地響きのような物音がしてリンクは顔を上げた。南のほうからだ。何かの集団が近づいてきている。たくさんの動物の蹄が地面を蹴る音。魔物の気持ちの悪い喚き声。
闇夜に目を凝らすと、猪に乗ったブルブリンの騎兵の群れがこちらに向かってきているのが見えた。距離は百メートルほどだ。後席の弓兵たちが手に持った弓を構え火矢を放ってくる。
同時に、リンクは気配を感じて夜空を見上げた。後ろ上空から巨大な影が近づいてきている。カーゴロックだ。怪鳥は威嚇するようにリンクたちのすれすれ上を通り過ぎていった。
「さっきのはほんの挨拶がわりだったてわけだね」
テルマが呟いた。
「さあ行くよ。これからが本当のかき入れ時さ」
リンクはテルマの肝っ玉の据わりように驚くと同時に頼もしく思った。右手で拳を作り親指を上げて応える。テルマが手綱を鳴らして馬車を急発進させた。テルマの馬は馬力があるようだ。馬車はたちまち加速した。
リンクはエポナを発進させながらも、方向を左に向け、ブルブリンの騎兵どもに対して先制攻撃を加えることにした。剣を抜いてエポナの脇腹にかかとを当て加速する。火矢が次々と飛んでくる。一本が真っすぐ顔に向かってきたのを剣で弾いた。彼我の距離が一挙に縮む。リンクは敵の先頭集団とすれ違いざま回転斬りを放った。右側にいた一騎兵が弓兵も騎手ももろともに深手を負って地面に投げ出される。さらに後続の一騎が目の前に来たのを右からの横斬りで騎手を叩き落した。
怒涛のように騎兵どもが押し寄せてくる。だが、相手も深い闇夜でリンクの位置を正確に把握できていないらしい。敵集団の中に入ってしまうと矢はほとんど飛んでこなくなった。リンクは剣を思い切り振り回した。左からやってきた騎兵に逆回転斬りを叩きつける。騎手の首が飛び、制御を失った猪が隣の猪にぶち当たる。さらに返す刀で再び回転斬りを放つ。右側にいた弓兵が背中から腹をバッサリ切られ断末魔の悲鳴を上げた。
片端から騎兵や弓兵どもを叩き落していく。だが馬車のほうに目をやると、リンクの手を逃れた先頭集団の猪どもが追いつきそうになっていた。
「リンク、遊んでばかりもいられないぞ。馬車を守るのを忘れるな」
ミドナがいつの間にか姿を現していた。
「わかってる!」
リンクはエポナを右に方向転換させ、今度は猛然と加速して追いすがった。目の前のブルブリン騎兵を追い抜きながら突きを放って弓兵も騎手も串刺しにする。だが敵一騎が馬車の後ろ五メートルほどに追走し、その弓兵が狙いをつけているのが見えた。リンクとの距離はまだ三十メートルほどもある。リンクは剣を納めると、弓を下ろして矢をつがえた。エポナは速足のままだ。いましも火矢を放とうとしているブルブリン弓兵に向け矢を放った。だがわずかに逸れ、敵の頭をかすめた。ブルブリンはこちらを向いて何か喚いたが、馬車に向き直って火矢を放った。幌に火がつく。
リンクは弓を背負うと再び剣を抜いた。さらにエポナを加速させ、またもう一組の騎兵どもを後ろから追い越しざま切り捨てていった。先頭の敵騎兵に猛追すると、弓兵がもう一矢つがえようとしていた。リンクは後ろから近づいてそいつの首を刎ね、さらに騎兵の脇腹に剣の刃を鍔まで沈ませた。血払いする間もなく剣を鞘に納めると、リンクはブーメランを抜いた。
「ゲイル頼む!」
「了解!」
ブーメランは火の手の上がり始めた馬車のほうに飛んでいくと、強烈な回転を始めた。つむじ風がみるみるうちに火を消していく。帰ってきたブーメランを受け止めてベルトに挟むと、馬車の横にエポナを並走させイリアに声をかけた。
「大丈夫か!」
「私は大丈夫です!剣士さまは?」
「僕は平気だ。小窓を閉めろ!絶対開けるな!」
リンクが叫ぶと、イリアは頷いて幌の小窓を閉めた。後方から矢が次々と飛んでくる。肩越しに後ろを振り返ると、リンクによって数を減らされたとはいえ、敵はまだまだ大集団だった。リンクは疾走する馬車の後ろに位置取りした。敵との距離が縮まっていく。一本の矢が頭の上をかすめ、思わず首をすくめる。背中に背負った鉄の盾にも着弾し、矢が火花を散らしながら地面に落ちていく。だがそこでリンクは爆弾の存在を思い出した。エポナの腰に括り付けておいた爆弾袋に手を伸ばす。一個の爆弾を取り出して手綱を持ちながら導火線のキャップをひねり、後ろに放り投げた。
道はいつしか右手に低い岩壁、左手に沼のある、路傍に高木の植わった街道になっていた。数秒たつと爆発音がし、鬼の悲鳴が聞こえた。
効いた。リンクはエポナを走らせながらもう一つ爆弾を取り出し、導火線に点火して放った。だがふと気配を感じ空を見上げると、またカーゴロックが低空飛行している。馬車のぎりぎり上を飛んでいる。リンクは何か不気味な悪意を感じた。少しエポナを加速し、馬車に追いすがる。高速で疾走しながらの弓矢での射撃は困難とわかっている。だが剣が届けば。
爆発音がして再び鬼の悲鳴が聞こえた。肩越しに振り返ったが、敵の数はしかしほとんど変わっていない。リンクはカーゴロックに視線を戻すと、馬車の後ろから近づいて剣を抜いた。だが、怪鳥はそれに気づいたのか、再び高度を上げると、馬車の前方に飛び去っていった。
左手の沼地が切れる。どうしたわけか、ブルブリンどもはやや追撃の速度を落としたようだ。それとも諦めたのだろうか。リンクは少し安堵して剣を納めた。
その途端、前方で爆発音がした。テルマの馬が激しくいななく。リンクは音のしたほうに目を移し、反射的にエポナを加速させた。
テルマの馬が激しく首を振って左に方向転換している。闇夜にも、その足元から爆煙が空に上がっているのがはっきりと見えた。
リンクはエポナを走らせて馬車に追いついた。
「テルマ!」
「道が違うのはわかってる!爆発で馬が怯えちまったんだ!」
テルマが必死で手綱を操作しながら叫んだ。だが馬車は沼地の切れた東方向の草原に入っていく。爆発?リンクは不審に思った。いったいどうやって?だが、馬車に追走しながらも、ふと気配を感じて上を見上げると、またカーゴロックだ。夜空を悠々と飛び、北東から押し寄せてくる敵集団のほうに向かっていった。
「あいつら鳥を飼いならしてるぞ。このまま走ったって同じことの繰り返しだ」
ミドナが姿を消したまま言った。
「あの鳥の仕業だったのか」
リンクは呟いた。敵の狡猾さには驚くばかりだった。
「そうだ。爆弾落とされる前になんとかしろ」
リンクは頷いた。テルマの馬は、方向違いの草原を一キロほど進んだところでやっと落ち着きを取り戻した。テルマが馬車の方向を変えている間、リンクは注意深く敵のいるほうを注視しながらも追走した。
本来リンクたちが進まなければならない方向に、ブルブリン騎兵どもの集団が集結してきている。彼らが追いすがってこなかったのはこれが理由だったのだ。
リンクはテルマの横にまで馬を進めると話しかけた。
「テルマ、合図するまで並足で進めてください。進路上の敵を僕が片付けます。全部片付いたら合図します」
「そしたら全力疾走ってわけだね。合点だよ」
テルマも唇の片方の端を上げながら答えた。リンクは弓を背中から下ろすと、並足で並走しながら矢をつがえた。敵集団との距離は百メートルほどだった。鬼どもの嫌らしい喚き声が聞こえてくる。猪を横一列に散開させてゆっくりと前進してくる。こちらを意地でも通さないつもりのようだ。
距離が少しづつ縮む。向こうからも矢が飛んでくるようになった。リンクは弓を構えると、ゆっくり呼吸して前方の一番近くにいる敵に放った。
ひょうと音を立てて飛んだ矢が敵の騎手に命中し、そいつはたちまち猪から転げ落ちた。制御を失った猪が明後日の方向に歩き始め、敵の隊列が乱れた。それと同時に、相手方も喚き声を上げながら次々と矢を放ち始めた。テルマは再び樽の蓋を左手に持ち頭上に掲げた。
リンクのほうにも矢が飛んでくる。だがリンクは意識を集中し、敵を狙って二の矢を放った。最初に倒れた騎兵の隣にいた騎手の頭に矢が刺さる。風鳴りの音がしてリンクのすぐ脇、エポナの足元の地面にも矢が刺さった。エポナがいななきを上げる。だが加速の合図を加えない限り決して勝手に加速しないのがエポナだった。済まない。もう少し我慢してくれ。リンクは心の中で念じ三の矢を放つ。また敵が一人倒れる。
彼我の距離はもう三十メートルもない。三騎が離脱し隊列の乱れた敵陣に向かってリンクは矢継ぎ早に矢を射掛けた。さらに、リンクは爆弾袋から爆弾を取り出すと、矢尻をその底のスリットに差し込んで導火線のキャップをひねり点火して弓につがえた。敵の矢が顔のすぐ近くをかすめる。だがリンクは臆さず、こちらの進路上にいる敵に爆弾矢を向けて放った。
爆発音がして二、三匹の鬼が吹き飛び、その猪どもが泡を喰ってめいめい勝手に走り始めた。
「今だ!」
リンクが叫んだ。テルマは手綱を鳴らし馬を加速させる。バラバラになったブルブリン騎兵どもの隊列の真ん中に突っ込んでいく。リンクは弓を背負うと剣を抜き、馬車の前に躍り出て敵集団とすれ違いざま一騎また一騎と斬り捨てていった。中央突破成功だ。猪どもの動揺を抑えようとしていたブルブリンどもは、方向転換するのが遅れ、みるみる引き離されていった。
だが肩越しに馬車を見ると矢が着弾して幌に火がついている。リンクは剣を納めブーメランを抜いた。エポナの進路をやや脇に寄せ、馬車の後ろ側に回り込むと、ブーメランを投げる。今度も過たずブーメランは幌についた火を強い風で吹き消した。戻ってきたブーメランを受け止めると、頭上高いところにまたあのカーゴロックが行き来しているのが見える。リンクはゲイルに言った。
「ゲイル、いつか猿が持ってる爆弾を運んでくれたことがあっただろう?飛んでる鳥が抱えた爆弾を奪い取ることはできるかい?」
「お安い御用ですよ、ですが....」
「何だい?」
珍しく含みのあるゲイルの答えにリンクは尋ねた。
「ただ奪うのではなく、奪ったうえ本人にぶつけてやったらどうでしょう?」
「君もミドナみたいに性格が悪くなってきたね。最高だよ」
リンクはエポナを走らせながら笑った。
「いいえ、私なんかまだまだですよ」
ゲイルもふざけて応える。
「好き放題を言うな。私の性格がどうしたって?」
ミドナまで顔を出し始めた。リンクは速足でエポナを走らせて馬車と並走しながら、カーゴロックが近づくのを待った。ブルブリン騎兵どもの集団がやっと方向転換を終えて後ろから追ってくる。まだ距離があるが、矢が散発的に飛んでくる。リンクはブーメランを右手に持ちもう一度空を見上げた。カーゴロックが後ろから飛来してくる。目を凝らすと、やはり後ろ脚に何かを抱えているようだ。かすかに火花が出ているのが見える。点火された爆弾だ。
怪鳥は一旦高度を上げて速度を落とすと、再び加速してリンクたちを追い越していった。カーゴロックが上空を通り過ぎた瞬間リンクはブーメランを投げた。怪鳥に追いすがったブーメランはその足元にまとわりつくように高速回転し始めた。怪鳥は嫌がるように羽ばたいて逃げようとしたが、途端に足元の爆弾が爆発した。爆風で怪鳥の腹の一部が吹き飛び、幌馬車の屋根に血と臓物が飛び散る。帰ってきたブーメランを受け止めてベルトに挟むと、リンクは後ろを振り返った。まだ猪騎兵どもとは距離がある。
リンクは一計を案じた。速度を落として、街道沿いの右側にあった高木の近くにエポナを止めると、爆弾袋からありったけの爆弾を取り出し両手に抱え、こちらに向かってくる敵の進路上にぶちまけた。そして爆弾の一個を取り、エポナを下がらせながら自分も充分に距離を取って高木の陰に隠れる。
ブルブリンどもの喚き声が近づいてきた。リンクを見失ったと思ったのか、矢は射掛けてこない。高木の陰で、リンクは爆弾の底に矢尻を突き刺し、タイミングを待った。敵集団は速度を上げたらしく、急に蹄の音と喚き声が迫ってくる。距離が狭まり、闇夜の中でも敵の姿を視認できるようになると、リンクは矢尻の先につけた爆弾の導火線のキャップをひねり弓につがえた。
爆弾をぶちまけた場所を敵の先頭集団が通過する。その刹那リンクは爆弾矢を放った。放物線を描いた矢は敵騎兵どものど真ん中に落ちた。
その途端凄まじいい爆発音が夜空に轟いた。猪が二、三頭吹き飛ばされ、悪鬼どもの手や頭が舞い上がる。爆風の凄さにリンクは思わず手で顔を覆ったほどだった。
リンクの足元にも鬼どもの体の破片がパラパラと落ちてきた。手を下ろして戦果を確かめる。もうもうと爆煙があがるなか、鬼たちがほとんど原型をとどめないような姿で累々と横たわっている。爆心地より後ろにいた猪たちは次々にパニックを起こし、立て続けに上体を反らせて騎手や弓兵を振り落としていた。運よく正気を保った猪たちも、致命傷を負って虫の息になって道に横たわっている仲間たちのところに突っ込んだあと、豚のような鳴き声を上げながら明後日のほうに方向を変え、ある者は沼のほうへ、ある者は南の草原へ走り去る。鬼のうちの一匹が号令をかけ、必死で猪たちを鎮めようとしていたが、パニックは集団に広がっているようだ。猪一頭づつがめいめい勝手に統制の取れない動きをしている。
だが右に目を走らせると、被害を免れた先頭集団の数騎が、味方の惨状に呆然としたのか一旦足を止めていたのが、一騎が号令をかけて再び走り始めた。リンクは弓を背負い、エポナに跨ると追いすがった。
三騎ほどが前方を走っている。後衛一騎の後ろに座った弓兵がこちらを振り向き矢を向けてくる。リンクは剣を抜くと一気にエポナを加速させた。敵の放った矢がまっすぐこちらに向かってくる。リンクは咄嗟に馬上で体を右に倒して躱した。相手が二の矢をつがえる前に追いつき、剣で刺し殺した。さらに騎兵も後ろから背中を袈裟斬りにする。
乗り手を失った猪が左にコースを逸れ、エポナの進路を塞ぐ形になった。リンクはエポナをさらに加速させた。彼女は目の前の猪をヒラリと乗り越えた。十メートルほど前方に敵二騎がいる。さらにその先に馬車の後ろ姿が見えた。
「エポナ、よく頑張った。もうすぐだぞ」
リンクはエポナを走らせながら声をかけた。剣を納めると、弓を背中から下ろし、矢をとると弓と一緒に左手に持った。エポナは少しづつ敵との距離を縮めている。リンクはエポナの様子を見ながら小出しに加速した。敵もこちらの追撃に気づいたようだ。後席の弓兵がこちらに矢を向けてきた。彼我の距離は十メートルを切った。
敵が矢を放つ。リンクは咄嗟にエポナの上に伏せてかわした。もはや敵の五メートルほど後ろにまで接近している。リンクは体を起こして弓矢を構えると敵に放った。矢がその胴体を刺し貫く。もう一本矢をとるとまたエポナを加速した。弓兵を失った一騎の騎手がこちらを向いて喚いている。リンクはエポナの胴を両脚でしっかり挟むと、すぐ横から敵の騎兵に矢を放った。矢が頭を貫いた。乗り手を失った猪がリンクの後ろで軌道を逸れていく。
あとは敵の先頭一騎だ。馬車との距離も三十メートルほどに近づいている。その中間に位置している敵は、猛追してくるリンクか、それとも馬車を攻撃するか迷っているようだった。だが後席の弓兵はリンクを狙うことを決めたようだ。リンクは背負った矢立てから矢を一本とった。だが敵の矢が飛んで来た。リンクの肩を火矢がかすめる。チュニックが煙を立て始めた。だが構っていられない。エポナがじりじりと敵に近づく。リンクは矢を弓につがえた。だが弓兵は自分の前席の騎手に何事か喚いている。リンクが前方の弓兵を狙って放った瞬間、敵の猪がぐいっと左にコースを変えた。矢は外れた。
リンクはエポナの手綱を取り直してその軌道を修正すると、もう一本矢を取って敵を狙った。再び敵弓兵が何事か騎手に叫ぶ。だがリンクは待ち、敵が今度は右に軌道を変えたその直後矢を放った。過たず矢が弓兵の背中を貫く。弓兵の体がゆらりと揺れて猪から落ちると、リンクは次いでもう一本の矢を騎兵の背中に撃ち込んで絶命させた。
リンクは馬車のほうを見た。幌から火の手は上がっていない。リンクはエポナを少し減速させた。これほど働きづめにさせたことが申し訳なかった。イリアの記憶が戻っていないのが幸いだと思われるほどだった。もし記憶が戻っていたら絶対にイリアは激怒していただろう。
安堵感が心に湧いてきた。リンクは弓を背負うと、両手でエポナの手綱を持ち直した。制御を失った最後の猪がゆっくりと道を逸れていく。
リンクは大声を上げてテルマに呼びかけた。だが馬車を走らせるのに夢中で聞こえていないようだ。リンクは少しだけエポナを加速し、馬車との距離を縮めた。幌の真後ろまでつけると、今度はイリアに呼びかけた。
「イリア、もう開けて大丈夫だ!」
「剣士さま!」
イリアは幌の後ろを開けると顔を出した。
「君は大丈夫か?」
「大丈夫です!」
「テルマに伝えてくれ。当面は鬼どもは追ってこないって」
イリアは頷くと、幌を下ろした。御者席の後ろから伝えてくれたらしく、すぐに馬車が減速しはじめる。リンクはテルマの横にエポナをつけて並足で並走した。
「さっきのは一体なんだったんだい?私は火山でも噴火したのかと思ったよ」
テルマは言った。
「大丈夫です。ちょっと爆弾を使っただけで」
リンクが平然と答えるのを見て、テルマは苦笑いしながら首を振った。
「あんたって見かけによらず肝が太いんだね。私はその顔に騙されてたみたいだよ」
「いや、テルマさんほどじゃありませんよ」
リンクが謙遜すると、彼女はまた豪快に笑った。一行は念のため並足のまま進路を進んだ。やがて街道はいつしか真西に曲がり、その後左右を崖が挟む小道になった。何度か全力疾走したので思ったよりもオルディン地方への街道に入るのが早かったようだ。
「ここを直進すればいずれカカリコ村です。でも思ったより早くてびっくりしました」
「ここは城下町とカカリコ村の交易路だからね。昔はひっきりなしに馬車が通ってたって聞くよ」
「僕はトアル村からカカリコ村まで歩いて旅したんです。三日かかりました」
「歩いて?本当かい?」
テルマは目を丸くした。
「僕の馬も魔物どもにさらわれました。戻ってきたのは随分あとのことでした。だから最初にイリアを探しに出たとき僕は歩いていくしかなかったんです」
「そうだったのかい」
テルマは答えたあと少し黙った。
「僕はイリアに会いたい一心で旅を続けてきました。イリアに会えると思えば旅の途中三日間何も食べなくても平気でした。僕はイリアと血の繋がりはないけど家族同然に育ったんです。だからどんなことをしてでも取り戻すつもりでした」
そこまで話すとリンクは少し首をうなだれた。
「だけどイリアは今何も覚えていない。僕のことも村のことも。生きていてくれただけで感謝すべきってことはわかってます。でもこれから先彼女をトアル村に連れ帰ったとしても、幸せなんでしょうか?」
リンクの言葉を聞いたテルマはしばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「リンク、答えを急ぐことはないよ。あんたはあんたのできることを精一杯やってのけた。そのことはイリアだってわかってる。記憶が戻らなくてもね」
テルマはリンクに顔を向けると優しく微笑んだ。
「あんたはイリアを守ってやりな。記憶があるなしに関係なくね。あの子にはそういう人がいてくれるってことが何より大事なんだよ」
リンクは頷いた。テルマの言うことはもっともだった。崖に挟まれた小道を並足でしばらく進んだあと、一行は休憩をとった。テルマが馬たちに水を飲ませ飼い葉をやっている間、リンクは油断なく後方を見張った。
イリアも馬車から降りてきた。ゾーラの少年の容態を尋ねると、意識は戻っていないが呼吸は安定してるとのことだった。カカリコ村まではこの先橋をひとつ渡ったらもうすぐだと伝えると、心から安堵した顔をした。
「剣士さま、本当にありがとうございます」
イリアはリンクの手を握って礼を言った。だがリンクは釘を刺した。
「イリア、礼を言うのはまだ早い。敵が後ろから追ってくるかもしれない。それに橋を越えた先にだって何がいるかわからないから」
それを聞いたイリアは表情を引き締めて頷いた。その時、リンクたちの上空にまたカーゴロックが飛んで来るのが見えた。リンクはイリアに馬車に戻るよう言うと、馬車の横で休んでいたテルマに走り寄って知らせた。
「今夜の客はしつこいね。こりゃ徹夜だよ」
「大丈夫。嫌な客は僕が追い返します」
リンクが言うとテルマは笑いながら馬車の御者席に戻った。リンクも馬に跨る。遠く背後の東の方角から、魔物どもの喚き声と蹄が地面を蹴る音が聞こえてきた。
一行は速足で進み始めた。街道をひたすら西に向かう。リンクは時折肩越しに後ろを振り返った。既に東の空が白みかかっている。爆弾袋の中に手を突っ込むと、まだ何個か残っている。また物陰に隠れて待ち伏せするかどうか迷ったが、カーゴロックの動向が気になる。
ブルブリン騎兵の群れはリンクの待ち伏せを警戒して慎重に前進しているのか、まだそれほど距離は縮まっていない。やがて道の左右にそびえていた崖が切れた。闇夜で見ることはできないが、カカリコ峡の橋まではあと少しだ。
そのとき気配を感じて上を見ると、またカーゴロックの影が上空を横切った。リンクはブーメランを手に取って怪鳥の襲来に備えた。一行の前に、カカリコ峡の橋のシルエットが浮かび上がってきた。橋が近づいてくると同時に、怪鳥が狙いをつけたようにリンクたちの上方に位置をとった。その足元には点火された爆弾が見える。
早く来い。リンクは念じながら馬を走らせた。背後の鬼どもの喚き声も次第に近づいてくる。テルマの馬車とリンクを乗せたエポナが橋を渡ると、カーゴロックが一気に高度を下げてきた。
「ゲイル!」
「了解!」
リンクがブーメランを投げる。怪鳥に向かっていったブーメランは高速回転してつむじ風を発生させる。その風に捕えられたカーゴロックはどうにか体勢を保とうと羽をばたつかせたが、やがて抱えていた爆弾が爆発した。筋張った足が吹き飛ぶ。悲鳴を上げた怪鳥は力を失ったように横に滑空し地面に突っ込んでいった。
戻ってきたブーメランを受け止めて帯に挟むと、リンクはエポナを加速させてテルマの横に並走した。既にここはオルディン地方だ。風に削られた丸い砂岩が街道の左右にポツポッツと見え始めている。だが、怪鳥による攻撃が失敗したのを悟ったのか、背後のブルブリン騎兵どもが速度を上げて追い上げてきている。前方にはオルディン地方特有の茶色い岩壁が見えてきた。街道は真っすぐに岩壁に向かっている。この先にカカリコ村の入り口があるのだ。あとはひたすら走るだけだ。
「テルマ、先に行ってください」
「何だって?」
リンクが叫ぶとテルマは手綱を操作しながら叫び返した。
「追って来る鬼どもは僕が片付けます。イリアとゾーラの王子を頼みます」
「そんなこと言ってもあんたはどうするんだい!」
「大丈夫、あんな連中に負けませんよ。それにカカリコ村に鬼どもを近づけたくないんです」
リンクはそう言うと、腰の鍵束を取ってテルマに投げた。テルマは手を伸ばしてそれを受け取ったが、それでも納得がいかない顔をしていた。
「リンク、無理するんじゃないよ。イリアにはあんたが必要なんだからね」
リンクが微笑んで頷くと、テルマは馬車を加速させていった。リンクはエポナを減速させて街道の脇に止めた。爆弾袋から爆弾を取り出して矢じりを差し込み弓につがえる。
リンクは下馬して街道の真ん中に立った。ブルブリンの騎兵の集団が猪の蹄の音を響かせながら接近してきた。夜明けの明かりで十騎ほどの姿が見える。火矢が周辺に着弾し始めた。リンクは爆弾を点火し、弦を引くと敵集団目がけて爆弾矢を放った。爆発音がして先頭の一騎の猪が倒れ、騎手と弓兵が地面に投げ出された。
そのすぐ後ろにいた猪の二、三頭が足を取られて転倒した。だがそれによってできた渋滞の左右を通って後続の騎兵どもが迫ってくる。彼我の距離はもう二十メートルほどだ。リンクは素早く矢をつがえながら敵の騎手を狙ってつるべ撃ちにした。一騎。二騎。三騎。四騎。五騎。次々と騎手が胸を射抜かれ、猪たちが進路を逸れていく。
矢立てにはもう矢がない。リンクは弓を手放し剣を抜いた。だが一騎が真っすぐこちらに突っ込んでくる。リンクは咄嗟に体を倒して回避し、すぐ目の前を通り過ぎる猪の鞍のストラップを反射的に左手で掴んだ。猪に引きずられながらも、剣を突き出して弓兵を刺し殺した。騎兵が泡を喰って振り向く。リンクはその鞍のストラップを剣で切断した。リンク自身も猪から転げ落ちたが、騎手も鞍がずれてバランスを失い地面に叩きつけられた。素早く立ち上がったリンクは落馬した騎手に走り寄り、慌てて立ち上がろうとするそいつの首を一刀のもとに刎ね飛ばした。
顔を上げると、爆発で倒れた猪に引っ掛かっていた騎兵どもがちょうど猪を立たせ終わったところだった。リンクは盾を背中から下ろすと、剣を構えて敵に向き直った。
三騎ほどがこちらに向かってくる。リンクは先頭の一騎が突っ込んでくるのを見極め、ギリギリで横に転がってかわした。次の一騎の後席の弓兵が矢を射かけてくる。盾で受け止めると、サイドステップして突進を回避し、回転斬りを放つ。弓兵と騎手がもろともに腕を切り落とされる深手を負って悲鳴を上げた。
三騎目が猪を停めてリンクから距離を置きながら矢を射掛けてきた。反射的に盾を高く掲げる。矢尻が当たり金属同士の衝突音が聞こえた。肩越しに背後を振り返ると、最初に回避した一騎目が方向を転換しようとしている。リンクは盾を掲げたまま三騎目に向かって走り寄った。二の矢、三の矢が飛んでくる。だがリンクの金属の盾はそれをものともせず弾き返した。相手が気づいて慌てて猪を走らせようとするところを、リンクはダッシュして殺到し弓兵に深い突きを喰らわせ、剣を相手の体から抜くと騎手を袈裟斬りにして斬って捨てた。
その時リンクの背に激痛が走った。矢が背後から飛んできて鎖帷子の継ぎ目を押し分けて刺さったのだ。だがリンクは振り向くと、最後の一騎が後ろから突っ込んで来るところに裂帛の気合を上げながらジャンプ斬りを放った。突進してきた猪の騎手の頭がバックリ割れる。リンクはそいつに覆いかぶさるかたちになった。弓兵が何事か喚きながらリンクを掴んで振り落とそうとする。リンクは逆にそいつの襟首を掴むともろともに猪から転げ落ち、地面に叩きつけ馬乗りになった。剣を逆手に持って胸を刺し貫くと鬼は断末魔の悲鳴を上げた。
リンクは剣を地面に落とし荒い息を鎮めた。周囲にもう動いている敵はいない。主を失った猪たちが走るのをやめて佇立しているのみだった。
矢傷を調べる。痛みはひどいが鎖帷子のお陰で深手ではなさそうだった。顔をしかめながら矢を抜いたあと、リンクは剣を血払いして納め、盾を背負い、落とした弓を拾い上げてエポナのところに歩み寄った。
「本当によくやった。ありがとうエポナ」
リンクは何度もエポナに礼を言い、その首を撫でた。跨ると、並足でカカリコ村に向かって歩き始める。もう夜明けだ。東から昇ってきた太陽がリンクの背後から平原と茶色い岩壁を照らす。
カカリコ村の入り口の門は開いていた。そこを通り抜け、岩壁に挟まれた砂っぽい小道に入った。しばらく進むと、あの懐かしいカカリコの泉が見えた。リンクはエポナから降りるともう一度その首を撫でてやり、全ての装具を外して泉に導いた。好きなだけ水を飲ませてやることにして、自分はゾーラの王子のところに向かうことにした。
礼拝所に駆け寄ると、ちょうどコリンが戸口から出てきた。
「コリン!」
リンクは驚いて立ち止まりコリンを見た。少年はリンクの傍まで来るとその手をとった。
「コリン、もう大丈夫なのか?」
「うん。すっかり元気になったよ」
「コリン、ゾーラの男の子は?」
「今祭司様とルダ姉ちゃんが宿屋に連れてったとこ」
そこまで言うと、コリンは悲し気な顔をしてリンクを見上げた。
「ねえリンク、イリア姉ちゃんって.....」
「テルマおばさんから聞いたかい?」
リンクはコリンの肩を抱くと、宿屋の方に向かって一緒に歩いた。
「うん。昔のこと何も覚えていないって」
そう言うとコリンは尋ねた。
「ねえ、イリア姉ちゃんいつか僕らのこと思い出してくれるかな?」
リンクは答えに詰まった。こればかりはリンクの力ではどうしようもない。
「祭司さまに聞いてみよう。きっと治す方法を見つけてくれるよ」
コリンは小さく頷いた。二人は廃業宿屋の前のウッドデッキへの傾斜を登り戸口を開けた。左手の階段を登って二階に行くと、ちょうどレナードが額の汗を拭きながら出てきたところだった。
「祭司様」
リンクが呼び掛けるとレナードは微笑んで大きく両腕を開いた。二人が固く抱擁を交わしたあと、祭司はすぐリンクの負傷に気づいた。
「リンク、また怪我をしたのか?」
「はい、今回は縫ってもらわないといけないかも知れません。怖くて仕方ないですけど」
リンクが言うとレナードは相好を崩してその肩を叩いた。
「後で君の手当てをしよう。あのゾーラの男の子は峠は越えたから。私の娘とイリアさんが付き添っていれば当面は大丈夫だ」
レナードは説明した。
「極度の疲労と飢え、全身打撲、さらに魔法攻撃を受けた形跡もあったがなんとか持ち直した。だが...」
「何でしょう?」
リンクが尋ねる。
「あの子は母親のことを何度もうわごとで言っていた。リンク、あの子の母親について君は何か知らないか?」
レナードに尋ねられ、リンクは思わず目を伏せた。
「どうした?」
「あの子の母は亡くなったんです」
リンクは小さな声で呟いた。
「だけどそんなこと今は知らせないほうがいいですよね?だから聞かれても黙っていようかと」
「そうか」
レナードは溜息を吐くと腕を組んだ。
「お父様」
その時ルダが客室から急ぎ足で出てきた。レナードはすぐに客室の奥のベッドに向かう。リンクとコリンも後ろからついていった。大きなベッドの上にゾーラの少年が寝かされていた。その傍らにイリアが椅子に座り付き添っている。少年はうっすらと目を開けたようだ。
「もう大丈夫。私はカカリコ村の祭司レナードだ」
レナードはイリアとともに少年の手を握って話しかけた。少年は目を開いて、病床の傍らにいる人々の顔をかわるがわる眺めたが、やがて口を開いて蚊の鳴くような声で言った。
「ありがとうございます....」
「君の面倒は私たちで見る。安心して眠りなさい」
レナードが保証した。少年は再度礼を言うとまた口を開いた。
「あの....僕の母....ゾーラのルテラ女王について皆さん何かご存じでしょうか?僕は母からハイラル城に行くよう言われて里を出て、それきり会っていないんです」
リンクとレナードは顔を見合わせた。
「君はゾーラ族の王子なんだね?」
レナードが確認した。少年は頷いた。
「里が魔物たちに襲われたんです。それで僕一人が川に飛び込んで水路に逃げました。母を見たときはそれが最後だったので、そのあと母がどうなったのか気になって」
「大丈夫だよ、僕は昨日の朝ゾーラ兵の一人に会ったよ」
リンクは明るい声を作って言った。
「彼の言うには、里は今はもうすべて元通りになったっていうんだ。きっとお母さんも無事だよ」
「そうですか....」
少年は微笑むと、軽く目を瞑った。リンクは安堵の溜息をついた。レナードはリンクとコリンを客室の外に連れ出した。
「祭司様、これでよかったんでしょうか」
階段を降りながらリンクは尋ねた。心の中には罪悪感が渦巻いていた。
「いずれ辛い思いをするだろうね。それは避けられない」
三人は宿屋の扉を開けて外に出た。レナードはリンクの背に手を当てて続けた。
「だが、今はこれでいい。君は精一杯やったんだ。自分を責める必要はない」
祭司は顔を上げるとまた口を開いた。
「実はこのカカリコ村はゾーラの王族が代々葬られてきた場所なんだよ。胸が痛むが、あの子がここに来たのはその縁もあってのことなのかも知れないな」
「本当ですか?」
リンクは驚いて尋ねた。
「そうだ。カカリコ村には長い歴史がある。鉱山が開く前からゾーラとの交流はあったと聞く」
祭司は答えると、南西の方角を指した。
「礼拝所の裏に墓地があるだろう?あの墓地には封じられた場所があってね。実はそこにはあの子の父親にあたるゾーラ王が眠っているんだ」
「そうだったんですか」
リンクは相槌を打つとしばらく黙ってしまった。何ということだろう。あの幼さで父母両方をも失ってしまうとは。
「祭司様、あの子が元気になるまで僕も付き添うよ」
コリンが沈黙を破るように言ってレナードの顔を見上げた。
「そうか、ありがとう」
レナードが腰をかがめて少年の頭を撫でると、コリンは思い出したように声を上げた。
「祭司さま、そういえばイリア姉ちゃんのこと....」
「ああそうだった。そのことなんだが」
祭司は自分の頭に手をあてた。
「失われた記憶を取り戻すのは簡単ではない。これといって効く薬や治療法はないんだよ」
コリンはそれを聞くと意気を落として俯いた。祭司はコリンの肩に手をあてると言い聞かせた。
「だが希望を持ってほしい。ゆっくりと時間をかけることだよ。人の心が癒されるのには時間が必要だ」
レナードはリンクに後で傷を見せるようにと言い置いて礼拝所のほうに歩いていった。コリンは少しリンクと立ち話をしたあと宿屋の中に戻った。ふと目抜き通りの北のほうを見ると、テルマがゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ここには希望ってもんがあっていいね。苦労して来た甲斐があったよ」
テルマはウッドデッキに上がってくるとリンクに話しかけた。
「希望ですか?」
「そうさ。あんたも城下町の様子を見ただろう?あの町は疲れ切った迷いロバのようなものさ。何の希望もなく死ぬのを待つばかりだよ」
リンクは狼の姿だったときに初めて城下町を訪れた際に見た光景を思い出した。そしてそのときミドナが語った言葉も。あの群衆を影の世界から救い出す値打ちがあるのか、と問われたとき、リンクは一瞬迷ったのだ。光を奪われてしまったにもかかわらず、何の疑問も持たず日々の享楽と安寧に溺れる魂の群衆を見て。その有様は今でも変わらないのだろうか。
「リンク、あんたその腕をハイラルのために使う気はないかい?」
テルマは腕を組んでデッキの手すりに寄りかかるとリンクを見て微笑んだ。
「ハイラルのために?」
「そうさ。あんな希望のない場所でもそれを何とかしたいと思ってる連中は何人かいてね。私もその一人なのさ」
「何とかしたいって....」
「いつか私の酒場に来な。そのとき詳しく話すから」
そう言うとテルマは小粋にウインクし、顔を寄せて囁いた。
「実はあの店は私の仲間の隠れ家でね。ハイラル城への抜け道もあるんだよ」
テルマはリンクの頬に手をあてるとどこかに歩いて行ってしまった。
リンクは宿屋の前に一人残された。急に疲労感が襲ってくる。朝の早い住民や鶏たちはもう動き始めたようだ。
ふと誰かの声が聞こえた。遠くから呼んでいるようだ。だがそれはあまりにかすかでリンクには誰の声か分からなかった。怪訝に思ったが、リンクにはそれが超自然的なものだと直感でわかった。
どこから、誰が呼んでいるのだろう?そう思いながらリンクは礼拝所に行き、扉を開けた。ちょうどタロとベスが起き出したところだった。
「リンク!」
顔を輝かせて駆け寄ってきた二人をリンクは抱き寄せて頭を撫でてやった。レナードが治療用具を持って奥から出てくる。祭司はリンクを座らせて服を脱がせた。背中の矢傷は幸いそれほど深くない。祭司がそれを縫い合わせている間、リンクは子供たちと話をして気を紛らわせた。マロはもう店に出たらしい。さらには、いつか二号店を城下町で開きたいという目標を立てたそうだ。
「あいつコリンが病気だったときも店のことばっかで見舞いにも来なかったんだよ。リンク、ガツンと言ってやってよ!」
タロが不満顔で苦情を述べ、ベスも同意した。レナードが手際よく縫合を終えてくれたので礼を言い服を着ていると、また耳の中で声が聞こえる。だがリンクは押し寄せる疲労感に勝てず、祭司に勧められるままにマットの上に横になり、すぐに眠ってしまった。
目が覚めたのは夕方だった。体を起こすとレナードがコリンと肩を並べて厨房で料理している。リンクが起きたことに気づくとコリンが温かいシチューを持ってきてくれた。だが礼を言ってシチューを受け取った途端、エポナの世話をまだしていないことに気づいた。リンクが慌てて立ち上がろうとした瞬間コリンが言った。
「リンク、僕エポナの体を洗って餌もやっておいたよ。だから大丈夫」
「本当かい?」
リンクは驚いて目を見開いた。
「僕、リンクみたいになるって決めたんだ。小さなことしかできないけど、がんばろうと思って」
少し照れ笑いしながらコリンが言う。リンクがその顔を見ると、以前会ったときよりはるかに大人びている。
食事をしていると再びあの声が聞こえた。リンクは少し手を止めた。だが、やはりかすかではっきりとは聞こえない。食事を済ませてしまうとコリンが皿を引き取ってくれた。リンクは礼拝所から外に出てみた。
呼びかける声が少し強くなる。一体誰の声だろう?リンクにはもうこの声は普通の人間のものではないとわかっていたが、かといって精霊の声とも違う。
墓だ。その刹那電撃のようにレナードの言葉が脳裏に浮かんだ。リンクは走りだすと礼拝所の裏手にまわり、墓場への小道を駆け上った。両側を崖に挟まれた坂をしばらく登ると、夕刻にして既に薄暗い墓場に入る。墓場の中ほどまでに小走りに進んでみた。声はさっきよりさらに強くなってきた。今は誰の声かわかる。ゾーラの女王だ。
リンクは墓地の奥に進み、石舞台への階段を駆け上った。石舞台の奥は岩崖になっている。だが正面の壁に、人が身をかがめれば入れるほどの穴が開いている。以前来たときはそんなものはなかったのに。
リンクは歩み寄るとその穴に体をこじ入れた。肘をついて進んでいく。五メートルほど行くと突然目の前が開けた。穴を出たところは狭い岩の足場で、その先は広い水面だった。澄んだ水を湛えた二十メートル四方ほどの池だ。対岸には、崖下に同じような狭い足場があり、そこには大きな墓標が立てられていた。
リンクはブーツと服を脱ぐと思い切って水に飛び込んだ。傷に少ししみたが、構わずに墓標に向かって泳ぎ、対岸に這い上がった。
墓標の上にルテラの幻影が浮かび上がっていた。彼女はリンクがここを訪れるのを待っていたのだ。
「勇者よ....わが息子を救ってくださりありがとうございます」
彼女は微笑んでそう言った。
「約束のものは墓の中にあります。わが夫ゾーラ王が勇者のために作らせたものです。さあ、石をどけておとりなさい」
リンクは彼女に促され、墓石に手を掛けて押した。
墓石の下に四角いスペースが現れた。そこにあったのは遺骸ではなく、きれいに畳まれて紙に包まれた服だった。魚の鱗のような小さな板がたくさん綴り込まれて装飾されている。頭に被る兜や面甲も付属していた。ごく軽い素材で作られているようだ。
「息子は私の死をまだ知らされていないことでしょう」
ルテラは続けた。
「どうか息子に伝えてください。私の死を悲しまず、一族の王として雄々しく生きて欲しいと」
そこまで話すと彼女の姿は次第に薄れていった。
「そして母は永遠にあなたを愛していると‥‥」
ルテラの幻影は消え去った。
そしてリンクは夕暮れの中に一人残され、佇んでいた。