水の都のクラーケン   作:ミトコンドリアン

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はい。ミトコンドリアンです。
お気に入り登録566件、ありがとうございます。評価もたくさんもらえて嬉しい限りです。

…今回、今まででいちばんの問題作かもしれません。覚悟の上閲覧を。

不穏テーヌ、始めていきたいと思います。


フリーナと蛸、“水神“と従者

 

 …ベッドに横になっていると、いつも思い出す。ボクが水神に即位してからのことを。彼の父親が、彼を連れてきてこう言った。

 

「エゲリア様の命により、フォカロルス様の従者を育て上げました。これより、この子が貴方様のお付きです。…ほらオクタヴィア、ご挨拶なさい」

「はい。…初めまして。今日より貴方様のお付きとして仕えさせて頂きます、オクタヴィアと申します」

 

 まだどことなく幼い表情の彼は、慎ましやかにお辞儀をした。きらきらとした光を宿す蒼い瞳に、鴉羽のような色の絹のように滑らかな髪。ソプラノボイスは心地よかった。こんなに可愛らしい人がボクの従者になるのだと、なんだか少し嬉しくなった。

 

 …そういえば、全てが始まったのもあの日だった。フォンテーヌの民たちに、正式に水神の座に即位した、演説の日だった。側に彼を侍らせ、ボクは礼儀正しく、優しげな神を演じた。

 

「…フォンテーヌの未来を築くためには、皆の協力が必要なんだ」

 

 そう締め括る。…それに対する民の反応は、余り芳しくはない。

 

『これが新しい水神…?』『俺たちに意見まで…』『なんであんなに謙虚なんだよ…一般人とどう…』

 

 民はみな、ボクが水神であることを疑っていた。自分が思う「良い神」を演じたつもりなのに、何故。これでは民たちを予言から守れない。そんな焦りが胸の内に広がり、下ろしていた手に握り拳を作ってしまう。

 

 それを感じ取ったのか、隣にいた彼がボクの肩を叩いた。彼の方を向くと、小声で耳を貸せと言われる。言う通りにすると、…彼は、こんな言葉を放ったのだ。

 

「フリーナ様、フォンテーヌの民が求める“神”は、もう少し尊大で威圧感のある…そんな神の姿なのかもしれません」

 

 ボクの()()の方向が、然りと決定づけられた日だった。

 

ーーーーー

 

 その後も、ボクは()()()()神を演じ続けながら、予言について調べを進め続けた。裁判の報告書に目を通し、敬虔な民と謁見し、研究所からの報告書を受け取り…そんな日を続けていく間も、彼は隣でずっと僕の補佐をしていた。いつのまにか、研究所や報告書の処理は彼の仕事になっていた。

 

 そんな日々を過ごす中で、やはりガタがくる時もあった。特に思い出深いのは、あの日。謁見の最中に涙を流してしまった日。謁見を終えたボクは自室へと帰り、ベッドに座って項垂れる。

 

「(終わりが見えない…すごく苦しい…一体いつまで耐えればいいんだ…)」

 

 ぐるぐると頭の中で思考を続け、涙がほろほろと落ちていた。散らかった部屋の中でボクは考えた。

 

 全部打ち明けてしまいたい。たとえ一人でもいい。でも、それは今まで演じ続けた全てを投げ出す行為だった。ボクはひとり、踏みとどまった。

 

 ふと、自室のドアが開く音がした。勝手に入る許可を与えているのは、ボクの補佐官である彼だけだった。そういえば、研究員に部下、給仕が年を経て入れ替わってゆく中で、ずっと変わらずボクの世話をしてくれたのも彼だけだった。心配そうにこちらを見つめる彼の顔を見て、ボクの心には…

 

 

 

 

 深い、深い憎しみが広がる。

 

 

 

 彼が、この神を演じろと言ったのだ。正確には()()()()()()が最初に民が思う神をと命じた。が、方向性をあの場で提案したのは彼だった。彼が、彼がボクを“水神フリーナ“にした。そのくせ、彼はボクとは違う。疲れを感じず、不満を言わず、何百年も補佐官を続けて…ボクは羨ましかった。正気でいられるその精神が。

 

 彼がいなければ、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。もっとましな神を演じられていたのかもしれない。彼のようであれば、ボクもこんな苦痛は感じなかったのかもしれない。

 

 今思えばとても幼稚で短絡的な感情だが…まあ、当時はガタがきていた時期だった。仕方のないことだった。

 

 僕は顔を上げ、彼に向き直り神を演じる。

 

「やあ、オクタヴィア。何の用だい?…あぁそういえば、部屋の掃除を頼んでいたっけね」

「…はい、その通りでございます、フリーナ様」

 

 彼はいつも通りの態度でお辞儀をした。気に食わなかった。彼は「失礼します」と言い残し、すぐに部屋の片付けに移った。床に積み上げられた資料を丁寧にまとめ、ファイリングし、棚に戻してゆく。

 

 ボクはそんな後ろ姿を観察する。…ベッドサイドに置いていた水の瓶を手に取り、彼の背後にゆっくりと近づく。

 

「なあ、オクタヴィア。今日の謁見の後、あの民はなんと言っていた?」

「ええ、水神様に会う方ができて感無量だったと。途中涙を流されていたのは驚いたが、ただの力の表れだと知って安心した、とも」

「フフ、そうか」

 

 足音を立てないよう、一歩また一歩と近づく。

 

「なあ、オクタヴィア。どうして君はボクの補佐官なんだい?」

「…失礼ながら、それはどういうことで?」

「親が命じたからかい?それとも、やはり水神の補佐官という地位が手放し難いかな?」

 

 ふと、歩みを止めた。ボクは一体何をしようとしていたのだろう、と我に帰る。…彼になら、話せるのかもしれないのに。

 

「…私は…貴方様の従者になるべくして育てられました。理由を問うのは野暮というものでしょう」

 

 そんな返答が返ってくる。…ああ、この子も所詮はそんなものか。ボクは自分の考えを撤回し、水の瓶をゆっくりと上げる。そして彼の後頭部めがけて一気に…!

 

「…撤回します。昔はそうだったかもしれませんでしたが、今はもう」

 

 手を止める。彼は棚を片付けながら、ゆったりと言葉を続ける。

 

「貴方様は、どこかで無理をしていらっしゃいます。何故かは分かりかねますが、それは並大抵の苦労では済まないのでしょう」

「…」

「これだけ部屋を散らかされるほどです。予言を止める為、毎日情報をかき集め整理し…そんな日々を数百年。無理をしていない、という方が無理があるのでしょう」

「………うん」

「私は、ずっと貴方様のおそばにおります。だから…いつか、私の前では肩の力を抜いて…まあ、所謂ガス抜きができるようになってもらいたいのです。…ああ、それと」

 

いつのまにか瓶を下ろしていたボクに向き直り、微笑んで彼はこう言った。

 

 

 

 

 

「私は、水神ではなくフリーナ様にお仕えしているのです。もしも貴方様が凡人であったとしても、どんなことを思っていらしても…私はフリーナ様の、たった一人の補佐官ですから」

 

 その表情に、強い憎しみと…同じくらいに、強い恋慕を抱いたのだ。所謂、一目惚れというやつだった。

 

「そういえば、私が貴方に仕えてちょうど400年目です。感謝の印にお食事をご用意していますが、いかがです?」

 

「…うん、頂くよオクタヴィア。本当にキミは優秀だ」

 

 だから、これからもずっと一緒にいてくれ。…ボクをこんな風にした責任は、きちんと取ってもらわなければいけないからね。

 

ーーーーー

 

 回想を終え、ボクは首をベッドの横に向ける。数ヶ月前に、彼が入水自殺未遂をした時から、毎日のように隣で寝るよう命じていた彼が今日はいない。

 

 彼は今晩、誰かとディナーの予定があるらしかった。休みの日だったし、仕方がないと、早めに帰るよう了承はした。…が、未だに帰ってきていなかった。

 

 彼があんなふうになってから、あんなことをしてから、いっそうボクの心は彼を離したくなくなっていた。いっそのこと、この部屋に縛り付けておこう、とまで考えてしまったこともある。

 

「…君は、終幕までずっとボクのそばにいるべきなのに。ボクには君とヌヴィレットしか…」

 

 彼のいないベッドの左側を撫で、呟いた。終幕の時は、未だ訪れない。

 

ーーーーー

 

 …フリーナ様、ヌヴィレット、僕はどうするべきなのでしょう。

 

「…あの…ごめんなさい、聞き間違えたかもしれませんので、もう一度おっしゃっていただけませんか?」

「ああ、何度でも言ってやろう。オクタヴィア殿、貴方もファデュイにならないか?

 

 僕は今、ヘッドハンティングをされています。

 

ーーーーー

 

 今日、僕は院長さんからお誘いを受け、一緒にお食事に行くことになった。珍しい申し出にうきうきとしながら出かけて待ち合わせ場所につき、院長さんと合流。世間話をしながら彼女について入ったお店は…なんと、個室のある高級レストラン。たまたまフリーナ様に仕立ててもらった礼服を着ていなかったらドレスコードに引っかかっていただろう。

 

 席につき、コース料理をご馳走になる。彼女は明日には仕事でスネージナヤに発つらしく、しばしの別れになるとのことだった。

 

 彼女はシャンパンを頼み、僕たちはお酒と料理を楽しみ…宴もたけなわ、といったところで、先程の発言につながるわけである。

 

「あの、失礼ながら、なぜ僕に勧誘を…?別にもっと優秀な人ならいくらでも居ると思うのですが…」

 

 困惑を滲ませてそう訊くと、彼女は目を細めながら口を開く。

 

「毎回思うのだが、貴方は自己を低く見積りがちな傾向にあるな。私からすれば、貴方はとても優秀な人物だ…喉から手が出るほど欲しい人材さ」

 

 彼女のばつ印の瞳が僕をじっと見つめている。その奥になにか得体の知れないものを感じ、少し身震いした。それに構わず、彼女の勧誘は続く。

 

「今の貴方の地位が手放し難いものだというのは承知している。が、ファデュイに来れば貴方はもっと良い地位につけるかもしれないぞ…?」

「…それは、例えば?」

「決まっているだろう、“執行官”だ」

 

 執行官。ファトゥス。スネージナヤのファデュイにおける最高幹部。氷の女皇に忠誠を誓った者たち。

 

「僕に今の神に仕えるのをやめて、ホイホイ別の神に仕えろと…?」

 

 いくら院長さんでも、それは流石に気分が悪くなる。僕は院長さんを睨み、こう続けた。

 

「だいたい、何を根拠にそこまで上り詰めることができると?僕も力を手に入れたとはいえそこまで強くはありません。勧誘材料にはならない」

 

 それを聞いていた彼女は薄い笑みを浮かべ、口を開く。

 

「大丈夫だ。私が貴方をファトゥスにしてやろう」

「だから、何を根拠…に…」

 

 笑みを貼り付けたままこちらの様子を伺う彼女に対して、一つの推測が思い浮かぶ。…まさか、やっぱりこのひと、

 

「その分だと、ようやく察したようだな…改めて自己紹介をしよう。私はファデュイにおける、ファトゥス第四位…『召使(アルレッキーノ)』だ」

 

 …この人が、悪名高いファトゥスの…第四位?上から四番目?

 

「最初は私の部下として経験を積もう。なあに、貴方ならばすぐにファトゥスになれる。最近空席ができたんだ。第八位は堅いだろうな。…なかなか良い条件だろう?」

 

 テーブルに置いていた左手に、彼女は手のひらを重ねてきた。彼女の温もりが感じられる…が、今はあまり心地良くはない。

 

 僕はゆっくりと手を引っ込めて、彼女に向き直る。

 

「…確かに、良い条件なのかもしれません」

「だろう?良い返事を頂けるとありがたいのだがな」

 

 彼女の瞳が僕を見つめる。目を合わせ、僕は答えた。

 

「ごめんなさい。それでも、僕は受けられません」

「…理由を訊いても?」

 

 彼女は顔色ひとつ変えずそう返してくる。

 

「…僕は、水神の補佐官として育てられました。いまさら別の生き方をしようとしても無理なのです」

「それなら心配はいらない。私がそばについて教えてやr「それに」ん…?」

「僕、地位や名声の為に水神の補佐官をやっているわけではないんです。…ヌヴィレット、この国の最高審判長は、あの役職をただの仕事だと割り切っていますが…僕はそうとは言えません」

 

「僕は、フリーナ様にお仕えしているのであって、神に仕えているわけではありません。僕はフリーナ様の従者です。僕にとって、それは人生を賭した役目なのです。僕はずっとフリーナ様の従者でありたい。…なので、ファデュイには行けません」

 

 言い終えると、彼女は一瞬だか残念そうな表情をした後、こちらに微笑みかけた。

 

「わかった。…すまなかったな、無理を言って。それだけ愛されているとは、水神は幸せ者だな」

「いえ、いいんですよ…。これからも、彼女の為に頑張る所存です」

 

 少し険悪だった雰囲気は柔和なものへと戻り、宴は終了間際となった。

 

「…では、最後にいいか?」

「なんでしょう」

 

 ふと、彼女は店員さんを呼び出し、小声で何かを伝える。店員さんは一礼をして部屋を出ると、暫くして何かを持って戻ってきた。

 

「…それは?」

「これはスネージナヤのワインだ。雪国のワイン、それだけで珍しい物になる。最後に貴方と飲みたかったのでな、取り寄せておいたのだ」

 

 彼女がそう言っている間に、店員さんはボトルの栓を抜き、僕たちのグラスにうやうやしく注ぐ。完璧に熟したルビー色の液体がグラスに満ちてゆく様子に、少し恍惚としてしまう。

 

「…飲んでみるといい」

 

 彼女の促すまま、僕はグラスをすこし回して香りを確かめ、ゆっくりと傾ける。きりりと辛口に整った風味には甘ったるくうすぼらけたところは存在せず、身体が引き締まり酔いから覚めたような感覚を覚えてしまう。雪国のワインとは、これほどのものなのか。

 

「こ、これ、結構値が張るんじゃ…?」「安心しろ、今日は私の奢りだ」

 

 想像を超える逸品を、僕は思わずするすると身体に入れてしまう。疲れでささくれた胃に、温かな炎がともったような感覚がした。彼女はそんな僕をじっと見つめて…見つめ、て?

 

 

 

 

 さっきから、彼女がワインに一度も口をつけていないことに気がつく。

 

 ぐにゃり、と視界が歪む。思わず机に伏してしまうが、皿やカトラリーは下げられていたので汚れずに済んだ。思考がまとまらず、身体に力が入らない。

 

「おやおや…随分と酔ってしまったようだな、オクタヴィア殿」

 

 足腰の立たない僕の身体を、()使()がゆっくりと抱き起こす。

 

 彼女のされるがままについていき、彼女が会計を済ませ店を出る。世界が回っている。何も考えられず、自分がいまどうなっているのかもわからない。

 

「…さて、これでは一人で帰れないだろう…

 

 

 

 

 

 

 

今日は泊まっていくといい

 

ーーーーー

 

 作戦は成功、と言っていいだろう。勧誘にはやはりまだ早かったが、こうして無防備な彼ができあがったのだから万々歳である。

 

 ワインは勿論度数の高い物を用意したが、少々薬を盛らせていただいた。筋弛緩剤、鎮静剤、睡眠剤…そして、()()()()()()()()()()

 

 なんの警戒心もなく飲んでくれたお陰で、彼は私の胸の中で酩酊状態のまま。全く、これが毒薬だったら死んでいるというのに…心配になる。頬を赤らめ少しばかり息を荒げて、だが意識は混濁している彼の頬を愛でるように撫でた。

 

 さて、薬の効果が切れる前に急がねば。私は彼を抱えて、壁炉の家へと歩みを進める。あそこなら邪魔が入る心配もない。ゆっくり、じっくりと彼を()()()()()()

 

 ああ、ずっとこれを待ち望んでいた。自室のベッドで彼に覆い被さり、本能のままに唇を、肢体を貪り、蹂躙し、ドロドロに蕩けあう…そんな情景が、あと少しで目の前に広がるのだ。

 

 さあ、あと少しで着く。あと少しで、彼と閨を共にできる。あと少しで、彼を、彼を、彼を…!!!!

 

「…おっと、少し待ってもらえるかな?」

 

 昂り火照る身体に、背後から冷や水が浴びせられた。ゆっくりと振り返ると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、同じファデュイの執行官、『公子(タルタリヤ)』が立っていた。

 

「おにぎりの恩があるからね…その子を離せよ、召使(アルレッキーノ)

 

【To Be Continued…】




オクタヴィア:彼の行動により、フリーナが自分の意思ではなく助言に従い神ムーブをすることになる。警戒心がまるでなかったせいで喰われる一歩手前までいった。

フリーナ:自分と同じ長命なだけの人間だと思っていたオクタヴィアの精神が羨ましくて気に食わなかった。だけれど、同じくらいには愛してしまった。

召使:夜の深境螺旋(意味深)で既成事実を作り、離れられなくするつもりだった。

タルタリヤ:(オクタヴィアの貞操は)俺が守るよ☆



今回もふざけすぎてしまったため、いくらかお気に入りが減ることを覚悟しております。
こんな駄文でもいいな、と思った方は、感想・評価よろしくおねがいします。

水の都のクラーケンif〜夜の深境螺旋〜 見たい?

  • 稚拙でもいいから見たいでござる。
  • 稚拙なら書かなくてもいいぞ。
  • エッチなのはダメ!岩喰いの刑!!!
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