ」
どうやら、彼は珍しく忙しいらしい。…私を輸送する時間で、本当は仕事を済ませようとしていたのだろう。だったら、他人に任せて自分は仕事をしていればよかったのに。
…まさか、この誘拐に対し、私がどんな反応をするか見たかったのだろうか。どこまでもスパイされている。
「さて、メカ。早速だがスティールヘイズを動かしてくれるかい?姿勢制御の調整から始めよう」
「了解です」
スパイ男が私にスティールヘイズの起動キーと小袋を投げて寄越し、手を振ってガレージを出ていく。おそらく、仕事が終わるまで彼はここに来ない。
小袋の中身は、やはりべっこう飴。
「カーラさん、飴は好きですか?」
「ん、いいのかい」
「はい」
彼女にもおすそ分けをして、一粒口に含む。
さあ、仕事だ。
普段と違う場所、普段と違うチームメイト、普段と違う指示系統。
何もかもが違うこの場所で、私はかなり楽しい仕事をしている。
「電源からのモジュール接続だけど、こっちよりはあっちの方式が最適だ」
「あんた筋がいいよ」
「うちの部下たちもここまで理解が早ければねえ」
いつもなら私の言うことを誰も否定しないが、今は私の言うことをカーラさんが適宜判断して成否をつけてくれる。間違ったことは間違っている、そう言ってもらえる環境のありがたさと、それをしてくれる偉大な先輩のありがたさに、思わず感動の涙が出そうになる。
「メカ、カーラ。食事は摂れよ」
いつだか分からないが、スパイ男が持ってきたアーキバスのご飯もそっちのけ――――あまりにも絵具じみたペースト料理に、私もカーラも苦い顔をした――――に、ひたすら作業を進める。あまりにも楽しくて、オーバードレールキャノンとスティールヘイズの調整が済んでも、私たちは機械の話ばかりしていた。作戦開始前にカーラさんは発電所の方へ行ってしまうので、それまでに可能な限り情報交換してやろうという技術発展に目が無いタイプのメカニックの性が発露した結果だと思うし、カーラさんも相当楽しそうに見えた。
「いい加減寝ろ!作戦前だぞ!」
スティールヘイズの調整以外では遂に最後まで無視され続けたスパイ男が、ぷんすか怒りながら休息用のルームキーを押し付けてガレージを出ていく。私はそろそろ寝てしまうことになるし、カーラさんは発電所へ向かい、そのままRaDへ帰ってしまう。
もう最後であろう二人きりの空間で、カーラさんが口を開いた。
「『灰かぶり』の子孫。できればもっと、早く会いたかったんだけどね」
息を飲む。不可抗力だった。
「オーツ助教の子孫は、もうあんただけだって聞いてるよ」
この話をするのは、何年ぶりだろうか。…最後の家族、祖母が死んで以来か。
「………」
コーラルを焼くことを使命に生きる、『灰かぶり』達の覚悟。祖父が命を散らし、母が使命の途で犠牲を払い、父が空の霞と消え、最後まで私を心配した祖母が遠ざけた、『技研都市』出身者とその子孫で構成される秘密結社――――シンダー・カーラが真に属する組織。
それは私が属する権利を有し、本来ならば属しているべき組織。
「あんたがシュナイダーに入ったって聞いた時は驚いたよ。しかも、ヴェスパー第四隊長のお気に入りときた。…実力的にはアーキバスが本社に引っこ抜いたっておかしくないものだってのにこんなところにいるのは、能力を小出しにして誤魔化しているってところかね?」
「…私の実力は、大したことありません」
「スティールヘイズ、あれは『技研』のクセが入った調整だ。あれをやれる若者世代は、間違いなく『技研』出身者に教えを受けた人間だけだよ」
「………」
私は、あの調整を常識の範疇と思って行ったが、どうやらそうではなかったらしい。自分のトンチキが招いた状況に、押し黙る以外の選択を思いつけない。
シンダー・カーラの声が鋭く刺さる。
「何故、あんたはこちらに来ない」
――――………。
「わたしは、」
本音を話す。帥叔に、スパイ男に、同じ組織に属する仲間の誰にも話せなかった、死んだ血縁にすらまともに話したことのない、『灰かぶり』の子孫としての、私の心の内。
「 」
それを聞いて、彼女は駄々をこねる赤子を相手するときのような、記憶の中の祖母と同じような呆れた笑みを浮かべる。そして、私の頭に優しく手を置く。
ご期待には、沿えそうになかった。
メカが眠り、カーラは出立の準備を終えて外へ出る。
そこで待っていた男に、声をかけてやる。
「V.Ⅳ」
「何だ、シンダー・カーラ?」
どこかで見たことがあるような気がする男は、作り物の笑みを浮かべた。
「あんたのメカニックは、ずいぶんと面白い子だ」
「貴女にとっても、そうか」
そうだ、と返事をする。
「ああいう発想をする子が、どんな世界を作るのか、興味が無いわけじゃあないよ」
ただ、ウチじゃあ使えないね。
そう言うと、男は満足そうに微笑んだ。
ベイラム・アーキバス合同のアイスワーム撃破作戦から数日後。
スティールヘイズをオーバードレールキャノン仕様から通常仕様へ復旧させる作業も終えた私は、RaDの拠点で何故かパンツスーツにシュナイダーのブルゾンを着て、隅っこに突っ立っている。
――――祝賀会…をするにはいいが、信頼度が足りないからお互いの設定する会場に行きたくなくて、仕方無しにRaDの拠点で若干機械油の匂いが強いパーティを開催する図………
アホだろ、両社の上層部。それならやらなきゃいいのだ。私だって忙しいし、経費をAC開発に回せ。私が楽しめないだろうが。
ぼんやりと考えていると、ブルゾンの袖を軽く引かれる。下を見れば、ミニサイズのAC・サーカスを模したロボットが手を伸ばしている。
「メカ」
「?」
「あれは、悪い虫か」
そう言って示す先は、アーキバスのブルゾンを着た、ヴェスパー隊の強化人間用スーツ姿のスパイ男。近づいてくる…が、アーキバスのお偉い方に呼び止められた。面白すぎるぞ。
「必要ならスタンさせる」
「いえ、大丈夫。ありがとうございます」
そう言って頭を撫でてしまうのは、最早見た目の可愛さがなすことだからしょうがない。あとこの会場で強化人間にも効くげきつよスタンガンはやめて差し上げろ。
――――しっかしかわいい…
このロボットもといチャティ・スティックは、今日の祝賀会で私のパートナーを務めているのだ。彼のご主人、シンダー・カーラからお借りしたと言うか、押し付けられたと言うか、とにかく私のことをよく守ってくれる。
『アンタにはチャティをつけるよ』
『何故?』
『今日参加する面子で一番身分が低いくせに、アーキバスでもヴェスパー隊に並ぶスキルを持った女だからだよ。余計なちょっかい受けたくないだろ?』
『それはそうですね』
会場に着くと同時にパートナーの有無を確認され、呆れ顔でチャティをつけられた。仕方ないだろう、誘う男も女もいない。カーラさんには、独立傭兵621とその主人が側にいる。主人の方とは、かなり親しい間柄のようだ。
それは、使命でつながったという以上の関係のもの。
真に生き残った、『灰かぶり』の者たちの連帯とでもいうのだろうか。
下を見る。チャティが、こちらを見上げている。
「チャティ、ご主人の近くにいなくて平気なんです?」
「問題ない。実は、ボスの端末を経由して、あちらの会話は聞いている」
「かわっ…かわいいっ…!」
思わずしゃがんでチャティを撫でまわす。こんな優秀な対話型AIは初めてだし、凄い愛嬌があってKawaiiが天元突破。すごい。生み育てたカーラさんもすごい。ボス大好きチャティもすごい。なんかもうぜんぶすごい。
「あ~!あなたと会えただけで今日来た甲斐があったわ…!」
「それは光栄だ」
心なしか照れた反応をしているように感じるのは、私の錯覚だろうか。
「私、AIには全く興味が無くて…でも、AIがAC操作のサポートをするんだったら研究した方がいいかなあ。でもチャティの様子を見ちゃうと、もうAC操作のサポートよりACのパイロットそのものになってもらったほうがいいよねえ~!かわいい~!すき~!スネイルなんかに絶対やらね~!」
「俺はボスのものだが?」
「そうだよ~!ひゃ~かわいい~!」
ああ、良く見なくてもちっちゃいサーカスの作りがとてもいい。廃材から作ったとは言っても、ここまで来たら芸術品だ。やっぱりすごいなあカーラさん。
「珍しくハイテンションだな」
「?!」
突然背後から声がして動きを止める。ギギギ、と音を立てそうなぎこちない動きで振り返ると、ヴェスパー隊のブーツと足が見える。
「やあ、メカ。V.Ⅳのラスティだ。…君は、チャティ・スティックかな?」
視線を上げれば、胡散臭い笑顔が見えた。チャティが視線…というか、頭部カメラを上げる。
「そうだ。先の祭りでは、世話になったな」
「こちらこそ。ついでに、良いものを見せてもらった。感謝するよ」
私がチャティから離れて立ち上がれば、チャティはスパイ男と握手をした。本当によくできた子だ。
「メカ、君は『かわいい』ものと対面するとこんな感じなんだな」
「………」
すべて見られていたのか。解せぬ。
先ほどまでのご機嫌な様を捨て、通常営業に戻れば、スパイ男が苦笑する。それより何の用だ。
「系列企業シュナイダーのメカニックと少し世間話でもしようと思ってね。どうだい、開発は」
「…技術不足」
そう返答したところで、すっと手を取られる。
「ちょっと散歩でもしないか?カーラに許可はもらったんだ」
「………チャティ」
「問題ない」
「ありがとうございます」
チャティがスタンガンではなく実弾銃を構えていたのは幻覚だろうか。ふるふると頭を横に振り、手を引かれるままに歩き出した。
案内された先は、まさかのスティールヘイズ。
「今日は低速飛行しかしないから」
ヘルメットも搭乗スーツも無しに、コックピットへ連れ込まれる。前と同じように彼の膝上へ横向きに座らせられると、ゆっくり機体が空へ舞った。
「………」
今日のルビコンは快晴だ。真っ黒な空に、白くきらめく星が散らばる。
「技術不足の内訳は?」
ぼんやりとモニタを眺めていた私に、スパイ男は言った。
「シュナイダーは空気の計算はできるけれど、モノを丈夫にする工夫はあまり得意ではない」
「ゴイサギも脆いからな」
「否定できない」
くつくつ笑うスパイ男は、質問を続ける。
「足の形は?」
「普通の二脚になる」
「瞬発が落ちそうだ」
「でも、近接戦特化になる」
徐ろに、私はモニタを指差す。
「FCS、ベイラムのにするから」
「今のではダメか?」
「中距離対応部分が余計」
「そうか」
そう言って、彼は静かになる。不服なのだろうか。
モニタから視線をスパイ男の顔がある位置へずらした時、名前を呼ばれる。
「君は何故、ここで戦っている?」
「成り行きだよ」
「望まない場所なら、君は逃げ出すだろう」
スネイルが嫌で、同行を拒否したように。そう言われては、返せる言葉もない。今度は私が静かになる。
機械の音が響く中、スパイ男は続けて聞いた。
「ルビコンが好きか?」
「程々に」
「ACは?」
「それしかない程度には好きだよ」
「では、何故ルビコンの外にある星外企業へ行かない?」
――――………それは、それは…
「………行く実力がないからね。それに、ルビコン出身だし。就活して、雇ってくれたのがシュナイダーだった」
「そうなのか」
本当に何も考えていなかった訳ではない。私は、どこかから資源を集めて奪うという手段が好きではなかったから。でも、この星で、この星の人間が資源を占有するには、あまりにも死が多すぎる。
「やはり、メカの技術力は異様だ。『灰かぶり』のシンダー・カーラに並べるそれは、どこで手に入れた?」
これが本題だったか。
「………」
溜息を吐く。成程、スパイ男はこの質問をするために私に関わっていたのか。
帥叔…の命令ではないだろう。というか、この男、帥叔と同等かそれ以上の立ち位置にいる気がする。詳細は分からない。好きではないが、『勘』で、私はそう考えている。
ここで嘘をつけば、この男は私を消すだろう。
果たして、そうしてまで隠す必要のある過去だろうか?――――答えは「いいえ」。
「私はね、『技研都市』出身者の孫だよ」
「………!」
私を固定していた腕の力が緩む。その間に彼の包囲をすり抜けてコックピット内を無理やりに移動し、スパイ男の背後、いつぞやに座らされた緊急用物資を詰めておくスペースへ座る。勿論、積まれていた緊急用物資はスパイ男の膝へ投げた。「いてっ」と小さく悲鳴が聞こえたが、知らんふり。
「技術者だった祖父母が手写しした書物を読み、同じく技術者だった父母の手で私は育った」
膝を抱える。狭い物資用のスペースで、元より小さい体を縮こまらせ、私は話す。
「コーラルは焼くものだと教わった。アイビスの火で星を焼くほどの危険であることを示したそれを、根絶しなければならないと。…でも、私はそうは思えなかった」
目を閉じる。口に出すのは、先日シンダー・カーラへ言ったのと同じ文字列。
「『コーラルは、宙にあるべきだと思う』」
幼少のころ、思い浮かべた空の色。
「私は、人が生きるすべての土地にまんべんなく酸素があるように、人が生きるすべての宙にまんべんなくコーラルがあるほうがいいと考えた」
残酷なまでに純粋だった私が描いた、叶えるには火遊びが過ぎる夢。
「コーラルは、無限に増える、燃料として使える資源。燃料が空気中にあって、それを集める機構をACに積めば、ACは、人は、無限に宙を舞っていられる。机上の空論だとしても、私は、それに魅力を感じた」
背後で、スパイ男が息を詰めている気配が分かった。私は話を続ける。
「人が自由でいるために、コーラルが世界に広がればいい。星外企業のような搾取する方法ではない方法で、そうあってほしい。だから、私は解放戦線にいる。…帥叔に掴まれたのは成り行きだったけれど、私が解放戦線を離れないのはそういうこと」
言うべきことは全て言った。コックピット内には、オートパイロット故の均一なブースターの音だけがやけに大きく聞こえた。
どれくらいの時間が経っただろうか。ふ、と息を吐く音の後に、スパイ男が口を開く。
「…とんでもない話だ」
「与太話だよ」
「ああ、そうかもな」
オートパイロットが解かれたらしい。スティールヘイズのブースターの音が大きくなり、私の身体にゆるやかな負荷がかかる。
「これからも、スティールヘイズを頼む」
…どうやら、お眼鏡にかなったらしい。
膝を抱える腕に、力がこもる。脳裏に過ぎるのは、祖父母の昔語りの中身。
コーラルに狂い、研究に狂い、結果星を焼くことになった『技研』の研究者たち。
私はきっと、狂っている――――
このメカちゃん、賽は投げられたルートだとラスティと出会う前にAMちゃんに吸収されてそうだなあ…