黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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選ばれし者の印

リンクの身体から何かを引き剥がすかの如く襲ってきていた強い光と風が止んだ。再び広間に静寂が訪れる。

 

気が付くとリンクは両脚で立っていた。目の前の台座に刺さっている剣は、最初に見たときと変わらぬ静謐な光をその刀身から放っていた。

 

「ったくまた光に殺されかけたかと思ったぞ。冗談はよせってんだ」

 

ミドナはそう呟くと顔を覆っていた腕を下におろし、リンクに近づいてきた。

 

「ミドナ」

 

リンクは振り返って彼女を見た。自然に笑顔がこぼれた。二人が無事な姿で顔を合わせるのはずいぶん久しぶりな気がした。だがミドナは眉をひそめると言った。

 

「まず服を着ろ。お前がその恰好じゃあ会話もできない」

 

そう言われ、リンクは視線を落として自分の身体を見た。全裸だった。それに気づいてリンクはたちまち顔を赤らめた。

 

ミドナが魔法空間からリンクの勇者の服を取り出すと足元に置いた。だが下着がない。ザントの手によって狼の姿に変えられたとき破けてしまったようだ。リンクはミドナから清潔な白い布を借りて褌状に巻きその代わりとした。ようやく服と鎖帷子を着、ブーツを履いて装備ベルトを締める。帽子もミドナが持っていたので無事だ。

 

ミドナは盾と弓、さらに矢立てとブーメランも出してくれた。だが剣の鞘もそれに付属したストラップもない。ラネールの泉のほとりに置いてきてしまったのだ。リンクはさしあたりブーメランを拾い上げてベルトに挟んだ。

 

「それにしてもこんな代物が本当に実在していたとはな」

 

ミドナは剣の前で腕組みをして浮遊していた。リンクは何気なく剣に近寄ってその柄に手をかけた。

 

「おい、扱いに気をつけろ。間違っても私には向けるなよ」

 

ミドナが言う。

 

「わかってるよ」

 

リンクは答えると、力を入れて剣を引き抜いた。剣は長く刀身が幅広い割には軽かった。柄はリンクの手の形に特注されたかのようにぴったり合う。ミドナに背を向け少し振ってみると、極めて振りやすく重量バランスが良いことがわかった。

 

「剣が持ち主を認めた..か」

 

ミドナが言った。そして溜め息をついた。落胆の溜め息ではなく心からの感嘆の溜め息だ。

 

「持ち主を認めた?」

 

リンクが尋ねる。

 

「ああそうだ。台座には魔法で仕掛けがついている。正当な持ち主以外は引き抜けない」

 

そう言うとミドナは首を振った。

 

「やれやれ、そうやすやすと引き抜かれたんじゃあさすがの私もお前が勇者だと認めざるをえないな」

 

リンクは瀕死のミドナを背負ってハイラル城に忍び込んだ際に彼女が漏らした言葉を思い出した。

 

「ミドナ、少しは僕のことを一人前って思ってくれたかい?」

 

「アホか。そんなわけないだろ」

 

ミドナの言葉にリンクは驚いてもう少しで剣を取り落としそうになってしまった。

 

「えっ?...だって君さっきも言ってたじゃないか。僕のことを....」

 

「お前が正当な勇者であるということとお前が未熟者であるということは両立する。まったく矛盾しない」

 

ミドナは答えた。

 

「そもそも勇者は能力ではなく神の選びによってなるものですからね」

 

ベルトに挟んだブーメランからゲイルの声が聞こえて、リンクはまたびっくりしてしまった。

 

「君か。驚かさないでくれよ」

 

「お帰りなさいリンク。そしておめでとう。あなたは今までで最大の試練を乗り越えました」

 

「ありがとう、ゲイル」

 

「納得しましたか、ミドナ?私は最初から彼が勇者だとわかっていましたがね」

 

ゲイルが少しだけ得意げな声で言った。

 

「偉そうに言いおって。お前のはたまたま当たっただけだろう」

 

ミドナは鼻を鳴らした。

 

「でもミドナ、君はそもそも僕が本当に勇者かどうか疑ってたんだよね?どうして今になって僕が勇者だと思うようになったんだい?」

 

リンクは尋ねた。

 

「その剣の所有者は勇者以外にはありえないからな」

 

ミドナはリンクの剣に向かって顎をしゃくった。

 

「リンク、教えておくがそいつはどえらい代物だぞ。お前、退魔の剣の本当の意味を知ってるか?」

 

「ええっと....魔物を倒すための剣?」

 

「そんな安直なものじゃあない。いいか、そいつはありとあらゆる魔力を無効化・中立化できる特殊兵器なんだぞ」

 

「無効化?」

 

「そうだ。狼姿だったお前がその剣に触れた瞬間経験しただろう。剣がお前にかけられた呪いを無理やり引き剥がしたんだ」

 

そう言うとミドナは自分の右手をリンクの目の前に出して開いた。その手の中には赤い紋様を施された細長い黒い石のようなものが乗っていた。

 

「それでお前の体からこんなものが出てきた。ザントが植え付けたんだろう」

 

「何だいそれ?」

 

リンクは興味をそそられた。その石は両端が細長く尖っていて、古代の呪具のような形状をしていた。

 

「私も見たことがない形だが魔法発散物質に違いない。おい、間違っても触るなよ。また狼に逆戻りは困るだろ。これは私が廃棄しておく」

 

そこまで言うと、ミドナは何かに気づいたように動きを止めた。

 

「いや.....待てよ」

 

「どうしたんだい、ミドナ?」

 

「リンク、折角の奴からの贈り物だ。有効活用させてもらおう」

 

ミドナはニヤリと微笑んだ。

 

「リンク、狼になりたかったら私に言え。いつでも変身させてやる」

 

「狼になりたい?そんなことあるわけ.....」

 

そう答えそうになった瞬間、リンクもはたと気がついた。狼の姿だったときは、人間とは比べ物にならない早さで走ったり、地面に穴を掘って柵や壁を通り抜けたりすることができたのだ。ごくわずかな匂いをたどって人を探すこともできた。もし思いのままに狼に変身できるのならこれからの冒険でおおいに役立つだろう。

 

「な?それで人間に戻りたくなったらその剣を使えばいいというわけだ。ザントの奴も随分親切なことをしてくれたものだ」

 

ミドナは言った。

 

「凄い。確かに君の言うとおりだよ」

 

リンクも納得した。

 

「でもこの剣の台座はどうやって僕を見分けたんだろう?」

 

リンクは視線を足元に下ろして台座を見た。

 

「それは比較的簡単な話だぞ。リンク、籠手を外してお前の左手の甲を見せてみろ。アザがあるだろう」

 

「アザ?」

 

「そうだ。ゼルダの手の甲にあったのと同じアザだ」

 

「確かにアザはあるけど.....」

 

リンクはそう言いながら剣を地面に置き、籠手の紐をほどいた。確かにリンクの左手の甲には三角形のアザがある。だがそれが特別な意味を持つとは自分自身も村人たちも露ほども思わず、特段注意を払ってはいなかったのだ。

 

「僕のはただのアザだよ。ゼルダ姫のみたいにきれいな金色のじゃあなくって....」

 

そう言って籠手を外し自分の手の甲を見たリンクは驚きのあまり絶句した。手の甲に三角形を重ねた形が金色に浮かび上がっている。

 

「やっぱりな。剣の力と呼応して活性化したんだ」

 

ミドナが言う。

 

「な....なんだいこれは?」

 

リンクは自分の身体ながら、信じがたい思いで呟いた。

 

「リンク、ハイラル王家の紋章がどんな形か覚えてるだろう?」

 

ミドナは尋ねた。紋章?思い出そうとしたリンクの頭の中にぼんやりと形状が浮かんだが、はっきりとは像を結ばない。

 

「ごめん、覚えてない」

 

すると彼女は舌打ちし白目を剥いて天を仰いだ。

 

「おい待て。どうして違う世界から来た私が知っててお前が知らないんだ?」

 

リンクが神妙な顔をするとミドナは溜め息をついて床に降り立ち、地面に指で図形を描き始めた。

 

三つ重なった三角形を下から支えるようにして、広げられた大きな二つの翼があり、その中心には具象化された鳥の胴体と両脚がある。リンクはそれでやっと王家の紋章を思い出すとともに、その意匠の一部に三つの重なった三角形が使われていることに驚きを覚えた。

 

「そうだ。この三つの三角形だ。王の権威と正統性を示すためなのだろうが、これはいつの時代もハイラル王家の紋章の一部として使われてきたってわけだ」

 

そう言うとミドナは顔を上げてリンクを指差した。

 

「リンク、だがこの図形が本当には何を表しているのかお前は知らないだろう?」

 

「そうだね....考えたこともないよ」

 

「ズバリ言うとこれはトライフォースだ」

 

ミドナは言った。

 

「トライフォース?なんだい、それは」

 

リンクが尋ねる。

 

「それが実在するかしないかは私も知らん。だが伝説によればトライフォースは絶大な力の源と考えられていたらしい。だから王家がその管理者を名乗るのは当然の成り行きだ」

 

ミドナは説明した。

 

「私はしばらくの間ハイラルにいるが今までこのトライフォースの紋章だけが掲げられた場所など一度も見たことがない。だがこの森の入り口でまさにこの印を見て確信したんだ。この森には尋常ならざる物が隠されているってな」

 

「ミドナ、トライフォースは実在のものですよ」

 

黙って聞いていたゲイルが口を挟んだ。

 

「それは確かなのか、ゲイル?」

 

ミドナは片方の眉を上げた。

 

「正確には実在していた、と言うべきでしょうか。我々精霊の間で語り継がれている最初の勇者の冒険譚はまさにトライフォースにかかわるものでした」

 

「最初の勇者って、騎士見習いだった男の子だよね」

 

リンクが言う。

 

「そうです。彼は多くの試練を克服することで、隠されたトライフォースを見つけ出し、それによって終焉の者を滅ぼしたのです」

 

「じゃあやはりトライフォースは武器なんだな?」

 

ミドナが尋ねた。

 

「厳密に言えば違います。トライフォースは女神ハイリアよりもさらに古代の神によって創られたもので、それを所持する者の意思を何であれ叶える力を持っていました」

 

「願いがなんでも叶う道具ってこと?なんだか夢みたいな話だね」

 

リンクは言った。

 

「単純に言えばそういうことです。ですがリンク、ある意味それがどれほど恐ろしいことか考えてみてください。もしもトライフォースが悪用されたら....」

 

「確かにそうだね」

 

リンクは想像して身震いした。

 

「じゃあトライフォースはいつ消滅したんだ?」

 

ミドナが尋ねた。

 

「正確に言うと消滅はしていません。しかしあるとき三つに分離させられたのです」

 

ゲイルは言った。

 

「最初の勇者がトライフォースを見つけ出したころ、古ハイリア人たちは天空から再び地上に降り立ちました。そのときトライフォースも地上にもたらされたのですが、人間はその悪用を恐れそれを厳重に封印しておいたのです。しかしそれでも、力を求める悪しき者どもを防ぐことはできませんでした」

 

「じゃあ.....まさか悪者に奪われたのかい?」

 

リンクは尋ねた。

 

「いいえ。トライフォースは力、知恵、そして勇気の三要素によって成り立っています。ですからその要素のどれか一つでも欠けた者が所持しようとした場合、分離してしまうのです。それでトライフォースは力のトライフォース、知恵のトライフォース、そして勇気のトライフォースに分かれることになったのです」

 

「そのバラバラになったトライフォースはどこに行ったんだろう?」

 

リンクが尋ねた。

 

「言い伝えによればトライフォースの一つはハイラル王家の代々の姫君に受け継がれたと言われています」

 

「待てよ....じゃあゼルダ姫のあの力は....」

 

ミドナが目を大きく見開いた。

 

「さよう。ゼルダ姫は王位継承者です。トライフォースを受け継いでいても不思議はありません」

 

「そして....手の甲に同じ印を持つお前にも、というわけか」

 

ミドナがリンクを見て言った。

 

「僕が?」

 

リンクは驚いて声を上げた。

 

「信じられないよ。僕はゼルダ姫みたいな不思議な力は何も持っていない。死にかかった人を癒すどころか、魔法のひとつも使えないんだから」

 

「リンク、勇者たるあなたに与えられた力は勇気なのですよ」

 

ゲイルが言う。

 

「勇気.....」

 

「そうです。トライフォースの要素である力、知恵、勇気のうち、勇気こそが最もへりくだった者の力なのです」

 

「つまり、三つの中で一番位が低いってことかい?」

 

リンクは少しがっかりして尋ねた。

 

「いいえ、決してそうではありません。いいですかリンク」

 

ゲイルは少し間を置くと続けた。

 

「自らが持つ力と知恵が足りないと知りながら前に進む決意、それが勇気です。そして勇気こそは、富む者貧しい者を問わず、そして年齢にも関係なく、全ての人が本来ひとしく発揮することができるはずの美徳なのです。なんとなれば、勇気というのは時として幼い子供さえも発揮することがあるのですから」

 

リンクはコリンがベスを助けるために身代りになったことを思い出した。まさにゲイルの言うとおりだ。

 

「ところがです。勇気というのは同時に、それを持たない者が身に付けるのが最も難しい美徳でもあるのです。それは学問のように学ぶことができるものではありませんし、力のように蓄えることもできません」

 

「確かにリンク、お前には知恵も力も欠けているが糞度胸だけは人一倍あるからな」

 

ミドナが混ぜっ返した。

 

「そんなこと言われても嬉しくはないよ」

 

リンクは呟いた。

 

「リンク、君をを庇うわけじゃないですが、ゼルダ姫は代々トライフォースを受け継いだ家系なのですよ。その力を持っていることを自覚していたのは勿論、その使い方も熟知していて当然です」

 

ゲイルが言った。するとミドナも同意した。

 

「確かにそのとおりだな」

 

そう言うと彼女は自分の手を見た。

 

「ゼルダは私をただ単に癒しただけじゃない。命そのものを自分から私へ移し変えたんだ。それを自分の意思でできるなんて並大抵のことじゃあない」

 

「じゃあ今ゼルダ姫はどうなったんだろう....?」

 

リンクの心に気掛かりが甦ってきた。

 

「言ったように私の勘ではまだ死んじゃあいない。力は失ったかもしれないが」

 

ミドナは答えた。

 

「助けてやりたいって気持ちは私も同じなんだ。だがその前にやらなければならないことがある」

 

ミドナはリンクの心を読んだように言うと、咳払いした。

 

「リンク、折り入ってお前に頼みがある」

 

「頼み?」

 

リンクはミドナの態度に驚いた。いつもの彼女だったら、何かやって欲しいことがあれば高圧的に命じただろうに。

 

「以前言ったようにお前はもう私の雇い人でもなんでもない。私の言うことを聞く義理はどこにもないんだ。約束の仕事は全て果たしたからな」

 

そう言うと、ミドナは傍らに寄ってきて、リンクの肩の上に自分の腕を置いた。

 

「けどそれでもお前に頼みたいんだ」

 

彼女は少し躊躇ったあと口を開いた。

 

「このハイラルのどこかにある陰りの鏡を私と一緒に探してくれないか?」

 

「陰りの鏡...?」

 

「そうだ。それがザントに繋がる唯一の鍵なんだ。やってくれるか?」

 

「わかった。手伝うよ」

 

リンクは即答した。

 

「リンク、これは今までの仕事とわけが違う」

 

ミドナはリンクの顔を見上げた。

 

「もしかするともっと大きな危険に遭遇するかも知れない。お前はわざわざそんなことをしないでも、村に帰ったりあの子供たちと平穏に暮らすことだってできるんだ。それでもお前は私と一緒に行動してくれるのか?」

 

「もちろんさ」

 

問われたリンクは再び答えた。

 

「ミドナ、念のために言っておくと僕は考え無しで君を手伝うと言ってるわけじゃあないんだ」

 

リンクはそう言うと続けた。

 

「僕は君の正体もよく知らない。だけど君が君自身のためだけじゃあなく誰かのために戦っていること、そのことだけはわかる」

 

ミドナはリンクの顔を見ながら黙って聞いている。そのオレンジ色の瞳には今までリンクが見たことのない表情が宿っているように見えた。

 

「そしてそれが僕と君との共通点なんだ。だから僕は、約束の仕事を果たしたあとでも君を赤の他人とは思えないんだ」

 

リンクは少し言葉を探したが、また口を開いた。

 

「ミドナ、これは勇者の務めに目覚めたとかそういう大層なことじゃないんだ。君が僕をどう思ってるのか僕にはわからないけど、僕は君を友達だと思ってる。だから力になりたい。それだけのことなんだ」

 

ミドナはしばらくの間黙っていたが、やがて答えた。

 

「そうか。ありがとう」

 

彼女は少し顔を赤らめて下を向いたが、すぐに自分の姿を畳んでリンクの影の中に隠れてしまった。

 

リンクは改めて剣を拾い上げた。こんな強力な武器を手に入れられたのは有り難いが、鞘がない。ミドナに布でも借りてそれにくるんで運ぼうかと考えていたら、ふと足元の地面、剣が刺さっていた台座の手前に継ぎ目のようなものがあるのに気づいた。

 

リンクは再び剣を置くと膝をかがめて地面を調べた。間違いない。手で土を払っていくと、横に細長い木の板が床面に嵌め込まれている。両手の指をかけて持ち上げてみる。その下には、真鍮で美しい装飾の施された長剣の鞘と、頑丈そうなつくりのストラップが置いてあった。

 

リンクは剣を鞘に納めてみた。ぴったりだ。ストラップを剣の鞘の金具に差し込み背負ってみる。鞘に装着されたスイベルのお陰で、剣の長さにもかかわらずスムーズに抜刀できるようになっているようだ。しかもストラップに装備フックがついているので、盾と弓をしっかり固定することができる。

 

リンクは横に置いた木の板を元に戻そうと持ち上げたとき、その裏になにか文字が彫りつけてあることに気づいた。

 

「時の勇者この地に聖剣とその鞘を返還す」

 

その文字を読んだ瞬間、リンクは急に胸の中が暖かくなった気がした。今まで自分の勇者としての重荷や不安を分かち合ってくれる人は誰もいなかった。だが、遠い過去の話とはいえ、自分のように勇者として選ばれ戦った若者がいたのだ。

 

ありがとう、リンクはそう呟くと、木の板をそっと元の位置に戻した。全ての冒険を終えたらきっとこの神殿に戻ってこよう。そうして次の勇者のために聖剣をこの台座に戻そう。リンクはそう心に誓った。

 

ミドナはどこかに消えてしまった。リンクもさしあたりの問題が解決した安堵感のせいか、急に疲労と睡魔が襲ってきた。広間を囲む石垣に歩み寄ると装備を外して座り込み、石垣にもたれ掛かった。

 

考えてみれば、昨日の早朝から一睡もしていない。湖底の神殿での冒険を終えたあともミドナを救うため一晩中奔走し、さらにこの森で案山子どもとの追いかけっこまで演じたのだ。もうクタクタだ。リンクはあっという間に眠りに落ちていった。

 

夢ひとつ見ない深い眠りから目が覚めたときには、周囲がだいぶ暗くなっていた。

 

「ミドナ?聞こえるかい?」

 

リンクが呼ぶと彼女はすぐに姿を表した。

 

「リンク、どうした?」

 

「だいぶ眠ってしまったよ。今は何時くらいだろう?」

 

「もうすぐ日没だ。もう疲れは取れたのか?」

 

ミドナが珍しく気遣いを見せた。

 

「まあ完璧にはほど遠いけどね」

 

リンクは伸びをしてから体の痛みに顔をしかめた。変な寝方をしたのに加えて、案山子どもに打ち据えられた打撲の跡がまだ痛む。

 

「僕ら城下町を出てから何日になるだろう?」

 

リンクは尋ねた。

 

「日が沈んで明けたら三日目だ。それがどうかしたのか?」

 

リンクの心の中で急速に不安感が広がった。自分は何か重要なことを忘れている。自分の命の次くらいに大事なこと。絶対に忘れてはいけなかったことだ。

 

エポナ。

 

その言葉が頭に浮上した途端リンクは全てを思い出した。城下町の宿屋の亭主にエポナを預け、三日目に取りに戻ると約束したのだ。

 

リンクの背筋に氷のような寒気が走り、次いで全身がカアッと熱くなり額から汗が吹き出した。

 

「た.....大変だ。どうしよう。どうすればいい?」

 

リンクは両手で自分の頭を覆った。

 

「どうしたリンク、何があった?」

 

ミドナが尋ねる。

 

「エポナ!エポナを預けたままなんだ!早く取りに行かないと!」

 

リンクはそう言うと頭を掻きむしりながらパニック状態であたりを歩き回り始めた。

 

「落ち着け。一体お前の馬がどうしたっていうんだ?」

 

「城下町の宿屋に預けたんだ!明日の朝までに取りに行かないと....!」

 

リンクは自分でそう言った瞬間に絶望的な事実に気づいてがっくりと膝から崩れ落ちた。

 

駄目だ。ここから城下町まで、たとえ昼夜問わず走り続けたとしても五日はかかる。その間にエポナは持ち主不明として売り飛ばされてしまうだろう。

 

「ああ.....エポナ!エポナ!」

 

リンクは大声を上げると激しく嗚咽し始めた。ラネール地方の影の領域の手前で置き去りにしたあと奇跡的に再会して以来、絶対に彼女を放置したり面倒見を怠ったりしないと自らに誓ったのだ。それなのに。それなのに。

 

「どうか許しておくれ。エポナ.......どうか許しておくれ」

 

リンクはさめざめと泣いた。もう二度とエポナに会えないのだろうか。それともハイラル中を探し回ればいつかは見つけ出し買い戻すことができるだろうか。

 

「おい、リンク」

 

ミドナが声をかけてきた。リンクが顔を上げると、彼女は冷めきった目で見下ろしている。

 

「お前の慌てぶりが面白いから黙って見ていたが、そういう古代悲劇みたいな泣きかたをされると興ざめだ。いい加減にもうやめろ」

 

「だけど...だけどミドナ。彼女は僕の....」

 

リンクは鼻をすすりながら言った。

 

「ボクの妹同然....ってか?私にいわせりゃその感覚自体がオエッだがな。人間は人間、家畜は家畜だろ」

 

ミドナは唇を歪めて両肩をすくめた。

 

「ま、どうせ陰りの鏡を探す途中で使うだろうから今ネタバラシしてやろう。お前の問題を解決する方法をな」

 

そう言うとミドナは右手を出してリンクの目の前で開いた。リンクの身体から出てきた黒い呪具が乗っている。

 

「言ったろ?こいつがあればお前は狼に変身できる。変身中のお前には影の生き物の属性が付されている。だからザントの手下どもが残していったポータルを使ってだな.....」

 

そこまで説明を聞いたリンクの脳裏に鮮明な記憶が甦ってきた。狼の姿だったとき、リンクはミドナとともに自由にワープすることができたのだ。

 

つまり、一瞬で城下町の前まで飛んでいける。

 

リンクの心を押し潰さんばかりだった嘆きは、たちまち安堵と歓喜に変わった。

 

「ミドナ...!」

 

「やれやれ。やっとわかったか?これだからお前はそこつ者だと....」

 

リンクは立ち上がると喜びのあまりミドナに抱きつこうと手を伸ばした。だがその途端に鋭い平手打ちが頬を撃った。

 

「そういう挨拶は社会階層が近い者どうしでやるもんだ。第一レディに近づくときは鼻水を拭け」

 

ミドナは冷たく言う。

 

「そ...そうだね。ごめんごめん」

 

リンクは慌てて手拭いで顔を拭いた。

 

「よし、そうと決まったら服を脱げ」

 

ミドナが言った。

 

「え....?服?」

 

「ちょっと考えたらわかるだろう。人間に戻ったあと着る服がなかったら困るだろ?」

 

「た...確かにその通りだね」

 

リンクはミドナに背を向けるといそいそと服を脱ぎ始めた。リンクが裸になってしまうと、ミドナはその全ての装備と服をしまい込み、例の呪具をリンクの額に押し当てた。

 

すると身体中を雷が走ったような感覚がして、リンクは立っていられなくなり地に伏した。両腕両脚からゴワゴワとした青灰色の毛が生えてくる。顎も長く伸び耳が頭部の上に移ったのを感じた。

 

「よし、行くぞ?」

 

ミドナは宙に浮かぶと回転しはじめた。それにつられてリンクも自らの身体が空に吸い込まれていく気がした。周囲が暗くなり、やがてなにも見えなくなる。

 

しばらくするとリンクたちは城下町の東門前の跳ね橋の手前に降り立った。既に日が暮れかけている。ミドナは聖剣を取り出すと鞘ごとリンクの前に置いた。

 

「自分でやってくれ。私はおっかないからこんなもの触りたくないからな」

 

リンクは頷くと剣の柄を口に咥えて鞘から抜き放った。すると刀身から鋭い光が放たれリンクの身体を覆った。ほどなくリンクは人間の姿に戻り二本の脚で立っていた。

 

ミドナが出してくれた服と装備を身に付けていると、遠くから呼び掛ける声が聞こえてくる。

 

「いた!リンクさん、お手紙ですよ!」

 

顔を上げると、誰かが跳ね橋を渡ってこちらに向かってきている。リンクは急いで服のボタンをつけようとしたが、相手は思いの外脚が早く、あっという間にこちらに着いてしまった。

 

「リンクさん、最近お会いしませんでしたね。元気してましたか?」

 

あのポストマンだ。右手に持った紙片を差し出してくる。リンクはまだズボンも履き終わっていない。間の悪さに慌てて言葉を探しながら辛うじて手紙を受け取った。

 

「おっと、おトイレの最中でしたか。これは失礼。ではまた!」

 

ポストマンは一人で勝手に納得して走り去ってしまった。リンクはやれやれと溜め息をつき、ズボンを履いてベルトを締め、武装を身につけると改めて手紙を開いた。

 

テルマからだ。紹介したい人たちがいるので是非店に顔を出してくれ、との内容だ。

 

リンクはエポナを引き取ったらすぐにでもテルマの店を訪れることにした。跳ね橋を渡り、門から城下町に入る。近道をするため、邸宅街から噴水広場に入らず、すぐに左に折れて歓楽街に入った。街路は夜の娯楽を求める町人でちょうど込み合い始めたところだ。右手にサーカスのようなテントや犬のいる公園を通り過ぎしばらく歩くと、占い屋の隣に宿屋の看板が見えてきた。

 

リンクは足を早めて宿屋に近づきその扉を開けた。中に入ると、カウンターに亭主が突っ伏して居眠りしていた。リンクはその肩に手を掛けると揺り起こした。

 

「ご主人、僕だよ。馬を取りに来たんだ」

 

「はあ?」

 

亭主は涎を垂らしながら寝ぼけ眼をリンクに向けた。

 

「三日後に戻って来るって約束したろう?ちょっと早いけど引き取りに来た」

 

リンクがそう言うと亭主はしばらくの間ぼんやりとこちらを見ていた。

 

「どうしたんだ?追加の十ルピーは約束通り払う。早く馬を返してくれ」

 

当惑したリンクがそう続けると、亭主は口を開いた。

 

「ああ、あんときの剣士さんね」

 

「そうだ。そうだよ。僕の馬は廐にいるんだろう?連れてきてくれ」

 

話が通じず焦れていたリンクはやっと安心した。

 

「あの馬ならもうここには居ませんよ」

 

亭主が平然とそう言ったのを聞いて、リンクは驚愕のあまり全身が凍りついたようになり絶句してしまった。そして次の瞬間身体中の血液が沸騰したような気がした。

 

「貴様!売り飛ばしたな!」

 

リンクは亭主の襟首を掴んだ。リンクに思い切り引っ張られた亭主は身体がカウンターの上に乗ってしまい、浜に打ち上げられたアザラシのように手足をバタつかせた。

 

「ら....乱暴はよしてくだせえ、旦那!」

 

「うるさい!いいか、一度しか言わないぞ」

 

リンクは怒りに燃え上がった眼で相手を睨み付けると言った。

 

「誰に売ったかを話せ。そうすれば命だけは許してやる」

 

「だ....旦那。誓ってあっしは売っちゃあいませんよ。馬はテルマのところでさあ」

 

亭主が情けない声で言う。テルマの名前を聞いてリンクはふと冷静さを取り戻した。

 

亭主を座らせて話を聞くと、今日の夕方ごろに酒場の女主人は商工会議所の用事でこの宿屋を訪れたという。そこで彼女は外に並べて干してあった鞍の中に知り合いのものがあると言い出した。そして彼女は廐の中に入っていき、この馬は友人のものだから自分が面倒を見ると言い張って強引に連れていってしまったというのだ。亭主は酒場にツケが溜まっていたので、あまり強くは言えずさせるがままにしてしまったという。

 

事情を飲み込んだリンクは亭主に非礼を詫び、約束の十ルピーと、さらに迷惑料として十ルピーを渡した。

 

ブツブツと愚痴る亭主を置いて宿屋を出ると、リンクは真っ直ぐに酒場に向かった。目抜き通りを横切って裏通りに入り、人気の無い広場で右に曲がった。

 

酒場の扉を開くと、店内はちょうど仕事帰りの客で賑わい始めたところだった。だが、注文を取ったり飲み物を運んだりで忙しく立ち働いていたテルマは戸口に立ったリンクの姿を認めるとすぐに笑みを浮かべて手を振ってきた。

 

「リンクじゃないか!来てくれたんだね」

 

彼女は手近の客の飲み物を届けてしまうと、前掛けで手を拭きながら歩み寄ってきて、リンクの頭を自分の肩に抱き寄せた。

 

「あんたが無事で何よりだよ。何しろあの宿屋に立ち寄ったきり行方知れずだったからね」

 

「ありがとうテルマ。僕も会えて嬉しいよ」

 

リンクはそう答えるとテルマの顔を見た。

 

「テルマ、僕の馬は‥‥」

 

リンクの言葉を聞くとテルマは両手を打ち鳴らした。

 

「ああ、そうだったよ。あんたには申し訳ないことをしたね。何しろ見ちゃいられなくってさ」

 

彼女はバツの悪そうな顔をして頭を掻くと続けた。

 

「あの宿屋の亭主はドケチで有名でね。あんたの馬を預かってるって知って嫌な予感がしてさ。それで廐を覗いてみたのさ」

 

テルマの背後から早速酔いの回った客から追加の注文が入る。彼女はわかった、といった風に手を上げて応えると続けた。

 

「そうしたら身体は洗ってやってない、飼い葉もろくに食わせてない。水桶は汚れてる。私も馬が粗末に扱われてるのを見るのが耐えられない質でね。それで無理やり連れて来ちまったのさ」

 

それを聞いてリンクの腹の底があの亭主への怒りでまた煮えくり返ってきた。だが人間とこれ以上争っても仕方がない。そう思い直すと、追加注文の飲み物を運んで戻ってきたテルマに言った。

 

「ありがとうテルマ。馬の世話料は払いますよ」

 

「んなものはいいんだよ」

 

テルマはとんでもないという風に手を振った。

 

「それよりね、あんたには会わせたい連中がいるんだよ。さあこっちにおいで?」

 

彼女はそう言うと、リンクの背中を押して奥の客室に連れていった。

 

「みんな、この男前が噂のリンクだよ!」

 

客室には、以前テルマの留守中に訪ねたときと、狼姿でミドナを背負って忍び込んだときにその場所にいた三人組のうちの二人がいた。テーブルに向かって左には、栗色の髪に眼鏡の若い男。真ん中には黒髪を結い上げた女剣士だ。

 

だが右手には以前座っていた白髪を刈り込んだ初老の男ではなく、兜を被った中年の男がいる。兜には目の周りを覆う面甲がついているうえに口髭をたくわえているせいで顔がよく見えなかった。だが、腰に剣を差し、腕を組んで座るそのさまは、いかにも場数を踏んだ冒険者といった風情だ。

 

テルマの方を見ると、彼女はウィンクしてホールに戻ってしまった。

 

「やあ、君がリンクだね」

 

眼鏡の若い男が口を開き、立ち上がってリンクの手を握った。人懐っこい笑みを浮かべている。

 

「こないだは失礼なことを言ってしまったね、許してくれたまえ」

 

「いえ、いいんですよ」

 

リンクも男の手を握りながら笑顔を浮かべた。

 

「凄い腕っぷしなんだって?テルマから聞いたよ。僕はシャッド。剣のほうはからきしだけど考古学をやっていてね。特技は古文書の解読さ」

 

シャッドは言った。

 

「ハイラルの神話や歴史について知りたいことがあったら何でも聞いてくれ。そしてこちらはアッシュ」

 

シャッドは女剣士をリンクに紹介した。

 

「アッシュだ」

 

リンクが近づくと女剣士は形式的に手を差し出した。握手は軽い。だがその油断のない身のこなしと射すくめるような目付きから、実戦を経験した剣士であることはすぐわかった。リンクはミドナを背負ってこの店に侵入したときのことを思い出して少し身震いしそうになった。

 

「私は幼き頃より山に籠り騎士団出身の父より武技を叩き込まれ男のように育てられた。ゆえに人並みの作法を知らぬ。この先無礼があっても許されよ」

 

アッシュは言った。リンクは彼女の話し方に面食らってしまった。年齢はリンクとそれほど違わないように見えるのに、村では聞いたこともないような格式のある言葉遣いだ。

 

「いや、無礼なんてとんでもないですよ」

 

リンクは言った。

 

「むしろ僕のほうが無礼をしてしまうんじゃないかって心配してるんです。何しろ田舎村出身で何も知らないから」

 

「だが剣技というものは出身地で決まるものではない。日頃の鍛練と気概のみによって決まるものだ」

 

女剣士は言った。

 

「貴殿も剣士ならそれは分かっておられよう?」

 

「正確に言うと、僕はまだ剣士見習いなんです」

 

リンクは答えた。

 

「もっと正直に言うと、初めて魔物と戦ったのはこの夏に入ってからです。子供の頃から師匠に付いて練習はしてきたけど」

 

「自らの実力を偽らずに把握することも剣士の資質のひとつだ」

 

女剣士は言った。

 

「慢心せず精進を続ければ貴殿も遠からず正式の剣士となろう。そのときはお手合わせ願いたいものだ」

 

「考えときます」

 

リンクは冷や汗をかきながら答えた。

 

「おいおい、剣士どうしで盛り上がってばかりでもしょうがないじゃないか」

 

シャッドが口を挟んだ。

 

「もう一人紹介するよ。こちらは‥‥」

 

シャッドが兜を被った男のほうを指し示した。だが男は手を上げてそれを制した。

 

兜の男はそのまま何も言わず黙っている。リンクが困惑していると、男は低い声で笑い始める。リンクはますます怪訝に思った。

 

「久しぶりだな、小僧」

 

やがて男はそう言うと立ち上がって兜を脱いだ。その顔を見たリンクは息を呑んだ。

 

モイだ。

 

リンクとモイは二人して歓声を上げ抱きあった。モイはリンクの背を叩くと、その頭に手を置いて顔を見つめた。

 

「無事でいてくれて嬉しいぜ。何しろあの事件以来一度も会ってなかったからな」

 

「モイ、怪我はもういいのかい?」

 

リンクは尋ねた。最後に会ったときの包帯をして寝込んでいた姿が目に焼き付いていたからだ。

 

「それにウーリの傍にいてあげなくて大丈夫?もうとっくに赤ちゃんが生まれたころだろう?」

 

「ま、それはおいおい後で話すよ」

 

モイは答えると、シャッドとアッシュに言った。

 

「とにかくな、こいつが言ってた師匠ってのは何をかくそう俺のことさ。こいつは俺の弟子なんだ」

 

モイは嬉しさを押さえ切れない様子でリンクの頭を撫でた。

 

「だが俺もまさかリンクがここまで成長するなんて思ってなくってな。大鬼を倒したなんて聞いてまさにびっくり仰天ってやつさ。アッシュ、俺の田舎剣術も捨てたもんじゃないだろ?」

 

そう問われた女剣士は片手を上げた。

 

「モイ殿。リンク殿が大鬼を倒したのは剣ではなく弓矢でと聞いたが」

 

「おっといけねえ」

 

モイは自分の額を平手で軽く叩いた。

 

「そうだったな。ハイリア大橋で大鬼と戦ったときは弓矢だったらしいな。俺はこいつに弓矢は教えちゃいねえ。だからそれはこいつ自身の生まれ持った才能だな。だがこいつはオルディン大橋でも同じ鬼と戦ったのさ」

 

そう言うとモイは身振り手振りを交えて語り始めた。

 

「そんときの戦いっぷりは何しろ凄かったって話だ。俺の倅がその目で見たってえのさ。百騎はあろうかという小鬼どもの群れに正面から突っ込んでバッサバッサと斬り倒し‥‥」

 

「百騎もいなかったよ。せいぜい三十くらいだよ」

 

リンクが慌てて訂正したが、モイは勢いがついたのか話が止まらない。

 

「んで最後にはオルディン大橋で大鬼と対決だ。奴の猪の角をギリギリで躱してだな、俺の直伝の回転斬りでバッサリよ」

 

リンクは恥ずかしさで顔を赤くした。大体は事実だったが、モイの講談風の話し方がいかにも大げさだったからだ。

 

「モイ、もう勘弁してよ。それよりどうしてここに?」

 

「話せば長くなるがな」

 

モイは腰かけると空いている椅子を手元に引き寄せリンクにも座るよう勧めた。

 

「お前が村を出た後俺もすぐ出発したんだ。倅や他の子供たちのことだけじゃねえ。正直言うとお前のことも心配だったもんでな」

 

リンクは座りながら苦笑いした。やはりモイからも一人前とは思われていなかったのだ。

 

「だがあちこち回ってみても手掛かりなしでな。そこで一旦村に戻ったら女房の奴、お前がカカリコ村で倅たちに会ったって言うもんだからよ」

 

「じゃあそれでカカリコ村に行ったんだね。コリンにはもう会ったのかい?」

 

リンクは尋ねた。

 

「ああ。そこでまたびっくりしちまってな。あいつ見違えるみてえに逞しくなりやがって、一体何があったのかって思ったよ」

 

「コリンはまだゾーラの王子の看病を?」

 

リンクは気掛かりだったことを尋ねた。

 

「いや。ゾーラの王子はもう回復したらしいが、あいつまだ村でやることがあるなんて言いやがってよ。まるで一丁前の男みてえにな」

 

そう言いながらモイは笑った。

 

「じゃあみんなはまだカカリコ村なんだね」

 

「ああ。あの村も今では安全だ。何しろゴロンどもが目を光らせてるからな。だから俺も倅たちをあの村に置いてひとまず城下町に出てきたってわけよ」

 

そのとき、テルマがパンと肉とスープを山のように持ってきてくれた。

 

「ほらほら、若い剣士さんは冒険から戻ってきたばかりで腹ペコなんだ。世間話ばっかりしてないで早く食べさせておやりよ」

 

「おうテルマ、こいつは済まねえな」

 

そう言うとモイはリンクにウィンクした。

 

「さ、遠慮なく食いな。勘定は気にしなくていいからよ」

 

リンクは戸惑った。モイが払ってくれるのだろうか?申し訳ない気持ちもしたが、食べ物を前に腹の虫がギュルギュルと鳴き始めた。

 

「そうだリンク、もう一人ラフレルって爺さんがいてね。いまちょっと東の砂漠を調べに行ってるのさ。戻ってきたらあんたにも紹介するよ」

 

テルマがそう言いながら四人に飲み物を注ぐと、またホールの方に戻った。

 

モイによると、ラフレルという人物は以前軍の高官だったらしい。またアッシュの父も剣術指南役だったということで、兵士時代からモイは二人とも知り合いだったのだそうだ。またラフレルは退役後ゼルダ姫の教育係も務めたことがあるという。それで学者であるシャッドの父とも懇意となったとの話であった。そのラフレルはハイリア湖畔の見張り塔から東の砂漠を調査しているのだとシャッドは言った。

 

「あの爺さん、近頃砂漠に怪しい連中がうろついてるって言っててね」

 

「怪しい連中?魔物かな?」

 

リンクは尋ねた。

 

「そうかも知れない。僕らは今ハイラル中の異変を調査してるんだ」

 

「異変?」

 

リンクは聞き返した。

 

「ん.....まあ詳しくは後で話すよ」

 

シャッドは妙な態度で言葉を濁すと、リンクのコップに飲み物を注いだ。

 

「さあ若き剣士に乾杯だ!」

 

リンクは心行くまで飲み食いし人心地を取り戻した。アッシュは実のところ自分と一歳しか違わないと知ってリンクはまた驚いた。シャッドはリンクより十歳ほど上だったが気さくで明るい男だと分かった。リンクはすっかり二人と打ち解けた。

 

四人はそれからしばらく談笑した。夜が更けて客が帰り始めるとシャッドとアッシュはそれぞれの自宅に戻った。テルマは客席を片付けると、椅子や台を組み合わせてリンクとモイのために即席のベッドを二つしつらえてくれた。

 

「剣士さんが二人も泊まり込んでくれるなんてね。私もこれで安心して帰れるよ」

 

テルマは店の灯りを落とすと言った。

 

「そうそう。リンク、あんたの馬は出て右手の廐にいるよ。私の馬と仲良く過ごしてるから心配いらないよ」

 

リンクはテルマに礼を言い、戸口まで見送ると武装を解き横になった。モイも寝床に入った。

 

「リンク、お前には本当に感謝してるんだ」

 

モイはしばらくすると天井を見たまま言った。

 

「感謝?」

 

リンクは尋ねた。

 

「倅を助けてくれたんだ。お前がいてくれなきゃ今頃死んでただろう」

 

「そんな。当然のことをしただけだよ」

 

リンクは照れ笑いした。それに今となってはコリンを救出したのも何年も前のことに思えた。

 

「それでな。あいつときたら口を開けば『リンクみたいになりたい』って言ってな。俺がカカリコ村に着いたとき何をしてやがったと思う?」

 

「分からないよ。何だい?」

 

「剣術の練習だって言って棒を振ってやがったのさ。信じられるか?あいつがだぞ?」

 

モイは上半身を起こした。リンクもまた驚いてモイを見た。

 

「とりあえずカカリコ村を出る前に基本の型を三つほど教えといたがな。俺もまさかあいつがあんな風になるなんて思ってもみなくてよ」

 

モイはそう言うと目頭を指で押さえた。リンクは病床にいたときのコリンとの会話を思い出した。いま少年の心の中では剣を学ぶ理由と意義がはっきりと像を結んだのだろう。

 

「でもモイはトアル村に戻らなくっていいのかい?」

 

リンクは聞いた。

 

「俺が一度戻ったときに赤ん坊には会えたんだ。元気な女の子だったよ」

 

モイは答えた。

 

「本当に?」

 

「ああ。ウーリも元気だった。あいつは今ボウの世話になってる。元々ボウの姪っ子だからな」

 

そう言うとモイは溜め息をついた。

 

「どうしたんだい?」

 

「いや‥‥それでな。カカリコ村で倅たちに会ったあとトアル村に連れ帰ろうとしたらあいつ何て言ったと思う?」

 

「わからない。何て言ったんだい?」

 

モイは笑うと言った。

 

「あいつな。『リンクは今ハイラルのみんなのために戦ってるんだ。パパも剣士ならリンクみたいに戦って』とさ!」

 

リンクは言葉を失ってしまった。まさかコリンがそんなことまで。

 

「実の息子にそうまで言われちゃ俺も格好がつかねえだろ?それで俺も何かの役に立たなきゃと思ってな。それでここに来たのさ」

 

「そうだったんだ‥‥」

 

リンクは両手を頭の後ろで組むと横になった。

 

リンクが冒険に出てから色々なことが変わった。だがそれは自分のだけのことではなかったのだ。コリンも、そしてモイさえもその人生を変えられたのだ。

 

何か大きな運命のうねりがハイラル全体を覆っているとリンクは思った。今まで誰からも理解されず孤独な戦いをしてきたと感じていたリンクだったが、これからは違う。リンクは心強さを覚えながら眠りについた。

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