「ならば問う。そなたは何者だ?」
骸骨剣士が尋ねた。
僕はいったい何者なんだ?リンクの心にその疑問がこだました。
「僕は‥‥僕はトアル村のリンクだ」
「それはそなたの名と縁の地に過ぎん。真のそなた自身は何者かと聞いておるのだ」
「それは‥」
リンクは言葉に詰まった。
「僕は農夫だ」
骸骨剣士は黙って聞いていた。
「僕は剣士でもある。まだ見習いだけど。山羊の世話もしている。だけど本当の僕が何なのかなんて考えるのは初めてです」
リンクはそう言ったきり言葉を継ぐことができなかった。
「答えられぬか」
しばらくの沈黙のあと骸骨剣士が言った。
「答えられぬなら、その答えを探したいがゆえに孤独な剣の道を進むもよい。そなたがそうするなら私はいつもそなたのためにここにいる」
骸骨剣士の思わぬ言葉にリンクは覚えず彼の顔を見た。
「そなたが志なかばで倒れ、あるいは道を引き返すことがなければ、その道の先に答えを見いだすこともあろう。そうした暁には再びその問いを発するがよい」
そこまで話すと骸骨剣士はリンクのほうを向いた。
「それでよいか?」
どう答えたものだろう。自分を指導してくれるこの剣士の正体を知りたかっただけなのに、思わぬ難問に突き当たってしまった。僕はいったい何者なんだろう?
だが、骸骨剣士は盾を左側に下ろし右手の剣を斜め前に高く掲げていた。あの挨拶だ。
リンクは頷くと、同じように剣を掲げた。刀身と刀身が触れる金属音が鳴る。
二人の剣士は構えをとって再び向き合った。それぞれの脚運びによって靴が地面に擦れる音が響く。相手の盾がリンクの盾に触れた瞬間、リンクは突然の激しい衝撃で後ろに押され二、三歩よろめいた。
まるで牛に押されたような感じだ。用心深く構えていなければ倒されていたかもしれない。今のはいったい?
「盾アタック」
骸骨剣士は構えを解くと言った。
「鍛え上げた剣といえども盾や甲冑で防備を固めた相手には通じぬことがある。そのようなとき盾で相手を押してその構えを崩す。それが盾アタックだ」
骸骨剣士の教えどおりリンクは試してみた。だが、手先だけで押しても、相手はビクとも動かない。
「小手先ではない。脚をしっかり使え」
骸骨剣士は言う。何度も動きを繰り返すうち、やがてリンクにもコツがわかってきた。盾を骸骨剣士に押し付け、体重移動をうまく使い相手を動かし崩すやりかたを見つける。やがて十回中九回は成功するようになった。
盾アタックで敵の構えを崩し、すかさず斬りかかる。その一連の動きをリンクが身につけると、骸骨剣士のレッスンは次の課題に移った。
「魔法を使う敵の中にはこのような魔法弾を撃ってくる者もいる」
そう言ってリンクを五メートルほどの距離に立たせ、剣を振り上げると、骸骨剣士の剣の先に黄色に輝く炎球のようなものが発生した。剣を振り下ろすとそれがリンクに真っ直ぐ向かってくる。リンクは慌てて盾で受け止めた。左腕に衝撃が走り抜ける。
「何をしている。盾アタックでそれを跳ね返してみろ」
そういうことなのか。リンクは再び盾を構えた。骸骨剣士が発した魔法弾の動きを見切り、盾を思い切りぶつける。炎球は跳ね返され、骸骨剣士の胴体にぶち当たった。
「これが盾アタック。わが第二の奥義確かに伝えた」
骸骨剣士は言った。
「そなたに伝えるべき奥義はまだ五つある。すべての奥義を身につけ剣の道を極める道は遠く険しいが、そなたならあるいはできるかも知れん」
相手の声が次第に遠のいていく。
「鍛練を積み、技を磨き、真の勇気を身につけよ。さすればそなたの求める答えも見いだせるであろう」
リンクはそこまで聞くと目を覚ました。レナードが貸してくれた天幕の中だ。外を覗くと、すっかり太陽が上っている。ラトアーヌの泉の周囲の木立から鳥たちの鳴き声が聞こえた。
今さっきまで確かにあの骸骨剣士と話をしていたのだ。盾を武器として使うという教えに、リンクは目から鱗が落ちる思いだった。今までは、盾は身を守るものという固定観念があったが、もし盾をこのように使いこなせれば、両手に武器を持っているのと同じだ。左右から同時に敵が来ても対処しやすくなる。きっとあの骸骨剣士は、多くの戦士が入り乱れる激しい乱戦を経験したすえこの技を編み出したのだろう。
しかし一方で彼の発した問いが心のなかに行き来していた。僕はいったい何者なのか。果たしてその答えはあるのか。だが剣の道を進むことでそれが見つかるのなら、どこまでも進んでみよう。あの剣士にもう一度会うまで、少しでも多く経験を積んで強くなっていよう。
リンクが天幕から出ると、近くに放しておいたエポナが寄ってきた。
「おはようエポナ。昨日は疲れただろう?もう大丈夫なのか?」
首をよく撫でながら話しかけた。だがエポナは懐かしい泉で寛いだ時間を過ごしたせいかすっかり元気を回復しているように見えた。リンクは天幕を畳むとエポナに荷物を積んで出発した。村に至る道の風景を楽しみながらゆっくりとした並足で南下する。
自分の家の前を通り過ぎ中央集落に向かうと、まずはセーラの雑貨屋に向かった。
「リンク、リンク!ウーリから聞いたよ。あんた子供たちを探しに行ってたんだって?」
リンクの顔を見ると、セーラはつけていた帳簿を放り出してカウンターから出てきた。そして、ベスが無事でいることをリンクが伝えると、倒れんばかりの大きなため息をついて胸に手を当てた。
「ああ、よかった。本当によかったよ。そうかい、カカリコ村にいるのかい。ああ、よかった。あんたのおかげだよ」
セーラは雑貨屋に置いた食料を何か持っていくかと尋ねてきたが、リンクは無料でもらうのも申し訳ないし、早く他の親たちにも報告したかったのでその場を辞した。店を出てジャガーの水車小屋に向かう。小屋の戸をたたくまでもなくジャガーは野外集会場で農具を手入れしていた。彼はタロとマロの無事を聞くと飛び上がらんばかりに喜び、大声で細君を呼んだ。ジャガーとキュリーは涙を流してリンクに礼を言った。だが、リンクは、その礼は全員を無事に連れ戻してからにしてくれと念を押し、ウーリの家に行くためその場を辞そうとしたが、ジャガーは焼きたてのパンをキュリーに持ってこさせ、リンクが受け取るまで解放しようとしなかった。
ようやく水車小屋を離れ、橋を渡り川沿いの道を歩いてモイの家へ向かう。ボウの家は最後にするつもりだ。イリアのことをどう報告するか決めかねていたからだ。
モイの家につき扉を叩くと、ウーリが戸を開いてくれた。
「カカリコ村に?」
リンクの報告を聞くなりウーリは手で顔を覆った。
「ああ、本当によかった。リンク、ありがとう。本当に感謝するわ」
ウーリはリンクの手を引いて中に招き入れ椅子に座らせた。リンクが自分でやると言うのを聞かず竈で茶を沸かしてくれた。
身重のウーリを気遣うリンクに、彼女は自らの腹に手をあてて言った。
「この子、ちょっとのんびりやさんみたいなの。コリンに似たのかしらね。産まれてくるのはもう少し先かも」
前回来たときからどれくらい経ったか何気なく尋ねると、一週間少しだと言う。それを聞いてリンクは驚いた。もう何ヵ月も経ったような気がしたからだ。
モイの姿が見えないので尋ねてみる。
「それがね、あの人ったら怪我が治った途端子供たちを探しに行くって出てったのよ」
ウーリは困り顔だった。
「リンクが行ってくれたから大丈夫よってわたし言ったんだけど‥‥」
リンクは前来たときにモイと話し合いができなかったことを悔やんだ。息子が誘拐され居ても立ってもいられなくなった気持ちは分かるが、身重の妻を置いていくとは。
「あのひとカカリコ村に立ち寄ってくれないかしらね‥‥ああそうだわ、手紙を書けばいいのよ。わたしあのひとに手紙を書くわ」
リンクはウーリに対し、子供たちを匿っているカカリコ村の祭司は信頼できる人物であること、またリンクは直ぐにでもカカリコ村にとって返すつもりなので心配はいらない旨を書いてほしいと伝えた。
ウーリの家を出ると、今度はボウの家に向かう。今度こそ気が重かった。イリアのことをどう伝えるべきか?だが良い考えが浮かぶ前に橋を渡り、ボウの家が見える場所に着いてしまった。ボウはいつものように戸口にいるのではなく家の前の道に立っていた。
「リンク!」
ボウはリンクの姿を認めると叫んだ。
「無事だったのか。一体どうしたんだその格好は?」
リンクは馬を降りると、ボウとしっかりと抱き合った。笑顔を見せ、自分は元気だと言うと彼はやや安心した顔をした。ボウはリンクを家に招き入れ、すぐに裏手に走って鶏を一羽屠り、それでスープを作ってくれた。ボウの手料理は久しぶりだった。味が濃いのは相変わらずだったが旨い。
「子供たちはカカリコ村に?ではイリアも一緒なんじゃな?」
食事をしていると、リンクが一番恐れていた質問が来た。だが、リンクが口ごもっているうちに、ボウは一人で勝手に頷いた。
「ああ、よかった。あの村なら安心だ。あそこの祭司のレナードはわしの旧友でな。あいつなら信頼できるからの」
鶏肉を噛みながらどう答えようか思案しているうち、誤解が解けないまま会話が進んでいってしまった。
「だが五人もうちの村から世話になりっぱなしというのもなんとも心苦しいのう。わしにも何かできることがあれば」
だがそこでリンクは思い出した。ボウを訪ねたのはゴロン族との交渉の糸口を掴むためだったのだ。イリアのことは後で説明することにし、リンクは食後の茶を飲みながらゴロンたちに起こった異変のことをボウに話した。
「なに、ゴロン族が?」
その言葉を聞くとボウは茶をすすろうとしていた顔を上げた。
「レナードが言ってた。ボウはゴロンたちと仲が良かったって。相撲仲間だったんだって?」
リンクが聞くと、ボウは腕組みして目を閉じ少し黙っていた。いわくありげな雰囲気を感じリンクが様子を見ていると、彼は口を開いた。
「レナードがそう言ったんだな?」
「ああ、そうだよ」
ボウは思案顔で上を見ていたがやがて口を開いた。
「確かにその通りだ。だがそこには秘密があっての。リンク、お前誰にも口外しないと約束できるか?」
秘密?なんのことだろう?だがリンクはもともとおしゃべり好きなほうではない。言うなと言われたら黙っている自信はあった。
「約束するよ」
リンクが答えると、ボウは立ち上がった。
「ちょっと来なさい」
ついていくと、ボウは家の奥の扉を開け、その先にしつらえた相撲練習部屋に向かっていく。
部屋の中央には直径五メートルほどの土俵があり、その上は昔リンクが見たとおり、踏み固めた土の上に細かい砂が敷き詰められていた。リンクも幼いころはここでよく稽古をつけられたものだ。
「相撲の基本は逃げた山羊を押さえつけて倒すのと大差ない。リンク、お前に相撲を教えたのもだいぶ昔のことだ。もう一度基本から教えてほしいか?」
なんだ、秘密というからどんな凄い技が出てくるのかと思えば、どうやらボウはまた相撲の初歩をおさらいさせようとしているらしい。リンクは首を振った。ボウの稽古を受けなくなった後もリンクは村の若者とよく相撲をとったものだ。リンクは馬力が強く、年上の男たちもよく転ばせていたので自信があった。
「よし、それなら一番とってみるぞ」
ボウが言う。
二人は支度をした。ボウは正式な試合らしく褌を締めた。リンクは簡易式にして肌脱ぎになるにとどめた。背中に貼った湿布をはがし、ブーツを脱いで土俵に上がる。
リンクは土俵にしゃがみ白線の部分に手をつけた。ボウも同じ姿勢をとる。
いつ戦いが始まるのか、それは言わずともわかった。二人同時に土俵から手を放してぶつかり合う。がっぷり四つに組んだ。リンクは重心を低くして思い切り押した。まだゴロン鉱山入口で負った打撲の痛みが残っていたが、かまわず脚を使っておっつける。
身長でも体重でも勝るボウとリンクは拮抗した。だか、リンクは若い瞬発力を活かして渾身の力で何度もおっつけた。少しづつ押し込む。ボウは負けじと両手でリンクを押し返す。
二人の身体が離れた瞬間、リンクは次に来るものを読んでいた。身を低くして突っ込んでいく。狙った通り、ボウの張り手が空を切る。深くまわしを取ると肩を相手の胸に着けてここを先途とばかりに押しまくった。二歩、三歩、ボウは踏ん張りながらも後ろに押されていく。リンクが最後の一押しをすると、ボウの足が土俵際から外に出た。
「基本的なことは身についているようじゃの」
ボウは荒い息をつきながら言った。
「では次が本番じゃ。ゴロンとの相撲のつもりでかかってこい」
二人は再び位置につく。少しの沈黙のあと、リンクとボウは再び激しくぶつかり合った。リンクは勢いに乗っておっつける。ボウはリンクを突き放すと張り手をかました。ボウの分厚い手がリンクの顔面を直撃する。
だが張り手くらいでたじろぐリンクではない。リンクは腰を落とすと再び突っ込んでいった。
そのとき、ボウが右に変化した。リンクと組み合うと、その力のぶつかり合いの方向がずれた。投げられる?リンクは一瞬の判断で踏ん張った。そこにボウがおっつけてくる。
リンクは後ろに押された。その足先が土俵の砂に溝を掘る。リンクはボウのまわしをつかみ直すと、必死で押し返した。
その刹那、リンクはいなされたのを感じた。今度は左から押してくる。とっさに対応できない。踏ん張りながら肩越しに後ろを見ると、いつの間にか土俵際が近づいている。
リンクは感づいた。ボウは左右に刈り込むようにして巧みにリンクを追い込んでいたのだ。力で押すことしか考えていなかったリンクはその策略に嵌められていたことに気づいた。だか、時既に遅い。突き放そうにも、ボウはリンクよりも腰を低くしてしっかりとこちらをつかんできていた。
リンクは土俵際から押し出された。完敗だ。相撲の奥深さを知らなかったリンクにはなす術もなかった。ボウは最初の一番様子を見ていただけだったのだ。
「なんだ、全く腰が入ってないじゃないか。もっとしっかり相撲をとらんか」
ボウはまわしを締めた自分の腹を叩くと、檄をとばした。だが、こうなると俄然闘志が燃え上がるのがリンクの性質だ。
もう一番。リンクは土俵上で再びボウと向き合った。今度は絶対負けない。
またしても、二人同時に立ち上がる。ぶつかり合うと同時にリンクは相手を突き放し張り手を打った。腰を低くして突っ込む。組み合いながらもボウの出方をうかがった。
力が拮抗する。腹の探りあいだ。リンクは右から投げを打つ動きをした。だがどっしりと重心を落としたボウの姿勢は動かない。リンクはさらにもう一度投げを試みた。ほんの少しの揺れ動いたボウは左に変化して方向を整える。
その瞬間、リンクも右に変化した。またがっぷり四つだ。二人とも土俵の真ん中。だがリンクは辛抱した。先に動いたほうが負けだ。押し合いが続いた末、とうとうボウがリンクの腰のベルトをつかみ直した。
リンクは渾身の力で相手を持ち上げる。ほんの少しボウの身体が浮く。体勢を立て直そうとボウは踏ん張った。リンクはそこで左に変化しておっつける。ボウが後ろに押された。リンクを突き放そうと突っ張りを打つ。リンクは頭を下げてかわし、一気に突っ込んだ。やっとチャンスだ。ドカンとボウにぶつかる。おっつけたところでボウが押し返してきた。そこでリンクはいなして右に変化した。投げを打とうとしたところでボウが反射的に踏ん張る。
作戦どおりだ。リンクは身体を低くすると歯をくいしばって押した。あと数センチ。じりじりと押されたボウはとうとう土俵を割った。
ボウは土俵を降りると黙ってリンクに手拭いを投げた。自らも汗を拭くと、服を着直した。
二人は相撲練習部屋を出てボウのダイニングに戻った。ボウは水を一杯飲むと口を開いた。
「お前ほどの実力があればゴロンにも勝てるかも知れん」
そう言うとボウは少しだけ微笑んだ。ボウにしては珍しい。
「リンク、しばらく見ないうちにたくましくなったな。わしはお前が一人前の男になるまではお前から目を離さないつもりでいたんじゃ。だがもう心配はないようじゃの」
リンクははにかんで下を向いた。そんな。自分はまだまだだ。だがそうは言っても養父のボウに認めてもらえたのは嬉しかった。
ボウはリンクに向きなおった。改まった口調で切り出す。
「リンク、どれほど相撲が強かろうと人間がゴロンに勝てる道理はない。わしがゴロンに勝てたのは別の理由があったのじゃ」
そう言うとボウは二階に上がっていった。しばらく待っていると、恐ろしく重そうな箱を抱えて戻ってきた。うんうん唸ってようやくのことで箱を下ろす。
「これじゃ」
箱の蓋を開けてボウが取り出したのは、金属でできたゴツいブーツだった。
「わしはこのブーツを履いてゴロンと相撲をとったんだ。これを履くだけでゴロンでも動かせなくなるくらいに身体が重くなる」
リンクは目を見張った。所々真鍮のプレートを施した見事な作りだ。靴底にはギザギザした溝が掘ってある。
「リンク、くれぐれも他言無用だぞ。特にレナードには絶対言うんじゃないぞ」
ボウが念を押すので、リンクは再び保証を与えた。二人はしばらく休んだが、リンクは早くカカリコ村に戻りたかった。ボウはリンクにも水を飲ませ、ブーツを抱えたリンクを見送った。
戸口でボウに別れを告げる前に、しかしリンクはもうひとつの疑問が頭に浮かんだ。自分の出自のことだ。
「ボウ、聞きたいことがあるんだ」
リンクは少し逡巡するとまた口を開いた。
「ボウが僕を預かったとき、僕の産みの親について何か聞かなかったかい?」
リンクは考えながら言葉を継いだ。
「その、名前とかじゃなくてもいいんだ。たとえばどんな仕事をしてたとか、どこの出身かとか」
ボウはそれを聞くと目を伏せた。
「リンク、済まん。わしは以前お前に話した以上のことは本当に何も知らんのだ。わしも突然のことでうっかりしておってのう」
決まり悪そうに頭を掻くと、ボウは言った。
「本来なら親の名なりと聞いておくべきじゃった。だがわしはお前の耳が高いものだから最初はてっきり王家の落し胤かと思っておった」
リンクが耳をそばだてるとボウは続ける。
「じゃが普通王家の者なら隠し子といえども後々沙汰があるはずなんじゃ。野垂れ死にさすわけにいかんからな。だがお前が来て十六年のあいだそのような沙汰はなにもなかった。だからお前の生まれについては、リンクよ、済まんが何も手がかりはないんじゃ」
やはりそうか。リンクには覚悟ができていたのでそれほど大きな落胆はなかった。自分が何者かについて知ることにやはり近道はない。自分で探し出すしかないのだ。
リンクはボウに礼を言った。二人はかたく抱擁をかわすと別れを告げた。
リンクはブーツを手で抱えながらエポナに乗ろうとした。だか重すぎて片手では持ちきれず断念し、ブーツをエポナの鞍に縛り付け、自分は彼女を引いてゆっくり歩くことにした。
だが、中央集落を抜け、自分の家の前から泉に向かう小道に入ったところで段々不安になってきた。この速度で旅をしていたら、また何日かかかってしまうだろう。エポナもかわいそうだし、自分ももっと沢山食料や水を用意しないと前回のようにフラフラになってしまう。
「なんだリンク、困ってるみたいだな?違うか?」
まるで心を読んだようにミドナが話しかけてきた。
「人間素直が一番だぞ。意地を張ってないで正直に言ったらどうだ?」
リンクはため息をついた。こちらから頭を下げてこの意地悪妖精に頼みごとをするのは気が重い。
「ほう、そのブーツでな。ゴロンとも対等に戦えるとは大したものじゃないか」
リンクが改めて説明するとミドナはさも初めて知ったかのような調子でわざとらしく言った。
「だがその反面重すぎて普通に運ぶのも一苦労というわけだ。まあそんなことはこのミドナ様にかかったらわけもないことだがな」
「わけもないって、どうやって?」
リンクは聞き返した。確かに、巨大な橋を運べるくらいの魔力を持つミドナならこのブーツくらいはわけないかもしれないが。ブーツを先にカカリコ村に飛ばしてしまうのだろうか?
するとミドナが半透明の姿で現れ、指をパチンと鳴らした。
たちまちアイアンブーツが消え去った。リンクは驚いてあたりを見回した。一体どこへ?
「まあ単純な話しだ。私の作った魔法空間に収納した」
魔法空間?リンクはますます驚いてミドナを見た。なんだそれは?
「魔法で空間をねじ曲げる。いわば布を畳んで巾着を作るようなものさ。いや、お前に言ってもわかるまいが」
ミドナは得意そうに腕を組むと、少し高いところに浮上してリンクを見下ろした。
「ま、お前がどうしてもと頼んで来るなら私の空間を貸してやってもいい。どうしてもと言うならな」
「ミドナ、助かるよ。是非頼む」
「ん?なんだって?」
ミドナが聞こえなかったような顔をして耳に手を当てた。
「ミドナ様、お願いいたします」
「よかろう」
ミドナは満足したようだ。リンクは早速エポナに跨がると早足にした。これで旅程を短縮できる。
快速にエポナを走らせると、すぐにラトアーヌの泉を通り過ぎ、橋を渡ってフィローネに入った。
もはや慣れた道だ。広場を二つ抜け、フィローネの泉を過ぎ、洞窟を抜けてあの油売りの青年の小屋の方面に進む。
キコルはいつものように小屋の前で焚き火をしていた。リンクは少しエポナを止めると馬上のまま世間話をした。キコルは抜け目なくカンテラの油の補充を勧めてきたが、リンクとしてはとりあえず必要を感じなかった。次の結晶石探しは、森の神殿のような廃墟ではなく機械の動いている鉱山か明るい火山の中だろう。
キコルにまた次の機会にと挨拶すると、リンクは道を急いだ。ハイラル平原への道をひた走る。
途中ボコブリンが二匹、以前の待ち伏せ場所にいたが、リンクはもう構わないことにした。エポナの速度を上げて突っ切る。悪鬼どもは高速で通り過ぎる馬に撥ね飛ばされそうになり、鉈を振り上げて悪態をついた。
ハイラル平原に入ると日が傾きつつあった。リンクは今回は早めに水源地に近づいて夜営場所を探すことにした。北北西に進路をとって快速に飛ばしてゆく。
日が暮れそうになった頃には岩の台地を抜け、遠くに水源地を望む丘に出た。ややエポナを並足に戻し夜営地を探す。出来れば魔物の接近する方向を限定できるような場所に夜営したい。
リンクは考えた末、かつての川岸の崖下に天幕を構えることにした。ややジメジメしていたが、平原にいるボコブリンからも見つかりにくいと思われたからだ。
薪木を集めている間エポナにしばらく草を食ませ、そのあとたっぷり水を飲ませてから荷物を下ろした。天幕を張り、焚き火の前でパンをかじる。
こういうときはゲイルと話したくなる。リンクはブーメランを取り出して話しかけた。
「本当のあなたは何者かって?なるほど難しい質問です」
リンクがこのところの疑問をぶつけてみるとゲイルは言った。
「ゲイル、昔の勇者ってどんな人だったんだい?」
リンクは質問した。
「僕は昔の勇者に因んで名付けられたんだ。だけど勇者の伝説は村の年寄りから聞いただけでうろ覚えなんだ。君は長い間生きてるから詳しいかなと思って」
「ふむ、勇者の話しですか。私も精霊たちの間で伝えられたことに限られますが、知らないわけではないですよ」
ゲイルはもったいぶった前振りをつけてから話しはじめた。
「そもそもハイラルの歴史の中勇者は何度か現れています。しかしその一番古いものでは‥‥」
「古いものでは?」
リンクは尋ねた。
「数千年の昔に遡ります」
「そんなに?」
リンクは驚いた。
「いえ、正確に言うと勇者が現れるまでの経緯を含めたことの発端までたどると、という意味ですが。最初から聞きたいですか?」
リンクは頷いた。この夜長には他にやることもない。
「はるか昔、女神ハイリアと彼女に額づく神々たちがこの世界を治めていたころです。そのころ、天候を司る神であった『終焉の者』がハイリアに反旗を翻したのです」
「その、なんとかって変な名前の神さまだね。まるで死神みたいだ」
「いえ、彼にも本当は神としての名があったのですが、神々の座から外されたのでもとの名は消し去られたのです」
「で、どうしてそうなったの?」
「そのころ、人間たちは雨を降らせ日を照らしてくれる神々へ感謝、またこれらすべてを造られた太古の神への畏怖の念を忘れ、享楽的で自己中心的になっていたのです。それで腹を立てた『終焉の者』は大風や洪水を起こし、大災害を通して人間に神々への敬意を取り戻させようとしました」
「気持ちはわからなくないけどやり方が強引過ぎだね」
「その通り。女神ハイリアは、人間が自分で自分の過ちに気づき自らの道を正すことを期待されていました。ですが『終焉の者』は女神の戒めを聞き入れず、それどころかますます増長していきました。彼は災害を下しては人間を恐怖に陥らせ、礼拝を強要することで勢力を拡大し、ついには自分の像を人間たちに作らせ拝ませることまで始めました。これは彼には許されていなかったことです」
「ちょっと待って。勇者の話はどうなったの?」
リンクは口を挟んだ。
「まあ聞いててください。そのうち出てきますから」
ゲイルは続けた。
「女神ハイリアはとうとう、彼に罰を下しました。地に割れ目を作り彼をそこに閉じ込めたのです。それで千年の間地には雨が降らなかったといいます。しかし千年後地の割れ目が再び裂けてそこから『終焉の者』が甦りました。彼は魔物たちの集団を引き連れて殺戮を開始しました」
話しがいつしか深刻な本物の戦争の話しになってきたのでリンクは口を挟まず黙って聞くことにした。
「女神ハイリアは大地を切り出して浮島を作るとそこに大部分の人間たちを避難させました。そして、『終焉の者』と魔物たち、女神ハイリアと亜人および人間の連合軍の間の戦いが始まりました」
焚き火の炎が揺らめく。ゲイルの語りを聞いていると、リンクの目にはその炎が映す影が魔物たちの影に見えてきた。
「凄まじい戦いの末、女神ハイリアは自ら深手を負いながらも『終焉の者』を封印することに成功したのです。しかしその後女神は長い眠りにつきました」
少し間を置くとゲイルは続けた。
「そしてある時のこと。女神ハイリアは人間の少女に生まれ変わりました。その目的は自らの身体をもって、『終焉の者』の封印を固めること、そして選ばれし勇者を人間たちの間から探し出すことでした」
「やっと勇者が出てきたね」
「そうです。勇者は、リンク、君とそれほど変わらない歳の騎士見習いの若者だったようです」
「見習いか。僕と同じだね。それで勇者は何をしたの?」
「まあ順を追って話します。そのころ人間の大部分は空の上の浮島に住んでいたのですが、実は魔物たちの側も女神ハイリアの受肉を感づいていて、その少女を狙っていたのです。それは彼女の魂を使って『終焉の者』を完全に復活させるためでした」
「勇者は彼女を助けたんだね」
「いえ、厳密には違います。彼女は浮島から誘拐されたあと、地上に残っていたシーカー族に助けられたのです。これはまた別の話になりますが」
「じゃあ勇者は何をしたの?」
「彼は女神ハイリアの生まれ変わりの少女を追って地上を旅したあと、女神の剣を三つの聖なる炎で鍛え上げました。そして多くの試練に打ち勝ち、最終的には『終焉の者』と戦いこれを倒したのです」
「なんだって?」
そこまで聞いてリンクは仰天してしまった。
「倒したって‥‥その終焉のなんとかって、もともと神だったんだろう?」
「そうです。魔物に身を落としましたが」
「本当に勇者が倒したの?」
「そうです。これは精霊の間でも知られている事実です」
リンクはばたりと後ろに倒れ込むように横になった。そんなこと、自分には到底無理だ。
魔力で肥大しすぎた間抜けな食人植物くらいなら自分にも倒せるかも知れない。だが、今聞いた話は想像を超えていた。
「僕には到底無理だよ。百年努力したってできるわけがない」
ゲイルはしばらく黙っていたが、やがてこう言った。
「リンク、その勇者も一人で全てを成し遂げたわけではありません。多くの者の助けがあってのことです」
リンクは横を向いた。そんなことは分かってる。でも、自分にはあの巨大食人植物を倒すのさえ、ミドナとゲイルの助けに加えて幸運が必要だったのだ。
「あなたが正しい道を歩んでいれば時にかなった助けが必ず現れるものですよ」
リンクはゲイルに礼を言い、ブーメランをしまった。心は沈んでいた。もし、本物の勇者がそんな凄いことをしたのなら、きっと彼はもともと自分とは似ても似つかない生まれながらの英雄なんだろう。
こんな話聞かなきゃよかった。剣の道を進めばいつかは勇者にふさわしい者になれるかもしれないという朧気な希望が見えてきたのに、それがすっかり消え去った気がした。
リンクは焚き火の明かりを見つめながらウトウトとし、途切れ途切れの眠りのあと、結局早朝に出発することにした。宿営をたたみ、焚き火を消してエポナに跨がると、西に進路をとる。
後ろから上ってくる太陽に照らされ、夜空が次第に深い青に変わっていく。以前の旅と違い、北西の空にはあの不気味な黒雲はない。
だがリンクの心はあまり晴れなかった。ゲイルから聞いた話を思い返す。もし勇者というものがそんな偉業を期待されているのだとしたら、自分は明らかに人違いだろう。
エポナに合図してリンクはやや早足にすると、心を空っぽにして走ることを楽しむことにした。日がすっかり上る。左手遠くにに見える岩の台地がゆっくりと後ろに流れていった。
「おいリンク」
突然ミドナが言った。
「おい聞いてるか?ボウッとしてないで返事しろ」
リンクが心ここにあらずといった具合でついつい返事を忘れると、ミドナが目の前の空中に現れて、小さな手で頬をピシャリと叩いてきた。
「うわっ。なんだよいきなり」
リンクはびっくりして馬を止めた。もう昼過ぎだ。いつのまにか前方に南ハイラル平原の終わりを示す岸壁が見える。
「だからボウッとするなと言ってるだろ」
「だからって叩かなくても」
「おい、お前ここを安全な場所だと勘違いしてないか?」
ミドナは腰に手を当てリンクに向かって人差し指を立てた。
「え?安全って‥‥そりゃボコブリンくらいはいるかも知れないけど」
「だれかに監視されてるぞ、私たちは」
「監視?」
「さっきからずっとだ。私にはわかる」
そう言われたリンクは周囲を見渡した。だがそれらしき人影はどこにもない。
「ミドナの勘違いじゃないのか?」
「見くびるな。私はお前のようなそこつ者ではない」
ミドナは右手を上げて人差し指を空に向けた。見ると、大きな鳥が飛んでいる。カーゴロックと言われる、コウモリのような羽と長い嘴を持つ巨大鳥だ。上昇気流に乗りながらゆうゆうと上空を周回していた。
「ああ、あの鳥は確か縄張り意識が強いので有名なんだよ。僕らが巣に近づかないよう見張ってるのさ」
リンクは言った。するとミドナはため息をついた。
「だからお前はそこつ者だと言うんだ。同じ鳥がハイラル平原の真ん中から端っこまで追ってくると思うか?」
「同じ鳥?」
「ああ、間違いない」
リンクは首をひねった。もしかするとカーゴロックの形なんて皆同じだからミドナが見間違えたのかも知れない。
「リンク、ペースを早めろ。どうやら私たちが同じような経路を何度も通ったことで敵に気づかれたみたいだ」
ミドナが指示した。リンクは素直に従ってエポナを早足にした。エポナはまだまだ余力がある様子だったので、時折脇腹をかかとで蹴ってスピードを上げた。
しばらく走るとカカリコ峡谷に抜ける岸壁に挟まれた小道についた。
「速度を落とせ」
ミドナが唐突に言う。
「なんだよ、急げって言ったり急ぐなって言ったり忙しいなあ」
リンクは文句を言った。だがミドナは人差し指を口に当ててリンクを制止した。
速度を落とす。ミドナはじっと黙っていた。エポナの蹄が砂利を蹴る音だけが響く。
突然ミドナがリンクの頭を叩いて人差し指を岸壁の上に向けた。リンクが指されたほうを見上げると、人影がある。
すぐに隠れてしまったが、一瞬だけ見えた。緑の顔をして弓を手にしたブルブリンだ。
「見たろ?」
ミドナが言った。
リンクはようやく理解した。ミドナの言うとおりだったのだ。
「気に入らないな。直接攻撃せずにこそこそ嗅ぎ回っているってことは、なにか相当の仕掛けを用意してるんだろうな」
「仕掛け?」
「おい、もうスピード上げていいぞ」
ミドナが指示する。リンクはエポナの脇腹を蹴って速度を上げた。ミドナが続ける。
「リンク、くれぐれもここからは用心しろ。あの祭司の言うとおりカカリコ村だって安全とは言えない。いや、奴らはむしろこちらの警戒心を解くために意図的に活動を控えていたのかも知れないな」
「じゃあ、何だろう?もしかしたら村に戻ったら集団で待ち構えてるとか?」
「それくらいならまだいい。もっとたちの悪い手を使ってくるかも知れないぞ」
快速にエポナを走らせると、やがてリンクたちは岸壁に挟まれた小道を抜け、前方に橋が見えてきた。
橋の周辺には以前いたボコブリンたちの姿も見えない。そのまま馬を進める。不自然なほど順調な旅程だ。
リンクは一旦エポナを止めて草を食ませ、自分の水筒から水を飲ませたあと出発した。
再び快速に飛ばす。カカリコ峡谷方面の平原は南ハイラル平原ほど広大ではない。数時間もしないうちに、砂岩の柱がちらほらと現れて、前方にはひときわ高く険しい岸壁が見えてきた。小道は、岸壁の切れ目にかかった高い看板の下を通っている。
リンクは段々と不安を感じてきた。どうもミドナの言うとおりのようだ。それに、自分がカカリコ村にいないあいだに子供たちの身に何かがあったらと思うと余計心配になる。レナードは賢明で信頼に足る男だが、戦士ではない。鬼の大群が襲ってきたらひとたまりもないだろう。
やがてカカリコ村入口を塞ぐ門に到着した。エポナを少し休ませたあと助走させて飛び越える。
岸壁に挟まれた小道を走るとほどなく村に着いた。リンクは泉にエポナを乗り入れさせて水を飲ませた。荷物を下ろし、礼拝所に徒歩で向かう。
だが、目抜き通りから見える村の様子はあきらかに異様だった。数少ない住人たちは、おのおのの家の扉から用心深そうに顔を出して周囲をうかがっている。
バーンズが下宿屋のあたりで村人と話をしていたが、やがてあわてふためいた感じで通りを北のほうに駆けていった。
リンクは荷物を放り出した。何かが起こったんだ。礼拝所の扉を開けたが、中には誰もいない。外に出て改めてあたりを見回す。
礼拝所の脇にある庇の下の壊れた荷車の陰にベスが横たわっていた。
リンクはあわてて駆け寄り抱き起こした。怪我はないようだが、顔中を涙で濡らしながらしゃくりあげていた。
「リンク‥‥」
「ベス、もう大丈夫だ。何があった?」
「リンク‥‥コリンが‥」
嗚咽するばかりのベスの言葉は要領を得なかった。そのとき、目抜き通りを北から駆けてくる少年がいた。タロだ。
「リンク!」
「タロ!」
リンクはベスを助け起こしながら答えた。
「タロ!何があった?」
タロはリンクの前で止まって荒い息をつき、肩を上下させ、何度も唾を飲み込んでいたが、やがて口を開いた。
「コリンが‥‥コリンがさらわれちゃったんだ」