水の都のクラーケン   作:ミトコンドリアン

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こんにちは、ミトコンドリアンです。
お気に入り1226件ありがとうございます。マジ?ここまでこれで嬉しいです、ありがとう!

みなさん召使引けました?アタクシは爆死しました。ちくせう。
そんな気持ちを筆にぶつけたらなかなかの怪文書が出来上がったので、今回も閲覧注意、キャラ崩壊、独自設定注意。

タイトルはエドガー・アラン・ポーを知っている人ならたぶんわかるはず!


蒼死病の仮面

 

 タルタリヤの裁判の日から数日が経った。あの日からフリーナ様は添い寝や枕元に立っていてくれ、といった命令をしなくなってしまった。自分が何かしてしまったかと訊いたものの、「君のせいではないんだ」の一点張りで埒が開かない。僕はそんなフリーナ様にはたと困り果てていた。

 

 そんな日を過ごしてきた今日、フリーナ様は就寝前にいきなりこう言った。

 

「今日は一緒に、夜中の散歩と洒落込むのもいいんじゃないかい?」

 

 フリーナ様に言われるがまま、支度をして二人で深夜のフォンテーヌ邸を歩く。夜闇は一切の形を黒い溶液に溶かし込んでゆくようだが、ぽつりぽつりと置かれた眩い光を放つ街灯がそれを割き、所々に昼の明るさを取り戻している。誰もいない街は静かで、空気も冷たくて…

 

「まるで、この世界にボクたち二人だけみたいだ」

 

 フリーナ様はそんなことを言って、優しい笑みを浮かべて僕の顔を見つめた。彼女のマリンブルーとパールホワイトのまなざしには、僕に対する信頼と少しの不安が滲んでいる気がした。

 

「君がいてくれるなら、もしこの世界が滅んでも…僕は寂しくないかもね」

「…そのようなお言葉を頂けるとは思いも…」

「フフ、なんだい?そんなに改まってしまって。まるで最初の頃みたいだ…うん、最初はそんな感じだった。他人行儀というか、上辺だけの忠誠というか」

 

 腰の後ろに手を組んで、脚を投げ出すように歩くフリーナ様の背後をついてゆく。彼女は歩きながらつらつらと言葉を紡いでいく。

 

「でも10年20年と経っていくうちに、ボクも君も遠慮は次第に無くなっていった。君はボクへの態度が少し悪くなったけど…距離が縮まったみたいで嬉しかったんだ」

 

 そのうち景色は変わり、街の奥まった場所まで入り込んでいく。そして見覚えのある場所…()()()()()()()()()()に辿り着いた。彼女は振り返り、またしても僕の方を見つめた。

 

「ねえ…君はさ。もしボクが…()()()()()()()()()()、ボクに着いてきてくれるのかな」

 

 僕の手を握り、顔を覗き込むように。フリーナ様はそんなことを言った。僕は思わず声を上げる。

 

「貴女はフリーナ様です。…水神、正義の神…その前に、貴女はフリーナ様なんだ。私…僕はフリーナ様を、あなたを…ッ」

 

 フリーナ様は僕の様子を見て、可愛らしく含み笑いをした。そしてベンチに脚を組んで座り、独白する。

 

「ボクは予言の阻止を…フォンテーヌの滅びを回避する為に、これまで色々なことをやった。それには君もついてきてくれて、色んなことを助けてもらったよ」

「でも…海面の上昇も、人が溶ける水の発見も…現実に起こっていることじゃあないかい?」

「ひょっとすると、もう滅びは迫っているのかもしれないんだ」

 

 声色が暗くなる。彼女はうつむき、手を組んで地面に向かって言葉を紡ぐ。それは話すというよりも、苦しみに喘ぐ様に似ていたような気がした。

 

「これまでやってきた全てのことは無駄で、予言は必ず起こるものなのだとしたら、さ」

「ボクの頸を切り落とすのは…君にやってもらいたいんだ」

 

 彼女はとても哀しげな瞳をしていた。

 

「…継承者が水神に裁きを下す、ですか」

「ああ。もしこれが必然ならさ、ボクは君に…オクタヴィアに終わらせてもらいたいよ。だってずっと一緒じゃないか?」

 

 その方が、あまり痛くなさそうだ。彼女はそう言って、また俯くように頭を下げる。…僕はその頭をそっと、できるだけ優しく抱きしめた。抱きしめられた彼女は何も言わない。

 

「貴女は…これまで頑張ってきたんです。その頑張りは、きっと無駄には終わりません。だから貴女はもう少し自分を信じて…私も信じてもらいたい」

「それに…私は予言は阻止できると考えていますとも」

 

 必死で言葉を紡いだ。貴女を悲しませたくない、苦しませたくない、その一心で。

 

「貴女の統治は、この国に優れた秩序と発展を齎しています。貴女だけでは力不足だとしても…私やヌヴィレット、民たちがいます。メロピデの方々もきっと力を貸してくれます」

「だが…それでもダメかもしれないんだぞ」

「ダメだったらまたやり直せばいいんです。なんとか人命だけは守り通して…またフォンテーヌを興せばいい」

 

 フリーナ様は何も言わない。ただ僕の胸の中で、静かに抱かれているだけだった。…ここで上手くフォローができないのも、自分の悪いところであるのかもしれない。ただ慰めの薄い美辞麗句を並び立てるだけで。力を得たとて変わらないのだ。やはり僕はダメな補佐官だ…。

 

 螺旋を描き深くなっていく思考は、突然聴こえてきた何かの鳴き声で中断された。振り向くと、そこには白黒の毛並みをした猫がこちらを見据え、大人しく座っている。フリーナ様はその子に気がつくと、僕の胸を抜け出してそちらへ歩いてゆく。胸に残る温度と少しの水跡が忸怩たる思いを深くした。

 

「キミ、こんなところでどうしたんだい?…あっ、どうして逃げるんだい。大丈夫、大丈夫だから…」

 

 逃げる素振りを見せた猫も、優しく語りかけるフリーナ様を信用に足るとみたのか、おとなしく撫でられ始めた。頭から背、顎を撫でられるのがよほど気持ちがいいのか、喉を鳴らし尻尾が垂れている。

 

「ふふ…かわいいな。オクタヴィア、君もどうだい?」

「いえ、私は結構です。…というか、私が動物に嫌われやすいのご存知でしょうに」

「そうかな…?この子なら、君も大丈夫だと思うよ。ほら」

 

 彼女は猫を抱き上げた。野良にしてはおとなしい。…首輪はしていないようだが、どこかの飼い猫なのか?

 

 促されるまま、僕はゆっくりと手を伸ばす。指先が猫の頭に触れ、掌が毛並みを優しくなぞれば、猫は喉は鳴らさずとも気持ちがよさそうに目を細めた。柔らかく温かい、愛おしい命…()()()()()()()()()()()()()

 

「…」「ほら、逃げなかったろう?」

 

 フリーナ様が僕に何かを言うが、聞いていなかった。記憶の奥に、断ち切れなかったものがある。それは酷く懐かしい、()()()()()…。

 

 それに沈んでいると、猫に異変が起こる。気持ちよさそうな鳴き声が威嚇の声に変わったのだ。何かまずい場所に触れたかと思って慌てて手を引っ込めたが、その目は僕ではなく僕の後方に向いている。その目線の先に、ゆっくりと振り返ると…。

 

 

 真夜中、誰も来ないはずの公園の入り口には…この場所でよく見る人間が立っていた。

 

「ここにいたのだな、オクタヴィア殿」

 

 壁炉の家の院長さん。リネ君たちの保護者が、なぜかこの場にやってきた。フリーナ様は猫を離してあげた後、驚いたように彼女の方に顔を向けた。

 

「…知り合いなのかい?」

「壁炉の家の院長さんですよ。何度か交友があって…」

「その通りだ。が、交友、か…」

 

 ヒールが石畳を叩く音がする。僕達の目の前に歩いてきた院長さんは、まるで()()()()()()()()フリーナ様をじろりと見た後…少し怯えた彼女から興味を失ったように視線を外し、僕のほうを見据えた。

 

「私がなぜここにいるのか、という顔だな?」

「ええ…、普通ならもう誰もが寝ている時間ですし」

「だな。…今日は、貴方に大事な話をしに来たのだ」

 

 彼女は真剣な表情で言った。懐を探り、小箱を取り出し…それを開き、僕に中身を見せた。

 

 箱の中身を見てしまったフリーナ様はひょえ、と声を上げた。そして僕も、上手く状況が飲み込めていない。…それも当然だと思いたい。なんにせよ、その小箱の中に入っていたのは…()()()()()()()()()()

 

 

「オクタヴィア殿…あなたに、私と一緒になってほしい」

 

 

 その一言に、隣で僕の袖を掴んでいたフリーナ様の震えが最高潮に達した。僕はただただ情報の咀嚼のために、院長さんのバツ印の眼を通してその奥の宇宙を見つめていた。そして彼女はそのまま僕と目を合わせ、ゆっくりと顔を近づけて………………

 

「ぬわーっ!!!ストップストップストップ!!!」

 

 ずい、とフリーナ様が院長さんの顔を押しのけた。院長さんは苛立った様子でフリーナ様の方へ目線を向けた。

 

「いち市民の、それも人生に於いて最も重要な儀式を妨げるとは…水神はいつからそんなに偉い立場n「うるさい!いいからそこに座れっ!!」…あ、ああ」

 

 冷たい声色で彼女を責めようとするも、僕も見たことのない剣幕で怒鳴られ、院長さんは困惑した様子でベンチに座る。

 

「ふ、フリーナ様少し落ち着いてください、夜ですし大声は…「君も!そこのベンチ!なんなら正座!!!!!」ハ、ハイッ!」

 

 慌てて院長さんの隣に正座をした。…まさか、稲妻出張に行った時覚えた座り方を今使うとは思わなかった。その様子を見届けたフリーナ様は僕たちの目の前に仁王立ちし腕を組む。

 

「まずはねえ…君だよ君!」

 

 フリーナ様は院長さんに指を差した。そのまま頬を膨らませ、大声だ捲し立て始める。

 

「キミねえ…!プロポーズは個人の勝手さ!オクタヴィアにやったからとて、()()()()()は別に構わないし祝福もする!だがねえ…それは僕とは別の場所でやった時の話さ!」

 

 フリーナ様は組んでいた腕を開き、忙しく動かしながら続ける。

 

「なぜ二人きりの時にしない!?それにだ…さっきのアレはなんだ!!」

「…アレ、とは何だ?」

「言わなきゃわからないかい!?そ、その…キスだよ俗に言うっ!しかもキミ、ちょっと唇に隙間開けてただろ!ただのプレッシャーキス*1で済ませる気なんて更々なかったんだろ!!!!」

「えっ」「………………」

 

 また明かされた衝撃の事実に院長さんの方を見ると、僕を一瞥した後黙って目を逸らされた。フリーナ様はさらに続ける。

 

「何が悲しくてオクタヴィアと知らない誰かのキスシーンを眺めてなきゃいけないんだい?惨めになるし脳が破壊されるよ!!そしてなんならバインド*2、ひょっとするとディープ*3まで行く気だったろ!なあそうだろっ!!」

「ちょ、フリーナ様なんて事言うんですか!失礼じゃないですか!」

「…否定はしない」「!?!?!?!?!?!!?」

 

 思考が氾濫し顔が熱を帯びる。プロポーズまで受けて、僕の脳内はメチャクチャだ。そんな中、遂にフリーナ様の怒りの矛先が僕に向けられた。

 

「そしてオクタヴィア…君、一体何処で求婚されるほどの関係を築いてきたんだ!女誑しって感じもしないだろ君!クロリンデはどうしたんだクロリンデは!!!」

「なぜそこでクロリンデさんが!?」

 

 突然の決闘代理人に困惑しつつも、僕は彼女と出逢ったきっかけを話さなければならなくなった。

 

「…慈善事業の支援の一環で、孤児院への訪問をした時に仲良くなって…何度か話すようになって…それだけですよ」

「本当かい?嘘ついてないだろうね」

「ついてないですってば!なんか様子がおかしいですよ今日のフリーナ様!」

 

 怪訝な顔で僕のことを訝しむフリーナ様に思わず大声で返答してしまう。ほんと、勘弁してくれよ…!

 

 フリーナ様をなんとか宥めようと立ち上がり、更に言葉を続けようとした、その時だった。

 

「…嘘を、ついている」

「は?」

 

「…貴方はまだ、()()()()()話していない。そして、()()()()()()()()()()()()

「…つまり、何が言いたいんだい?」

 

 

 

「私が話そう。私がなぜ、こんなにもオクタヴィアを求めるようになったのか…そのきっかけを」

 

 

 

ーーーーー

 

 心地よい木漏れ日の差し込む木陰で、私…()()()()()()は腰を下ろしている。隣には、同じ孤児院の孤児----いや、彼女は()()()の実子であるから、厳密には違うが----である、クリーヴもいた。私達は掌を胸の前で組み、十字架…私の蜘蛛の墓に哀悼の祈りを捧げていた。

 

 物心つく以前から、私はこの家で生まれ育った。私の手先からじわりと広がる呪いのせいか、元来からの性格のせいか、周りからは浮いていた。だが、クリーヴとは6つの頃から仲が深まって…お母様の母国、スネージナヤのオーロラを見る約束も交わして、今や互いに11だ。彼女と話すのは、なぜか少し楽しかったし、嬉しかった。

 

 追憶の最中、私達の背後から足音が聞こえた。振り返ると、そこには私達よりも5、6歳ほど上らしい少年が立っている。

 

「おや、邪魔をしてしまいましたか…これは失礼」

 

 孤児院の新入りにしては歳が行っているし、何より他の人間とは違う雰囲気に、私は少し身を固めるが、クリーヴは不思議そうに口を開く。

 

「あなたは?孤児院の人ではなさそうだけれど」

「ああ、申し遅れました。私はオクタヴィア・ドゥテーヌ。水神執政補佐官を務めさせていただいています」

 

 中折れ帽を脱いで挨拶をした彼に、クリーヴは驚きの声を上げる。そして私も、内心では衝撃を受けていた。500年程同じポストについているらしい人間とは思えないほどに、若い…幼いと言ってもいい見た目と、その背後に薄らと漂う落ち着いた雰囲気に。

 

 彼に話を聞くと、どうやら慈善事業の一環で視察にやってきたそうだ。お母様からここを自由に見回って構わないとも言われているらしい。彼は私達に、ここで何をしていたのかと問うた。

 

「…私も、手を合わせても?」

 

 理由を話すと、彼はそんな事を言った。特に拒否する事柄でも無いので了承すると、彼は地面に膝をつき、丁寧な所作で祈りを捧げた。…会ったばかりの子供のペットの墓に、だ。随分と変わった人だ、と私は彼を見つめていると、彼は腕を解き、不意にクリーヴの方を見やるとこう言った。

 

「それにしても貴方…その怪我は一体」

 

 彼は声色に心配を滲ませながら彼女を見る。まあ、それも仕方がない。今のクリーヴはあちこちに痣や傷を作って、所々に包帯まで巻いている。…その原因は、クリーヴの母…この孤児院、壁炉の家の“お母様”、クルセビナの()()()()にあった。

 

 この家は、身寄りのない孤児を引き取り…ファデュイのエージェントとして育て上げる養成所のような役割も果たしている。だが、そのやり方は…これしか知らない私にとっても、異常であると分かるほどだ。孤児同士の“王”を定める争いに異を唱えたクリーヴは、お母様に手酷い罰を与えられてしまったのだ。

 

 だが、これを外部の人間に知られれば、私達がどうなるのか分からない。だから私はなんとか誤魔化そうと言葉を考えていると…クリーヴは、何故か“事実”を明かしてしまった。

 

 なぜ話したのか、と聞くと、クリーヴは言った。

 

「…あの人は、とても誠実で、正義を重んじる人よ。祈ってくださった時の顔、とても優しくて…悲しそうで。だから、つい」

 

 彼は事実を聞き、暫く顔に手を当てて何かを考えた。その様子に一縷の心配を帯びていると、彼はふわりと微笑んでクリーヴを撫で、言う。

 

「よく話してくれましたね。君のその勇気と…正義に、敬意を評します」

 

 彼は中折れ帽を被り直すと、決意したように私達に向き直る。

 

「あとは…いや、違うな。私達でなんとかしましょう」

 

 彼はクリーヴに右手を差し出した。クリーヴはただ困惑している。

 

「なんとかって…この家を変える、ってこと?」

「その通りです。前々からここはどこか引っ掛かりがありましたし…絶好の機会です」

「でも、でもわからないわ!私達、オクタヴィアさんになんの関係もないのよ?」

 

 その言葉を聞いて、彼は困ったように笑い…こう言ったのだ。

 

「私の、我が主の“正義”のためですとも」

 

 少し迷ったようにクリーヴは間を置いて…ゆっくりと、彼の手を握った。

 

 私達の奇妙な共同戦線は、ここから始まった。

 

ーーーーー

 

 あれから、オクタヴィアは頻繁に孤児院に視察にやってくるようになった。その時に私たちと直接の情報交換をし…彼がいない時は、既にファデュイのエージェントとして活動している孤児の一部や、お母様の部下の何人かが手紙を届けにやってくる。今思えば、彼らにはオクタヴィアの息がかかっていたのかもしれない。

 

 そして、孤児同士の争いも減った。私達がよく訓練や()()に使われる場所の情報を流すと、オクタヴィアが理由をつけて頻繁に警察隊が巡回するようにした。そのおかげで、野外での()()による死傷者もめっきり減った。

 

 それでも怪我を負うものはいたが、それはすぐさま見咎められ、壁炉の家に…お母様には、何度か厳重注意が言い渡されていた。そのお陰で、お母様も以前よりずっとおとなしくなった。私とクリーヴも訓練こそすれ、怪我も減ったし怪我をさせることも減った。私とクリーヴ、そしてオクタヴィアの共同戦線は、順調に実を結びつつあった。

 

「ありがとうございます。貴方達も無事でいてくれて、本当によかった…ごめんなさい、間者のようなことをさせてしまって」

 

 彼は謝りながら私達の頭を撫でた。いつの間にか、背丈は私達の方が高くなっていて…彼は老けている様子もなかった。

 

 クリーヴは心地良さそうに身を委ねている。かくいう私も、この様に撫でられたことはなかった。彼の掌から伝わる温もりからは、確かに“愛”というものを感じた気がした。それはまるで、本当の…………

 

「さて…私はそろそろ、この計画の最終段階に入ります。私はこの孤児院の長…“召使”と契約し、ヤツをここから追い出します」

 

 彼は頭から手を離し、そんな事を言った。ついにこの時が来たか、と私は少しだけ高揚する。クリーヴも決意の籠った目をしてオクタヴィアの方を見ている。

 

「貴方達は用心するように。もし、ヘマをして私が消されるようなことがあれば…“これ”を新聞社に流しなさい」

「わかりました。オクタヴィアさんも、私達も…ここまで頑張ったんだもの。きちんとやり遂げなきゃいけないわよね、ペルヴィ!」

「…ああ、そうだな」

 

 クリーヴが受け取った茶封筒…その中には恐らく、この孤児院の後ろ暗い部分の証拠が全て詰まっているのだろう。オクタヴィアはクリーヴの言葉を受けて、私達に改まって向き直る。

 

「…では、私は戻ります。貴方達も、最後まで用心してください」

 

 彼はその言葉を最後に、この場を離れた。私たちは、この孤児院を生まれ変わらせる作戦…“新・水仙十字作戦”が、きっと成し遂げられると考えていた。

 

 ()()()()()があるまでは。

 

 

 

「貴方は、きっと良い王になるよ……ゴメンね……ありが……と…………」

 

 

 

ーーーーー

 

 …オクタヴィアがやってきた。彼は私を見つけるとにこりと微笑み…私の隣にいるはずの彼女を探すように目線を動かし…何かを察したように、表情を変えた。

 

「…ペルヴェーレ。クリーヴは…どこに?」

 

 震える声でそう言った彼に、首を振って答える。彼の目が見開かれ、眼球が小刻みに震え…肩が落ちた。彼の拳は強く握られ、革の手袋がぎちぎちと音を立てている。

 

「…ごめんなさい。私がもっと、私に力が…」

 

 彼は俯いたまま私の肩を掴み、懺悔をするように言葉を漏らす。

 

「貴方は、悲しみたいのは貴方のはずなのに、私は、僕は貴方の友を守ってやれなかった…………」

 

 震える声に悔しさと悲しみが滲んでいる。私はそんな彼に腕を解くよう手で促し…逆に、彼を自分の方へと抱き寄せた。

 

「…ペルヴェーレ?」

 

 彼を強く、強く抱きしめる。温かかった。クリーヴを、最優の友を失い、冷え切ってしまった私の心に…再び温もりが戻ってゆくような気さえした。

 

 最初はただ困惑していた彼も、私の背に手を回し優しく叩いてくれた。もう背も私の方が大きくて、でも彼は優しくて、抱きしめると小さくて軽くて温かくて…。

 

 この頃だったのだ。私が、彼に対して…クリーヴに向けていたものとはまた別種の、親愛を超える何かを自覚したのは。最優の友がクリーヴならば、オクタヴィアは…。

 

 暫くして、彼は私から離れた。彼はより堅い決意を帯びた目をして、私を見据える。

 

「…わたしのことは、許さないでくれて構いません。ですが…クリーヴの為にも、この計画だけは成し遂げたい」

 

 それが終わったら、君は私をどのようにしてくれても構わない。この身で、彼女を守れなかった…()()()()()()()責任を取ろう。

 

 そう、彼は言ったのだ。彼は私の肩を優しく叩き…その場を後にした。

 

ーーーーー

 

「…貴女は私の提案を受け入れざるを得ない立場にある。この孤児院の権利を我々フォンテーヌ政府に明け渡し、スネージナヤに帰りなさい」

 

 応接室のドアの隙間から、オクタヴィアとお母様の話し合いを覗いていた。彼は遂に、お母様…“召使”から、この孤児院をもぎ取りにかかった。だが…

 

「そう…?では、そうしましょうか。私もそろそろ引退を考えていたし…有望な子がいるの。その子を連れてスネージナヤに帰ろうかしら」

「…有望な、子?」

「貴方もわかっているんじゃなくって?お気に入りのようだもの…ペルヴェーレのことよ」

 

 私の名前が挙がったことに驚いていると、彼は表情を少し強張らせた。その様子を見たお母様はほくそ笑み、続ける。

 

「ペルヴェーレはきっとここを受け継いでくれるわ。…彼女も女皇様にお会いすれば、きっとここを、私を“そのまま”受け継いでくれる」

「…彼女を洗脳でもする気ですか?」

「あら、心外ね。でも…女皇様の下に下れば、嫌でもそうなるわ」

「ッ、この、卑怯者め…!」

「あら、これ以上にないくらいは好条件ではなくって?一人を犠牲に大勢の子供の未来を守れるんですもの…」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべたお母様は、睨みつけるオクタヴィアを見据え…何かを思いついたのか、口を開いた。

 

「そうねえ…。貴方が私の言うことを聞いてくれるのなら…この孤児院は貴方達に明け渡そうかしら。勿論、ペルヴェーレにも手は出さないわ」

「…私を騙そうとて、そうはいきませんよ?」

「あら、私は本気よ?女皇様に誓ってもいいくらいだわ」

 

 飄々とした様子でお母様は足を組んだ。オクタヴィアは口を覆うように手を当て、少し考えた後…口を開いた。

 

「では…その、貴女の言うこと、というのは?」

「良いことを訊いてくれたわね…」

 

 お母様は笑みを深める。それは、先程の愉快そうな雰囲気から打って変わって、どことなく…()()()()()()()()()()()()()()()に見えた。

 

「もう何年も前に夫を亡くして…ついこの間、娘もあちらへ行ってしまったわ」

「っ、どの口が…!」

「何かおかしいかしら?…でも、私にはまだ孤児達がいるけれど…やっぱり、()()()のよ」

 

 応接室のテーブルに置かれたオクタヴィアの手に、お母様の手が重なる。それは彼の手をゆっくりと撫でる。彼女の視線が、粘ついたものを帯びてくる。

 

「…何が言いたいんです?」

「あら、()の口から言わせる気かしら。…今夜はペルヴェーレとの話があるから…明日の夜に、またここに来てちょうだい?」

 

 いつの間にかテーブルに乗り上げるようにして、お母様はオクタヴィアと距離を縮めた。彼の耳元で囁くように、熱を帯びた吐息を漏らしながら続けた。

 

「貴方が私に身を捧げてくれるだけでみんなが助かる…こんなに破格な条件なんて、万が一にもないわよね?」

「…気持ちの悪い」

「あら、安心して?痛いようにはしないし…寧ろ、とってもいい思いができるはずよ…?」

 

 いつの間にか彼の隣に座ったお母様は、少し顔を青ざめさせた彼の肩を撫で…抱き寄せ、腿に手を置いた。

 

「どうかしら。まあどうするかは…貴方に任せるわ」

 

 …だめだ。受け入れてはだめだ。やめてくれ。私のためにそんな事をしてまで、やめろ、ダメだ…。

 

「…、分かりました」

 

 …嗚呼。

 

「フフ、契約成立ね。…じゃあ、私は子供達の様子を見てくるから…()()()()、ね?」

 

 

 またお前は、私から奪うのか

 

 

ーーーーー

 

 …あれからまた数年が経った。私はあの夜に“召使”を殺した。その罪で捕まり、スネージナヤの牢獄でオーロラを見て…その数年後に“召使”を受け継ぎ、優しさで命を弄ぶ“お母様”でなく、厳格に子供達を見守り干渉をしない“お父様”になった。ペルヴェーレの名前を捨て…私は帰ってきた。

 

 応接室に入り、彼がやってくるのを待つ。私が着任して初めての、彼が訪問してくる日が今日であった。彼は私に、どんな言葉をかけてくれるだろうか。それが気になっていた。

 

 少しして、扉がノックされた。許可を出せば、彼が…オクタヴィアが扉を開けて入ってくる。そして私を視界にとらえた瞬間、とても悲しそうな目をして…私に向かってこう言ったのだ。

 

「…()()()()()()。フォンテーヌ水神執政補佐官オクタヴィア・ドゥテーヌと申します」

 

 私は名を捨てただけではなく、本当にペルヴェーレではなくなってしまったのかもしれない。ずっと私のよすがであった筈の温もりが、ゆっくりと離れていく感覚がした。

 

 

ーーーーー

 

「…私をペルヴェーレと呼ばないのは、何故だ…?」

 

 …想像以上にやばいのが出てきたな、どうすんだこれ。と、心の中でひとりごちた。自分の部下が孤児を助けようとして、あまつさえ身売りまでしかけたなんて…初耳だ。なぜ言ってくれなかったのか。そんなに僕は頼りないのか。そんなことをぐるぐると考えていると、オクタヴィアが意を決したように口を開く。

 

「私は…クリーヴを救うことができなかった、僕は…遂には貴女を執行官にまでさせてしまった。貴女達を…自由にしてやりたかったのに」

 

 彼は頭を抱えて言葉を紡ぐ。未だかつて見たことのない、酷く後悔しているような彼の様子に、私は少し困惑していた。

 

「僕は貴女を裏切ったんだ…っ!結局は孤児院は“新・水仙十字院”にはならず、“壁炉の家”のまま!僕は、僕は()()()()()()()()んだ…!」

 

 悲痛な叫びを上げる彼に、ボクは何もしてやれない。

 

「僕は…裁かれて然るべきだ…。僕に…貴女をペルヴェーレと呼ぶ資格は…」

 

 乱れた髪のまま、ひどく虚な表情で顔を上げたオクタヴィアを…“召使”が抱きとめた。

 

「私は今、ここで生きている。…それで十分だ。貴方は私を裏切った…だが、私はそれを許そう」

「…あな、たは」

「お願いだ…もう一度、私をペルヴェーレと呼んでくれ」

 

 オクタヴィアをかき抱き、優しい声色でそう言った彼女に…オクタヴィアは腕を上げ、ひしと抱きしめ返す。

 

「…ペルヴェーレ」

「ああ。…懐かしい。私はこんなふうになってしまったが…またそう呼んでくれたのだな」

「……あり、がとう、ペルヴェーレ…!!」

 

 オクタヴィアの瞳から涙が溢れた。抱きしめあう彼と彼女は、まるで感動的な劇のワンシーンのようで…。まいったな。これじゃあ、絶対に勝てないじゃあないか。

 

「フー…。まあ、納得したよ。君達にもいろいろ事情があったんだね…。強く言ってしまったね。謝るよ、二人とも」

「いいさ。もう過ぎたことなのだからな」

 

 抱擁をやめたオクタヴィアと召使に謝る。少し動揺して、頭に血が昇ってしまった。これほどまでに劇的な過去があるのなら…不本意だが、認めざるを得ない。

 

「じゃあ、僭越ながら…君たちの将来に幸在らんことを、この魔神フォカロルスが祈ろう」

「…、ありがとうございます、フリーナ様」

「ありがとう、フリーナ殿」

 

 僕の言葉を受けて、召使は指輪を手に取った。それが何を意図してのことかを察したらしいオクタヴィアは、少し照れた様子で左手を差し出した。薬指にゆっくりと、銀の指輪が嵌った。

 

「…本当に、僕でいいんですか?」

「ああ、貴方でなければ駄目なんだ」

 

 ぴったり嵌った指輪を眺めながら彼は言った。召使は優しく答えた後、そうだと続ける。

 

「もし不安なら…私は指輪を貴方に渡した。ならば、貴方も何か渡してくれればいい」

「…指輪、ですか?」

「それも、いいかもしれないが…もっと価値のあるものさ」

 

 召使は笑みを深め、彼を抱き寄せる。そしてそのまま立ち上がり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「例えば…神の心、などかな

 

 

 

 僕は地面に倒れる。何故か。それは何かに押しのけられたから。なんとか上体を起こして何にやられたのか、と周りを見ると、それは視界に映ってしまった。

 

「さあ、いただこう…神の心は、貴方が持っているのだろう?

 

 壁にオクタヴィアの身体を押し付け…()()()()()()()()()()()()、召使の姿があった。

 

 

【To Be Continued…】

 

*1
唇を単純に合わせるもの。

*2
バインドキス。唇で相手の唇を食むようなもの。

*3
お察しの濃厚接触。




オクタヴィア:彼は彼女達の期待を裏切り…そして、何年も時を経て、許されたのだった。

フリーナ:圧倒的なヒロイン力を発揮した召使に敗北。まだチャンスはあるぞフリーナ様!がんばれ!!!!!

召使:幸せの絶頂。

ーーーーー
どうでした?ええ、わかっていますとも。
暴走しすぎてしまい申し訳ございません。
もし、本当にもし、一瞬でも面白いと思ってくださったのなら感想・評価ぜひよろしくお願いいたします!

水の都のクラーケンif〜夜の深境螺旋〜 見たい?

  • 稚拙でもいいから見たいでござる。
  • 稚拙なら書かなくてもいいぞ。
  • エッチなのはダメ!岩喰いの刑!!!
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