黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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ラネール・城下町編
新たなる襲撃


「リンク....勇者リンクよ...」

 

夢の中で誰かが呼びかける声が聞こえた。

 

「リンクよ.....そなたが探し求める者はラネールの地にいます」

 

誰の声だろう?リンクは夢うつつのまま記憶を探った。そして思い出した。カカリコ村の泉の精霊だ。

 

「村を発ち、北の平原を抜け、オルディン大橋を渡りなさい。その先にある地にそなたが求める者もいます」

 

そうか。精霊がそう言っているのか。そう思った瞬間リンクは一気に目が覚め、上半身をガバっと起こした。火鉢からの薄明りが礼拝所の床を照らす中、子供たちと祭司、その娘はまだ眠っていた。

 

イリアだ。イリアの居所を精霊が告げてくれたのだ。リンクは居ても立っても居られなくなり、すぐ身支度を整えて礼拝所を出た。あたりはまだ薄暗い。

 

「ミドナ、起きてるか?」

 

「ったく何度言ったらわかる。私はまだこの時間寝てるんだぞ。田舎の農民と一緒にするな」

 

リンクが話しかけてみると、すこぶる不機嫌な声が聞こえた。

 

「ごめんごめん。精霊が教えてくれたんだ。イリアはラネール地方にいるって」

 

そう言った瞬間、リンクはミドナが全く同じことを以前言っていたのを思い出した。

 

「凄いよミドナ、君が以前言った通りだよ」

 

「ほう、私の予測がとうとう精霊のお告げも追い越したか。それは傑作だな」

 

ミドナはやや機嫌を直した。

 

「ミドナ、できるだけ早く出発しよう」

 

「待て、装備を整えてからだ。それからルピー集めも忘れるな」

 

そう言うとミドナはリンクの前に浮かび上がった。と思うと、その右手の上にハイラルの地図が映し出される。彼女はオルディン地方とラネール地方を結ぶ山道を指さした。

 

「オルディン大橋を渡って北上したらその先はしばらく不毛の地だ。首尾よくラネール地方の影の領域を晴らすことができたとしても、一文なしじゃあ影の結晶石探しも捗らないだろうからな」

 

ミドナはそう言うと消えてしまった。

 

「じゃあまた私は寝る。せいぜいルピーを集めておけ」

 

リンクは明け方の道路にひとり取り残された。早くイリアに会いたくて気が逸る。だがミドナの言うことももっともだった。

 

だがルピーをどうやって集めればいいのか見当がつかない。カカリコ村は、人のもともと住まないフィローネの森などと違い、埋蔵ルピーなどといったものはないだろうとリンクは考えた。打ち捨てられた家々も、つい最近まで人が住んでいたものだ。キングブルブリンが死に村の近辺での鬼どもの活動が減ったことで、ポツポツと戻ってきている住民もいる。そうしたところでリンクがもしどこかの家から勝手にルピーを頂戴してそれがバレたら問題になりそうだ。

 

道端を歩きながら手をこまねいていると、またミドナが現れた。

 

「そうだ、この際だからお前に少しだけヒントをやろう」

 

「ありがとうミドナ。助かるよ」

 

リンクの顔が輝いた。

 

「リンク、墓地に行け。墓に葬られた遺体の横によく副葬品としてルピーを入れることがある」

 

ミドナの言葉を聞いてリンクは唖然とした。

 

「な...なんだって?」

 

「だから墓地だ。苦労せずルピーが手に入るといったらまずここだろうな」

 

「でも..それって墓荒らしじゃないか」

 

リンクは辛うじて言った。

 

「おい、お前はそろそろその下らない田舎者の見栄っ張り癖を捨てたほうがいいぞ」

 

ミドナは腕組みして首を振る。

 

「お前が一生あの村から出ずに農民として暮らすんならそれはそれでいいんだ。だがお前はイリアとかいう女を探したいんだろ?だとしたらお前はこの先また魔物と戦ったり危険な場所に立ち入ったりする必要がある。そうした活動のために必要なルピーを稼ぐのにそんな贅沢言ってられると思うのか?」

 

リンクはぐうの音も出なかった。だが、それでも墓荒らしをしようなどという気には全くならない。

 

「まあ出発前の装備の補充も考えるとあと百ルピーは最低限必要だな」

 

ミドナは言った。

 

「その目標を達成するまでは私は出発を許可しない。以上だ」

 

「待ってくれミドナ」

 

ミドナはまた消えた。リンクが呼びかけても、耳栓でもしてしまったのか出てこない。リンクは途方に暮れた。

 

道に立ち尽くしていると、放し飼いの鶏たちが起きてきて路面に落ちているものをつつき始めた。百ルピー稼ぐまでイリアを探しに行けない。リンクはよろよろと道を引き返し、礼拝所の裏手に回った。墓地への道を上っていった。

 

夜が明け始め、空が明るくなってきたが、墓地は周囲を高い崖に囲まれているから中はまだ真っ暗だ。リンクは墓地に足を踏み入れると、手近にあった墓石に手をかけた。だが、死者の名が刻まれている碑銘を見るとまた手を離した。

 

だめだ。自分には到底できない。リンクは墓地の奥に向かっていった。一段高い石舞台のようなものがあり、その上に陰気なたたずまいの木が植わっていた。カラスが鳴く声が聞こえる。

 

リンクは石舞台に上がる階段に腰かけてしばらく悄然としていた。どうすればいい?レナードに頼むのも申し訳ないし、だいいち彼のように誰でも分け隔てなく慈善的に受け入れてもてなすああいった人物がルピー持ちだとは到底思えない。

 

既に来たはずの夜明けにも関わらず墓地は暗く陰鬱なままだ。リンクはため息をつくと左右を見回した。石舞台の下に、燭台が二本立っている。もしかすると、フィローネの森の洞窟で経験したように、まだ火が付くかも知れない。

 

リンクはカンテラを取り出すと火を点け、それを燭台に移した。二本の燭台にはすぐに火が付いた。誰か墓地の面倒を見ている人物が油を補給しているのかも知れない。

 

すると、不思議なことが起こった。二本の燭台の間に大きな木の箱の姿が浮かび上がってきたのだ。箱は立派な造りだった。今までなぜ見えなかったのだろう?

 

近づいてみると確かに現実だった。リンクが蓋に手をかけて開けてみると、紫の五十ルピーが入っている。

 

リンクは天を仰いだ。一体誰が?どうして?何のために?そしてもう一度箱の中を見てみると、ルピーの横に紙片が置いてあるのに気づいた。

 

紙片を手にとると、格調高い筆記体でこう書かれていた。

 

「我燭台の謎を解きたる冒険者にこの宝を残すなり」

 

紙片を見ながらリンクは喜びと驚きに息を大きく吸った。これなら墓荒らしではない。元の持ち主は、この滅多に人の立ち入らない陰鬱な墓地にいたずら心でわざと仕掛けつきの宝箱を残したのだ。ルピーと紙片を財布にしまうと、リンクはすっかり心を強くして立ち上がり、礼拝所への道に向かった。

 

礼拝所の脇から目抜き通りに戻る。村にはもう朝が来ていた。少数ではあるが住人たちが活動を始めたようだ。

 

すると礼拝所の扉が開いてマロが出てきた。

 

「おはようマロ。随分と早起きだね」

 

「おはようリンク。お前こそどうした?少しは休めばいいじゃないか」

 

「いや、早くイリアを探しに行きたくて」

 

「そうか。ちょうどいい。ちょっとこっちに来るといい」

 

マロがはす向かいの廃商店に向かいながら手招きする。怪訝に思いながらもついていく。マロは当然のように扉を開けて中に入った。リンクも続いて入る。

 

すると内部はすっかり掃除され整理整頓されていた。リンクが狼だったころに入ったときの様子とは大違いだ。棚には綺麗に商品が陳列されている。

 

「冒険に必要なものも各種在庫がある。見てみろ」

 

マロが言う。確かにその通りだった。治療薬の壺や盾などが並んでいる。その中で一つ、ピカピカと光る金属製の盾がリンクの目を引いた。

 

「マロ、これはいくらだ?」

 

リンクが盾を指さし尋ねた。

 

「二百ルピーだ」

 

マロが答えた。リンクは絶句し、しばらく立ち尽くしていた。今の持ち金の大部分だ。トアル村ではそもそもそんな大金自体持ったことがなかったから、持ち金がこの額に達したときはホクホク顔だったのに。リンクはそうした装備がそんなにも高価だったことに衝撃を受けた。

 

「冷やかしならダメだぞ。金がないなら木の盾にしておけ」

 

丸い座椅子の上に乗り、棚から帳簿を引っ張り出してカウンターに置いたマロが言う。ペンをなめながら新しいページに器用に線を入れていた。

 

「す...少し負けられないか?同じ村出身のよしみってことで」

 

リンクは尋ねてみた。

 

「ダメだ。僕の一存でそんなことをしたら問題になる」

 

そう言うとマロは顔を上げてリンクを見た。

 

「お前はこの村にいなかったから知らなかったんだな。僕はこの持ち主がいなくなった店を正式に継ぐことにしたんだ」

 

「継ぐ?」

 

「そうだ。レナードの許可も貰った。このまま店を放置しても在庫が腐るだけだ。だから僕はそれを正当な価格で売って帳簿をつける。本来の持ち主が戻ってきたら売上収益と帳簿を引き渡すつもりだよ。僕自身の労賃を差し引いてね。だから値引きは絶対にしないし、できない」

 

マロはまた帳簿に線を引く作業に戻りながら言った。

 

「それにこの盾は城下町で作られた純正品だ。決して二百でも高くはないと思うぞ。わかったら買うのか買わないのかさっさと決めてくれ」

 

リンクは迷った末買うことにした。また木の盾を手に入れてもすぐ壊してしまうのは目に見えていたからだ。ルピーを財布から取り出しカウンターに並べると、マロが苦労しながら陳列棚から下してきた盾を受け取った。

 

金属に青と赤の塗装がされた美しい盾だ。ハイラル王家の紋章が入っているところを見ると、元々城づきの兵士たちの正式採用品だったのかも知れない。

 

「まいどあり」

 

マロは不愛想ながらそう挨拶すると言葉を継いだ。

 

「時は金なりだ。時間を無駄にするなよ」

 

買ったばかりの盾を背負ってリンクは店を出た。あれだけあったルピーは、もう墓地で見つけた分しか残っていない。どうやって探そう?再びこの課題がのしかかってくるなか、目抜き通りを北に歩いていく。リンクはマロの賢さ、抜け目なさに舌を巻いた。村に残されたものをきちんと管理して元の持ち主に引き渡せば泥棒の汚名を着せられることもない。だが自分にはそんな才能はない。さっきの五十ルピーは単なる幸運だ。リンクはつくづく野良仕事以外での自分の才覚のなさを思い知った。

 

人の住まない下宿街を左に見ながら北上すると、バーンズ爆弾工房が見えてきた。そこでリンクは雷に打たれたように思い出した。この店はどうなっただろう?

 

急ぎ足で向かうと、驚いたことにゴロンの青年が一人店の入り口あたりで作業していた。空き箱を畳んで片づけているようだ。

 

リンクが声をかけてみるとゴロン青年が気さくに挨拶を返してきた。

 

「おう、あの兄ちゃんだな。族長が世話になったらしいな。礼を言うぜ」

 

作業を中断するとゴロン青年は腕を組んで頷いた。

 

「俺は人間ってものを見直したよ。今までは小さくって弱い連中としか思ってなかったが、あんたは小さくても中身は巨人だな」

 

「そんな。それほどでもないよ」

 

リンクは手を振って謙遜したあと、気になったことを質問してみた。

 

「もしかすると店は再開したのかい?」

 

「ああ。今日久しぶりの原料納品ってわけだ。親父のやつ張り切ってたぜ」

 

安堵の思いが湧いてきたリンクは顔を輝かせてゴロン青年に礼を言うと、戸口への階段を上って扉を開けた。

 

向かい側のカウンターの裏の右端あたりでバーンズが忙しく立ち働いていた。リンクが声をかけると顔を上げた。上機嫌な様子だ。

 

「おっ。トアルの兄ちゃんだな。爆弾が欲しいか?ちょうど生産再開したんだ。いいタイミングだったな」

 

「じゃあ元どおり商売できるようになったんですね?」

 

リンクが尋ねると、バーンズはやや顔をしかめて肩をすくめた。

 

「まあ、厳密には元通りってわけにはいかんがな。とりあえずラインアップは一種類だけだ。だが追々増やすつもりだ。兄ちゃん爆弾使ったことあるか?」

 

ないと答えると、バーンズは爆発しないモデル品を取り出して親切に使い方を教えてくれた。果物ほどの大きさの黒い本体に導火線がついている。導火線のキャップの裏側には摩擦により発火する燐が塗られていて、捻って六秒待てば爆発するとのことだった。

 

「凄い。いくらですか?」

 

「十個で三十ルピーだ」

 

それを聞いてリンクにはある考えが浮かんだ。爆弾で村はずれや平原の各所にある岩を砕けばルピーが見つかるかも知れない。だがバーンズが言葉を継いだ。

 

「兄ちゃん、ボム袋は持ってっか?持ってないならいま特別価格で爆弾ぎっしりのボム袋を売ってやる。百二十ルピーでどうだ?」

 

リンクはまた絶句した。結局何を買っても百ルピー単位の買い物になるのか。浮かんできた希望がみるみる萎んでいった。

 

「ボム袋ってのは専用の袋でな。中の空気が抜けて真空になる仕掛けがついてる。安全のためにはこの袋を持ってない奴には爆弾は売っちゃいけねえ決まりなんだ。懐に入れてたのがボカンなんてことになったら死人が出るからな」

 

そう説明されたリンクは泣く泣くバーンズの勧めを辞退した。だが男はそれでも機嫌を損ねることはないようだった。

 

「ま、金ができたらいつでも来いよ!」

 

そう背中に声を掛けられながらリンクは店を出た。とにもかくにもあと最低五十ルピーは稼がないと。リンクは覚えずゴロン鉱山に向かっていた。最後の手段だが、族長が「困ったことがあったらいつでも言え」と言ってくれていたのをあてにするしかない。

 

崖に挟まれた小道を上っていく。しばらく進むと、以前ゴロンに撥ね飛ばされた崖の前に出た。崖に掛けられた金網を登って上の小道に出ると、また別のゴロン青年がこちらに歩いてくるところだった。

 

その青年はリンクを見るなり立ち止まって、指を指しながら驚いた顔で呟いた。

 

「おい、あんた確かあんときの‥‥」

 

どうやらリンクを撥ね飛ばした張本人のようだ。両手を広げ近づいてくると、リンクの肩に手を置いた。

 

「あんときは悪かったな。怪我はなかったか?」

 

「大丈夫。なんともないよ」

 

リンクが答えると、ゴロン青年は腕を組んで納得顔で頷いた。

 

「ま、何しろお前さんゴローネ長老に相撲で勝ったくらいだからな。あれくらいじゃ確かに何ともないだろうよ」

 

リンクは苦笑いした。相撲に勝ったのも厳密にはイカサマだということは誰にも言えない。

 

ふと思いついて、リンクは切り出した。

 

「実はちょっと相談したいことがあるんだ」

 

「おう、なんだ?」

 

ゴロンは身を乗り出した。

 

「実は事情があってルピーが入り用なんだ」

 

「いくらくらいだ?」

 

「最低でも五十。できれば七、八十は欲しい。だから‥‥その‥‥この山でルピー掘りをさせてもらえないかと思って」

 

「なるほどな」

 

ゴロンは眉を上げて頷くと、リンクに顔を寄せて囁いた。

 

「本当はこの山では人間に宝さがしをさせちゃいけねえ決まりになってるんだ。だが他ならぬお前さんの頼みだ。とっておきのスポットを教えてやる」

 

そう言うとゴロンは道沿い東側の崖の上を指差した。

 

「この上にルピーがよく出る場所があるんだ。俺様がそこまで撥ね飛ばしてやるから、片っ端から石をどかしてみろ。うまく行けばそんぐらいの額は手に入るはずだ」

 

「本当に?」

 

「ああ。本当だ」

 

リンクはゴロンの手を握って礼を言った。ゴロンはすぐ丸くなるとリンクに上に乗るように促した。ゴロンの上から勢い良く飛ばされ崖の上に降り立ったリンクは、そこに幅三メートルほどの岩棚が道沿いに続いているのを見つけた。

 

山の方面に歩いてみると、確かに一抱えもありそうな岩が落ちている。手を掛けて押しのけてみる。

 

あった。赤ルピーだ。

 

リンクは俄然元気を取り戻した。道を上って、目に入る岩を片端からどかしてみる。次々と見つかったルピーはどれも赤ルピーだ。

 

気がつくと、赤ルピーが四つ手元にあった。目標達成だ。

 

リンクは下の小道に飛び降りて村の方面に戻った。あのゴロン青年は例の崖の手前で腕を組んで立っていた。リンクが喜んで礼を言おうとしたが、知らん顔でそっぽを向いている。だが、リンクが右手の親指を突き出して首尾良くいったことを伝えると、わずかにこちらに顔を向けて片目をつぶった。

 

「ミドナ、もう起きてるか?」

 

リンクは崖から下の道に降りると話しかけた。

 

「ああ。ルピー集めはちゃんとやってるんだろうな?」

 

「聞いてくれ。もう百三十ルピー集まった」

 

「ほう。お前にしちゃあ要領がいいな」

 

「だけど鉄の盾を買うのに二百使ったんだ。でもこれでもう二度と盾の心配をしなくて済む。悪い買い物じゃないだろ?」

 

「ずいぶん使ったな。値切ってみたのか?」

 

「ああ。やってみたけど駄目だった。なんでも純正品がどうとかいう話だったから」

 

「仕方ないな。まあよしとしよう」

 

リンクは爆弾のことを思い出した。

 

「ミドナ、そう言えば爆弾工房が再開したんだ。爆弾を袋入りで買うのに百二十ルピーかかるんだがどうだろう?きっと役に立つと思うんだ」

 

「爆弾か。確かにそうだな。だがまた一文無しになるぞ」

 

「でも爆弾で岩を砕いてルピーを見つけられるかも知れない。手強い敵に出会ったときも重宝するだろうし。買ってもいいか?」

 

「わかった。それなら許可しよう」

 

リンクは鉱山からの道を出てカカリコ村の目抜き通りに入ると、真っ直ぐにバーンズ爆弾工房に向かった。扉を開けると、カウンターにいたバーンズに声をかけた。

 

「おや?兄ちゃんこりゃまたずいぶん早いお出ましだな」

 

リンクは得意顔でルビーをカウンターの上に並べた。バーンズは釣りを持ってくると、後ろの棚から爆弾袋を取り出した。

 

「いずれ兄ちゃんが来ると思って用意しといたんだ。ま、俺の手製爆弾の威力、よく味わってくれよ」

 

リンクは礼を言って受け取り、店を出た。これで準備は完了だ。目抜き通りを南下すると、エポナを放しておいた泉の方に向かった。泉のほとりにいたエポナにリンクは話しかけながらその首筋を撫でた。

 

「エポナ、また苦労をかけることになりそうだ。イリアを探しに行くんだ。よろしく頼むよ」

 

礼拝所の扉が開いてベスが顔を見せた。続いて、コリンがタロの肩を借りながら歩み出てきた。さらにレナードも子供たちを見守るように姿を見せた。

 

「リンク」

 

コリンはまだ弱々しい声で呼び掛けてきた。リンクもコリンの方に歩いていった。

 

「リンク‥‥イリア姉ちゃんを探しに行くんだよね?」

 

そう問われリンクは頷いた。

 

「イリア姉ちゃんを助けてあげて?きっとどこかで生きてると思うんだ」

 

「必ず助け出すよ。約束する」

 

リンクがそう請け合うと、コリンは安堵した表情を見せた。そして、少し疲れたのか、覚えずして座り込みそうになった。リンクはタロとともに慌ててその体を支えた。

 

「大丈夫。僕は大丈夫だから。安心して?」

 

そう言うと、コリンは再び自分の足にしっかりと力を入れて立った。レナードもリンクに歩み寄ってきた。

 

「リンク、もうすぐ出発するのか?」

 

「はい。祭司様、いろいろありがとうございました」

 

リンクが頭を下げるとレナードはその両肩に手を置いた。

 

「いや、むしろ私のほうが礼を言わないとならない。この村はまさに君のお陰で救われたと言っても過言ではないのだから」

 

祭司はリンクの肩を叩いて言った。

 

「子供たちのことは私が面倒を見る。君は安心して君を必要としている人のもとにいってほしい」

 

すると、礼拝所からルダが走り出てきた。手に大きなパンを持っている。彼女はそれをリンクに差し出すと言った。

 

「リンクさん、ご武運を。どうかご無事で」

 

「ありがとう、ルダ」

 

リンクが受け取り礼を言うと彼女は目を伏せて軽く膝を曲げ挨拶した。

 

「リンク、君にハイラルを創りたもうた神のご加護があらんことを」

 

レナードがリンクに手を置いて祈った。その後、リンクはエポナに鞍を乗せて轡をかませ、すべての荷物を乗せてしまうと、泉の水で水筒を満たした。馬に跨がると、商店の扉が開いてマロが顔をのぞかせ、リンクに向かって手を振った。リンクも手を振り返す。

 

皆に頷くとリンクは馬を北に向け手綱を鳴らして走り出した。村の目抜通りを北上していく。バーンズ爆弾工房の前を過ぎたところで鉱山に向かう分岐路に先ほど爆弾材料を運んでいたゴロン青年が入っていくのが見えた。エポナの足音で振り返り、リンクに気づくと手を振ってきた。リンクも手を振り返す。右に折れて村出口を目指す。

 

岩壁に挟まれた小道を進んでいくとすぐに門に行き当たった。エポナを助走させ飛び越えると、続く小道を快速に駆ける。東に向かっていた道がやがて左にカーブする。すると、ほどなく左手には山道、右手には深い谷が見える地点に出た。時刻はまだ昼前だ。太陽が照りつけるなか、リンクはやがてかつてブルブリンたちと戦った平原に出た。

 

視界を遮っていた周囲の岩壁がなくなったので遠くが見渡せる。北東の方には、あの不気味な黒雲が大きく広がっていた。所々にオレンジ色の光が筋のように走っている。

 

リンクは北に向けて馬を進めようとした。すると、平原の向こう側から走ってくる人影がある。目を凝らすと、奇妙な形の赤い帽子をかぶり、白い袖無しシャツと短いズボン。あのポストマンだ。

 

「リンクさん!リンクさんですね!」

 

両者の距離が縮まるとポストマンは大声で叫んで手を振ってきた。こちらも手を振り返す。

 

相手が目の前に来るとリンクは馬を止めた。だがリンクが下馬して改めて挨拶しようとすると、ポストマンは手で押しとどめた。

 

「いえいえ、そのままで結構。リンクさんにおばちゃんさんから手紙があります」

 

ポストマンは背中に背負った箱を下ろし、封筒を取り出すとリンクに差し出してきた。

 

リンクが礼を言おうとすると、彼は荷物を背負い直し、また走り出してしまった。

 

「じゃあまた!」

 

なんという忙しい男だろう。リンクがなかばあきれ顔でその後ろ姿を見送っていると、ミドナが半透明の姿を現した。

 

「おばちゃんから手紙か。見せてみろ」

 

「ていうか、あの二人いつの間にミドナのところから出ていったんだい?」

 

リンクは封筒を開けながら尋ねた。

 

「鉱山から戻ってすぐだ。よろしく言っといてくれと言われたが忘れていた」

 

手紙には、リンクと冒険できて楽しかった、またいつか一緒に冒険したいとの旨が書かれていた。

 

「大したことは書かれていないな」

 

「ミドナはなんだかおばちゃんに興味津々だね」

 

「博覧強記の私でもあんな種族は初めて見た。しかも赤子のころから魔法を使えるときている。それにあいつらが鉱山の中にいた理由も気になるからな」

 

「宝さがしじゃないか?」

 

リンクが手紙を仕舞ってまたエポナを歩かせ始めるとミドナが言った。

 

「普通の人間ならそう思うだろうな。だが連中は普通じゃない。あの移動能力があればそもそも財宝を手に入れるなんてたやすいことだろう。私はもっと別の事情があると見た」

 

「探し物って言ってたよね。宝以外に何かあるかなあ」

 

「いくらでもあるだろう。そもそもそういう私だって宝さがしに来ているわけではないからな」

 

「ミドナ、そう言えば僕は気になっていたんだ」

 

リンクは切り出した。

 

「君は影の結晶石を集めて何をするつもりなんだい?それに君はあの『影の王』と知り合いみたいだけど、一体どういう関係なんだ?」

 

「ふん」

 

ミドナは鼻を鳴らした。

 

「言ったろう。結晶石を全て集めたらその正体を教えてやると。話はそれからだ」

 

リンクが前方の上空を見ると、カーゴロックが二羽悠々と飛んでいる。ふと地面に目を落とすと草原に生えた草の間に奇妙なものが動いている。

 

まるで一抱えもありそうな大きさで、長いトゲの生えた緑色の葉肉性植物のように見えた。ところが、どう見ても植物にしか見えないのに、くるくると回転しながら近づいてくる。辺りを見回すと、同じような連中がそこらじゅうにいて、リンクを取り囲もうとしていた。

 

リンクはすぐさまエポナの脇腹にかかとを当てて加速させた。ダッシュして奇妙な植物による包囲網を抜ける。

 

「一体なんだあれは?」

 

リンクは手綱を操りつつ振り返りながら呟いた。

 

「たしかリーバとかいった葉肉性の植物だ。動物を集団で襲う性質があるらしい」

 

ミドナが言う。

 

「なんで植物が動物を?」

 

「今さら驚くな。フィローネにもそんな奴はたくさんいただろう」

 

奇怪な植物の群れを引き離すと、エポナを減速させた。だが大きめのカラスが鳴いているような声がしたかと思うと、二羽の怪鳥が覆い被さるように襲ってきた。

 

鋭い嘴が眼前に迫る。リンクは籠手で顔面を保護しながらまたエポナを加速させる。だがバサバサと羽音がして振り返ると、怪鳥どもは二羽とも追いすがってくる。

 

リンクはとっさに背中の弓を下ろすと矢をつがえた。エポナの胴を両脚でしっかりとはさみながら、上半身をひねって狙いをつけ放つ。怪鳥のうちの一羽の胴に命中し、相手はたちまち悲鳴を上げ墜落した。エポナを減速するにまかせつつ、もう一羽が頭上に近づいた瞬間にそいつも撃ち落とした。

 

敵を倒したかどうかを確かめるためリンクは馬を止め振り返った。だがカーゴロックどもは地面でバタバタともがいていたが、やがて起き上がり、羽ばたき始めた。また飛ぼうとしている。

 

「しつこい連中だがこいつらと遊んでいても仕方ない。もう行こう」

 

ミドナが言う。リンクは弓を背負うと、エポナの手綱を握り直して加速した。平原をしばらく全速力で走るとようやく怪鳥どもを撒くことができたようだ。

 

そのまま速度を緩めず走り続ける。やがて、眼前に底の見えない深い峡谷が見えてきた。左手には石でできた巨大な構造物が見える。オルディン大橋だ。かつてリンクがキングブルブリンと戦った場所。

 

リンクはやや進路を左に変えた。やがて崩れ果てた昔の砦の跡地に差し掛かった。草原の地面が石畳になる。やや速度を緩めると、そこここにある瓦礫やかつての建物を支えていた柱を避けながら馬を進めていった。

 

大橋の入り口に近づくと、リンクは並足に落として休憩場所を探した。昼を過ぎていたが、太陽の照り付けが厳しい。喉が渇いたので、大橋の門の下の日陰に馬を止め、水を飲んでパンを齧った。

 

ふと門の壁を見ると、金色に光るものが壁についている。手を伸ばしてみると、ナナフシだった。リンクはそれを捕まえると何をするでもなく弄び始めた。

 

「い‥‥一体何をやってるんだリンク」

 

ミドナが震え声で言う。

 

「え?」

 

リンクは顔を上げた。だが彼女の虫嫌いをすぐ思い出し、獲物を両手でそっと包むようにすると答えた。

 

「ナナフシだよ。夏は村でもよく見かけたものさ」

 

「はやく捨ててくれ。見てるだけでムズムズする」

 

リンクは笑った。だが以前巨大蜘蛛のことでからかったら彼女の機嫌を大いに損ねてしまったことを思い出した。

 

「ミドナ。こんな金色の奴は珍しいんだ。僕のポーチに仕舞うから持っていってもいいだろ?」

 

「持ってってどうするんだ?」

 

「特にどうするってこともないけど」

 

リンクは答えたあと言葉をついだ。

 

「世の中には珍しい虫を集めるために大金を出す人もいるってきいたことがあるよ。ひょっとして城下町まで行けば買い手がつくかもしれない」

 

「ならいい。だけど絶対お前のポーチから出すなよ。間違えても私の部屋には入ってこれないようにしてくれ」

 

まだ震え声だったがミドナもようやく譲歩した。

 

「まったく虫が好きなんていう奴の気が知れない。頭がどうかしてるんじゃないか」

 

リンクは笑いながら虫をポーチに仕舞うと、エポナに跨がって出発した。大橋を渡り始めながら、深い峡谷の底の方に目をやる。リンクはそこで突如思い出した。キングブルブリンの目を。赤く、憎悪に満ちたあの目。この世にこれほどの憎悪があるのかと訝しむほどの憎悪の色。

 

奴は確かに死んだのだ。この高さから落下したらどんな魔物でも生きてはいられないだろう。だがリンクは、この谷底で鬼の王は生きているのではないか、今も自分をじっと見上げ、再び自分と自分の大事なひとたちを襲う機会をうかがっているのではないか、という想念が浮かんでくるのを押さえることができなかった。

 

頭を振ってその想念を振り払うと、リンクはエポナを走らせて橋を渡った。百メートルほどの橋を渡ってしまうと、その先はところどころ岩がむき出しになった荒れ地だ。いよいよオルディン地方もこのあたりで終わりなのだ。

 

目の前には巨大な岩壁があり、その右手に峡谷の続きが広がっている。岩壁は真ん中あたりで二つに割れ、その割れ目に道があるようだ。リンクはエポナを走らせたまま荒れ地を横切った。

 

岩壁はすぐ近くにあるように見えたが、あまりに巨大なので遠近感が狂っており、実際はもっと遠かった。しばらく走るとようやく小道がはっきり見えてきた。

 

エポナを減速させて岩壁に挟まれた小道の入り口に近づくと、リンクは異状に気づいた。

 

その入り口は大きな岩が三つほど並べられ塞がれているのだ。

 

「なんだこれ?」

 

リンクはエポナを停止させながら言った。

 

「一体誰がこんなことを?」

 

ミドナが現れ、片手を顎に当てしばらく思案していたがやがてこう言った。

 

「交通を遮断し地域間の往来を停止させるためだ」

 

リンクが黙って聞いていると、ミドナは続けた。

 

「あいつの仕業だろう。これは私たちの移動を邪魔するためだけではない。これによって交易を止めてハイラル全体の経済を弱体化させる。生活水準は低下し庶民の不満が溜まる」

 

「つまり『影の王』がハイラルを滅ぼすために?」

 

ミドナはリンクの質問にはすぐ答えず首をかしげて言葉を継いだ。

 

「だが納得がいかないな。奴はもう既にハイラル城を手に入れているんだ。言ってみれば国の頭を押さえているのに、なぜわざわざこんなことをする必要がある?ただ滅ぼすためなら、こんな生殺しではなくもっと効率のよい方法があるはずだ」

 

「つまり、もっと恐ろしいことを企んでいるかもしれないってこと?」

 

ミドナは沈黙していたが、やがて言った。

 

「私の考えすぎならそれに越したことはないがな。今はとにかく先に進む方法を見つけよう」

 

「ミドナ、あの爆弾でこの岩を壊せるかもしれない」

 

リンクは提案してみた。袋から爆弾を取り出すと下馬して岩に近づく。

 

「そんな小さな爆弾で効くのか?」

 

「わからないけど、ゴロンたちも最近は岩盤を砕くのに使ってるらしいから、やってみる価値はあるよ」

 

リンクは三つの岩の真ん中にある岩の下に爆弾を置くと、導火線のキャップを捻ってから急いで後ろに下がった。

 

数秒後大きな爆発音がした。岩から煙が上がっている。リンクが近づくと大きな亀裂が幾つも走っている。驚くことに、岩に手を掛けて引っ張ると亀裂からボロボロと崩れ始めた。しばらく格闘していると、おおかたの岩の破片が取り去られ通り道ができた。

 

「行けそうだ」

 

リンクはそう言ってエポナのほうに戻った。

 

その瞬間上空から不気味な音が聞こえた。巨大な管楽器のような低い音だ。見上げると、宙空の一点に黒い渦巻きが出現していた。

 

そして渦巻きの中から黒い塊が出てきた。まるで出産された動物のように押し出され落ちてくる。一体。二体。そして三体目だ。

 

黒い背の高い悪鬼。影の使者たちだ。

 

彼らは荒れ地の地面に無様に落下すると、ムクリと起き上がった。

 

彼らは左右を見回すと三体ともがリンクのほうにピタリと顔を向けて止まった。

 

リンクを狙っているのは明らかだ。影の使者たちは唸り声をあげるとリンクのほうに殺到してきた。

 

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