黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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女王の願い

氷でできた床越しに下を覗き込むと、眼下に無数の何かが閉じ込められているのがわかった。

 

目を凝らし感覚を研ぎ澄ますとリンクにはそれらの姿が見えてきた。

 

おびただしい数のゾーラたちだ。湖畔で会った男たちと同様の装束をつけ、槍を持った兵士たちだ。皆氷の中に閉じ込められ微動だにしていなかった。

 

「こ...こいつは驚いたな」

 

ミドナは息を吐いて首を振った。

 

「このまま放っておくわけにもいかないな。第一水源を復活させなければラネールの精霊に会うこともできない」

 

リンクも同意の唸り声を上げた。ミドナは考え事をしているらしく黙っている。そこでリンクは妙案を思いつき、ミドナの顔を見上げた。

 

「どうした?」

 

言葉を発することができないのでリンクは唸りながら氷に閉じ込められたゾーラたちのほうに顎をしゃくり、次いで西の方を向いて軽く吠えた。

 

「西の方角?氷を溶かす方法か?」

 

リンクは頷いた。ミドナは少し考えていたがすぐ理解したらしい。

 

「なるほど、あの山か。お前にしちゃ気の利いた案だ。やってみよう」

 

彼女はすぐさま空中に浮上した。身体をくるくると回転させる。するとリンクの周囲が真っ暗になった。風が吹くような音がし、やがて周囲に光が次第に戻ってきた。

 

リンクたちが降り立ったのはデスマウンテンの麓の広場だった。光の世界の太陽の光が差し込んでくる。

 

ミドナが浮上した。その姿が半透明になっている。広場の中央にはまだ巨大な噴石が突き刺さっている。ところどころが熱を持っているのかまだ赤かった。リンクもミドナに従って岩に近寄った。

 

「よし、こいつだな」

 

ミドナは巨大な柱のような噴石のほうに手をかざした。

 

「まだ熱を持ってるな。運んでみるか」

 

彼女の髪の毛が魔法の力で巨大な手のような形に開く。ミドナが大きな物を持ち上げるために力を入れているような声を漏らすと、その髪の毛でできた巨大な手がぐいっと持ち上がった。

 

それと同時に噴石の周囲に雷のようなものが走る。見上げるような高さの噴石はその途端に地面から浮き上がった。と思うと噴石の表面がバラバラに崩れたかのように見えた。その破片が次々と上空の黒い渦巻に吸い込まれていく。

 

気づくとリンク自身も一瞬自分の体が分解されその渦巻のほうに吸い込まれていくように感じた。周囲が暗くなり、しばらくすると次第にあの影の領域にあるゾーラたちの広間の光景が見えてきた。

 

噴石が頭上に見える。それが凍り付いた床の中心にゆっくりと落下していった。衝撃と地響きが走ると、噴石が次第にめり込んでいく。同時に、その熱が氷を溶かし始める。

 

リンクたちが泉のきわにある歩道に着地して見守っていると、噴石を中心に硬く凍り付いた氷が水に変わっていった。氷から解放されたゾーラが次々と身じろぎし始める。皆苦し気にもがきながら水面に浮上してきた。

 

氷の溶解は広間の中心にある泉からその先の水路に及んだ。温められた水が凍り付いていた滝を溶かしたのか、水が流れ落ちる音が聞こえてくる。

 

泉を囲む歩道には次々とゾーラたちが這い上がってきた。氷に閉じ込められて仮死状態だったのが命からがら解放されたばかりだからか、歩道に横たわって苦しそうに息をしている。リンクが耳を澄ませても、言葉を発する者はまだいなかった。

 

「あんな危ない物が役立つとはな」

 

ミドナが周囲を見回しながら言う。

 

「ゾーラ族はもう大丈夫みたいだな。ここで何があったのかちょっと気になるところだがこいつらも今はしゃべる気力もないみたいだし、今は仕方ない。精霊の泉に向かうぞ」

 

リンクは頷き、泉を囲う歩道から水路沿いに南の方角に歩き始めた。

 

「お待ちください」

 

誰かが声をかけてきた。

 

リンクは驚いて振り向いた。この影の領域ではリンクたちの姿は魔物以外の命あるものからは見えないはずだ。

 

回復された泉の真上に、銀灰色の肌をし優雅な服を着た背の高い女がいた。いや、その上に浮遊していた。

 

「勇敢なお方.....この泉を蘇らせてくださったことを、感謝します」

 

何者だろうか。空中に浮いているうえに、見えないはずのリンクたちを見ることが出来る。この世ならぬ雰囲気を感じ、リンクはやや眉をひそめて唸った。

 

「リンク、こいつは大丈夫だ。危険な奴じゃない」

 

ミドナが言った。リンクが彼女の顔を見上げると、ミドナは続けた。

 

「亡霊に見えるか?おそらく違うな」

 

そう言うとミドナはリンクの背を叩いて相手に近づくよう促した。

 

「私はゾーラ一族の長である女王ルテラです」

 

泉の上に浮くその人物は自己紹介した。リンクはまだ半信半疑の思いで相手を見上げていたが、ミドナはまったく平気のようだ。

 

「別にあんたたちのためにやったわけじゃあない」

 

そう言うとミドナは尋ねた。

 

「教えてくれ。いったいあんたの一族に何があった?誰がここを凍らせたんだ?」

 

「この里は影の者たちの襲撃を受けました。彼らは私たちにハイラルを潤す水源を遮断すれば命は奪わないと協力を要求してきたのです。私はそれを拒絶し、見せしめのために処刑されました」

 

ではやはり亡霊なのか。リンクが驚きに目を見張るなか、女は話し続けた。

 

「私はハイラルに古くから伝わる勇者がいつの日か必ず来てこの里を蘇らせてくれると信じていました。ですから勇者よ、あなたにお願いがあります」

 

ルテラは少し間を置いて言葉を継いだ。

 

「私はこの里に影の者たちが迫ってきたとき、それをゼルダ姫に伝えるため我が息子の王子ラルスをハイラル城に遣わしたのです。しかし、私はその後息子の身に危機が迫ったことを感じました。息子の気配が急に薄れていったのです」

 

リンクの頭にテルマの酒場で看病されていたあの少年の顔が浮かんだ。もしかするとあのゾーラの少年が?

 

「お願いです。どうかラルスを助けてやってください。もし助けて下されば水の加護の力をあなたに授けましょう。それはゾーラのように自由自在に深い水の中を泳ぐ力です」

 

ルテラの姿はそこまで話すと次第に薄れていった。

 

「どうか息子を...お願いします...」

 

女王の姿が消えてしまったあともリンクはしばらく呆然としていた。影の者たちに殺された女王が自分が来ることを知っていたとは一体どういうことだろう?だがミドナが口を開いてリンクを物思いから引き戻した。

 

「よくできた魔法さ。こんな術を操れる者はそう何人もいないはずだ」

 

リンクがミドナの顔を見上げると、彼女は腕を組んで言った。

 

「術者本人の記憶を投影した幻が決められた切っ掛けで出現する仕掛けだ。本人の伝えたいことをしゃべったり、簡単な質疑応答なら出来るように仕組むことができる」

 

ミドナはそう説明すると首を振った。

 

「あの女王も生きてりゃ相当役に立つ味方になってくれたろうにな。つくづく残念だよ」

 

ではあのゾーラ少年は殺された女王の忘れ形見なのか。リンクは自分のやるべきことがはっきりと心に像を結んできたのを感じた。ゴロンたちを助けたように、今度はゾーラ族を助けるのが自分のやるべきことだ。

 

「さ、勇者さんはどうするんだ?」

 

ミドナがリンクに尋ねた。問われるまでもない。リンクは唸ると頷いた。

 

「おい、でもわかってるとは思うが光の世界に戻さないと始まらないからな」

 

リンクは軽く吠えると、歩道を伝って広間の出口に向かって歩いた。どうやら水源は完全に回復したようだ。広間の泉の底から湧き出る水に蓋をしていた氷が除去されたせいか、今や豊かな水が轟々と水路を流れている。滝から落ちる水も轟音を立てていた。

 

水路の脇の歩道伝いに外に出ると、滝の上の崖の上には水路の両側に草むらが広がっている。地表が凍り付いていたのが次第に溶けてきたようだ。だが行く先は高い岩壁で行き止まりになっている。崖から下の滝壺を覗き込むとかなりの高さだ。

 

どうやって下に降りようか?リンクは迷った。どうやら滝壺に降りるしかないようだ。思い切って地面を蹴って跳躍した。

 

数秒間かけて落下する。ハイリア大橋から飛び降りたときよりましだったがそれでも内臓がでんぐり返りそうだ。次の瞬間リンクは水面にザンブと音を立てて潜った。

 

犬かきで水面に浮上する。すると水流の強い力がリンクを押し流した。岸に近づこうと水を掻き続けても流されるだけでなかなか近づけない。

 

そうこうするうちにリンクたちはみるみる滝壺を離れ、左右にくねる水路を流されていった。目を上げると怪鳥から降りた地点の近くにあった小屋が近づいている。来たときは剥き出しだった木の格子が嵌った水路の入り口は水で覆われていた。水が左右の草むらにまであふれ出ている。それでも向こう側に急速に流れ出る口があるのか、小屋の下の水面には大きな渦巻が生じていた。

 

「おい、このまま行ったら吸い込まれるぞ!」

 

ミドナが叫んだが、数瞬後にはもうリンクたちは渦巻に到達していた。抗う間もなく吸い込まれていく。やむなくリンクは思い切り息を吸い込んで止めた。

 

水が轟々鳴り響く中、リンクは水面下に引きずり込まれた。流れによって水中ぐいぐいと引っ張られる。やがて水音が変わってきたかと思うとまた水面に出た。周囲は真っ暗だ。洞窟だろうか?だが休む間もなく休息な流れに乗って急斜面を滑り落ちていく。ひとしきり落ちていくと再び水の中に突っ込んでいく。必死の思いで水面から顔を出し、急速に流されながら周囲を見回す。洞窟の向こうに明りがぼんやり見える。

 

鳥に乗って通ったあの洞窟に入ったようだ。視界の隅に、岩棚の上に乗った白仮面の鬼たちが慌てふためいているのがちらりと映った。流れる水面を見回すと、既に何人かの鬼が両手を水面から突き出してもがきながら流されている。

 

だがリンクも彼らより安全とは言えなかった。轟々たる水の力に身を任せ次々とカーブを曲がっていく。岩壁に叩きつけられなかったのが幸いだ。

 

次の瞬間、リンクは体が浮き上がったのを感じた。また滝だ。今度はもっと高い。

 

落ちてから何秒経っただろうか?落下していく感覚がまだ続く。一体底はあるのだろうかと不安を感じ始めた瞬間、リンクは撃ち込まれる弾丸のように自分が水面に突っ込んだのを感じた。衝撃で気が遠くなる。

 

必死で水面に上がろうともがく。だが落下する水の力には勝てるものではない。もはや息が続かない。気を失いそうになった瞬間、ミドナが自分の口に手を当てたのを感じた。不思議なことに空気が口の中に入ってくる。木の葉のように流されながらも、リンクは呼吸だけはすることができた。だが水流の速度はいままでにも増して早い。自分が上を向いているのか下を向いているのかさえもわからなくなってきた。やがて再び気が遠くなり、リンクは気を失った。

 

どれくらいの時間が経っただろうか。意識を取り戻したリンクは自分が半分水に浸された石段の上に横たわっているのに気づいた。目の前には石張りの回廊がありその先に岩壁にぽっかり空いた洞窟がある。

 

「ったくやっと目が覚めたか。手を焼かせる。川がハイリア湖に通じてるからといっていきなり飛び込むとはな」

 

顔を上げるとミドナが中空に浮いていた。

 

「もっともお陰で私もしばらく休憩できたのはよかった。ほれ、どのみち精霊の泉は目の前だぞ」

 

ミドナが洞窟に顎をしゃくる。リンクはよろよろと立ち上がった。水流にもみくちゃにされたせいでまだ気分が悪い。だが振り返って湖を見ると、水位は完全に回復したようだ。これであの酒場にいた兵士たちも上司に良い報告ができるだろう。

 

ミドナを背に乗せて洞窟の中に進んでいく。すぐに目の前が開け、天井が開いて光が差し込む丸い空間に出た。中央が泉でその周囲に自然にできた歩道がついている。また、泉に向かって通路の正面には岩が張り出していて、参拝者が捧げものを置いたり願をかけるため泉に近づきやすいようになっていた。

 

泉の上には白い光の塊が浮遊していた。リンクは張り出しの上に進んで耳をそばだてた。

 

「勇者....よ....よくぞここまで...来た...」

 

弱弱しい声が聞こえた。精霊だ。光の力を奪われた上、ついさきほどまで水まで遮断されていたせいか、苦痛の声を上げる力さえ失われているようだ。

 

「我は....精霊...ラネール....闇に奪われた我の...光...を..これ..へ..」

 

するとリンクの目の前にあの不思議な器が現れた。蔓のような管に葡萄のようなガラス質の小さな球が寄せられたあの器だ。ミドナが手を伸ばしてその器を取り上げると、精霊が続けた。

 

「汝なら...既に...わかる...はず...砕け散った..我...光の雫を...」

 

わかっている。リンクはそう意図して頷くと軽く吠えた。一刻も早くこの場所を光の領域に戻す。

 

「ありがとう...勇者よ....闇の蟲の...場所..を...」

 

その途端、リンクの心の中にこの湖の全景が浮かび上がってきた。そして闇の蟲が潜む場所に青い点が瞬いてゆく。次いで、今まで通ってきたゾーラの里や洞窟水路の情景が心に浮かび、それらの場所にも蟲たちの存在を示す感覚が感じられた。

 

リンクは精霊に向かって頷きかけると、踵を返した。飢えと疲労は極限に達しつつあったが、それでも気力は健在だ。この影の領域を晴らせばやっとイリアに会えるのだ。

 

洞窟を出る。一番手近にいる蟲の気配は右側だ。感覚を研ぎ澄ましながら回廊に接続した右手の木道に入っていく。案の定、闇蟲が小さな雷を発しながら木道を向こうへ走っていくのが見えた。

 

リンクは後を追った。だがむやみに追いかけるとかえって暴れまわる。リンクは相手の姿を見失わないよう注意しながら木道を登っていった。木道は直径五十メートルほどの広場に繋がっている。

 

蟲は広場に逃げ込んだ。リンクも続いて広場に入っていく。刺激し過ぎないよう、ゆっくりと距離を詰めていく。蟲にそろそろと近づくと、相手も気づいたのか走り始めた。だがリンクは一気に飛び掛かって嚙み潰した。

 

潰れた虫から光の雫が浮き上がる。その雫が顔に触れた瞬間、リンクは冷え切っていた身体が温かくなり、深い疲労感が少し軽くなったのを感じた。やはり光の雫にはなんらかの力があるのだろうか。

 

ミドナが雫を器に掬い上げた。

 

「まだいけそうか?」

 

リンクは頷いた。腹の底にまた野獣の闘志が蘇ってきていた。イリアに会うことに加え、ゾーラ王子を助けるという目的が新たに心に課せられたのだ。必ずやり遂げて見せる。リンクは顔を上げると、次の闇蟲を求めて広場の東側の木道に足を踏み入れた。

 

木道の先はより大きな広場だった。直径百メートルはあるだろうか。その広場から、まだ湖の水位が低かったころに訪れた尖った小屋が見える。

 

だが蟲の気配はこの広場にはなかった。だがそれほど遠くもない。ここからほど近く接続された別の陸地にいるのだろうか?そう思ってリンクが周囲を見回した瞬間、巨大な管楽器が鳴るような不気味な音がし、同時に次々と柱のような物体が落下してきて広場の周囲に刺さった。リンクたちを閉じ込める魔法結界だ。

 

上空に黒い渦巻が出現した。みるみる大きくなってきたかと思うと、渦巻の中心から押し出されるように黒い塊が落下してくる。一つ、二つ、そして三つ。

 

塊は広場にドシンと音を立てて着地したかと思うと一斉にムクリと起き上がった。黒い背の高い悪鬼。影の使者たちだ。

 

だがリンクは襲い掛かる前に注意深く魔法結界の形を見極めた。やはり仕掛けがある。広場の中央近くまで隔壁のようなものが伸びていて、三匹のうち一匹は必ず隔離されるような形になっている。全員を一度にミドナの結界に捕えるのは難しそうだ。

 

一匹の悪鬼がリンクに迫ってきた。リンクはあえて後じさりして相手の追撃を誘う。案の定悪鬼は地響きを立てながらリンクを追って前進してくる。手を振り上げると攻撃してきた。悪鬼が巨大な手を払ってくるのをバックホップして躱すと、ミドナに合図する。ミドナの結界が悪鬼に触れ、その身体を赤い雷が包んだ。

 

リンクが牙を剥いて飛び掛かる。金縛りに遭ったように動けなくなった悪鬼の首筋が大きく切り裂かれた。

 

一匹目の悪鬼が崩れ落ちる。残り二匹は様子を見ているのか注意深く隔壁を挟んで陣取っていた。

 

「こいつら戦略を変えてきたな」

 

ミドナがリンクの背中で言った。

 

「私たちを止められないと気づいたんだろう。魔法結界で閉じ込めて戦いを長引かせ消耗させる気だ」

 

リンクはミドナの顔を見上げた。それならばこちらも作戦を変えないとならない。

 

「殺さないようにしてできるだけ二匹を近くにおびき寄せろ。できるな?」

 

リンクは返事のかわりに吠えると前進した。隔壁の右側の敵に近づく。そいつはリンクを待ち受けていたようだ。のしかかるように迫り手を振り上げてきた。横っ飛びに逃げると敵の手がさっきまでリンクがいた地面を激しく打ち叩く。すかさず突進して跳躍し、肩口に深く牙を突き立てる。

 

悪鬼は苦悶の声を上げてリンクを捕えようと試みる。リンクは深追いせず素早く地面に降り立つと、悪鬼の足元を逃げ回って攪乱した。悪鬼が手を伸ばしリンクを捕まえようとする。だがリンクは立ち止まっては弾かれたように走るのを繰り返す。そうしてリンクは少しづつ悪鬼を広場の内側に誘導した。

 

焦れたように化け物が手を振り上げ払ってくる。身を伏せてギリギリでそれをかわしたリンクは、隔壁の左側にいるもう一匹に目をやった。まだまだ遠い。一計を案じたリンクは、悪鬼の足元でミドナに合図を送った。

 

「おい、今二匹倒したらまた復活してしまうぞ?」

 

だがリンクは頷いた。ミドナから結界が広がり、やっとこちらの姿を捕えて攻撃態勢をとった悪鬼の身体が赤い雷で包まれる。リンクが飛ぶと、一気に悪鬼の首筋の一部が吹き飛んだ。だが、悪鬼が倒れると、途端に隔壁の向こう側にいた一匹が凄まじい咆哮を上げた。

 

リンクの近くにいた一匹と、広場の外側近くで倒れていた一匹がムクリと起き上がる。

 

だがすかさずリンクはもう一度ミドナに合図した。その結界が起き上がったばかりの悪鬼を包み、リンクは跳躍した。再び悪鬼は致命傷を負って倒れる。復活したもう一匹がこちらの位置を特定し迫ってくる。

 

次の瞬間、リンクは隔壁の端まで走り、それからカーブを切って隔壁の向こうにいた一匹に襲いかかった。相手もこちらに前進して手を振り上げる。リンクは肩越しに背後を見て、復活したばかりの悪鬼がこちらに進みつづけているのを確認すると、サイドホップして目の前の敵の攻撃を避けた。跳躍して首筋に噛み付くと、追撃せずに地面に降り立ち、再びミドナに合図する。結界が広がり、目の前の敵の身体を赤い雷が包む。後ろにも敵の気配がした。だがギリギリまで待つ。

 

来た。そう感じた瞬間に飛んだ。手傷を負わせた敵の急所が切り裂かれ黒い血が吹き出す。その刹那リンクは反対側に跳躍し、背後にいたもう一匹の首筋に致命傷を負わせた。

 

二匹の悪鬼どもが同時に崩れ落ちる。やがて三匹の遺骸がボロボロに崩れ、その破片が上空の黒い渦巻に吸い込まれた。広場を囲っていた魔法結界の柱も消滅した。

 

「やつらの策も功を奏さずだったな」

 

ミドナが言った。

 

「だが襲撃の間隔が狭まってきたな。あいつもなりふり構わずになってきた。それだけ私たちの働きによるダメージが大きいんだろう」

 

そう言うと彼女は周囲を指さした。

 

「とは言っても蟲狩りはまだまだ時間がかかるぞ。おそろしく広い地域に散らばってるからな」

 

リンクは頷いた。だがどれほど労力がかかっても影の領域を晴らしてみせる。虫の気配を感じ、まずはあの尖った小屋を目指すことにした。北側に行く木道に進むと、狭い中州を通って左に木道が折れている。その終端にあの老人の小屋があった。

 

板張りの小屋の土台の上を歩き回って蟲を探す。裏手まで来ると、ふと上を見上げたら蟲が壁に取りついているのが見えた。壁に体当たりすると、蟲は羽を広げて飛び始めた。

 

だが長い間は飛べないはずだ。辛抱強く待っていると蟲は雷を発しながら近づいてきた。やや後じさりし、雷が止んだ瞬間に襲い掛かる。潰れて床に落下した蟲から光の雫が浮上する。それをミドナが器に掬った。

 

リンクは踵を返して木道を走り、広場に戻った。あと一つ、近くに気配がある。リンクは感覚を効かせながら方向を見極めた。最初の蟲を倒した広場からの木道の左側に狭い上り坂があった。坂に入り、登ると左に道が折れている。

 

道は途中で途切れている。下は水面で、向こう側に岩棚がある。だが、狼の足なら向こう岸に飛び移れそうだ。リンクは助走をつけて跳躍した。向こう岸に着地すると、さらに進んでいく。もう一つ同じような間隙を飛び越えると、右側にやや広い岩棚が見えた。慎重に距離を見極めてそちらに飛び移る。蟲の気配は近くだ。

 

岩棚を東に進むと上り坂になり、その上に草原の広場があった。

 

蟲がいる。リンクはその姿を捕えると一気にダッシュして襲い掛かった。草原の真ん中にいた蟲は慌てて地面に潜ろうとしたところを狼の牙にかかった。絶命した蟲から光の雫が浮かび上がる。それが顔に当たるとリンクは再び体に力が充満するのを感じた。

 

ミドナが雫を掬い上げる。リンクは来た道を戻って影の使者たちと戦った広場に戻った。

 

「この辺りはもう終わりか?」

 

ミドナが尋ねる。リンクは再び感覚を効かせた。何しろ広大な地域に蟲どもが散らばっている。だがリンクは湖畔にあと一匹いると判断した。

 

木道を伝って最初の蟲を倒した広場を経由し、精霊の泉に至る回廊に戻る。そこからさらに木道を伝って西に向かった。

 

木道はやがて途切れた。だが、軽く水没した中州がちらほらとその先に続いている。途中、白い光が一つ水面の上に浮いていた。

 

リンクは水に飛び込んで泳いだ。途中の中州を辿りながら白い光に向かう。目を凝らすとどうもゾーラの兵士のようだ。近づくと、その兵士は中州に立ってリンクが向かう先のある一点を見つめていた。耳をそばだてる。

 

「なんだ一体?あんな虫は見たことがない..」

 

ゾーラ兵士の呟きを聞いてリンクは確信した。跳躍して水に飛び込むと真っすぐ前進する。中州をさらに二つ三つ辿って、湖の端の岸に出た。昔建てられた木組みの庇のような構造物が侘しく打ち捨てられている。蟲もそこにいた。

 

警戒されないようゆっくり近づくと一気に飛び掛かった。蟲が潰れ、光の雫が浮上してくる。

 

リンクは首を曲げミドナに向かって頷いた。湖畔はこれで最後だ。

 

「次はどっちだ?」

 

ミドナが言う。リンクは蟲の気配のする北方を向いて吠えた。

 

「あの鳥をもう一度使うか」

 

そう言うとミドナは、リンクの背から降りて足元に生えていた草の一本を取った。

 

「確かあの鬼の奴、これを吹いていたはずだ」

 

ミドナは草を口に当てて息を吹き込んだ。だが空気が漏れる音がするばかりだ。

 

「くそっ...うまくいかないな」

 

リンクはミドナに近づいた。よく見ると、あの鷹草だ。トアル村で鷹を呼び出すときに使っていたものだ。リンクはミドナに向かって吠えた。

 

「なんだ?お前の口で吹けるわけないだろ。ちょっと待ってろ」

 

ミドナはもう一度草を口に当てる。だがリンクは首を高く上げると鷹草の音を真似て小さな声で遠吠えした。ミドナが驚いてリンクを見る。リンクは得意げに座ると、もう一度遠吠えをした。今度は大きな声だ。ひとしきり遠吠えすると、リンクは耳を澄ませながら待った。

 

上空から大きな羽音が聞こえる。見上げると、あの巨大怪鳥が羽を広げて近づいてきている。

 

「よくやった。こういうことは都会育ちの私よりお前のほうが向いてるな」

 

素直にリンクを褒めると、ミドナは浮上して怪鳥の背に飛び乗った。怪鳥は地面に下降するとリンクの体を掴んで浮上し始めた。

 

再び水源地への飛行が始まった。前回と違い、湖を囲む岩壁に刻まれた滝は轟々と音を立てている。怪鳥は上昇して滝の上に出ると、ゾーラの里に向かう巨大洞窟の中に入っていった。

 

洞窟の内部は半分ほどが豊富な水流で満たされていた。入口周辺に白仮面の鬼たちの姿はもはやどこにも見当たらない。怪鳥は時折羽ばたきし、高度を保ちながら前進していく。

 

洞窟の天井が低くなり、鬼どもが建てたと思われる足場の残骸がぶら下がっている箇所に闇蟲が二匹ほど飛んでいるのが見えた。ミドナは怪鳥を下降させると足場の残骸の下を潜らせる。闇蟲がただならぬ気配を察して慌てて逃げようとする。だが巨大怪鳥が一気に加速して突っ込む。闇蟲たちはその嘴に捕えられ潰されて果てた。

 

漏れだした光の雫をミドナが器用に掬い取る。洞窟が左右に曲がりくねる。怪鳥が旋回しながら進むなか、天井から流れ落ちる水がしぶきとなってリンクたちにも降りかかった。

 

前方にあった岩の柱を怪鳥が回避する。翼が岩をかすめる。天井が次第に高くなっていき、やがて前方に水流による破壊を免れた足場がかかっているのが見えた。その周辺の岩棚に生き残りの白仮面の鬼たちがいる。矢が散発的に飛んできた。

 

ミドナが怪鳥を羽ばたきさせて加速すると、一気に通過する。矢がリンクたちのすぐ背後を通過した。だがかまわず前進すると、また洞窟の天井が低くなっていく、水面が天井に近い。天井と水面の間ギリギリを怪鳥が通過すると、はるか前方にまた闇蟲が二匹見える。再び天井が高い空間に出た。水流の真ん中にあった中州に白仮面の鬼が立っていて、矢の狙いをこちらにつけている。

 

怪鳥が左に急旋回した。矢がさっきまでいた航路を横切る。高度を下げたまま加速すると、怪鳥がぐんぐん闇蟲たちに接近する。左手には、先ほどの洪水であらかた破壊された足の残骸が壁にくっついていた。

 

怪鳥は一気に加速すると闇蟲たちを次々と捕えた。その嘴から漏れ出てくる光の雫がミドナの持った器に回収される。やがてミドナは怪鳥を上昇させた。左右に蛇行して飛来する矢を避けながら洞窟を進んでいく。天井から流れ落ちる水を頭から浴びた怪鳥が一瞬高度を落としたが、再び羽ばたいて体勢を戻した。

 

洞窟は左に曲がり、また右に曲がった。再び天井が低くなる。岩の柱の上にいた鬼が矢を射掛けてきた。左旋回で回避すると、怪鳥は天井に沿って高度を下げた。もうすぐ終点だ。リンクは感じた。

 

目の前に大きな空間が広がる。岩の柱が林立し、上前方には空からの光と思しき光源が覗く大きな穴が見える。出口だ。怪鳥はぐいっと針路を上に向けると連続して羽ばたいた。

 

出口を抜けると、怪鳥はリンクを草地に落とした。着地すると、ミドナも浮遊しながら降りてくる。巨大怪鳥が飛び去ってしまうと、リンクは周囲を見渡し蟲の気配を探した。

 

左手だ。左手にある小屋の辺りだ。リンクは向きを変え小屋に近づいた。小屋の前には白い光が浮いている。近づくと、以前来たときに見た女だ。小屋から地面に降りる階段に腰かけている。耳をそばだてると、また何ごとか呟いている。

 

「水が戻ったと思ったら変な虫が出てくるし....ああもうこれだから田舎は!」

 

やはり蟲がいる。その瞬間、近くにあった箱の下から闇蟲が雷を発しながら飛び出してきた。リンクはそいつが足を止めるのを待ち、いきなり襲い掛かった。蟲が息絶えて光の雫が浮上する。雫をミドナが回収した。女は驚いて顔を上げた。

 

「あれ?いきなり死んだ..何だったの?」

 

女は喜ぶかと思いきやがっくりと頭を垂れて溜息をついた。

 

「ったく仕事もプライベートも散々だわ」

 

リンクは女が腰かけている階段に目をやった。最初訪れたときと違い、階段から木道が伸びて向こう岸に渡れるようになっている。木道は水に浮く仕組みだったのだろう。

 

リンクは階段を登って木道を渡った。向こう岸の左手と正面は岩壁で塞がれているが。右にゾーラたちの広間がある。そちらに向かおうとしたときに、ある音が聞こえてリンクは立ち止まった。

 

かすかな風の吹く音がメロディになっている。耳を澄ませその源を探る。前方の岸に、川のほうに張り出した箇所がある。その上に、石碑のようなものが立っていた。真ん中の少し上に穴が開き、そこを風が通ると狼の遠吠えのような音がする仕組みになっているのだ。

 

近づくと、以前その音を聞いたときを思い出した。デスマウンテンに行く途中の麓で聞いた音だ。石碑の前まで言って目を閉じしばらく聞いていたリンクは、やがて口を開いてそのメロディを真似て吠え始めた。

 

あの剣士が自分に呼びかけているのだ。リンクにははっきりとわかった。

 

自分はまだたくさんの人たちを助けなければならない。イリアを迎えに行き、エポナを連れ帰るだけではない。ゾーラの女王から託されたとおり、あの少年を助けなければ。そのためには強くならないと。また教えてほしい。その願いを込めてリンクは遠吠えした。

 

リンクの心に強い予感が芽生えた。

 

あの剣士は近いうちきっとまた現れてくれる。その時まで今より強くなっていよう。吠え終わると、リンクはまた顔を上げて歩き始めた。

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