「私は風の精霊です」
回転しながら中空に浮いているブーメランから声が聞こえ、リンクは仰天しながらも武器を下ろした。
「勇者よ、あなたが影の王と戦うなら私は手助けしたい」
またブーメランがしゃべった。するとミドナが出てきて口を挟む。
「おいおい、なんかあやしいな。本当に精霊がこんなブーメランの中にいるものなのか?」
「恥ずかしながら私はこのブーメランの中に閉じ込められてしまったのです」
ブーメランは言った。
「私は風を司る精霊のひとり。人によっては私のことをゲイルと呼ぶ」
自己紹介をすると、ブーメランは回転を速めた。するとたちまち強いつむじ風が起こる。
「私の本来の力は風を起こすこと。このブーメランの中に入ってはいても、まだその力を多少は使うことができる」
「なるほど。まあこいつが手伝ってくれるっていうんなら便利かもな」
ミドナは一応納得したようだ。リンクがブーメランのほうに手を伸ばすと、それはゆっくりと回転速度を落とし、やがてリンクの手の上に着地した。リンクはためつすがめつブーメランを眺めてみた。象牙のような真っ白な木でできており、中心部には美しい金属の装飾が施されたものだ。
「若者よ、あなたが選ばれし勇者ならば既に知っているはず。影の王が為したことを。今や人間たちのみならず精霊たちさえも彼の桎梏に苦しんでいる」
ブーメラン、いや風の精霊が言った。リンクはフィローネの精霊が言ったことやあの骸骨剣士の言葉を思い出した。リンク自身は、イリアや他の誘拐された子供たちを取り返すことばかりを念頭に置いていたが、やはり自分の運命はもっと大きな戦いに否応なしに巻き込まつつあるのだろうか。
「僕の名はリンクだ」
リンクは言った。
「僕はただの田舎の若者だ。自分のことを選ばれた勇者だなんて思ったことは一度もないよ」
「わかっています。勇者は王族や貴族ではなく常にありふれた若者の中から選ばれるのですから。しかしあなたはもはやあなたの運命を否定できないはず。このハイラルの危機にあってあなたは稀有な経験を通ってきました。それがほかでもないしるしです」
精霊の言葉を聞いてリンクは考えた。そして、イリアたちを取り戻すにしても、フィローネの精霊が言ったようにミドナと力を合わせてでなければ前に進むことができないことを思い出した。もはや、この想像もしなかった大きな戦いに身を投じる以外に道はないようだ。
「わかった。ゲイル、君に力を貸してほしい」
「喜んで。あなたのために私の力を尽くしましょう」
精霊は答えた。リンクはブーメランをベルトに挟んだ。それと同時に、ひどく空腹なことに気づいた。今日は朝から戦いにつぐ戦い、冒険につぐ冒険だったのだ。リンクはポールにもたれかかって床に座り込むと、ジャガーにもらったパンを齧り、力をつけるため干し肉も頬張った。最後に瓶に入った山羊ミルクを飲み干し、一息つく。
頭と右腕の負傷は大したことはなさそうだ。床板ごと吹き飛ばされて落下したとき打った背中は、これまでは緊張の連続で気にならなかったのが、休息をとるとズキズキ痛み始めた。
だがその一方で、このブーメランに宿った精霊が味方になってくれるというのは心強かった。ミドナと違って礼儀も正しく、リンクを一人前として扱ってくれるところが好ましい。
食事と休憩を終えてリンクは身支度をして立ち上がった。だが部屋の扉に向かって歩き始めたあと、そこにまだ格子が嵌っているのを見て立ち止まった。閉じ込められたままだ。
リンクはまたミドナにからかわれると嫌だったので自分で脱出方法を考えることにした。扉の上部をよく見ると、小さな風車が壁に抉られた穴に設置されている。もしかすると、あの途中で渡った橋と同様、風車を回すと動力が作動するようになっているのかも知れない。
リンクはゲイルを呼び出した。
「ゲイル、あの扉の上の風車を回してくれないか?」
「お安い御用です。私を投げてください」
精霊は答えた。リンクがブーメランを構えて投げつけると、それは過たず正確に風車に向かっていった。不思議なことに、ブーメランは風車の近くに数秒間滞空してつむじ風を起こし、それから戻ってきた。
ブーメランがリンクの手に戻ってくると同時に、ガタガタと音がして、扉に嵌っていた格子が一メートルほど上がった。やはり風車を引き金にして動くようになっているのだ。リンクがもう一度ブーメランを投げつけると、さらにもう一メートルほど上がる。最後にもう一度投げつけ、やっと格子が完全に上がり扉が開けられるようになった。
「この神殿の動力は風です。風車を風で動かせば大抵のことは解決するはずです」
精霊は請け合った。そうか、とリンクは気づいた。途中の橋など神殿のそこここに風車がついていたのはこのためだったのか。
「その通り。あの狂った猿は私を使役してこの仕組みを自在に動かしていたのです」
リンクの推理を聞いた精霊はこう答えた。それにしても狂った猿に使役されるなんてどれほど辛いだろうか。リンクは同情を覚えるとともに、ミドナに馬鹿にされたくらいで不満を覚えていた自分は贅沢だったかもしれないと思い直した。
リンクは扉を開けて外に出た。来たときに猿の助けで渡ってきたロープを見ると、四匹の猿たちは既にいなかった。だが、左手を見ると、通路が東に伸びており、その先に風車で回転する橋が二つ一組でかかっている。以前地図を見たとき、この周辺に橋の支柱を示すとおぼしき印があったのを思い出した。この橋のことだったのだ。また、その二つの橋の先にある踊り場からは、さらに南に向かって同じような二つ一組の橋がかかっている。ここを通って、リンクが以前訪れた木道の部屋に戻れる仕組みになっているようだ。
ただ、目の前の二本の橋は、互いに直角になってしまっていてこのままでは渡れない状態だった。だがこういうときこそブーメランの出番だ。リンクが投げると、精霊の宿ったブーメランは通路と直角になったほうの橋の真ん中にあるやぐらの上の風車を回転させた。橋はガタリと音を立て回転を始め、やがて通路と平行になった。これで向こう岸にいける。
向こう岸は直径十メートルほどの踊り場のようになっている。だが、リンクはそこにボコブリンが一匹うろついているのに気づいた。その近くには檻が木から吊り下がっており、中には猿がいる。
リンクはブーメランを手に持ったまま橋を渡って近づきながら精霊に話しかけた。
「ゲイル、君の力でボコブリンを倒すことはできるか?」
「残念ながら私にそこまでの力はありません。気を逸らすことならできますが」
今はそれで十分だ。橋を渡り切ると同時にボコブリンがこちらに気づいて振り返った。リンクはブーメランを投げる。飛んで行ったブーメランはボコブリンの頭部に当たった。それ自体は大した打撃ではなかったが、続いて発生したつむじ風が悪鬼の顔を直撃した。リンクは悪鬼が風に巻かれて当惑している間に、そいつの横を通り過ぎて猿の檻に向かってダッシュした。だが檻の下まで行くと、吊られている場所が高く手が届かない。ブーメランがリンクの手に戻ってきた。
「リンク、私がこの檻を吊っているロープを切る」
精霊が言う。ボコブリンはやっと気を取り直したのか、首を振りあたりを見回している。だがまだリンクが自分の脇を通り過ぎていったことを気づいていないようだ。リンクが少し下がってブーメランを上に向けて投げるとすぐさま檻を吊ったロープが切断される音がした。檻は床に落下してバラバラに壊れた。壊れた檻から猿が飛び出す。ボコブリンは呆気にとられたように猿を見つめていたが、すぐ鉈を構え、猿を追いかけようとした。だが猿はすぐさま走り始め、リンクがもと来た橋を渡ったあとどこかに行ってしまった。ボコブリンは猿を取り逃がしたことに気を取られリンクのことは忘れてしまったようだ。リンクは戻ってきたブーメランを受け止めた。
「まだまだ捕まっている猿がいるみたいだな。全員助け出して礼でもさせるか」
ミドナが現れて言った。この広い神殿の全体を捜索するのは骨が折れるだろうが、リンクもできることなら猿を全員助け出して元の群れに戻してやりたいと思った。
リンクはボコブリンがこちらに振り返る前に先に進むことにした。立っている踊り場から南にある二つ一組の橋の手前側が通路と直角に止まっている。リンクは再びブーメランを投げ、その橋の中央のやぐらの上にある風車を回し、橋を直角に回転させた。リンクが橋を渡り始めるとボコブリンはリンクに再び気づいたのか、喚き声を上げ始めたが、もはやこちらとしては用はない。
二つの橋を突き当たりの扉を開ける。やはりあの木道の部屋だった。リンクは床まで降りると、西側の扉を開けて最初から二番目の部屋に戻った。
その部屋には、どこから戻ってきたのか、二匹の猿が中央の舞台の上にいた。リンクの姿を認めると、再びそれぞれ東西の扉と中央の舞台の間に天井から吊り下がった綱に飛びつき、リンクに渡るよう促してきた。
リンクは再び地図を見た。この後は、西の扉から沼の部屋に行き、そこから北に向かうべきのようだ。やはり猿たちの導きに従うのが正解だと再確認したリンクは地図をしまうと、猿たちの手を伝って西の扉に到達した。そこを開け、暗い通路を左に進んで沼のある部屋に入る。
リンクはところどころ板が抜けた橋を渡り、北側の扉の前の広場に行き着いた。だがふと左を見ると、西側の扉の脇にある吊り橋の向こうに立った四つの風車つきやぐらと、その奥にある門の中の箱が気になった。
「ゲイル、風車を回すことでこの神殿のいろいろな仕掛けが動くって言ってたよね。あのやぐらもそうなのかな?」
リンクはブーメランを取り出して話しかけた。
「おそらくそうです。私自身はまだあの四つの風車を動かしたことはありませんが」
壊れた橋を乗り越え、西側の扉の前を通り過ぎて吊り橋を渡ると、リンクはやぐらに向けブーメランを投げてみた。ブーメランはそれぞれのやぐらの傍でつむじ風を起こして戻ってきた。四つの風車は回転したが、何も起こらない。順番が間違ってるのだろうか。もう一度試してみたが結果は同じだ。
「ちょっとした謎かけですね。この奥の門の向こうの箱には相当重要なものがしまってあるのでしょう」
ゲイルが言う。
「重要なもの?何だろうそれ」
「わかりません。しかし彼ら魔物たちはこの神殿の奥にひどく邪悪なものを隠しているのは確かです。それにつながる何かかも知れません」
リンクが尋ねるとゲイルは答えた。するとミドナが現れて口を挟んできた。
「おい、二人とも地面をちゃんと見てみろよ。この線に沿った順番で回せってことじゃないのか?」
そう言われてやぐらの立っている地面を見てみると、土を軽くえぐるようにして線が引いてある。右奥から左奥へ、そこから右手前へ、そして最後に左手前のやぐらに続いているようだ。
「さすがミドナは賢いですね。私は気づきませんでした」
ゲイルが言った。リンクが早速右奥のやぐらに狙いを定めて投げると、ブーメランは線の示す順番どおりに風車を回していった。
すると途端に、奥にあった頑丈な門がガタガタと揺れ始め、やがて重々しい音を立てて開いた。正解だ。
「見たろ?お前らとは頭の出来が違うんだよ」
自慢するだけ自慢してミドナは消えてしまった。リンクは奥に進んで箱に手をかけた。今まで見た箱よりも一回り大きく、黒い石のような素材でできていて、魔物の角や皮膚を思わせるようなゴツゴツとした装飾が施されている。重い蓋を開けると、その中には三十センチほどもある大きな鍵が入っていた。
「何だろう?」
リンクが取り上げると、ゲイルが言った。
「何にせよ、奴らにとってはよほど取られたくないもののようですね」
「なら貰っておいて損はないね。もしかすると魔物の親玉がいる場所への鍵かな?」
そう答えると、ゲイルはやや真剣な口調で言った。
「リンク、くれぐれも気を付けてください。この神殿には異常なほどの魔力が漂っています。特にあの影の王が来てから何もかもがおかしくなってしまったのです」
それを聞いたリンクは、先刻訪れた部屋で見た異様なサイズのデクババやその他の危険な植物たちを思い出した。
「私はかつてこの地方で民に風を与える役割を果たしていました。ここは昔民の礼拝の地で、危険な場所ではなかったのです。しかし民がいなくなったことで放置され荒廃してしまいました。そこに影の王がやってきたのです」
「それはいつごろのことなんだろう?」
「最初に変化が起きたのは半年ほど前です。魔物たちの数が異様なほど増え始めました。私はその当時はここまでのことが起きるとは予測が付かなかったのです。しかし影の王がこの場所を利用して恐ろしいことを企んでいるのは確かです。リンク、勇者といえどもそれを打ち破るのは容易ではないはず。用心してください」
「わかった。気を付けるよ」
リンクは大きな鍵をしまうと、吊り橋を渡り、壊れた橋を乗り越えて北側の扉を開けた。そこから野外に出て橋を渡り、その先の扉を開け中に入る。以前小さな鍵を手に入れた箱を右手に通り過ぎて階段を降りる。目の前には回転橋が通路と直角になって止まっている。よく見ると、橋を直角に回転させれば北の方にある扉に行き着く通路とつながると同時に、今現在はこの橋は東西にある扉に至る木道と接続されていることがわかった。だが、ボコブリンが一匹づつ、東西の扉の前に立って警備している。また西側の扉には鎖と錠前がかけられていた。
リンクはまず東側の扉から取り掛かることにした。ブーメランを投げ、橋の風車を回す。橋に足を踏み入れると戻ってきたブーメランを再び投げ橋を元の位置に戻した。だが、二匹のボコブリンが気づいて威嚇の声を上げる。ブーメランをしまうとリンクは盾と剣を構えた。東に進むと、警備のボコブリンが鉈を構えて喚いている。背後のボコブリンと挟み撃ちされると不味いと判断したリンクはためらわず歩調を上げて間合いを詰めると、相手の最初の一撃を盾で受け止めるなり回転斬りを放った。胴に深手を負ったボコブリンはそのまま木道から足を踏み外して落下していった。
もう一匹のボコブリンが叫びながらこちらに走り寄ってくる。リンクはそいつが接近するのを待ち、いきなり振り向いて横斬りを放った。鉈と剣が火花を散らす。返す刀で反対方向に横斬りで斬りつける。肩口から胸に深手を負いながらもまだ悪鬼は鉈を振り上る。リンクはよく見極め盾でそれを逸らすと、ボコブリンの腹に深々と突きを入れた。剣を抜きざま相手を突き飛ばすとそいつも木道から遥か下方へと転げ落ちていった。
リンクは血払いをして剣を仕舞うと、東の扉を開け中に入った。三十メートル四方の丸い部屋で、床の三か所ほどに二メートルほどの大きな穴が開いている。穴に蜘蛛の巣がかかっているのを見てリンクは先客の存在を知った。あの巨大蜘蛛だ。天井を見上げると、案の定二匹ほどがぶら下がっている。それと同時に、猿の鳴き声がどこからか聞こえてくる。部屋が薄暗いのでリンクはカンテラを点けてみた。だが部屋の中にはどこにも檻は見当たらないので、どれかの穴の中に捕らわれているものと思われた。
「ミドナ、いやミドナ様。例のあの連中がいますけどどうします?」
リンクはちょっとした意趣返しのつもりでミドナにおどけて話しかけた。
「余計な事言わず早く片付けろ。終わったら呼んでくれればいい」
ミドナは硬い声で答えたあと黙り込んでしまった。リンクはカンテラをベルトにぶら下げると武器を再び構えた。蜘蛛たちの作戦は、獲物が真下に来たらいきなり降りてきて襲うというものだ。リンクはまず右手前にある穴に近づいていった。上に巨大蜘蛛がいるのはもうわかっていた。リンクが穴の際に到達すると思ったとおり上からするすると下りてくる。リンクはすかさず剣を上に跳ね上げた。だが固い脚に逸らされてしまった。目の前に音もなく降りてきたかと思うと蜘蛛はいきなり突進してきた。だがもうリンクは慣れている。盾でしっかりと受け止める。二度目の攻撃を受ける前に身を低くして突きを入れた。剣先が巨大蜘蛛の口の中に入る。剣をさらに突き入れてこじると、相手は痛みを感じたのか思わず後退した。追撃しようと前進したが、リンクは自分が濃い蜘蛛の巣が張った穴の上に足を踏み入れてしまったことに気づいた。
まずい。リンクは自分の体が沈んでいくのを感じた。怒りに燃えた巨大蜘蛛は態勢を立て直すと、蜘蛛の巣に両脚が沈み込んだリンクを頭から喰らおうとのしかかってきた。リンクは必死で剣を突き上げる。巨大蜘蛛の胸に切っ先が食い込んだが、足が踏ん張れないので致命傷を与えられない。
「おいリンク、やばいんじゃないのか?大丈夫なのか?」
ミドナが震え声で言う。リンクは何度も剣を突き上げる。巨大蜘蛛はリンクにのしかかろうとしてそのたびに胸や腹に傷を負ったがそれでも諦めず襲ってくる。すると、リンクが腰に掛けておいたカンテラから蜘蛛の巣に火が移って燃え始めた。
たちまち蜘蛛の糸が燃え尽き、その上に乗っていた巨大蜘蛛はひとたまりもなく穴の下に落ちていった。リンクは間一髪で穴の縁にしがみついた。剣を床の上に投げ、体を引き上げてようやく一息ついた。
「まったく頼りないったらありゃしない。足元くらいちゃんと確かめろ」
やっと平常心を取り戻したミドナが文句をつけた。リンクは言葉もなかった。二匹の巨大蜘蛛を倒して自信がついたのが行き過ぎて慢心につながったのかも知れない。ようやく落ち着くと、今度はカンテラを提げて今しがた巨大蜘蛛が落ち込んでいった穴を覗き込んでみた。
どうやら部屋は二層構造で、下層には同じくらいの空間が広がっていた。先ほどの巨大蜘蛛がいるほか、部屋の隅には例の爆弾虫もいる。よく探すと、離れた場所にあるもう一つの穴の下に小高い台がありその上に檻が置いてある。猿はあそこだ。
リンクは穴から顔を上げると、カンテラを仕舞って猿の檻の上に位置する穴に向かった。巨大蜘蛛が上にいるのもわかっている。ふと思いついてリンクはブーメランを取り出した。巨大蜘蛛がぶら下がっている糸に向かって投げつける。
糸を切られた巨大蜘蛛はたちまちドスンと落下してきた。これで互角だ。リンクはブーメランをベルトに挟むとしっかりと武器を構えて接近した。巨大蜘蛛がカチカチと顎を鳴らしながら迫ってくるのを、剣の切っ先で牽制しつつ後退し、次第に穴から距離を取る。やがて巨大蜘蛛が一気に突進してきた。リンクは横に飛んで躱すと、相手が向きを変えた瞬間に突きを顔面に入れた。そして二発目。さらに巨大蜘蛛の体が浮いた瞬間に横斬り、そして回転斬りを放つ。ざっくりと刃が身に入った。続けざまの痛撃がこたえたのか巨大蜘蛛の動きが鈍る。リンクは剣を逆手に持って飛び上がり、相手の頭部に深く突き立ててとどめを刺した。
巨大蜘蛛は断末魔の痙攣をして動かなくなった。リンクは血払いして剣を仕舞うと、今の蜘蛛が潜んでいた場所の下にある穴に近づいた。こちらも濃い蜘蛛の巣に覆われている。カンテラに火をつけて近づけると、すぐに燃え始めた。猿のキイキイ騒ぐ声が聞こえる。
「待ってろ、もうすぐ助けてやる」
リンクは声をかけながら穴に手をかけて飛び降りた。檻の置かれた高台は二メートルほど下だ。猿は救助者に気づいたのかますます鳴きたてる。リンクは檻の格子を剣で何度も叩いて緩めると手をかけて取り外した。猿は喜びいさんで飛び出し、穴の上に飛び上がった。
穴に降りたはいいが、リンクは猿のように飛び上がることもできないので、出る方法を見つけないといけない。周囲を見回すと、リンクがいる高台のすぐ近く、部屋に入ってきた入口とは反対の方向に、蜘蛛の巣の張っていない穴があり、そこから蔦がびっしりと生えて垂れ下がっている。もう巨大蜘蛛にも爆弾虫にも用はない。リンクは剣を仕舞うと、助走をつけて蔦に飛びついた。何とかよじ登り、上の床に辿り着くことができた。
猿は扉の前で待っていた。扉を開けて通してやり、部屋を出る。正面、橋の先にある西側の扉には鍵がかかっているから、他の場所で鍵を探さなければいけない。まだ捜索していないのは北側だ。リンクは橋に乗るとブーメランで風車を回した。橋はガタンと音を立て直角に回る。北側への木道は、途中から高い段差になっているが、手をかけてよじ登ることができた。北の扉を開け、助けた猿とともに進むと、そこは屋外ではあったが、空が見えない。光がほとんど差してないところを見ると、どうやら上のほうは巨木から広がる濃い枝葉で覆われているようだ。右手には回転する橋が二つあり、こちらも互い違いに直角に配置されている。その向こうは蔦の生えた崖になっていて、その崖の上に手すりのしつらえられた広場があるところを見ると、何かがありそうだ。
正面には遠くにもう一つ別の巨木がありその幹にひときわ大きな扉が作りつけられている。その扉はこれまたひときわ太い鎖と頑丈そうな錠前で閉じられており、こちらから向こうに至る木道は途中で完全に崩壊していた。彼我の間隔は十メートル以上ある。
左側には、もう一つの巨木の幹が斜面状になっており、そこに平らで固いキノコがえ生えている。まるでテーブルのような大きさだ。その上には猿が何匹が集まってきていた。リンクが今しがた助けた猿は仲間の姿を認めると喜びの鳴き声を上げた。高く遠くへ跳躍すると斜面の下のほうに着地し、キノコの傘でできた猿の集会所によじ登っていった。
「やれわれ、神殿を全て見て回るってことは猿を全員助け出すってのと同義らしいな。仕方ない。残りも助けてやるか」
現れたミドナが、自分が救助のため骨を折ったわけでもないのにぼやいた。
「リンク、あの奥の扉ですよ」
ゲイルがリンクに話しかけた。
「あそこに何があるんだろう?」
リンクが尋ねるとゲイルは答えた。
「わかりません。ですがあそこから強烈な魔力が発散しています」
「その通りだ。私たちが探しているものも多分あそこだな」
ミドナも同意する。
「リンク、しかしくれぐれも気を付けて。あそこにいる何者かはおそらくこれまでに見た魔物などとは比べ物にならないでしょう」
風の精霊は先ほどと同じ警告を繰り返した。用心の必要性はわかった。だがリンクとしては先に進まないわけにいかない。とりあえずは先ほどの部屋の西側の扉についた錠前を解く鍵を手に入れなければならない。リンクは右手にある回転橋に足を踏み入れた。今いる橋を回転させると、その先の橋と接続される仕組みになっている。
リンクはまず橋のやぐらの上の風車をブーメランで回転させ、次の橋に渡ると、その橋の風車も回転させた。崖のふもと右手にある木で作られた台のようなものの陰にボコブリンがうずくまっていたのに気づいて、リンクは剣を抜きながら橋から向こう岸に足を踏み出した。
ボコブリンのいる場所は人の身体半分ほどの高さの段差の上だ。相手はリンクの気配に気づくと立ち上がって鉈を取り上げ、威嚇の唸り声を発した。このままでは不利と悟ったリンクは、盾を構えながらボコブリンを引きつける作戦にした。
悪鬼はのしのしとこちらに向かって歩いてきて、段差の上で鉈を振り上げながら喚いていたが、やがてリンクが動かないのを見ると、段差を飛び降りてきた。しかしリンクと違って身は軽くない。その瞬間を待っていたリンクは、ボコブリンが着地後態勢を立て直す前に縦斬りを叩きつけ、横斬りで首を払った。さらに回転斬りを放ち、最後に突きを食らわせる。
崩れ落ちたボコブリンの横でよく血払いして剣を納めると、蔦の生えた崖に向かった。だが、よく観察してみると、人の頭ぶんもありそうな蜘蛛が数匹取りついている。
リンクはゲイルに話しかけた。
「ゲイル、あいつらを君の風で吹き飛ばせるか?」
「お安い御用。あの程度なら私の刃で倒すこともできますよ」
リンクがブーメランを投げると、それは蔦の上を薙ぎ払うようにして次々と蜘蛛を吹き飛ばしていく。見ると、蜘蛛は一匹また一匹と崖下の床に落ちたちまち断末魔の痙攣を起こしていった。なんと便利な力だろう、とリンクは感心してしまった。
蜘蛛たちが一掃されると、リンクは蔦に手をかけて登り始めた。だが真上を見ると手すりに塞がれて這い上がることができないようだ。少し登って右手の台の上に乗り、上を見ながら右に移動しているとようやく手すりの切れているところが見つかった。再び蔦にしがみつき、そこを目掛けて登っていく。登り切って這い上がると、左手奥の右側に扉があったが、ボコブリンがもう一匹いた。リンクは素早く剣を抜いて盾を構えた。
ボコブリンはリンクに気づくと鉈を持ち上げて威嚇の声を上げた。リンクは油断なく盾を真っすぐ前に突き出して前進する。悪鬼も近づいてきて間合いに入る。ボコブリンがいきなり鉈を大きく横に払った。盾に衝撃が走ったのを見計らい、リンクは左からの横斬りでその腕を切り裂いて深手を負わせ、相手の左側に回り込んだ。悪鬼がそれでも返す手でまた鉈で払おうとするのを、剣を跳ね上げて軌道を逸らし、右から袈裟斬りにした。さらに突きを喰らわせる。息も絶え絶えになった悪鬼はそれでもどうにか足を踏ん張っていたが、最後にリンクが回転斬りで首を刎ねるとドウと横倒しになった。
血払いして剣を納めると、リンクは奥の扉を開けた。中に入ると思いの外広い。燭台で各所照らされ、目の前に広場があり、その奥にある壁の高いところに縦三メートル横十メートルほどの洞窟の入り口があったがそれは左半分くらいが岩で塞がれている。壁にはびっしりと蔦が生えているのだが、具合の悪いことに、蔦で登れる箇所が岩で塞がれており、洞窟の入り口の空いている右半分の下の壁はつるつるした岩壁だった。
右手にも左手にも沼があり、右手の沼にはその途中に狭い中洲があってその上にあの待ち伏せ型の巨大な花が咲いている。その先の水面は狭い陸地に突き当たっており、その上に前に小さな鍵を見つけたのと同じ頑丈そうな木の箱が置いてあった。左手の沼には太い倒木が浮いており、その中頃にある穴から爆弾虫が顔を覗かせている。
正面の壁にある洞窟から猿の鳴き声がきこえる。牢獄があるのだろう。足を踏み出したリンクは、しかし嫌な予感を感じて立ち止まった。目の前の地面に例のヘビババの葉が広がっている。リンクが剣と盾を構えて近づくと、案の定頭をもたげこちらに向かって口をバックリ開いた。リンクは踏み込んでヘビババの茎を切断すると、思い切り回転斬りを叩きつけて深手を負わせた。まだうごめいているところに突きをくれるとようやく大人しくなった。
まずは猿を助け出してやりたい。だが前方の洞窟の入り口の岩をどうやって破壊しよう?左手の、爆弾虫のいる場所には泳いでいくしかない。しかし、それではそいつを大人しくさせたあと連れて戻ってくる間に爆発してしまう。どうすればいいだろう?
リンクはゲイルに声をかけた。
「ゲイル、あの爆弾虫を風でこっちに運んでくることはできるかい?」
「やってみましょう。あの位の大きさならできると思います」
リンクがブーメランを投げると、それは爆弾虫のところに飛んでいき、そこで一旦滞空すると、強いつむじ風を起こし始めた。爆弾虫がふわりと浮上し、リンクのところに向かってきた。リンクが手を出すと、爆弾虫はその上にポトンと落ちて来た。じっと動かないが、既に発火しているのか、燃焼音がして煙が出ている。リンクは前方に向かって駆けだした。洞窟の入り口の岩に近づいて爆弾虫を投げつけようとしたその瞬間、壁のふもとにあった地面からヘビババが鎌首をもたげてきた。不意を突かれたリンクは爆弾を放り出した。ヘビババが口を大きく開けて襲ってくるのを間一髪で横に転がって避ける。地面に伏せて両手で頭をおおう。凄まじい爆発音がし、爆風が頭上を通り過ぎていったのがわかった。顔を上げると、爆弾は崖のふもとで爆発したようで岩は何ともなっていない。ヘビババは爆風で怯んだのか、フラフラと頭を揺らしている。リンクは大きな安堵の吐息をついた。立ち上がると、後じさりしてヘビババから距離をとった。
「おい、周囲をよく確認しないで行動するのがお前の良くないところだぞ」
ミドナが中空に現れた。
「だいたいお前はさっきから不注意過ぎる。こんなんじゃ先が思いやられるぞ。お仲間を助け出す前に魔物に喰われたくはないだろ?」
溜息をついてリンクは頷いた。ミドナはしばしば腹の立つことを言うが、こういう指摘はいつも的確だ。この神殿も、どうやら一番の深奥に近づきつつある。だが、ここでの冒険を終えても、あと二人の精霊を解放しなければならないし、イリアと子供たちを救い出すまでには多数の魔物と戦わなければならないだろう。自分はただの田舎の農村の若者だからと言い訳はできない。本当の勇者にふさわしく、強くまた用心深くならなければいけないのだ。
「わかったら仕事に戻れ。私はお前が大怪我をしたからって村まで運んでやるのは嫌だからな」
言われるまでもなかった。リンクは自分の顔を叩いて気を入れ直し、改めて盾を構え剣をとった。まずはさっきのヘビババに近づいた。敵は気を取り直したのか、リンクに向かってまた鎌首をもたげ口を開いている。リンクは盾を掲げたまま間合いを詰め、相手が噛み付いてくるのを受け止めてからすぐさま突きを喰らわせた。さらに横斬りで追撃し、最後の仕上げとして回転斬りを喰らわせる。だがボロボロになってもヘビババの頭はまだ動き続けている。リンクがその茎を切断し、動き始める前に縦斬りを叩きつけ、最後にもう一度剣を突き刺すとようやく静かになった。どうやら茎が地面につながっている限り生き続けるようだ。本当にこの神殿の植物は異常だ。
ようやく周辺が安全になると、リンクは落ちていたブーメランを拾い上げた。改めて左手の爆弾虫のいた倒木のほうを見ると、やはり次の虫が顔を覗かせている。ブーメランを投げ、爆弾虫を引き寄せると、それを両手で受け止め、壁のほうに走り寄った。岩に向かって思い切り投げつける。そいつは岩に当たると爆発を起こした。
岩はどうやら強い爆風に弱い砂岩のようで、ぐずぐずに崩れた。リンクはブーメランを拾い上げて仕舞うと、蔦に取りついて壁を登り、残った岩を手で取り除けた。洞窟の中に立つと、そこは内部の横幅が広かった。二十メートルのほど先の奥に牢獄があるようだ。猿の鳴き声がそこから聞こえてくるが、そこも岩で塞がれている。
牢獄の前にボコブリンがいた。爆発音に驚いたのか、鉈を手に左右を見回していたが、侵入者の姿を認め威嚇の声を上げながらこちらに進んできた。リンクは剣と盾を構えたが、その瞬間ミドナの言葉が頭に浮かんだ。洞窟の内部に目を走らせる。見ると、天井の左右に二箇所、あのヘビババが垂れ下がるように生えていた。この中で不用意に動き回ると上から噛みつかれる。
リンクは洞窟出口のきわにしっかりと立って相手の出方を待った。この位置で相手を倒さねばならない。ボコブリンは唸りながら間合いを詰めてくると鉈を振りかぶった。振り下ろされる鉈をリンクが盾で受けると、その切っ先が盾の木に深く食い込んだ。チャンスだ。下から剣を跳ね上げ、悪鬼の前腕の内側を深く斬る。素早く袈裟斬りを見舞い、次に横斬りで胴を払った。三か所に深手を負ったボコブリンの胸に渾身の突きを入れる。
ボコブリンは倒れた。リンクは血払いして剣を納めると、牢獄を開けるための方策を考えたが、やはりさっきと同じ手で岩を破壊するしかなさそうだ。ブーメランを取り出して後ろに向き直り、右手の沼の倒木のほうを見ると、やはりもう一匹の虫が顔を出している。ブーメランを投げ、爆弾を引き寄せると牢獄の前の岩に向かって走り、最後は下手投げで転がした。
爆発音がした。リンクが顔を覆っていた腕を上げると、その岩も砕けて崩壊していた。猿は爆発音で怯えたのか静かになっていたが、リンクが岩の残りを取り除けはじめると、また元気に鳴き始めた。今度の牢獄には格子は嵌っていなかった。岩の破片をいくつかどかしてやると猿は飛び出してきた。たちまち跳躍して洞窟の外の地面に降り出口に向かって走り始める。
ブーメランを拾い、リンクも続いて地面に降りる。猿につられて出口に向かいかけたが、当初は鍵を探していたということを思い出した。左手を見ると、沼の向こうに箱が置いてある地面がある。だが、沼を泳いでいくのは気が進まないし、その箱のある地面の高さは水面よりだいぶ高く、よじ登れるか確証がなかった。リンクは途中の中州を伝って移動することも考えたが、あの待ち伏せ型の花弁がいっぱいに咲き誇っていて無事では通れそうにない。
やはりまた爆弾虫の出番だ。どうやら倒木の中の洞に密集して潜んでいるらしく、新たな一匹がまた顔を覗かせている。リンクはブーメランを投げ虫を回収すると、すぐに待ち伏せ型の花の中心に向けて投げ込んだ。そいつは美味そうに爆弾虫を丸呑みしたが、やがて体内の爆発にやられて萎んでいった。
リンクはブーメランを拾うと跳躍して中州に飛び移った。待ち伏せ花の体の残骸を足で蹴散らして足場を確保し、箱のある向こう岸の地面に軽く助走をつけて飛んだ。箱を開けるとやはりその中には鉄の小さな鍵があった。
リンクは再び中州を伝って元の広場に戻ると、解放した猿が待つ出口に向かった。扉を開けると猿は喜びいさんで飛び出し、仲間の溜まり場に向かう。リンクは左手の手すりの切れ目から蔦につかまって崖を降り、そこからブーメランを使って橋を動かし、南側の扉に辿り着いた。この神殿もあと少しだ。扉の先の部屋で、すこし南に進んで低い渡り廊下に飛び降り、回転橋の上に乗ってブーメランで風車を回す。そこから木道を伝って西側の扉に到達した。
扉を開けると、左右に高い木製の足場がある四十メートル四方ほどの部屋だった。奥には二か所に洞窟の穴が開いた岩壁がある。一か所は高い場所にあり、ここからは行けない。五メートル四方ほどの大きさだ。もう一つは地面の高さにある、人間ひとりやっと通れるくらいの狭い穴だ。猿の鳴き声が向こうから聞こえてくる。いずれかの穴の奥に捕らわれているらしい。
リンクは進もうとしてまたミドナの言葉を思い出した。足元を見るとまた例の床板だ。動かず静かに観察していると、右手の手前にある床板がかすかに動いた。やはりあの巨大百足が潜んでいる。
ある考えが浮かんで、リンクはブーメランを取り出してゲイルに話しかけた。
「ここにある床板を剥がしてくれないか?さっきその下に隠れた虫に酷い目に遭わされたんだ」
「ああ、ハジケラのことですね」
ゲイルは答えた。
「彼らも以前は地に潜り土を耕すだけの無害な虫だったのですが最近になって狂暴化したのです。悲しいことです」
リンクがブーメランを投げると、たちまち周囲の床板が剥がれて宙に舞う。その床板のうちの一つには人間の太ももほどの太さのある百足がぶら下がっていた。そいつがボトリと地面に落ちる。何度か繰り返しブーメランを投げたところ、三匹の巨大百足が引き摺り出され床に転がった。虫どもは狼狽してまた自分の穴に戻ろうとしたが、リンクは駈け寄って片端から串刺しにした。
ようやく進路を確保すると、リンクは左右の足場の間から奥の小さな洞口に進んだ。洞口に足を踏み入れると左にカーブしている。少し進むとその終端から直径十メートルほどの丸い竪穴につながっている。その竪穴の床はリンクがいる洞窟からは人二人分ほどの落差で低かった。さらに、その竪穴にはあの巨大蜘蛛がいる。竪穴の向こう側の壁には蔦があり登れそうだったが、その蔦にも例の子蜘蛛が何匹か取り付いていた。
ここは慎重に行動したほうがよさそうだ。リンクが上に目を移すと、竪穴の上周囲は平らな床になっているらしく、右上には風車つきの櫓が二つ立ててあり、その奥には頑丈な木の扉がしつらえてあった。猿の鳴き声はそこから聞こえる。左上を見ると、部屋に入ってきたときに見えた五メートル四方の岸壁の穴に裏から繋がっているようだ。
リンクは考えた。ここで巨大蜘蛛と戦わなくとも、ブーメランが風車に届けば猿を解放できそうだ。リンクは洞窟の終端からギリギリまで前に身を乗り出すとブーメランを放った。それは過たず右上の二本のやぐらに向かっていき、左、右とそれぞれの風車を回して戻ってくる。狙い通り、木の扉が開き猿がたちまち飛び出してきた。
「お前も少しは頭を使えるようになったんだな。私の指導のおかげかな?まあせいぜい感謝してくれよ」
ミドナが現れてまた尊大な調子で嘯いた。だがそれも一面では真実だった。今のリンクには、自分ひとりの知恵と力では到底この冒険は遂行できないということが骨身にしみて理解できるようになっていた。
「ああ、感謝してるよミドナ」
「感謝いたしますミドナ様、だろ」
だがリンクが答える前にミドナは続けた。
「これで猿どもは全員だな。いよいよ神殿の一番奥に行くぞ。だが風の精霊が言った通りそこにいる奴は何であれ相当手ごわいと思ったほうがいい。くれぐれも手抜かりするなよ」
「わかってる。用心するよ」
ミドナはまた姿を消した。リンクは洞窟を逆戻りし、巨大百足の死骸が散らばった床を横切って部屋から出た。助け出された猿もついてきた。木道を橋まで戻るとブーメランを使って橋を回す。そこから北への木道を進み段差を登ると、その先の扉を開けた。
最後の猿は跳躍して仲間たちの群れに入っていった。猿たちはしばらくの間鳴きかわしていたが、やがて誰からともなく移動しはじめた。リンクが見ていると、猿たちは自分たちがいる大木から枝分かれして横向きに伸びている幹の一本にするすると登っていく。
その幹はリンクのいる場所から見て北側奥の大きな扉に向かって伸びている通路の先の、木道が欠落した場所のちょうど真上にあった。猿たちは、まず一匹が幹を両脚で抱えるようにして逆さにぶら下がると、その両手を次の一匹が両足を使ってしっかりと握る。
さらに一匹、また一匹と加わって、とうとう猿の鎖が出来上がった。猿たちは自分たちの体を波を打たせるようにして巧みに動かし、その鎖をこちらから向こうへ、向こうからこちらへと揺らし始めた。
「どういうことだろう?」
信じがたい思いでリンクが呟くとミドナがまた出てきた。
「決まってんだろ。あの一番下の猿の手に飛びついて向こう岸に渡れっていうんだよ」
「向こう岸に?」
リンクは仰天してミドナの顔を見た。あんな数がぶら下がって、それに加えてリンクまでもがしがみついたら一番上の猿は身が持たないのではないだろうかと心配になった。
「あいつらも必死なんだよ。自分たちの平和な住処を取り戻したいのさ。ほれ、期待に応えてやれよ。お前は選ばれた勇者なんだろ?」
他人事のような調子でミドナが言う。リンクは高いところは得意ではあったがこんなことは試したことがない。だが、珍しくミドナの皮肉にも腹が立たなかった。奥に行くにはこれしか方法がない。それに猿たちの助けもあってここまで来れたのだから、その気持ちには応えてやりたかった。
リンクは深呼吸して気を鎮めると、猿たちの鎖の動きを慎重に見極めた。向こうへ、またこっちへ揺れる。何度かその動きを見送ったあと、リンクは意を決して助走をつけ、木道の端から飛び出した。
決死の覚悟で鎖の終端の猿に向かって手を伸ばす。やや低いか。絶望感が心に浮かびそうになった瞬間、その猿が片足を自分の上の仲間の手から外し、さらに自分の片手を伸ばしてリンクの手を掴んでくれた。
助かった。その猿は改めて両手でしっかりとリンクの手をつかまえると、上の仲間たちに鳴きかけた。再び猿の鎖が動き始める。二、三度揺れると十分な勢いがつき始めた。リンクは対岸を睨むと、鎖が一番向こう側に動いた瞬間、手を放して飛び降りた。
下は底も見えない深い奈落だ。飛んだ瞬間、自分の体が向こう岸の床には届かないとリンクには直観でわかった。だが手を伸ばせば。身体が対岸の岸壁に放物線を描いて向かっていく。思い切り上に手を伸ばす。リンクの体が岸壁に叩きつけられる前に、その手が辛うじて残った木道の縁に引っ掛かった。
両手でぶら下がりながらリンクは荒い息をついた。冷や汗が止まらない。ようやく両腕で体を持ち上げると、木道の上に寝転がった。どうにか渡ったのだ。リンクはしばらく天井を向いたまま呼吸を鎮めようとしたが、なかなか動悸がおさまらない。猿たちのほうを見ると、まだ鎖になって巨木の幹からぶら下がっている。もしかして帰り道もこうして渡らせてくれるつもりなのだろうか。
それを想像してぞっとするとともに、また感謝の気持ちも湧いてきた。猿たちのためにも、ここから先の戦いは勝って帰らないといけない。リンクは再び闘志を奮い起こして立ち上がった。
二十メートルほどの通路の先に太い鎖で閉じられた巨大な扉がある。リンクはそこまで進むと、鎖の中央に取り付けられた錠前にあの大きな鍵を差し込んで回してみた。ぴったりだ。重々しい音を立てて錠前が外れ、鎖が地面に落ちる。
巨大扉に手をかけ力を入れた。重いが、やがてゴロリと音を立てて動き始める。扉を完全に転がしてしまうと、その中は薄暗い通路だった。
足を踏み出し、リンクは奥に向かって進み始めた。