黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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影の王国を継ぐもの

「リンク....リンク....」

 

囁く声がしてリンクは目を覚ました。テルマの居酒屋の客席にしつらえた簡易ベッドの中だ。

 

「起こして済まん。人が周囲にいないうちに作戦会議をしようと思ってな」

 

声はミドナだった。リンクは軽く頷くと、寝床を畳んで身支度をし、店の外に出た。まだ明け方だ。リンクはふと思いつき、出口の右手にある扉を開いて厩に入った。その中にエポナはテルマの馬と二頭並んでいた。身体も清潔で、目の前の桶には飼葉もたっぷり入っている。リンクは安堵すると、エポナの首筋を撫でて労いの言葉をかけた。そして壁にかけてあったブラシをとると、エポナもテルマの馬も綺麗に毛並みを整えてやった。

 

「陰りの鏡の場所は実を言うと私も知らないんだ」

 

ミドナが姿を現すと言った。

 

「だが城下町に来たのは正解だった。情報が集まるからな」

 

「そうだね。あの学者の彼はハイラル中の異変を調べてるって言ってたよ。あのときは詳しく聞けなかったけど、彼らと付き合っていれば見込みのある情報が入ってくるかも知れないね」

 

馬にブラシをかけながらリンクも言った。

 

「ああ。さしあたり東の砂漠で魔物が出没してるっていうのが気になるな。手始めにそこを調べよう」

 

ミドナが提案した。リンクは馬の世話を終えると、一旦酒場に戻った。モイはまだ寝ていたので、カウンターにあった紙に「ラフレルに会いにいく」と置き手紙をしておいた。

 

リンクは裏通りを抜け目抜き通りに出た。何人かの露天商たちが開店の準備をしているが、人通りは少ない。目抜き通りを北上し、噴水広場に出ると東通りに曲がった。門から出て跳ね橋を渡るころには太陽が東の空に昇ってきていた。

 

「おいリンク、そのまま歩いて湖畔に行くのか?」

 

ミドナが言う。

 

「そうか、僕らはワープできるんだったね」

 

リンクは苦笑いした。平原に出て物陰に隠れると服を脱いだ。すぐにミドナがリンクを変身させ、ワープを開始する。数秒後には、リンクたちはハイリア湖畔で以前影の使者たちと戦った広場にできたポータルの下に出現していた。手早く服を着て装備を整えると、リンクは周囲を見回した。シャッドによると見張り塔はハイリア湖畔の東にあるという。

 

リンクは以前ここでルピー探しをしたとき、梯子を登った先に湖畔のはるか先まで続く道があったことを思い出した。広場から南東に進む木道を渡ると、梯子を登って崖の上に上がった。そこから見渡すと、はるか向こうに高い塔が見える。

 

リンクは塔目指して歩き始めた。ふと左手を見ると、風の力で狼の遠吠えを模した音を立てる石碑が立っている。ここにもあったのか。リンクはふと微笑んだ。案外、骸骨剣士は心配症で、リンクのことをひどく気にかけていてくれるのかも知れない。

 

リンクは後でここを訪れることにして先に進んだ。まずはラフレルの情報を確かめたい。道中、二つほど段差をよじ登ったが、それ以外は湖畔は平坦な地形が続いた。朝の運動としては最適だ。一時間と少し歩くとリンクは塔の下にまで辿り着いた。見上げるとかなりの高さだ。リンクは塔の壁にしつらえられた梯子に手をかけて登った。時間をかけてようやく登り切ると、塔の頂上には頭にフードを被った大柄な男が東のほうを向いて立っていた。

 

「リンク殿...ですな?」

 

男は振り返らずに言った。リンクは塔の見張り台の上に立つと改めて挨拶した。

 

男はフードを下ろし、初めてこちらを向いた。白髪を短く刈り込んでおり、背が高く逞しい体格だ。若い頃はさぞかし武人として鳴らしたであろうとリンクは想像した。

 

「老輩はラフレルと申す。貴殿のご活躍のほど、テルマから聞きましたぞ」

 

以前の取り付く島もないような態度とうって変わった相手の柔和な物言いに、リンクはほっとした。やはりテルマが話を取り次いでおいてくれたのだ。

 

「大したことはありません。僕はまだ剣士見習いの身ですから」

 

リンクが謙遜すると、ラフレルは言った。

 

「いえいえ、貴殿のような勇猛な若者なら必ず砂漠の異変の話を聞いてここに来られると私は思っておったのです。違いますかな?」

 

リンクは頷いて答えた。

 

「確かにそれが気になってここに来ました。どんな異変が起こっているのか話してもらえますか?」

 

「ふむ」

 

ラフレルは少し沈黙し、遠く東の砂漠のほうを眺めた。日は既に高く昇り、砂漠の白っぽい砂に日光が反射してまばゆく光っていた。

 

「かつてあのゲルド砂漠にはある大罪人を処刑した処刑場があったのです」

 

「処刑場...」

 

「さよう。数々の悪逆非道を働いたかどで捕えられたその男は、処刑場にあった呪われた鏡であの世に送り込まれた、と伝えられています」

 

鏡?リンクの頭の中で音が弾けた。かなり見込みが高い。こちらの意図を気取られないよう気を付けながら、リンクはさりげなく尋ねてみた。

 

「鏡で人をあの世に送るなんで珍しい話ですね。どうして単純に首を刎ねなかったのでしょうか?」

 

「それはわかりませぬ。なにしろ刑場は数百年前に閉鎖され、砂漠に行く道も今は閉ざされておりますゆえ。長年それを確かめようと立ち入る者もおりませんでした」

 

ラフレルは答える。

 

「ところが最近、砂漠の様子がおかしいのです。例えば....」

 

「例えば?」

 

リンクは逸る気持ちを抑えながら尋ねた。

 

「砂漠の上空、特に処刑場跡地の上に黒雲が立ち込めることが多くみられるようになりました。さらにこのところ砂漠のそこここを魔物がうろついているのです」

 

これはかなりの確率に見える。ラフレルの言葉を聞いてリンクの推測は確信に変わってきた。

 

「老輩は今現在ハイラルが見舞われている種々の異変があの処刑場と関係があるのではないかと思い調べておったというわけなのです」

 

ラフレルはそう結んだ。

 

「話してくださってありがとうございます」

 

リンクは礼を言った。

 

「して、リンク殿はどうなさるおつもりか?」

 

藪から棒に問われてリンクは少し逡巡した。できれば誰にも気づかれずこっそりと処刑場を探索したかったからだ。

 

「まさか、あの砂漠に赴き自らの目で確かめに行かれると申されるか?」

 

どう答えるべきか。できれば隠密に行動したいが、あまり小細工もしたくない。リンクは適当な理由をでっちあげることにした。

 

「はい。僕は将来剣士として身を立てようと思っています」

 

話しながらもっともらしい文句を考えていたら存外容易に浮かんできた。

 

「でも僕はまだ未熟ですから経験を積んで強くなりたいんです。経験を積むにはやはり実戦が一番かと思って」

 

「おお、そうですか」

 

ラフレルは相好を崩した。

 

「ではこのラフレル微力ながらお手伝いいたしましょう」

 

ラフレルは腰の物入れから紙とペンを取り出すと、手早く何かを書きつけてリンクに渡した。

 

「湖上で遊戯屋を営んでおりますトビーという男にこれをお渡しくだされ」

 

礼を言ってリンクが受け取るとラフレルは続けた。

 

「実は昔その男を助けたことがありましてな。それ以来何かと頼み事も引き受けてもらっておるのです。その男に任せておけばうまくやってくれるでしょう」

 

リンクは重ねて感謝し、ラフレルのもとを辞した。長い梯子を下って地面に降り立つと、早速ミドナに話しかけた。

 

「ミドナ、今の話聞いたかい?」

 

「ああ、聞いた」

 

ミドナが姿を現した。

 

「呪われた鏡で罪人をあの世に送るなんておどろおどろしい話だけど、脈はありそうだね」

 

「そうだな。特に魔物どもの話は見込みがある証拠だ」

 

「でもそれってザントが先手を打って配置してるって可能性があるね」

 

歩きながらリンクが言う。

 

「せいぜい用心して行こう。また待ち構えているかも知れないから」

 

するとミドナは答えた。

 

「そうかも知れないし、そうでないかも知れない。奴は我々がまだ生きていることは知っているが我々がどこにいるかまではつかんでいないはずだ」

 

ミドナはそう言うと拳を握った。

 

「それに万が一奴っこさん本人に出くわしたらそれこそ望むところだ。今度こそ吠え面かかせてやる」

 

「勝てるのかい?」

 

リンクは驚いた。

 

「前回は不意打ちでやられたんだ。今回はそうはさせない。それに今はお前にもその剣があるだろ?」

 

ミドナがそう言うのを聞いてリンクは思わず嬉しくなった。湖底の神殿で手伝いを申し出たときは簡単に却下されたのに、今のミドナはリンクの力をあてにしてくれているのだ。

 

「魔物についてはいずれにせよ相当な奴が出てくるのは覚悟しないとならないな。もしそれが本物の陰りの鏡だとしたら、そんな代物が防魔処理もせず百年も放置されてたんだ、まあいろんな奴らが群がってくるのも当然だ」

 

ミドナはふと思い出したように付け加えた。

 

「それよりリンク、お前あの爺いには気を付けたほうがいいぞ」

 

「気をつける?どういうことだい?」

 

リンクは面食らった。

 

「彼は礼儀正しいし、親切だったじゃないか。大砲屋への紹介状を書いてくれたんだ」

 

リンクが手にした紙片をミドナに見せると、彼女は溜め息をついた。

 

「まったくこれだから田舎者は...」

 

そう言いかけ、ミドナは残りの言葉を飲み込むと、改めて話し始めた。

 

「まあいい。それがお前の生まれなんだから仕方ない。最初から順を追って話してやるからよく聞けよ」

 

「うん」

 

「あの爺さんは処刑場の周辺に魔物がうろついてるって言ってたよな?」

 

「そうだね」

 

「それに処刑場内部にしたって、そんないわくつきの廃墟に危険がないわけがない。あいつはそれを知ったうえで、言葉巧みにお前を丸め込んで現地に行かせようと誘導したんだ。食えない狸おやじだよ」

 

「そんなこと思いもしなかったよ。親切心でやってくれてるとばっかり...」

 

リンクはミドナの方を向いて目を丸くした。

 

「おいリンク、よく考えろ。あいつがそんなに砂漠や処刑場を調べたいんなら自分で大砲屋に頼んで自分で行ってみるはずだ。だが行かなかった。なぜか?危険すぎると判断したからだ。それなのになんでああもあっさりとお前のために紹介状を書いたんだ?」

 

「それは..」

 

リンクは言葉に窮した。確かによくよく考えてみたら話がおかしい。

 

「普通の神経をした人間なら自分が行くのをためらうような危険な場所に他人が行こうとしたらまず止めるはずだろ?少なくとも警告はするはずだ。違うか?」

 

ミドナは人差指を立て横に振った。リンクは次第にミドナの言いたいことが分かってきた。

 

「つまり...僕はていのいい実験台として送り込まれたってこと...かな?」

 

「その通りさ」

 

ミドナはふんと鼻を鳴らした。

 

「まあ我々としても陰りの鏡を探すのが目的なのだから結果的には構わない。だがあの爺いはお前を利用しようとしているのは間違いない」

 

そう言うと彼女は両方の手の人差し指を一本ずつを交互に立てた。

 

「お前が戻ってきたら情報を聞き出して自分たちの目的のために役立てる。お前が戻ってこなかったら危険性が高すぎると判断し以後は調査対象から外す。そういうことだろうな」

 

リンクは沈黙してしまった。自分は世間知らずで簡単に人を信用してしまう。ミドナがついていなければ騙されてとんでもない失敗をしてしまいかねない。

 

「僕は本当の勇者なのかやっぱり自信がなくなってきたよ」

 

リンクは思わず漏らした。

 

「情けないことを言うな。努力すればいいだろ」

 

ミドナはリンクの頭を軽くはたいた。

 

「お前が正当な勇者だということは間違いない。だがそれはお前が円熟した賢者であることを意味しない。その二つはまったく別の話ということだ。私もお前を勇者として選んだ奴の気まぐれぶりに時々イラつくがな。まあ仕方ない」

 

リンクたちは湖畔を歩きながら作戦を練った。砂漠を探索するとなると準備は周到にしなければならないと話がまとまった。爆弾は五、六個残っているし、矢もまだ二十本以上ある。だが砂漠となると食料と水が必要だ。リンクはまずルピー稼ぎをすることにした。来た時に登った梯子の上あたりで片端から草を斬り払っていくと十ルピーほど集まった。その後ラネールの泉に立ち寄って自分の水筒を水で一杯にすると、泉の周辺でも草を斬り払い、さらに十ルピーほど集めた。加えて、蛇の像を揺らしたら五ルピーも二つほど落ちてきた。今日はツいてるようだ。ある程度のルピーが集まったところでリンクはトビーの大砲小屋に向かった。

 

「しばらくぶりだな兄ちゃん、元気してたか?」

 

トビーはリンクを見ると気さくに声をかけてきた。リンクは軽く世間話すると十ルピーを渡してトリトリップ小屋まで打ち上げてもらった。

 

着陸台から鶏小屋に降りる。小屋の主、ラッカは客の姿と見て一瞬明るい声を上げて差し招いたが、リンクの顔を見ると明らかな落胆の表情を浮かべた。

 

「ああ、あのお兄ちゃんね」

 

彼は溜息をつくと悲しそうに言った。

 

「悪いけどまだ景品補充できてないのよ。箱に入ってる分で我慢してね」

 

リンクは内心恐縮しながら強そうな鶏を選び、出発口を通って張り出しの上に立った。晴れ渡る午前の空の下でハイリア湖を見渡すのは実に気持ちがいい。リンクは眼下の宝島目指して飛び出した。もう三度目だから慣れている。しばらく鶏を飛行させ、少しづつ高度を下げながら目標地点に近づいたところで、ミドナに合図して鉄のブーツを履き一気に高度を下げた。再びブーツを入れ替え、回転する島の頂上に過たず飛び降りた。宝箱の蓋を開けるとまた百ルピーが入っていた。だがミドナは不満顔だった。

 

「もうここも潮時だな。差し引き七十ルピーじゃあ大して実入りが良いとは言えない」

 

「僕らが追い詰めちゃったのかな」

 

リンクはルピーを仕舞い、下の階層に飛び降りながら言った。

 

「ま、あいつも観光客が多かったころはボロい商売で笑いが止まらなかったんだろ。私たちがザントを倒した暁には景気が上向いてあいつも稼げるようになるさ」

 

ミドナが言う。リンクは浮橋を伝って大砲屋に向かったが、ルピーの無駄遣いはやめることにして、トビーに挨拶だけして通り過ぎるとポータルのある広場のほうに向かった。そこで物陰に隠れ服を脱ぐとミドナに狼に変えてもらい、城下町の前のポータルまで飛んだ。

 

人間に戻してもらい、手早く身支度を整える。服を着ている間に、リンクは以前野宿した歩哨台の北に岩がひとつあったのを思い出した。あの岩を爆弾で砕けばルピーが見つかるかも知れない。リンクはそこから北へ歩き、歩哨台を通り過ぎて岩の前まで行った。爆弾袋から爆弾を一つ出すと、導火線に点火して岩の下に置き、自分は後ろに下がった。爆発して岩が細かく裂けると、破片を取り除けてルピーを探す。果たして五ルピーが四つ、計二十ルピーが見つかった。

 

「これで九十ルピーだよ。まだ足りないかな?」

 

リンクは尋ねた。

 

「もう一越え欲しいところだがな。そうだリンク、お前はまだ城下町の南側には行ったことがないだろう。そこを探したらどうだ?」

 

ミドナが言う。リンクは助言に従うことにした。跳ね橋を渡って扉を通り、東通りから中央噴水広場へ、さらに左に折れて目抜き通りを真っすぐ南下した。すでににぎわい始めた商店街を通り抜け、南門から外に出た。

 

南門の外は美しい階段や花壇が整えられており、昔は記念日のたびにここに儀仗兵が整列していたであろうと想像させた。正面から南に向かう回廊の左右には小さな歩哨塔がしつらえられており、その上に立てられた旗竿には王家の旗がそよ風に翻っている。

 

階段を下り切って平原に出たリンクは、同年代くらいの少女が草むらに座っているのを見て足を止めた。群生している花を摘んでいるのだろうか。

 

リンクは少し心配になった。城下町のすぐ近くとはいえ、ここは平原だ。野生動物や魔物が通りがからないとも限らない。しかし、だからといっていきなり声をかけたらそちらのほうがかえって警戒されてしまうかも知れない。

 

リンクは躊躇したすえ、少女に近づいて挨拶した。天気がいいですね、といった当たり障りのない言葉をかけてみると、少女は立ち上がりリンクを見た。

 

「あら、大きなバッタさんかと思いましたわ」

 

リンクはいきなりの素っ頓狂な挨拶にどう言葉を返していいかわからず、口ごもってしまった。少女は金髪をおさげにまとめ、高価そうな薄水色のドレスを着ていた。手に籠を持ち手袋をしているところを見ると、その目当ては花にせよ何にせよ本格的な採取をしに来たのだろうと思われた。ところが、ドレスの背中には布と竹で作られていると思しき蝶々の羽を模した精巧な飾り物がついている。それがますます異様な雰囲気を醸していた。

 

「でもそんな恰好をなさっているということは剣士さんも虫がお好きなんでしょ?」

 

少女は微笑んだ。年は若いと見えるのに、顔には念入りな凝った化粧をしているのがわかった。トアル村では決して見ることのないタイプだ。リンクは何を話題にすればいいか迷ったが、とりあえず虫は好きなのでその話題でいくことにした。リンクは名乗ると、好きな虫を挙げた。

 

「ええ、僕も虫は好きですよ。カブトムシとかトンボは故郷でよく捕まえたものです」

 

「よかったわ。虫好きに悪い人はいませんもの。でも...失礼ですけど、あなたはまだまだ虫に関しては初心者みたいですね」

 

そう言うと少女は少し膝を曲げてお辞儀をした。

 

「申し遅れました。私虫さん王国のプリンセス、アゲハと申しますの」

 

「虫さん..王国...ですか?」

 

リンクはまた面食らってしまった。この少女は何を言っているのだろう?

 

「私、世界中にいる二十四匹の黄金の虫さんたちを舞踏会に招待しているところですの」

 

「黄金の虫...ですか」

 

「ええ。それなのに道に迷ったのかなかなか出席いただけなくて...」

 

アゲハと名乗った少女は少し残念そうな表情をしたが、思い立ったように顔を上げてリンクを見た。

 

「そうだわ剣士さん。剣士さんは冒険するために国中を旅なさっているでしょう?もし虫さんをお見掛けしたら連れてきてくださらない?」

 

「え..ええ。構いませんとも」

 

リンクは答えた。すると少女はにっこりと微笑み、籠の中に手を入れると小さなカードを取り出してリンクに渡した。

 

「私のお城の住所はここに書いてありますわ」

 

リンクは受け取ると、黄金の虫を見つけたら届けることを請け合った。少女は礼を述べると、また草むらに腰を下ろして群生した花を掻き分け始めた。

 

カードには「虫さん王国王女・アゲハ」と書かれている。その下には城下町東南通り三番地十四号とあった。リンクはますます心配になった。まさに歓楽街のど真ん中だ。あんないかがわしい場所に住んでいるこの少女はどういった商売をしているのだろうか?だが少女は虫探しに熱中しており、もうリンクに注意を払ってはいなかった。

 

リンクはカードを仕舞うと、自分の探し物をすることにした。平原の右手には、かなり西に歩いたところに高い自然岩の柱が立っている。とても爆弾で砕くことができるような大きさではない。リンクは左手に歩いてみた。前方遠くに地面の大きく割れた箇所がある。歩み寄って覗き込んでみると、はるか下のほうから水音が聞こえる。リンクは城下町の地図を頭に浮かべた。確か町の北方に大きな川があり、それが町の地下を通っているのだ。おそらくこの下はその川だろう。視線をさらに東の方に転じると崖になっており、その先はハイリア湖だ。

 

だがルピーはなかなか見つからない。草を薙ぎ払ってみても、観光客の多いハイリア湖と違ってルピーがあまり出てこなかった。

 

「ミドナ、ここは見込みなしじゃないか?」

 

リンクは言った。

 

「諦めが早いなお前は。もう少し念入りに探してみろ」

 

ミドナは答えた。平原の東側には他にとりたてて変わったものもない。リンクは城壁の真下まで来るとその辺りも捜索したが成果なしだった。

 

それにしてもいい天気だ。夏も盛りを過ぎ始めていたので、日当たりは良くとも暑すぎるというほどではない。リンクは城壁の下に腰を下ろすと水を飲んで休憩した。するとリンクはまた眠気を催した。暖かい日差しの下リンクはやがてうたた寝に入っていってしまった。

 

すると狼の遠吠えを聞いてリンクは目を覚ました。いや、夢の中でそれを聞いたのだろうか?リンクはすぐに立ち上がった。とうとう骸骨剣士が来てくれたのだ。リンクは背後を振り返った。思ったとおり、骸骨剣士は左手に円盾、右手に剣を提げてそこに立っていた。

 

「先生....」

 

リンクは声をかけた。

 

「また会ったな」

 

骸骨剣士が低い声で言う。

 

「迷いは消えたものと見える」

 

相手の言葉を聞いてリンクは微笑んだ。この人には何も隠しごとが出来ない。すぐに見破られてしまう。

 

「正直な話、今でも自信はあまりありません。でも僕はそれでも前に進むのが勇者だと学びました」

 

「よかろう」

 

骸骨剣士が頷く。

 

「ならば次なる奥義は大技だ。強力だがそなたの体力も消耗する。身につけたいと思うか?」

 

「はい」

 

リンクは力強く答えた。

 

「その前に我が奥義『背面斬り』を身につけられたかどうか確かめよう。やってみろ」

 

リンクと骸骨剣士は互いに剣を構えた。油断のない脚運びで互いの間合いを測り合う。リンクは相手にジリジリと近づくと、突然横にホップし、それから前転して後ろに回り込んだ。立ち上がりざま跳躍し体を回転させる。剣の刃が骸骨剣士の背中を直撃し、相手はドウと音を立ててうつ伏せに倒れた。

 

「よし。確かにこの技を己の物としたようだな」

 

骸骨剣士は立ち上がると言った。

 

「だが装甲をしていながらも動きの速い敵に対しては背面斬りも通じぬことがある。これから教える技はそのような時に使う技だ」

 

説明した後、骸骨剣士はリンクを構えさせた。そして自らも盾と剣を構えるとリンクに盾アタックを喰らわせた。よろめいたところを跳躍し、リンクの頭上で前転宙返りしながら剣を振り下ろす。

 

大柄な体格に似合わない敏捷な動きだ。リンクはついていけず思わず目を閉じて顔を背けた。気づいたときには骸骨剣士はリンクの背後に着地し、その首筋に剣の刃先をあてていた。

 

「これが『兜割り』だ」

 

骸骨剣士は技の名を告げた。リンクはこの骸骨剣士の技の幅の広さに驚嘆していた。まだこんな技を持っていたとは。自分に出来るだろうか?一瞬そんな迷いが浮かんだが、リンクはすぐそれを打ち消した。やるのだ。

 

二人の剣士は盾を下げ、互いの剣を上げて刃を打ち鳴らし改めて挨拶をした。リンクは隙のない構えで盾を持ち上げ、盾アタックの機会をうかがう。少しの間ブーツの底が地面に擦れる音だけが響く。脚運びで距離を詰めたリンクは、間合いが交差した瞬間盾アタックを叩きつけた。

 

よろめいた相手に向かって跳躍する。ジャンプ斬りよりも高い跳躍だ。身体全体を前転させ剣の刃を相手の頭頂部に叩きつけ、そのまま骸骨剣士の背後に着地した。すかさず振り返ると骸骨剣士の背中に向けて縦斬りを放った。頭部と背中に立て続けに痛撃を喰らった骸骨剣士はたまらず倒れた。

 

「うむ。見事だ」

 

骸骨剣士は立ち上がると言った。

 

「良いか。盾アタックの後に生じた好機を見逃すでないぞ」

 

リンクはまだ荒い息をつきながら頷いた。体力は消耗するが、成功すれば形勢逆転もありうるという意味で背面斬り以上の大技だ。リンクは目の前の空間に敵の姿を描くと、もう一度動きを復習した。盾アタックを叩きつけ、跳躍し前転宙返りしながら頭頂部を斬る。背後に降り立って振り返りダメ押しの一撃。

 

「お前に伝えるべき奥義はあと三つある」

 

骸骨剣士は言う。リンクはその数に驚くと同時に期待の念を抱いた。剣の道を究めるにはまだまだ時間がかかりそうだ。だが、弛まず進めばこの先もっと凄い技を伝授してもらえるかも知れない。

 

「そなたは新たな剣を手にいれた。だがその剣が生きるかどうかはそなたの覚悟次第となろう」

 

そう言われ、リンクは手にした聖剣を見た。この剣はまだ実戦で使っていない。リンクの右手にはいかにも頼もしい剣の重さがかかっている。

 

「忘れるな。剣の力はそなたの力そのものではないことを。休まず鍛錬を続けよ」

 

骸骨剣士の言葉が耳の中に響く。そこで唐突にリンクは目を覚ました。まだ太陽の位置が変わっていないところをみると、ほんの短い時間のうたた寝だったのだろう。

 

リンクは改めて骸骨剣士の言葉を反芻した。確かにその通りだった。たとえ強力な剣を手にしていても自分の判断力や技量が不足していたら意味がない。それにミドナの言ったとおり、たとえ自分は選ばれた勇者であったとしても、それは自分が賢く成熟していることを意味していないのだ。学ばなければいけないことがまだ沢山ある。

 

リンクは立ち上がると伸びをした。ルピー探しを続けたものかどうか迷っているとミドナが声をかけてきた。

 

「リンク、昼寝は終わったか?」

 

「ごめんごめん。つい陽気が良くってね」

 

リンクは言い訳した。

 

「まあいい。砂漠の探索は相当ハードなものになるだろうからな。今のうち英気を養っておくことだ」

 

ミドナはそこまで言うと思いついたように話題を変えた。

 

「そうだ、お前後であのゴスロリ女の家に行ってみろ。もしかするとルピーがもらえるかも知れないぞ」

 

「なんだって?どうしてそう思うんだい?」

 

リンクは驚いて尋ねた。

 

「だってお前、確か金色の虫を一匹捕まえていただろう。たとえ死骸でも渡せば何がしか礼を貰えるかも知れない」

 

「すごい記憶力だな、ミドナ。感心するよ」

 

「お前が忘れっぽいだけだろ」

 

ミドナに言われてリンクは苦笑いした。

 

「ともかく私の見たところあの女は生粋の大金持ちだぞ。懇意になっておいて損はないはずだ」

 

ミドナが付け加えた。城下町から下ってくる回廊の正面にある平原のほうを見やると、既に少女の姿は消えていた。リンクは平原を横切って回廊のほうに向かった。

 

「匂うな」

 

再びミドナが唐突に口を開いた。

 

「匂うって?」

 

「ルピーの匂いだ。お前この回廊の辺りはちゃんと捜索していないだろ?」

 

「確かにそうだけど...」

 

リンクは回廊への階段に足を踏み入れながら左右を見回した。

 

「おいリンク、お前は自然岩を砕いたり草を斬り払ってルピーを集めることしか考えてないだろ。だがこういう建造物は意外に狙い目なんだぞ。たとえば見張り塔の中に兵士が忘れていった金目の物があるかも知れない」

 

「いや、そうかも知れないけど....建物の中にあるルピーは埋蔵ルピーと違って勝手に取るわけには....」

 

リンクは言った。

 

「おいおい、またそれか」

 

ミドナは姿を現した。

 

「おいリンク、お前状況をちゃんと理解してるのか?今のハイラル城はザントに乗っ取られた傀儡に過ぎないんだぞ?」

 

「うん....確かにそうだね」

 

「そんな傀儡連中のルピーなんていくら貰っても問題ないだろ。たとえ奴らが回収したところでザントの財布にしか入らないんだからな。違うか?」

 

「その通りだと思うよ」

 

「なら迷うことはない。もし落っこちてたら頂いちまえ」

 

ミドナの言葉は論理的に正しかった。彼女が以前に言った別の言葉も思い出された。これは戦争なのだ。賢く戦わなければ勝てない。リンクにとっては、幼いころから養父ボウに厳しく教え込まれた倫理観、ことに「他人の物を取ってはいけない」という教えは疑問を差しはさむ余地のない絶対的なものだった。だが、ハイラルの平安がかかったこの戦いを戦う上ではそれを考え直さないとならないかも知れない。リンクは心に再び重荷がのしかかってくるのを感じた。ザントを倒し戦いに勝ちたい。だがそのためには時として大っぴらにできないような行動もとらないといけない。リンクは溜め息をつくと、結局ミドナの言う通りにすることにした。

 

「わかったよ。どこから探そうか?」

 

リンクはそう言うと、階段を上がって南門の前にある二つの見張り塔を見上げた。ふと左手の見張り塔を見ると、その頂上の少し下の壁に金属製の灯篭が埋め込み式で造り付けられているのが見えた。

 

「ミドナ、クローショットはまだ持ってるかい?」

 

「ああ。あるぞ」

 

たちまちリンクの手の上にクローショットが出現した。リンクはクローショットを右手に嵌めて灯篭を狙い撃った。鉤爪が引っ掛かり、たちまちリンクは見張り塔の頂上近くに引き上げられた。頂上の縁に手をかけて這い上がる。頂上の歩哨台にはいくつか壺が置いてあるだけだった。だが、そこから少し北側にある南門の上のファサードまでロープがかけられている。もう片方の見張り塔からも同じようにロープが伸びているので、ロープを伝っていけば右側の見張り塔の頂上まで行けそうだ。

 

リンクはミドナに頼んで狼に変えてもらうことにした。服を脱いで変身すると、ロープを伝ってファサードの上まで到達した。だが、もう一本のロープの場所まで行くには、縁が狭すぎて狼姿では渡れそうにない。リンクは再び人間に戻してもらうと、服を着てファサードの縁にぶら下がった。少しづつ横にずれてロープの場所まで行くと、また狼に変身しロープを渡る。

 

こうしてもう片方の見張り塔の上に着くと、果たしてそこには木造りに金属の縁取りをした立派な箱があった。開けてみると、百ルピーが入っている。リンクは塔から飛び降りると人間に戻してもらい服を着た。

 

「な?私が言ったとおりだろ?」

 

「そうだね」

 

リンクはルピーを財布に仕舞いながら複雑な表情で微笑んだ。これで砂漠への出発準備をするのに十分な額が溜まった。リンクは南門から城下町に入ると、商店街でパンや干し肉、干した果物などを買い込み、それから歓楽街の方に歩いていった。あのアゲハという少女に以前手に入れたナナフシを渡すつもりだった。

 

占い屋や宿屋を通り過ぎるとカードに書いてあった番地についた。本当にこんな場所に住んでいるのだろうか?彼女自身は「お城」と言っていたのだが、その番地の建物は多少高級そうではあったが隣の建物と隣接した長屋づくりに過ぎなかった。リンクは迷った末、その建物の扉の横に立っていた青年に尋ねてみることにした。

 

「アゲハちゃんの家だって?」

 

青年は驚いたように眉を上げてリンクを見た。年のころは二十代半ばだろうか。しかし、まるでいかにも怪しい者を見るような目つきで頭のてっぺんからブーツの先まで眺めまわしてくる。

 

「その前に聞きたいが君は一体アゲハちゃんの何なんだね?」

 

甚だ感じが悪いと思ったが、リンクは我慢して答えた。

 

「いいえ別に....ただの知り合いですよ」

 

「ただの知り合いの君がアゲハちゃんの自宅まで来ていったい何の用なんだ?」

 

青年は半ば詰問口調で尋ねてくる。リンクは口ごもってしまった。

 

「いいか、君のために教えておいてやる」

 

青年はリンクが答える前に話し始めた。

 

「君のような粗野で無教養な男はアゲハちゃんに相応しいとはとても思えない。彼女は繊細かつ優れた感性を持った稀有な女性なんだよ。彼女を失望させる前に早いところ別れを告げて故郷に帰りたまえ」

 

リンクはどう答えていいかわからず途方に暮れてしまった。いったいこの青年は何者なんだろう?まるで会話が通じそうにない。リンクの心に、以前テルマの留守中に酒場を尋ねたとき理不尽な扱いを受けた経験が蘇った。都会という場所、そして都会人という連中は本当に意味がわからない。

 

「リンク、こいつは多分頭がちょっとイカれてるんだ。構わず先に進め」

 

ミドナが耳の中で囁く。リンクは失礼、と青年に挨拶すると扉を開けて中に入った。

 

建物の中は、外の喧噪とは一転して静かで調度の行き届いた広い部屋だった。玄関からすぐにぶち抜きで奥行き十メートルはあろうかという大きさだ。部屋の真ん中には螺旋階段がしつらえられている。部屋の奥に目をやると、立派な作業机の前の椅子にあの少女が腰かけていた。こちらに背を向けて何か作業をしているようだ。

 

リンクは玄関から声をかけた。集中しているのか、何度か声をかけても返事がない。驚かせても申し訳ないと思ったが、リンクは傍まで近寄ってもう一度声をかけた。

 

すると少女は振り向いて微笑んだ。

 

「あら、あの剣士さんね。アゲハに何か御用ですか?」

 

リンクはポーチを開いてオルディン大橋で手に入れたナナフシを取り出した。もうとっくに死骸になっているが、表皮の金色の輝きは変わっていない。手足がもげないようそうっと手の平に乗せてアゲハに差し出した。すると少女は目を大きく見開いて声を上げた。

 

「まあ、ナナフシさんね。おしゃれな触角を蝶々結びにして差し上げたいわ!」

 

彼女は大喜びで虫を受け取ると、作業机の上にあった箱を一つとりその中心に注意深くピン止めした。

 

「ありがとう剣士さん。アゲハ、今最高に幸せです」

 

アゲハは作業をひと段落するとまた笑顔を見せた。

 

「私...正直剣士さんのことあまり信用してなかったんです。これじゃ性悪お姫さまですね」

 

彼女がそう言って舌を出したのでリンクは手を振って打ち消した。

 

「いえいえ、僕もこれを手に入れたのは偶然だったんです。でも喜んでもらえてよかった」

 

「剣士さん、これからも虫さんを見かけたら連れてきてくださる?そうしたらアゲハの幸せをおすそ分けいたしますわ」

 

「わかりました。見つけたらすぐ捕まえます...いや、丁重にお連れします」

 

リンクは慌てて言い直した。

 

「じゃあアゲハは剣士さんを虫さん王国の名誉市民にして差し上げます。これはそのしるしですわ」

 

彼女は作業机の引き出しを開けると、袋をリンクに差し出した。よく見るとルピー入れだ。リンクが持っているものの二倍くらいの大きさがある。リンクは礼を言うと、アゲハのもとを辞して部屋の外に出た。

 

部屋の前にはまだあの青年が立っている。リンクは青年の刺すような鋭い視線を背中に感じながら目抜き通りのほうに向かった。

 

「言ったろ。あのゴスロリ女、えらい金持ちだぞ」

 

耳の中でミドナの声がする。

 

「お前の虫好きも最初は何の役に立つのかわからなかったがこういうこともあるからな。せいぜい虫探しも続けるといい」

 

リンクは苦笑いして頷くと、目抜き通りで右に折れて噴水広場に向かった。矢と爆弾はまだ持っているが、沢山持っていくに越したことはない。城下町ほどの都会ならどこかに売っているはずだが場所がわからなかったので、兵士たちに尋ねることにした。

 

噴水広場に着くと、城へ通じる回廊の前に立っている兵士の一人に声をかけた。

 

「うん?あのときの剣士の兄ちゃんか?」

 

兵士が答えた。どうやら以前世話になった分隊長の部下らしい。

 

「矢とか爆弾?ああ、そこのセレブショップなら売ってるよ。けどなあ....」

 

「けど..何ですか?」

 

リンクは兵士の含みのある答えを怪訝に思った。

 

「いや、まあ行ってみりゃわかるよ。あんまり評判は良くないんだよなぁ、あの店は」

 

リンクは兵士に礼を言い、教えられた場所に向かってみた。広場の南西だ。大きな看板が掛けられ、手すりのついた豪華なエントランスには制服を着た店員が直立不動で立っている。店の前にもいかにも身なりの良い婦人たちが数人たむろして立ち話していた。

 

リンクは店に向かい、貴婦人たちの横を通り過ぎた。すると、婦人たちがたちまちクスクス笑う声が聞こえる。リンクは何だろうと思ったが、気にせず店の入り口まで進んだ。すると扉の横の店員が手を上げてリンクを制止した。

 

「お客様。大変申し訳ございませんが靴の汚れた方は入店できない決まりとなっておりまして...」

 

「入店できないって...入るのもダメなのかい?」

 

リンクは仰天した。

 

「さようでございます。靴を綺麗にしてからご来店くださいますようお願い申し上げます」

 

店員は頭を下げた。慇懃ではあったが、交渉してどうにかなるような雰囲気でもない。リンクが溜め息をついて踵を返し広場に出ると、店のエントランスの外に座っていた少年が声をかけてきた。

 

「よう剣士の旦那!靴磨いて行かねえか?」

 

リンクが近づくと、少年は歯の抜けた口を開いてニカッと笑った。

 

「旦那、靴磨きなら俺に任せな!十ルピーでどうだ?」

 

「君、その年で商売やってるのかい?」

 

リンクは思わず尋ねた。年齢はせいぜい十歳だろうか。コリンと同じくらいの背格好だ。

 

「ああそうさ。子供だからって見くびらねえでくれよ。何しろ靴磨きだったらプロだぜ。旦那もせっかく田舎から憧れの城下町に来たんだ、靴ぐらいピカピカにしとかねえと勿体ねえだろ?」

 

立て板に水の語り口だ。リンクは財布から十ルピーを出すと少年に渡した。靴そのものは大して気にならなかったが、この歳で一人で労働をしているところに憐れを感じ、放っておけなかったからだ。

 

少年は自分が腰かけていた小さな箱にリンクを座らせると、ブーツの汚れを布で拭き去り、さらに革にクリームを塗って丹念に擦った。五分もしないうちにリンクのブーツは新品のように綺麗になった。

 

「まいど!」

 

少年は威勢よく言うと道具を片付けた。リンクは複雑な思いで少年を見つめた。身の上でも聞こうと口を開きかけたが、少年は既に次の客を求めて広場を行きかう人々に向かって大声を張り上げ始めていた。

 

リンクは少年のもとを離れると、結局最初の算段どおり爆弾と矢を仕入れることにした。店のエントランスに入り扉に近づいても今度は店員に制止されない。扉を開けて中に入ると、広い店内は豪奢な内装で飾られており、どういう仕掛けなのか小さな音量で音楽さえ流れている。正面のカウンター前には、店の入り口あたりにたむろしていたのと同じような恰好をした貴婦人たちが数人いて、奥にいる店員と立ち話していた。

 

カウンターには実にさまざまな商品が置かれている。リンクが求めている商品のカテゴリは左の隅のほうにまとめられていた。爆弾、矢、さらには精巧な装飾を施した鎧まで飾られている。

 

リンクはカウンターの前まで進むと店員に声をかけた。横にいる貴婦人たちが品定めするような視線を投げかけてくる。リンクは矢束十本でいくらか尋ねた。

 

「ああ、お客様。矢をお求めですね。一束二千ルピーになりますが?」

 

店員は浅黒く整った顔立ちに、綺麗に油を塗って整えた口ひげを蓄えたやせ型の気取った男だった。身なりもすこぶる良い。だがリンクは相手の答えを一瞬理解できなかった。

 

「あの...今いくらって言いました...?」

 

「ですから二千ルピーになりますが?」

 

店員は嫌味な口調で聞き返してきた。こんな単純な数字も理解できないのか、といった小馬鹿にした態度だ。リンクは少し呆然としたが、しばらくしてようやく理解できた。マロが以前言っていたことが想起された。城下町では物価があまりに高く、ある物の値段は庶民が到底手を出せないほど高騰しているのだ。

 

リンクは店員に礼を言いその場を辞した。心の中は疑問と落胆が渦巻いていた。店の外ではコリンと同じような少年が大人の保護も受けずに一人で商売をしている。自分で生活費を稼がざるを得ない孤児なのか、あるいはもしかすると親が病気なのかも知れない。その一方で物の値段が法外なほど高く、この商店は余るほど金のある人間たちだけを相手にした商売をしている。一体この城下町という場所は何なんだ?リンクは思った。

 

リンクは店を出た。もう出発しよう。だが腹が減ったので、噴水の横に腰かけて先ほど市場で買い込んだパンと干し肉を頬張った。食事が終わると、リンクは思いついてパンのひと固まりを持って靴磨きの少年のところに行った。

 

「おや旦那、また靴を汚したのかい?俺がすぐ磨いてやるよ」

 

少年はリンクが近づくと笑いながら言った。

 

「いや、そうじゃなくてね....もしよかったらこのパン、食べないかい?」

 

すると少年はパンを見つめて黙り込んだ。リンクの言ったことを理解できなくて戸惑ったようだ。

 

「朝から働いて腹が減っただろう?僕はまだ沢山持ってるんだ。よかったら..」

 

「おい旦那。何か勘違いしてねえか?」

 

少年は眉をひそめるとリンクを見上げた。

 

「勘違い?」

 

「俺を乞食か何かと勘違いしてるだろ」

 

「いや...そんなことはないよ」

 

「俺がそんな施しを受けて喜ぶとでも思ったか?けっ、冗談じゃねえや」

 

そう言うと少年は腕を組んで横を向いてしまった。

 

「こちとら七つのときから自分で自分の食い扶持を稼いでるんだよ。馬鹿にするのもいい加減にしろや」

 

完全に機嫌を損ねてしまったようだ。これ以上会話になりそうにないのでリンクは諦めて踵を返しその場を離れた。何か割り切れず侘しい気持ちだった。

 

リンクは東通りに入ると跳ね橋を渡り平原に出た。まだ日は高いが、もう城下町に留まる理由はない。リンクはミドナに頼んで変身すると、再びハイリア湖畔のポータルの下にワープした。

 

人間に戻してもらい服を着ていると、ミドナが話しかけてきた。

 

「お前は今日一つ大事な教訓を学んだな」

 

「何だいそれは?」

 

リンクはチュニックのボタンを留めながら聞き返した。

 

「いいか、貧富の差というものは文明社会において必然なのさ」

 

「そんなものかな...」

 

リンクは力なく答える。

 

「そうさ。考えてもみろ。金持ちが余るほど持っている金を使う。そのおこぼれにあずかって貧乏人が糊口をしのぐ。お前にはあの店と靴磨きの少年との落差が厭わしいものに見えたのだろうが、私の見方は違う。金が上から下に流れればそれでいい。あの少年も誇りを持って働いている。むしろ何が問題なんだ?」

 

「うまくは言えないよ。だけど...」

 

「だけどなんだ?」

 

「子供は大人の保護を受けるべきなんだ。あの女性たちもそんなにお金を持っているんだったら孤児の一人や二人簡単に養えるだろう?」

 

「そうかも知らんな。だがそれを言ってどうする?」

 

「どうもできないさ。けど僕は捨て子だったから余計そう思うのかも知れない」

 

リンクは身支度をしながら続けた。

 

「でも有り余るほどのものを持っていながら困っている人や弱い人たちに手を差し伸べようとしない。それどころか金持ちであることをカサにきて貧乏人を馬鹿にするなんて、僕には到底理解できないよ」

 

「いいかリンク、それが金持ちというものなんだよ。お前もそう知っておけ」

 

ミドナは言った。その言葉とは裏腹に柔和な語調だった。

 

「金持ちは富を握り締めるから金持ちなのさ。たとえばあのカカリコ村の祭司を思い出せ。もしあいつが城下町で診療所を開いて正式の診察料を取り始めたら今頃は大富豪だぞ。だがあいつはそもそも人を治すことに興味はあっても金には興味がない。だからいつまでも貧乏なままなのさ」

 

リンクは沈黙した。確かにその通りだった。

 

「こんな歪んだ世界を救うために命を賭けるのは嫌になったか?やめたかったら今からでも遅くはないぞ」

 

ミドナが尋ねた。リンクはベルトを締め、武装を身に着けながら考えていたがやがて答えた。

 

「それでも僕は戦うよ」

 

「なぜ?」

 

「僕には人とは違う力がある。その力を持ちながら人のために使おうとしないとしたら、それこそあのお金持ちたちと同じじゃないか。僕はそうはなりたくない」

 

「そうか」

 

ミドナはそれ以上もう何も言わなかった。リンクは周囲を見渡した。そろそろ出発すべきだろうか。だがリンクはもう一つ心残りがあった。今日見た光景が胸に突き刺さっていた。靴磨きの少年の言葉がその心の中に疼痛を起こしていた。自分はどう振舞うべきだろう?リンクは導きが欲しかった。

 

リンクは広場の南東にあった木道を渡ると梯子を登った。そこからしばらく歩くとあの石碑がある。リンクはミドナに頼んで狼に変身すると、その石碑が奏でるメロディを模倣して吼えた。

 

ひとしきり吠えると、やや胸の内がスッキリした。リンクはまた人間に戻してもらい身支度を整えると来た道を引き返した。

 

いよいよ出発だ。今度はトビーの大砲小屋へ通じる木道を進んでいった。

 

「よう兄ちゃん。最近よく会うな。またご利用かい?」

 

トビーは嬉しそうにニヤニヤ笑ったが、リンクがラフレルからの書きつけを渡すと顔色を変えて神妙な表情になった。

 

「ゲッ....ラフレルの爺さんからじゃねえか」

 

トビーは頭を掻くと呟いた。

 

「参ったなあ。あの爺さんには頭が上がんねえんだよ」

 

老人は顔を上げてリンクを見た。

 

「しょうがねえ。今回特別に裏メニュー用意してやる。オアシスコース、な?代金も一回限りタダだ」

 

リンクは礼を言った。やはり最初にラフレルに会っておいたのは正解だった。

 

「んじゃ、今すぐ行くか?それとも後にしとく?」

 

リンクはすぐに出発すると答えた。トビーはいつものようにリンクを大砲小屋の扉に案内した。老人はリンクを中に入れるとバタンと扉を閉めてしまった。

 

「おいリンク、ちょっと疑問なんだがな」

 

真っ暗な中、ミドナが姿を消したまま言った。

 

「なんだいミドナ?」

 

「本当にこんな大砲で砂漠まで行けるのか?」

 

「行けるのかって...そりゃ行けると思うよ」

 

「おい頼りないな。私はなんだか嫌な予感がするんだ」

 

「嫌な予感って?」

 

「言葉に出来ないが、何かとてつもなく嫌な感じがする」

 

ミドナがそう言った途端、例の陽気な音楽が始まって、部屋がガタガタと振動し始めた。

 

「そんなこと今更言ってもしょうがないよ。ほら、音楽が鳴っちゃったよ」

 

「おい、リンク。中止だ。一旦引き返そう」

 

だがその瞬間部屋が一挙に傾いた。今度は東のほうに向いている。屋根がパカッと開いて空が見えたかと思うと、その刹那物凄い爆音と衝撃がしてリンクたちは空中高くに打ち上げられた。

 

リンクは目を見張った。いつものトリトリップ小屋への打ち上げとは高さも速度も比べ物にならない。リンクたちはハイリア湖を下方に見ながらクルクルと回転しつつ東に進んでいた。

 

「やめろ!やめろ!」

 

ミドナは絶叫した。

 

「私こういうのダメなんだよ!早く止めてくれ!」

 

ミドナは姿を現して言った。だがリンクはミドナの身体をしっかりと抱き寄せると、自分は内臓がでんぐり返りそうになるのを必死でこらえた。

 

ほどなく二人は回転しながらハイリア湖の上空を通り過ぎ、東の砂漠の上に差し掛かった。砂漠は湖の周辺にくらべかなり標高が高いようだ。リンクたちの目の前にみるみるうちに高い砂丘の群れが迫ってくる。次の瞬間リンクとミドナは砂丘の斜面に突っ込んで行き、その勢いでまた回転すると、砂丘を越えたところでやっと速度を弱めて向こう側の斜面を転がり落ちていった。

 

リンクたちは砂丘の足元まで行くと停止した。やれやれと息をついてリンクが立ち上がる。するとその足元でミドナがうずくまったまま動かない。

 

「吐く....吐く....」

 

ミドナが呟いている。リンクは慌てて手ぬぐいを取り出したが時既に遅かった。ミドナは猛烈な勢いで嘔吐し始めた。リンクが背中をさすってやっている間、胃の内容物が空っぽになるまで吐き続けると、ミドナはようやく落ち着いた。

 

「あの大砲屋め!よくも私の威厳を汚してくれたな。この報いは必ず受けさせてやる!」

 

ミドナは荒い息をつきながら罵った。リンクが水筒を差し出すとミドナはそれをひったくってごくごくと水を飲んだが、また気持ち悪くなったのか吐いてしまった。

 

「リンク、お前もだぞ。なぜ中止と言ったのにすぐ中止しなかったんだ」

 

ミドナに睨みつけられたリンクは困惑した。とんだとばっちりだ。だがミドナは毒づくだけ毒づくと気が済んだのか、水筒をリンクに返すと自分のハンカチで口元を拭き、しばらく黙って座っていた。

 

「大丈夫かい、ミドナ」

 

リンクが尋ねると、ミドナは無言で頷いた。周囲を見回すと、砂漠は東のほうにかけては平坦な地形らしく、遠くまでよく見渡せる。北東のほうには巨大な建造物と思しきものが陽炎の向こうに見える。あれが処刑場だろうか。だが相当な距離だ。一方、真東の方角には、やや斜めになった白い石造りの塔のようなものが立っているのが見えた。こちらは狼姿で走っていけば日没には到達できそうだ。

 

「ミドナ、また狼に変えてくれないか」

 

リンクは言った。

 

「あの塔まで走ってみる。その間君は休んでいてくれ」

 

そう提案したが、答えがない。怪訝に思ったリンクがミドナを見ると、彼女は口を開いた。

 

「リンク、ちょっと待ってくれ」

 

「どうしたんだいミドナ?」

 

リンクは尋ねた。

 

「その前に話を聞いてほしいんだ」

 

ミドナは立ち上がると、空中に浮遊して腕を腰の後ろで組み、少し顔をリンクから逸らしながら言った。

 

「お前が知りたがっていた私の正体を話すよ」

 

彼女は少し間を置いてから言葉を継いだ。

 

「私は影の王国を司るツヴィーリヒト王家の王女。第一王位継承者なんだ」

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