憑依した美少女が体から出してくれない   作:甘朔八夏

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7月頃に書いたやつです




 

 

「ごめんね、君は私の手違いで死んでしまったの。お詫びとして———」

 

「憑依でお願いします!」

 

「え?」

 

あまりにもテンプレな暴走トラックの追突。

あまりにもテンプレな真っ白の謎空間。

あまりにもテンプレな…いや、金髪ロングロリ女神様はテンプレではないのかもしれない。

 

 

 

 

かつて、俺は善良なオタクだった。あまあま展開と純愛をこよなく愛する、光のオタクであったのだ。

 

……憑依物にハマる前までは。

 

自分の体が誰かに操られる恐怖。思ってもいないことを口にしてしまう嫌悪感。自我を残しながらも自分の言うことを全く聞かない身体に対する絶望。

 

それを知ってしまった時、俺の性癖は粉々に打ち砕かれた。

 

 

 

「世界はよほどダークでなければ、どのジャンルでも構いません。ただ、転生特典として他者に対する憑依能力が欲しいんです」

 

眼前で目を丸くしてきょとん、と首を傾げる女神様に早口気味にまくし立てる。

 

これまで数々の転生物を読み漁ってきた俺には分かる。これは間違いなく転生チートをもらえる展開。

そして彼女の態度を見るに、女神様はまだこのような経験が浅いご様子。

 

普通の感性を持った人ならば、憑依などという能力を望んでいる人間が(よこしま)な感情を抱いていない、なんてことはありえないと考えるであろう。

 

その通りである。

 

しかし眼前でアホ毛を揺らしている彼女が、自分の手違いで死なせてしまった人をすぐに疑えるとは思えなかった。

失礼ながら御しやすそう、と思ったのである。

 

「憑依した相手とは、頭の中でテレパシーのように会話ができるようにして欲しいです」

 

俺は体を奪われて混乱する美少女の(なま)の嘆きが聞きたいのだ。

 

変態?極悪人?なんと言ってくれても構わない。

なに、()()()()()すぐに体から出ていくさ。

 

 

「ふーん、憑依能力ねぇ…まぁ、できるかと聞かれたら可能だけど、」

 

女神様は目を軽く細めてこちらにジトっとした目線を送り、小首を傾げた。

 

「…なんか、へんなことしようと思ってない?」

 

「とんでもない!」

 

女神様の態度から、彼女は俺の思考を読めないタイプの神様だと知って今更ながらに安心する。

当然のことだが、邪な事をジト目で批判する彼女が俺の野望を知って快く了承してくれるとは到底思えない。

 

…というか、このロリ女神様、憑依と邪なことの繋がりを知っているのか。なんか興奮してきたな。

 

「俺はこの能力を使って誰かと協力し、多くの人々を助けたいのです!例えば恐怖で足がすくんで動けない人に憑依すれば、俺が代わりにその人を逃がしてあげることも容易になるでしょう!」

 

心中の終わっている思考をおくびにも表情に出さずにそれっぽい理由をつらつらと述べる。

 

「むむ…そう言われると素敵な能力に感じる…」

 

両手を組んで可愛らしく唸る女神様。やはりチョロい。もう一押しだ。

 

「女神様…実は俺は生前、天涯孤独の身であったのです。せめて来世では他者と心の繋がりを持って素敵な人生を送ってみたいなぁ…」

 

何もかも嘘である。

 

「…そうだったの」

 

眉尻を下げてこちらに近づく。彼女は俺の前まで来ると、その小さな体で俺の頭をそっと抱いた。

 

「辛かったね。わかった。君の要望を叶えてあげる。…来世では、絶対幸せになってね」

 

そう言って女神様は俺の後頭部を赤子をあやすように撫でる。

 

……罪悪感がすごい。

 

最初からこの程度で罪悪感を感じるならば、こんな悪事を企まない方がいいのではないか。

 

脳内で天使が囁く。

 

待て、俺。忘れたのか?初めて憑依物を見た時に感じた憤慨を。それは怒りではなく興奮だと気づいたあの瞬間を。

 

それに対する悪魔の声。共感しかなかった。

 

ごめん天使。俺は屑だ。偶然にも回ってきたこの千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 

「これからあなたが行く世界は獅子之星(レグルス)。あなたがその世界での一等星になることを願っています」

 

女神様は厳かな雰囲気で両手を組み、祈りを捧げる。自身の体が透けていく。

 

「最後に何か聞きたいこと、ある?」

 

「…あなたの名前を」

 

俺の言葉に女神様はクスッと笑い、優しい声で言った。

 

「ふふ、ほんとにそれが最後の質問でいいの?……ソレイユ。私はソレイユだよ」

 

太陽(ソレイユ)。陽だまりのような暖かさを感じる彼女にぴったりの名前だと思った。

視界が白んでいく。

 

「時々あなたのこと覗きにいくからね、汐海(しおみ) (そら)くん」

 

「えっ!?ちょっ待っ——」

 

それは不味い。俺の悪辣な野望はこの善良な女神様とは相性が悪すぎる。

何を言おうとしたのかも分からずにソレイユの言葉に待ったを入れようとした瞬間、視界は完全に真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

露店で歴戦の商人があげる宣伝の叫びに、冒険者(あらくれもの)達の怒号。

 

王都レオーネは沢山の人の喧騒に満ちていた。

 

曇り一つ無い大きなガラス窓を見てこの世界の技術レベルに驚きながらも、そこに鏡のように映った自身の姿を一瞥する。

 

ファンタジー世界ではお馴染みのシンプルなパンツルック。つい先程まで来ていたはずのTシャツとズボンは見る影もない。

 

どうやら、俺は転生ではなく転移したらしい。童顔なくせに目つきの悪い自分の顔を睨みつける。

 

やはり自分の顔は好かないな。…あ、枝毛が。特段気にしてないが、いざ見つけちゃうと抜きたくなるんだよな………って、何を馬鹿なことをしているんだ俺は。

 

はっと思い直して、再び人混みに紛れる。

 

 

 

不思議と能力の使い方は、まるで最初から知っていたかのように理解していた。

怪しまれない程度に周りを眺める。見事に美男美女ばかりだ。転移直後で悪いが、もう衝動を抑えられない。

 

さっと路地に身を隠して、能力を発動する。

 

(…『幽体化』)

 

心中で呟いた瞬間、まるで体重が抜け落ちたかのように体が軽くなって無駄なものが削ぎ落とされていくような感覚がする。

 

どしゃっ、と自分の身体が地に伏せる。その瞬間、主人(なかみ)を失った俺の体は煙のように揺らいで消えた。

 

これが女神様からもらった第一の能力(チート)、『幽体化』。空中を自由に舞える、物理攻撃は勿論効かない、不可視、短時間なら幽体のまま実体化も可能。

 

素晴らしい。誰にも見えないのを良いことに、身一つで曲芸飛行(アクロバット)を披露する。

 

…やばい。めちゃくちゃ楽しい。

 

今まで数々の人が空を飛ぶ事を渇望していたのがよく分かる。鳥瞰で見た街の景色。誰にも邪魔されない自分だけの世界。

この時の俺は全能感に満ち溢れていた。

 

しかし本来の目的を忘れてはならない。そう、憑依である。幽体のまま他人の体に重なることで、俺はその人の体を乗っ取ることができる。

 

空を飛びながらだと獲物(ターゲット)を探すのが非常に容易だ。

 

自分より遥かに背が高い青年に向かって、自慢げに薄い胸を張り何かを教えている、さんかく帽子を被った魔女っ娘。

 

女性だけのパーティで周りからキラキラした目を向けられている、無愛想な全身甲冑(フルプレート)の女性。

 

恥ずかしげに抵抗する少年を抱きかかえて尻尾をぶんぶんと振っている、犬耳の獣人。

 

素晴らしい。彼女らが体を奪われて絶望に喘ぐところを想像するだけで興奮がおさまらない。

 

だが、駄目だ。彼女らの周りには多くの仲間がいる。仲間の反応を見るのも非常に楽しいことではあるが、最初は一人きりの美少女を狙うと決めている。

 

 

これだけ人がいるのだ、俺の眼鏡に叶う対象がきっとどこかにいるはずだ。誰にも邪魔されない所に一人でいる獲物(ターゲット)が。

家やら壁やらをすり抜けて王都中を飛び回る。

 

 

 

 

 

 

 

……居た。

 

それから十数分後。路地裏で大きな木箱の影に隠れている少女を見つけて近づく。

粗末な外套を被っており顔は見えないが、フードから溢れた長い金髪が見えていた。

目の前まで飛んで行って、少女の顔を覗き込む。

 

(……は?)

 

その美貌に、俺は無意識のうちに後ずさってしまった。

薄汚い路地にいるにも関わらず、むしろ輝きを増したかのように艶やかに照り輝くブロンドの長い髪。見ているだけで吸い込まれそうで、母なる海のごとく全てを包み込んでくれそうなエメラルドグリーンの瞳。

その肌はまるで陶器人形(ビスクドール)のように作り物めいており、しみも毛穴も一切見当たらない。

 

彼女が外套の下に着ている服は、貴族が着るような上等なドレス。少し派手で下品さを感じるが、それすらも彼女は完璧に着こなしているように思えた。

 

俺の好み…いや、全人類が彼女の容姿を好ましく思うだろうと言わざるを得ない、傾国の美貌だった。

 

 

決まった。初めての獲物が。

 

 

恐らく着ている服からして、彼女は高位貴族の娘。あまりに過保護に育てられたことに嫌気がさして家出をしてきたと言うところか。

駄目ではないか、そんな不用心では。俺のような悪い人間に狙われてしまうぞ。

 

世間を何も知らないであろう彼女の怯えきった声に多大なる期待を抱きながら、俺は少女に乗り移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ここまでか。もう体を動かす気力が湧かない。

民衆に紛れて、あの変態貴族の私兵が密かに私を探し回っている。彼らは今にも私を見つけ出してあの愛玩部屋(ろうごく)へと連れ戻すだろう。

もう二度と逃げられないように、外れない首輪を付けて。

 

私の行動は愚かだったのだろう。やはり私も亡命なんてせずに潔く処刑されてしまえばよかったのだ。

 

あの変態貴族の情欲に染まった顔を思い出す。

 

我が国は負けた。たくさんの国民の命が失われた。その責任を取るのは我々王族だ。

たまたま私が女だったから、責任の取り方が()()なっただけ。

 

…そのはずだ。もうとっくに動かなくなったはずの体が、恐れと屈辱に震える。

敗戦が確定した時点で、死を覚悟した。

しかし、自分が女として消費されることを私は覚悟できていなかったらしい。

逃げた。戦争だけじゃない。私は、誇りを失う恐怖にも負けたのだ。

 

あの変態貴族は国民には良い顔をしており、民衆の支持も高いらしい。だから秘密裏に()()()()()敵国の王女(わたし)の存在がバレないようにするため、私を探す人員を多くは割けない。

 

それでも見つかるのは時間の問題だ。もしかすると、彼は私が逃げたことすら興奮剤(スパイス)としか思っていないかもしれない。

罰を与える理由になるから。

 

…魔封じの首輪をはめられる前に、ここで自死してしまおうか。

 

そう思った瞬間、視界の中で何かが動いた。焦点を合わせる。人差し指と中指を伸ばしてそれ以外の指が畳まれる。私の右手は、私に向かってピースサインをしていた。

 

それは、自分の意思での行動ではなかった。

 

<…え?>

 

声が出ない。突然の異常事態に混乱する。

 

(はじめまして、美しいお嬢さん)

 

そんな時、()()()()見知らぬ青年の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<——ッ!?>

 

良い反応をしてくれるではないか。きっと身体の所有権が奪われていなければ、少女は驚愕に目を大きく見開いていたに違いない。

 

(体が動かせないだろう?)

 

<…貴方は、誰なんですか?>

 

ほう、自分の身体が他人の意志によって動いていると言うのに彼女は案外冷静だ。

 

(人にものを聞きたい時はまず自分から名乗るべきじゃないか?)

 

<…ッ!!………アナスタシア=アウロラ、です>

 

明らかに不満そうな口調。そりゃそうだろう。どう考えても正体を隠しているのはこちら側。なんで私が教えないといけないんだ、と考えるのが普通だろう。

 

パニックになっていなければの話だが。

 

つまり彼女はこの異常事態に冷静に対処しようとしている。加えてなかなかに反骨心が強い。これは絶望させるのが楽しみだ。

 

<名乗りましたよ。貴方のことも教えてください>

 

(わかった、アナスタシア。俺は汐海 宙。…まぁ、俺のことはただの狂人だと思ってくれて良い。俺は他者に憑依して好き勝手した時のその娘の反応が見たいだけの異常者さ)

 

<…ん?ごめんなさい、意味が分かりません>

 

このレベルの話は一般人には早かったか。

 

(なに、あんたはそこで自分の身体が好き勝手に犯されるのを、映画でも見るみたいに眺めてればいいよ)

 

そして()()に身体を返す。ちなみに感覚は遮断しているので、俺に憑依された人間は冷静にぐちゃぐちゃにされる自分の体を見ることができるって寸法だ。

 

女の子の絶望した顔を見るためなら、俺は男に擬似的に犯されることだって全く厭わない。意識は被害者の声を聞くので精一杯だし、実際に俺の体が犯されているわけでもないからな。

 

<……つまり、貴方は私の身代わりになってくれると言うことですか?>

 

(は?)

 

アナスタシアの言葉に今度はこちらが困惑する。彼女の意図が読めない。

 

<私、奴隷なんです。耐えられなくて。逃げちゃったんです。でもこのままじゃすぐに見つかって連れ戻されちゃいます>

 

バッと自分(アナスタシア)の身体を確認する。少し下品なドレスだと思った。前から見ただけでは気づかなかったが、これはドレスでは無い。背中がぱっくりと空いた夜伽服(ネグリジェ)だ。

頬を冷たい汗が伝った。

 

<捕まった後は私はきっと一生性奴隷です。私の体を好き勝手しようとした、ってことは貴方も悪人ですよね。その罰です。私の身体は差し上げますので、奴隷(わたし)の代わり、よろしくお願いしますね>

 

(!?)

 

冗談じゃない。

本人の悲鳴があるからこそ、他者の体で犯されることに意義があるのだ。まして犯すことが目的の相手の奴隷になるなんて真っ平御免だ。

こう言うのは、事後に身体を返した後に男と女の究極に気まずい雰囲気を楽しんでこそなのだから。

 

彼女の境遇は哀れに思うが、助けてあげようなんて思うほど俺は人間ができてない。

というか、憑依を特典に選ぶやつが善人なわけがないだろう?

 

ということで離脱。見た目だけなら千年に一度の逸材と言えるだろうが、彼女は抱えるものが多すぎる。先ほどまでの話は無かったことにしてほしい。

 

(…「憑依」解除!)

 

<…あら?>

 

【アナスタシア=アウロラに申請を拒否されました】

 

…あれ?おかしい。先ほど「幽体化」した時のように体を空へ引っ張り上げようとするも、あの時の感覚を微塵も感じない。

 

(「憑依」、解除)

 

もう一回。

 

【アナスタシア=アウロラに申請を拒否されました】

 

(……)

 

いや、分かっている。1回目の時点で見えていたのだ。眼前のウィンドウが。でもありえないじゃないか、憑依を解除するのにそもそも申請がいることなんて。聞いたことがない。

 

<…私のことを、皆はナーシャと呼びます>

 

…?突然なんの話だ?今はそれどころでは——

 

<だから貴女は今日からナーシャです。あとは頼みましたよ、ナーシャ>

 

「あああああ!!!!!!」

 

ストレス過多で叫びが漏れ出る。その可愛らしい口から出た声は、叫び声であったのにも関わらず、まるで鈴を転がしたような奇跡の美声であった。

 

 

 

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