東方夢幻鏡   作:fuu

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再思の道~無名の丘

死霊たちの顔は非常に苦し気で、今にも激痛に苛まれているかのようだった

 

しかし、それらは意思疎通も取れないのに空中に立派な包囲網を展開し、確実に獲物をしとめようとしている

 

確かな殺気は感じられまるで半蔵を殺せば苦痛から解放されるとでもいうのか、それほどの必死めいた形相だった

 

小町に手を取られて彼は再思の道をただ走る。季節外れの彼岸花の根本から墓から湧き出るゾンビがごとく、怨霊たちがつぎつぎと地中からその姿を現した

 

「連中はどうやら、お前さんの“器”に興味があるようだ」

 

精神が脆弱な半蔵は、非常に乗っ取りやすい相手に見えたらしい。地下で燻っていた怨霊たちは光に集う羽虫がごとく、釈迦が垂らした蜘蛛の糸に救いを求める亡者のように半蔵に群がう

 

「何か武器になるものをあんたがもっていたら楽だったんだが。無縁塚から来たんだろ、怨霊には石仏や地蔵なんかがよく効くんだよ」

 

払い具でもない神聖な置物を除霊に使うなんてまるで西欧のエクソシストめいた話だ。当然持っているわけがない、仮に運んできたとしてもそれは窃盗だ

 

「窃盗、面白いことを言うね。墓にお彼岸で花輪が備えられているのを見たか?無縁の墓なんだから所有者もなにもないに決まっているだろう」

 

小町は心底がっかりしたような声色で半蔵が身を守るものを持っていないことを嘆いていた

 

「仕方ない。ここはあたいがこの怨霊どもを食い止めるから、ここからまっすぐ東に進むんだ。妙な森に入るだろうがとにかくまっすぐだ。いいね、決してわき道をそれて西にある向日葵の花畑に向かったり、竹の群生林に入ってはいけないよ」

 

小町の顔は強張って、その言葉の真実味を明らかにしていた。半蔵はただ黙って頷くほかない

 

「いいか、まっすぐ走れ!」

 

死神に背中を押され、怨霊から逃げる少年。奇矯(ききょう)な状況なれど、黎明(れいめい)の光に当たった無縁塚の墓標の群れはまるで彼の旅立ちを祝福しているかのように見えた

 

 

 

***

数分ほど走ってもいまだ怨霊は追ってきている。小町がほとんどの霊を抑えてくれてはいるのだが何分数が多い

 

敵愾心を露にした数体はしつこく半蔵を追ってきている。そろそろ体力の限界だった。再思の道も思いのほか長く、まだ季節外れの彼岸花が新たな栄養分を待つかのようにかたわらに沿っている

 

ここから先もしばらく一本道だろう。追いつかれるのも時間の問題だ、それを察した半蔵は新たな逃走ルートを練っていた

 

すると生暖かい風が南の方角から丘の起伏を渡ってくるのに気付いた。花畑や竹林に入るなとは言われているが“丘”に入るなとは言われていない。あそこなら霊たちの攻撃をやり過ごせるかもしれない

 

間髪入れず足に鞭打って丘までのぼることにした。朝焼けが見える早朝とはいえ、まだ空に星が散っている。記憶を写真のような形で掘り返せる半蔵は、その星空を最後の頼りに後程の方角を考え直そうと思った

 

丘に近づくと妙な匂いが立ち込めていることに気づいた。植物由来の物のようだが金木犀の香りでも、山茶花(さざんか)の葉の芳香でもない。即座に幽か(かすか)なものだが体に良くないものだと気付いた

 

一定の高さまでのぼると霊たちは追ってこなくなっていき、頂上まで昇ると見えた景色もまた壮絶なものだった

 

丘はいくつのも草丈と白い花についた植物の群生地になっていた。アマドコロの花にも見えるがそれは違う。草丈がここまで短くないし、色だってこんなに艶やかな白はしていない

 

間違いない、鈴蘭だ。ここは鈴蘭畑だ。これは有毒だ!

 

半蔵は口をつぐんで、巻き起こした事態を悔やんだ。花畑に入るなと忠告されていたのに…向日葵畑だったような気もするが、どちらにせよ危険なのは変わりない。微弱な毒とはいえ吸い過ぎると命に関わるかもしれない

 

即座に元居た道に戻ろうとした半蔵だったが、踵を返した場所に先ほどはないものが置かれていることに気づく。それは子地蔵であった

 

おもむろに持ち上げると造りは幼稚なもので、頭部は大きく窪んでいた。全体的に歪んだ形状をしており、泣いているのか笑っているのかよくわからない表情も相まって、まるで子供が作ったもののようだ

 

「子供地蔵は、水子の霊…未熟児、捨てられた孤児を弔うための物」

 

刃物を突き付けられたかのような殺気。いつのまにか背後に何者かが絶っていた

 

「可愛い目をしているでしょう。杏仁(きょうにん)型の眼といってね、眼肉が杏子の身に似ているの。上下の瞼が同じ弧を描いているのが特徴。高名な仏師が最初に掘ったらしいけど、私も真似したみたわ。スーさんの人形を作った時みたいに」

 

振り返るとそこには金髪に瑠璃色の眼をした少女がいた。いや少女と形容するにも幼すぎるかもしれない

 

まるで仏蘭西(フランス)人形のような出で立ちの彼女は、半蔵の背後に立ってまるで生殺与奪をすべて掌握したとでもいうような不気味な笑みを浮かべていた

 

「人間って勝手よね。今月も何人も自分が産んだ子供をスーさんに殺してもらうために来た」

 

彼女が何者かはともかく、今すぐこの状況から抜け出さなくてはいけない。なのに足がすくんで思うように動かず、少女から怨霊やあの大蜘蛛以上の恐怖を感じてただ震えていた

 

「全員私の毒で殺してやったわ。人間の子供自体はどうでもいいけど、私達人形を捨てる時も同じとってつけたような憐みの表情を浮かべていたから」

 

「で、お前はどう死にたい。喧しい声で鬱陶しい命乞いしないし今ならスーさんの毒で安楽死させてあげてもいいわよ」

 

半蔵は脂汗をかき、瞳の筋肉を痙攣させておびえていたが殺されるとわかった瞬間、恐怖心が一気に冷却されたことを感じた

 

果たして自分は死にたいのか、否だ。では生きて何をするのか、それもわからない。そう考えると馬鹿馬鹿しくて思わず笑みをこぼした。天から降ったか、地から怨霊よろしく沸いたのか得体のしれない人間がここにいる

 

「何を笑っているのかしら」

 

死にたくないという意識はあるがそれが生物由来の本能なのか、または自分の所在に関わるであろう記憶を取り戻りたいという意思から来るものなのか半蔵にはわからなかった

 

だがここがもといた世界ではなくて、自分が早く帰らねばいけないという焦燥感だけは確かにあった。だからこそ半蔵は頭を上げ、瞳を媚態の色に変えて、涙を浮かべながら命乞いをした

 

中途半端に笑顔が残っていたせいで不気味なものになってしまったが少女は押し黙り、丘には森閑とした闇が広がった

 

「お前もしかして……、えっ!」

 

少女が何かを呟こうとした時、おどろおどろしい火の玉が突然音もなく半蔵の背後へと突撃してきた

 

蚊の鳴くような悲鳴。半蔵は完全に怨霊を撒いたと思っていたようだがそれは甘い考えだったようだ。爆発により煙がまきあがり、丘はへこみ、鈴蘭畑は散らされた

 

「ケホケホ…なんなのよ一体」

 

少女が煙にえづきながら目を開けるとそこには右腕を失った“物”の姿があった。それに気付き、少女は驚嘆の声を漏らす

 

事態の惨さより、喜びや意外性が混じったものそれだった。なぜならそこに立っていたのは彼女が想定していた無残な死体か、満身創痍の人間ではなかったからである

 

それは紛れもなく“球体関節”だった。一部の服がちぎれた部分から見えた四肢や失った部位の残りは紛れもなく華奢なそれで、彼は生きる人形だったのだ

 

 

 

***

半蔵の意識が覚醒すると、眩い日光と共にそれに反射するように輝く黄金の髪が目に移った。妖気に満ちた大きな瞳は横たわるこちらを見つめ、子供特有の仄かに暖かい吐息が顔にかかる

 

「気が付いた?」

 

朗らかな様子で話しかけてくる彼女は紛れもなく先ほど半蔵を殺そうとしてきた相手だ。彼は翻ったように起き上がり即座に臨戦態勢を取るがそちらに全く敵意がないことに気づき、困惑する

 

「そんなに警戒しなくてもいいじゃない、失礼ね。そう思わないスーさん」

 

何者だという疑問を口にする前に事態に気付く。鈴蘭畑のど真ん中に寝かされていた事実に、毒を吸い込んでしまったかもしれない。慌てて口をふさぐが素っ頓狂な笑い声

 

「何がおかしいって?フフフおかしいに決まってるんじゃない。無機物が有機物を怖がってるんだもの」

 

今だ状況を掴めていない半蔵が改めて自分の状況を確認すると動揺して座り込んでしまった。服がすべて脱がされている!

 

体は棒切れのように細く、肌は新雪のように白い。まるで生気のない身体だと半蔵は自分なりに思っていたがまさか本当に生物ではないとは思わなかった。関節と関節がマネキンのそれの機関で結びついている

 

「何よその反応、生娘じゃあるまいし。自分の姿を自覚してなかったのはいいけどここまで軟弱だと困るわね」

 

驚愕で腰が抜け、完全に閉口してしまった半蔵の身体を少女は確かめるようにまさぐっていく。今まで確かに存在していた触覚がただの勘違いだったことに気づいた

 

「うん間違いなく安心安全の毒由来の“入れ物”ね。これはいい仲間が増えたわ」

 

不穏な単語に対して聞き返す半蔵だが、少女は「人形解放」といきなり高らかに宣言した

 

「それが私の…いいえ私たちの使命よ。閻魔には見聞を広げなさいとは言われたけどもう人間の邪悪と冒涜は見るに堪えないわ!今すぐ聖戦を始めるわよ」

 

突然攻撃的な思想を発露した彼女についに固まってしまった半蔵だったが、名前を聞かれ咄嗟に言い返した

 

「ふぅーん半蔵っていうの。困ったわね、それじゃ苗字がないじゃない。尊厳ある人格っていうのわね、みんな苗字と名前をセットで持っているものなのよ。私はメディスン・メランコリー、小さなスイートポイズンの誇り高き人形よ!」

 

名前がないということは半蔵にとって恥部のようなものだ。記憶も居所もわからない何者でもない自分を突き付けられたような気がして、半蔵は一瞬目がくらんだ

 

メディスン(薬)メランコリー(憂鬱な)…確かに人を抑うつ状態にするにはうってつけの名前だ。真実は時に人をどんな状況でも受け入れざるを得ない状態にする。まさか無縁の墓に刻まれた戒名を自分の名にしているなんて

 

「いい、今日からあんたはこう名乗りなさい。毒島、半蔵と。あんたの名前は私とスーさんの支配下にある毒の島で産声を上げた毒島半蔵(どくじまはんぞう)よ」

 

メディスンはそう勝手に宣言した。半蔵にとって胃が痛くなるような話だが、その実いい名前だと彼は直感してしまった

 

 

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