「お前が知りたがっていた私の正体を話すよ」
リンクは突然のことに驚いて彼女を見た。
「君の正体?」
リンクは聞き返した。ミドナは少し沈黙すると口を開いた。
「私は影の王国を司るツヴィーリヒト王家の王女。王位継承者なんだ」
「王女...」
リンクはその言葉を反芻した。影の王国の王女。リンクの心に、精霊ラネールからハイラルの歴史を聞かされた直後に浮かんだ推測が蘇った。「魔術に長けた者たち」の末裔。リンクはミドナの正体をそう想像していたのだ。
「精霊から聞いた影の結晶石にまつわる話...覚えてるか?」
彼女に問われリンクは頷いた。
「ああ。もちろん覚えてるよ」
「魔術の力で聖地を治めようとした者たちはどうなったと思う?」
「つまり....君はその子孫ってことかい?」
リンクは恐る恐る尋ねた。だがミドナは直接は答えなかった。
「彼らはハイラルを追われ神によってある場所に追いやられた。光輝く世界とは対極をなすもう一つの世界だ」
ミドナは初めてリンクのほうを見た。
「光とは決して交わることのない影の領域。それが私たちの世界さ」
「影の領域...」
これでリンクの頭の中にあった謎が解けた。ミドナはザントが創り出した影の領域では実体を持っていたが、ゼルダから力を受け取るまでは光の領域では半透明の幻影としてしか現れることができなかった。それこそが彼女が影の住人であるあかしだったのだ。
「私が何者なのかこれでわかったろ?」
ミドナは言った。
「ああ。わかったよ」
リンクは少し考えてから付け加えた。
「話してくれてありがとう。それに...君がどれくらい孤独な戦いをしてきたかもよくわかったよ」
リンクは想像した。ミドナがこちらの世界にいるということは、もはや彼女の世界には彼女のいる場所がないのだ。だとしたら、いくら魔法を使えるとはいえどれほどの心細さだっただろう?
「ミドナ、君の世界は今どういう状態なんだい?」
リンクは念のため聞いてみた。
「ザントに完全に支配されている。一族の多くは洗脳されてあの影の魔物に変えられたんだ」
彼女は遠くにある処刑場跡地のほうに目をやった。
「奴はいつの間にか一族とは違う強大な魔力を手にいれた。そして影の世界とこちらを行き来する経路は全て奴によって破壊された」
「じゃあミドナ...君はどうやって...」
リンクは尋ねた。もしそうなら彼女はどうやって元の世界に戻るのだろう?だがミドナは答えた。
「一族に伝えられた話によると陰りの鏡は今もハイラルに残されているんだ。神が創った光の世界と影の世界を結ぶための回廊として」
「そうか...」
ミドナが自分の世界に戻るにはその鏡が必要だということはわかった。だが、ただ戻っても駄目だ。ザントを倒さねば。
「君は鏡を見つけたら影の世界に戻るつもりなのかい?」
リンクは尋ねた。ミドナは黙って頷いた。リンクはその横顔を見て思った。敵の本拠にたった一人で乗り込もうというのか。だがミドナは顔を上げるとリンクを見て言った。
「ザントは影の世界にいるはずだ。こちらから奴のところに出向いて奴を倒す。勝つ方法はそれしかないんだ」
「君一人で戦うつもりなのかい?」
聞くと、ミドナは黙ってリンクの顔を見上げた。彼女はその大きなオレンジ色の瞳の輝く目を一瞬伏せたが、また顔を上げてリンクの目を見つめた。
「リンク...私と一緒に行ってくれるか?」
リンクはその意味を考えてみた。ミドナがこれを「今までの仕事とはわけが違う」と表現した理由がようやく分かってきた。影の世界に行ったら何が起こるのだろう?それに、聖剣を持っているからといって自分はザントと対等に戦えるのだろうか?それは分からなかった。だがリンクの心にほとんど迷いはなかった。
「わかった。行くよ」
ミドナは少し微笑んだ。彼女は浮遊してリンクに近づくとその頬に手をあてたが、顔を伏せるとリンクの影の中に隠れた。
リンクは改めて東の方面を見渡した。日没まではまだ時間がありそうだ。太陽が空高くからジリジリ照り付ける。リンクは水を飲むと最初に見当をつけた白い石造りの塔のような構造物までの距離を見計らった。
ミドナに声をかけ、服を脱いで狼に変身させてもらった。毛皮に砂漠の太陽は暑かったが、リンクは塔のほうに真っすぐ走っていった。砂の中に足が沈むが、四本の脚ならさほど足を取られずに済む。人間の姿でいるより速度は格段に速い。
だがリンクは進んでいくにつれ異変に気付いた。周囲の砂地のそこここから何がが高速で地中を移動しているような音が聞こえる。怪訝に思い走りながら目をやると、リンクの周囲を回るようにして浅い地中で何かが走っており、それに沿って砂が巻き上げられている。
と思うと次の瞬間、砂地の中から何かが躍り出てきた。小柄な人間の身長ほどの長さでムカデとも芋虫ともつかない細長い身体をしているが、頭部のかわりに異様に大きな牙が三本向かい合わせに生えている。
リンクは咄嗟に横に飛びのいてそいつの攻撃を躱した。だがリンクの周囲の地表近く複数の個所から砂塵が上がった。リンクは走る速度を上げた。二、三匹が一斉に襲い掛かってくる。一匹がリンクの背中に牙を立てた。必死で体を揺さぶって振り捨てると、ジグザグに走って相手の追跡を撒いた。
一キロも走ってしまうとその群れはリンクを諦めたようだった。前方に岩でできた高台があり、その手前にも直径二十メートルほどの平らな固い砂岩が地表に顔を出している。リンクはそこまで走り抜けると、砂岩の中心近くに行って荒い息をついた。
砂地の上ではいつあの芋虫怪物が襲撃してくるかわからない。リンクは首を曲げて背中を見た。厚い毛皮のお陰で深手は避けられたが少し血が出ている。
「リンク、軽傷だからといって甘く見ないほうがいいぞ」
ミドナが姿を現した。
「こういう場所に住んでいる生き物は往々にして毒を持っていたりするからな。見せてみろ」
ミドナは獣医さながらにリンクの背中を仔細に点検し、念のため消毒薬をよく振りかけた。沁みるのでリンクが唸ると、笑いながらその頭をポンポンと叩く。
「ほらワンちゃん、もういいぞ」
リンクは一声吠えるとまた走り出した。ミドナはまた姿を消している。ゼルダの力のおかげで光の世界に馴化したとはいえ、あまり強い日差しは耐えられないようだ。
数百メートル先にまた円形の砂岩が地表に顔を出している。リンクは芋虫化け物を警戒してジグザグのコースをとりながらそこまで全速力で走った。砂岩の上で息を整えると、当面の目的地まで再度距離を測る。まだまだ先だ。
リンクはミドナに合図すると、人間に戻してもらった。服を着て武装を身に着けると、ミドナにクローショットを出してもらった。逃げてばかりでは面白くない。リンクはクローショットを油断なく構えながら砂地に足を踏み出した。
しばらく前進すると、また周囲から砂埃が巻き上がった。地中に半分潜ったままこちらに近づいてくる化け物にクローショットの狙いをつけて撃つ。たちまち化け物が地中から引き出されて引き寄せられ、リンクの横でのたうちまわる。リンクは剣を抜いて叩きつけ、そいつを真っ二つに切り裂いた。
そうとは知らず次々と芋虫の化け物が周囲に寄ってくる。リンクは片っ端からそいつらを地上に引き出すと剣で片付けていった。慣れれば森の神殿で出会ったハジケラと同じで強敵ではない。
あらかた敵を片付けてしまうと、ふと前方の地表近くに金色に光る小さな点が漂っているのが見えた。歩いて近づいていくと、どうやら虫らしい。細い羽を持ったカゲロウだ。リンクは注意深く接近すると、そいつが地表に降りた瞬間に両手で覆って捕まえた。砂漠の探索が終わったらアゲハのところまで連れていくことにしてポーチに仕舞った。
リンクは再びミドナを呼んで狼に変身した。日がだいぶ傾いてきている。白い塔までの残りの行程を日没までに終えたい。しばらくの間走っていると地形がやや登りになる。左手に、枯河のようなものが見えたが、近づいてよく見てみると深い谷だ。そこを通り過ぎた途端にまた芋虫お化けが周囲に集まり始めた。リンクはダッシュするとジグザグを描いて走った。化け物が飛びついてきた瞬間横に身をかわし、どうにか攻撃を避けると、前方に視線を向けた。陽炎の中、石造りと見られる背の低い建造物がいくつか建っている。最初に砂漠に着いたときには砂丘に隠されて見えなかったのだろう。
建造物の群れに近づくと、芋虫お化けの攻撃が止んだ。周辺は地表が踏み固められているようだ。リンクはその建造物群の中に足を踏み入れた。石造りの高さ五メートルほどの四角い物体がいくつも集まっている。だが、建造物は家でもなければ城壁でもなさそうだ。一つの建造物の上には様式化された梟を表す像が立てられている。
リンクはその場所の詮索は後にすることにして再び走り始めた。目的地は近づいてきたようだ。速度を上げて前進すると再び芋虫お化けが出現し始めた。リンクはひた走りに走り左右に方向を変えて虫たちを振り切った。
日暮れ近くになりようやく白い塔のような建造物の足元にあるい岩盤の上に辿り着いた。近寄ってみるとその建造物は岩でできた平らな高台の上にあることがわかった。その高台は十メートルほどの高さがあり普通に登るのは難しそうだったが、その左手に少し低い岩の足場がある。その足場の上に奇妙にねじくれた形の樹が生えていて、その天辺には深い凹凸のある巨大な木の実がなっていた。
リンクはミドナに合図して人間に戻してもらった。服を着て武装を装着するとクローショットでその奇妙な木の実を狙って撃ってみた。リンクはたちまち岩の足場の上の木に引き寄せられた。木から飛び降りると、白い塔の足元まで登る方策を探してみた。見上げると、リンクが今しがたクローショットで撃ったものと同じような木の実が空を飛んでいる。不思議に思って目を凝らすと、どうやらその上から生えている葉が回転することで風を切って浮遊しているようだ。
リンクはその空飛ぶ実目掛けてクローショットを撃ってみた。すると、十分な浮力を持っていたようでリンクはその実に引き寄せられぶら下がった。実が風に揺られて動くと、リンクはやがて白い塔を支える高台の上に差し掛かった。鉤爪を開いて飛び降りると、リンクは白い塔に近づいていった。
「この中に泊まれる場所がないか探そう」
リンクは提案した。するとミドナが現れた。
「おいリンク、これは建物じゃないぞ。入口がどこにもない。むしろ別の何かだ」
「別の何か?」
「そうだ。どこかで見覚えがある。今思い出してるところだからちょっと待て」
その途端、上空で巨大な管楽器が鳴るような不気味な音が響き渡った。見上げると夕暮れの空に黒い渦巻が出現している。渦巻の中心から、醜い動物が出産されるようにあの影の使者たちが押し出されて落下してきた。一体、二体、そして三体だ。
リンクは盾を背中から下ろし剣を抜いて身構えた。一匹の影の使者が早くも立ち上がり、リンクに向かって走り寄ってくる。だがリンクは自分から駆け寄ると、いきなりジャンプ斬りを叩きつけた。
聖剣が影の使者の頭をバックリと割る。顔面につけていた奇妙な仮面が真っ二つになり、その下から能面のような顔が現れた。だがその顔にも深い刀傷が走り、さらに首筋のほうまで及んでいた。その影の使者はゆっくりと膝をついて崩れ落ちた。
「油断するなよ!残り二匹同時に倒せ!」
ミドナが叫ぶ。聖剣のあまりの威力に呆気にとられかけていたリンクは、頷くと残りの二匹に向き直った。仲間が早くも倒れたのを見て警戒したのか、やや互いに距離を開けながら左右から挟み撃ちしようとしている。
リンクは油断なく盾を構えジリジリと距離をつめた。右手の黒鬼がずいと近づいてきて手を振り上げた。盾を上げるとガツンと衝撃音がする。倒されそうになるのを足を踏ん張ってこらえた。反撃したいがもう一匹がまだ間合いに入っていない。
リンクは左手の黒鬼の攻撃を誘うべく左に摺り足で移動した。狙い通りだ。今度は左の鬼が前に進み出て攻撃態勢をとった。リンクは相手の動きに合わせるようにステップして前に出た。左手の敵が手を払ってくる。同時に盾アタックを繰り出して攻撃を逸らす。右手の鬼も攻撃態勢をとった。その瞬間裂帛の気合とともに回転斬りを繰り出した。強烈な長剣の一撃が二匹の鬼の喉を斬り裂く。鬼どもは天を仰ぐように両手を上げると、首から黒い血を噴き出しながら倒れ、息絶えた。三匹の鬼たちの身体がたちまちボロボロと崩れる。
リンクは右手に持った聖剣を改めてまじまじと眺めた。以前はあれほど手強かった影の使者をジャンプ斬り一撃で倒してしまったのだ。だがミドナに肩を叩かれ我に返った。
「とうとうこっちの位置を気取られたな。ポータルを手に入れられたのはよかったが」
「そうだね。ザントも今頃周到に準備してるかも知れないね」
リンクはそう言いながら剣を血払いし鞘に納めた。だがその心に急に自信が満ちてきた。この剣があればザント相手でも戦えるかも知れない。
「リンク、いずれにせよここに泊まるのはよそう」
ミドナが言った。
「どうして?」
リンクが尋ねると彼女は答えた。
「リンク、さっきも言ったようにこれは建物じゃあない。まるで岩の塊を四角く切ったようなものだ。これじゃあまるで....」
そこまで言ってからミドナは大声を上げた。
「そうか、わかったぞ!」
「どうしたんだいミドナ?」
リンクは尋ねた。
「間違いない。これはオルディン大橋の一部さ」
ミドナは言いながら建造物の上のほうへ浮遊した。
「見ろ。この幅といい、施された意匠といい、間違いない。奴は橋の一部を切ったあとここに放置したんだ」
そう言われて見てみると確かにその通りだった。オルディン大橋はハイリア大橋に比べると簡素なつくりだが、それでも各所に彫りこまれた意匠がリンクの記憶と一致した。
「ミドナ、橋を戻しに行こう。あの地方の行き来がしづらくて皆困ってるだろうから」
リンクは提案した。だがミドナが言う。
「リンク、それは後にしよう。ここまでの重量物となると私も力を使うし、それにもう一つ気がかりなことがある」
「何だい、気がかりって?」
「さっきお前が走ってる間に処刑場跡地のほうを見てみたんだ。そしたら入口あたりに見張り櫓が何本か立ててあって上に弓兵が配置されていた」
ミドナはちょうど真北のあたりに位置する処刑場の方面を指さした。リンクもそちらに視線を転じると、とっぷりと暮れた闇夜に浮かんだ不気味な巨大建造物の群れの手前に焚火の火がおぼろげに見える。そこに鬼どもの宿営があるのだろうか。
「奴らはいずれにしても私たちがこの方角から接近すると予測済みなんだ。だとしたら警備網を突破するのはできるだけ警戒が薄い時間帯がいい。つまり深夜だ。明朝まで待たずに前進しよう」
「確かにその通りだね」
リンクも同意した。
「リンク、闇夜の中弓矢で遠くの標的を狙って命中させられるか?」
ミドナは尋ねた。
「やったことはないけどやってみるよ」
リンクは答えた。
「少なくともあの宿営には見張りの弓兵が二、三人と歩兵か騎兵一個小隊が待ち構えてるだろう。リンク、気づかれない距離まで近づいて夜半まで待とう」
ミドナが提案し、それで話がまとまった。リンクはまずミドナにパンと干肉を出してもらい、水筒の水で流し込んで夕食を済ませた。そこでしばらく休んだあと、高台から一段下の岩の足場を経由して下に降り、敵の陣営を注視しながら北に進んでいった。
あの芋虫お化けは現れない。どうやら生息地域を抜けたようだ。小一時間ほど歩いた後、下りの急斜面を滑り降りると敵陣営まで一キロほどの地点にまで出た。夜間の行軍は視界が悪いかと予想していたが、周囲が開けているので月明りと星明りがよく差し込み、目が慣れるとさほど苦労せず進むことができた。
リンクは左手に弓を持ち、速度を落として前進し始めた。時折動きを止めて見張り櫓のほうを注視し、まだ気づかれていないのを確かめた。
遅々とした前進でさらに一時間ほどが過ぎる。目を凝らすと、焚火の周囲に敵の影が見えてきた。ミドナが言ったとおりだ。数人のブルブリンらしき人影と、大きな猪が二頭ほど見える。騎兵小隊だ。
「奴らが動き出したら面倒だぞ。櫓の上から狙われながらじゃあまともに戦えない」
ミドナが姿を消したまま囁く。リンクは頷くと、姿勢をいっそう低くして歩いた。
少し進んでは伏せて止まる。だがそうしているとミドナがまた囁いてきた。
「うまくないな」
「どうしたんだい?」
リンクも声を抑えて尋ねた。
「あの櫓と騎兵どもを突破してもその先の道にバリケードが設置してある。かなり頑丈そうな作りだ」
ミドナが言った。リンクが目を凝らしてもそこまでは見えなかったが、処刑場の建物群に行ける道は敵の宿営の奥の正面一本しかなく、その左右は高い岩壁になっているのだけは見て取れた。
「ミドナ、案があるんだ」
リンクは言った。
「何だ?」
「僕を狼に変えてくれ。それで宿営に忍び寄ったら人間に戻って奴らの猪を奪う」
「確かに人間よりは見つかりにくいかもな」
ミドナも同意した。リンクは静かに服を脱ぐとミドナに狼に変えてもらった。そこから忍び足で宿営に近づいていった。
一時間ほどかけてリンクはとうとう敵に発見されないまま宿営にたどり着いた。焚き火の周りに四匹のブルブリンが座り込んで居眠りしている。二頭の巨大猪もその脇に控えていたが、馬などと比べて鈍感なのかリンクが近づいても何の反応も示さなかった。
リンクはミドナに合図して人間に戻してもらった。彼女の魔法の力なのか、服と鎖帷子が頭から被せられ、ズボンとブーツも一瞬で履かせられた。剣の鞘のストラップも胴に巻き付いて止められた。物音に気づいて目覚めたブルブリンの一匹が顔を上げる。リンクはすかさず傍らに佇んでいた猪に跨がった。
目覚めたブルブリンが喚き声を上げると同時に、リンクは猪の脇腹を踵で蹴った。猪は大きく体を反らせて後ろ足で立ち上がると、一気にフルスピードで走り始めた。リンクは振り落とされないよう必死で手綱にしがみついた。たちまち残りのブルブリンどもが跳ね起きて左右を見回す。
リンクは猪の手綱を引き手近の櫓目指して走らせた。エポナよりかなり乗りづらいがどうにか御することができそうだ。櫓のひとつに陣取っていた弓兵が叫び声を上げ、火矢を弓につがえた。だが、リンクが乗った猪が櫓の骨組みにぶち当たり、櫓はあっけなく倒壊した。砂地に墜落した弓兵が頭を振って立ち上がる。リンクは猪を再び発進させ、そのまま弓兵のほうに突進させた。あわれブルブリンは巨大猪の体重に踏みつけられて砂地に埋まってしまった。
もう一つの櫓の上から火矢が飛んでき始めた。リンクはすぐに猪を加速させた。走り回る猪の上にいるリンクの背後を矢がかすめる。騎兵どものうち二匹がもう一頭の猪に乗って発進させている。
リンクはさらにもう一度自分の猪を加速させた。手綱を引いて猪の軌道を変えてUターンさせ、残ったもう一つの櫓に突っ込んでいった。派手な音を立てて櫓がバラバラになる。上に陣取っていた弓兵が喚きながら頭から地面に墜落していった。
リンクは剣を抜くと、後ろを振り返った。背後から猪騎兵が追ってくる。後席の弓兵がこちらを狙っていた。猪を奪われた兵士どももパニック状態から立ち直り、一匹が弓矢を構えこちらに向けてきた。リンクは猪を駆って緩やかな円形を描くように走らせ、宿営のほうに戻っていった。
リンクの猪が突進していくと、地上にいた弓兵が慌てて矢を射ってきた。リンクは猪を加速させながらぴったりとその背に伏せた。飛んで来た矢が頭上を通り過ぎる。相手がもう一本の矢をつがえる前に猪がそいつを跳ね飛ばした。リンクは剣を振るうとその脇にいたブルブリンの首を刎ねた。リンクの猪が焚火を派手に踏み散らす。
リンクが乗った猪が宿営の背後にあった木の柵を突き破った。だが、残った騎兵が追いすがってきて背後から矢が飛んでくる。リンクは剣を納めた。
「ミドナ!弓矢を!」
たちまち矢立てがリンクの背中に装着された。リンクの左手に弓が握られる。リンクは猪を停止させるとその傍らに降りた。一本の矢が飛んで来て猪の尻に刺さる。だが皮が厚いのか鈍感なのか、少し唸っただけで猪は動かない。リンクは猪を恰好の遮蔽物としてその陰に隠れ、こちらに走ってくる騎兵どもを狙った。二十メートルほど向こうから走ってくる敵を狙い、一の矢で前席の騎兵を、二の矢で後席の弓兵を撃ち倒した。主を失った猪は走ったままリンクの脇を通り過ぎ、でたらめに走り回りながら行ってしまった。
周囲に動く敵はいなくなった。リンクは弓を背負うと、再び猪に跨った。処刑場への道に猪を向けて加速する。醜い鳴き声を上げた猪は、後ろ脚で立ち上がったかと思うと一挙にスピードを上げて走り出す。
岩壁に左右を挟まれた処刑場への道がみるみる近づいてくる。ミドナが言ったとおり、太い丸太でバリケードが二重に設置してある。だがリンクの駆る巨大猪にとっては紙細工も同然のようだ。激しく衝突すると、たちまち木組みがバラバラになる。リンクは再び猪の脇腹を踵で蹴った。鳴き声を上げた猪はなおも猪突猛進する。二層目のバリケードが破壊され、猪は処刑場への道をひた走った。
だが暗いなか前方に目を凝らすと、道は五十メートルほどで行き止まりになっている。リンクは慌てて猪の手綱を引いて停止させようとした。度重なる加速の合図に興奮したのか猪はそれでも止まらない。行き止まりがみるみる近づいてくる。猪は激しい勢いで岩壁に衝突し、リンクは弾みで転げるように地面に落とされた。
幸い下は砂地だった。リンクは身体についた砂を払いながら立ち上がった。目を上げると、行き止まりと見えた岩壁には人の身長ほどの高さの段差が刻まれており、先に行けるようになっている。リンクは傍らに佇立する猪の背を手のひらでポンと叩いた。
「痛い思いさせて悪かったな。もう帰っていいよ」
だが猪は何の反応も示さない。その目をよく見ると、あのキングブルブリンと同じような赤だ。リンクは嫌な記憶を思い出して少し顔を歪めた。頭を振って気を取り直すと、リンクは段差に手をかけてよじ登り始めた。
「どうにか突破したな」
ミドナが言った。
「僕にしてはうまくやったほうかな?」
リンクはもう一段の段差をよじ登りながら尋ねた。
「私が未熟者と言ったのをまだ根に持ってるのか?」
ミドナが笑った。
「まあ気にしてはいるよ」
リンクは岩壁の上に立つと周囲を見回した。十字路のような場所だった。左右両方に行く経路と、直進する道がある。
リンクは左手の道から探索することにした。その道は右手に曲がったあとすぐ行き止まりになったが、樽や箱が放置してある。奥の突き当たりには金属の箱もあった。近寄って開けてみると矢が一束入っている。リンクはそれを自分の矢立てに入れて補充した。
引き返して十字路に戻る。右手の経路も覗き込んでみたが、やはり行き止まりのようだ。リンクは十字路に戻り直進することにした。するとミドナが言った。
「リンク、ここで休憩しろ」
「休憩?」
リンクは聞き返した。
「ここまでは順調だった。だがさっき前方を偵察したらまた見張り櫓があった。警備体制も厳重だ。長丁場になるぞ」
「奴らその間に警備を増やしたりしないかな?」
「わからん。だがいずれにせよ陰りの鏡に辿り着くには建物前の警備を突破したうえで建物内を踏破する必要があるんだ。強行軍じゃあ身が持たん」
ミドナはそう言うと提案した。
「もし敵が多すぎるようなワープで一旦脱出しよう。もうポータルは手に入れたから付近まではいつでも戻れるからな」
リンクも同意した。念のため武装をしたまま、近くにあった岩壁に寄りかかる。すると眠気が忍び寄ってくる。リンクも冒険慣れしてきたのだろうか。決して安全とは言えない場所でも、短い時間途切れ途切れの睡眠を取りながら行動できるようになってきた。
リンクは念のため剣を抜き身のまま脇に寄せておくと浅い眠りに入っていった。
しばらくすると、狼の遠吠えが聞こえてリンクは気がついた。目を上げて立ち上がると、砂漠ではなく白い霧の立ち込める平原だ。
前方に金色の狼がいる。それがすぐに骸骨剣士の姿に変わった。
リンクはすぐ盾を上げて剣を構えた。相手も同じ姿勢をとる。二人の剣士は用心深い脚運びで互いの間合いを測るように動き始めた。リンクは今自分の師が昨日の稽古で覚えた技を身に着けているか試そうとしているのを知っていた。
注意深く距離を見極めると、相手の盾とこちらの盾が触れ合った瞬間に盾アタックをしかけた。骸骨剣士がよろめいた瞬間に、大きく跳躍して前転宙返りしながらその兜に剣の刃を叩きつけた。相手の後ろに着地するとすかさず剣を払い、骸骨剣士の背中に向けて横斬りを放った。骸骨剣士は続けざまの痛撃にドウと倒れる。
「わが奥義『兜割り』は身に着けたようだな」
骸骨剣士は立ち上がると言った。
「だがそなたには今一つの技を伝える必要がある」
「考えてみたら昨日教えてもらったばかりですね」
リンクはちょっと笑った。
「でも新しい技はいくらでも覚えたいです。僕はもっと強くなりたいですから」
そう言ってから、リンクは少し躊躇したあと言葉を続けた。
「そしていつかザントを倒してみせます」
骸骨剣士はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「技を伝授する前にそなたに告げねばならぬことがある」
「なんでしょう?」
リンクは尋ねた。
「新たな剣の力を知った今、そなたの心には慢心が生まれ始めておる」
骸骨剣士の言葉を聞いてリンクは雷に打たれたような気がした。
「慢心...」
「そうだ。剣の力はそなた自身の力ではない。そなたは今一度初心に戻る必要がある」
リンクは骸骨剣士の言葉を噛みしめた。今まで自分はいつも力が足りないと思っていた。その自分が慢心など程遠い話だと思っていた。だが、聖剣を手に入れた途端に、自分はザントをも倒せるかも知れないという自信が生まれていた。しかしそれは骸骨剣士から見たらただの慢心に過ぎないのか。リンクは情けない気持ちで一杯になった。
「先生....僕はどうしたらいいでしょう?」
リンクは顔を上げて尋ねた。
「次なる技はそなたの身にも危険が及ぶ技だ。それを身につけたいか?」
骸骨剣士が答えた。
「僕の身に危険が?」
「そうだ」
リンクには相手の言わんとすることが測りかねた。剣の奥義というものは相手を打ち倒すためにあるものだとしか思わなかったから、リンクには自分の身にも危険が及ぶような技があると言われても理解ができなかった。
だが考えた末、リンクは決心した。骸骨剣士がここで教えようとするのは、きっとリンクの精神的な成長に不可欠な技なのだろう。だとしたら、どんな危険があろうとそれを身につけ、自分の課題を克服しなければ。
「はい。身につけたいです」
リンクは答えた。
「よかろう」
骸骨剣士が言う。だが、いつものように剣を上げて稽古の開始を告げようとはしない。リンクが怪訝に思いながら待っていると、骸骨剣士はまた口を開いた。
「構えを解け」
「え..今なんて言いました?」
リンクは意味がわからず聞き返した。
「構えを解け。そして捨て身で敵に近づくのだ」
骸骨剣士はそう言うと自らの剣を鞘に納めた。そして両腕をダランと垂らし、リンクのほうに歩み寄ってきた。だが、二人の間合いが交錯した瞬間に骸骨剣士は気合とともに剣を抜きリンクの首筋に突きつけた。
「これが『居合い斬り』だ」
リンクの額から冷や汗が噴き出た。攻撃される際に一筋の殺気さえも感じなかった。全く回避することができない。本気でやられていたら成す術もなく首が飛んでいただろう。
「構えは剣の基本。だがそれを捨て敵に近づくことができたら、そなたは新たな剣の境地に立とう」
「構えを捨てて相手に近づく....」
リンクはその意味を反芻した。今まで想像もしなかったことだ。構えを捨てれば、いつ相手からの攻撃を喰らうかわからない。それを覚悟のうえでそうせよと言うのか。
リンクは、骸骨剣士からの宿題が単なる身体的な技芸の範疇を超えて、いよいよ精神的な成長を求めるものに移り変わってきたことをヒシヒシと感じた。
剣を振り体を動かすことを覚えるだけではもはや成長できない。未熟な自分の心そのものに勝たなければ。
リンクは深呼吸すると、自分の剣を鞘に納め、盾も背のストラップに戻した。骸骨剣士のほうを見ると、リンクの意図を理解したのか、盾を上げて剣を構えている。
リンクは骸骨剣士に向かって歩み寄った。相手は戦闘態勢をとっているのに、こちらは剣を抜いてさえいない。リンクはその状況に耐えるのがどれだけ胆力を必要とすることなのか、頭では理解していたが、実際にやってみると心臓がひと際強く動悸し始めるのを感じた。額の汗が止まらず、握り締めた手にも冷たい汗が宿る。
自分はもはや骸骨剣士の間合いの中にいる。だが自分はまだ抜いていない。いつ斬り捨てられても不思議ではない。相手は両膝でフットワークを取りながら剣を構えている。今斬りかかってくるだろうか?それとも一瞬後だろうか?リンクは耐えた。耐えて、相手との距離を詰めていく。
その刹那、リンクの頭の中で何かが弾けた。恐怖から来るのではない、何かの合図だ。
極度に集中したリンクの目に骸骨剣士の初動の瞬間がはっきりと見えた。今だ。今しかない。
リンクは気合もろとも背中の剣を抜くと、骸骨剣士に向かって袈裟斬りに振り下ろした。まさにリンクに斬りつけようとしていた骸骨剣士は、長剣の一撃を肩口に喰らって片膝から地面に倒れ伏した。
その瞬間リンクは目を覚ました。
周囲は眠る前に見えた光景と変わらない砂漠だ。手元には抜き身の剣が置いてある。ほんの一瞬のように思えたが、一時間ほども経過したようにも感じられた。その両手にはじっとりと冷たい汗が浮いている。いましもこちらを斬りつけようとしている相手の前で構えを解く恐怖感がリンクの心に生々しく想起された。だが、その恐れと正面から向き合ったがゆえに、極端に集中力を高めたリンクの目には、相手が動く瞬間がはっきり見えたのだ。
剣の力は自分の力そのものではない。
リンクは師の言葉をもう一度心の中で繰り返した。そして、師がこの追加の稽古を行った意味をもう一度深く考えてみた。きっとこれから先に出くわす相手は、慢心を捨て自らの心の恐怖に打ち勝たない限り倒せないような強敵なのだろう。
「起きたか?」
ミドナが尋ねてきた。リンクは答えた。
「ああ。何時間くらい経ったかな?」
「まだ夜明け前だ。だが襲撃するにはいい時間帯だぞ」
「わかった。すぐ出発しよう」
リンクは身支度を整えて立ち上がった。処刑場に向けて直進する道を進んでいくと、短いトンネルになっている。リンクは壁に身を寄せて慎重に進んだ。トンネルの向こうの開けた場所が見えるところまで来るとリンクは足を止め前方を観察した。
処刑場のエントランスだろうか。百メートルほど前方に、広大な敷地を覆う石造りの壁が横たわっている。中央には入口らしき巨大な木の扉があり、その下にあるらしき灯火の光でぼんやりと照らされていた。それら全ての背後には恐ろしいほど巨大な建造物が夜空に聳え立っていた。
リンクはしばらくの間前進せず闇夜に目を凝らしていた。おぼろげながら、石造りの壁の向こう側やや左に櫓らしきものが見える。遠すぎてよく見えないがその上にも見張りがいるのは容易に想像できた。
狼姿でひっそりと侵入すべきか迷ったが、それだと使える武器が限られる。リンクは人間の姿で行くことにした。小声でミドナに頼み、盾を出してもらうと背中に固定した。矢もまだ十分ある。
リンクは弓を左手に持つと身を低くして前進し始めた。まだ太陽は昇っていないが東の空にわずかな光が見える。半分ほど進んでから立ち止まり向こうの様子を伺ったが、まだ気づかれていない。
リンクは時間をかけてようやく石壁まで到達した。壁に身を隠し、そっと中の様子をうかがう。木の扉と見えたものは、太い丸太を組んで作られた巨大な落とし戸だった。こちらからは開きそうにない。その落とし戸の脇から内壁が伸びていて、右手の方面に道が百メートルほど続いている。そこから左に入っていく経路があるようだ。
だがリンクが少し身を乗り出した途端、ブルブリンの耳障りな喚き声が聞こえた。櫓の上からだ。リンクは舌打ちすると石壁の裏に引っ込んだ。矢を弓につがえ櫓の上の弓兵を狙う。だがそのとき警告の声を聞いたのか歩兵どもが二匹ほど右手の道の奥から走り寄ってきた。リンクは咄嗟に狙いを変え、先頭の歩兵を狙い撃った。矢がその胸を貫き、ブルブリンが倒れた。だが櫓の上から矢が飛んでくる。リンクは前転して矢を躱した。さっきまでいた地面に火矢が突き刺さる。もう一匹のブルブリンが棍棒を振り上げて走り寄ってくる。リンクは二の矢をつがえてそいつの顔面を射抜くと、もう一本矢をつがえた。立ち上がるともう一本の火矢が飛んでくる。リンクは反射的に矢を放った。矢と矢が空中で衝突し火花を散らす。さらにもう一本矢をつがえながら櫓の上を見た。相手も同じようにこちらを狙っている。だがリンクは足を使って横に移動しつつ櫓の上の弓兵に矢を向けた。相手の矢がリンクの頭の横をかすめる。リンクが矢を放つとそれは過たず敵の胸に刺さった。弓兵は声もあげずに櫓から転げ落ちていった。
リンクは弓を手にしたまま右手に前進した。道なりに燭台が二、三本立てられ、その薄明りで周囲が照らされている。突き当りの左側を覗き込むとそこは広場だった。テントがしつらえられていて奥にはまた櫓がある。すぐさま櫓の上から警告の叫びが上がった。棍棒を携えた歩兵が二匹テントの裏から走り出てくる。
リンクは弓を背負うと盾を構えた。歩兵の一人がこちらに突進して棍棒を振り下ろしてくるのを盾アタックで弾き返した。剣を抜くと、そいつを回転斬りで斬り捨てた。もう一匹の鬼はリンクの回転斬りの勢いに一瞬怯んだ様子だったが、気を取り直して棍棒をかざして向かってきた。リンクはそいつの攻撃を盾で受け止め突きで胴を刺し貫いた。そこに矢が飛んでくるのを咄嗟に身を低くして躱し、盾を高く上げながらテントの裏に退避した。だがもう一匹の歩兵が広場の奥から近づいてくる。リンクは剣を納め盾を投げ捨てると、弓に矢をつがえて歩兵を射殺した。さらに、テントを遮蔽物にして慎重に櫓の上を狙うと、一発で弓兵を仕留めて黙らせた。
リンクは再び弓を背負うと、盾を拾い上げて構え剣を抜いた。広場の奥に行くと壁が切れた場所がありもう一つの広場に続いている。さらにその奥に進むと、崩壊した石柱の残骸などのがれきが積み重なった場所の裏に左に伸びる道があるのが見えた。そこに近づいていくと、左手前方のがれきの陰から弓兵が顔だけ出してこちらを狙っているのに気づいた。リンクは咄嗟に盾を上げて火矢を防いだ。すると後ろから布をはぐる物音がした。テントから二匹ほど歩兵が飛び出してきている。
リンクはダッシュして遮蔽物の横から回り込むと、先ほど矢を射掛けてきた弓兵に肉薄した。二の矢をつがえていたところを頭から縦斬りを浴びせ、胴を払って止めを刺した。だが背後から歩兵どもが迫る慌ただしい足音が聞こえる。リンクは振り向きもせず回転斬りを放った。一匹が胴を深く切られ、もう一匹が棍棒を弾かれてのけ反る。
その時、左手の奥のほうから火矢が飛んできてリンクの左肩に刺さった。苦痛に顔を歪めながらも、リンクは目の前の歩兵の生き残ったほうに剣を突き立てて絶命させると、矢の飛んで来たほうに向き直った。痛みを堪えながら盾を上げて走り寄る。道の奥にいた弓兵が二の矢を放つが、盾にぶち当たり金属音を発して逸れていった。リンクが突進してくるのを見た弓兵は背を向けて逃げ出した。リンクはその背中にジャンプ斬りを浴びせて倒した。
前方に目をやると、道が突き当たった先にはまた左に曲がる道があった。すると広場のほうから歩兵が歩いてくる。遮蔽物から顔を出したリンクと鉢合わせし慌てたブルブリンに、出合い頭の盾アタックを喰らわすと袈裟斬りに斬って捨てた。
左に曲がる道を覗き込むと思わぬ近距離に弓兵がいた。下り坂に隠れて見えなかったのだ。矢をつがえてこちらを狙ってきた。リンクは咄嗟に盾を上げて矢を弾いた。しかしさらに敵の背後から歩兵が一匹こちらに走り寄ってくる。リンクは前転して坂を下りた。頭上を二の矢がかすめる。リンクは立ち上がりざま弓兵の腹を剣で刺し貫くと、棍棒を振り上げた歩兵に回転斬りを叩きつけた。
道の奥に進むと、道は右に曲がり、その左手には錠前で閉じられた頑丈そうな木の扉がある。どうやら最初にここに来たときに見えた落とし戸の向こう側の部屋を挟んで、丁度反対側に来たようだ。扉の前に警備の歩兵が立っていた。リンクは突進して近づくと相手が武器を構える前にジャンプ斬りを喰らわせて打ち倒した。
後方から足音がする。肩越しに振り向くと歩兵が三匹近づいてくる。木の扉の先、上方からもブルブリンの叫び声が聞こえた。どうやらまだ櫓があるらしい。リンクは歩兵たちに向き直ると盾を構えて立ち向かった。近づいてきた一匹の棍棒の攻撃を盾で逸らすと、横斬りで首を刎ねた。その後ろから二匹が殺到してくる。リンクはサイドステップして片方の攻撃を避けて逆袈裟斬りに斬り上げた。返す刀で、武器を振り上げたもう一匹の腕を切断し、さらには回転斬りで二匹をもろともに葬った。
櫓からも矢が飛んできているが、まだ射程圏外のようだ。念のため盾を上げながら周囲を見回すと、錠前のかかった扉の正面北側に、処刑場へ至る回廊があった。立派な石壁に挟まれている。だが回廊には何重にもバリケードが設置されていた。踵を返して今度は木の扉のほうに近寄り、中を覗いてみた。部屋の内部には巨大猪が一頭佇んでいる。
「おい、怪我は大丈夫か?」
ミドナが姿を現して尋ねる。リンクは肩をあらためてみた。鎖帷子の間から食い込んだ矢は既に動いているうちに落ちてしまったようだ。血がにじんでいるが、傷は重くはないようだ。リンクは手ぬぐいを取り出すと念のためシャツの下の負傷部分に押し込んだ。
「大丈夫だ。このまま進もう」
「わかった。無理するなよ」
ミドナは言うと、バリケードの方に顔を向けた。
「それにしても念入りなことだな。これで間違いなさそうだ。陰りの鏡はきっと奥にあるぞ」
「鍵を探してみるよ。扉の中にいる猪を奪えば突破できるよ」
リンクが答える。その時、櫓の方面から叫ぶ声がして歩兵が一匹走り寄ってきた。その後ろに弓兵も控え、こちらに狙いを定めている。リンクは盾を背負い弓を下ろした。歩兵を引き寄せながら矢をつがえる。素早く摺り足で横に移動し、弓兵の一の矢をかわすと矢を放って歩兵を射殺した。崩れゆく歩兵の陰に隠れるようにして二の矢をつがえ、地上の弓兵に向けて放つ。矢は相手の胸に深々と刺さり、弓兵は膝から崩れ落ちた。
三の矢をつがえながら前進する。櫓からの攻撃の射程圏内に入った。頭目掛けて飛んで来た矢を身体を逸らして回避すると、櫓の上を狙って矢を放つ。次の矢をつがえようとしていたブルブリンが断末魔の叫びを上げて落下した。
前進すると道は右に折れて広場に出た。ここにもテントが並び、中央付近には焚火が焚かれその上に大きな猪の身体が丸ごとくべてある。焚火の前に弓兵がいたのを見てリンクは慌てて道沿いの石壁の陰に身を隠した。矢がすぐ近くをかすめる。リンクは弓に矢をつがえ、身を低くして石壁から飛び出ると、弓兵に向け矢を放った。真っすぐ飛んだ矢が弓兵の胸を貫く。
リンクはそのまま焚火のほうまで前進した。だが背後から鬼の喚き声とともにドヤドヤとこちらに向ってくる足音が聞こえる。振り向くと歩兵どもが五人ほども横並びになって前進してくる。距離は十メートルほどしかない。その小隊の脇には弓兵も帯同していた。弓に矢をつがえながら号令をかけている。背後から援護しつつ歩兵をけしかけるつもりだ。
リンクは自分の弓に矢をつがえ、素早く弓兵を射殺した。だが残った歩兵がこちらに突進してくる。リンクはもう一本矢をつがえ手近にいた歩兵に放つと、弓を手放し盾を背中から下ろした。矢を喰らった一匹が足をもつらせて倒れる。四人の敵が間合いに入った。リンクは手近にいた一人に盾アタックを喰らわせると、思い切り回転斬りを放った。盾アタックに怯んだ敵が胴を真っ二つに斬られ倒れる。
次の敵が棍棒を払ってきた。リンクは辛うじて盾で受ける。他の二匹も次々棍棒を振り下ろしてくる。リンクはバックホップした。頭のすぐそばを棍棒が唸りを上げてかすめる。リンクはとっさに横っ飛びし包囲されるのを避けた。さらに前転して敵方の後ろに回り込むと跳躍しながら刃を払った。一匹が背中をバッサリ斬られてうつ伏せに倒れる。
残りの二匹がこちらに向き直る。狼狽しつつもまだ戦うつもりのようだ。リンクは盾を掲げて突進すると、一人が振り下ろしてきた棍棒を剣で逸らし、袈裟斬りに胴を斬り払った。もう一人がそれでもしゃにむに棍棒を振り回す。剣で弾くと、前進して盾アタックをかました。よろめいた敵を見てリンクの身体が勝手に動いた。跳躍して前転したリンクの長剣がブルブリンの頭頂部を断ち割る。着地したリンクは、もはや力を失って立ち尽くした鬼に向けてバッサリと縦斬りを浴びせた。
リンクは立ち止まって荒い息を鎮めた。もはや敵はいない。弓を拾い上げ背中のストラップに固定し、盾も背に背負った。鍵はどこにあるのだろう?その時、先ほど号令をかけていた弓兵が死に損ねたのか、呻き声を上げながら身じろぎした。その腰のあたりから金属同士が触れ合う音がする。
リンクは歩み寄ると、そいつの身体をあらためた。鍵束が腰につけてある。リンクは鍵束をとると、剣を血払いして納め、広場を横切って木の扉のほうに向かった。
「今度は随分派手にやったな」
ミドナが言った。
「まあね。こんなにたくさん鬼どもがいるとは思ってなかったよ。まずかったかな?」
「構わんさ。いずれにせよこちらの位置は割れてるんだ。道を確保したら休憩して作戦を練ろう」
リンクは木の扉に歩み寄ると、奪った鍵束から大きい鍵を選んで差し込んだ。果たしてぴったりと嵌った。鍵をひねると錠前は重い音を立てて開錠された。
扉を開けて中に入る。大猪は部屋の隅に佇立している。リンクがそちらに近づいていくと、前方の暗闇の中から巨大な人影が部屋の奥に浮かび上がった。
本能的に危険信号がリンクの頭の中で鳴った。リンクが剣に手をかけて後ろに飛びのいた途端、その人影が猛獣のような唸り声を上げた。何かが風を切ってこちらに迫る音が聞こえる。その途端左手奥にいた巨大猪が何かに打たれたように倒れた。こちらにも来る。リンクはすんでのところで後ろに転がった。顔面の数センチ先を何かが掠めたのが分かった。
リンクは素早く起き上がり、盾を構えて剣を抜いた。顔を上げて敵に目を凝らす。
だが暗がりに浮かび上がった相手の顔を見た瞬間、リンクは全身が凍りつく思いがして思わず呟いた。
「まさか....」
山のような巨体。凄まじい憎悪の放つ赤い光が宿った小さな目。
そこに立っていたのは、巨大な戦斧を構えたキングブルブリンだった。