黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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リンクのこと

ボウは、リンクがこの村に来たときのことを今でも昨日のことのように覚えている。いや、リンクはこの村に「来た」というより「連れてこられた」のであるが、いずれにせよこの少年はトアル村の生まれではないということには相違ない。

 

それは冬が明けたばかりのある朝であった。朝食をとっていたボウは妙に外が騒がしいことに気づき、底冷えのする中家から出てみると、村の中央集落の北側のゲートをくぐって長い隊列がこちらにやってくるのが見えた。ケープを纏った三人の女性がそれぞれ馬に乗っており、すこぶる良い身なりをしたお付きの者たちが二十人ほど付き従っている。村人たちは、見たこともないようなその光景に思わず農作業の手を止め、それぞれの持ち場に佇立してその隊列を眺めていたものであった。

 

隊列の先頭にいた馬上の女性のひとりが、ボウの家の手前までくるとお付きの者の手を借りて馬を降りた。よく見ると、その脇には布にくるまれた赤子を抱えている。女性は迷うことなくボウの前まで来ると、丁寧なしぐさで頭を下げた。

 

「ボウ殿、大変身勝手なこととは存じ上げ恐縮ですが、貴方にひとつお願いがございます」

 

その女は確かにボウの名を呼んだ。しかしボウはその貴婦人にまったく面識はなかった。身にまとったケープの布地は見たこともないような上等なもので、黒地に薄い紫の刺繍がしてあった。女の顔はとても美しく、二十代後半から三十代のように見えたが、そのたたずまいと立ち居振る舞いとは、極めて高い地位にいる者特有のものであった。

 

女は両手でそっと赤ん坊をボウのほうに差し出した。

 

「どうか何も聞かずに、この子を預かっていただきたいのです」

 

ボウはどう答えていいかわからず、ただただ佇立したまま赤子を抱き取るばかりであった。今思い起こせば、見も知らぬ、しかも名乗りもしない人物から何も聞かずに赤子を預かれと言われその通りにするなど全く彼らしくはなかった。ボウは昨年の暮れ父親が他界したことで村長になったばかりであった。村は父の代で豊かになり人口も増えた半面、村人同士の諍いや部外者との交渉など気を配らねばならないことも格段に多くなった。ボウはそのころ、村長としての責任の重圧をひしひしと感じはじめていた。その自分が誰の子とも知れない赤子を二つ返事で預かるなどという大胆なことをしたと思い返すたびつくづく意外の念に打たれるのである。

 

しかし、手元に抱いた赤子の顔を見やったとき、ボウの決心は一瞬にして固まった。その子はくりくりした大きな目をした男の子で、月齢三か月くらいであっただろうか、疑うということをまだ何一つ知らないような澄み切った緑色の瞳で新しい庇護者の顔をじっと見上げていた。

 

「ようござんす。こんな田舎の村ですが、この子が一人前になるまで私がしっかり育ててみせやしょう」

 

ボウが女に向き直り、自分にとって精一杯の丁寧な言葉遣いでそう答えると、女は村への祝福があるようにと述べ、再び礼儀正しく頭を下げて馬に乗った。そして隊列は粛々ともと来た方向に戻っていき、ゲートをくぐって視界から消えていったのである。

 

これら全てのことが終わったあとも、ボウにとってはまるで白昼夢を見たかのように現実感がなかった。言葉を交わした女性の姿も、そのほか二人の同様の服装をした馬上の貴婦人たちも、お付きの者たちも、ほとんどこの世のものならぬ雰囲気を漂わせていた。一体何者なのだろう?王家の人間であれば、その紋章を染め抜いた旗印を掲げているはずであるが、彼らは一切そのようなものは持っていなかった。ではどこかの富裕な一族なのだろうか。そのうちの誰かが道ならぬ恋をし、生まれ落ちた赤子を世に出すことができないため、引き取り手を探しにこんな田舎までやってきたのだろうか。ボウがそんな思いを巡らせながら家の戸口にとって返したとき、自分がとんでもないことをしてしまったことに気づいた。

 

彼自身、この冬妻との間に赤子が生まれたばかりなのである。

 

赤子は女の子で、イリアと名付けた。妻は産後の肥立ちが悪く、最近になってようやく以前のように立ち働くことができるようになったのだ。そこにきてまた、捨て子を預かるなどということをなんの相談もなく自分が決めたと知ったら、妻は一体どんな顔をするだろう。戦々恐々としながらボウは家の扉を開け、中に入った。

 

「なあお前、実はなぁ、その...何というか」

 

家に入るとボウは口を開いたが、気の利いた言い方が出て来ず言葉を詰まらせた。だが妻の反応は意外なものであった。イリアに乳をやり終え、二階にしつらえたベビーベッドに寝かせた妻は、ボウが慌てて食べ散らかした朝食を片付けているところであったが、彼女は所在なく戸口に立ちつくす夫を見るやまるで最初からそう決まっていたかのようにその手から赤子を受け取りあやし始めた。

 

「可愛い子だこと」

 

ボウの妻は呟くと赤ん坊に微笑みかけた。

 

「おなかは空いてないの?外は寒かったでしょ?さあ、あったかいベッドに連れてってあげる」

 

そう話しかけながら、妻は赤子を抱えて二階に登っていった。ボウはまたしても佇立してその後ろ姿を見送るばかりであった。

 

「私ここのところ何度も同じ夢を見たのよ」

 

ボウの妻はその後こう言ったらしい。

 

「身なりのいい女の人が私に『この子を預かってください』って言いながら赤ん坊を差し出してくるの。私が手を伸ばそうとすると決まってそこで目が覚めるの。あんまり何度も見るもんだから私その子に早く会いたくなっちゃったくらいよ。だからあなたが今朝外に出てったとき、今日あの子が家に来るんだってわかったのよね」

 

それを聞いてボウはますます驚いた。ではあの貴婦人は、ボウに赤子を託すにあたり前もってその妻の夢に顕れていたとでもいうのだろうか?そんなことが出来るとは一体何者なのだろうか?

 

ボウの妻はその赤子をイリアの隣にベビーベッドに寝かせた。妻が妊娠したと知ったボウが手ずからそのベビーベッドを拵えたとき、それがあまりにも大きいので彼女は「いくらあなたの子だからって私こんなに大きな赤ん坊を産むつもりはないわよ」と軽口を叩いたくらいであったが、そこに二人の赤子を寝かせたらちょうど良い大きさだった。こうしてボウ村長夫妻の『双子』の子育てが始まったのである。

 

授乳もおむつ換えも二倍になり、ボウの妻はてんてこ舞いであったが、幸いなことに赤子は二人とも大きな病気をすることもなく育ってくれた。夫妻は男の子をリンクと名付けた。リンクとはハイラルに古くから伝わる英雄の名である。ボウは、両親の名も顔も知らぬ捨て子が世間からどんなにぞんざいに扱われるかを知っていた。だから、この子にはせめてその逆境に負けぬよう強くまっすぐに育ってほしいという願いを込めてそう名付けたのである。

 

ところが、ボウはリンクを引き取ってしばらく経ったとき、その珍しい肉体的特徴に気づいた。リンクの両耳は高く尖っていたのである。「耳の高い」人間など、トアル村ではもちろん、その周辺でもボウは一度も見たことがなかった。しかし、ボウが城勤めの兵士だったころ、軍の高官や貴族たちのうちに何人かそういった特徴のある耳をした者たちを見かけたことはある。ものの話によれば、それは昔天空から降りてきた古代ハイリア人の特徴であり、その直系である王家の者たちもまたそのような耳をしているということなのである。ある物知りが言うには、それは「神の声をよく聞くため」なのだということであった。

 

リンクはイリアとともに日に日に成長していったが、ボウの心のうちにはどこか重苦しいものがあった。もしかすると、この男の子は王家の隠し子なのだろうか。だとしたら将来この村は王室の権力抗争に巻き込まれてしまう可能性はないだろうか。そうでなくとも、村の者たちと全く違う身体的特徴を持つこの子が、村の一員として将来すんなりと受け入れてもらえると期待するのは甘い考えというものである。この子が心身ともに健全に育つことができるよう、養父として自分に何がしてやれるだろう。このことは、長きにわたってボウの心の中で大きな場所を占める課題であった。

 

しかし、赤子が小さいうちのもっぱらの心配りは、どうやって飲ませ、食べさせ、着させ、寝かせ、遊ばせるかということである。妻ともどもそれに忙殺されている間は、ボウはこの養子にまつわる秘められた悩みを忘れることができた。『双子』を育てるのは大変ではあったが、やがて歩けるようになるとイリアとリンクは二人で仲良く遊ぶようになった。しゃべれるようになったのはイリアが先である。村長であるボウの家には相談ごとを抱えた村人たちがたびたび訪ねてくる。父の膝の上で村人たちの会話をじっと聞いていたイリアは、いち早く言葉を覚えるだけでなく大人に対してもずけずけと正論を言うおませな少女になった。

 

リンクは活発な子ではあったが、言葉を覚えるのは遅かった。それだから、イリアがまるで姉のようにリンクにあれこれ指図するようになったのは自然なことである。リンクは、イリアが食器の持ち方から顔の洗い方、服の着方までいちいち口出ししてくるのを、特段疎ましいとも思わなかったらしく、むしろ嬉々としてこのほぼ月齢も変わらない自分の『姉』の言う通りにしていた。ボウも妻も、イリアが実の弟のようにリンクに世話を焼いているのを見て微笑ましく思ったものだ。

 

しかし、ひとたび野に出ればそこはリンクの独壇場であった。リンクは同じ年頃の子供たちの誰よりも足が速かった。木登りも得意で、見上げるような大木にもあっと言う間に登ってしまう。ともかく、怖がるということを知らない子供であった。一度など、二人が五歳くらいのときであっただろうか、リンクが蜂の子を取ろうとして切り立った崖に生えた蔦につかまりながら登ったあげく手を滑らせて落下してしまったことがある。

 

その日、野遊びから帰ってきた二人を迎えたボウは思わず血相を変えた。泣きじゃくるイリアをリンクが肩を抱いて必死で慰めているのを見て、ボウは一瞬娘が危険な目に遭わされたと早合点してリンクを怒鳴りつけそうになったが、話を聞いてみるとそうではなかった。リンクが大人五人分もありそうな高さの崖から転落し地面に叩きつけられるのをイリアが目の当たりにしてしまったのだ。ところが、気が動転し泣きだしたイリアを尻目にリンクは何事もなかったかのようにむくりと起き上がったそうだ。

 

「蜂の子とれなかったよ。イリアに食べさせてあげようと思ったんだけどなぁ」

 

リンクがそう呟くのを聞いてもボウは返す言葉もなかった。どこか痛いか聞いても、ちょっと背中が痛いと言うだけで、リンクはその後も普段とまったく変わらない様子で遊んでいたのである。その尖った耳だけではなく、リンクという子はどこをとっても他の子供たちとはどこか違っていた。木登りや崖登りだけでなく、屋根の雨漏りを直すだの、川に潜って落とし物を探すだの、地下室に出たネズミを捕まえるだの、村人たちの間でそういう面倒な用事ができると必ず手伝いをやりたがった。ともかく、上のほうだろうが下のほうだろうが、他人が滅多に行かない場所に行くというのがこの少年の喜びであるかのようであった。

 

剣術を習い始めたのもこの頃である。モイは、小さなリンクに鞘に納めた大人用の剣を持たせたところ、両手でなんとかそれを持ち上げてみせたのですっかりたまげてしまった。彼はさっそく固い樫の丸太を手に入れ、それを削りだして小さな木刀をリンクのために作ってやった。また案山子を相手に見立てて縦斬りや横斬りなど基本の撃ち込み方を稽古させた。リンクの上達は極めて速く、モイを大いに悦ばせたのは既に述べたとおりだ。

 

ところでボウの心配とは裏腹に、村の中ではあからさまにリンクをからかったり苛めたりする者は出なかった。それは養父であるボウがほかならぬ村長であることに気を遣ってのことだったのかも知れないし、あるいは村唯一の剣士であるモイがリンクに目をかけているから、という理由もあったのかも知れない。

 

幸いなことに農夫頭のジャガーなどは根が単純な男だからリンクになにくれとなく声をかけ可愛がっていた。また、雑貨屋の主人のハンジョーは元々が行商人であり、妻セーラのところの婿養子に来た身であるから、同じく村外から来たリンクには妙な共感を抱いていたらしく、また自身が都会出身で虚弱なものだから、幼いながら野良仕事をたくましくこなすリンクを頼りにしていた。またこの二人にそれぞれ子供が生まれると、リンクはさっそくお兄さん役を買って出て、イリアともども遊び相手になってやったものである。

 

このようにして、少なくとも主だった村人たちの間ではリンクは受け入れられていたように見えた。だが、ボウ自身は幾人かリンクに不信の目を向けている村人たちもいるのを知っていた。ボウはいかつい外見に似合わず、人心に敏く気働きの利く男であった。リンクが順調に成長していくことを喜びながらも、一つの思いが彼の心中に去来し続けていたのである。どうすれば、元来よそ者であるリンクが村人たちの中で自らの場所を得、養父である自分の庇護がなくとも立派に生きていけるようにしてやることができるだろうか?

 

ボウの妻はリンクとイリアが十五歳になった年に死んだ。初冬に疫病にかかったのが良くならず、春が来る前に息を引き取ったのだ。二人の子供たちは、しかし、その悲しみから立ち直ると見違えるばかりに成長した。ボウ本人はといえば、妻を亡くした心労で一気に老け込んでしまったが、リンクは青年らしい凛々しい顔立ちになり、イリアは外見にも振る舞いにも女性らしさが増した。だが、精神が成長するということは、それだけ男女としての自意識も否応なしに芽生えるということである。二人はもう幼かったころのようにじゃれ合って遊ぶこともしなくなった。リンクは畑仕事から岩をどける開墾からヤギ牧場の手伝いまで頼まれ忙しく働くようになり、かたやイリアは家の家事一切を一人で取り仕切るようになった。三人で食卓を囲んでいても会話は以前と違って弾むことがなく、二人とも黙っていることが多くなった。

 

二人の様子を見て、ボウはいよいよ決断すべきときが来たことを悟った。リンクを家から出さなければならない。血のつながりのない若い男女二人を同じ屋根の下に置いておくわけにはいかない。だが一方で、養子であるリンクが、血のつながりがない故に自分はボウに放逐されたのだといったひねくれた思いを万が一にも抱いてしまうようなことはあってはならないとも考えていた。あくまでもリンクを立派な男として自立させたいがゆえに送り出すのだということをよくよく理解させねばならない。

 

考えに考え抜いた末にボウが出した結論はこうであった。リンクには、村の北端のトアルの泉にほど近い空き家を与える。仕事は引き続き村の野良仕事全般の手伝いをさせるが、モイの弟子であるリンクにはフィローネの森との境に至る吊り橋にかかっている柵を警備する役も担ってもらう。いわば剣士見習いである。そして、リンクの門出を記念する贈り物として、馬一頭を与える。

 

ボウはリンクを食卓の椅子に座らせて話し合いを持った。ところが案に相違して、この計画を伝えられたときリンクは喜びで目を見張った。一人暮らしができるなんて願ってもないことだったのだ。リンクはイリアを嫌いだなどと思ったことはただの一度もなかったが、それでも男性としての自意識を持ち始めたリンクにとっては、彼女と洗面所で鉢合わせしたり、自分のごちゃごちゃしたベッドを彼女がさりげなく直しておいたことに後で気づかされたりするのはいかにも気まずいことだった。しかも自分の家だけではなく、馬を与えてもらえるなんて望外の好待遇である。もしそうなら、農作業であろうが警備であろうがどんな仕事でも喜んでこなすつもりであった。

 

ボウとの話を終え、喜びではち切れそうなリンクの傍らで、しかし、娘イリアは血相を変えて父親に詰め寄ったものだ。

 

「ちょっと待って。私に何の相談もなくエポナをリンクにあげるってどういうことなの?」

 

ボウが与えると約束した馬は、仔馬のときからイリアが世話をしてきた雌馬である。体格も毛並みもよく、またおとなしい性格でありながらも力は強かった。リンクがこれから村で各種の働きをするにあたっても役に立つだろうと思ってボウは決めたのであるが、イリアにとっては、生まれたときから手塩にかけてきたエポナを与えるということは実の妹、いや娘を手放すようなものであったのだ。ボウはそんなイリアに対し、リンクを村長である自分の庇護下から離れさせ男として立派に独り立ちさせるには、村の役に立つ働きができるようになることが不可欠であること、そのためにはリンクの仕事の助けになる存在が必要であることを説き聞かせた。実際エポナはリンクにもよくなついていたし、リンクは誰に教わるでもなかったが馬を乗りこなすことも上手だった。

 

父の説明に一応納得はしたものの、イリアの心配は晴れなかった。イリアは日常の馬の世話ができるかどうかの点でリンクを信用していないわけではなかったが、彼が性格上、とんでもない速足でエポナを走らせたり、人間の背丈より高い柵を飛び越えさせたりする曲乗りを好んですることをよく知っていた。父や自分の目の届かないところでエポナに乗らせたら一体どんなムチャをさせるかわかったものではない。

 

「リンク、今ここで約束して。絶対エポナに無理をさせたり怪我させたりしないって」

 

イリアの真剣な面持ちに気圧されたリンクは一も二もなくすぐに約束した。だが読者もご存じのとおり、この約束は数え切れないくらいの回数破られることになる。

 

このようにして、リンクの独り立ちが決まった。与えられた村はずれの空き家は、一人暮らしには十分すぎるほど広く、地下室までついていた。(この家を覗きに来たモイなどは「なんだ、師匠の俺の家より広いじゃねえか」とぼやいたものである。)埃にまみれてはいたが、ドアや作りつけの梯子やロフトといった箇所に傷みはなく、掃除さえ念入りにやればすぐに住めそうであった。リンクはさっそく家じゅうをピカピカにしてしまうと、どうにかして三階のロフトにベッドを運びあげた。いったいどんな手をつかってそんなことができたのか、村人の間でも未だに謎である。そしてもともとあった家具を修繕して新居を完成させた。

 

そうして新生活がスタートすると、リンクは窓の近いロフトで日の出とともに目を覚まし、エポナに乗って中央集落に「出勤」し、一日中農作業か牧場の手伝いをしてから帰宅するのが日課となった。馬を持っているということで近隣の村へのお使いを頼まれることも増えたが、そんなときは必ず、リンクは帰り道がてらフィローネの森で薪をエポナの背一杯に拾い集めてきては、寡婦や年寄りの家の前にさりげなく置いていくのだった。リンクは自分のやったことを一切ひとには言わなかったが、見ている者はこれをよく見ていて、これによってこの少年に偏見を抱いていた者たちの心もいつしか柔らいでいった。

 

実際、リンクほどよく働く少年は他にいなかったし、どんな雑用でも嬉々として取り組むのが頼むほうにとっては気持ちがよかった。そんなこんなで、リンクの生活を見守っていたボウには、長らく心にのしかかっていた重荷が少しづつ軽くなってきているのが感じられた。

 

リンクが村人たちの間で一人前として認められる日もそう遠くはないだろう。その期待を胸に、リンクが十六歳を迎えたときボウはモイと話し合い、この少年にある一つの特別な仕事をさせることにした。その年は、王家への献上品を城下町に運ぶ年であった。いつもなら剣士であるモイが代表してその任につくのであるが、今回はリンクにやらせることにしたのだ。

 

トアルから城下町への旅路は、通常フィローネの森からハイラル平原を抜け、ハイリア大橋を渡って北上しなければならない。平原に一歩足を踏み入れたら、悪鬼たちはうろついているし、翼を広げたら馬よりも大きいカーゴロックに襲われることもある。この時代は昔と違って魔物たちもだいぶおとなしくなったとはいえ、決して安全な旅ではない。だが、ボウはあえてリンクにこの仕事をさせることで、彼にも立派な働きができることを皆に納得させたかった。

 

上首尾にことが運べば、これで八方すべて丸く収まる、というのがボウの算段であった。リンクは村の警備という特殊な仕事の一部を担っていたから、若くして家と馬が与えられたことについてもやっかみを言うものはほとんどいなかった。だが、元来この村の誰の子でもない彼がこれらの資産を手に入れられたのは、村長であり養父であるボウの援助のおかげであることは明白である。権力者であるボウのひいきによって暮らしを立てていると村人たちに見られてしまったのでは、若い今は良くてもリンクが大人になったときには必ずそれを悪く言う者が現れるだろう。だから、リンクには自らの実力を村のための仕事で証明させてやる必要がある。

 

かくして、モイがこの任務のことを彼に持ちかけたのはリンクが十六歳の夏であった。

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