Eternal Providence ~死と眠りの神々の異世界珍道中~ 作:とんこつラーメン
「あ――――――――――――もう!!! なんなんだよアイツは!!!」
床に多数のケーブルが敷き詰められている薄暗い研究室。
篠ノ之束が、椅子に座りながら激しく苛立ちながら頭を掻き毟っていた。
「いっくんはISを動かさずに普通の高校に入学するわ! 『計画』の修正を為に作った『
普段の余裕ある表情は完全に消え去り、ヒステリックに叫びながら周囲の物に当たり散らす。
その様子はお世辞にも成人済みの女性には見えず、言動だけを見れば完全に反抗期の子供だった。
「あの全身が蒼いISは何だったんだよ…! 全身装甲の癖に頭から髪の毛なんて生やしやがって…! しかも、まるで生身の人間のような柔軟な動きまでして!! あんなの、まだ私でも作れてないのに!!」
自分の計画を邪魔した存在が、自分以上の技術を持ち、自分ではまだ至れない領域のISを保有している。
実は、自分の邪魔をされたこと以上に、自分の知らない所で自分を超えているかもしれない者が現れた事が最も彼女の精神を苛立たせている。
「はぁ…ここで苛々しても仕方がないか。天才束さんは、この程度じゃ躓かないんだよ。まずは落ち着かなくちゃ…。クーちゃーん! 紅茶を淹れてくれるかなー?」
奥の方に大声で叫び、同居している助手の少女の名前を呼ぶ。
だが、彼女の返事は戻って来ず、あるのは耳が痛くなるような静寂だけだった。
「…あれ? どうしたのかな? お昼寝? クーちゃーん?」
寝ているのかと思い、念の為にもう一回呼んでみる。
けれど、返事は無い。
「おっかしーなー…」
流石に変だと思った束は、椅子から立ち上がって様子を見に行こうとする。
その時だった。
「ん?」
奥の方から足音が聞こえてきた。
コツコツという、まるで通学靴みたいな足音が。
「残念だけど、あの銀髪の子ならもういないよ。ま、オレも銀髪なんだけど」
「な…!?」
影の中から現れたのは、IS学園の制服を着ている銀髪の少女。
その長い髪は足首にまで到達していて、その額には五芒星が刻まれている。
髪と同じように、その瞳も銀色に輝いていて、全身からは人間では決して出せない神秘的な雰囲気を溢れ出していた。
「な…なんだよ、お前…! どうしてここに…!?」
「さぁ…なんでだろうねぇ…」
少女は微笑を浮かべながら、ジリジリと束に近づいていく。
いつもの束なら、謎の侵入者なんて問答無用で殴り飛ばしている所だが、束の本能と理性が全力で警報を鳴らしていた。
『この少女に関わるべきではない』『一刻も早く逃げろ』と。
だがしかし、束の高いプライドがそれを許さない。
自分は天才。凡人共とは違う。
どうして自分が逃げなくてはいけないんだ。
その考えが致命的であるとも知らずに。
「そ…そう言えば…さっき…」
「ん?」
「銀髪の子ならもういないって…どういう意味だ!?」
「そのまんまの意味だけど? 出会い頭に行く手を塞いできたもんだからさ…脳を操作して記憶を全部消して、元いた場所に戻してあげちゃった」
「…………は?」
記憶を消して、元いた場所に返した。
言われた言葉を理解出来ず、思わず変な声が出てしまった。
「ど…どういう…こと…?」
「いや…どーゆーも何も無いから。いつもなら即座に殺して、死んだ後も魂が永遠に苦しみ続けるようにしてから、その首を地獄の煮えたぎる窯の底にでも放り込んでたんだけどー…今回は特別に生かしてあげたの。オレってば超良心的じゃない? うっわー…我ながら優しすぎて感動したー」
言っている意味が良く分からない。
分かるのは、目の前にいる少女が自分の身内であるクロエに手を出し、あろうことかドイツの違法研究所へと送り返してしまったという事実。
しかも、今までの記憶を全部消去してからというおまけ付きで。
普通ならば『そんな事なんて出来る筈がない』と一笑に付すところだが、何故か束には彼女の言葉を否定できない。
自分とクロエ以外に誰も場所を知らない秘密の研究所に、幾多のセキュリティを潜り抜け、さも当然のように侵入してきた存在。
束には、目の前にいる少女が人間には見えなかった。
まるで、人間の格好をした『別のナニか』のようだった。
「それじゃあ、今度はお前にも『退場』して貰おうかな」
「た…退場…? ま…まさか…!?」
ここで束の脳裏にある予想が過る。
「あの蒼い全身装甲のIS…あれにはお前が…!?」
「およ? それらしいことなんて殆ど言ってないのに、良く分かったね。成る程。どれだけ性根が腐っていても天才は天才ってことか。ま、オレの知ってる『天才科学者』達の中じゃ下の下だけどね。ぶっちゃけ、あの程度のパワードスーツを単独で造ったぐらいで何を調子に乗っちゃてるんかねーって感じ。しかも、女にしか動かせないって言うアホ丸出しの欠陥まで引っ提げてさ。お前さ…マジで早乙女博士や兜十蔵博士を初めとする名立たる超天才科学者の人達に土下座して詫び入れなきゃダメだよ。『調子に乗ってすみませんでした』ってさ」
全く知らない人間の名前を出されて困惑する。
しかも、束の事を貶めた上で。
これまた、いつもなら即座に激高しているのに、今はそれが出来ない。
そんな事をしたら殺される。
束の生存本能がそう叫んでいるから。
「お話はここまで。そろそろマジで退場して貰うから」
雰囲気が変わる。
でも、彼女が何をして来ようとしているのかが全く分からない。
だから束は気が付かない。
床に伸びている少女の『影』に、不気味な目が浮かび上がっている事に。
「お前がいるとさー…『仕事』の邪魔なんだよね。別に、お前がどんな野望を抱こうが、そんなのはお前の勝手だけどさー…他人の人生の邪魔をしようとするんじゃねぇよ」
「あ……ぇ……?」
「大丈夫。流石に殺しはしないよ。殺しは…ね」
一瞬、本気で自分の身に何が起きているのか分らなかった。
最初は自分の着ている服のサイズが大きくなっているように感じた。
でもすぐに、その考えが間違いだったと気が付く。
服が大きくなっているのではなく、自分の身体が縮んでいる。
けれど、束はそこで『自分が幼くなっていっている』という発想には至らなかった。
至るよりも前に、彼女はそんな事すらも考えられなくなったから。
「いやー…なんでも持っておくもんだね。一体どこで何が使えるのか分からないし」
少女の目の前には、束が着ていた服や下着、機械のウサ耳カチューシャが床に落ちていて、その中に小さな膨らみがあった。
服の中を探ってみると、そこには小さな小さな『胎児』が落ちていた。
「殺さずに相手を無力化出来るだなんて…中々に便利じゃなーい? この…」
少女…タナトスは自分の頭の中から一枚の『ディスク』を取り出した。
「『セト神』のスタンドって」
ディスクを取り出すと、タナトスはそれを異空間へと仕舞い込み、胎児となった束をそっと優しく手で包み込む。
「このまま放置しておけば、母親の胎内にいないこいつはすぐに死ぬ。けど、それが『この世界』にどんな『影響』を与えるか分からない。だからここは…」
タナトスが指をパチンと弾くと、胎児と化した束は瞬間冷凍され、更に小さなケースの中へと収納された。
「これも一種のコールドスリープでしょ。結果的に死ななければ問題は無いわけだし。いやはや…複雑そうに見えて、意外と単純な所もあるんだよね…『因果関係』ってさ」
手に持っているケースを制服のポケットに入れてから、タナトスは来た時と同じようにワームホールを形成する。
「これで今後の仕事が凄く楽になった。じゃあ、とっととIS学園に戻ろうか。急がないとセシリアの試合が終わっちゃうからね」
呑気に鼻歌を歌いながら、タナトスはワームホールの中へと消えて行った。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
IS学園に戻って来たタナトスは、出た時と同じように女子トイレの個室にワームホールを開いた。
一応、念の為に少しだけ扉を開いてから周囲を見て、誰もいない事を確認した。
その後、何食わぬ顔で悠々と個室から出て手を洗い、ハンカチで手を拭きながらヒュプノスが待っている観客席へと戻ってきた。
「やっほー。ただいまー」
「おかえり。どうだった?」
「ちゃんと解決してきたよ。ついでに、今後の憂いも絶ってきた」
「は? 『後顧の憂い』じゃなくて?」
「そ。今後の憂い。これがその証拠」
どっこいしょって感じでヒュプノスの隣に座り、ポケットから『例のケース』を取り出してから彼女に手渡した。
「これは?」
「『ウサギさん』の今の姿」
「……!」
敢えてぼかした言い方をしたタナトスにヒュプノスは驚き、思わずタナトスの顔とケースを二度見した。
「殺してはないから問題は無いよ」
「それは…そうかもだけど…でも…!」
「このまま放置しておいたら、間違いなくオレ達の邪魔になる。そうなったら、こっちも『その気』にならなくちゃいけない。それはヒュプノスだって分かるでしょ?」
「……うん」
比較的温厚な神とは言え、ヒュプノスだって必要ならば『強硬策』に出る事はやぶさかじゃない。
だから、タナトスのやった事を責める事は出来ても否定は出来ない。
「それ…オレが持ってようか?」
「…お願い。こんなの、気味悪くて持ってられないわ」
「可愛い反応しちゃって。お姉ちゃん、思わず抱きしめたくなっちゃった」
「冗談でも止めて。…無くしたりするんじゃないわよ」
「はーい。んで、セシリアの試合はどうなってる?」
「ご覧の通りよ」
話を止めてステージの方を見ると、セシリアの操るビットが相手選手を徐々に追い詰めていた。
「これはもう時間の問題ですニャー。ちゃんと間に合ってよかった」
「そーね」
今後の事を考えて溜息を出し、ジト目になりながら肘当てに頬杖を付きつつ試合を眺めた。
「「あ」」
双子が揃って声を出した瞬間、セシリアの撃ったレーザーライフルの一撃が相手にヒットして試合終了。
当然の如く、セシリアの勝利で一回戦は幕を閉じた。
「気のせいかしら…あの子、こっちに向かって手を振ってない?」
「気のせいじゃないかも。後で『この試合の勝利は貴女達に捧げる云々』的な事を言われたらどうしよう」
「その時は適当にスルーするしかないわね…」
どうして、自分達がヒロインと接点を持つ羽目になったのか。
改めてそれを考えてから、二人仲良く大きな溜息を吐いた。