前世で効率厨だった俺、神スキル『タイパ』を手に入れて面白いところは大体ダイジェストの成り上がり異世界生活へ   作:quiet

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第16話 【あるあるネタ編】

 

【あるあるネタ編】

 

 

 月が満ちるとき。

 チーターは、待っていた。

 

 月が欠けるとき。

 チーターは、待っていた。

 

 潮が満ちるとき、潮が引くとき。

 星が流れるとき、星が瞬くとき。

 

 花が咲くとき、冬が来るとき。

 雪が降るとき、春が来るとき。

 

 空が回るとき、大地が芽吹くとき。

 光が冷えるとき、闇が温まるとき。

 

 人が死ぬとき。

 人が生まれるとき。

 

 大切なものができて。

 大切なものを見送って。

 

 それでもずっと、チーターは、待っていた。

 

 

 

「んお」

 

 懐かしい顔が地面から這い出て来た。

 

「……やっべ~。また全然記憶がねえ……。えーっと、まず名前。あたしは――」

「ヘクトラゼオン」

「お?」

 

 だからチーターは、声を掛けた。

 

 ヘクトラゼオン。

 聖剣のフィントと共にいた頃、チーターが一緒に旅をした、もうひとり。

 

 余裕があるから、寿命がない。

 そう人狼から教えられた、不思議な長命者に。

 

「ちょっと待て。見覚えがあんな……えーっと……」

「俺は――」

「待てって! 記憶が……そうだ。また封印されて、そのとき最後に――」

 

 パンッ。

 ヘクトラゼオンは手を打って、

 

「チーちゃん!」

「……当たりだ」

 

 ふ、とチーターは笑う。

 へへん、とヘクトラゼオンは笑う。

 

「あたしの記憶力もなかなか捨てたもんじゃねーだろ?」

「そうだな」

「久しぶり……って、挨拶は嫌いなんだっけな。あたしが封印されてからどうしてたよ――これも挨拶か?」

 

 もう一度、チーターは笑う。

 

「たくさんのことがあった」

「まあな。そりゃそーだ。何年寝てた? あたし」

「さあな。忘れてしまった」

「おいおい、君も物忘れかよ。まだ若いってのに」

「俺を若いと呼ぶのは、もうお前くらいだろうな」

「んなこたーねえだろ。マリヴィエーラとか……あれ。なんか記憶に引っ掛かんな。あいつ死んだんだっけ?」

「最近は会っていないが……本の返却のことじゃないか」

「だっけ」

「返しておいたぞ。お前が封印された後にな」

 

 ヘクトラゼオンは首を捻る。

 記憶を探って、しかし結局思い当たらなかったのか、誤魔化すように笑う。

 

「ま、返してくれたんだったらいいか! サンキューな、チーちゃん!」

「ああ」

 

 それから、

 

「んで、次はどこ行くよ?」

 

 当たり前のように。

 昨日の続きのように、訊ねてきた。

 

「次、か」

「封印の良いとこは飽きねーとこだな。寝てるのとおんなじで意識はねーし、起きたら全然違う文明が始まってるし。どっかおすすめのところとかねーの? 時を駆けて来たあたしが、現代を見て驚く役を買って出てやるよ。もうすごいぜ。右見て絶叫、左見て大絶叫。赤っ恥間違いなし」

「残念ながら、今の文明は始まったばかりだ。大して面白いものはないぞ」

「あ、そーなん? んじゃ適当にどっかの集落に介入して、また詠唱魔法の時代を始めてやろうかな……つか、そうだ」

「なんだ」

「さっきの答え、訊いてねえや。あたしが封印されてからどーしてたんだよ。なんか面白い話とかねえの?」

 

 チーターは。

 やっぱりさっきと同じように、ふ、と笑った。

 

「なんだよ。あ、表情柔らかくなった? さては良いことあったんだろ」

「いや……ただ、ついこの間、似たようなことを言われたなと思ってな」

 

 チーターは話した。

 ひとりの狩人が、森に迷い込んできたこと。

 愛する相手との会話に窮しており、自分にそのアドバイスを求めてきたこと。

 

「へっ」

「笑うな」

「いやだって、よりにもよって仏頂面の君にさあ――んで? なんて言ってやったんだよ?」

「『あるあるネタ』が良いと」

 

 へえ、とヘクトラゼオンは少し驚いた顔をした。

 

「そういうの知ってんだな」

「まあな」

「どっかで誰かに教わったん?」

「昔な」

 

 それはあの狩人にも、狩人が愛する画家にも、一度も話さなかった記憶だった。

 

 けれど――こんな風に、誰かと再会するのは久しぶりの経験だから。

 きっと、心が緩んだのだと思う。

 

「俺が、人間だった頃の話だ」

 

 今度こそヘクトラゼオンは、本当に驚いた顔をした。

 

「マジ? あ、魔法で変身してんの? ずっと?」

「いや――俺は、生まれ変わる前の記憶がある。そこでは普通の人間だった」

 

 チーターは、記憶の蓋を開けようとした。

 しかし――、

 

「……もう、よくは思い出せないな」

 

 あまりにも、古びた記憶だから。

 ほんの欠片しか、残っていない。

 

「その頃、ずっと誰かと一緒にいた……いや、どうだったかな。ずっとではなかったのかもしれない」

 

 それでも、チーターは。

 その欠片を手繰り寄せるようにして、語り始めた。

 

「そいつが、何かをよく言っていたんだ。たぶん、ふたりでいるときにいつもするような、お決まりのやり取りがあって……そうだ。確か……だから、チーターだった」

「……何?」

「何か、それがきっと、速さに関することだった。だからこうして生まれ変わるとき、速さを求めていた……そんな気がする」

 

 遠い昔。

 神様と、会ったことがあるような気がした。

 

 やっぱりそれも、夢との区別が付かないくらい、淡い思い出になってしまったけれど。

 

「ふと、そのときに思い出した――画家が言ったんだ。本当は、ああいう話し方は狩人が自分で考え付いたものではないと知っていたと」

「……『あるあるネタ』?」

 

 チーターは頷く。

 

「しかし、こうも言った」

 

 画家は、チーターの耳元で。

 狩人にも聞こえないような、小さな囁き声で。

 

「『笑わせてくれようとしたことが嬉しいんだ』と――その感情に、どういうわけか覚えがあった。……さっき、『良いことがあったか』と訊いただろう。もし挙げるとするなら、そのことかもしれないな」

 

 ふうん、とヘクトラゼオンは頷いた。

 頬に手をやって、しかしどこか納得いかない、といった表情で、

 

「……なんか『あるあるネタ』の使い方、違くね?」

「そうなのか?」

「あたしが知ってるあるあるネタってたとえば……ほら。なんだろ。『休みの日、だらだらしてるうちにいつの間にか夕方になってて後悔しがち~』みたいなさ」

「ああ」

「完成度低いけど、そんな感じだろ」

「確かに完成度は低いな」

 

 こんにゃろ、とヘクトラゼオンがチーターの首に腕を掛ける。

 チーターがそれを受け入れるから、ヘクトラゼオンもすぐにそれを解いて、

 

「だからこう……『あるあるネタ』ってもっとこう、色んな奴が『それ私もある!』ってなるようなネタのことだろ」

「そうだったか」

「そうなの」

「じゃあ、さっき俺が言ったようなものは、何と呼ぶんだ」

「決まってんじゃん」

 

 何を当たり前のことを、という口調で。

 ヘクトラゼオンは、

 

 

 

 

「いつも片方が遅刻して、もう片方が『遅い』って小言を言う。

 

 そういうのは、単なる挨拶って言うんだよ」

 

 

 

 

 

 いつの間にか夕暮れが来ていたことに、チーターは気が付いた。

 

 何もかもがあざやかな、あざやかな、あざやかな、オレンジ色だった。

 

 全ての木々が、海が、空が、温かな色に燃え始めたようだった。

 

 全ての空間が、時間が、思い出が、ようやくその一日を終えるようだった。

 

 

 ヘクトラゼオンは。

 いつものあの呆れたような顔で、チーターを見ていた。

 

「だいたいさあ、」

 

 唇を尖らせて、

 

「気付くだろ、ふつー。……いや、あたしもだいぶ記憶ないってか、今初めて思い出したくらいだけど。そっちが追いかけて来たんだから、そっちが気付けよ。てか、こっちは人型なんだからほぼ同じじゃん。気付けるだろ」

「――あ、」

 

 チーターは。

 まだ目にしたものが、耳にしたものが、信じられなくて。

 

「え、」

「てか、なんでチーターになってんの? ……うわ、待てよ。なんか覚えがあるな。動物園の前、檻……」

 

 名前。

 

 名前名前名前。

 名前を、思い出したい。

 

「あー、そうだ! なんかこう、チーターの檻の前で待ちぼうけ食らってた記憶ある……デート? あれ、付き合ってたんだっけ? マジ? あたしと君が? あ、もしかして……それって目印のつもりだったりとか?」

 

 でも、それは遠い遠い遠い、本当にあったのかもわからないような、遠い昔のことだから。

 

 どうやっても。

 記憶の向こうに霞んでいって、思い出せなくて。

 

「うわ、全然思い出せねー。……まあ、でも」

 

 なのに。

 

「何となく、君の前で昔のあたしがこんなことを思ってたのだけは、うっすら覚えてるわ」

 

 ヘクトラゼオンは、いつものように。

 何も気にしてないみたいな顔をして。

 

 そっと頬に指を添えて、言うのだ。

 

 

 

「泣くなよ。

 すっげえ待たされたけど――たまには四捨五入して、なかったことにしてやるからさ」

 

 

 

「う、」

「ん?」

 

 堰を切ったら。

 もう、あっという間だった。

 

「――――、」

「うおっ!? 泣くなって!」

 

 涙が、とめどなく溢れてきた。

 

 泣くな、と言われてもどうしようもない。

 

 ヘクトラゼオンが慌てている。

 チーターは、わんわんと嗚咽混じりに涙を流す。

 

 言わなければならないことが何か、あった気がする。

 

「……ヘクトラ、ゼオン」

「なんだよ。……このハンカチ、あたしと一緒に封印されてたやつだけどいけると思うか?」

「すまな、かった」

「だからいいって。君が遅いのは今に始まった話じゃねー……ような気がするし」

「違う。俺は、お前を殺したんだ」

 

 ヘクトラゼオンは眉間に皺を寄せて、

 

「だっけ? もう覚えてねーわ」

「殺したんだ。俺はもう一度、君に会って謝りたいと、そう思って――」

「ああそう。でもあたしは、別に君のこと嫌いじゃなかったんじゃねーの」

「なぜ――」

「じゃなかったら、こんな性格になってねーだろ」

 

 ん、と自分を指差す。

 

「余裕ぶっこいて封印されまくりののんびり屋。千年寝坊は当たり前。マリヴィエーラからも『よくそんなに悠長な一生が送れるな』『永遠に生きるつもりなのか?』なんて言われる始末だぜ?」

「……それは、」

「君があたしの真似してチーターになったみたいなもんなんじゃねーの。あたしはあたしで、そういう人生がやってみたかったんだろ。こういう、心底時間にルーズで余裕たっぷりの楽しい楽しい人生を。――んで、」

 

 肩を叩いて、

 

「君のことが嫌いだったら、そうはならねー」

「…………」

「つか、君もさあ」

 

 にっ、といたずらめかしてヘクトラゼオンは笑う。

 こっちの顔を、覗き込むようにして、

 

「追いかけてきたってことは、好きだったんだろ。あたしのこと」

 

 チーターは。

 ようやく涙を引っ込めて、同じように笑った。

 

「……さあな。忘れてしまった」

「おい。あたしの必殺技取るなよ」

「だが、」

 

 懐かしむような気持ち。

 

 ぼろぼろと崩れ去った記憶の欠片。

 ガラスのように割れて輝くそれの、ほんの一片、ほんの一瞬。

 

 チーターは、それを見た気がした。

 

 

「あの日、チーターをあんなに見たがったのは……足の速いお前に似ているんじゃないかと、そう思ったからなのかもな」

 

 

 きょとん、とした顔。

 あたしって、足速かったんだっけ。

 

 さあな。

 忘れてしまったよ。

 

 なんだそりゃ。

 てかさっきから君、あたしとキャラ被りかけてくるなよ。

 

 

 

 

 それからふたりは、他愛のない思い出の話を、いくつもした。

 

 形が合っているかもわからないピースを寄せ集めて、きっとああだった、こうだった、と遠い過去の姿を描いてみたりした。

 

 

 

 いいや、絶対そっちがあたしのこと好きだったね。

 

 いや、そもそも俺に似せたのはそっちが先――そういえば、それは天使がやってくれたのか?

 

 天使?

 

 

 

 それにも飽きてしまえば、これまでの話をした。

 生まれ変わってからの、途方もないくらいに長い長い、それぞれの物語。

 

 やっぱりこれもおぼろげになってしまって――しかも、お互いが共有していないものだから、嘘を吐いたって誰にもわからない。

 

 

 

 嘘だ、絶対そんなわけないね。

 

 いや本当だ、俺は宇宙の果てまで行ったんだ。

 

 だって……暇だろ。

 宇宙って、ほとんど何もないし。

 

 頭の中で映画を上映するくらいの技術はある。

 それに、ほとんどは寝ていた。

 

 ……なんつー無駄な時間の……。

 てか君、チーターにまでなっといて悠長なとこは全然変わってなくね?

 

 そういうお前も、フィントに魔法を教える手際がやたらとよかった。

 こいつの余裕は口だけだ、と思ったものだ。

 

 表出ろ。

 

 ここは表だ。

 

 

 

 笑ったり、怒ったり。

 時にはちょっぴり泣いたりして。

 

 とてもとても、長い話になったから。

 

 月が満ちて。

 月が欠けて。

 

 潮が満ちて、潮が引いて。

 星が流れて、星が瞬いて。

 

 花が咲いて、冬が来て。

 雪が降って、春が来て。

 

 空が回って、大地が芽吹いて。

 光が冷えて、闇が温まって。

 

 ときおり人が訪ねてくれば、それも交えて。

 人が去って行けば、またふたりで。

 

 大切なものができて。

 大切なものが去って。

 

 当たり前みたいに笑い合って。

 当たり前みたいに挨拶をして。

 

 

 

 

 そうしてある朝、日が昇ると、もうそこにはいなくなっている。

 

 

 ふたりはそんなありふれた、あっという間の日々だった。

 

 

 

【あるあるネタ編】

 

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