「まさに...『ようこそ地獄へ』って感じだな」
ミドナが呟く。目の前に広がる幅三十メートルほどの洞窟の床は溶岩だまりになっている。溶岩は高温らしく、オレンジ色に燃え盛っていた。溶岩だまりには岩でできた細い通路が二、三本かかっていたが、それもところどころ欠けている。しかも、欠けている部分の下からは、間欠泉のように周期的に溶岩が噴き出していた。
リンクは額に冷や汗が浮いてくるのを感じた。ミドナが警告したとおり、この場所の危険度は森の神殿とは比較にならない。一歩間違えたら溶岩に真っ逆さまだ。
リンクは小道の坂を下り、溶岩だまりの前まで進んだ。溶岩だまりは今いる床の二メートルほど下だ。小道の終端から一メートル半ほどで岩の通路が始まって、奥に続いている。左右にも似たような通路が設置されているがどちらも極めて頼りない。
熱気が立ち上る中向こうに目を凝らす。五十メートルほど続く通路の向こう岸には鉄骨が組まれた構造物と岩でできた岸がある。さしあたりそこまで進む必要がありそうだ。
リンクは意を決すると、助走をつけ、溶岩だまりの中の真ん中の岩の通路に飛びついた。着地すると、しばらくそこで息を整えた。この緊張感は半端ではない。だがここで挑戦を諦めるわけにはいかない。周囲の熱気でたちまちまた汗が噴き出してくる。
リンクは通路を前進し始めた。その通路は前方は切れているが、左右に長く伸びていた。左右どちらの終端も、一メートルほどの間隙を置いて別の岩の通路につながっている。右の方面の通路との間では、間欠泉のように溶岩が周期的に噴出している。リンクは左の通路に飛び移った。そこから奥に向かう。しかし、その通路も真ん中あたりで切れており、その切れ目に溶岩の間欠泉があった。
溶岩間欠泉の噴出周期をよく見極め、リンクは溶岩が出ていない間にその上を飛び越えた。さらに通路を進む。向こう岸が目の前という地点に出た。だが、岸の手前にも間欠泉がある上に、通路の終端から岸までの距離がやや長い。
間欠泉が止んだタイミングで、リンクは距離を見計らって助走をつけると向こう岸までジャンプした。距離が遠くて脚で着地は無理だ。だが果たして、両腕で岸にしがみつくことができた。しかしその瞬間、溶岩だまりの中からブクブクと音がしてきた。まずい。リンクが慌てて岸に這い上がると、次の瞬間に間欠泉から溶岩が噴き出してきた。危ないところだった。
リンクは立ち上がって奥のほうを観察した。目の前は鉄骨で塞がれている。だが、左の端には狭い通路があるようだ。覗き込んでみると、通路の終端が今は簡易な木の柵で塞がれている。リンクは通路に入り、剣を抜くと柵を破壊した。
剣を納めて先に進む。通路はもう一つの木の柵で塞がれており、その先にも通路が続いているが、その通路の壁の横穴からは激しい炎が噴き出している。
「どうやって通るんだろう?」
リンクは行く手を遮る激しい炎を見ながら呟いた。木の柵どころの話ではない。
「ゴロンたちがここを行き来してるんだ。炎を止める仕組みがあるはずだ。あいつらも不死身ってわけじゃないだろうからな」
そうミドナに言われたリンクがよく辺りを観察すると、木の柵の手前に金属でできた巨大な四角いボタンのようなものが床にしつらえてあった。
リンクはそのボタンの上に乗ってみた。何も起きない。これはゴロンにしか動かせない仕組みなのだろうか?
その瞬間リンクは閃いた。
「ミドナ、ブーツを履かせてくれないか」
リンクが言うと、その体が一瞬浮き上がり、足元が鉄のブーツに入れ替わった。その途端、ボタンが重々しく音を立てて押された。機械の作動音がして、前方の横穴から噴出する炎が止まった。
「ビンゴってやつだったね」
リンクは鉄のブーツを引きずりながらボタンの上から降りた。
「おい、のんびりしてる暇はないみたいだぞ。音を聞いてみろ」
ミドナが言う。確かに時計が時を刻むような音がする。何秒かすると、その刻みが二倍になった。
「こりゃまずそうだね。ミドナ、戻してくれ」
足元が革のブーツに戻る。リンクは手早く目の前の木の柵を剣で壊し、通路の中に飛び込んだ。先に進んですぐ、また背後の横穴から炎が噴出しはじめる。
目の前左手にはまた同様のスイッチがあった。前方にある金網に挟まれた通路はやや上り坂になっていて、少し先に炎を吹き出す横穴があるのも同じだ。リンクは剣を納めて冷や汗を額から拭いながらそのスイッチの上に立った。ミドナに合図する。
再び足元が鉄のブーツに変わる。ガチャリと音がしてスイッチが押された。行き先の通路には今度は木の柵はない。横穴から噴き出す炎が収まると、リンクは再びミドナに合図して革のブーツを装着し、通路を進んだ。
あまり時間を無駄にできない。速足で歩いて横穴を通り過ぎていくと、通路が途中で切れており、その先は溶岩だまりの上に建てられた少し低い鉄製の足場になっていた。
足場に飛び移ると、前方は行き止まりだ。だが、どうやら右にUターンする形で金網の裏に通路が続いていたらしい。リンクはその経路に沿って切り返し、金網の裏の狭い通路に入った。行くとすぐに足元に間隙がある。その先の足場から梯子を登って先に進む構造になっているようだ。
リンクは間隙を飛び越えた。梯子を登ろうと手をかけると、左にある溶岩だまりから奇妙な物音がする。
また間欠泉だろうか?ふと目をやると、魚のような、蛙のような、奇妙な形をした生き物が溶岩の表面を泳いでいた。大きさは人間大だ。
相手もこちらに気づいたらしい。溶岩の上に顔を出すと口をすぼめている。
次の瞬間、そいつの口から炎の塊が飛び出してきた。真っすぐリンクのほうに飛んでくる。リンクは慌てて飛びのいた。炎の塊が梯子に当たってジリジリと焦げる音がする。
「なんなんだあいつは?」
信じがたい思いでリンクは呟いた。
「魔物の一種だろう」
ミドナも珍しく真面目な口調だった。
「炎の中で生きているのはほぼ魔物と相場は決まってるが、私もああいうタイプの現物を見るのは初めてだ。急げリンク。目をつけられたらしいぞ」
リンクは急いで梯子を上った。金網と鉄骨でできた高さ三メートルくらいの箱型の構造物の頂上に出る。そこまでは魔物も狙ってこないようだ。
頂上から前方を見ると、狭い間隙の向こうに金網でできた五メートル四方くらいのスペースがあり、いくつかの壺と金属製の箱があった。
だがそれらの物の間に、見たこともない生物が鎮座している。形状は長さ五十センチくらいの巨大なナメクジだったが、全身から炎を発している。
「あれもそうかな?」
リンクは問うてみた。
「おそらくな。素早く動いたり飛び道具を出したりできるタイプではなさそうだが」
「触ったらまずいんだろうね」
「当たりまえだ」
リンクはそっと間隙を飛び越え、慎重にその生き物に近づいてみた。やはり本質はナメクジらしく、ゆっくりと蠕動しながら動いている。
リンクは剣を抜くと、思い切ってそいつに振り下ろしてみた。真っ二つに断ち切られたそいつはたちまち絶命した。炎もみるみるうちに弱くなる。
「どうやらこいつはそんなに強くはないらしいね」
「だからって油断するなよ。弱い奴には弱い奴なりの戦い方があるからな」
リンクは剣を納めた。ふと箱が気になり、身をかがめて蓋を開けてみた。
なんと赤ルピーが入っている。故郷ではあまり見なかった高額ルピーだ。
「得したなリンク」
ミドナが言う。
「だけど貰ってもいいのかな?」
リンクはルピーを手に取りつつも躊躇った。
「当たりまえだろう。お前は今ゴロン長老の正式な依頼で鉱山に入った問題解決屋なんだ。それくらいは正当な報酬だろう」
それでもリンクが躊躇っているとミドナは続けた。
「おいリンク。お前まさか今後も冒険が無料でできるなんて甘いことをまだ考えているわけじゃないだろうな?」
彼女は半透明の姿を現し、腰に手を当ててリンクに説教した。
「これから先、武器にしても装備にしてもどんどん消費していくぞ。以前にも言っただろう。資金稼ぎも考えながら動いていかないと、それらを補充するのにいくらルピーがあっても足りないって状態になるからな」
考えてみたら言われたとおりだった。盾も燃えてなくなってしまったからいずれどこかで買わないとならない。
結局考えたすえリンクはルピーを財布にしまった。改めて辺りを見回し進路を探す。
どうやら飛び移ってきた元の足場から、洞窟の反対側の壁際に岩の岸があるようだ。その岸との間に、天辺が平らな丸い岩の柱が立っている。
リンクは慎重に距離を測ったあとその柱に飛び移った。次いで洞窟の反対側の岩の岸に飛び移る。
岸に立って、手前と奥を見渡す。洞窟の入り口方面を見ると、岸は三十メートルほど行った先で切れており、そこには例のスイッチがある。洞窟の奥方面を見ると、途中が少し欠落した通路の先にはまっすぐこちらを向いた炎の噴出口があったが、その先に目を凝らすと右に折れていく通路があるようだ。
どうやらスイッチを押してから奥に進むのが正解らしい。リンクは通路をスイッチに近づいていった。
だが警戒本能が騒いだ。何かがいる。リンクは立ち止まって周囲をよく見渡した。だが何もいない。怪訝に思いながらも、もう一度歩き始める。
その瞬間、天井から炎の塊のようなものが落ちてきた。
あの大ナメクジだ。
リンクは思わず後ろに飛び退った。剣を抜くと、ナメクジに振り下ろす。相手はたちまち絶命した。だが、もう少し早く歩いていたらもろに頭上に落ちてきていたかも知れない。
「言っただろ?弱い奴にだって油断はできないってな」
ミドナの言うとおりだった。これからは天井にも気を配らないといけない。
リンクはスイッチに乗ってミドナに合図した。鉄のブーツが装着され、重いスイッチが押された。思ったとおり、洞窟の奥にある噴出孔からの炎が止まる。リンクはミドナに頼んで革のブーツに履き替えると、急ぎ足で通路の奥に向かった。通路の間隙を飛び越えて先に進む。
だが、何気なく天井を見るとあのナメクジがもう一匹いるのを見つけた。今度は足を止めて不意打ちを避けた。
慎重に近づいていくと、やはり一定程度距離を縮めた時点で上から落ちてきた。待ち伏せしているのだ。剣を振り下ろして始末した。だがその間にスイッチの時間が切れて、奥の噴出孔から再び炎が噴き出してきた。また最初からやり直しだ。
「焦るなリンク。ここでは安全を最優先しろ」
ミドナは珍しくリンクの失敗をいじらない。彼女もこの場所の危険性を真剣にとらえているのだ。
リンクは通路の間隙を乗り越えて再びスイッチに向かった。ブーツを履き替えスイッチを押すと、また革のブーツを履いて通路を奥に取って返す。噴出孔の手前も通路が欠落している。その間隙を飛び越えると、時計を刻む音が二倍の刻みで聞こえてきた。
噴出孔の前を通り過ぎ、通路を右手に折れる。やがて通路は下り坂になったあと切れていた。その先は数メートル下に床がある。右手突き当たりには森の神殿で見たようなものと同じ構造の丸い扉があった。だが扉の前には頑丈そうな鉄の門がしつらえられている。鉄の門の右側には鉄製の大きな昇降台のようなものがあった。いま立っている通路の終端まで行くと、昇降台までの距離はそれほど遠くはない。
リンクは通路の端に立って考えた。この鉄の門を開けなければ先にはいけない。下の床を見ると、いくつかの箱が散らばり、また例のナメクジがその間を這いまわっていた。
リンクはジャンプして昇降台に飛び移った。ゴロンたちは日常的にここを行き来しているのだ。それほど難しい謎かけではないはずだ。
先ほどのボタンと同じだ。リンクはそう思いつくと、ミドナに合図して鉄のブーツを履いた。体重が三倍くらいになる。すると、たちまち昇降台が沈み始めた。
昇降台が一番下まで沈むと、鉄の門が重々しい音を立てて開き始めた。やはりそうだったのだ。
リンクはミドナにブーツを戻してもらい、扉に手をかけた。横に動かして開ける。
その先はどうやら野外だ。広大な空間の中、巨大な鉄の構造物が複数そびえたっている。
目の前には鉄製の通路が上り坂になっており、その先には八角形の踊り場があった。そこから右上に登る通路と左下に下る通路とが伸びている。リンクは踊り場まで登ると周囲を見渡した。
ここは直径数百メートルにわたる縦穴のような形になっており、周囲を岸壁に囲まれている。鉄製の通路は丈夫な金網でできているが、はるか下方を見ると一番下は一面が溶岩だまりになっていた。
踊り場から前方、すなわち巨大縦穴の中央あたりには、さらに高い位置に広い作業台のような構造物が建てられている。そこには高い柱の天辺から横に伸びる太い鉄の棒から吊られた大きな円盤のようなものもあった。
右上への通路は、やがて壁際にしつらえられた張り出しに至っている。そこにどこかに行ける扉があるのかも知れない。
左下への通路の先は荷物置き場になっているのか、箱や樽がいくつも散らばっていた。その中には、以前森の神殿を探検したときに鍵や地図が入っていたものに似ている、しっかりとした木造りに金属の縁取りがされた立派な箱もあり、それがリンクの注意を引いた。
リンクは左下から先に探索することにした。通路を降りていくと、途中で右に直角に曲がっている。
そこで気づいた。行く手、降りたところのフロアにブルブリンどもがいる。
「ここにもか」
リンクは呟いた。
「リンク、盾なしで倒せるのか?」
ミドナが聞いてきた。
「問題ない。不意打ちする」
リンクは通路を下りきる前の手すりに身を隠し、様子をうかがいながらそうっと剣を抜いた。溶岩が流れる音や工業機械が動く音でこちらの足音は完全に掻き消され、まだ存在を気付かれていないようだ。敵は計三匹。
二匹のブルブリンが十メートルほど先の崖際を歩き回っている。そいつらが二体とも完全に向こうを向いた瞬間、リンクはそっと物陰から出て忍び足で近づいた。
距離を半分ほど詰めると、一挙にダッシュした。足音に気づいたブルブリンの一匹が振り返る。リンクは気合いを発してジャンプ斬りを叩きつけた。肩口から胸元までバックリと切り裂かれた緑鬼が崩れ落ちる。
隣にいたもう一匹がこちらに向き直り、慌てて棍棒を構えた。だが遅い。リンクは有無を言わさずその胸に突きを放ち、剣先を抜くとだめ押しで袈裟斬りにその胴を切り払って倒した。
確かもう一匹いたはずだ。周囲を見回す。右側の視界の隅でなにかが動く。
リンクは素早く向き直って剣を突きつけた。もう一匹のブルブリンが走り寄ってきていたが、リンクの構えを見ると足を止めた。歯を剥き出して威嚇し、棍棒を振り上げている。リンクは前に踏み出して剣を横に払った。だが相手は軽い足取りでバックステップする。空振りでつんのめりそうになる身体を辛うじて引き戻し、構え直す。
ブルブリンは再び油断なく棍棒を構えている。どうやら粗野なボコブリンたちと違って練度が高い。盾があれば。リンクはそんな思いを振り払うと、剣を相手に突きつけながら間合いを測った。
相手が再び棍棒を振り上げる。だが回避行動をとらず、振り下ろしてくるギリギリまでこらえてから剣を跳ね上げた。
棍棒の先端に仕込まれた金属のトゲと剣の刃が火花を散らす。そこでリンクは一歩を踏み出した。攻撃を逸らされた鬼がもう一度打撃を加えようと棍棒を振り下ろしてきた瞬間、リンクは横にステップした。棍棒が顔の横を通り過ぎたその刹那、横斬りを放つ。さらに続けての左右袈裟斬りで勝負が決した。
胴体を深く斬られたボコブリンは膝からがっくりと崩れ落ち、ドウと音を立ててうつ伏せに倒れた。
「どうにか倒したな」
ミドナが言う。
「だがリンク、盾もなしに冒険するのは危険だぞ。早いうちにどこかで補充しろ」
「わかってる」
リンクは周囲を再び確認し、これ以上敵がいないのを見てとると、剣をよく血払いし鞘に納めた。
目当ての箱を確かめる。蓋を開けると、やはり小さな金属の鍵が入っている。ここから先、どこかしらで役に立つはずだ。鍵をしまうと、リンクは辺りに散らばっている木箱や樽を点検した。ひとつの箱に五ルピーが入っていたいたが、他にはめぼしいものはない。ルピーを財布にしまい、リンクはさっき降りてきた通路を引き返した。
踊り場まで戻ると今度は右上に登る通路へ進んだ。途中で左に曲がったあと、その通路は奇妙な装置に繋がっていた。
通路と直角に、幅十メートル、奥行き二メートルほどの鉄の板が設置され、それが通路と平行な軸を中心に回転しているのだ。そのような巨大な回転板が二枚も設置されている。それぞれの鉄板の間には狭い足場がある。足場と二枚の板との間隙はそれぞれ一メートル強で飛び越えられなくはなさそうだが、周期を見極めて移動しなければ眼下の溶岩だまりまで真っ逆さまだ。
鉄板は回転したあと数秒間通路と平行に静止してからまた回転している。リンクはその動きの周期を慎重に観察したあと、一枚目の板が静止しているうちに上に飛び乗り、真ん中の足場に渡った。更に、二枚目の板も同じようにどうにか越える。
向こう岸に渡り通路を進むと、立ち止まって息を整える。リンクは改めて周囲を見回した。見たこともないような工業機械設備の数々に驚きを感じていた。
「ここは選鉱場らしいな」
ミドナも周囲を観察していたらしい。
「なんだい、その選なんとかって」
「採掘した鉱石から純度の高いものを選び出し低いものを除去する。今の回転板は不要な石を廃棄する場所なんだろう。それに見ろ」
ミドナは半透明の姿を表すと、上方にそびえ立つ塔から吊り下げられている巨大な円盤を指差した。
「あれは電磁石だ。鉄の含有分の多い鉱石をあれで集めるんだろう。良くできた仕組みじゃないか?」
リンクにはなにがなんだかまるで分からなかったが、こんな過酷な場所で働くゴロンたちへの尊敬の念を感じた。
「ゴロンたちって凄いんだね」
リンクが呟くと、ミドナが続けた。
「私の世界よりは遅れているが、それでもこっちがここまで進歩しているとは驚きだな。見落とされがちだが工業化された社会においても結局のところこういう場所で働く労働者が不可欠だ」
「ゴロンたちはハイラルに無くてはならない存在ってことだね」
「そうだ。人間がこの仕事をやりたがらない限りな」
リンクはなぜゴローネがこの鉱山を「聖なる仕事場」と呼んだのか分かった気がした。亜人であるゴロンたちがハイラルで地位を築くには、この鉱山で人間にはできない過酷な仕事をするしかなかったのだ。これがゴロンたちの誇りなのだ。リンクは、その事を知ったいま、なおさらゴロンたちの以前の日常を取り戻してやらねばと思った。
通路を先に進むと、案の定右の壁際に扉がある。そこは鎖と錠前で閉じられていたが、果たして下の物資置き場で入手した鍵が錠に嵌まった。
錠前を解除し、扉を開けて先に行く。入った先は広い部屋だ。鉄製の通路が右に伸び、しばらく行くと左に直角に曲がっている。その先は少し低く下り、やがて土でできた床に降りていた。
その床の前まで行くと、リンクは見慣れない生き物の姿を見た。大きさ二メートルほどのヤモリが床の真ん中あたりに陣取っている。リンクは慎重な足取りで進むと、床に降りた。
リンクはヤモリやトカゲの類いは嫌いではなかったが、ここまで異常に大きい奴は別だ。剣を抜いてそろそろと近づく。
相手がこちらに気づいた。方向をリンクに向けて這ってくる。
噛みついてくるか?リンクは咄嗟に剣の先を向けた。だが次の瞬間巨大ヤモリが口を大きく開けたかと思うと、その口の中に黄色い炎が充満してくるのが見えた。
火を吐く奴だ。反射的にリンクは飛び下がる。さらに素早く後ずさりすると、巨大ヤモリの口から吐き出された炎がさっきまでリンクが居た場所を焦がした。
まさかこんな生き物までいるとは。まるで小さなドラゴンだ。リンクはそいつが炎を吐き終わったが早いが、突進して頭に剣を振り下ろした。まるで金属に当たったかのような高い音がする。少しも刃が入らない。
相手が再び口を大きく開ける。また炎が来る。リンクは今度は横にステップして回避した。
動きは鈍いが、火を吐く相手には分が悪い。しかも頭の皮が鉄なみに頑丈だときている。リンクは引き返して通路の上に戻った。そこまでは相手は追ってこないようだ。
通路の上から部屋をよく観察する。今行ったフロアから、溶岩だまりの上の大きな飛び石を経由して半円形の大きな踊り場に行き、そこからまた飛び石を伝って、石の壁で閉ざされた四角いトンネルか、その左側にある大きな床に行くことができるようになっていた。
ただし、半円形の大きな踊り場にも、飛び石の先にあるフロアにも、同様の巨大ヤモリが一匹づつ控えている。戦わず通過するのは難しそうだ。
だかあの怪物をどうやって?剣が徹る場所があればいいのだが。だが、上から観察していると、尻尾からその付け根の腹部分の皮が柔らかそうなことに気づいた。
逃げてばかりいても始まらない。リンクは通路から再び降りると、お化けヤモリを誘き寄せるように無防備を装って近づいた。
相手がまたこちらに迫ってきて口を開けた途端、左にサイドステップし、横から回りこんで、尻尾の付け根に思い切り剣を振り下ろした。やはり手応えがある。ザックリと刃が入り、化物ヤモリはギィーと呻いてのたうった。
だが相手はまだ死んでいない。気を取り直したかのようにこちらに向き直り、また口を開ける。今度は右にサイドステップして回り込み、尻尾の付け根を立て続けに打ちすえ、さらに突きを喰らわせた。
さすがの巨大ヤモリも、内臓が腹から飛び出てしまい、断末魔の呻き声を上げて息絶えた。
「やれやれ、こいつは一体なんなんだろう?」
「さあな。ただのトカゲが、この場所の魔力のせいで魔物に変異したのかもしれないな」
リンクの問いにミドナが言った。フロアをクリアしたところで、飛び石に向かった。例のごとく、飛び石の間には所々溶岩の間欠泉がある。
リンクはまず、注意深く距離を計ってから一つ目の飛び石に乗った。大きさは直径一メートル半くらいだ。そこから二つ目の飛び石の間には間欠泉がある。溶岩の噴出が止んだ瞬間を狙って飛び移る。右手に三つ目の飛び石がある。その先にある半円形の踊り場に行くまでの間にはもう間欠泉はない。
リンクは次の飛び石へ、そして更に踊り場に飛び移った。幸いなことに、化物ヤモリは向こうを向いている。リンクはその隙に踊り場を横切り、奥のフロアに向かう飛び石に飛び移った。
そこから先のフロアまであと一飛びだが、間には間欠泉だ。リンクはまた周期を見極めると、溶岩が止んだタイミングで向こうに飛び移った。
フロアの奥にはまた例のヤモリの化物だ。リンクは剣を構えながら慎重に近づいた。
相手がこちらに気付いた。口を開けて炎を吐きかけようとする。リンクはサイドステップすると、後ろに回り込んでその尻尾の付け根を斬りつけた。化物ヤモリが痛みと怒りにギエーと吠え声を上げ、向きを変えて攻撃してこようとしたが、リンクは相手が攻撃準備のため動きを止めた瞬間に素早く足を使って後ろを取り、立て続けに剣で大ヤモリの弱点を攻撃した。
とうとう相手が力尽きた。リンクはそのフロアを調べてみた。箱と樽が散らばっているほか、右側の壁の、ちょうど向こう側が石の壁で塞がれているあたりから太い鎖が伸びている。試しに引っ張ってみると、その石の壁は下部が滑車で滑るようになっていて、鎖を引くことで開けられるようになっている。石の壁と見えたのは引戸だったのだ。これで先に進める。
ところが、リンクが鎖を一杯に引っ張って石の扉を引き出しても、手を離すと重りかなにかで向こうから引っ張られてやがてもとに戻ってしまう仕組みになっていた。
「自動ドアってわけだ。極めて原始的だがな」
ミドナが言った。ここを抜けるには、石の扉を一杯に引き出したあと、溶岩の間欠泉のタイミングを見極めて手を離し、飛び石を渡っていかないとならない。
「こんなの簡単だろ。さっさと先に行こう」
ミドナが急かす。彼女もだいぶ火山の環境に慣れたようだ。
リンクは鎖を引いて石の扉を引き出しつつ、間欠泉の周期を測った。全ての間欠泉が同じ周期で吹き出している。間欠泉がやむ数秒前に手を離し、素早く飛び石に向かう。
間欠泉が止まった直後、まず目の前の飛び石に乗った。そこから半円形の大きな踊り場に乗る。そこにいた大ヤモリがこちらに気付いて攻撃しようとしてきたが、こちらとしては用がない。そこから素早く右の飛び石に飛び移ると、四角いトンネルの床に飛び移った。
見ると、動き始めた石の扉は早くも半分近くが閉じてきている。しかもその端からは鉄製のトゲが飛び出ていた。急がないとまずい。リンクが転がるように走って石の扉の脇を通り過ぎると、背後で大きな音を立ててそれが閉まった。ギリギリだった。
冷や汗を拭いて目の前にある丸い木の扉を開けた。向こう側は天井が高く縦に細長い部屋だった。扉の前の床から目の前下方に水をたたえたプールがある。プールは真ん中あたりから金網でこちら側と向こう側とに仕切られていたが、水中部分には金網に穴が空いており通り抜けられそうだ。
だが問題はその先だった。プールの向こう側は青くツルツルした金属でできた高い壁だ。しかも、壁の途中はこちらに大きく張り出しており、普通の方法ではとても登れそうにない。張り出しの上のさらに奥を見ると扉があった。先に行くにはこのツルツルした壁を越えないとならない。
今まで溶岩の熱気にあてられていたリンクは、久々の水の涼感を感じてややほっとしたが、それにしてもどうやってあの壁を越えたものか見当がつかなかった。
「熱した鉱石を冷やす場所だ。それに鉱石を動かすための何らかの仕掛けがあるみたいだぞ」
ミドナが姿を表して水中を指差した。金網の向こう側のプールの底に、例の巨大な四角いボタンのようなスイッチがある。どうやらこれを試してみないと始まらないようだ。
「ミドナ、僕がプールの金網の手前まで泳いだら鉄のブーツを履かせてくれるか?」
そう言うと、リンクは意を決して服のまま水に飛び込んだ。横泳ぎで金網の手前まで行く。その瞬間足元が鉄のブーツに入れ替わる。重みでたちまち身体が沈む。プールの底まで到達すると、ゆっくりと歩いてスイッチに向かった。
果たして何が起きるのか?もし何も起きなかったら鉄のブーツを捨てて一旦浮上するしかない。リンクはブーツを履いた足でスイッチの上に乗った。
スイッチが押されて下に動いた。その途端重々しい機械の作動音がしたかと思うと、リンクの両足が強烈な力で天井のほうにへ引き寄せられた。
次の瞬間リンクの身体そのものが水中から引き出され、上下逆さまになって両足から頭上の出っ張りの下側に着地していた。
驚きのあまり物も言えなかった。一体何が?
「強力な電磁石だ。鉄鉱石を集める仕組みだろう」
ミドナが浮遊しながら近づいてきた。リンクからすると上下逆さまに見える。
「世界が上下逆さまになったのか?それとも僕がおかしいのかな?」
リンクはまだ信じがたい思いで呟いた。
「お前は正常だ。鉄のブーツが電磁石に引き寄せられただけだ」
「ミドナ、電磁石っていったい何なんだ?」
「あとで教えてやる。とにかく歩け」
ミドナに促され、リンクは足を運んでみた。青い金属の壁はどうやらリンクの鉄のブーツがくっつく性質らしい。今リンクがぶら下がっている出っ張りの先端まで恐る恐る歩く。そこから足を踏み出すと、きちんと壁の形に沿ってリンクのブーツがくっついていく。
リンクは無事に壁の出っ張りの上部にたどり着いた。ミドナがブーツをもとに戻す。リンクはまだ半信半疑だった。
「いいかリンク、鉄というものは磁力に引き寄せられる性質がある」
ミドナが言う。
「待ってくれミドナ。磁力っていったい何なんだ?」
リンクの質問を聞いて彼女は溜め息をついた。
「リンク、お前はこの冒険が片付いたら学校に行け。初歩からやらないとだめだ」
身体中からポタポタと水滴が垂れてくる。だが、溶岩だまりのある部屋に行けばその熱気ですぐ乾くだろう。
リンクは先に進むことにした。目の前の木の扉を開けて中に入る。
そこは、ゴローネと相撲をとった部屋に似ていた。丸い形をしていて真ん中には土俵がある。その奥には梯子がかかっており、それを登ると右の奥に進んでいく通路があるようだ。
だが、リンクはその土俵の上に奇妙な人物がいることに気づいた。
背の高さは人間より少し低い。だがその一方で、肌の色は黄色く、服装も褌一丁だ。相当の高齢らしく、右手に持った杖で身体を支えている。しかも、背中のあたりから細い煙がもくもくと立ちのぼっていた。
ゴロンだろうか?人間だろうか?リンクは迷ったが、いずれにせよ魔物ではないようだ。
リンクは近寄ると頭を下げて挨拶した。
「よう来なすったの、お若いの」
その人物は年寄りらしいしわがれた声で言うと、リンクが名乗るより前に言葉を続けた。
「わしはの、お前さんがここへ来るのを待っておったのじゃ」
「待ってた?僕を?」
リンクは驚いて聞き返した。自分のことはゴローネとあの場にいたゴロンたち以外は誰も知らないはずだ。
高齢なので、他の誰かと取り違えているのかも知れない。そんな考えがリンクの頭をよぎった。
「あの‥‥ご老人。もしかすると他の誰かと間違えられてませんか?まずは自己紹介させて下さい。僕は‥‥」
「わしは間違えてはおらんぞ」
老人はしわくちゃの顔をますますしわくちゃにして微笑んだ。
「トアル村のリンク。それがお前さんの名じゃな?」