黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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深淵の底へ

リンクはふと天井を見上げ、視界に入ってきたものを認識した瞬間背筋が凍り付いた気がした。

 

家ほどもあろうかという凄まじく巨大な蛙が逆さになって張り付いている。

 

リンクは反射的に剣を抜き、後ろに飛びすさった。巨大蛙は天井から飛び降りてくると、ドシンと音を立てて着地した。そして想像もしたこともない醜い鳴き声を上げた。大きな口から木ほどの太さのありそうな舌を突き出している。

 

リンクは盾を下ろし身構えた。

 

「おい、足元を見ろ!」

 

ミドナが叫ぶ。床に目を落とすと、さっき落ちて来た特大オタマジャクシが、数を増やしてこちらに押し寄せてきている。十匹以上はいる。リンクが盾を向けると、化け物オタマジャクシたちが次々跳ねて飛び掛かってきた。左腕にドシンドシンと衝撃を感じる。リンクは身を沈め回転斬りを繰り出した。数匹の化け物オタマジャクシが切り裂かれ内臓をぶちまけながら床に落ちる。

 

だが一匹がリンクの足元に到達した。ブーツを履いた足に噛み付いてくるのを払い落し剣で刺し殺した。だが別の一匹が飛び跳ね、保護されていないリンクの太腿に噛み付いた。リンクは盾の縁でそいつを押しのけ剣を叩きつけたが、新手が次々にやってくる。

 

リンクはバックステップして敵の群れと距離をとりながら剣を振り回した。太腿から鮮血が流れ始めたが気にしている暇がない。飛びついてくる化け物オタマジャクシを一匹づつ斬り捨てていく。一匹が脇腹に喰いついてくるのを無理やり引き剥がすと、そいつは服についている鱗状の板を食いちぎった。リンクはその個体を地面に叩きつけて串刺しにした。

 

無我夢中で化け物オタマジャクシを叩き潰しているとようやく数が減ってきた。最後の一匹を倒し、目を上げると巨大蛙の姿が見えない。本能的に危険信号を感じたリンクは転がらんばかりにダッシュした。

 

巨大な影が上から差し掛かる。果たして、巨大蛙はリンクの上方にいたのだ。思い切り前に飛びこんで前転する。一瞬前までリンクがいた床に、体長十メートルはあろうかという化け物蛙が地響きを立てて着地した。

 

命拾いした。リンクはやっとのことで立ち上がると再び盾を上げ剣を構えた。とはいえ、ここまで巨大な相手に剣が通じるか自信がない。

 

「リンク、チャンスだぞ!」

 

ミドナが叫ぶ。見ると、化け物蛙はこちらに背を向けて着地したまま動かない。もしかするとリンクを押し潰すつもりだったのが、着地の衝撃で気絶してしまったのだろうか?リンクは走って相手の前に回り込んだ。すると化け物はもぞもぞと動き始める。リンクは剣を振り上げジャンプ斬りをその顔面に叩きつけた。だがあまりにも皮が厚く、ほとんど効いていない。

 

化け物蛙は目を覚まし、またとびきり醜い声で鳴いた。すると、その背中から次々とオタマジャクシの化け物が孵化して出てきた。背中に卵を収納する穴が開いているのだ。

 

リンクは武器を構えたまま素早く飛び退った。一匹一匹は小さくとも大群で来られると面倒だ。化け物オタマジャクシがのたうちまわりながらこちらに近づいてくる。リンクは突きを放って先頭の一匹を殺すと、すぐバックホップして残りと距離をとった。後続の三匹ほどを横斬りで薙ぎ払うと、踵を返して走り、群れの横に回り込んだ。突きを素早く繰り出して二匹を串刺しにした。残りが少なくなったが敵もこちらに迫ってくる。飛び掛かってきた奴らを回転斬りを放って吹き飛ばすと、剣を小刻みに使って地面に落ちた連中を刺し殺していった。

 

あいつが来る。リンクは上を見ずともわかっていた。再び全力ダッシュすると同時に影が上から迫ってくる。前に転がってすんでのところで巨大蛙の体当たりを躱した。

 

振り返ると、相手の巨大な背中が見える。気絶しているようだ。だが剣は通用しないうえに、この繰り返しでは自分が消耗して負けてしまう。リンクは剣を納めると、走って相手の前に回り込んだ。盾を捨て、腰の爆弾袋から水中爆弾を取り出すと、導火線のキャップをひねった。

 

化け物蛙が動き出し、口を開いて醜い声を上げた。リンクは臆せず近づいて爆弾をその口に放り込み、転がって後ろに退避した。敵が口を閉じたあと数秒後、鈍い爆発音が響く。化け物蛙は白目を剥いたような顔になって再び気絶し、だらしない様相でベタンと床に伏した。口からは長い舌が垂れている。

 

「リンク!舌だ!」

 

ミドナが言った。舌は皮膚が薄い。リンクも瞬間的にそれを見て取った。剣を抜いて、怪物の口から伸びる舌に思い切り叩きつける。さらに回転斬りを放って深い切り傷を負わせた。たちまち化け物蛙が悲鳴を上げて目を覚まし、頭を上げた。

 

リンクはすかさずもう一つ爆弾を取り出して点火した。剣を右手に、左手に爆弾を持ち化け物蛙にじりじると迫る。

 

口を開け。開け。念じながら待つ。もう時間がない。その時怪物がまた口を開いて鳴き声を上げた。リンクはその口に二個目の爆弾を上手投げで思い切り投げ入れた。

 

化け物の喉の奥で爆発が起きた。さしものの巨大蛙も内蔵にまで損傷が及んだのか、口から血を吐きながら倒れた。その口から伸びた舌目掛け、リンクはジャンプ斬りを叩きつけ、次いで回転斬り、さらには袈裟斬りからの連続突きを放ち、ズタズタに斬り裂いた。

 

巨大蛙は激痛を感じたらしく、体を大きく反らして悲鳴を上げた。戦意を失ったようだ。リンクに背を向けのたうちまわっていたが、やがて力尽きバタンと床に伏した。地響きも収まらないうちに、その体がみるみる真っ黒になっていく。

 

「魔力で肥大した奴だ。今まで何人も冒険者を丸呑みにしてきたんだろうな」

 

ミドナが言った。リンクは荒い息を鎮めながら剣を血払いし鞘に納め、盾を拾った。太腿を見るとまだ血が流れている。リンクはミドナに頼んで荷物を出してもらうと、布で傷の辺りをきつく縛った。魔物の死骸だらけで落ち着かない場所だったが、面甲を外しパンと干し肉を頬張って食事をとり、しばらく休憩した。

 

「あんな奴に呑み込まれて死ぬなんて浮かばれない死に方だね」

 

リンクはもはやボロボロに崩れた化け物蛙の遺骸に顔を向けて言った。

 

「冒険者の最期なんてだいたいそんなもんだぞ。この私が言うのもなんだが、お前はこの仕事が終わったら普通の生活に戻ったほうがいい」

 

ミドナが答えた。

 

「学校に行く以外だったらね」

 

リンクが応じる。

 

「まあ農業と牧畜でもいい。とにかく廃墟ばかりうろついていると社会に適合できなくなる心配があるからな」

 

「心配?君が僕を心配してくれるなんて意外だよ」

 

リンクは心からの驚きを感じて言った。

 

「お前は私を冷酷で無慈悲な暴君だと思うか?」

 

「いや、そこまで悪くは思ってないけどね」

 

リンクは答えた。

 

「お前はお前の農村では大事な働き手なんだろう。それくらいは私にもわかる。私は結晶石が手に入ったらお前を縛り付けておくつもりなどさらさらない」

 

「そうか、ありがとう」

 

リンクは、ミドナという人は生まれ育った環境が違うだけで自分が当初思っていたよりもよほど善良なのかも知れないと思い始めた。そして、ミドナもまた誰かのために戦っていると知った今、自分もこの神殿での冒険を終えたあともう少しミドナを手伝うべきなのではないか、という思いが湧いてきた。

 

「ミドナ、君さえ良ければっていう話なんだけど...」

 

リンクがそう言った瞬間、ミドナが叫んだ。

 

「おいリンク、見ろ!」

 

彼女は空中に浮かび上がると、崩れ果てた化け物蛙の死骸の上にまで浮遊していった。その死体の残骸の中から、大きな木の箱らしきものが覗いている。

 

リンクは立ち上がると、ミドナのいるほうに歩いた。化け物蛙の残骸を足で取り除けながら進む。箱のところまでいくと、顔をしかめながらも、その周りの残留物を手で取り除いた。

 

箱は五十センチ幅ほどの立派なものだ。蓋に手をかけて開けると、中には奇妙な形の道具が入っていた。

 

軽い金属と皮を合わせて造った大きめの籠手のようなものの先端に、鉤爪が三つ向かい合わせについている。

 

「クローショット」

 

ミドナが言った。

 

「クローショット?」

 

リンクは道具をためつすがめつ眺めながら尋ねた。

 

「ああ。古代ハイラル文字でそう書いてある。リンク、籠手に手を入れてみろ」

 

リンクは言われたとおり右手を差し込んでみた。人間の前腕よりも長めに作られており、中にはレバーのようなものがある。レバーを握ると、ガチャンと音を立てて先端の三つの鉤爪が開いた。

 

「何に使うんだろう?」

 

リンクが呟く。右手の感触からは、レバーのほかに、人差指の辺りに小さな引き金のようなものもついている。試しに壁に向けた状態で引き金を引いてみた。すると、途端に強力なバネの力に撃ち出され、鉤爪のついた先端部分が飛んでいった。先端部分の後ろから細い鎖が釣り用の糸車から繰り出される糸のように伸びていく。鉤爪は壁にぶち当たると今度は鎖が巻き上げられる力で戻ってきて、籠手の先に収まった。

 

「これは使えそうだな」

 

ミドナが言う。

 

「何かを捕まえて取ってくるための道具かな?」

 

リンクが先端の鉤爪を見ながら尋ねた。

 

「いや、それもあるのかも知れないが、自分がどこかにつかまって飛びつくための道具かも知れないぞ」

 

ミドナが答えた。

 

「どこかにつかまって飛びつく?」

 

「そうだ。見たところ魔法強化がなされている。リンク、ちょっと鉤爪で掴まれそうな場所を探してみろ」

 

リンクはミドナに武装以外の荷物をまた預かってもらうと、部屋の中を探し回った。部屋のひと隅に階段があり、その上に門で塞がれた通路がある。その天井部分に、金の地の中心に赤い宝石のようなものを象嵌にした直径一メートルほどの紋章のような装飾がついていた。金の地には蔓草模様で網のように凝った彫り込みをしてあるので、鉤爪が引っ掛かるかも知れない。

 

リンクはその紋章に向けてクローショットを狙って撃ってみた。鉤爪が引っ掛かると、たちまちリンクの体が引っ張り上げられる。

 

「やっぱりな」

 

ミドナが言う。

 

「凄いね。でもこれって何のために使えばいいのか...」

 

そう答えた瞬間、リンクがぶら下がっていた紋章そのものがガチャンという作動音とともに下がった。すると通路を塞いでいた門がガラガラと音を立てて開いた。

 

「この道具は冒険者のものではないな。この神殿の管理者が使っていたんだろう」

 

「各所のスイッチを入れたり、一般の参拝者が行けない場所に行ったりってことかな?」

 

リンクはそう言いながらクローショットのレバーをもう一度引いてみた。すると鉤爪が開く。リンクは床に飛び降りた。

 

「そうだ。これはうまいぞ」

 

ミドナが答えた。リンクは通路を先に進みながら気づいた。ここは以前訪れた場所だ。突き当りの扉を開くと、案の定前に通った薄暗い廊下だ。

 

リンクは廊下に進み、突き当たりの扉を開いて向こうに出た。巨大歯車の下側の部屋だ。歯車から下がった円盤がゆっくりと移動している。リンクはそれの一つに飛び乗ると、しばらく待ち、部屋入口の足場が近づいてきたところで向こうに飛び移った。

 

部屋の東側の扉を開け廊下に入った。廊下を渡り切って扉を開けると、そこは中央の階段室だ。

 

「東側の扉の先は一階も二階も水車で塞がれていたんだ。もう通れるようになったんだろうか?」

 

リンクは言った。

 

「そのためには西側で解放した水を東側に流し込む必要がある」

 

ミドナが階段の上を指さした。

 

「リンク、この階段を真逆の位置にまで回転させろ。そうすれば西側の二階の水が東側の一階に流れていくはずだ」

 

リンクは頷くと、階段を駆け上がった。突き当りを左に折れ、部屋を半周する形で二階の西側の扉の前まで到達した。

 

吹き抜けに面して柵の切れた場所の天井を見ると、ハンドルはついていないが、かわりにさっき化け物蛙の部屋から出るとき使ったのと同じ紋章型のスイッチがついている。

 

リンクはそのスイッチに向けてクローショットを撃った。狙い通り鉤爪が紋章に引っ掛かり、リンクは引っ張り上げられた。リンクの体重でスイッチが作動し、階段がぐるりと回転してきて、上方の終端がリンクの真下に来たところで止まった。

 

すると、扉の下から流れ出る水が浅く掘られた水路を通って階段に流れ込んだ。階段そのものが水路となり、東側の一階の扉の下に水が勢いよく流れ込み始めた。

 

リンクは階段を流れる滝のような水に飛び込むと一階に降りた。東側一階の扉を開け向こうを見ると、思った通り水車が回転している。どこから紛れ込んだのか、巨大アメンボが水車の前にいたのを、剣で片付けると、リンクは水車の板の下をすり抜けて向こう側に行った。

 

すぐに廊下の突き当たりがあり、そこに扉があった。地図によるならばここも巨大歯車で駆動される移動装置があるはずだ。リンクは扉を押し上げて向こう側に出た。

 

見ると、扉を出たすぐの場所から続く足場はすぐ切れており、前方には長い柱の上に二つの巨大歯車が手前と奥に並んでいた。足場の端まで行くと、足元を流れていた水が、底の見えないほどの深い奈落に流れ落ちている。部屋の東の端の壁には扉があるが、そこにたどり着くには巨大歯車を起動する必要がありそうだ。

 

どうやって先に進んだものだろうか。手前側の巨大歯車からは鎖で円盤が二つづつ吊り下がっているが、歯車そのものは今は停止している。

 

だが、円盤の一つには飛び移れそうだ。そこから先への道筋を考えていると、巨大歯車の底面に、クローショットが引っ掛けられる紋章がついていることに気付いた。

 

リンクは慎重に距離を見計らい、目の前の円盤に飛び移った。そこから巨大歯車の底面の紋章をクローショットで狙って撃った。紋章に鉤爪が引っ掛かると、鎖が巻き取られてリンクの体は引き上げられた。

 

リンクがぶら下がっている紋章の真下には、直径二メートルほどの岩の足場がある。飛び降りられそうではあるが、やや高過ぎて不安がある。

 

リンクはふとクローショットの引き金を引いてみた。すると、鎖が少しづつ伸び、リンクはゆっくりと高度を下げることができた。岩の足場の上二メートルほどまで来たとき、リンクはレバーを引いて鉤爪を開き飛び降りた。

 

すると、足場の上空に吸血蝙蝠がヒラヒラと飛んでいる。リンクはクローショットを外して左手に持ち剣を抜いた。蝙蝠がこちらに目を付け高度を下げてきたところで一刀両断にした。

 

剣を納めると、再びクローショットを右手に嵌めた。左手を見ると、蔦のびっしり生えた高い円柱がある。リンクの上方、円柱の途中に岩の足場がある。リンクはその円柱に狙いを定めてクローショットを撃った。

 

果たして鉤爪が蔦に引っ掛かり、リンクは円柱に引き寄せられた。蔦にしがみつくと、クローショットの鉤爪を口で咥えて籠手を外し、両手で蔦を掴んでよじ登った。リンクはさらにそこから横移動し、岩場にたどり着いた。

 

そこから進む経路はあるだろうか?見回すと、左手に、さらに高くそびえ立つ円柱がある。側面にクローショットの引っ掛かりそうな蔦も生えており、途中にやはり足場がある。

 

再びクローショットを右手に嵌め、その円柱についた蔦を狙って撃った。巻き取られる鎖によって円柱に引き寄せられたリンクは、蔦にしがみつくと、上によじ登って足場に登った。

 

先ほどの円柱よりはるかに高い場所だ。リンクは既に部屋の二階部分に相当する高さに到達していた。

 

左手、部屋の壁沿いに柵のかかった狭い足場と扉がある。その足場の左側に蔦が生えているのを見ると、リンクはそこにクローショットを撃って飛び付いた。蔦にしがみついて横移動し、足場に降り立つと、リンクは壁の扉を押し上げて向こうに出た。

 

左右に延びる廊下の左手を見ると、通路に掘られた浅い水路の先は例の巨大水車で塞がれている。水車の手前には潰れた球状のゼリーの中に、直立した人面虫のような化け物が陣取っていた。

 

リンクはふと思い付いた。剣が通じなくともクローショットであのゼリーの防御を破って敵を捕まえて引き出すことができるかもしれない。

 

リンクはそいつにクローショットの狙いをつけて撃った。撃ち出された鉤爪が飛んでいって人面虫の化け物を掴む。魔物はたちまち引き出され、リンクの傍らまで引っ張ってこられた。リンクは剣を抜くと四連斬りを喰らわせて片付けた。

 

「おい、放っておけば害のないやつだぞ。あまり時間を浪費するなよ」

 

崩れゆく怪物の遺骸を前にリンクが剣を血払いしているとミドナが言った。

 

「わかってる。だけどここにはいずれゾーラ族が戻ってこなきゃならないんだ。彼らが安心して礼拝できるようにしてやりたい」

 

「それで魔物は一匹残らず皆殺しってわけか。冷酷なのはどっちだ?」

 

冗談めかしてミドナが言う。リンクは肩をすくめると、剣を納めて廊下の反対側を見た。しばらく先で壁に塞がれている。足元の水路は壁のしたを通り抜けているが、その部分は鉄格子で閉じられていた。だが壁は天井の近く、右側で切れている。登れれば通り抜けられそうだ。

 

壁の手前は、床の二ヶ所から間欠泉のように一定の周期をもって水が吹き出している。天井を見上げると、右側の噴水の上に案の定巨大な鍾乳石が下がっている。

 

リンクは爆弾を袋から取り出し、その底面に矢尻を射し込んで導火線に点火し、弓につがえて射った。爆発とともに鍾乳石が落下した。その残骸の一つが平らな板のような形に残り、噴水の勢いに押され上に持ち上げられはじめた。

 

リンクは弓を背負うと、間欠泉のような噴水の勢いが弱まってその岩が降りてきた間に上によじ登った。しばらく待つと、噴水がまた勢いを増す。リンクは岩ごと空中に高く持ち上げられた。

 

岩が最大の高さに持ち上げられた瞬間、リンクはジャンプし、壁の切れた箇所に降り立った。向こう側に飛び降りると、傍らに巨大アメンボがうずくまっている。リンクは咄嗟に剣を抜いて回転斬りを叩きつけ、縦斬りで真っ二つにした。

 

剣を納め、床の浅い水路に沿って前進すると、目の前は三メートルほど高くなった段差になっている。その段差の上には扉があった。扉の上に金の地金に赤い宝石の象嵌のある紋章の彫り込みがあるのを見てとったリンクは、それをクローショットで狙って撃った。鉤爪がひっかかり、リンクは紋章のところまで引き上げられた。

 

リンクは床に飛び降りて扉を押し上げ向こう側に出た。足元の浅い水路が東に伸び、右手前から走る別の水路と合流し、二十メートルほど先の高い柵の下をくぐり抜けている。

 

柵の前には球状の巨大なゼリーに隠れた人面オケラの化け物が二匹いた。リンクは一匹づつクローショットで引き出すと、剣で切り裂いて片付けた。

 

剣を納めると、改めて柵を調べてみた。柵の先は、螺旋状に昇っていく通路が見える。この先に動力装置のスイッチがあるのは間違いない。柵に扉は付いていないが、天井の下に二ヶ所ほど切れている場所がある。さらに、天井には蔦がびっしり生えていた。

 

クローショットを使えば先に行けそうだ。リンクは柵の空いた場所を通してクローショットで柵の少し先の天井を狙って撃った。鉤爪が蔦に引っ掛かり、リンクは天井に引き上げられた。

 

鉤爪を開いて飛び降りると、下は水の溜まった水路だ。リンクはクローショットをベルトに引っ掛け、手近の通路に向かって泳ぎ、上に這い上がった。

 

「おいリンク」

 

ミドナが声をかけてきた。

 

「どうしたんだい?」

 

リンクが尋ねる。

 

「外傷を負った状態で水に入って泳ぐと悪質な感染症にかかる可能性があるぞ」

 

「感染症?」

 

「溜まり水のなかにはどんなバクテリアがいるかわかったもんじゃないからな」

 

「バクテリア?」

 

リンクにはミドナが何を言っているのかわからなかった。

 

「ちょっとそこで待ってろ」

 

ミドナはそう言うとしばらく姿を消していたが、やがて小さな瓶を二つ手にして戻ってきた。

 

「負傷箇所を見せろ」

 

ミドナが言う。リンクは右の太腿の、巨大オタマジャクシに噛まれた箇所を覆った布をほどいた。ミドナは一つの瓶の中身をリンクの傷口に振りかけると、今度はもう一つの瓶の中身を手にとり負傷箇所に丹念に塗りつけていった。ヒリヒリと滲みたが、笑われるのが嫌なので我慢していたリンクだったが、同時に意外の念に打たれてもいた。

 

「どうした?私の顔になにかついてるか?」

 

ミドナは新しい包帯の束を取り出し、リンクの太腿に布を丁寧に巻きながら聞いてきた。

 

「い‥‥いや、君がこんなことをしてくれるなんて意外だな‥‥って」

 

「勘違いするな。私はお前が気に入ったとかそういう理由でこうしてやってるわけじゃあない」

 

ミドナはそう言うと包帯をきつく結んだ。

 

「雇い人に暇を出すときに半死半生の状態で放り出すような真似はしたくないだけだ」

 

リンクは脚を曲げ伸ばししてみた。包帯は前よりきっちり巻かれている。

 

「私の包帯は防水性だからしばらくはこれで大丈夫だろう。もう一つの動力装置のスイッチまであと少しだ」

 

「ありがとうミドナ」

 

リンクは礼を言うと螺旋状の通路を登り始めた。しばらく登ると早速兜をかぶったずんぐりトカゲが陣取っている。リンクは剣を抜いて盾を構えた。

 

「おいリンク!」

 

ミドナが言う。

 

「大丈夫だ、すぐ片付ける!」

 

リンクは相手の突進を盾で受け止めながら言った。

 

「そうじゃない、クローショットを使ってみろ!」

 

ミドナが言った。リンクは一瞬迷ったが、すぐ彼女の意図するところが理解できた。剣を納め、クローショットを右手に嵌めると、バックホップして距離をとりながら相手に向かって撃った。化け物の兜がたちまち引き剝がされ、リンクの手元に引き寄せられた。リンクはそれを脇に投げ捨てると、剣を抜いて相手の顔面に突きを喰らわせた。深手を負った化け物に、何度も縦斬りを叩きつけ息の根を止めた。

 

「凄いね、この道具は思ったよりずっと役に立つよ」

 

リンクは右手のクローショットを見直しながら言った。

 

「一つの道具には何種類もの用途がある。どうしても魔物退治をやりたいならかまわんが、やるなら効率良くやれ」

 

「わかった」

 

リンクはクローショットを嵌めたまま坂道を再び登り始めた。やがて通路は途中が欠落した場所に出た。その場所の下の床面には穴が開いており、間欠泉のような噴水が周期的に勢いよく吹き出ている。だが、向こう岸に目を凝らすと、金の地に赤い石の象嵌の紋章がある。リンクは噴水が弱まっている間を見計らってクローショットを紋章に目掛けて撃ち、向こう岸に渡った。さらに坂道を上ると、再び兜の化け物がいたが、もはや以前のような手強い敵ではない。兜をクローショットで引き剥がし、剣で退治していった。

 

通路の欠落した箇所がもう一つあったが、等間隔で壁に紋章がつけられているのが幸いした。リンクは先ほどと同じように紋章をクローショットで撃って向こう岸に渡り、通路を登り続けた。登り切ったところでもう一匹の兜の化け物を片付けた。頂上には、西側の螺旋通路の上端と同じように門がしつらえられている。リンクは門の脇にある梯子を登り、門の上から動力装置のハンドルに飛びついた。作動音がして、門の向こう側の壁の高いところに造りつけられた水門が開き、水が勢いよく流れてきた。

 

リンクは床に飛び降りると、螺旋通路に歩いていき、そこから体を倒して斜面を滑り降り始めた。水に押されて勢いよく滑り降り、通路の欠落した場所で下に飛び降りると、再び滑っていく。もう一度通路の欠落した場所で下に落ちると、すぐに最初に入った水の溜まった水路に降りた。以前より水位が上がっている。リンクは、そのまま水面を泳ぎ、螺旋通路に囲まれたプールの中央に立った柱に向かった。建物の廊下に浅く掘られた水路に水を流し込むための水門のスイッチがそこについているはずだ。

 

リンクはふと前方の水中深くに小さな影がいくつか泳いでいるのが目に入った。リンクは面甲をつけ、水中に顔をつけてその影を目視したが、その異形の姿に背筋が凍る思いがした。長さは五十センチくらい、ぎょろりとした目に、異様に長い牙、さらには各所の骨が露わになって体中から突き出ている。リンクは急いでプール中央の柱の上端に向かい、その上に慌ててよじ登った。

 

「おいリンク、今の魚を見たか?」

 

ミドナが尋ねる。

 

「ああ、見たよ」

 

「さっきみたいに負傷箇所から血を流しながら泳いでいたらお前はいまごろお陀仏だったな」

 

「つまり、ああいう魚が血の臭いを嗅ぎつけて寄ってくるってことかい?」

 

「そうだ。やつらの大群に襲われたあげく骨だけの勇者になるなんて嫌だろう」

 

「本当だね。ミドナ、君の知識のお陰だよ。本当に感謝してもしきれない」

 

リンクは胸を撫でおろしながら言った。

 

「だからお前も学ぶことが必要だと言ったんだ。わかったろ?」

 

ミドナが腕を組んで得意げに言う。

 

「わかったよ。考えてみる」

 

リンクは渋々認めた。

 

「噛み付かれないように注意して岸に戻れよ」

 

ミドナが言った。リンクは柱の上端にしつらえられた一段高い段差に乗ると、水門を開くハンドルに飛び付いた。ハンドルにぶら下がると、重々しい作動音がして、西側の柵の向こうの廊下に掘られた水路に水を流し込む水門が開いた。

 

リンクは異形の魚たちの影の動向をよく見極めると、ハンドルから手を離して水に飛び込み、全速力で泳いで岸に上がった。

 

そこからクローショットで天井と柵の隙間を通じて天井の蔦を狙って撃った。天井に飛び付くと、向こう側に降り立った。

 

「たしか歯車の下にまだ行ってない扉があったね。調べてみるよ」

 

リンクは言った。クローショットをベルトに引っ掛けると、来た道とは違う、左側の廊下の扉を押し上げて先に進んでみた。目の前に、通路が崩壊してできたと思われる深い水溜まりがある。リンクが飛び込んでみると、すぐ先にあの巨大クラゲが二匹も浮いている。しかも、水底には化け物二枚貝がいた。リンクはミドナに合図して鉄のブーツを履くと、盾を構えて剣を抜いた。化け物ホタテの突進を受け止めると、回転斬りを叩きつけ、突きで止めを刺した。

 

剣を納めるとクラゲに近づかないよう鉄のブーツを履いたまま注意深く先に進んだが、途中でクローショットが役立つかも知れないと思い付いた。ベルトからクローショットを外し、手に嵌めクラゲに狙いをつける。中心を狙って撃ち込むと、鉤爪がクラゲの内臓を引っ掛けて戻ってきた。さすがの電気クラゲも内臓を抉られ絶命し、水の中のゴミと成り果てた。

 

もう一匹のクラゲも片付けると、リンクはブーツを戻して浮上した。向こう岸に這い上がると、すぐ目の前に巨大水車がある。水路を勢いよく流れる水の力でゆっくりと動いていた。リンクは水車の板の間に入り、そこを潜り抜けると、その先に出た。右手にあった扉を押し上げて、巨大歯車の上の空間に出る。

 

二つの巨大歯車はいまや水流の力を受けてゆっくり回転し始めていた。あたりを見回すと、ついさっきは気付かなかった敵が部屋の壁際の狭い張り出しに立っているのが目に入った。蜥蜴人間だ。東と南西のあたりの壁際に控えている。今まで遭遇した奴らと違い、頭には大きな角のある動物の頭蓋骨を兜がわりに被っている。

 

一人づつ片付けるのが上策だ。リンクは右手の巨大歯車の上に飛び乗った。爆弾を取り出すと、その底面に矢尻を刺し込み、導火線のキャップをひねって点火し、弓につがえて東の壁際にいる蜥蜴男を狙った。相手はまだこちらに気づいていない。

 

放たれた爆弾矢は過たず敵に命中し爆発した。不意の大打撃に気絶した蜥蜴男は張り出しと巨大歯車の間に落ち込み奈落のそこに落下していった。

 

だがもう一匹がいる。そいつは異状を察知すると、リンクの方に向かってきた。リンクもまた弓を背負うと、盾を下ろし剣を抜いた。リンクが敵に向かって前進し西側の歯車に飛び移ると、相手も敏捷な身のこなしで走り寄ってきた。相手の半月刀身が短いのを見て取ったリンクは敵を近づけずにこちらの武器の利点を活かすことにした。逆に敵に殺到し突きで先制攻撃する。相手は防ぎきれず胴に刺突を喰らってよろめいた。リンクは四度連続して突きを喰らわせ、さらに回転斬りで敵の胴を斬り払った。

 

血払いして剣を納めたリンクは、その敵が立っていた南西の扉の前の張り出しに飛び移り、扉を開けて向こう側に出た。左右に走る廊下はどちらもすぐに鉄格子の嵌った壁で塞がれていたが、右手を阻む壁の前には天井からあの巨大蛙の部屋から出たときに使った紋章型のスイッチらしきものが下がっている。リンクがスイッチをクローショットで狙い撃ち、そこからぶら下がると、作動音がして鉄格子が下がった。

 

飛び降りて前進し、鉄格子の嵌っていた穴を抜けると、左手にあった扉を開けた。廊下を走り、巨大水車の下を潜り抜けて突き当りの扉の先の中央階段室へ出た。

 

足元の水路から勢いよく水が吹き抜けのほうに流れ落ちている。中央のプールの水位はいよいよ高くなってきた。リンクは通路を右手に進み、部屋を半周すると、西の水源からの水の流れる階段を滑り降り、一階の東側の扉を開けた。廊下の途中にある巨大水車の下を潜ってその先の扉を開けると、二つの巨大歯車のある部屋の下層部に出た。足場の端に立つと、慎重に距離を見極め、手前の歯車の底面から鎖でぶら下がっている円盤に飛び乗った。

 

だがそこで異変に気付いた。この空間には吸血蝙蝠が何羽も飛んでいる。リンクはクローショットを構えて待つと、相手が近づいてきた瞬間に一匹づつ狙い撃ちした。鉤爪で羽を引き裂かれ、蝙蝠たちは奈落の底に落下していった。

 

巨大歯車が半周回る。だが、東側のもう一つの巨大歯車には円盤が付属していない。リンクはその歯車の底面の紋章にクローショットで狙いをつけて撃って飛びついた。東のほうを見やると、このまま行けば扉の前の張り出しに着地することができそうだ。鎖をやや伸ばして待っていると、また吸血蝙蝠が飛んでいるのが見える。クローショットでぶら下がっただけの無防備な状態のリンクは、こちらに気づかないでくれ、と念じなが歯車の回転を待った。扉に至る張り出しの上に到達し、飛び降りると、安堵の溜息をつきながら扉を開けて向こう側に出た。

 

その部屋は奇妙な形をしていた。目の前に左右に伸びたプールがあり、中央を隔てる壁の向こうにも同じようなプールがある。また、その壁の向こう側右手に扉があったが、リンクが今いる場所から直接は行けないようだ。

 

リンクはプールの右端に行って飛び込んでみた。ミドナに合図して鉄のブーツを履き、五メートルほど下の底に降り立つ。辺りを見ると、水底はプールの真ん中、すなわち北に向かって一気に二倍ほど低くなっていた。リンクは鉄のブーツを履いたまま歩を進め、より低い水底に降り立った。振り返ると、最初に立った水底の下にもスペースがあったが、水草が生えているだけですぐ行き止まりだ。

 

水底を歩いて北に向かうと、巨大ホタテの化け物が水底をうろついている。盾を構えて剣を抜くと、リンクはそいつに近づき、相手の貝殻の間に突きを喰らわせた。さらに横斬り、次いで袈裟斬りを浴びせて大人しくさせると、前進を再開した。プールはやがて行き止まり、その代わり右手に隙間が開いている。

 

隙間の間から進むと、水底に建材の破片が散らばった谷間のような場所に出た。上方に電撃クラゲが浮遊しているのを、クローショットで内臓を抜き出して倒す。左手に少し進んだが、浅い洞窟になって行き止まっているので、今度は逆方向に進んでみた。水底を歩いていると、そちらもすぐに行き止まりになったが、中途に厚さ一メートルほどの床が水面から水底までの間の真ん中ほどにかかっているのがわかった。リンクはブーツを戻して浮上した。その床には装飾的な細い柱が一本立っており、その左手に岩で塞がれた洞窟の入り口らしきものがある。

 

近づいていくと、奇妙な形の魚が近辺を泳いでいる。ぎょろりとした目に剥き出しの歯をしていたが胴体が真ん丸だ。いずれにせよ友好的ではなさそうだ。こちらに気づいたようで、真っすぐに向かってくる。リンクは鉄のブーツを履いて床に立ち、剣を抜いてそいつに斬りつけた。すると、そいつは動かなくなったが水中爆弾の導火線を点火したときのようなチリチリという音が聞こえてくる。もしやと思ってリンクは急いで後じさりした。数秒後、鈍い爆発音が響き、リンクは水圧で後ろに押され尻餅をついた。あの森の神殿で遭遇した爆弾虫と同じような奴だ。

 

気を取り直すと、リンクは自分の水中爆弾を取り出して導火線に点火し、洞窟を塞いでいる岩の前に置いて後ろに下がった。爆発音がして、岩に細かな亀裂が走る。破片を取り除けて向こうに出ると、鉄のブーツの重みでリンクは水底に降り立った。右手の奥には岩で塞がれた洞窟の入り口がもう一つ。左手の先、上方には塞がれていない洞窟の入り口があった。

 

リンクは岩で塞がれたほうを捜索することにした。再び水中爆弾を取り出して点火し、岩の前に置いて下がる。爆破された岩の破片を取り除くと、歩いて洞窟の中に進んだ。すぐ目の前にホタテの化け物がいた。リンクは咄嗟に横にステップしてそいつの突進を躱すと、剣を抜いて貝殻の間から中身に突きを何度も喰らわせ、最後に横斬りで息の根を止めた。

 

前進を再開したが、左右ともにすぐ行き止まりになる。引き返そうとしたリンクだったが、まだ上方を捜索していないことに気づいた。ブーツを戻して浮上する。案の定、水面の上は部屋に入ったときに見えた南側の扉に至る足場だった。

 

リンクは這い上がると扉を押し上げ向こう側に出た。そこは直径十メートルほどの薄暗い部屋で、奥のほうに透明なゼリーに隠れた人面オケラの化け物がいた。リンクはクローショットでそいつを引き出して四連続斬りで斬り捨てた。

 

部屋の中を見回すと、中心の床に、ぴったりとした蓋の嵌った穴があるだけで、あとは壺が散乱しているだけだ。

 

「どこかに蓋を開ける仕掛けがあるはずだよね」

 

リンクがそうミドナに言いながら歩き回っていると、彼女は笑いながら天井を指した。

 

「おい、どこを見てる」

 

上を見上げると天井には紋章型のスイッチがある。リンクはそれをクローショットで狙って撃った。ぶら下がると作動音がして、ちょうど真下の足元に位置する穴の蓋が開いた。リンクは鎖を伸ばしてその穴の下に降りた。

 

穴の下にはもう一つ同じような大きさの部屋があった。リンクは周囲を浅いプールに囲まれた直径二メートルほどの狭い円柱の上に降り立った。そこには黒い石のような素材でできた立派な箱が置いてある。リンクが蓋を開けてみると、黒光りする鉄でできた大きな鍵が入っていた。

 

「解せないな」

 

ミドナが腕組みをして呟く。

 

「どうしたんだい?多分この鍵で結晶石のある場所に行けるはずだよ」

 

リンクは鍵をポーチに仕舞いながら言った。

 

「そうじゃない。それはわかってる。だがこれほど捜索してもそれらしい大きな部屋に通じる扉はなかった。そうだろ?」

 

「言われてみればそうだね」

 

リンクは答えた。

 

「実はこの神殿に入ったときから、結晶石が発しているはずの魔力の気配が妙に薄いことに気づいたんだ」

 

ミドナは顎に手を当てて目を閉じた。

 

「気配が薄い?」

 

「そうだ。森の神殿でも、ゴロン鉱山でも、結晶石のありかからは強烈な魔力の気配がした。だがここではその気配がそこまで強くないんだ。妙に遠い、というか」

 

「遠い...」

 

「いや、ともかくここから出よう。また中央階段室から出直しだ」

 

ミドナが言った。リンクはプールの中に目をやった。よく見るとあの髑髏のような化け物魚が何匹か泳いでいる。だが東側の壁には水面の下に扉がある。リンクはそちらに向かって飛び込んで泳ぐと、急いで鉄のブーツを履いて扉を押し上げ、向こう側に転がり込んだ。

 

安堵の溜息をつきながら前進する。そこは直径二メートルもない狭い水路だった。すぐ前方に化け物クラゲが二匹ほどいたので、クローショットで臓腑を抜き取って始末した。進んでいくと、水路はやがて上方にカーブし始めた。

 

床がヌルヌル滑って歩きづらいのでブーツを戻して泳ぐことにした。水路はやがて、プールの部屋の探索途中で二度目に岩を爆破した谷間に出た。そこから左上方にある最初に岩を砕いて通った穴を抜け、水面の上に出る。

 

すると、部屋の北側の際に足場があった。足場に這い上がって周囲を見回すと、そこから中央を隔てる壁の向こう側に出られることがわかった。

 

足場を西に進み、それが切れた箇所で水に飛び込んで向こう岸に渡って、部屋に入ってきたときの扉のある足場に上がった。

 

扉を開けて向こう側に出ると、東側の巨大歯車の底面についた紋章をクローショットで狙った。だが、吸血蝙蝠が飛んでるのが目に入って目標を変えた。相手が近づいてくるのを辛抱強く待ち、クローショットで撃ち落とした。改めて巨大歯車の底面の紋章をクローショットで撃ってぶら下がった。だが、回転した先に進むべき西側の巨大歯車からぶら下がる円盤に乗り移る手段がない。リンクは進路を変えて、今ぶら下がっている巨大歯車の下、やや南側にある岩の円柱の上に降り立った。そこから、西側の巨大歯車の底面にある紋章をクローショットで狙う。東側の巨大歯車と違い、鉤爪が引っ掛かりそうな紋章は一つしかない。リンクは歯車の回転を辛抱強く待ち、紋章をクローショットで撃ってぶら下がった。しばらく待って運ばれたのち、今度は西側の歯車の下方、やや北側にある岩の円柱に降りる。一階西側の扉のある足場のほうを見ると、その下の切り立った岩壁にも蔦がびっしり生えている。

 

リンクはその壁の蔦をクローショットで撃って飛びついた。蔦を這いのぼると、どうにか扉のある足場に辿り着くことができた。そこから扉を開け向こう側に抜け、巨大水車の下を潜ると、廊下の突き当たりの扉を押し上げて中央の階段室に出た。

 

「次はどこを探そう?」

 

リンクはミドナに尋ねた。

 

「待て、ちょっと考えさせろ」

 

ミドナは手を上げてリンクを制した。

 

「結晶石の気配が遠いって言ってたよね」

 

リンクは呟いた。

 

「ええい、いいから少し黙ってろ」

 

ミドナは手を振ってそう答えたが、次の瞬間急に眼を見開いた。

 

「待てよ...?」

 

彼女は浮上すると吹き抜けのほうに漂っていき、またすぐ戻ってきた。

 

「私としたことがなんで気づかなかったんだろう。リンク、地図を見せてみろ」

 

リンクは地図を取り出した。ミドナは地下階のページを開いて指さした。

 

「地下二階に広大な空間がある。私は最初ここは単に排水が流れ込むだけの場所だと思っていた。だが違うらしいな」

 

彼女は顔を上げてリンクを見ながら言った。

 

「ここには恐ろしく深い竪穴があるはずだ。それこそ数百メートルくらいのな。結晶石はその一番底にある。だから気配が遠かったんだ。見ろ」

 

ミドナはリンクをいざなうと、通路を進んで部屋の南側まで行き、吹き抜けのほうを指さした。中央の階段を支える、水底から伸びている柱の上端に半球形の構造物があり、その側面に太い鎖と錠前で閉じられた扉があった。

 

「こんなところに扉があったんだね」

 

リンクも目を見張った。吹き抜けの下のプールの水面を見ると、水位が上がって、階段を支える中央の柱の上端まで泳げば容易に行きつけるようになっている。だが念のため注意深く水中を観察すると、あの髑髏魚の影がいくつか見えた。

 

リンクは意を決して水に飛び込むと、全速力で泳いで中央の柱に向かった。化け物魚たちに襲われる前に柱の上端に這い上がると、胸を撫でおろしながら東側の小部屋で見つけた大きな鍵をポーチから取り出した。

 

果たして鍵は扉にかかったごつい錠前にぴったりと嵌った。ひねると金属音とともに錠前が外れ、鎖が地面に落ちた。扉を押し上げると、ミドナの推測したとおり、直径三メートルほどの円形の空間の中央に小さな竪穴が開いている。

 

リンクは部屋の中に入ると、穴を覗き込んでいた。底も見えないような深さだ。試しに、傍らに落ちていた壺を拾って穴に落としてみた。かなりの秒数が経ってから壺が水面に落下する水音が聞こえた。水はあるらしい。

 

「さっきより魔力の気配が強い。魔物の気配もする。ここで決まりだな」

 

ミドナがニヤリと笑った。

 

「ずいぶんな深さだね。ゾーラたちは何のためにこんなものを掘ったんだろう?」

 

「書物で読んだことがある。かつてゾーラ族の黄金時代、彼らの歌や演劇は三次元の空間を存分に活用した凝った水中舞踊を伴い、まるで天上のもののような美しさだったんだそうだ」

 

ミドナが答えた。

 

「水の中の踊り...想像したこともないけど凄そうだね」

 

「誰にも邪魔されずそんな贅沢なことができる場所を作ったつもりが、そこに魔物が居座ることになったってわけだ」

 

魔物を倒す。そしてゾーラたちが昔みたいにこの場所を楽しめるようにしてやりたい。リンクの心の中に自分が今やるべきことがこれ以上ないほど明確に浮かび上がった。

 

「最後の仕事だ。抜かるなよ」

 

ミドナが言う。

 

「ああ。大丈夫だよ」

 

リンクは答えた。

 

意を決して竪穴の中に飛び込むと、途端に周囲が暗くなった。数秒間の落下が続く。湧き上がる本能的恐怖感がリンクの心を捕えそうになった瞬間、リンクの身体は足から水面に突っ込んだ。

 

ミドナに合図して鉄のブーツを履く。リンクは水中を降下していった。真っ暗な場所かと思っていたら、ほのかに壁から光が発っせられているらしい。暗さに目が慣れると周囲が見えてきた。直径二百メートル以上はありそうな広大な円筒形の空間だ。はるか下を見下ろすと、砂の溜まった底面に、高い石造りの円柱が円形に配置されている。その中心から周囲に向かって砂が波状に堆積していた。

 

その堆積した砂の中心近くから、十メートルほどの長さの半透明の触手状のものが伸びているのが見えた。リンクは手で水を掻き、その触手から十分離れた砂地に降り立った。観察していると、触手からもほのかな光が発せられている。これが発光生物というものなのか。リンクは一瞬だが興味をそそられた。

 

だが、気を引き締めると、盾を下ろして剣を抜いた。

 

「あんな触手一本だけだと思って油断して近づくと、下からバクリって喰われるパターンなんだろうね」

 

油断なく触手を見張りながらリンクが言った。

 

「リンク、やっとお前も注意深さが身についてきたか。お前が最初からこうだったら私の仕事もどれだけ楽だったかと思うぞ」

 

ミドナが答える。

 

すると、触手の中を大きな目玉のようなものが移動しているのが見えた。一体何だろう?森の神殿の深部で出会った化け物食人植物の蕊にあった目玉とそっくりだ。目玉は触手の根元から先端に向けて触手内部を滑るように動いていくと、リンクのほうに瞳孔を向けた途端引っ込んでいった。

 

「ご挨拶が済んだところで覚悟はいいな?」

 

ミドナが言う。

 

「ああ」

 

リンクは答えた。

 

次の瞬間、地響きがした。かと思うと砂地から次々に新手の触手が伸びてきた。やがて、砂を掻き分け、巨大な生き物の頭部が顔を出した。沼地に住むヤツメウナギのようなおぞましい形だ。鋭い牙の生えた円形の口が二重に連なっている。その巨大化け物は口を上に向けたまま、頭部に生えた触手を周囲を探るように動かし始めた。

 

「さしずめオクタイールってとこだな」

 

ミドナが言った。

 

「なんだって?」

 

リンクは油断なく身構えたまま聞き返す。

 

「タコウナギってことさ」

 

ミドナが答えた。

 

「夕飯のおかずには向かなそうだね」

 

リンクは言った。触手の内部をまたあの目玉が移動している。目玉が本体だ。リンクは確信し、剣を納めるとクローショットを右手に嵌めてその目玉を狙い撃った。鉤爪が食い込み、触手の中から目玉が引きずり出される。

 

リンクはクローショットを外して剣を抜くと思い切り目玉に斬りつけた。目玉は自立した生き物のように跳ねながら逃げていった。目玉が触手の中に戻ると、今度は巨大ウナギが口の中から何かを吐き出した。

 

見ると、先刻見た爆弾魚だ。十匹ほどいる。一斉にこちらに向かってきている。リンクは剣を納め咄嗟にクローショットでそいつらを狙った。一匹を撃つと、こちらに引き寄せられ、しかも鉤爪の衝撃で発火し始めた。リンクは慌ててバックステップして距離をとった。数秒すると爆発音が響き、強い水圧で押されリンクはよろめいた。

 

「気を付けろ!」

 

ミドナが叫ぶ。オクタイールの触手が一本、リンクに近づいてきている。リンクは左手にクローショットを持ち、剣を抜いて触手に斬りつけた。触手は痛みを感じたのかたちまち引っ込んでいった。

 

だが、爆弾魚がこちらに近づいている。リンクは右手の剣を振り回した。刃が当たった爆弾魚が次々と発火していく。だがクローショットで引き寄せてしまうよりましだ。リンクはサイドステップして発火した爆弾魚から離れた。

 

次々と爆弾魚が爆発していく。爆発の水圧に耐えながら、オクタイールのほうを見やると、触手の中にまたあの目玉が見える。リンクは素早く剣を左手に持ち替えるとクローショットで目玉を狙い撃った。剣を再び持ち替え、引き寄せられた目玉に斬りつける。バックリと切り傷ができ、目玉はほうほうのていで跳ね回りながら触手の中に逃げていった。

 

目玉を収納してしまうと、化け物の本体が大きく口を開け、生き残りの爆弾魚を呑み込んだ。かと思うと、触手も頭も砂の中に引っ込んでいった。

 

「おいリンク、どうやら本気で怒らせたっぽいぞ」

 

ミドナが言う。

 

「望むところだよ。出てきたところで止めを刺してやる」

 

リンクが言い終わるか終わらないかの間にまた地響きがした。今度ははもっと激しい。

 

やがてリンクの前の穴からオクタイールが姿を現した。触手、頭。そして硬い鱗に包まれた体が穴から出てくる。

 

だがその体の終端がいつまでたっても見えない。

 

しばらくかかって化け物がやっと全身を現し、辺りを睥睨するように泳ぎ回り始めた。

 

リンクは化け物を見上げ、思わず慄然とした。

 

想像していたよりはるかに大きい。

 

化け物は直径が五メートル以上、長さにはゆうに百メートルを超えていた。

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