王女様の狂信者君   作:這いよる混沌

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アビドス編はこれにて終了です


大人の矜持

とあるビルにて二人の大人が向き合っていた。室内に備えられた机から立ち上がり出迎えた黒服と未探索地域で船探しをしていたところを黒服に呼び出されたあの男である。

 

「クックック……久しいですね、この度は私の呼びかけに応じていただきありがとうございます」

『……何の用だ、こちらも忙しいのだが』

「えぇ、存じております。しかし、貴方に耳寄りな情報がございまして」

『……言ってみろ』

「カイザーPMCはご存じですか?彼らが現在アビドスで行っている発掘調査の対象は貴方の追い求めているものと違いないかと」

『カイザーPMC……あぁ、あいつらか。ロクな神秘も持たぬ雑兵どもがアレを発掘するだと?』

『あのクズ共と大差ないやつらがアレを見つけたところで下らん使い方しかできぬというのに』

「あのクズ共ですか……貴方がそういうのであればそうかもしれませんが、私個人としてはカイザーPMCは考えるまでもなく彼らに遠く及びませんとしか」

『そんなわかり切った意味ではない。クズという括りに決まっているだろう』

「しかしだ、お前がもってきたその情報は俺にとって価値のあるものだ。感謝する』

「いえいえ、私としてもあなたには借りがございますので」

『契約紙の件か、……お前は対価を払ったのだから気にする必要などあるまい』

「私たちにとって契約紙は非常に価値があるものです。私個人の研究にも大きな影響が見込めますので」

「貴方が提示した対価だけでは私はつり合いが取れていないと感じたため、追加料金を支払ったまでです」

『……そうか。もう用は済んだか?』

「えぇ、お忙しい中来てくださりありがとうございました」

 

そうして男は帰っていった。男を見送った黒服は数日目にあの男と交渉し手に入れた契約紙(オーパーツ)を見ながらあの日のことを思い返していた。

 


 

「私が求めているものは貴方が所有する契約紙です」

『……あぁ、アレか』

「えぇ、私が仕入れた情報通りであるのならばその契約紙は絶対的な強制力を有しているはずです」

『いったいどこでそれを耳にしたのか聞きたいが、……まぁいい』

『だが、ただくれてやるのは癪だ。よって取引といこう』

「貴方が望む対価はありますか?」

『貴様は取引においてその発言がどういった意味なのか理解しているのか』

「……えぇ、もちろんです」

『ふむ、ならば一つ質問に答えてもらおうか』

「質問に答える、ですか……」

『不満か?』

「いえ、私が想像していたものとだいぶ違いましたので驚いてしまいました」

「承知いたしました。質問に答えさせていただきます」

『そうか。ではお前はキヴォトスをどうしたいのだ?』

「キヴォトスをどうしたいかですか……」

『そうだお前やお前の仲間が各々目的をもって活動しているが、それは何のためだ?』

「そうですね、ここキヴォトスを守る為ですよ。たとえどんな手段をもってしてでも」

『……いいだろう、宣言通りくれてやる。印を用いる方で構わんな?』

『こいつはあらゆる前提が成立していなければ絶対的な強制力を発揮しないがある程度成立していれば強制力自体は発動することを理解しておけ』

「ご丁寧にありがとうございます」

『もう帰っていいか?』

「えぇ、お気をつけて」

『……一つ忠告しておく』

『―――――――――――――』

「……肝に銘じておきます」

『それじゃあな』

 


 

「いったいどのようにしてペナルティと契約の強制力を生み出しているのでしょうか。……クックックッ、実に興味深い」

「私の予想が正しければ、彼は恐らく……」

「止めておきましょう。彼の逆鱗に触れるのは回避しなければなりません」

「……次期にシャーレの先生がここに到着するでしょう。彼はいったいこの状況でどのような選択をするのでしょうか」

 

数十分が経った頃一人の男がエレベーターから降りて黒服の方へ歩いていく。予想通りにシャーレの先生が訪れたことに笑みを浮かべる黒服と声を荒げることもなく淡々としかして目に激しい怒りをはらんだシャーレの先生が対峙する。

 

【……あなたが黒服かな?】

「えぇ、お会いできて幸栄ですシャーレの先生」

「小鳥遊ホシノさんから既にある程度のことをお聞きしているかもしれませんが、自己紹介をさせていただきます」

「私たちはあなたと同じキヴォトスの外部の者……ですが、あなたとはまた違った領域の存在です」

「適切な名前がありましたので、今はそれを拝借して使っております。私たちのことはゲマトリアとお呼びください」

「そして私のことは黒服とでも。この名前が気に入っていましてね」

私たち(ゲマトリア)は、観察者であり、探求者であり、研究者です」

「あなたと同じ、不可解な存在だと考えていただいて問題ございません」

「一応お聞きしますが、ゲマトリア(私たち)と協力するつもりはありませんか?」

【断る】

「……左様ですか」

「真理と秘儀を手に入れられるこの提案を断ってまで、あなたはキヴォトスで何を追求するおつもりなのですか?」

【私はただ、ホシノを返してもらいに来ただけ】

「……クックックッ」

「あなたの行動に正当性が無いことにお気づきですか、先生?今のあなたに一体何の権利があって、そんな要求をされているのでしょう?」

「ホシノはもうアビドスの生徒ではありません。届け出を確認されていないのですか?」

「小鳥遊ホシノの退学届けにはあなたのサインが記入されているでしょう?」

【私の質問に答えてもらえるかな】

「なんでしょう?」

【その契約紙は彼からのもらい物であってるかな?】

「えぇ、あっていますよ」

【ならホシノの退学届けは無効だよ】

【その契約紙はあらゆる前提の成立があってこその強制力なんだ。ホシノの退学届けにサインしたのは私でないことをあなたが持っている契約紙が証明してくれる】

【契約において本人以外の印鑑を用いる行為は違法であり、ホシノはアビドスの副会長の権限は持っていてもシャーレに匹敵する権限を持っているわけではない】

【だから退学届けは無効だし、強制力も発生しない】

「……クックックッ。契約における前提の不成立とキヴォトスにおける「先生」と「生徒」の繫がり……実に厄介な概念です」

「かの契約紙でさえこれ程の不利条件の前では及ばないということですか」

【あなたたちはあの子たちを騙し、心を踏みにじり、その苦しみを利用した】

【その時点で私はあなたたちと手を組むことは絶対にない】

「……そうですか」

【あなたたちは砂漠で水を求めて死にゆく人に一生奴隷として働いても返済しても返済できない額で水を提供したんだろう】

【確かにこの行為は世の中にはありふれたものだよ。大人は存外汚い存在だからね】

【だけど私はそれを子供に強いることだけは絶対に見逃せない】

 

そういってシャーレの先生は懐から大人のカードを取り出す。それは先生の「大人」としての覚悟の、矜持の顕れだった。躊躇いのない先生の行動に黒服は焦りの表情を露わにする。

 

「……先生。確かに、それはあなただけの武器です。しかし、私はそのリスクをうっすらとですが知っています」

「使えば使うほど削られていくはずです、あなたの生が、時間が」

「……そうでしょう?」

「ですからそのカードはしまっておいてください、先生。あなたにもあなたの生活があるはずです」

「食事をし、電車に乗り、家賃を払う。そういった無意味でくだらないことを、きちんと解決しなくてはいけないでしょう?」

「ぜひそうしてください、先生。あの子たちよりも、もっと大事なことに使ってください」

「放っておいても良いではありませんか」

「元々、あなたの与り知るところではないのですから」

【断る】

「なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?」

「理解できません、なぜ?なぜ断るのですか?」

「どうして?先生、それは一体何のためなのですか?」

【あの子たちの苦しみに対して、責任を取る大人が誰もいなかった】

「……何がいいたいのですか?」

「だから、あなたが責任を取るとでも?あなたはあの子たちの保護者でも、家族でもありません」

「あなたは偶然アビドスに呼ばれ、偶然あの子たちと会っただけの他人です」

「一体どうして、そんなことをするのですか?なぜ、取る必要のない責任を取ろうとするのですか?」

【それが、大人のやるべきことだから】

「……」

「……ああ、そうですか」

「大人とは責任を負う者、そう言いたいのですか?」

「先生、その考えは間違っています」

「大人とは、望む通りに社会を改造し、法則を決めて、規則を決め、常識を非常識とを決め、平凡と非凡とを決める者です」

「権力によって権力の無い者を、知識によって知識の無い者を、力によって力の無い者を支配する、それが大人です」

「自分とは関係の無い話、なんてことは言わせません」

「……あなたは、このキヴォトスの支配者にもなり得ました」

「この学園都市における莫大な権力と権限。そしてこの学園都市に存在する神秘。その全てが、一時的にとはいえあなたの手の上にありました」

「しかし、あなたはそれを迷わず手放した」

「理解できません」

「一体その選択に、何の意味があるのですか?真理と秘儀、権力、お金、力……その全てを捨てるなんていう無意味な選択を、どうして!」

【……言ってもきっと、理解できないと思うよ】

「……。良いでしょう。交渉は決裂です、先生」

「私はあなたのことを気に入っていたのですが……仕方ありませんね」

「先生、彼女を助けたいですか?」

「ホシノは、アビドス砂漠のPMC基地の中央にある、実験室にいます」

ミメシスで観測した神秘の裏側、つまり恐怖。それを、生きている生徒に適用することができるか――そんな実験を始めるつもりです」

「そして、もしホシノが失敗したらあの狼が代わりに、と思っていたのですが……ふう、どうやら前提から崩れてしまったようですね」

「そういうことですので、精々頑張って生徒を助けると良いでしょう」

「微力ながら、幸運を祈ります」

「……先生」

「……ゲマトリアは、あなたのことをずっと見ていますよ」

【……最後に一つ聞いても良いかな】

「何でしょうか?」

【彼はあなたたちの仲間なのかい?】

「いいえ、違います。この契約紙は彼との取引で手に入れたものです」

【望んでいた答えが聞けて安心したよ】

 

黒服とシャーレの先生の先生の会合はこうして幕を閉じた。情報を仕入れた先生はアビドスに戻り対策委員会とホシノ救出作戦を立て、ゲヘナとトリニティに救援を要請し無事救出したのだった。

 

『……シャーレの先生、これ程までの影響力とは。あのゲヘナとトリニティがともに戦うなど恐ろしいものよ』

『アビドスに関することは大方調べあがった、しばらくここに用はない』

『久しぶりにアリウス地区にでも行くとするか』

『エデン条約に長年の恨みをぶつけるらしいがそれは純粋なものなのかそれとも他者に植え付けられたものなのか、楽しみだな』

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