「俺は長老ドン・ゴローネだ。族長の代理として一族を束ねている」
そのゴロンの男は自己紹介した。ゴロンにしては小柄で身長二メートルもないほどであったが、風雪を経た風貌には他の若いゴロンたちにはない凄みが漂っていた。
「麓の村からここまで来るとは大したモンだ。名を聞こうか」
「僕はリンク。トアル村のリンクです」
「あんたの目的はなんだ?」
だがリンクが答えようとする前にゴローネは続けた。殺気だった顔立ちの若いゴロンたちに顎をしゃくる。
「断っておくがな兄さん、ふざけた答えをしようものならただじゃ済まねえぞ」
ゴロンたちの鋭い視線を自分が一身に集めているのがわかる。リンクは一呼吸したあと口を開いた。
「人間とゴロン族は長年助け合ってきたと聞きました。なぜ今になって交わりを断とうとするんですか?」
「それはお前さんには関係のねえことだ」
ゴローネは太い腕を組むと首を振った。
「話はそれだけか?なら帰ってもらおうか。手荒な真似をしなくて済むうちにな」
「長老、待ってください。僕はトアル村のボウの息子なんです。彼を知ってるでしょう?」
「ボウだと?」
ゴローネは眉を寄せた。
「確かにボウは俺たちの友人だった。奴とはよく相撲をとったもんさ。もう今となっては昔の話だがな」
そう言ってから、ゴローネはリンクに顔を寄せてまじまじと覗き込んだ。
「だがお前さんあまりボウに似てねえようだ。まさか嘘を言ってるわけじゃあるめえな?」
「僕は養子なんです。捨て子だったのを彼が引き取って育ててくれました」
「そうかい」
ゴローネは納得したのかまた腕を組んだ。
「だが人間をこの山に入れないってことは長老たちの合議で決まったことだ。ボウの息子だからといって特別扱いはできねえ。残念だがな」
「じゃあずっとこのまま断交を続けるんですか?」
リンクはゴローネの顔を見据えたまま一歩進み出た。
「鉱山の機械は人間が手入れをしないといずれ動かなくなってしまうんでしょう?いつまでも断交していたらあなたたちの仕事はどうなるんですか?」
リンクは言葉をつづけた。
「僕はゴロン族と戦いたいわけじゃありません。むしろ逆です。ゴロン族の皆さんの助けになりたい」
もう一呼吸置くと、リンクはいよいよ本題に入った。
「長老、今鉱山の中で何か問題が起きているんじゃないですか?僕はそれを解決するために手助けをしたいんです」
「おい、若いの」
ゴローネがぴしゃりと遮る。ボウの名前を聞いて少し和らいでいた表情がまた険しくなってきた。
「随分とご立派なご高説だがな。聞かせてもらおうか。ゴロンより体も小さく力も弱い人間がどうやって俺たちを助けるっていうんだ?」
言葉こそ穏やかだったがゴローネの口調には隠し切れない凄みがあった。
「俺たちはこの火山の中で長年働いてきた。素手で岩を砕き、時には溶岩の中に入って鉱石を運んだ。人間には到底できねえ芸当だ。この鉱山はな」
そう言うと、長老は背後にある鉱道の入り口を指さした。
「この鉱山は俺たちゴロンの神聖な仕事場だ。お前さんのようなひ弱な人間が入っていい場所じゃねえんだ」
「それは分かります。でも断交はゴロン族のためにもならないはずです。なぜ人間と一緒に問題を解決しようとしないんですか?」
リンクは食い下がった。
「若いの、俺はもう御託は聞き飽きた」
ゴローネは組んでいた腕を下ろすと、褌を締めた自分の腰を大きな手で叩いた。
「俺たちゴロン族のやり方を知ってるだろう?ゴロンは口先だけの奴を信用しない。もしお前さんが何かしら俺たちの助けになれるって言うんだったら身体で証明してみろ」
ゴローネが部屋中央の土俵のほうに顎をしゃくった。リンクが見ていると、ゴローネは先に土俵の上に上がった。
相撲の勝負で方を付けようというのだ。ゴローネが土俵の上から見下ろすなか、十人近いゴロンの男たちがリンクの反応を見つめていた。
リンクは背中の剣を下ろすと、土俵の上に上がった。たちまちゴロンたちからどよめきが上がった。
「正々堂々と一番勝負だ。異存はないな?」
ゴローネが問う。リンクは頷いた。周囲のゴロンたちはますますどよめく。だがその声には嘲笑めいたものが混じっていた。
「あの人間頭が少しおかしいゴロ?」
「長老はゴロン族の中でも最強ゴロ。人間なんか敵うわけないゴロ」
ゴローネは脚を高々と上げて四股を踏む。高齢ながらその足腰は驚くほど強く柔軟なようだ。リンクは手足を少しほぐして勝負に備えた。
ゴローネとリンクは互いに向き合ってしゃがんだ。部屋に静寂が走る。
二人は土俵上の線に手をつけた。何の合図も無しに、頭の中で信号が弾けたようにして両者は同時に立ち上がってぶつかり合った。
ゴローネは深くリンクのベルトを取るとグイグイ押し込んできた。リンクも負けじと足を踏ん張る。鉄のブーツの靴底が土俵に食い込む。だが相手の力が強く、じりじりと押される。リンクは肩越しに後ろを見た。土俵際が近づいている。
リンクは両脚を踏ん張って鉄のブーツの制動力を活かし、相手を押し返した。さらに張り手をかます。
人間の張り手などゴロンには蚊が刺した程度らしく、ゴローネはわずかに左目を瞑っただけだった。だがその瞬間、反射的にゴローネが手を振り上げた。張り手が来る。リンクは頭を下げて一気に突っ込んだ。ゴローネの大きな手が頭上をかすめる。
相手の褌を深く取った。ブーツを土俵に食い込ませながら押す。わずかに土俵の中心に戻った。さらに相手を押し込もうとしたが、押すとまた押し返される。
リンクは相手と押し合いながら辛抱強く待った。
ゴローネがリンクを突き放し、左に変化した。リンクもすかさず右に変化する。がっぷり四つに組むとゴローネがここぞとばかりにおっつけてくる。リンクが左足を下げて踏ん張り押し返すと、ゴローネがさらに左に変化してぶつかってきた。
ゴローネが投げを打ってきた。リンクは辛うじて堪えた。両脚をしっかり踏みしめてゴローネの褌をつかみなおす。リンクは深く呼吸して落ち着きを取り戻した。鉄のブーツの支えのおかげでまだまだスタミナが残っている。
ゴローネがリンクを突き放すと、今度は右に変化してきた。予想どおりだった。リンクは左に変化する。ぶつかり合った瞬間、リンクは姿勢を低くして何度もおっつけた。今度はじりじりと前進する。見守るゴロンたちの間でどよめきが広がった。
右から刈り込むつもりが押し返されたゴローネは左に投げを打ってきた。リンクは両脚を踏ん張って堪える。わずかにリンクの右脚が浮いた。だが投げ切れず、浮いたリンクの足が戻る。ふたたびゴロンたちがどよめいた。ありえんゴロ、と呟く声が聞こえる。
堪えに堪えたら今度はこっちの番だ。リンクは腰を落としておっつけた。一歩前進するたび鉄のブーツに支えられた脚を踏ん張り、靴底を土俵に食い込ませる。ゴローネが押し返そうとするたびに体を低くしブーツに身を預けるようにした。それでも押されてわずかに後退するも、その次にはこちらからおっつけて距離を取り返す。
とうとうゴローネが勝負に出た。リンクを思い切り突き放した。
張り手か?変化か?
果たしてゴローネは右に変化した。ほぼ同時にリンクも左に変化する。ドシンと両者がぶつかり合った瞬間、ゴローネが再びリンクを突き放した。
張り手だ。リンクは瞬時に判断して頭を低くし相手に突っ込んでいった。ゴロンの手が頭をかする。深く褌をつかみ、右に投げを打つ。わずかに相手の体が浮いたが、さすがゴロン、すぐに体勢が戻った。だがそこでリンクは攻めの手を緩めずさらにおっつける。両者は土俵の中央に戻った。
いつしかゴローネもリンクも顔中から汗が噴き出している。ゴローネは年齢の割に驚くほど息が長い。だがリンクは鉄のブーツのお陰でまだ力が残っていた。一種のイカサマ行為に胸が痛んだがやむを得ない。
リンクは腰を落とし一気におっつけた。迎え撃つゴローネは押させまいとしっかりと押し返す。そこでリンクが左に投げを打つ。ゴローネが脚を踏ん張って堪えた。その瞬間リンクは右から押し込んだ。ゴローネが押される。またゴロンたちの間からどよめきが起こった。さらにリンクが強烈におっつけると、ゴローネが驚異的な粘りで耐える。
いまや周囲のゴロンたちは大騒ぎだった。皆両手を振り上げ、口々に長老に声援を送っている。
じりじりと押し込まれたゴローネが乾坤一擲の投げを打ってきた。リンクは姿勢を低くし、ブーツの重みを活用して堪える。拮抗するゴローネの力が弱まった瞬間、リンクは腰を低くしてゴローネを思い切り持ち上げるようにおっつけた。最後のスタミナ全てをぶつける。とうとうゴローネを土俵際に追い込んだ。ゴローネは諦めず、渾身の力で押すリンクのおっつけを耐えていたが、一センチ、また一センチと後退していく。リンクの最後の一押しでとうとうゴローネの片足が土俵を割ると同時に、ゴロンたちの間で落胆とも動揺ともつかないざわめきが走った。
「人間にしちゃいい腕してやがる」
ゴローネは荒い息を弾ませながら呟いた。
「どうやら口先だけの男じゃねえみたいだな」
リンクも肩で息をしていた。全身が汗みずくだ。
「お前さんが俺たちを助けたいって話はわかった。だがこの鉱山の中で問題が起きてるってお前さんなぜわかる?それに、あんたが鉱山に入って一体何をするつもりなんだ?」
ゴローネは尋ねた。
「僕は魔力を持った黒い石を探しています。その黒い石はこの鉱山の中にあるはずです」
リンクは言った。
「黒い石?」
ゴローネが眉をひそめ聞き返す。
「単刀直入に言います。あなたたちゴロン族はその石の魔力のせいで今苦しんでいるのではないですか?」
推量をまじえてリンクは尋ねてみた。すると、ゴローネの顔がみるみる青ざめてきた。ゴローネはしばらく黙っていたが、やがてリンクに尋ねた。
「おめえさんなぜそれを知っている?一体誰から聞いた?」
相手の問いには答えずに、リンクは続けた。
「その石を回収させてください。遠いところに持っていって二度と誰にも見つからない場所に捨ててきます」
リンクがそう言った後沈黙が続いた。だがゴローネはやがて大きなため息をついた。
「しかたねえ。兄さん、あんたには本当のことを話す。俺たちゴロン族に今何が起こっているかってことをだ」
ゴローネはそう言ったあと、念を押した。
「だが兄さん。これはくれぐれも他言無用で頼むからな?」
リンクが頷くと、ゴローネは話し始めた。
ゴローネの話すところによれば、その異変は半年ほど前のある日の朝に始まった。ゴロン族族長であるダルボスはいつものように鉱道に下っていった。若い者に模範を示すため、自らの手で岩石を砕いて採掘を行うのが彼の日課だったのである。
だが、彼はその日の作業中見慣れない黒く平たい石を見つけた。彼はそれを何気なくポケットに入れておいたが、それ以降挙動が次第におかしくなっていったのだ。
やがてダルボスはその黒い石を手にとってはしげしげと眺めて無為に時間を過ごすようになった。そして、誰か他人がその石に近づこうものなら怒鳴り声を上げて拳を振り回すのである。
族長は、喧嘩は滅法強いが、人一倍勤勉で、また人情に厚く面倒見のいい性格の男であった。それがやがて、仕事もせずに部屋にこもり、日がな一日中黒い石を弄びながらわけのわからないことを呟くようになってしまった。
さらなる異変はその後訪れた。ダルボスの身体の体色が次第に黒茶色に変色してきたのである。長老たちは合議を催した結果、族長が正気に戻るまで自宅で蟄居させることにした。ところが、話しかけても会話すら通じない。移動させようと手をひくとひどく暴れまわる。
困り果てたゴロンたちは、とうとうダルボスを鎖で縛り付け、鉱山の一番奥へ幽閉した。それでも最初のうちは、若い者たちが食事を運びがてら様子を見に行っていた。だが、族長の体は日に日に巨大化するとともに、その身体のあちこちから発火するようになってきた。その精神は、正気に戻るどころか錯乱の度合いが激しくなる一方で、最近では様子を見にいかせようにも若い者たちが恐れてしまい誰も行かなくなったというのである。
「兄さん、ゴロン族を代表してこのドン・ゴローネ、恥を忍んであんたに頼む」
ここまで話すと、ゴローネはリンクの顔を見た。
「あの石を族長から取り上げて、やつを正気に戻してやってくれないか。あんたならあるいはできるかも知れない。もうおれたちにはどうしようもないんだ」
長老は頭を下げた。
「頼む。この通りだ」
リンクは頷いた。まさにそれが自分の仕事だ。ミドナは結晶石を求めているのかも知れないが、リンク自身はゴロン族と人間との絆を取り戻すことのほうがはるかに重要だと感じられた。
「おい、おまえら」
ゴローネが鉱道の入り口に立ち塞がっていた若者たちに声をかけた。すると二人のたくましい若者たちは、腕組みして仁王立ちしたままではあったが、少し体をずらして道を開けた。
「兄さん、くれぐれも頼む」
ゴローネが言った。リンクは土俵の外に置いた武装を拾い上げ、ゴローネに頷きかけると二人のゴロンの若者の間を通り鉱道に入った。
しばらくはトンネルが続いた。歩いているとミドナが半透明の姿で現れ、その指を鳴らしてリンクのブーツを入れ替えてくれた。
「ふん、お前にしちゃうまくやったほうだな。褒めてやる」
「それはどうも」
「まったく私は相撲ごときにあんなに熱中する奴の気が知れないがな」
「でもミドナ、長い目で見たらああやってちゃんと許可を得てから入ったほうがいいと思うんだ。後々彼らの協力も受けられるかも知れないし」
「ほう、お前もいっぱしの口を利くようになったな」
会話しながら進んでいるとやがてトンネルが切れた。
そこには想像もしたことのない光景が広がっていた。
横幅三十メートルくらいの細長い洞窟の床が溶岩だまりになっている。溶岩は高温らしく、オレンジ色に燃え盛っていた。
歩いてきた通路は目の前で下り坂になり、溶岩だまりの前で止まっている。そこからごく細い岩の足場が二、三本溶岩の中から先に続いている。だが、足場のところどころは欠けており、しかもその間から間欠泉のように時間を置いて溶岩が上に向かって噴き出している。
「これが...ゴロン鉱山なのか」
立ち尽くしてしばらく絶句していたリンクが言った。
「想像よりずいぶん素敵な場所じゃないか、リンク」
そう軽口で応じたあと、ミドナが呟いた。
「まさに...『地獄へようこそ』って感じだな」