黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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ラトアーヌ・フィローネ編
トアル村のこと


黄昏の姫と緑の勇者の物語は、およそハイラル王国の住人と名乗る者の間では知らぬ者はいないほど広く人口に膾炙した冒険譚である。私筆者は、一介の書記であり言語通訳者に過ぎない身であるが、王国中を旅するなかで多くの語り部たちからかの高名な勇者がどこに行き何を為したかについて話を聞いているうち、これを事細かに記録し、この世にも不思議な物語について人々が知り得ていることをひとつの書物に纏めようという大それた野心を起こしたのである。

 

かくして、私は大胆にも私のこのささやかな書き物を今こうして賢明博学たる読者諸氏の前に進呈する次第である。ただ、黄昏の姫と勇者の話については既に多くの作品が世に生まれていることも私は知っている。(よく知られたものでは、絵師のアキラヒ・メカーワ氏による壮大な絵巻物が人気を博している。)私は、私が書き留めた記録がこれらの作品に比べ史実的正確さの点で優れていると主張するものでは断じてない。語り部が聞き手の注意を惹こうとするあまり誇張を述べたてるといった事例は枚挙に暇がないものであるが、それに限らず、害意のない記憶違いや、言い間違い、聞き間違いによってそれまで語り継がれた話が少しづつ本来の姿から変化してしまう危険というものを、書き手はよく心得ていなければならない。従って、私はこの記録物について史実との齟齬や不正確さ、あいまいな点に関し読者諸氏からの指摘があればそれは甘んじて受ける覚悟でこれを世に出すのである。ただ、黄昏の姫と緑の勇者の物語の顛末について、これほど詳細に記しかつ執筆に長期を要した書き物は他にはない、それだけは自負している。

 

ともあれ、この長大な物語をどこから語り始めればよいだろうか。私の知るところ、ぼぼ全ての語り部たちが、あの勇者はトアル村から出たということについては全く一致している。従って、まずはトアル村のおおよその姿と成り立ちについて説明することから始めさせていただきたい。

 

トアル村はラトアーヌ地方北部の農村で、カボチャの生産地として知られている。かつてトアルはゴツゴツとした岩山に囲まれた不毛の地であったそうだ。東西の高山地帯の雪解け水が流れ込む美しい川のおかげで水には恵まれていたが、土地の多くは堅い岩で覆われており、初期のトアル村はその割れ目にわずかに顔を覗かせる土に貧しい作物を植える農夫たちが住むみすぼらしい小屋が身を寄せ合うように集まった寒村であったらしい。

 

村長であるボウは、そのような時代の記憶を自身の祖父から聞いたという。

 

「なにしろトアルは岩だらけで、作物ときたらカボチャを自分たちが食べる分だけ育てられりゃいいほうだった」ボウはその太い腕を、これまた太い腹の上に乗せるようにして組むと目を閉じて頷いた。

 

「俺のじいさんはその岩をどけて畑を広げるのに一生を費やしたようなもんさ。苦労したって?いや苦労も何も、そりゃえらい難儀な仕事だったろうさ」

 

ボウは祖父の傷だらけの手をいまだによく覚えているという。手をつなぐとささくれた感触がするので、ボウは幼いころ祖父と手をつなぐことを嫌がった。彼の手はもはやそれ自体が岩のように固くなり、皮膚の角質があちこち硬化して変色していた。

 

しかしこの祖父の奮闘のおかげでトアル村の畑地は大いに拡大し、ボウの父の代には村のカボチャ生産は現在のような隆興を見たのである。トアルカボチャは生命力が強い。成育が早く、これまた岩のように固い皮を割ると、その中の実は甘く柔らかい。ヤギの乳を入れてスープにしてもよいし、パンや菓子に入れても美味い。やがてカボチャの出荷はトアル村の有力産業となり、ボウが村長になったころにはトアル村は広大なカボチャ畑だけでなく、水車小屋やヤギ牧場、さらには雑貨屋まで備えるまでになった。

 

カボチャ栽培を取り仕切る農夫頭のジャガーは幼いころからボウの祖父と父の手伝いをしていた。彼らのひとかたならぬ苦労を知っていたせいか、ジャガーはカボチャ栽培に強い誇りを抱いていた。生涯を通じてずっと農業一筋であり、それ以外のことを一切知らず育った彼は、二人の息子たちが何かと言えば城下町に行ってみたいだの、剣術を習ってみたいだの、とかく家業とは関係のない新奇なことばかり追いかけるのを見るたび、父親らしく穏やかにかつ威厳をもって窘めようと努めるのであった。

 

「作物ってのは懸命に手をかければ必ず育つもんだ。土は人を裏切らねえ。おめえらも自分の手で苗の一つも育ててみろ。ちっちゃな芽が蔓を伸ばして、花が咲いて実がなるのを毎日見てみろ。そうすりゃ、おめえ、これこそ女神様が人間に与えたもうた一番大事な仕事だってことに気づくってもんよ」

 

だが息子たちはほとんど親父の話を聞いていなかった。長男のタロは最近剣士に憧れており、道端で枝を拾ってはきてはむやみやたらと振り回したり、木を敵に見立てて決闘前の口上を述べる練習をしたりで忙しい。次男のマロに至っては「父さん、僕は農夫じゃなくって経営者になりたい」と言い張っている。ついこの間までハイハイをしていた幼児が、しゃべれるようになった途端にそんな大層なことを言い始めたのを見て、ジャガーは妻ともども椅子から転げ落ちそうになるほど驚いたものだ。

 

「農場の経営ってのも悪くはないと思うよ。でも僕は農業そのものじゃなくてあくまでも経営がやりたいんだ。考えてもごらんよ。城下町では物の値段がこの村の三倍ぐらいなんだって。だからあっちでは貧乏人はカボチャさえも食べられないんだってさ。これおかしいと思わない?」

 

マロは大人たちの何気ない会話の内容をことごとく記憶して完璧に再現するという奇妙な能力を持っていたうえ、こんな持論まで述べ立てるようになった。本当に理解してしゃべっているのかどうかはわからなかったが、その内容は首尾一貫しており筋が通っているので、それが余計に恐ろしかった。

 

「やっぱり行き当たりばったりで商売してるからそうなるんだよ。もっと頭を使ってさ、儲けは少しにする代わりにできるだけたくさんの数を売るとか、余ったお金は大きな馬車を買うためにとっておくとか、そういう工夫をすれば、どこに行っても同じ安い値段で物が買えるような仕組みが作れると思うんだよね」

 

マロはことあるごとにそう主張し、あげくの果てに自分の店を持ちたいと言い出して両親を呆れさせた。その並外れた頭の良さを見た村人たちのうちには、彼を城下町の学校に通わせてはどうかと提案する者もいたが、ジャガーは全く取り合わなかった。彼自身、読み書きどころか算数も習ったことがないし、正規に学問を積んだ人間に出会ったことさえなかったから経営など想像の埒外であった。なんとなれば、この村では村長のボウでさえ学校を卒業してはいなかった。(受けた教育といえば、ハイラル軍の兵士だったころに最低限の読み書きを覚えたきりである。)

 

剣士の真似事をしていないときは、タロは弟を伴って雑貨屋の娘のベスとよく遊んでいた。ベスは商売人の娘だけあって情報通であった。彼女は両親のところにやってくる行商人から聞き出したよもやま話をタロとマロに聞かせるのである。その話には、火山に住み相撲を好むという勇壮なゴロン族たちや、ハイリア湖の底にあるという秘密の神殿の話、果ては宮廷貴族たちにまつわるゴシップまでが含まれていた。タロはそれを聞いて、遠くハイラル城のふもとにたなびく王家の紋章をあしらった旗と、その下に整列する儀仗兵たち、さっそうと馬を乗りこなす騎士などに思いを馳せ、かたやマロは商品の流れと物価の情勢を事細かに知りたがり、もし自分ならどの地方に行って何を売るかを腕組みしてじっと考えるのが常であった。

 

タロとマロの兄弟とベスの家の近所にはモイの息子であるコリンも住んでいた。だが、引っ込み思案な性格のコリンはこの三人の子供たちの輪の中にうまく入ることができずにいた。コリンの父親モイは村でただ一人の剣士である。彼はこの村の出身だったが若い頃城下町に出て兵士になり、その後各地を放浪したのちに村に帰ってきた。モイの剣の腕は村長のボウが保証するところであり、ボウ自身もかつては兵士だったのだが、剣では決してモイには勝てないと認めていた。(しかし相撲でなら勝てるというのが持論であった。)ともあれ、辺境の村においては剣士であるというのはすなわち用心棒であるというのと同義だ。モイは自分の畑地も持っていたが農作業ほとんど人任せで、本当の役目は村にやってきたよそ者を距離を置いてさりげなく監視したり、稀にフィローネの森から魔物が迷い込んできたときにはこれを追い払うといったことであった。また、村の若者同士のケンカがエスカレートしたときに出て行って仲裁するのも大抵はモイだったのである。

 

「この村はなにしろ四方を岩山に囲まれてるからなぁ。フィローネとトアルの境だけ見張ってりゃ良いんだから、用心棒をやるにはこんなに楽な場所はねえってもんだよ」

 

モイの言うとおり、トアルの住人にとって唯一注意を要する場所はフィローネの森へと通じる北部の吊り橋とその先の左右高い崖に挟まれた小道だった。その辺りは昼でもじめじめと薄暗いうえに、過去に何度か悪鬼たち(気が荒いボコブリンや狡猾なブルブリンなど)が目撃されたこともあった。それゆえ吊り橋のトアル側の終端には柵が設けられており、夜間はそれを固く閉じておくのが村の掟であった。

 

そんなモイの密かな悩みは、息子のコリンがあまりにも気立てが優しく繊細で、剣士には到底不向きな性質であることだった。コリンは子供同士の喧嘩になったときでさえ、相手を傷つけるくらいなら、と自分から譲ってしまうような子であった。動物と植物の世話は好んでするが、剣には全く興味を示さないし、剣術の手ほどきをしても少しも上達しないので父を失望させた。モイは、その失望感を息子の前で露わにするほどデリカシーのない男ではなかったが、それでも息子が傍にいないときなどにはそっと溜息をついて、妻のウーリに愚痴をこぼしたものだ。

 

ウーリはボウの姪で、夫のモイとはだいぶ歳が離れている。もともと十年前放浪から帰ってきたボウが荒れ放題になっていた生家を片付けているとき、ボウの家に遊びに来ていたウーリが、叔父のいいつけで、ボウの娘イリア、そしてボウの養子であるリンクを伴って手伝いに来たのが縁となった。モイは一目でウーリが気に入った。兵士あがりの不器用な彼は懸命に知恵を絞ってウーリにアプローチしようとしたがなかなか功を奏さず、結局ボウに口を利いてもらい縁談をまとめてもらったのである。

 

モイとウーリが出会ったとき、イリアとリンクはまだ六歳であった。モイは自分の家に入ってきたこの利発そうな男の子が椅子に立てかけてあった剣を見て目を輝かせたのを見逃さず、それ以来暇を見つけては剣術を教え込むようにしていたのである。リンクはすばしこく力も強いので上達は早かった。その成功体験からか、コリンが生まれたときには実の息子ならなおのこと剣術を能くしてくれるだろうとモイはおおいに期待していたのである。ところが実際には剣を持とうともしないどころか喧嘩さえ避ける始末である。モイにはそれが歯がゆくてならなかった。息子というものはおおよそ父親に憧れ、父親のような男になろうと志すものではなかったのか。なぜ俺の倅はそんな素振りさえ見せないのだろう。そんな思いが去来するたびにモイは誰にともなく呟くのだった。

 

「コリンの奴、剣士なんてただの遊び人や何かと同じだと思ってやがるのかもな」

 

モイが自嘲気味にそう漏らすと、ウーリは静かに宥めるのが常であった。

 

「あの子はまだ小さいから。大きくなって物事がわかるようになったらあなたがどれだけ頼りにされてるか分かってくれるわよ」

 

ともあれ結局のところコリンにとって一番気が合うのがイリアとリンクだった。年かさの二人はタロたちと違ってコリンをからかうこともなく、馬に乗せてやったり、蜂の子の取り方を教えてやったりと何かにつけて可愛がったが、それがなおさらタロの不興を買う原因となった。

 

イリアは母親譲りの美貌と父親譲りの意志の強さを併せ持った少女である。彼女はまた、村では珍しく開明的なものの見方ができる人で、剣士の息子は剣士になるもの、農夫の息子は農夫になるもの、といった固定観念に常日頃から疑問を抱いていた。口に出すことはないものの父モイが自分に失望していることを気づき始めたコリンに対し、イリアはいつも励ましの言葉をかけるのだった。

 

「あなたは剣士の子だからって剣士にならなくったっていいのよ。それにあなたが何になるかをどうして今すぐ決めなきゃいけないの?あなたは動物の世話だってできるし植物だって上手に育てられる。あなたが一番得意なことをやるのが、あなたにとっても村の人たちにとっても一番幸せだと思わない?」

 

そんなこんなでコリンはイリアを実の姉のように慕って、いつも彼女にくっついて回っていた。ボウはただ腕を組んで黙って見ているだけで、他の家の教育方針には口を出さない主義である。ボウは村の長として、特定の家の事情に深入りしたり、誰かを身びいきしたりせず、全てのことに目を配る責任があった。

 

それに、ボウはほかの問題に頭を悩ませていた。それはほかならぬ養子のリンクをどう処遇していくかということであった。

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