黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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死の山へ

崖に両側を挟まれた小道で立ち止まり、リンクは前方上空を見上げた。火山からの噴煙が、それ自体化け物のような奇怪な形をとって空高く立ち上っている。かすかに地響きが聞こえた。

 

これからの戦いは森の神殿での冒険より格段に過酷なものとなるだろうとリンクには直感でわかった。

 

だが、リンクは息を大きく吸うと一歩を踏み出した。

 

「リンク、聞いてるか?」

 

ミドナが話しかけてきた。

 

「ああ。なんだいミドナ?」

 

「いいことを教えてやる。ここから先の山は一帯が『デスマウンテン』と呼ばれているらしい」

 

「デスマウンテン?」

 

「死の山、とかいった意味だ」

 

「ずいぶんな名前だね」

 

「リンク、お前に今のうち言っておく。おそらくこの山に登ることも、そして鉱山の中を探索することも危険な罠だらけだと思ったほうがいい。火山というものの危険度は以前行った森とは比べ物にならないぞ」

 

「まるで僕を怖じ気づかせようとしてるみたいだね」

 

リンクは歩きながらそう笑った。

 

「お前がこれで怖じ気づいてくれるような頭の良い奴だったらと私は願ってるよ。だが前に言ったようにお前には思慮というものが足りない。ここでは注意深く行動しなければ命取りだと思ったほうがいい。幸運に頼るな。言いたいことはそれだけだ」

 

「わかった。それに君の忠告を無視することもしないよ」

 

「わかればいい」

 

「ミドナ、頼みがあるんだが」

 

「なんだ」

 

「以前預けたブーツまだ持ってるか?」

 

「ああ、あれか。履きたいのか?」

 

「いや、いまじゃないんだ。またゴロン族と戦わなければならなくなったときに必要なんだ。合図したら出してくれるか?」

 

「いいだろう。お前の合図ですぐ履かせてやる」

 

ミドナの声はまだ硬かったが、リンクは少しほっとした。彼女は機嫌の良し悪しに関係なく仕事に必要なことはやってくれるタイプのようだ。

 

リンクはやがて以前ゴロン族の見張りに撥ね飛ばされた崖の下に出た。

 

前回の痛い記憶が甦る。だがここをまず越えないことには話にならない。リンクは自分の顔を叩いて気合いを入れると、崖にかかった金網に手足をかけて登り始めた。

 

十メートルほどの崖を登りきってしまうと、そこから続く小道の奥に同じゴロン族の青年がいた。崖にもたれ掛かって地面に座り込み、大きな手で小石を拾い上げては向かい側の壁に投げている。

 

リンクはその青年のほうに進み出た。

 

「本当にあのブーツであいつに勝てるのか?」

 

「ああ。ボウは嘘をつく人じゃない」

 

「じゃあ出すぞ」

 

途端に、リンクは自分の体が少し浮き上がったのを感じた。次の瞬間、元々はいていた革のブーツが消え去り、鉄のブーツが足の下に現れる。体がストンと落ちて、両足が鉄のブーツの中にすっぽりと嵌まった。足を一歩踏み出すと、人がひとりしがみついているくらいの物凄い重さを感じる。

 

リンクの姿を認めたゴロン青年は手に持っていた小石を地面に叩きつけて立ち上がり、舌打ちした。

 

「また来たのか?懲りねえ奴だ。何度来ても同じだぞ」

 

ゴロンは前屈してその巨体を丸めると、たちまち丸い岩の形となってこちらに転がってきた。

 

リンクは両手を前に出して腰を落とし、身構えた。足を使って左右に微妙に位置を調整する。ところが驚いたことに、ゴロンのほうでもリンクの位置を把握しているのか、軌道をずらしてリンクの正面から向かってきた。

 

ええい、小細工は無しだ。

 

ゴロンが激突してきた瞬間リンクは思い切り息を吐きだして力を出し、相手を受け止めた。人間を遥かに超えた重さに、たちまち上体が激しく後ろに押される。リンクの強い背筋でも支えきれない。

 

まずい、倒される。

 

しかしリンクの鉄のブーツはがっちりと彼の両膝から下を支える。ゴロンの重みを受け必死で体を反らせる。リンクは身体ごと数十センチ後ろに動かされた。だが、ブーツの底に刻まれた溝が地面に食い込む。

 

止まった。

 

リンクは歯を食い縛ると、腰を落として思い切りゴロンを押した。岩の塊と化したゴロンが一メートルほど向こうに転がった。

 

ゴロンは丸まったまま唸り声をあげ、もう一度勢いをつけ体を転がし叩きつけてきた。リンクは再びそれを受け止めると、今度はブーツの制動力をフルに活かして足を踏ん張り、まるで暴れ山羊を倒すように相手の力を横に逸らして投げを打った。

 

ゴロンは自らの勢いを利用されたかたちだ。止まることができないままリンクの横を転がると、背後の崖から飛び出し、叫び声をあげながら地面に落下していった。

 

「第一関門突破か。お前にしちゃ上出来だ」

 

ミドナが言った。だがリンクは少し心配になった。

 

「あの人、大丈夫かな。もろに崖から落ちてった」

 

リンクは、以前当の本人に撥ね飛ばされて地面に叩きつけられたときの肩の打撲箇所を服の上からさすった。

 

「あいつはゴロンだぞ。溶岩に落ちても死なない連中だ。追いかけてこないうちに先に行くぞ」

 

またリンクの身体が一瞬宙に浮く。鉄のブーツがいつのまにか革ブーツに戻っていた。

 

リンクは小走りに峠道を走り始めた。だが、百メートルも行かないうちに前方から地響きを立てて転がってくるものがある。新手のゴロンだ。

 

「ちぇっ。どうやら今のでバレたらしいな。リンク、とっとと片付けとけ」

 

再びリンクの身体が一瞬浮いて、革のブーツが鉄のブーツに入れ換えられた。新手のゴロンはさっきの見張り以上に勢いをつけて転がってくる。リンクは立ち止まり、足を少し開くと腰を落として両手を広げた。

 

息を思い切り吸い、凄まじい衝撃に備える。激突の瞬間息を吐き、鉄のブーツの中で足を踏ん張った。地面の上で身体ごと一メートルほど後ろに身体が運ばれる。だが、鉄のブーツの力は絶大だった。

 

リンクは相手の勢いが完全に相殺される前に左に投げを打った。あくまで真っ直ぐにこちらを潰そうとしてきたゴロンは自分の勢いでたまらず後方に吹っ飛んでいった。

 

「リンク、急げ。一匹づつ相手にするだけなら問題ないが増援を呼ばれて数で来られると困る」

 

ミドナがまた素早くブーツを入れ換える。リンクは小道を駆け上っていった。

 

峠道が少し左に折れ、次には右に折れた。すると、右手の崖の上から転げ落ちてくる岩塊がある。またゴロンだ。

 

「ミドナ頼む!」

 

リンクが叫ぶ。瞬時にブーツが入れ換えられた。次の瞬間、崖から落ちてきたゴロンが凄まじい勢いでぶつかってくる。リンクは必死で両手を突っ張った。上体が押されて海老反りになる。右足を少し下げて踏ん張り、腰を落として何とか体勢を保つと、ゴロンの軌道を強引に逸らして、坂下に向けて転がした。

 

勢いが止まらず、ゴロンは叫びながら転がり落ちていく。リンクは両手を打ち合わせて土を払うと、額の冷や汗を拭った。

 

前方を見ると、坂の上方に低い崖があり、その右半分には一段一メートルほどの大雑把な作りの鉄でできた階段がある。リンクは重いブーツを履いた足を引きずって歩きながら言った。

 

「ミドナ、あの上から待ち伏せして転がってくるゴロンがいる気がする。ブーツはこのままにしてくれないか」

 

「珍しくご名答だったなリンク。ほれ、もう来てるぞ」

 

ミドナが言うか言わないかのうちに、崖の上で土埃が舞い上がったかと思うと、ゴロンが一人また丸くなって転がり落ちて来た。

 

今度はしっかりと足を開いて踏ん張り、体を落として両手で受け止める。少し後ろに押されつつも、重みと勢いを横に逸らして投げを打った。四体目のゴロンも坂下に転げ落ちてやがて見えなくなった。

 

ミドナが半透明の姿で現れると、少し上空に浮かび上がり前方を見回してから戻ってきた。

 

「入り口の見張りどもはあれで全部みたいだ。先を急ぐぞ」

 

リンクのブーツがまた入れ換わる。リンクは目の前の階段を素早くよじ登ると、再び坂道をダッシュし始めた。

 

ほどなく、真ん中に段差のある広場に出た。地面のあちこちから熱い蒸気が吹き出している。

 

以前、ここ一帯が影の領域でリンクが狼の姿だった頃に、風の音のする石碑であの骸骨騎士に呼び掛けた場所だ。

 

だが、リンクは広場に足を踏み入れた瞬間に異変を感じた。向こう側の崖の上にブリブリンの一群れが姿を現したのだ。

 

緑鬼どもは手に携えた弓を構えると、一斉にリンクに向けて矢を射かけてきた。あの火矢だ。

 

リンクはあわてて道を戻り、小道を挟む崖に身を隠した。数瞬前にいた場所に次々に矢が突き刺さる。

 

「なんであいつらが?」

 

リンクが叫ぶ。

 

「知るもんか!」

 

ミドナも叫び返す。

 

「リンク、盾はどうした?」

 

ミドナに問われて思い出した。ブリブリン騎兵どもと戦っている間に燃えてしまったのだ。

 

「持ってない」

 

「まったくうっかりした奴だ。全力で走って抜けろ」

 

確かに、ここで足踏みしてるわけにはいかない。リンクは何回か深呼吸すると、物陰から飛び出して走り出した。

 

たちまち背後を何本も矢がかすめる。リンクは標的にならないようジグザグに走ると、広場の中央の段差の下に身を投げだした。段差の影に身を縮める。矢は次々と飛んでくる。リンクは段差の下でじりじりと右に移動すると、そうっと上を覗いてみた。ブルブリンどもは、まだリンクが移動したことに気づいていないらしく、現在の場所より数メートル左側に火力を集中していた。

 

リンクは段差に手を掛けて身体を持ち上げて登ると、転がるようにして駆け出した。その瞬間右手の壁から蒸気が勢いよく吹き出してくる。リンクは咄嗟に前転して直撃を免れると、北西にある広場の出口にひた走った。背後の地面に次々と火矢が刺さっていく。

 

どうにか広場を抜けて岩壁の影に身を隠して息を整えた。

 

「あいつらここで一体何をやってるんだろう?」

 

リンクが言うとミドナは肩をすくめた。

 

「さあな。いずれにせよお前が倒したあのデカブツの手下たちとは別動隊なんだろ」

 

リンクは、この数日間カカリコ村で警戒を解いて過ごしていた自分の甘さを思い知った。キングブルブリンはいなくなったとはいえ、少し山に登っただけであんな数の弓兵どもが残っていたのだ。

 

「だがあいつらの存在で疑惑は確信に変わったな。結晶石は絶対この山の中のどこかに隠されてる」

 

「だけどゴロン族は何をやってるんだろう?あいつらこそ山から追い出さないとまずいんじゃないのか?」

 

「さあな?自分達のことで手一杯なんだろ。ま、私が言ったとおり、黙って侵入したほうが楽だってことが証明されたみたいだな」

 

ミドナから返ってきた皮肉にリンクは溜め息をついて首を振った。

 

「それじゃ人間とゴロンとの絆を取り戻せない。僕は反対だよ」

 

「ほう、いっぱしの口を利くもんだな」

 

ミドナは言った。

 

「お前が正攻法に拘るなら私は止めはしない。苦労するのはお前だからな」

 

リンクは頷いた。自分で自分に課した仕事は結晶石の回収だけではない。余計な苦労をしてでもやり遂げてみせる。

 

再びリンクは峠道を駆け出す。地面のそこここから蒸気が吹き出しているのを避けながら、曲がりくねる小道を駆け登った。

 

やがてリンクは横幅の広い広場を見下ろす場所に出た。山側には高い段差があり、その段差のふもと真ん中あたりに一人、そして西側の壁の近く、以前ここが影の領域だった頃ミドナの力でジャンプしたあたりの場所に一人。見張りを命じられたのかゴロン族の男たちが立っている。

 

強い地響きが聞こえた。火山が動いているのだ。目をあげると、山の頂上から噴煙が新たに吹き上がっている。ふとそこから少し目を下ろすと、山はどうやら螺旋状に人の手で形作られているらしいとわかった。その螺旋の通路の終端にある頂上あたりに、見張り台のような一段高い場所があった。さらにその上にもう一段あって、その突き当たりの壁に蹄鉄形に鉄で縁取られた大きな穴があった。鉱道の入り口らしい。目を凝らして見ると、螺旋通路の終端の一段上には二人のゴロンが立っているのが見えた。

 

そのゴロンたちは早くもリンクの姿を認めたらしい。こちらに指を指し、二人で何事か話していたかと思うと、一人がその場で身体をを丸め、もう一人がその上に乗った。かと思うと、下にいた一人が丸めていた身体を一気に反らし、その勢いで上にいた一人が段差の上に飛び上がった。

 

飛び上がった一人はそのまま身体を丸め鉱道の入り口に転がり込んでいった。

 

「おい、気づかれたぞ」

 

ミドナが言う。

 

「ああ。まずいね」

 

リンクは答えた。

 

「だがまあこれはお前の不注意ではあったが、それだけのせいとも言えないな」

 

「なんでわかるんだい?」

 

リンクはミドナの思いがけない言葉に驚いた。

 

「考えてもみろ。最初の一匹を投げ飛ばしてからの後続の対応が早すぎる。それにあの上のほうにいた二匹もまるで私たちがもうすぐここに姿を表すことを知ってたみたいな動きかただった。やつらの間で何か通信する手段があるのかもしれないな」

 

「こっから先は今までみたいに楽には行かないってことだね」

 

リンクがそう言った瞬間、再び強い地響きがあった。と思うと、飛翔物が風を切る音が聞こえてくる。

 

見上げると、火山の頂上から火のついた巨大な燃えさしのような岩の塊がいくつか飛び出してきていた。

 

その刹那、リンクの頭上に小さな火山弾がパラパラと降り注いできた。

 

「頭上注意だ!火山弾は自分でよけろよ!」

 

リンクは頷いて走り出した。ヒューと風を切る音が聞こえる。今までいた道から段差を駆け下って広場に降りると、一抱えもありそうな岩が頭上から降ってくるのが見えた。急激に左に方向を変え、さらに前転して火山弾をかわした。背後の地面でドカンと音がした。

 

また立ち上がって走り出す。空を見ると大小の火山弾が飛んできている。もう一つの大きめの火山弾が近くに着弾しそうだ。リンクは走る速度を落としてその軌道をよく見極めると、広場の奥に向かってまたダッシュした。

 

背後に新たな火山弾が落ちる。リンクが再び上を見上げると、異様な音が聞こえてきた。空全体が振動するような飛行音だ。

 

もしかすると広場の真ん中にいたらまずいかも知れない。リンクは少し右に方向を変え、山側にある高い段差のほうに向かった。段差は堅牢そうな鉄骨で補強されているからその下に身を隠せるかも知れない。

 

見張りのゴロンたちと鉢合わせになってしまうが、火山弾に潰されるよりましだ。リンクは、広場の北西に立っているゴロンのほうに向かって走った。

 

飛行音はますます大きくなり、地響きと区別できないほどだった。

 

持ち場にいたゴロンの男はリンクの姿を見ると、指を突きつけてきて大声で何事かを怒鳴った。だが大型火山弾の飛行音に掻き消され、何を言っているか聞こえない。

 

リンクは構わず鉄骨に補強された段差の下、ゴロンの隣に飛び込んだ。飛行音がまさしく地響きとなって迫ってくる。ゴロンは、来るべき衝撃に備えるか、侵入者を排除するか迷っていたようだが、火山弾より侵入者を選んだらしい。

 

ゴロンが両手を構え戦いのポーズをとる。だが、リンクはそれどころではない。こっちは溶岩に落ちても生きられる岩の身体ではない。ふと右側、崖の中腹を見ると、人一人通れるくらいの小さな穴が空いており、そこから金網が垂れ下がって登れるようになっていた。

 

落下音が耳を聾する中リンクは必死で金網を這い上がって穴に飛び込んだ。その瞬間大型火山弾が広場に着弾した。リンクは衝撃波で吹き飛ばされるようにして穴の中に押し込まれた。

 

「生きてるか?」

 

しばらくするとミドナが聞いてきた。

 

「なんとかね」

 

リンクは穴の中でひっくり返ったまま答えた。

 

「これがデスマウンテン流の歓迎らしいな、見てみろよ」

 

ミドナが姿を表して外を指さした。見ると、広場の真ん中に高さ十メートル以上もありそうな柱のような形をした噴石が立っている。まだ高熱を帯びているらしくところどころがオレンジ色だ。

 

「おい、人間め。そこに隠れてるのは分かってるんだぞ。とっとと出てこい」

 

穴の外からゴロンの声が聞こえる。リンクが穴から顔を出して見てみると、穴の下で見張りのゴロンが両手を振り上げて怒鳴っている。

 

リンクは穴の縁に手をかけると、身軽に地面に飛び降りた。

 

「待ってくれ。僕は別にゴロン族と戦いたい訳じゃない」

 

リンクが両手を上げて呼び掛けても、効き目なしだった。

 

「ここは人間は立ち入り禁止だ。言うことを聞かないなら聞かせてやる」

 

ゴロンの見張りはまた戦いのポーズをとったかと思うと、右腕を振り下ろしてきた。リンクは反射的に両腕で顔面を保護した。

 

スピードは遅いが恐ろしく重い一撃だった。リンクは二メートルほども後ろに吹き飛ばされ、地面に転がった。

 

「人間の力でゴロンにかなうと思ったか。観念しろ」

 

ゴロンは両腕を組んで仁王立ちになる。リンクは必死で立ち上がった。

 

「リンク、こいつらデカいだけで大したことないぞ」

 

姿を消したミドナがささやく。

 

「僕はゴロンと戦いたくない。話しを聞いてほしいだけだ」

 

リンクは再び呼び掛けた。

 

「人間から聞く話なぞ無い。そんな話は麓に帰ってからしろ」

 

再びゴロンが戦いのポーズをとる。リンクはやむを得ず背中に手を伸ばして剣を抜いた。ゴロンがこちらに進み出て、右拳を振り回す。リンクは上体を反らして躱した。コンビネーションで左の拳が飛んでくる。

 

バックステップでそれも躱わすと、ゴロンは重心が前に行き過ぎたのか、前につんのめりそうになってたたらを踏んだ。

 

済まない。心の中で念じると、リンクは前に踏み込んで横斬りを放った。

 

剣の刃がゴロンの腹を打つ。その途端に、相手は痛そうな叫び声を上げると、腹を保護するようにその場で丸まってしまった。

 

「な?こいつら大したことないだろ?」

 

ミドナが言う。リンクも驚いた。他の多くの生物同様、腹はおそらくゴロンの最も脆い弱点と思われたが、たったこれだけで丸まってしまうとは意外だった。

 

と、ミドナが叫んだ。

 

「おい、リンク。こいつの上に乗れ!」

 

リンクは一瞬戸惑った。

 

「なんだって?」

 

「こいつの上に乗れ。早く!」

 

リンクは剣を右手に持ったまま、丸まったゴロンの上によじ登った。その瞬間、ゴロンが丸めた身体を弾かれたようにもとに戻して立ち上がった。

 

ゴロンの背中に乗っていたリンクは跳ね上げられた。

 

五メートルほども飛び上がると、目の前に鉄骨で補強された段差が見える。リンクは咄嗟に身体をひねった。気がつくと、広場から一段上の段差の上に飛び乗っていた。

 

「おいリンク、こいつは使えるぞ」

 

ミドナの声が聞こえる。

 

「いったい何がどうなってるんだ?」

 

リンクは目眩をこらえながら真っ直ぐ立ち、左右を見回して言った。そこへ左から誰何の声が聞こえた。見ると、新手のゴロンの見張りが近づいて来る。

 

「人間は立ち入り禁止だぞ、何しに来た」

 

リンクは剣を持ったまま咄嗟に身構える。相手の右パンチを身を低くしてかわすと、反射的に剣を振った。だがゴロンの左腕に当たって火花を散らした。さらに相手がパンチを放って来た瞬間前転する。空振りで体勢を崩しがら空きになった相手の腹に突きを放つ。するとそのゴロンも腹を保護するように丸くなってしまった。

 

「さっさと乗れ!」

 

ミドナが叫ぶ。どうにか話を飲み込んだリンクは目の前のゴロンの上に剣を持ったままよじ登った。

 

何秒かすると、ゴロンが弾けるように身体を起こした。上方に数メートルも撥ね飛ばされたリンクは、崖から伸びた金属の四角い通気ダクトの上に降り立った。

 

リンクは首を振って頭をはっきりさせると、改めて辺りを見回した。

 

「ゴロンどもは大した敵じゃない。一対一なら余裕だな」

 

ミドナが傍らに現れて言った。

 

「そ‥‥そうなのかな」

 

リンクは未だに半信半疑だった。

 

「やつらは本物の戦闘には向いていない。痛みに弱いから打撃を受けるとすぐに丸まってしまう。その丸まった瞬間に上に乗れば跳ね起きる反動を利用して高い段差を登ることもできる。実に便利な連中じゃないか」

 

「確かにそうだね。でもミドナ、ゴロンが戦いに向いてないってどうしてわかったんだい?」

 

「昔の記録で見たことがある。大昔、ゴロン族はもともと大人しい生き物で、学者タイプが多かったってな」

 

「ほんとに?」

 

リンクは仰天してしまった。

 

「ああ本当だ。こういう時は教養がモノを言うんだよ」

 

ミドナは自分のこめかみを人差し指でつついて言った。

 

リンクはその通気ダクトから反対側に飛び降りた。そこから通路が螺旋状に山を登っている。通路のそこここから蒸気が上がってくるのを避けながら進む。しばらく登っていくと、左手の眼下に浴場が見えてきた。人手できれいに掘ってあり、中には湯が張ってある。今は用がないので先に進むことにした。

 

浴場を見渡す場所を過ぎると、通路が途中で切れている場所に出た。右手の奥には見張りのゴロンがいる。正面は先ほどいた広場だ。ゴロンがやはりこちらに近づいてくる。

 

「こらあ!人間がこの山に来るんじゃねえぞ」

 

勇ましく両手を打ち鳴らしながら迫ってきた。リンクは剣を下ろして相手の動きを誘った。こちらに踏み込んで来た瞬間横にステップする。ゴロンの大きな拳が空を切る。リンクは剣先で相手の腹を突いた。するとそいつもすぐに丸まってしまった。

 

素早く相手の上によじ登る。何秒かすると、そのゴロンは勢いよく跳ね起きた。上に乗っていたリンクはまた一段上の段差に飛ばされた。

 

ここから先は、影の領域が晴れる前の探索では来たことがない。左手に金属の柵が立っている通路が目の前に伸びている。これも螺旋状になっているらしく、緩やかに右に向かってカーブしながらの上り坂になっている。

 

目の前の壁から蒸気が勢いよく吹き出していた。避けようがないので、足に鉄のブーツを履き、顔を腕で覆ってゆっくりと横切った。ブーツを元に戻してまた駆け足になった。下を見下ろすとずいぶん上まで来たのがわかった。

 

百メートルほども進むと、前方にトンネルが見えてきた。トンネルの中には大きな木箱がいくつか散らばっている。

 

すると、前方から岩の塊が転がって来る音が聞こえた。

 

「ミドナ!」

 

リンクが叫ぶ。その途端足元が鉄のブーツに入れ換わった。ゴロンが向こうから勢いよく転がってくる。通路に置かれた箱が次々に潰れた。リンクは素早く足を広げ腰を落とすとゴロンをしっかり受け止め、脇に投げて転がした。

 

だが、再び坂道の上のほうに向き直ると、もう一人ゴロンが転がってくる。体勢を整え、そいつも真正面から止めたうえで投げ下ろした。

 

「もうすぐ頂上だぞ」

 

ミドナがリンクのブーツを元に戻して言った。確かにさっき見た鉱道の入り口は近い。だがこのまま行けるとしたら順調過ぎるとリンクは感じた。まだ何かあると思ったほうが良さそうだ。

 

トンネルを抜ける。すると、通路の突き当たりにゴロンの見張りが立っており、その一段上にもう一人、さらにその上の壁には鉱道の入り口だ。

 

リンクは目の前のゴロンに用心深い足取りで近づいていった。間合いに入った途端に左手にサイドステップして撹乱する。相手が乗せられて踏み込んで来たタイミングで軽くバックホップした。ゴロンの重いパンチがこちらに向かってくるが、やや腕が伸びぎみだ。

 

そこへ身を低くして懐に飛び込み、横斬りを放った。ゴロンはたまらず丸まった。

 

素早く上によじ登る。ゴロンが弾けるような勢いで身体を起こした。リンクは数メートル上に飛ばされる。だが方向がやや崖のほうにずれている。

 

まずい。このままだと今戦ったゴロンの前に落ちて捕まってしまう。リンクは咄嗟に左手を伸ばした。

 

リンクは崖の壁にある浅い出っ張りに手を引っかけぶら下がっている自分に気づいた。数メートル下を見ると先ほどのゴロンがこちらを見上げて拳を振り回している。だが身体が重いせいか、ジャンプしたり崖を登ってこちらに来るのは不可能のようだ。

 

リンクは剣を背中の鞘に納めると、何とかしてその出っ張りによじ登った。奥行きは五十センチもない。

 

これは困ったと思って辺りを見回すと、意外な発見があった。出っ張りは崖沿いに左右に伸びている。進行方向と逆のほう、数メートル先にいくつかキラキラと黄色く光る石が落ちている。また、進行方向にも同じように伸びており、少しづつ登りながら鉱道入り口のある段の上まで続いていた。

 

上の段差にいたゴロンもリンクに気づいたらしく、盛んに怒鳴りながら手を振り回している。だが、リンクはこの際今いる出っ張りをつたって鉱道入り口まで行ってしまうことにした。

 

その前に、やや逆戻りして、キラキラ光る石を拾ってみた。よく土を払ってみると、運の良いことに十ルピーが三つもあった。火山の振動で岩が割れて出てきたのだろう。

 

ルピーを財布に仕舞ったあと、慎重に崖づたいに出っ張りを登っていく。行けるところまで行き、そこから掛け声をかけて飛び降りた。どうにか、鉱道入り口のある段に降り立つことができた。

 

ゴロンの見張りたちが騒いでいたが、もう遅い。リンクはすぐに入り口に進んだ。

 

十メートルほどの短いトンネルを抜けた中は、しかし、案に相違して鉱道ではなかった。円形の広い部屋で、中央にはボウの家で見たのと同じような土俵がある。

 

部屋には松明の灯りがそこここに灯されており、ゴロンが五、六人ほどいた。

 

彼らはリンクの闖入に備えていた様子だった。リンクが部屋に入るなり、全員が一斉に身体を丸めると、転がってきた。

 

「ミドナ!」

 

リンクは叫んだ。

 

たちまち足元が鉄のブーツに入れ換わる。リンクは左右から同時攻撃されないよう部屋の入り口に陣取る。こうなったら片っ端から投げ飛ばすしかない。

 

「やめい!」

 

その瞬間大音声が響き渡った。ゴロンたちは一斉に転がるのをやめて立ち上がる。

 

部屋の奥にはもうひとつ蹄鉄形に縁取られた穴がしつらえられていた。どうやらそれが本当の鉱山入り口のようだ。その入り口を守るように立っていた二人のゴロンが左右に道を開けると、奥から歳を経た風貌のゴロンの男が現れた。

 

「この兄さんにはお前ら束になっても敵わねえゴロ。俺が話をするから下がってろゴロ」

 

渋みのある声でそう言うと、その男はリンクに手招きした。

 

リンクは土俵の脇を通って男の前に進み出た。男はゴロンにしては小柄で身長は二メートルもない。人間なら頭髪のある場所はすっかり白く変色している。だが風雪に晒されたその顔には、他の若いゴロンたちにはない凄みがあった。

 

「俺はドン・ゴローネだ」

 

男は名乗った。

 

「ゴロン族の長老の一人だ。族長の代理として一族を束ねている身だ」

 

ゴローネはそう明かすとリンクに尋ねた。

 

「兄さん。人間の癖にここまで来るとは大したモンだ。まずあんたの名を聞こうか」

 

「僕はリンク。トアル村のリンクです」

 

リンクは答えた。

 

「あんたの目的はなんだ?」

 

問われたリンクが答えようとすると、それを待たずゴローネは続けた。

 

「断っておくがな、兄さん。ふざけた答えをしようものならただじゃ済まさねえぞ」

 

ゴローネが周囲のゴロンたちに向け顎をしゃくった。リンクが目をやると明らかに殺気立っている。

 

「無事に帰れると思うなよ。わかってるな?」

 

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