あの時、彼女はどんなことを思っていたのか。
そんな妄想に付き合っていただけたら幸いです。
東に沈み始めた太陽が水平線を赤く染め上げていく。海面に反射した光がキラキラと輝くその様子を一人で浜辺に座ってその様子をぼんやりと眺めていた。
あのあと、SHOの本部が陥落して爆発する最上階からトラックで脱出するという離れ業をやってのけた淳之介達は皆から歓喜の声で迎えられた。当然だろう。SHOとヤクザ達という強敵を相手にして、それに打ち勝ってしまったのだから。奈々瀬ちゃんは「全く・・・無茶するわね。」と呆れ半分で言っていたけどその顔はとっても嬉しそうだった。わたちゃんは「すごいねー、橘君。えらいえらい。」といいながら淳之介の頭を撫でていた。(もちろんパイプ椅子に乗ってだけど。)麻沙音ちゃんは「怖゙がっ゙だよ゙、゙兄゙い゙ー゙ー゙」と言いながら淳之介に抱きついていた。美岬ちゃんは・・・言うまでもないだろう。他にも桐花ちゃんや礼ちゃんやほかのSSの仲間も、思い思いの方法で淳之介に賞賛やねぎらいの言葉をかけている。その様子を、私は少しだけ離れたところから見ていた。
「女部田、ここにいたのか。」
少しばかり時間が経って、不意に後ろから声をかけられる。振り返ると彼がいた。
「もー、名前で呼んでって言ったじゃん。」
「ごめん・・・郁子。」
「なんかぎこちないなー。」
そんなことを言って二人で笑う。
「どしたの?ダーリン。」
「いや、郁子があっちにいないから心配になって。」
そんなことを言いながら、彼は私の横に座った。
「しかし、こうして話しているのも不思議な気がするな。」
「前は敵同士だったのにね。」
振り返ってみれば、おかしな運命だと思う。
最初はただ欲望のままに彼を追いかけるだけだった。あの逸物を我が物にしたいと、取り憑かれたように彼を追いかけていた。
だけど、
ひょんなことから彼に助けられて、いつのまにか隣で一緒に戦うようになっていた。彼のそれを求める言葉も、いつの間にかただの照れ隠しになってしまっていた。
「文乃を取られて、代わりに郁子がNLNSに入ってきて、それから必死になって洗脳を解いたり署名を集めたりして。やっと文乃を取り戻したら今度はあさちゃんが攫われて。」
「それで今度はSHOとヤクザ相手に戦争ふっかけて勝っちゃうし。」
「これが愛の力さ。」
そう言って彼は笑う。
彼の笑顔は眩しくて、私もつられて笑ってしまう。
「やっぱりすごいなダーリンは。」
「俺だけの手柄じゃない。みんながいてくれたおかげだ。」
「それってワタシも入ってる?」
「もちろん。」
ふと彼の方を見る。隣に座る彼はとても近くにいるように見えて。
「あのね・・・」
「ん?どうした。」
それでも、その瞳の奥に映っているのはもっと遠い別の誰かで。そこに自分が映ることはないのだと。その事実が少しだけ寂しかった。
「ううん、なんでもない。」
「そうか?」
彼は不思議そうな顔をしていたけど、それ以上何も聞いてこなかった。
「それじゃあ俺はいくよ。」
「うん、また後で。」
背を向けて歩き出した彼の背中を見送る。
「そうだ、郁子。」
「何?ダーリン」
思い出したように振り向いて彼は言った。
「ありがとな。」
彼の笑顔を見て、少しだけ胸が痛くなる。
「うん・・・ダーリンも、お疲れ様。」
彼を見送って、寄せて返す波の音を聞きながら、黙って海を見ていた。
不意にぽとりと、砂浜に水滴が落ちる。
「えっ。」
慌てて袖で拭う。
眼から溢れ出たそれは頬を伝い大粒の雫となってこぼれ落ちた。
「・・・なんで。」
自分でもわからない。
拭っても拭っても、次から次へと目からこぼれ落ち、足元に染みを作っていく。
「・・・うぐっ・・・ひぐっ。」
ずっと心の奥底に抱えていた気持ちを吐き出すように、止めどなく溢れ出る。
もういいか
胸の中で何かがストンと落ちた。
少しだけ泣こう
今ぐらいは自分の気持ちに素直になってもいいだろう。
そう思って、顔を埋めて泣いた。
わかっていた。
決して振り向いてくれることはない。
そう最初から理解していたのに。
日に日に心の中で大きくなっていく思いは自分でも止めることはできなくなっていて。気がついた時にはもう自分ではどうしようもないほど膨れ上がっていた。
あの日、行き場をなくした自分を拾ってくれた時から、心のどこかで、彼を思う気持ちがあったのかもしれない。
あの時、彼が名前を呼んでくれた時。
本当は一緒に付いて行きたかった。
彼の傍で戦っていたかった。
それでも、その想いは叶わないのだと。彼のそのまっすぐな瞳を見て理解した。
それならば今ここで、自分の気持ちにけじめをつけよう。
私は気の済むまで泣き続けた。
・・・・
どれくらいの時間が経っただろう。
太陽はすっかり沈み、月の明かりが浜辺を照らしていた。
やっと落ち着いて、顔を上げる。
頬を伝う涙はいつしか止まっていた。
「よしっ。」
自分を叱咤するように、
そう言って立ち上がる。
さっきよりも少しだけ心が軽くなった気がした。
きっとこれからもいろんなことがあって。今までみたいに、みんなで集まって遊んだり、おかしなこと言って笑ったり。そうやって何気ない毎日を、過ごしていけるのだろう。
「今日から、お前はNLNSの仲間だ。」
彼がそう手を差し伸べてくれたから、わたしには居場所ができた。
「お前は、俺たちの大事な仲間だ。」
彼がそう言ってくれたから。
私は前に進んでいける。
だから今はこの想いを、胸の奥底にしまっておこう。いつか時間が経って、笑い話として話せるようになるまでは。私の心を満たしている、この気持ちとお別れをしよう。
「さよなら、淳之介くん。」
彼に言えなかったこの想いを。
「大好きだったよ。」