黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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再びトアル村へ

凄まじい速度で突進してくるエポナを見て、リンクは一瞬迷った。自分を認識してくれるだろうか?

 

だが試してみる余裕はなかった。エポナは左右に頭を振り回しながら走ってくる。リンクは撥ね飛ばされる前に荷物を放り出し、横飛びに体をかわした。

 

エポナは礼拝所の前の広場まで来ると一旦足を止めた。荒い息をついて、口の端から泡と涎が流れている。リンクは走り寄ってその手綱を取った。

 

だが、リンクの接近によって彼女はまた刺激されてしまったようだ。たちまち嘶きを上げて後ろ足で立ち上がり、また走りだそうとする。リンクは咄嗟の判断でエポナの上に跨がった。

 

「リンク!」礼拝所の戸口にいたレナードが叫んだ。コリンも大きく目を見開いて口に手をあててこちらを見ている。リンクは大丈夫だというふうに手を振ると、手綱を短く持ちエポナの首にしっかりと体を寄せた。

 

エポナは走りながら激しく体を揺らした。リンクを魔物か何かと勘違いしているようだ。声をかけても全く様子が変わらない。礼拝所と泉の間にある広場を出鱈目に駆け回る。リンクはエポナの手綱を引いて、泉のほうに誘導した。慣れない馬を慣らすには水の中がよいと知っていたからだ。

 

右、左、また右。暴れまわるエポナの方向をようやく泉に向かわせる。彼女はやがて泉の中に入り、その脚が水につかると速度を落とした。リンクは彼女をそのまま泉の奥に歩かせ、体が半分ほど水に浸かるようにした。

 

「エポナ、僕だよ。リンクだ。もう大丈夫だからな」

 

彼女の首をさすりながら何度も話しかける。まだ首を左右に振っているが、ようやくエポナは立ち止まった。

 

「リンク!リンク!」

 

コリンが叫びながら走り寄ってくる。リンクはまだ離れているようにと手で合図した。レナードがそれを察し、コリンの肩に手を回して引き戻した。

 

リンクがさすってやりながら話しかけていると、エポナはようやく正気に戻ってきたようだ。リンクは彼女から降りると、鞍と轡を外し、その体を洗ってやった。走りづめに走っていたのか、エポナの身体は熱していた。水をかけてやる端から湯気が上っていく。

 

三十分ほどもかけて宥めながらエポナを洗ってやると、彼女は普段の落ち着きをようやく取り戻した。コリンとレナードに、もう近づいて良いと合図した。騒ぎを聞きつけて目が覚めたのか、タロとベスも外に出てきた。

 

リンクがエポナを水から引き出してやると、コリンは真っ先に駆け寄ってきて、涙ぐみながらその鼻面を撫でた。

 

「よかった。エポナが生きててくれて。鬼たちに食べられちゃったのかと思ってたんだ」

 

彼女もコリンを認識したようで少年の服を咥えたりその腕を舐めたりし始めた。レナードは畑に回るとエポナに食べられそうな草や野菜を取ってきてくれた。

 

「鬼たちに使役されていたのかも知れない。それにしてもよく生きて君のもとに戻ってきたものだ」

 

レナードはエポナの首を撫でながら言った。リンクも驚いていた。それと同時に、とうに死んでしまったであろうと思っていたエポナとこうして再会できたのだから、イリアとも会えるはずだ、と少し心を強くすることができた。

 

リンクはエポナの体調が万全かどうかを見計らうため、トアル村に戻る日程をもう一日遅らせることにした。リンクがもう少し一緒にいてくれるというので、タロ、ベスとコリンは大喜びだった。一度物陰に隠れ、ミドナにお伺いを立てると、彼女もしぶしぶながら同意した。

 

「まあ今回はお前も珍しく気の効いたことをした。それだけは認めてやろう」

 

ミドナは言った。

 

「明日早朝から馬を飛ばせば同じだからな。だがこれに乗じて今後自己判断で休暇を取ったりするんじゃないぞ」

 

翌朝は、ミドナの指示どおり夜明け前に起床し、エポナに食事させてからその背中に天幕やマットなどを積み、レナードの見送りでリンクは出発した。まだ暗いうちにハイラル平原への道に入る。岸壁に挟まれた道をしばらく走ると、やがてカカリコ村出口に着いた。だがそこには大きな門がかかっている。

 

リンクはエポナを停止させながら、驚きに口を開けた。エポナは魔物たちから逃げている途中とはいえ、こんな門を飛び越えてきたのだろうか?柵越えはトアル村で何度もやったが、ここまで高い障害物を乗り越えたことはない。

 

リンクは迷った。エポナはリンクを乗せたままでももう一度同じことができるだろうか?だが、山道を通る別の経路を馬で通れるかどうかはわからない。イリアに知られたらまた怒られるかも知れないが、結局リンクはエポナにこの門を飛び越えさせることにした。

 

「よし、お前ならできる。きっとできるからな」

 

リンクはエポナに声をかけその首筋を撫でた。助走をつけさせるため、少し門から離れさせる。そして方向を決めると、掛け声をかけて手綱を鳴らした。

 

エポナは完全にいつもの彼女に戻っていた。リンクの仕草だけで主人の意図を完全に理解し、迷うことなく門に向かって突進する。

 

行ける。リンクは感じた。もしエポナに自信がなければしり込みするはずだ。彼女は門の手前まで全力疾走すると、前足を上げて後ろ足で地面を蹴った。

 

人馬一体となったかのようにリンクとエポナは宙を飛んだ。太い木と鉄でできたいかつい造りの門が目の下を通り過ぎる。エポナは自分の前肢が門を越えると、今度は優雅に後ろ足を上げてその後に続かせた。

 

リンクとエポナは次の瞬間には門の向こうに降りたっていた。

 

「すごい!すごいぞエポナ!」

 

リンクは彼女を停止させると、首を撫でながら褒めた。彼女は少しいなないたが涼しい顔をしている。

 

幸先のいい旅の始まりかただ。リンクはエポナの頭を東に向け、道沿いに軽い並足で進ませ始めた。だが彼女がすっかり以前の元気を取り戻しているのを見てとると、手綱を鳴らし速度を上げていく。

 

リンクは心から楽しんでいた。やがて進行方向の空から太陽が上ってくる。シルエットになって連なった南東の岸壁が少しづつその色を取り戻していく。茜色の光が平原に広がる。道沿いに点々と立ち並ぶ砂岩の柱が次々と背後に過ぎていった。

 

太陽がすっかり上った頃には、リンクたちは峡谷にたどり着いていた。橋に脚を踏み入れる。ふと目を上げると、渡った先の平原にボコブリンが数匹うろついている。

 

「エポナ、頼むぞ」

 

リンクはエポナの首を叩いて話しかけた。今は戦っている時間はない。彼女の脇腹を踵で蹴ると一気に速度を上げた。平原を全力で駆け抜ける。ボコブリンたちはたちまちこちらに気づいたが、もう遅い。

 

道沿いに散開した悪鬼たちの群れに突っ込んでいく。悪鬼の一匹が鉈を振り上げたが、たちまちエポナの前肢に弾き飛ばされてよろめき、路上に尻餅をついた。他の連中は走って追いかけようとしていたが、リンクが振り向くとはるか後方で悔しげなわめき声を上げながら武器を振り上げていた。橋の周辺であわれな旅人を待ち伏せするつもりだったのだろう。

 

十分距離をとってからエポナを並足にした。彼女はまだまだ余力がある様子だったが、まだ道は遠い。昼頃に馬を止め、エポナに草を食ませながら自分もレナードにもらったパンと水で食事した。

 

だが、足を止めると心配事が甦ってくる。イリアのことをどうやってボウに説明しよう?四人の子供たちは見つかったがイリアだけ行方不明と報告したら、ボウはどんな顔をするだろうか。彼は自分の娘だけをひいきすることを好まないから表面では喜んでくれるだろうが、内心は大きく落胆するだろう。本当ならボウにも良い知らせを運んでやりたかった。

 

「おいリンク、仕事の目的忘れちゃいないだろうな」

 

考え事をしているとミドナに邪魔された。

 

「もちろんだよ。まずボウに相談して、ゴロン族と交渉する方法を見つける。それから鉱山に入って結晶石を探す」

 

「いいだろう。だがお前のところの村長にもいい手が思い付かなかったらどうするつもりだ?」

 

リンクは返事に詰まってしまった。そのときのことは考えていない。

 

「ほれ、お前は思慮が足りないって前から言ってるだろう。どんな場合もある計画が上手く行かなかったときのための別計画を立てておけ。これは基本だぞ」

 

「わかったよ、でも」

 

「なんだ?文句あるのか?」

 

ミドナが高圧的に聞き返す。

 

「その、ミドナだったらどうする?もしゴロン族との話し合いが上手く行かなかったら」

 

「黙って侵入する。まあその一択だな」

 

「ええっ」

 

リンクはそれを聞いて眉をひそめた。それでは盗人と同じだ。リンクは最初に狼になったときの経験を二度と繰り返したくはなかった。

 

「なんだ、何が不満だ?」

 

「いや、それって泥棒なんじゃないかって」

 

「おい、お前まだそんなこと言ってるのか」

 

ミドナはせせら笑った。

 

「私はそもそもこの世界の人間ではない。だからこの世界の倫理観で私を縛ろうとしても無駄だぞ」

 

そう言うとミドナは半透明の姿を現してリンクに人差し指を突きつけた。

 

「だいたいお前ももう綺麗な身ではないんだぞ。わかってるだろ?だったら小さな悪には目をつぶって大きな目標を優先させるのが合理的な考え方ってものなんじゃないか?」

 

そう言われるとリンクには返す言葉もなかった。もう自分は既に一度盗みを働いている。この背中に背負った剣と盾がその証拠だ。いま許されているのは村人たちの善意の勘違いによるものでしかない。

 

「ま、勇者も盗賊もたいがいは似たようなもんさ。一度歴史を学んでみろ。大きなことを成し遂げた人物は大抵そういう後ろ暗いことの二つや三つしてきているものだぞ」

 

ミドナはポンポンとリンクの肩を叩くと姿を消してしまった。

 

リンクは大きくため息をついた。それと同時に、バーンズの倉庫を爆発させて彼の商売を台無しにしてしまったことも思い出した。一体自分の人生はどうなってしまったのだろう?本当なら、トアル村で懸命に働いて、いつかは自分の畑を手に入れ、誰かと結婚して家庭を持つ、それだけの素朴な人生を送るはずだったのに。

 

やがて立ち上がると、リンクはエポナに跨がった。頭を振って考え事を振り払うと、並足で進み始める。それでもまとわりつく暗い想念を吹き飛ばすため、また早足に速度を上げた。

 

ほどなく、岸壁に挟まれた小道に入っていく。ここを抜ければ、フィローネ地方に接した南ハイラル平原だ。以前は影の領域だったが、今はカラッと晴れた空の下だ。太陽が真上にあるうちは光が差し込んでくるので、リンクの気持ちも多少は晴れてきた。

 

緩く曲がる道をひたすらに走り抜ける。小一時間も走ると、やがて両側の岸壁が切れて平原に出た。見覚えのある南ハイラル平原だ。

 

エポナに水を飲ませるため、リンクは以前立ち寄った水源を目指すことにした。フィローネ地方のある南東ではなく真東に進路をとる。しばらく走っていると、いつか見た、爆発する糞を排出する奇妙な鳥のような生物が草原を歩き回っているのが見えた。エポナが怯えるといけないので、やや回避気味に進路を変える。前方はるか遠くに見える、岩でできた台地を目指した。

 

さすがに馬の脚では速度が段違いだ。日が傾く前にはリンクたちは水源にたどり着いていた。橋のたもとの浅い川のほとりにエポナを止め水を飲ませた。自分の水筒からも綺麗な水を彼女に分けてやった。

 

南東の方角を見る。道のりはまだだいぶあるだろうが、日が出ている間に距離を稼ぎたい。リンクはエポナの様子を確かめると再び彼女に跨がった。

 

水源を離れ南に針路をとる。しばらく走らせて台地を抜けると、日が傾き始めていた。今度は南東に向き直り、速度をおさえ気味にしながらも、快速に歩を進める。ときおり単独行動のボコブリンを見かけた。だが屈強な悪鬼も馬の脚に追いつけるものではない。リンクが速度を上げるとなす術もなく後方に置いていかれていった。

 

驚くべきことに、日が暮れるころ、はるか遠くではあったがリンクたちの視界にはフィローネ地方の森林が見えてきていた。

 

「エポナ、すごいなお前。まだ行けそうか?」

 

リンクはエポナに尋ねてみた。エポナはまだまだ元気な様子で鼻を鳴らす。速度を並足に落としつつも、リンクはもう少し先に進むことにした。野宿するにせよ、ボコブリンたちが来ない場所がいい。

 

結局、夜がとっぷり暮れたころリンクたちはフィローネ地方の入り口の小道に到達した。馬の脚とはいえたったこれだけの時間でここまで来れるとは思っても見なかった。リンクはエポナから降りると、手綱を引きながら歩いた。ねぎらいの言葉をかけながらときおり首を撫でてやった。

 

フィローネへ下る道の途中にはボコブリンはいなかった。この間倒した者たち以降、新手の悪鬼どもは空いた縄張りに気づいていないのかも知れない。月が夜空に高くのぼってあたりを照らしてくれていたので、道中足元に不安はなかった。

 

やがてフィローネの森に入る柵が見えてくる。近づいて手を掛けると、柵は開いていた。エポナを通らせて再び柵を閉じる。木立を通りながらあの油売りの青年の小屋のほうを伺う。

 

小屋の前の焚き火は消えていた。小屋の中から明かりも漏れていないから、とっくに就寝したのだろう。リンクは静かに歩を進めて小屋を通り過ぎると、南東に折れて洞窟のほうに向かった。

 

洞窟を抜け、フィローネの泉を過ぎ、広場に入ったときにはリンクはくたくたに疲れていた。だがもう少しだ。二つ目の広場を抜けて、岸壁に挟まれた小道を歩く。懐かしいトアル村はもうすぐだ。もう半年くらい帰っていないような気分がする。

 

村に至る橋にさしかかったときには、東の空が白みかけていた。橋を渡り、エポナを泉に導くと、もう一歩も動けなかった。リンクは辛うじて残った元気でエポナの背中から荷物を下ろして天幕を張ると、マットを敷いてその上に倒れ込んだ。

 

眠りはあっという間に訪れてきた。

 

恐ろしく深い眠りだった。何時間が経っただろう。だが、何かの音が聞こえてきて徐々に目が覚めてきた。

 

いや、目が覚めたのか、夢を見ているのかわからない。リンクは自分が白い霧の立ち込めた平原にいることに気づいた。

 

自分を呼び覚ましたものはなんだろう?

 

狼の声だ。リンクはそう気づいた途端身体を起こした。以前骸骨剣士に出会ったあの平原にいる。遠くにはハイラル城のシルエットが見えた。

 

再び狼の遠吠えがした。すぐ近く。背後だ。振り返ると、あの巨大な金色の狼が座っている。まばたきしたときにはもう、しかし、その姿は変わっていた。

 

あの剣士だ。

 

リンクは覚えずして相手にうなずきかけた。骸骨剣士も、ほんのわずかだが頷いたような気がした。

 

あれからたくさんの戦いを通ってきた。不甲斐ないとあなたに言われないように、苦しい戦いでも後に引かず戦ってきた。さあ、教えてくれ。

 

剣士が盾を左手に掲げ、右手で剣を構えた。リンクもそれに倣う。

 

二人の剣士の間合いが狭まる。互いが見えない境界線を越えた瞬間同時に動いた。踏み出したリンクは横斬りで相手の盾をはねのける。それを読んでいたかのように、骸骨剣士は剣を振り下ろしてきた。

 

がら空きになったリンクの頭に相手の剣が迫る。その時、だがリンクは捨て身のように身体を沈めて回転させた。切っ先が頭をかすめ肩口に触れた瞬間にリンクは回転斬りを放った。胴に痛撃を受けた骸骨剣士がよろめく。さらにリンクはジャンプ斬りを叩きつけた。

 

ドウと音を立てて、剣士が倒れる。リンクはその刹那剣を逆手に持ち、飛び上がって相手の上に落下した。相手の胸に突き刺った切っ先が地面に達した。

 

リンクは相手の身体から剣を抜くと立ち上がった。骸骨剣士も、何事もなかったかのように身を起こす。

 

「わが奥義『止め』確かにおのれのものとしたようだな」

 

剣士は低い声で言ったあとリンクに尋ねた。

 

「ならば、次なる奥義を学ぶ心構えはできておるか?」

 

「はい」

 

リンクは答えた。だが、同時にわき上がってきた疑問をおさえられなかった。

 

「でも知りたいことがあります」

 

リンクは言った。骸骨剣士は黙っている。

 

「あなたは‥‥あなたは誰なんですか?」

 

リンクの問いにも、骸骨剣士は沈黙したままだった。

 

「答えたくなければいいんです。でも僕はあなたがきっと物凄い戦いを乗り越えてきた戦士だと思う。せめてあなたの名を知りたくて」

 

骸骨剣士はしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた、

 

「ならば問う。そなたは何者だ?」

 

リンクは言葉に詰まった。僕が何者かって?

 

「そなたは何者だ?その問いに答えよ。しからば私もそなたの問いに答えよう」

 

言葉を探したまま、リンクは逡巡した。いったいどういう意味なんだろう?頭の中に骸骨剣士の言葉がこだました。

 

「そなたは何者だ?」

 

いったい僕は何者なんだ?

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