リンクはその後数日間カカリコ村に滞在した。矢傷が癒えるまで大事をとったのと、エポナに休憩を取らせるためだ。その間リンクはレナードの畑を手伝い、時折ラルス王子の様子を見に行った。イリアとルダの献身的な介護のおかげか、ラルスは次第に回復していった。コリンもまたこの二人を手伝っていた。
テルマはリンクより先に村を出発した。リンクはテルマの安全を心配し、城下町までは一緒に旅することを申し出たが彼女は笑って聞かなかった。
「リンク、あんたは少し養生しな」
テルマは言った。
「私なら大丈夫。魔物どもが来たら馬車を切り離して馬に乗って逃げるさ」
ところが、耳年増なベスが後で言うには、どうやらテルマはレナードにかなりご執心だったそうである。何かと理由をつけてはレナードと話をしようと近づいてくるテルマに、祭司は当初親切に対応していた。ところが、城下町に遊びに来ないかだの、二人で一緒に食事をしようだの、明らかに儀礼の範囲を超えた誘いをテルマがかけてくるので、レナードはほとほと困り顔だったそうである。祭司は妻を亡くしてかなりの年数が経つが、人口が戻りつつあるカカリコ村の再建策を取りまとめることや、村内村外から時折担ぎ込まれる病人や怪我人を治療するので忙しく、とても恋愛をするどころではなかった。そんなレナードの心情を最終的にはテルマも察したのだろう。そしてテルマが出発してからはレナードは心底ほっとした顔をしていたというのだ。その方面に疎いリンクは、二人の間にそんなことがあったのかとビックリしてしまった。
しかし、それ以外の点においてカカリコ村の生活は平穏だった。どうしたわけか、ゴロン長老のエビーゾとレゲーヌはマロをたいそう気に入って、その店を手伝うようになっていた。二人は弁の立つマロに頼まれて、二号店開店の資金を集めるための募金係となった。ただ、募金といっても所詮は田舎村のことであるから、長老が募金箱を持って店の内外で村人に声をかけてもルピーの集まりは悪かった。皆生活の再建で忙しく、それどころではなかったのである。レゲーヌは早々に諦め、目抜き通りで募金を呼び掛けるという口実のもと店の外で居眠りをするのが日課となってしまった。
マロの店はマロマートと名前がつけられ、マロの顔が描かれた看板が店の前に立つようになった。実のところ、本来の持ち主はリンクがラネール地方で冒険をしている間に戻ってきたのだそうである。ところが、マロが立派に店を切り盛りしているのに感銘を受けた店主は、当初マロを養子にすると申し出た。ところがマロがそれを断ったので、結局両者話し合いのうえ、マロはこのまま店の経営を続け、店主は当初あった在庫および店舗の不動産価値を全てルピーに換算した額を持ち出し額としたうえで、それに相当する資本を保有する持ち分保有者という立場となった。要するに所有と経営の分離である。マロは店番を続けられるし、店主は利益から所定の割合の配当を労せずして得られるようになったので両者満足であった。
タロの生活にも変化があった。タロは見違えるようなしっかり者になったコリンに触発され、自分も何かの役に立ちたいと言ってバーンズの店の裏手の崖の上にある見張り台に立つようになった。魔物が接近したら大声で皆に知らせるというわけである。
こうして平穏のうちに数日が過ぎっていったが、ミドナはリンクが一人でいる際にこう警告した。
「リンク、怪我の治療や馬の回復が必要だというのはわかる。だがこれから結晶石を回収しに行くのが遅くなればなるほど相手の警戒態勢は強くなると思え」
ミドナは現状をこう分析していた。
「いいかリンク、三つの地域にわたる影の領域は全て消滅し私たちを消そうとする奴らの試みはことごとく失敗した。ザントだって馬鹿ではない。おそらく兵力を倍増して私たちの行く先々に配置してくるはずだ」
「君の言うとおりだよ、ミドナ」
リンクは答えた。
「わかってる。明日には出発するよ」
そう言いながらも、リンクには一抹の心残りがあった。ラルス王子は快方に向かっている。だがイリアの記憶は全く戻っていなかった。リンクは、ルダと交代して宿屋の外の空気を吸いに出てきたイリアと何気ない会話をするよう努めた。
「剣士さま、そういえばそのお服...」
リンクが声をかけると、イリアは脇腹が破けたリンクのチュニックを指さした。
「私が縫います。少し預けてくださらない?」
彼女がそう言うので、リンクはチュニックを彼女に預けてシャツ姿のまま宿屋の前のウッドデッキの手すりに腰を下ろした。
「剣士さま、ここにはどれくらい滞在されるんですか?」
イリアは宿屋から持ち出した椅子に座りチュニックを縫いながら尋ねてきた。
「実は明日出発するんだ」
「まあ」
イリアは手を止めて残念そうな顔をしたが、すぐに微笑んで裁縫を続けた。
「剣士さまはお忙しいもの、当然ですよね。沢山の人に必要とされてらっしゃるんだから」
「イリア、剣士さま、なんて言われるとなんだかムズムズするよ。リンクって呼んでくれないか?」
リンクが持ちかけるとイリアは顔を赤らめた。
「そんな慣れなれしい言い方はちょっと.....」
「どうして?」
リンクは尋ねた。
「だって剣士さまは私たちを魔物から救ってくださった方ですもの」
それを聞いてリンクは胸に強い痛みと空虚感を感じた。イリアとリンクはどんなことでも遠慮なく言い合う仲だった。だが、記憶の戻らないイリアは、美しく、優しく、礼儀正しく、そしてリンクが全く知らない女性だった。もしかすると、リンクが知っているあのイリアは永久に戻ってこないのだろうか?そう考えるとリンクはたまらなく悲しくなった。記憶を取り戻すための薬や治療法は存在しないというレナードの言葉が真実なら、この先リンクはどうすればいいのだろうか?もしそのような薬がどこかに存在したなら、リンクはたとえ火山の中だろうが水の底だろうが、どこへでも探しにいったことだろう。だが今のリンクにはイリアの心を取り戻すために命をかけて冒険することさえできないのだ。
その夜、リンクは礼拝所でレナード、コリン、タロ、マロ、ベスと夕食を共にした。イリアとルダはラルスと一緒に宿屋で過ごしていた。
明日出発すると皆に告げると、タロとベスは驚いて顔を上げた。
「どうして?もうイリア姉ちゃんも戻ってきたんだし、リンクだって冒険なんかする必要ないだろ?」
タロが言うとベスも同意して主張した。
「そうよ、あとはうちのパパとママに手紙を書いて馬車で迎えに来てもらって皆で村に帰りましょうよ」
リンクは困ってしまった。なぜ行かなければならないのか、を自分の口から説明のしようがないからだ。自分は一度狼の姿にされてしまったときに妖精もどきの奇妙な魔法使いと契約して、不思議な黒い石を探しにいかなければならなくなった、などと言っても信じてもらえる気がしない。
「僕はラルスが元気になるまで村にいるよ」
コリンが言った。
「何だよ、ちょっとばかしいろいろできるようになったからってカッコつけやがって」
タロが口を尖らした。
「でもイリア姉ちゃんだってきっとこの村を離れないよ。だって今もあの子の傍に付きっ切りなんだよ?」
コリンが言い返すと、タロは下を向いてしまった。一同は少しの間皆黙っていた。
「リンク、きっと他にも助けにいかなきゃならない人たちがいるんだよね?」
コリンはリンクの方を見て言った。だがリンクは返答に詰まってしまった。果たして肯定したものか否定したものか。
その時、それまで黙っていたレナードが口を開いた。
「リンク、全てを私たちに言う必要はないよ」
皆がレナードの顔を見た。
「君は前に進むたびに新しく出会った人たちのために戦ってきた。違うかね?」
リンクは驚いて言葉もなかった。レナードが以前ゲイルが語ったことと全く同じことを言ったからだ。
「それが勇者の勇者である由縁なんだよ。私は君が神に選ばれた勇者だと信じる。だから君がそのうちに新しい旅に出ると思っていたんだ」
「祭司様、どういうことですか?」
ベスが尋ねた。
「ベス、思い出さないかい?リンクはゴロン族を助けに行くため危険を冒して鉱山に入っていった。そして今度はゾーラ族の王子を救った。今リンクの肩には大きな任務がかかっているのだよ。このハイラルにおいてたった一人の勇者にしかできない任務がね」
そこまで言うと祭司は少し間を開けて言葉をつづけた。
「それが何かは私にもわからない。だがこのハイラルに勇者を必要としている人は尽きることはないんだ」
ベスは悲し気な表情をしながらも納得した様子だった。
「だから私は快く送り出したいと思っている。もしも自分は神に選ばれた勇者ではないなどと未だに君が言い張るなら話は別だがね」
レナードはそう言ってリンクにウィンクした。リンクは安堵して、祭司に微笑み返した。
翌朝、リンクは泉で水筒を満たし、礼拝所の外でエポナに鞍を乗せ轡を噛ませ荷物全てを乗せたあと、自分も武装を身につけた。マロが寄ってきて装備品は足りているのかと尋ねてきた。
「そういえば矢が無くなったんだ。店にあるのかい?」
「ああ。十本十ルピーだ」
「なんだ、餞別にくれるわけじゃないんだな」
リンクが冗談めかして笑うとマロは大真面目に答えた。
「商売をするのが僕の使命さ。お前から受け取った売上金でまた物を仕入れる。それで売りたい奴と買いたい奴の両方を助ける。勇者とは違うが僕も自分の務めを全うしようと思ってる」
「君には勝てないな」
リンクは言うと財布から十ルピーを出した。矢を一束持ってくるとマロは言った。
「時は金なりだ。時間を無駄にするなよ」
そのとき、コリンとタロとベスが礼拝所から出てきた。三人とも手に焼きたてのパンを持っている。
「リンクのために焼いたんだ」
タロが言った。それぞれ大きさも形もてんでバラバラだったが、リンクは受け取るとき思わず目頭が熱くなるのを覚えた。レナードも礼拝所から出てきた。リンクは一人ひとりと抱擁を交わすと馬を東に向け出発した。
朝の陽ざしの中カカリコ峡に向けて馬を進めた。開け放たれた門を通り抜ける。実にいい天気だった。目の前の平原を爽やかな風が吹き抜けているのがわかる。ハイリア湖底にあるという神殿に赴く前に、まずエポナの預け先を城下町で見つけなければならない。リンクは馬車を護衛して来たルートをそのまま遡って城下町に行く腹積もりであった。
リンクによって大損害を与えられたせいか、ブルブリンどもは影も見当たらなかった。ゆったりと馬を進めていると、まるで城下町に物見遊山に行くような気軽さに思える。
「お前ももうわかってると思うが油断するなよ」
ミドナが現れてリンクの心を察したかのように言った。
「そうだね」
「私がザントの立場なら今頃怒り狂ってる。魔物を差し向けるだけじゃなくてあいつ自身が出張ってくるなんてことも考えられる」
「ザントってどんな奴なんだい?」
リンクは尋ねた。
「今のお前よりはるかに強い。お前では到底太刀打ちできないだろう」
ミドナはそれだけ答えるとまた姿を消した。
ミドナの不気味な警告と裏腹に、空はどこまでも晴れている。リンクはやがてカカリコ峡に到着した。まだ昼どきだ。子供たちにもらったパンを食べ水を飲み、エポナにも草を食ませるとまた出発し橋を渡った。
途中、以前にも見かけた鳥とも巨大な虫ともつかぬ地を走る生き物に行き当たったが、いたずらに刺激せず迂回して通り過ぎた。それ以外にはほとんど敵らしい敵には出会わない。途中僅かな数のボコブリンとすれ違ったが、戦いになる前に馬の速度を上げて引き離した。
やがてリンクは両側を崖に挟まれた南ハイラル平原に至る小道に入った。だが、平穏な旅の間もルピーは探さなければならない。リンクは途中めぼしい岩を爆弾で割ってみることを考えていた。爆弾袋にはまだ三個ほど爆弾が残っている。しばらく小道を進んで南ハイラル平原に出ると、リンクは街道を左に曲がって城下町へのルートをたどりながら目ぼしい岩を探したが、案に相違してなかなか見当たらない。
道の左右に高木が見えてきた。右手には枯れかかった川が見える。リンクは一度エポナとともに川岸に降りて水を飲ませた。行く先の北東の方角を見るとカーゴロックが二羽ほど飛んでいる。
リンクは十分エポナに水を飲ませたあと、カーゴロックに襲撃されない野営地を探すため、日暮れ前に平原を抜けることを決めた。エポナに跨り、川岸から街道に昇ると、やや歩調を早める。北東に向かう街道を速足で駆けていると、やはり二羽のカーゴロックが目をつけてきた。馬上のリンクに覆いかぶさるようにして襲ってくる。リンクは剣を抜くと、相手が接近した瞬間に振り回して手傷を負わせた。だが、相手が負傷して墜落するのを見届けると、深追いはせずそのまま走り抜けた。
怪鳥どもを振り切り、やや速度を落としてラネール地方への入り口に向かう。日が傾き始めるころには前方遠くに南ハイラル平原の終端となる岩壁が見えてきた。リンクはエポナから降りると手綱を引きながら小枝や枯草を集め始めた。焚火用の柴をエポナの背中に積み、岩壁に挟まれたラネール地方への小道に到着したときちょうど日没となった。リンクは平原からの敵を警戒して、開け放たれた門からもうしばらく進み崖下に野営地を設定した。
天幕を広げ、焚火をしながらパンを齧って夕食を終えると、ブーメランを取り出してゲイルに話し相手になってもらった。
「ゲイル、イリアの記憶を取り戻すにはどうしたらいいと思う?」
ゲイルはしばらく考えていたが、やがて言った。
「リンク、それは私にもわかりません。しかし君は彼女を守り抜きました。出来ることは十分してあげたのではないでしょうか?」
「僕はそんな風には思えないよ」
リンクは下を向いた。
「イリアは僕が見ている前で攫われたんだ。僕がもっとしっかりしていたらそもそもそんなことは起こらなかった。そうだろ?」
ゲイルは黙っていたが、リンクは続けた。
「彼女の全てが元通りになるまで、十分なことをしてあげたなんて僕には思えないよ」
「リンク、気持ちはわかります。でもイリアが抱える試練は本来彼女自身が乗り越えるべきものですよ」
ゲイルの言葉をリンクは少し意外に感じた。
「そんな。じゃあ僕は見ているしかないのか?」
「多くの人たちが多かれ少なかれ試練に遭うものです。その原因には色々あるでしょう。しかしそれと戦い乗り越えるのは本来その人自身なのですよ。試練にあうかどうかを人は選べません。選ぶことができるのかは試練に際してどう行動するかだけです」
リンクは黙って聞きながらゲイルの言葉を消化しようと頭を働かせた。
「君自身もそうです。君は本来農村で平穏な暮らしをすることを望んでいました。しかし誘拐事件を機に全てが変わってしまった。でも、それは君が自分の試練に正面から立ち向かったが故です」
ゲイルは続けた。
「魔物たちによって多くの人たちの人生が狂わされました。しかし、そこで諦めてしまうことなく生き続けるならば、その人は命を全うしたと言えるでしょう。そうすることができるかどうかはイリア自身の選択にかかっているのですよ」
リンクには何となくではあるがゲイルの言わんとすることが理解できた。リンクは自分の知っているイリアに戻ってきて欲しかった。だが、彼女の人生は彼女のものなのだ。たとえ記憶が戻らなくとも命を全うすることができるならそれもまた彼女の人生なのだと考えるべきなのだろうか?
リンクはしばらくの間焚き火を見つめていたが、胸の痛みと健全な疲労感の両方を感じながら眠りについた。夢も見ない深い眠りのあと、夜明け頃リンクは目覚めた。やはり平原の朝は冷え込む。リンクは焚き火に柴を足して火勢を強め体を暖めたあと、出発の準備を整えた。
エポナに跨って道を進む。両側が崖に挟まれているので太陽が昇ってもしばらくの間は周囲が暗い。だが道中は順調だった。ミドナの警告と対照をなすかのように、出発してからほとんど魔物に出会っていないのが、嵐の前の静けさを表しているかのように思えてかえって不気味だった。
やがて道は左にカーブし、前方に巨大な岩が見えてきた。以前ブルブリンたちに待ち伏せされた地点が近い。念のため弓を手に注意深く進んだが、やはり魔物たちの影は見えなかった。
両方を崖に挟まれた道でエポナを並足で進ませ数時間が経つと道が右に大きくカーブし、周囲の視界が開けた。リンクはエポナの歩調を落とさせて休憩場所を探した。一か所、崖が切れて遠方が見渡せる箇所がある。そこには木の柵がかかっており、安全に景色が楽しめるようになっている。遥か向こうにはハイリア湖と思しき水面の輝きが見える。とはいっても道程はまだまだだ。
柵の手前に高さ二メートルほどの岩がある。リンクは思い立って、爆弾袋から爆弾を一つ取り出してその岩の足元に置き、エポナを下がらせてから導火線に火を点けた。
数秒後爆音が響く。岩は脆い砂岩だったらしく、沢山の亀裂が入った。リンクが亀裂に手をかけて岩を崩していくと、十ルピーが二つほど見つかった。幸先がいい。
そこで食事をしたあと、リンクは再び馬に跨って旅を続けた。道の両側の崖は低くなってきている。道が今度は左にカーブし、短い木の橋が前方に見えてきた。速度を上げて橋を渡ると、また道の両側にゴツゴツとした岩が並ぶ。だがハイリア湖は近い。
昼過ぎにはハイリア大橋に到着した。広大な湖が見渡せる橋をゆっくり渡り、向こう側に出ると今度は左手のはるか遠方にある岩崖の手前に先ほど粉砕したものと同様の岩があるのが見えた。エポナを走らせて近づき、そこにも爆弾を仕掛けてみた。爆発音が響き岩が砕けると、今度は五ルピーが四つほど見つかった。
「ルピー探しははかどってるか?」
リンクがまた街道のほうに馬を進めているとミドナが尋ねてきた。
「四十ルピー見つかったよ」
リンクは少し得意げに答える。
「なんだそれっぽっちか」
ミドナは首を振った。
「リンク、言ったろう。百ルピー単位で稼いでいかないと到底この地方ではやっていけないぞ」
「わかってるよ」
リンクは溜息をついた。だが百ルピーなど滅多に落ちているものではない。
「リンク、ハイリア湖でのルピー探しがまだ終わっていないだろう」
ミドナが言う。
「今からやるのかい?」
リンクは言った。できればエポナを長い間放置しておきたくない。
「城下町でエポナの預け先を見つけてからでいいだろ?」
「私にはあの道化師男がやっていたアトラクションが狙い目に見える。あれはそんなに時間をかけずとも稼げる可能性大だ」
ミドナの提案にリンクは驚いた。ああいう賭け事じみたものは大抵損をすると教わってきたからだ。
「冗談だろ?ああいうのは最初から損をするように出来てるって聞いたことがあるよ」
「普通の奴がやればな。だが少なくともこの私がいれば我々は騙されやすい普通の人間ではない。そうだろ?」
「確かにそうだけど...策があるのかい?」
「まあまず行ってみろ。おいおい話す」
リンクは半信半疑ながらも、馬を東に向けてハイリア湖を見渡す崖の端にあるトリトリップ小屋に向かった。
小屋の前にエポナを停め、扉を開ける。フロアの奥のほうには鶏がたくさん放されている。あのけばけばしい化粧の青年が柱に寄りかかって退屈そうにしていたが、リンクの姿を認めると大げさに声をかけてきた。
「ハアイ、あのときのシャイなお友達ね!」
リンクはぎこちない挨拶をした。
「あ..あのトリトリップ、大人一人分ってことで...」
「まあ、大歓迎よ!じゃあ宝島行きチケット一人分、二十ルピー。くれるかな?」
リンクが代金を支払うと青年は好きな鶏を選べと言う。一番力の強そうな茶色い毛の雄鶏にそっと近づいて捕まえた。鶏は慌てて羽をバタつかせる。リンクは逃がさないようその両足をしっかりとつかんだ。
「さあ、宝島目指して、飛んでごらん!」
青年が言った。リンクは格子状になった壁にしつらえられた出口を通り抜け、木製の張り出しの端に立った。湖が一望のもと見渡せる絶景はともかく、高所の得意なリンクでもちょっと躊躇ってしまうような高さだ。
「リンク、宝島を目指して方向だけはお前が制御しろ」
ミドナが姿を消したまま耳元でささやく。
はるか眼下には、あのトビーの大砲小屋と、そこから細い浮橋で繋がった宝島が見えた。宝島といっても、四角い土台の上に四層ほど四角い構造物が積み上がった塔のようなものが建てられ、その頂上と各階層に箱が置かれているだけだ。そして、頂上となる四角い足場はゆっくりと回転していた。わざと着陸しづらいようになっているのだ。
リンクは思い切って張り出しを蹴って空中に飛び出した。トアル村では幼いころよくボウの家の屋根から鶏に捕まって滑空し、後で叱られたものだ。だがそれとは高さのケタが違う。リンクはそれでも気を落ち着けて、しっかりと鶏の脚を掴みながら宝島を見据えた。ハイラルの鶏は体が大きく力も強い。リンクはどうにか姿勢を保ちながら緩やかに高度を落としていった。
「その調子だ。方向はそれでいい」
ミドナが言った。
「ミドナ、だけどこのまま進んだら宝島の上を通り過ぎちゃうよ」
リンクたちは宝島に向かってはいるものの、鶏の揚力は思いのほか強く、宝島の頂点はまだ下だ。
「宝島の上に来たら合図しろ。鉄のブーツをつけてやる」
ミドナが答えた。
「それで一気に降りるってわけだね」
「そうだ。それにしてもこいつはよくできた詐欺だな。まあ詐欺と言ったら言い過ぎかも知れないが」
ミドナが言う。リンクは注意深く方向を確かめ、時折体を揺すって鶏の飛ぶ方向を調整した。
「普通の人間はこんな高所で鶏に捕まって空に飛び出したら軽いパニックになる」
「そうだね」
「だがお前はそこつ者ではあっても糞度胸だけはある。だから冷静でいられる。ところがだ」
「鶏の力で普通に飛んでいったら上を通り過ぎるように計算されてるんだね」
「そうだ。だからほとんどの客は景品を取り逃がすわけだ」
ミドナがそこまで話していたところで、リンクたちは宝島の回転する頂上の上空に近づいてきた。
「ミドナ、だいぶ近いよ」
するとミドナがリンクのブーツを鉄のブーツに入れ替えた。途端にガクンと高度が下がる。宝島の頂上がみるみる近づいた。しかし、回転しているので正確に乗るのは難しそうだ。リンクは一計を案じた。
「ミドナ、ブーツを戻してくれ」
リンクのブーツが革のブーツに戻る。するとまたリンクたちはゆるやかな下降軌道に戻った。宝島の頂上は右向きに回転している。リンクはまず鶏の方向を左に向けた後、その両脚を掴んでいた手を片方放しバランスを右に傾けた。鶏が右に回転し始める。宝島の頂上部分が足下で回転しているのをよく見て、リンクは思い切って飛び降りた。リンクはちょうど宝箱に覆いかぶさるようにして着地した。
「なんとか成功したよ」
リンクは冷や汗を拭いながら立ち上がった。
「早く宝箱を開けてみろ」
ミドナが促す。リンクがその蓋を開けると、なんと百ルピーが入っている。思わずリンクが顔をほころばせると、ミドナが言った。
「まあこんなものか。差し引き八十ルピーだから危険料も考えるとまあまあってとこだな」
「下の階の箱も開けてみるよ」
リンクは回転する頂上部分の縁に手でぶら下がると、慎重にタイミングを見極めて手を離した。三メートルほど下にある階層に着地すると、宝箱を開けてみる。中にはハート型のガラスの器が入っていた。形に見覚えはあるが、以前森の神殿やゴロン鉱山で魔物を倒した後手に入れたものに比べると小さい。
「魔法薬か。効き目の小さい廉価版だが役には立つ」
ミドナが言った。薬を服用してみると、味はともかくたちまち体に力がみなぎってくるのが分かった。
リンクは一階層づつ下に飛び降りて宝箱を片端から開けた。二階層目に五十ルピー、三階層目に二十ルピー、そして四階層目に十ルピーが入っていた。
「全部で差し引き百六十ルピーだね」
リンクはホクホク顔で浮橋を渡っていきながら言った。
「ふむ。悪くはないが、景品が補充されてからもう一回やったほうがいいな」
「あんまり景品取り過ぎたらあの人が破産しちゃんじゃないか?」
リンクはかえって心配になってきた。
「お前もお人好しだな。ああいう奴は商売人だからその前になんとかするさ」
リンクたちはトビーの小屋の裏手に到着した。表に回ると老人は例のごとく両腕を後ろに組んで暇そうに立っている。だがリンクに気づくと向こうから声をかけてきた。
「あんときの兄ちゃんじゃねえか。また来てくれたの?」
リンクが挨拶すると、老人は早くも気づいたようだった。
「その顔はあれだな、トリトリップで景品ゲットか?うまくやったじゃねえか。どんだけ儲けたんだ、ええ?」
リンクは言葉を濁すと、上まで打ち上げて欲しいと伝え十ルピーを渡した。大砲小屋に入り打ち上げられ着地台に降りると、リンクはすぐにトリトリップ小屋を出てエポナを停めた場所に向かった。
「待たせてごめんな、さあ行こう」
リンクはエポナに跨って城下町に向かった。ハイリア大橋から北に伸びる街道に入り軽快に馬を走らせる。両側を崖に挟まれた小道に入ってしばらく進む。ほどなく城下町の壁が見えてきた。城下町に入る前に馬を降り、手綱を引きながら跳ね橋を渡り門をくぐる。
馬の預け先を見つける前にテルマの店に寄るつもりだった。町民で賑わう噴水広場に入り、そこから左に折れて目抜き通りに入る。昼も過ぎいよいよ露店もこれから込み合うようだ。苦労してエポナを引きながらテルマの酒場への裏通りに入った。
目抜き通りとは打って変わって裏通りの先の広場は人気がない。そこにエポナを停めて、リンクは酒場へのトンネルに入り突き当たりの扉に手をかけた。
扉は開いていたが、カウンターの奥にテルマの姿はない。カウンターの手前のテーブル下にふさふさした毛並みの白猫が座っており、リンクの姿を見るとニャーと鳴いた。奥の客室に三人ほど人影が見える。テーブルの右に白髪を短く刈り上げた逞しい体躯の初老の男、正面には黒髪を結い上げた若い女、そして左側には眼鏡をかけた栗色の髪の痩せ気味の男が座っている。
リンクはそちらに進んで声をかけてみた。名を名乗ってテルマの居所を尋ねてみたが、三人ともすぐには口を開かず、こちらを調べるように眺めていた。
「あの....何か?」
自分は自分の知らない都会独特のマナーに何か違反するようなことをしたのだろうか?リンクはだんだん不安になってきた。だが左側の眼鏡の男が微笑んだ。やっと会話ができると安堵した瞬間眼鏡の男が言った。
「君、いい服装の趣味をしているね。伝説の勇者...風ってやつかな?」
戸惑ったリンクは曖昧に笑った。都会風の言い回しに慣れていないリンクだったが、文字通り褒めているのではないことくらいは察せられた。その時、右側の初老の男が口を開いた。
「お若い方、表に休業中と看板が出ていたのを読まれませんでしたかな?」
リンクはそう言われハッと思い出した。気にも留めなかったが確かにそうだったのだ。だが休業中なのに店にたむろしているこの人物たちは一体何者だろう?
リンクは黒髪の女に顔を向けてみた。よく見ると歳の頃はリンクより少し上くらいで、まだ少女と言っても差し支えないほどの若さだ。だがその女は全く口を開かず、無表情のままリンクを凝視している。だがリンクは彼女のあまりの風変りな服装に驚いてしまった。上半身には細かな鎖の鎖帷子を着ており、肩から前腕にかけてを堅固に覆う防具をつけ、さらには腰に長剣まで下げている。深紅のズボンは女性らしいといえばらしいが、足に履いたブーツにも金属製のプレートが付いている。まるでこれから合戦に赴くというくらいの念の入れようだ。彼女も剣士なのだろうか?しかしリンクは女の剣士がいるなどと想像したこともなかった。
その時初老の男が咳払いし、続けた。
「お分かりなら、どうぞお引き取りいただけますかな?」
男はあくまでも慇懃な語調ではあったが、取り付く島もない様子だった。出身地も尋ねなければ、ちょっとした世間話もしない。都会人というのはここまで冷たいものなのか。しかも眼鏡の男は、初対面にもかかわらずリンクの服装を軽く馬鹿にしていたような雰囲気だった。リンクは溜息をつき、頭を下げると諦めて店を出た。
外で待っていたエポナの首を撫でながらリンクは言った。
「全く都会になんか憧れる奴の気が知れないよ。こんな場所、冒険が終わったら二度と来るもんか。なあエポナ?」
リンクは馬の手綱を引いて目抜き通りに戻った。エポナの預け先を探し、可能なら宿で食事と休憩をとりたい。リンクは思い立って裏通りの入り口に立っていた兵士に尋ねてみた。すると城下町で今営業している宿屋は東通りにある「踊る子豚亭」だけだという。リンクは教えられた道順で目抜き通りから東に入る小道に進んだ。占い屋の看板を通り過ぎると、左手の壁から確かに二本足で立つ子豚の彫り物をあしらった看板が下がっていた。
リンクはエポナを待たせて宿屋の扉を開けて中に入った。カウンターの奥には口ひげを蓄えた肥満気味の親父が頬杖をついて座っていた。客が入ってきたのに気づくと立ち上がったが、リンクの服装を上から下まで値踏みするように眺めまわし始めた。
「らっしゃい。泊まりですかい?」
親父が尋ねる。リンクは答えた。
「馬丁に馬を預かってほしいんだ。どれくらいかかるかい?」
「預からねえこともねえでやすがねえ。でも旦那自身は泊まらないんで?」
親父はやや不満そうな口調だった。
「いや、できれば泊まりたいけど、いくらだい?」
リンクは尋ねてみた。
「一泊百五十ルピーでやす」
リンクは顔面蒼白になった。それでは一泊で持ち金ほとんどがなくなってしまう。
「どうしやす?」
亭主に尋ねられ、リンクはやっとの思いで我に返ると首を振った。
「僕は泊まらないことにするよ。だけど僕の馬を預かってほしい」
「馬だけですかい?」
相手が渋るので、リンクは頭を下げた。
「頼むよ。この通りだ。いくら払えばいい?」
「まあそうでやすねえ。一泊で三十ルピーは頂かないと」
リンクは虎の子の百ルピーを取り出すと亭主に渡した。
「三泊頼む。あと十ルピーはご主人が取っておいてくれ。その代わり馬にはちゃんとした草を与えてやって欲しいんだ」
百ルピーを手に取っても亭主はそれほど喜んだ様子もない。不安に思ったリンクはさらに保証を与えた。
「実はちょっと町を離れるんだ。三日後戻ってきたらあと十ルピー余計に支払うよ。それでどうだ?」
親父はやっと納得した様子で首を縦に振った。リンクは安堵した。親父を外に連れ出してエポナを引き渡す際、リンクはエポナの首をよく撫でてしばしの別れを告げた。
後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしたリンクはまた溜息をついた。都会というのはなんと生きにくい場所なのだろう。夕暮れが近づいてきていた。気を取り直して、目抜き通りでパンや干し肉を買い込むと、野宿する場所を探すことにした。
目抜き通りからまた噴水広場に出て、そこから東門に向かった。野宿するとはいっても、人通りの多い町内では迷惑がられるだろうし、また兵士に見とがめられても面倒だ。リンクは跳ね橋を渡り、門から出ると、城壁沿いにやや北に歩いた場所に見張り台があるのに目を付けた。
狼の姿でこの辺りを走ったとき二度ほど通りがかったが、この見張り台に兵士が立っているのを見たことは一度もない。おそらく今は使われていないのだろう。リンクは周辺で枯れ枝を集めると、それを抱えて見張り台に昇った。台の上は縦五メートル、横二メートルくらいのスペースだ。しっかりとした石造りだった。リンクは焚火をおこしてその上に座り込んだ。
「リンク、言ったろう。都会は金がかかるってな」
ミドナが姿を現して言った。
「まさかここまでとはね」
リンクは首を振って答えた。
「いったい都会では金のない人はどうやって生きるんだろう?」
「乞食をしたり誰かから施しを受けたりして生きる道もあるぞ」
ミドナが冗談めかして言ったが、リンクは思わず本音を漏らした。
「僕は早く村に帰りたいよ」
「焦るな。結晶石を回収したら帰らせてやる」
「本当かい?」
「ああ。本当だ。私は嘘はつかない」
「ミドナ、気になってたんだけど..」
リンクは切り出した。
「私の正体のことか?なら答えは前と同じだぞ」
「そうじゃないんだ。ザントは次の手を打ってくるはずだって君は言っていたけど、城下町は見たところ平和なままだ」
「そうだな」
「ザントがもしハイラルの王になりたいんなら、今すぐにでもハイラル城に自分の旗印を立てて即位を宣言してもよさそうなもんだろ?なのに城下町も城も、何一つ変わらず以前のままだ。一体ザントは何をしたいんだろう?」
「ふん。私の当て推量を聞きたいか?」
「うん、聞いてみたい」
ミドナは少し沈黙すると話し始めた。
「奴はおそらく城下町はこのままであってほしいんだろうな。そのほうが奴の計画には都合がいい」
「どうして?」
「いいか、人間というのは侵略や外敵の脅威に晒されると一時的に団結心や同胞愛が強まったりする傾向がある」
「そうかもね」
「今あいつ自身が表立って町民の前に姿を現し即位を宣言したら反発を感じてそれを受け入れない者も多数出て来るだろう。そうすると下手をしたら町民どうしが団結して反乱軍みたいなものを作る動きが出てくるかもしれない。だからこそ奴は町を以前のままにしておくのさ」
「だけど、それでどうやって自分が王になろうっていうんだろう?」
「町民どもの姿を見ただろう?あいつらは自分の毎日の娯楽と安寧しか頭にない。そこで、大きな事件は起こさないまま、少しづつ奴らの生活を苦しくしていったらどうなると思う?」
リンクは思い出した。つい最近まで、ハイリア湖の水源は枯れ果て、オルディン地方との行き来で使われていた街道も巨大な門で閉ざされていた。リンクたちの働きがなければ、交易に大きく頼る城下町の経済は確実に悪化していき、遠からず崩壊しただろう。
「皆が不満を言うようになるよね」
「そうだ。そしてその状態が嵩じれば、その不満はいずれ支配者であるハイラル王家に向かう」
「まさか....」
リンクはミドナの言わんとすることを察して背筋が寒くなった。
「ザントという奴は頭はすこぶるいい。いま強権を使ってハイラルの王位を奪ったら猛反発に遭うということはちゃんと分かってる。だから、奴は城を征服したあとも王位継承者であるゼルダ姫は殺さずにおいた。そして姫から全ての権限を奪って幽閉しつつ、時間をかけて国民の不満が溜まるのを待っているんだ」
ミドナは腕を組むと皮肉な笑みを浮かべた。
「生活が苦しくなった町民は、いつまでも何の施策も打たず、それどころか民の前に姿を現しもしないゼルダ姫に対して苛立ちを感じ始めるだろう。リンク、飢えた人間の大集団というものがどれほど人間性を失うか想像したことはあるか?」
「いや、ないよ」
リンクは答えた。
「そういう連中は自分の赤子であろうが捕まえて食べるようになるんだ。欠乏による怒りと苛立ちが頂点に達すると、その集団は剥き出しの火薬と同じような危険性を持ち始める。ちょっとした扇動さえしてやれば爆発するのさ」
ミドナはリンクが理解できるように少し間を置くと、核心に入っていった。
「やがて飢え切った民が蜂起し、王城を襲撃して自らの手で姫を処刑する。そのときがザントの出番さ」
リンクは、ミドナの仮説によって描き出された王権簒奪の計画の恐ろしさに半信半疑の思いだった。しかし、この説明なら全てが腑に落ちるのも事実だ。
「そして王政廃止後、例えば民の合議か投票で新指導者を選ぶとしよう。奴の魔法を使えばその結果を操作するなど造作もないことだ。まあそんなことをしなくても、自分の手で塞いだ水源を回復させ、全ての街道を解放してその手柄を独り占めにすれば自然と人気は得られただろうがな」
リンクはしばらく絶句していた。ミドナの見立てが合っているのなら、ザントはまさに町民の怠惰で近視眼的な性質をよく知ったうえで征服計画を立てていたということになる。
「ミドナ、このことを町民に知らせないと。少なくともゼルダ姫が幽閉されていることだけは皆が知っておくべきだよ」
リンクが言ったが、それを聞いたミドナは声を立てて笑った。
「誰も信じるわけないだろ。それどころかお前が正気を疑われるだけだ。やめとけ」
「だけどゼルダ姫がここのところ公に姿を現していないのは事実だろ?皆おかしいと思ってるはずだよ」
「だが証拠がないだろ。お前が狼の姿だったときに幽閉されたゼルダ姫に会ったなんて言ったところで誰が信じる?」
リンクはそう言われ下を向いた。
「それにお前がそんなことを言いふらしたら兵士どもが黙っちゃいないだろ。自分たちの無能ぶりを公言されるようなものだからな」
「でも....兵士たちは今の状態がおかしいと思わないのかな?」
「黙っていれば給料がもらい続けられるのにわざわざ騒ぎを起こす奴はいないさ。軍隊というのは官僚組織だ。皆上のやることを詮索したってろくなことにならんと分かってる」
「そんな...」
リンクは言葉を失ったが、それと同時に今まで接してきた城下町の町民の様子を思い出すとミドナの言っていることも真実らしく思えてきた。冷たく、金が介在しなければ他人のために何ひとつしようとしない。リンクは何か打ちのめされた気がした。自分はいったい何のために戦ってきたのだろう?
「ま、どっちにせよ私にはどうでもいいことだ。結晶石さえ手に入ればな。その後お前は好きにしろ。村に戻って平穏に生きるもいいし、城下町で人々に『真実』を伝えるもよし、だ」
やや皮肉めいた口調で言ったあと、ミドナは姿を消してしまった。
日が落ちて周辺は暗くなってきた。パンを齧って水を飲み、焚火に柴を足すとリンクは横になった。自分は本当に勇者なのだろうか。勇者なら自分はどう行動するべきなんだろう。心の中には戸惑いと失望が渦巻いていた。
だが疲労感による眠気に包まれ、リンクはやがて眠りに落ちていった。