黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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王家の影

リンクは暗闇の中から現れた者の姿を見て背筋が凍るのを感じた。山のような巨体。凄まじい憎悪を宿す赤い小さな目。

 

キングブルブリンだ。巨大な戦斧を携えこちらに向かって歩いてくる。

 

リンクは驚きのあまり息を呑んだ。確かにこいつは顔面にリンクの矢を喰らってハイリア大橋から墜落したのだ。もしかすると不死身なのか?

 

キングブルブリンは野獣のような唸り声をあげた。三メートルはあろうかという戦斧の柄を軽々と振り回し、真っ直ぐ振り下ろしてきた。リンクは咄嗟に横に飛んでかわした。一瞬前までリンクか立っていた地面に戦斧の刃が深々と食い込む。怪物はギロリとリンクを睨むと、武器を再び持ち上げてこちらに向き直った。

 

不死身であろうと、こっちだって以前とは違う。こちらには退魔の剣があるのだ。リンクは自分に言い聞かせた。油断なく構えると、摺り足で敵に近づいていった。戦斧のリーチは長い。リンクは自分の敏捷さを活かし、距離を詰めて一気に攻めることに決めた。

 

キングブルブリンが再び唸る。敵が戦斧の柄を握り直した瞬間、リンクはダッシュして殺到した。

 

裂帛の気合を発してジャンプ斬りを叩きつける。怪物が戦斧の柄を持ち上げた。頭を狙った一撃が逸らされたが、リンクは着地するや否や回転斬りを放った。剣の刃が大鬼の腹を深く抉る。だがまだ敵は倒れていない。リンクはさらに袈裟斬りを繰り出し、敵の肩から胸にかけてを斬り払った。

 

キングブルブリンが苦痛に吼え声を上げる。効いたか?追い打ちをかけるべくリンクが渾身の縦斬りを放つ。だが怪物が素早く戦斧の柄を両手で突き出した。リンクは剣の勢いを弾き返され一、二歩よろめいた。

 

その時、キングブルブリンが唸りながら自らの身体を回転させ戦斧を横に払ってきたた。リンクは咄嗟に盾を上げた。だが次の瞬間リンクは身体ごと吹き飛ばされ、五メートルほども宙を飛んだあと背中から壁に叩きつけられた。地面に倒れたところを、必死で両手をついて立ち上がった。うまく呼吸ができない。背中が酷く痛む。

 

「大丈夫か!」

 

ミドナが叫んだ。リンクは辛うじて頷くと、再び盾を上げて剣を構えた。キングブルブリンは嗜虐的な笑みを浮かべながらゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。その肩口や腹には深い刀傷がついていて、薄暗い中でもそれとわかるほどの量の血がダラダラと流れ出ていた。それなのに、大鬼はまったく怯んだ様子がない。

 

リンクは思わず手元の剣を見た。確かに深手を与えたのに。この剣はあの巨大黒鬼をも一撃で倒すことができたのだ。それなのになぜこいつには効いていないのだろう?

 

「リンク、気を付けろ。奴にとって退魔の剣は普通の剣と同じだ」

 

ミドナが言った。

 

「なんだって?」

 

リンクは思わず聞き返した。

 

「奴からは何の魔力も感じない。てことは奴の力の源は魔力じゃあない。ただの筋力だ」

 

ミドナはリンクの耳に口を寄せて囁いた。

 

「いいか、一気に倒そうとするなよ。じわじわと奴の体力を削るんだ」

 

だがリンクは聞いていなかった。それよりも、師である骸骨剣士の言葉が頭の中に鳴り響いていた。

 

剣の力はそなたの力そのものではない。

 

最後に師の稽古を受けてから、遠からず目の前に強敵が現れる予感はしていた。だがこんな形でそれが来るとは。聖剣の力さえ通用しない、自分より体格も膂力も遥かに上回る敵。それを目の前にしたリンクはいま、今までの冒険で得てきた全ての自信を剥ぎ取られ裸にされた気がした。

 

リンクは一瞬目を閉じ、そして開いた。神に選ばれた勇者とはなんと弱いものだろう。自らの力が欠けていることを知りながら立ち向かう勇気がなければ、単なる弱い肉体を持つ普通の人間に過ぎないのだ。リンクは剣を鞘に納め、盾を背中に戻した。そして両腕をダランと下ろすと、キングブルブリンのほうに向かって真っすぐ歩き始めた。

 

鬼の王はリンクの意外な行動に一瞬怪訝な表情をした。だが歯を剥き出して笑うと、戦斧を構え直した。

 

もう一撃喰らったらもう終わりだ。二度と立ち上がれないだろう。負けるかも知れない?だが自分の逃げ道を考えながら戦っていては強い相手を倒すことはできないということをリンクは思い出した。リンクは自分の心にいつしか忍び込んできていた恐れを必死で退けた。

 

一歩、また一歩進む。キングブルブリンはリンクがかわせない距離まで引き付けてから一撃で勝負をつけるつもりなのか、まだ動かない。リンクは自分の心臓の鼓動が聞こえる気がした。キングブルブリンが舌なめずりする。リンクの目にはその動きがコマ送りのように見えた。

 

無限の時間が経過したような気がした。だが実際はほんの二、三秒だっただろう。その瞬間リンクの頭の中で何かが鳴った。

 

今だ。

 

リンクが右手を剣に伸ばしたのとキングブルブリンが戦斧の先をわずかに動かしたのはほとんど同時だった。鬼の王が次の動作に移る前にリンクはすでに剣を抜き放っていた。薙ぎ払おうとして戦斧の柄を自分に引き付ける動きをしたときには、キングブルブリンは肩口から深い一撃を受けていた。鮮血が飛び散り、斬り下ろしたリンクの剣先が大鬼の戦斧の柄に当たって火花を散らした。

 

激痛と怒りに吼え顔を上げた大鬼の視界から、しかしリンクは既に消えていた。横飛びし、次いで前転して後ろに回り込んだのだ。立ち上がりざま跳躍し剣を払う。長剣の刃が大鬼の背をザックリと斬り払った。

 

だが鬼の王は唸り声をあげると振り返って戦斧を払った。リンクはその瞬間反射的に身体を後ろに倒した。上を向いたリンクの顔の数センチ上を戦斧の刃が通り過ぎる。後ろに倒れたリンクは素早く手をついて横に転がると、跳ね起きて敵に突進した。攻撃が空振りしがら空きになったキングブルブリンの首筋を狙い縦斬りを繰り出す。大鬼は戦斧の柄を跳ね上げた。リンクの剣先が大鬼の太い首に当たり傷をつけた。だが戦斧の柄に逸らされ浅い。彼我の距離が縮まった。

 

その瞬間リンクは渾身の盾アタックを放った。矢継ぎ早の攻撃に戸惑い、キングブルブリンがわずかに後ろによろめいた。

 

リンクは気合もろとも高く跳躍した。前転宙返りの勢いで刃先を大鬼の頭部に叩きつける。敵の背後に着地するが早いが、リンクは裂帛の気合を発してジャンプ斬りを食らわせた。二度にわたって背中を深く斬られ、さすがの大鬼も痛みに耐えかねて足をもつれさせた。

 

大鬼はそれでも力を振り絞って振り返り戦斧を持ち上げる。だがリンクは攻撃の手を緩めなかった。身を沈めると回転斬りを放った。今度のは深い。戦斧の柄の下を火花をあげてかすめた刃がキングブルブリンの腹を切り裂く。また血が飛び散った。リンクはここを先途とばかりに左右袈裟斬り、縦斬りから横斬りと連続して斬りつけ、最後に深々とした突きを食らわせた。

 

聖剣の刃が、鍔まで埋まらんばかりに怪物の腹に沈んだ。リンクが剣を抜くと、大鬼は苦し気な呻き声を上げて戦斧を落とし、それからゆっくりと膝をついて地面に座り込んだ。

 

「リンク、とどめだ!」

 

ミドナが叫んだ。だがリンクももう動けなかった。大技を交えて一気呵成に攻撃を繰り出し続けたせいか、息が切れてしまった。リンクは剣を床に突き立てて寄りかかり、どうにか荒い息を鎮めた。

 

顔を上げると、キングブルブリンは緩慢な動作で地面に手をついて立ち上がろうとしていた。リンクは相手に剣先を向けた。だがもはや大鬼は戦斧に手を伸ばそうとさえしなかった。その小さな両目にはまだ激しい憎悪の光が宿っていたが、体中が深い刀傷でボロ雑巾のようになっていた。傷口からドクドクと流れ落ちる血が床に水溜まりのように溜まっている。

 

大鬼は立ち上がるとリンクに顔を向け何かを呟いた。言葉はわからずとも恨みと呪詛であることは感じられた。だが、怪物は顔を背けると、部屋の南側の落とし戸のほうに脚を引き摺りながら歩いていった。大鬼が前に立つと落とし戸が開かれた。手下のブルブリンどもが操作しているのだろうか。キングブルブリンは振り返りもせず出ていき、落とし戸が再び閉じられた。

 

リンクは剣を血払いし鞘に納め、盾を背負った。勝負には勝った。だが奴は必ずまた戦いを挑んでくるだろう。リンクにはそんな予感がした。

 

「リンク、平気か?」

 

ミドナが声をかけてきた。

 

「何とかね」

 

リンクは微笑んだ。

 

「お前って奴は本当にムチャするなあ」

 

ミドナが呟いた。

 

「ごめん。以前から君に注意されてたのにね」

 

「まあ仕方ない。それがお前のやり方なんだろ」

 

その時、メラメラと火が燃える音がしてリンクとミドナは顔を上げた。キングブルブリンが出ていった落とし戸から炎があがっている。

 

それだけではなかった。リンクが入ってきたときに使った大きな木の扉が燃え上がっていた。可燃性の液体でもかけたのか、天井に届かんばかりの火勢だ。石造りの壁のそこここに開いている小さな覗き窓からも炎が噴き出していた。完全に仕組まれていたのだ。

 

リンクは部屋の中を見回した。大猪は最初に見たときと同じように部屋の隅に佇んでいる。リンクは走り寄ると猪に跨った。手綱を鳴らして発進させると、その鼻先を北側の木の扉のほうに向けた。踵で激しく猪の脇腹を蹴る。猪は身体を反らせて後ろ脚で立ち上がる。次いで醜い鳴き声を上げながら木の扉に突進した。

 

扉は紙細工のように破られた。次いで、大猪はその先にある回廊に突進した。バリケードが次々と破壊される。リンクは振り落とされないよう必死でしがみついた。

 

大猪は二百メートルほど走るとやっと突進をやめた。リンクは手綱を引いて猪を停止させると、目の前に現れた建造物を見上げた。

 

まだ暗い夜空に浮かぶ巨大なシルエット。だがその内部から生きた者の気配が一切しないのが異様だった。リンクたちの目の前には壮麗な円柱の列に挟まれた長い階段があった。その終端に小さな前庭があり、正面の突き当たったところに建物の入り口がぽっかり口を開けている。その後ろには闘技場のような施設を思わせる円形の壁が見える。これほどの壮大な建物がこんな人里離れた場所に建設され、そして打ち捨てられるまでにはどんな経緯があったのだろうか。

 

リンクは猪を降りた。獣の背中を叩いて労ってやってもやはり何の反応も示さない。リンクは肩をすくめると階段を登り始めた。

 

「怪我はどうだ?」

 

ミドナが尋ねてくる。

 

「骨折とかはしてないみたいだよ」

 

リンクは軽く背を反らしたり曲げたりしながら答えた。

 

「入口についたら休憩しよう」

 

ミドナは提案し、建物のほうを見上げた。

 

「見て見ろよ。今までのダンジョンとは比べ物にならない広さだぞ」

 

「この建物は一体何のために造られたんだろうね」

 

リンクは言った。

 

「何のため?処刑場といえば処刑のために決まってるだろう」

 

ミドナは答えた。

 

「それはわかってるんだけど...」

 

リンクは言葉を探した。

 

「ただ罪人を処刑するためだけの建物にしてはあまりにも立派過ぎると思わないかい?」

 

尋ねられるとミドナは答えた。

 

「ああ、なるほどな。お前がそう思うのももっともだ」

 

彼女は少し皮肉な笑みを浮かべると続けた。

 

「まあ私にはもうその理由の見当はついてるがな。後で教えてやる。それより身体を見せてみろ」

 

階段を登り切ると、リンクとミドナは建物の入り口あたりに座り込んだ。リンクは上半身を肌脱ぎになった。肩の傷は血が止まりかけていたが、ミドナは念のため消毒してくれた。背中の打撲は幸運にも装備を背負っていたお陰で軽傷のようだ。

 

リンクの負傷を治療しながら二人が作戦を練っていると、乾いた笑い声が前庭の東側のあたりから聞こえてきた。リンクが目をやると、カンテラのようなぼんやりとした光の塊が空中を漂いながらこちらに向かってきている。

 

「なんだあれは?」

 

ミドナが呟いた。リンクはそれを見て何か既視感を感じた。だが、急激に記憶が蘇り、次の瞬間立ち上がって叫んだ。

 

「ミドナ、狼に変えてくれ!」

 

リンクの身体が一瞬浮き、ブーツとズボンが取り去られた。その身体がたちまち毛皮に包まれ、四つん這いになる。臨戦態勢をとったリンクは唸りながらその光の塊を見上げた。

 

ジョバンニの家で見た幽霊と同じだ。小柄な人間の形をしていて、長い刃を持った鎌のような武器を携えてくる。

 

不気味な笑い声を上げながら漂ってきた幽霊が鎌を振りかぶる。リンクは横っ飛びして躱すと跳躍して牙の一撃を加えた。幽霊が悲鳴を上げてよろめく。リンクは相手が態勢を立て直し武器を構え直す前に襲い掛かり、二度目の痛撃を与えた。

 

幽霊が地面に落ちた瞬間、リンクはその上にのしかかると牙をかけて相手の身体の中心に噛みつき、頭を振って引きちぎった。幽霊は断末魔のような声を上げながら消えていった。リンクは幽霊から噛みちぎったものを脇に吐き捨てるとミドナを見た。

 

「おいリンク、もう人間に戻すぞ」

 

ミドナが言う。リンクは頷いた。聖剣が出現しリンクに触れるとたちまち身体が人間に戻った。ミドナはぞんざいではあったが魔法の力を使って途中まで服を着せてくれた。

 

「まったく一体全体何なんだ?」

 

ミドナが怪訝な表情をしながらリンクの近くに飛んできた。

 

「ミドナ、以前君を運んでいる最中にこういう奴と戦ったんだ」

 

リンクは服装を整えながら言った。

 

「幽霊のような奴だよ。狼の姿になって目を凝らさないと見えない。そんなに強敵じゃあないけどね」

 

つま先で幽霊から奪い取った心臓のような塊をつついてみると、それはまだ脈打っていた。

 

「幽霊?」

 

ミドナはそう呟くと幽霊の心臓を拾い上げて眺めていたが、やがて顔をしかめて呻いた。

 

「どうしたんだいミドナ?」

 

リンクは武装のストラップをとめながら尋ねた。

 

「ザントの奴やらかしやがったな」

 

ミドナが言った。

 

「どういうことだい?」

 

リンクは再び尋ねた。

 

「間違いない。こいつは奴っこさんのしでかしだ。悪戯なのか何なのかわからんがな」

 

ミドナが首を振った。

 

「悪戯?」

 

「死者の魂なんてものは本来滅多に人に悪さはしないもんなんだ。そこらへんを飛び回っていても実体を持つことができないからな」

 

ミドナは説明を始めた。

 

「だが魔法を使ってそれを実体化させる実験をする奴は昔からいた。そうして幽霊たちを自分の兵隊がわりに使おうっていう馬鹿な連中がな」

 

「ひどい話だね」

 

リンクも顔をしかめた。

 

「私の国では随分前にそういう術は法律で禁止されたんだ。副次的に何が起こるかわかったもんじゃないからな。だがザントの奴ならそういうこともやりかねない」

 

ミドナは吐き捨てるように言った。

 

「おいリンク、この塊は私が処分してしまうぞ。いずれにせよロクなもんじゃないからな」

 

「待ってくれミドナ」

 

リンクは慌てて言った。

 

「ミドナ、僕は君を背負ってハイラル城の地下に忍び込む前、ある男と約束したんだ。そいつは金欲しさに悪魔に魂を売って人形に変えられたっていうんだけど、幽霊の魂を集めれば元に戻れるかも知れないって....」

 

「悪魔に魂を?」

 

ミドナは大きく目を見開いたが、やがて大きな声で笑い始めた。

 

「どうしたんだミドナ?」

 

「こいつは傑作だ。そんなバカは今まで聞いたことがないぞ」

 

ミドナはひとしきり腹を抱えて笑うと、リンクの方を見た。

 

「いいか、そいつが契約したのは悪魔じゃなくて天魔さ。空中を漂うケチな魔物の一種でな」

 

彼女はまだ笑いながら続けた。

 

「あいつら自分では人ひとり殺す力さえないんだが、たまにわざわざ呼び出そうとする阿呆な人間がいてな。そうするとそうやって悪戯をしかけてくるのさ。ああ久しぶりにウケたぞ」

 

「でも彼、見ていて可哀そうだったよ。動けないから彼女にも会えないってね。それでつい魂を集めるのを引き受けちゃったんだ」

 

「全くお前って奴は救いようのないお人好しだなリンク。どうして放っておかなかったんだ?」

 

ミドナは溜め息をつきながらもまた噴き出した。

 

「そんなこと言われてもなあ」

 

リンクは頭を掻いた。

 

「それに彼が城への抜け道を教えてくれたんだ。だから彼は君の恩人でもあるんだぜ?」

 

「わかったわかった」

 

それを聞くとミドナは両手を上げた。

 

「私もお前を自分の用事に付き合わせているんだ。私もお前の用事を手伝おう。その汚らしい魂の塊をしばらくの間運んでやるよ」

 

「ありがとう。恩に着るよ」

 

リンクはすっかり身支度を整えると建物の入り口に足を踏み入れた。今度は下りの階段だ。しばらく進むと目の前が開け、石壁に囲まれた五十メートル四方ほどの空間に出た。

 

どうやら先ほど通り過ぎた入口ではなくこちらが本当の前庭らしい。以前は立派に立ち並んでいたであろう石の柱の残骸が無残な様子でそこら中に倒れている。正面奥の突き当りにはがっちりとした格子で閉ざされた入り口がある。その上にはハイラル王家の紋章が刻まれていた。だが床はどこもかしこもすっかり砂だらけだ。よく見ると、建物の外から細かい砂が流れ込んでいるのか、ゆっくりとした速度ではあったが砂地が動いていた。

 

柱の残骸の転がっている砂地の真ん中には蟻地獄のような窪みができていて、そこに砂が流れ込んでいる。どう進んだものだろう?リンクが思案していると、砂地の中、地表近くを何かが高速で走り抜ける音がする。

 

「ミドナ、クローショットを出してくれ」

 

リンクは言った。すぐその右手の上にクローショットが現れた。リンクはそれを右手に嵌めると、足元の石敷の廊下の終端に立った。砂地をよく観察すると、やはりあの芋虫お化けが地中を動き回っている。リンクは化け物をクローショットで狙い撃つと、引き出して剣で斬り捨てた。二、三匹を片付けると手近のところは静かになったようだ。

 

部屋の壁や天井に目を向けると、右手の壁に埋め込み式の灯篭がある。そこにはまだ火がついており煌々と明りを発していた。灯篭の下に石でできた足場があるのを見てとるとリンクは灯篭をクローショットで狙い撃った。リンクの身体が引き寄せられ、灯篭からぶら下がった。鉤爪を開いて足場に飛び降りると、リンクは次の足掛かりを探した。

 

部屋の真ん中の蟻地獄の脇に巨大な切り石が転がっている。重すぎて砂で流されず残ったようだ。リンクは助走をつけてその上に飛びついた。すると、また周囲で芋虫お化けが騒ぎ出したようだ。リンクはそのままもう一つ先に転がっていた石柱の残骸に飛びついてよじ登った。

 

さらに方向を変え右側奥にあった二メートル四方ほどの切り石に飛び乗る。すると、その石はもともと不安定だったのか、リンクが乗るとグラリと揺れた。バランスをとろうとすると、芋虫お化けが砂地から飛び出して攻撃してきた。リンクは咄嗟に伏せてそれを躱すと、跳躍して右手の奥にあった石の床の残骸に飛びついた。どうにか石の床の上に乗ると、再びクローショットを嵌めて砂の中の化け物を狙い撃ち、引き出して剣で切り裂いた。

 

ようやく安全を確保したリンクは剣を納めた。しかし、正面の入り口まで砂地を挟んであと少しだが門を開ける方法がわからない。だが、扉の左手にある、金属製の高い柵によって隔てられた石の床に目を凝らすと、その奥に鎖のつながった巨大なハンドルスイッチが半ば砂に埋もれているのが見えた。鎖は扉の横の壁の中に続いている。

 

リンクはそのまま目の前に砂地に飛び降りると、全速力で走って正面の門前の石の床の残った場所を目指した。足がどんどん砂に沈む。リンクは息を切らせながらもどうにか石の床まで辿り着いた。一休みすると、今度は扉の左手にある石の床までダッシュする。ようやく目的地に辿り着いたときには両脚がほとんど砂に埋まってしまっていた。リンクは石の床に這い登り、荒い息をついた。この砂地を渡っていくのは難行だ。

 

目を上げてスイッチのほうを見やる。いまいる石の床は奥で切れていて、その先の砂地にスイッチが顔を出しているのだ。リンクは奥のほうに歩み寄るとクローショットを構えてスイッチに向かって撃った。狙い通り、一抱えもありそうなハンドルスイッチがこちらに引き寄せられる。

 

リンクはクローショットを脇に抱え、スイッチを持ち上げようと身をかがめた。その瞬間、なにかざわめくような音が聞こえてリンクは顔を上げた。

 

左手を見ると、小さな人間の骸骨が砂地から立ち上がり、こちらに歩いてきている。身長は子供程度だったが手には小さな槍を握っていた。リンクは驚いてスイッチを取り落とすと剣を抜いた。

 

小骸骨戦士が槍をかざす。リンクは剣を横に払った。剣の刃に打たれた骸骨がたちまちバラバラに崩れ落ちる。だが背後からもざわめく音が聞こえ振り返ると新手の小骸骨戦士が二人砂の中から立ち現れたところだった。リンクはまた剣を振り回し、骸骨戦士たちを粉々にした。

 

「どうやらここでは色々ロクでもないことが起こってるみたいだな」

 

ミドナが現れて言った。

 

「まさか骸骨と戦うなんて想像もしなかったよ」

 

リンクは息をつくと剣を納めた。

 

「リンク、おそらくザントの奴はとんでもない実験をしでかしたんだ。これから何が起こってもおかしくない」

 

「死人を甦らせるとか、そういうことかい?」

 

リンクは身をかがめてハンドルスイッチを持ち上げながら尋ねた。

 

「たぶんな。それでもってこの施設自体がいわくつきの激ヤバ物件ときたもんだ。魑魅魍魎の目白押しになるぞ。まあ楽しみにしてろ」

 

ミドナが皮肉っぽく微笑む。リンクは苦笑いするとハンドルスイッチを引いた。鎖が引っ張られて作動音がし、部屋の正面の入り口を塞いでいた門がガラガラと音を立てて開いた。

 

リンクは再び助走をつけると砂地に飛び降りて全力でダッシュした。沈む脚を引き摺りながら正面の入り口に至る床の残った場所を目指す。砂に埋もれて動けなくなる前に辿り着くと、床に這いあがって先に進んだ。

 

入り口を入ると短い階段があり、左右の壁には燭台がしつらえられて今も炎が点されている。以前に来た冒険者たちが点したのだろうか。階段を登り切ると、左右に小さな部屋があり、正面には鎖をかけられ錠前で閉ざされた扉があった。

 

リンクは左の部屋をまず調べた。壺が散乱しているほか、巨大な甕に油が満たされている。質の良いカンテラ油のようだ。リンクは自分のカンテラをそこに沈めて油を補充すると、今度は右手の部屋に入った。部屋の中ほどがまた砂だらけになっているが、向こう岸には立派な木製の箱があった。リンクは床から砂地に飛び出すと、思い切って前転した。若干は距離が稼げた。立ち上がると全力で脚を動かして前進し向こう岸に辿り着いた。

 

砂地から這いあがって箱を開けてみると、金属製の小さな鍵が入っていた。リンクは鍵を仕舞うと踵を返そうとした。だがその途端何かがざわつく音が聞こえてくる。

 

ふと足元を見ると、木の葉くらいの大きさの黒い虫がこちらに群がってきている。何匹かは既にリンクのブーツに取りついて上に登ってきていた。リンクは慌てて脚を振ったり踏みならしたりして追い払おうとした。だが虫の群れは数を増して押し寄せてくる。手で払いのけても次から次へと登ってくる。

 

リンクは剣を抜くと回転斬りの要領で身体を回転させた。虫たちが振り落とされて床に落ちる。だが再びリンク目掛けて押し寄せてきた。リンクは剣を納めると、砂地に飛び込んで前転し、立ち上がるとダッシュした。しゃにむに砂を掻き分けて進む。両脚とも太腿あたりまで埋まりながらもどうにか対岸に辿り着いた。

 

「こんなひどい場所は想像もしたことがないな」

 

ミドナが言った。

 

「リンク、だがお前は虫にくっつかれてもどうせ平気なんだろう?」

 

「いくら虫が好きと言ったってああいうのは例外だよ」

 

水を向けられリンクは答えた。鍵を取り出すと正面の扉に向かう。果たして、鍵は錠前にピタリと合った。鍵を捻ると錠前が開いて鎖が地面に落ちた。

 

扉を押し上げて向こう側に出る。最初の空間と同じくらいの大きさだが、天井が低い。明りがなく極端に暗かった。リンクはカンテラを取り出すと点火して前にかざした。

 

床板がところどころ欠落して砂地になっている。リンクは砂地に落ち込まないよう注意深く足を運んで前進した。突き当りに扉があるようだがカンテラの薄明りでは見えない。

 

前に進んでいると、またざわざわという音が聞こえた。砂地の中から小骸骨戦士たちがわらわらと湧き出てきている。リンクはカンテラを腰のベルトにつけると、盾を下ろして剣を抜いた。

 

小さな化け物たちは三、四匹で群れを作ってこちらに迫ってくる。リンクは横斬りでまとめてなぎ倒した。だが取りこぼした敵が槍を突き出す。鎖帷子の上からとはいえ、槍が身体に食い込む。リンクは盾を跳ね上げて振り払うと回転斬りで全滅させた。

 

何歩か進むごとに、新たな小骸骨戦士たちの群れが地上に這い上がってくる。リンクは近づかせないため小刻みに突きを出した。そうやって先頭を粉砕すると、今度は生き残りたちがこちらの横に回り込んで襲ってくる。リンクは左右に袈裟斬りを繰り出して骸骨たちを破壊した。

 

そうしてようやく部屋の奥のほうに進むと、突き当たりの扉の前に頑丈そうな格子がかかっているのが見えた。その左右に篝火の台がしつらえてある。リンクはカンテラをかざしながら近づいた。

 

右手の篝火台に歩み寄り、リンクは自分のカンテラを近づけて火をつけた。左の篝火台に歩み寄ろうとした瞬間、その周辺の砂地からまた小骸骨戦士たちが湧き上がってくる。リンクは左手にカンテラを持ち変えて剣を振り回し、化け物たちが地表に出てくる前に叩き潰した。

 

左の篝火台の周囲は床板が抜け落ち砂地だらけだ。篝火台に近づいてカンテラをかざし火を灯したが、足が砂地に吸い込まれそうになる。リンクは踵を返すと懸命に石の床板まで戻った。

 

ようやく部屋が明るくなった。その途端にガラガラと音がして扉を塞いでいた格子が引き上げられた。

 

「なんてことはないな。人が来れば開くようになってるんだな」

 

ミドナが言った。

 

「ここまでは思ったより順調だったね」

 

カンテラを仕舞い、扉を押し開けながらリンクも応じた。

 

「まだまだ先は長いぞ。見たところえらく勿体ぶった施設だからな」

 

ミドナが答えた。

 

扉の向こう側は百メートル四方ほどの広い部屋だった。薄暗い中にも、正面に登り階段を経由して大きな入り口があるのが見える。その左右に二本づつ、計四本の燭台があった。燭台の上には青白い炎が点されている。部屋の各所に五メートルほどの高さの石の立像が立っている。東西両方の壁にも扉がしつらえてあった。階段とその周囲は贅を凝らした装飾が施されており、立像も腕のいい職人の手によって滑らかに仕上げられた大理石製のようだ。建造された当初はさぞかし壮麗だったであろうと思われた。

 

「やっぱりな。ここが本当の入り口ってわけだ」

 

ミドナが呟く。

 

「待ってくれ。今までのは入り口でさえなかったってことなのかい?」

 

リンクが尋ねた。

 

「そうさ。この奥が本当の処刑場だろう」

 

ミドナが言うと、立像のほうを指さした。

 

「王たちの立像なんか立てやがって。王家の権威を処刑される罪人にも見物客にも見せつけるためだろうな」

 

「見物客?なんだいそれは?」

 

リンクがそう聞いた瞬間、正面に開いた入り口から何かが近づいてくる物音がした。人のざわめく声のようではあったが、明らかに雰囲気がおかしい。苦しみ呻くような、何かを呪うような暗い声の群れだ。それとともに、奥から空中をカンテラが四つ浮遊しながら部屋に入ってくるのが見えた。

 

リンクは身構えた。何かこの世ならぬものが来たのだ。四つのカンテラは四本の燭台の上にそれぞれ浮遊していくと、小さく一回転し燭台の上の炎を奪い取るようにして自らの中に吸い込んでしまった。それと同時に、奥の入り口の上の天井から格子が降りてきた。格子は頑丈そうなもので、みるみるうちに入り口をすっかり塞いでしまった。

 

四つの青白い炎のうちの三つは、やがてその場所から散るように部屋の外に浮遊していってしまった。だが残り一つがこちらに向かってくる。一体何なんだろうあの炎は?

 

だがリンクはすぐに気づいた。幽霊だ。リンクはミドナを見た。彼女もすぐその意図を理解したようだ。たちまちリンクの装備のストラップが解け、服が取り去られたかと思うと、リンクはすぐに狼の姿に変えられた。

 

目の前の空中に目を凝らす。間違いない。相手の姿が見えてきた。ジョバンニの家で戦った幽霊と似ているが、形が違う。それよりはるかに背が高い。その顔はほとんど骸骨だ。片手にカンテラを下げ、もう片方の手に長い鎌を持った化け物だ。

 

「リンク、見えてるな?」

 

ミドナは尋ねた。リンクは頷いて軽く吠えた。

 

「私には見えないが気配は感じる」

 

ミドナは口の端を上げ歯を見せながら笑った。

 

「ヤバい気配がな。入口にいた幽霊はただの前座みたいだったな」

 

リンクは唸り声をあげながらその炎を見上げた。幽霊は首を傾げると何かを喋った。呪詛かそれとも侮蔑の言葉か、聞き取れはしなかったが明らかに不穏なものだ。リンクは相手が鎌を構えた瞬間跳躍して襲い掛かった。激しい体当たりを食らわせると、敵の身体の中心に手ごたえがあった。だが、幽霊はわずかによろめいただけですぐ体勢を立て直し、武器を振るってきた。身を低くして躱す。リンクの頭の上を唸りを上げて鎌の刃が通り過ぎた。

 

「リンク!私の結界を使え!奴にも効くはずだ」

 

ミドナが叫ぶ。リンクは頷くと、幽霊の再度の攻撃をサイドステップで回避し、わずかに後退して間合いを取った。ミドナに合図するとたちまち結界が広がる。追撃しようとして近づいてきた幽霊が赤い稲妻に包まれた。

 

リンクは跳躍した。狼の顎の一撃を食らわせると、幽霊は空中で大きくよろめいた。やはり効いている。リンクは着地しつつ再度ミドナに合図した。結界が広がると同時に幽霊が態勢を立て直し鎌を振り上げてきた。リンクは敵の攻撃のタイミングをギリギリまで待つと一気に力を解放した。

 

魔法の力で跳躍したリンクは再び幽霊の身体の中心に激しい打撃を加えた。幽霊はたまらず地面に落下する。リンクは敵にのしかかると、その腹の辺りに牙を立てて魂の塊を引きちぎった。

 

幽霊は断末魔の悲鳴を上げた。その姿が縮んでいき、後には空っぽになった服が残された。地面に落ちたカンテラが割れ、中に入っていた青い炎が空中を浮遊して燭台のうちの一本の上に戻っていった。

 

「リンク、人間に戻すぞ」

 

ミドナが言う。リンクはたちまち人間の姿に戻り、服が着せられた。装備のベルトを締めるとリンクは改めて敵の残していったものを調べた。そこにはもう襤褸のようなチュニックしか残されていない。ミドナは幽霊の魂の塊を拾い上げてどこかに仕舞った。

 

「こいつも死者の魂だったとしたら相当何かに恨みがあったんだろうね」

 

リンクが呟く。

 

「さあな。どっちにせよザントの奴ここにいるありったけの死霊どもを動員してるみたいだ」

 

ミドナはそう言って燭台のほうを見た。

 

「見ろリンク。あの燭台の炎を取り戻さないと先には進めない。あと三匹幽霊どもがいるはずだ」

 

「わかった。探そう」

 

リンクはまず東西の扉から調べることにした。まずは西側の扉から試してみた。扉を押し上げると中は直径二十メートルほどの円形の部屋だった。中央に大きな柱がある。突き当りには扉があるが、鎖がかけられ錠前で閉じられていた。見渡してみてもそのほかには扉らしきものがない。その他は巨大鼠どもがごそごそと床に落ちている骨をしゃぶっているだけだ。

 

リンクは諦めてその部屋から戻ると、今度は東側の扉を開けた。扉の先には広い砂地を挟んで、高い石造りの通路と別館のような建物が見えた。だが流砂の渦巻く砂地の面積が大きいうえに通路の高さが高すぎて到底進めそうにない。その左手は高い壁があるのみで進めそうな経路はない。

 

再び諦めて元の部屋に戻った。リンクは差し当たりその部屋をくまなく調べることにした。正面奥の階段の左右に光のささない暗いスペースがあったが、近づいて目を凝らすと大きな木の箱が置いてある。

 

リンクは右手の木の箱に近づいた。途中、足元が砂地になっているところを急いで渡りどうにか対岸に這い上がると箱を開けた。中には羊皮紙にインクで描いた地図が入っていた。仔細に眺めてみるとどうやらこの建物の地図のようだ。

 

リンクは地図を仕舞うと、再び砂地を渡って今度は階段の左手奥に向かった。そこも途中は砂地になっていたが、懸命に脚を動かして渡り切ると、箱に手をかけて蓋を開ける。中にはハート型のガラスの器が入っていた。

 

「ミドナ、これは飲んでも大丈夫なやつかな?」

 

リンクはミドナに器を差し出した。彼女は器を点検し、蓋を開けて中身の匂いを嗅いだあとリンクに器を返した。

 

「問題ない。おそらくここを探検した奴が残していったんだろう。もらっておけ」

 

リンクは言われたとおり器の中身を飲んだ。辛い液体だ。だが飲んでしまうと体中に力がみなぎってきた。背中の打撲や肩の矢傷の痛みもすっかり消え去ってしまった。

 

「その人は随分周到な準備をしたんだね。地図もあったし」

 

リンクはポーチに仕舞った地図を改めて取り出してミドナに見せた。

 

「そうだな。だが途中で力尽きたんだろう」

 

ミドナは自分の顎に手を当ててリンクが広げた地図を眺めた。

 

「だけど残り三つのカンテラを持った幽霊はどこにいるのかな?」

 

リンクが呟くとミドナは何かに気づいたように顔を上げた。

 

「おいリンク、匂いだ、匂い」

 

「匂い?」

 

リンクは聞き返した。

 

「お前は狼になれば微妙な匂いを辿って相手を追跡できるだろう?今ここに幽霊の残していった匂いがあるはずだ。それを覚えれば手がかりが見つかるかも知れん」

 

リンクも同意した。すぐさま服が取り去られリンクは狼に変身した。さきほど倒した幽霊の残していった衣服がある場所に戻ると、その匂いを嗅いで覚えた。

 

意識を鼻に集中し、今度は同じ匂いが部屋のどこかにないかを探す。すると、西側の扉の少し左手から同じ臭気が漂ってきている。リンクがその匂いの源を探ると、壁際にある小さな砂だまりから来ているとわかった。

 

リンクは砂だまりを前足で掘ってみた。すると鎖で壁の向こうと繋がった鉄製のハンドルが出てきた。リンクはハンドルを口に咥えると引っ張ってみた。

 

ガタンと音がし、西側の扉のすぐ前の床が段刻みに落ちていく。やがて地下に向かう階段が出現した。西側の扉のちょうど下に位置する場所に導いているようだ。

 

リンクはその階段に入ってみた。突き当りに扉がある。ミドナが自分の髪の毛を巨大な手の形に変え、扉を押し上げてくれた。向こう側に入ると、先ほど探索した上に位置する部屋と同じような作りで、中央に円柱がある。だが入ってきた扉以外には進めそうな出口はない。

 

扉の左右にしつらえられた燭台から照らされる光の中部屋を捜索してみる。中央の柱をよく見ると、左側の床近くの高さから大きな直角台形のハンドルのほうなものが突き出ている。リンクは近づくとそのハンドルを頭で押してみた。

 

果たして手ごたえがあり、ハンドルが動くとガタンと音がして円柱が回転した。すると部屋の壁の北側の一角が開いた。隠し部屋があったのだ。だが何か動くものの気配がしてリンクは振り返った。見ると、頭蓋骨の左右に蝙蝠の羽が生えたような化け物が空中を飛びながら近づいてきている。リンクは素早く向き直ると跳躍して化け物に飛び掛かり、叩き落した。地面に落ちた頭蓋骨がまだ動いているのを見て、リンクはもう一度顎で一撃を与え粉砕した。

 

「リンク、あれを見ろ!」

 

ミドナが警告の声を上げた。先ほど出現した隠し部屋の中に人影が立ち上がるのが見えた。

 

いや、だが人間ではない。赤い布をまとった背の高い骸骨だ。手には巨大な剣を提げて、こちらにゆっくりと歩いてくる。リンクは唸り声を上げると骸骨に向かって襲い掛かった。跳躍し強烈な一撃を叩きつけ、相手がよろめく。

 

だがその瞬間、骸骨が凄まじい声で叫んだ。その声があまりにも凄まじくリンクは一瞬気が遠くなり体が麻痺したように動けなくなってしまった。骸骨が大剣を振り上げてくる。リンクはすんでのところで意識を取り戻し、横に飛びのいた。身体の横を剣がかすめる。リンクは後ろに下がって距離をとった。

 

「リンク、剣を使え!」

 

ミドナが叫んだ。たちまちリンクの身体が人間に戻され、服が着せられた。聖剣がその右手に握られる。リンクはダッシュすると裂帛の気合とともに骸骨にジャンプ斬りを叩きつけ、着地するやいなや回転斬りを放った。立て続けの斬撃を喰らった骸骨は呻き声を上げながら崩れ落ちていった。

 

「ギブドだ」

 

ミドナが言った。

 

「この化け物の名かい?」

 

リンクは尋ねた。

 

「ああ、死霊の魂を利用して造られた兵隊さ。昔その手の実験の一部始終を記録した本を読んでたら似た奴の絵を見たことがある」

 

ミドナが答えた。

 

「魑魅魍魎だらけっていうのはまさに君の言うとおりだったね」

 

リンクが応じた。

 

「怖くなったか?引き返してもいいんだぞ?」

 

ミドナがからかう。

 

「まさか。僕は魔物は平気さ。女の子が怒ってるときのほうがよほど怖いよ」

 

リンクも軽口を叩いた。改めて装備を整えながらふと横をみると、骸骨が倒れた場所の脇に赤ルピーが落ちている。リンクはそれを自分の財布に入れると、隠し部屋を調べた。

 

壁際に金属の箱がある。開けてみると金属製の小さな鍵があった。鍵を仕舞うと、リンクは部屋の中を改めて見回した。先に進む道はどこにあるのだろう?

 

入ってきた扉は、円柱のハンドルを回したことで塞がれてしまっていた。リンクは部屋から出るために円柱に近づいてハンドルに手をかけた。

 

「待てリンク」

 

ミドナが声をかけてきた。

 

「どうしたんだい?」

 

「ハンドルはそのままにしておけ。この仕掛けで上の部屋も壁が開いたかも知れないぞ」

 

ミドナが言った。

 

「上の部屋も?」

 

リンクは聞いた。

 

「だけどどうやって行くんだい?」

 

「リンク、天井を見ろ」

 

ミドナが指さした先には天井にぽっかりと長方形の穴が開いていた。見上げると、上の部屋の真ん中にある円柱がちょうど見える。円柱の途中には嵌め込み式の灯篭がついている。クローショットで狙えば上がれそうだ。

 

「君の観察力には敵わないよ」

 

リンクは苦笑いした。

 

「まあいい、お前は戦うのが仕事だからな」

 

ミドナはクローショットをリンクの右手に渡した。リンクはクローショットで上の部屋の灯篭を狙い撃った。たちまち身体が引き上げられる。一階の床に降りて周囲を見渡すと、果たして部屋の北側に短い廊下が出現している。突き当りには扉があった。その一方で、最初にこの部屋に入ったときには見えていた鍵のかかった扉が仕掛け壁で塞がれていた。

 

リンク北側の扉に近づいてそれを押し上げた。向こう側は直径五十メートルほどの円形の部屋だ。見回すと青白い炎のゆらめくカンテラが部屋の壁にずらりと下がっている。

 

「ミドナ、ここが怪しいよ。狼に変えてくれ」

 

リンクは言った。服が取り去られリンクの身体が狼に変わった。四つん這いになり部屋の中ほどまで進みながら、感覚を研ぎ澄ませ周囲を探る。右手の壁際に何かがいる。目を凝らすと、青白い炎を奪っていった幽霊のうちの一匹だ。

 

リンクは唸り声を上げながら牙を剥き出した。だが、床に転がっていた頭蓋骨のうちの二つから蝙蝠のような羽が生え、浮上し始めた。

 

幽霊もまた壁際から離れ、空中を漂いながら鎌を振り上げた。囲まれるとまずい。リンクは幽霊が振り下ろした鎌を咄嗟に後ろに飛びのいて躱すと踵を返して走った。頭蓋骨の化け物と幽霊が追ってくる。リンクはやや距離をとった地点でミドナに合図した。ミドナから結界が広がると、追いついてきた幽霊と頭蓋骨の化け物たちがリンクと取り囲んだ。幽霊が鎌を振り上げる。

 

その瞬間リンクは力を解放した。敵が動けなくなり、リンクは空中を飛び回って頭蓋骨の化け物二匹を叩き落し、さらに幽霊にも痛撃を与えた。

 

よろめいた幽霊だったが、すぐリンクに向き直り反撃しようと鎌を持ち上げた。頭蓋骨の化け物二匹が床を転げまわっている。リンクは後じさりしながら再びミドナに合図した。結界が広がったところに幽霊が飛び込んでくる。リンクは相手の隙を待った。リンクに確実な一撃を与えようと迫ってきた幽霊が鎌を振り上げた途端にリンクは飛びかかった。二度目の痛撃に幽霊はたまらず地面に落ちる。リンクはすかさず襲い掛かり、その身体の中心から魂の塊を食いちぎった。

 

幽霊は断末魔の声を上げながら萎んでいく。その手に提げられていたカンテラが割れた。そこから青白い炎が放たれ、どこかに飛んでいく。

 

ミドナが魂の塊を仕舞うのを見届けると、リンクは踵を返した。入ってきた扉をミドナに開けてもらって向こう側に出ると、二層構造の部屋の一階部分から床に開いた穴に入り、地階部分に降りた。円柱についているハンドルを最初に回したときと逆に押して回す。東側の扉を塞いでいた仕掛け壁が開いた。

 

リンクとミドナは東側の扉を開けて階段を登った。今度は一階の西側の壁についた扉を開けて二層構造の一階の部屋に入る。ミドナはリンクの荷物の中から鍵を取り出すと、部屋の突き当りにある扉にかけられた錠前に差し込んで開けた。

 

ミドナが扉を開け、二人はその向こう側に出た。広い砂地の先に、新たな建物が見える。砂地のところどころに石の床の残骸があった。リンクは狼姿のまま砂地に降りると、左手にある蟻地獄状の穴に落ち込まないよう注意しながら素早く前進した。

 

途端に右手の砂地から尖った鉄の杭が何本も突き出てきてリンクの身体をかすめた。分厚い毛皮のお陰で負傷を免れたリンクは慌てて対岸の通路に這い上がった。

 

対岸は南側に向けて通路が伸びている。だが、通路を塞ぐように二メートル角ほどの鉄の檻が置かれているうえに、その先にやや階段を登った先も巨大なシャンデリアによって塞がれていた。シャンデリアには天井からの鎖がつながっている。リンクが周囲を観察していると、頭蓋骨の化け物が一匹翼を広げてこちらに飛んでくる。リンクは跳躍して叩き落すと、地面に落ちたそいつを顎で噛み砕いた。

 

リンクはミドナに合図し人間に戻してもらった。鉄の檻に手をかけて引っ張ると、通路を先に行ける隙間ができた。そこをすり抜けると、階段の手前右手にやや高い台があり、そこに鎖の繋がった鉄の大きなハンドルが置いてある。

 

リンクは高台によじ登った。鉄のハンドルを取り上げながらふと見ると、奥の壁際には既に壊れた大きな太鼓や、棘のたくさんついた長い鉄の棒が置いてあった。鉄の棒の棘には人骨らしきものがいくつも絡みついていた。リンクは頭を振って目を背けると、鉄のハンドルを引っ張ってみた。何かの装置が動くガラガラという音とともに手ごたえがある。シャンデリアを天井から吊るす鎖が連動しているらしい。シャンデリアが浮き始め、十回余りも引っ張るとガチャリと音がしてシャンデリアが天井近くに固定された。

 

リンクは通路に飛び降りて階段を登り、足早にそこを通り抜けた。途端に再びガラガラと音がしてシャンデリアが降りてきた。もたもたしていたら潰されていたかも知れない。

 

リンクは肩をすくめると先に進んだ。また階段があり、頭蓋骨の化け物が二匹ほど飛び回っている。剣で叩き落すと階段を登った先にある部屋に入った。

 

二十メートル四方ほどの部屋で、中心に立像があり、その足元から直角台形のハンドルが伸びている。リンクはそのハンドルに手をかけて左側から押してみた。手ごたえがすると、立像が回転し、部屋の東西にあった仕掛け壁が開いた。

 

だが気配に振り返ると、頭蓋骨の化け物がまた一匹こちらに近づいている。しかも炎を発していた。リンクは剣を振るってそいつを叩き落すと、床に落ちたところを上から刃で刺し貫いた。

 

剣を納め、壁に新たに現れた出入口を見やると、東側には短い廊下とその先に扉が見える。ただしそこは鎖と錠前で閉じられている。西側には、やはり短い廊下がありその先が木の柵で塞がれていた。だが剣で壊せそうな簡易なものだ。

 

リンクは西側の壁に現れた廊下に入り、木の柵を剣で破壊した。その先は小部屋になっているが、部屋の中に例の赤い布をまとった骸骨兵士、ギブドが横たわっている。その向こう側壁際には大きな木の箱があった。

 

骸骨の化け物がいましも立ち上がろうと身体を起こした。リンクは咄嗟にダッシュして奥にあった木箱を開けると、中にあった鍵を掴みだし、踵を返すと急いで小部屋から走り出た。

 

背後では骸骨が重そうな大剣を引き摺りながらこちらに歩いてきている。リンクは構わず走ると、反対側の東側に出現していた廊下に入り、突き当たりの扉にかけられていた錠前に鍵を差し込んだ。

 

果たして鍵はぴったりと合った。錠前が外れ、鎖が床に落ちる。リンクは扉に手をかけて向こう側に出た。

 

その先は狭い廊下ですぐ右手に直角に曲がり、そこからまた左手に曲がっている。床板がところどころ欠損し砂地になっている。リンクは用心深く身構えながら前進した。

 

すると行く手からざわざわと音が聞こえる。前方から、小さな骸骨戦士たちが群れをなしてこちらに向かってきている。リンクは盾を構えて剣を抜くと、連続して突きを放って小骸骨戦士たちを片端から破壊した。だが新手が次々とやってくる。

 

リンクが小骸骨戦士たちと格闘していると、さらに廊下の奥からあの赤い布をまとった骸骨兵士、ギブドが現れた。大剣を引き摺りながら歩いてくる。しかも二体だ。こちらとの間には数メートルの砂地があるから素早く接近するのは無理だ。

 

「ミドナ、爆弾を頼む!」

 

リンクは剣を振り回しながら叫んだ。数匹の小骸骨戦士を叩き壊したあと、剣を納めて弓を手にした。爆弾袋が現れリンクの腰のベルトにぶら下がった。リンクは矢を弓につがえると、袋から爆弾を取り出して矢尻の先につけた。導火線のキャップを捻って点火すると近いほうにいたギブドに向けて放つ。爆弾がぶち当たって爆発しギブドが呻く。リンクは手早くもう一つ爆弾矢を拵えるともう一度放った。二発目を喰らったギブドがゆっくりと崩れ落ちる。

 

リンクはさらに爆弾矢を後ろのギブドにも放った。爆発音がして、その横にいた小骸骨戦士が砕け散るとともにギブドもよろめく。ダメ押しでもう一発の爆弾矢を食らわせるとようやくそいつも静かになった。

 

「どうにか切り抜けたけど爆弾を使い果たしちゃったよ」

 

リンクは弓を背負うと言った。ギブドたちの倒れた跡に赤ルピーが落ちていたので拾って財布に入れた。

 

「まあ仕方ないさ。補給や休憩が必要ならいつでも言え」

 

ミドナが答える。

 

「僕はまだ休憩はいらないよ。それよりミドナ、君はまだ寝ていないんじゃないか?」

 

リンクが水を向けるとミドナが言った。

 

「私は徹夜の一晩や二晩平気だ。それに陰りの鏡が近いのに寝てられるか」

 

リンクは肩をすくめると廊下を進み始めた。だが廊下の半ばを通り過ぎるとリンクははたと立ち止まった。

 

「待ってくれ、何か匂う」

 

「おいおい、とうとう中身まで狼になっちまったか?」

 

ミドナが笑う。

 

「いや、そうじゃないけど、カンってやつだよ」

 

リンクも笑って応えた。

 

「ミドナ、狼に変えてくれないか?」

 

「了解だ」

 

リンクの服がミドナの魔法で取り去られ、その身体がたちまち狼に変わった。感覚を研ぎ澄ませ、幽霊の匂いを探す。すると、廊下を戻った右手の角の砂だまりからかすかにその匂いが漂っていた。リンクはその箇所を前足で掘ってみた。果たして砂の中から鎖がつながった鉄製のハンドルが出てきた。

 

リンクはハンドルを口で咥えて引いた。手ごたえがして、左手にあった壁がガラガラと開き始めた。隠し部屋だ。

 

部屋の中を凝視すると、何か浮遊するものが見える。幽霊だ。リンクは唸り声を上げて身構えつつも相手の出方を待った。

 

幽霊は鎌を持ち上げると空中を漂いながらリンクに迫ってきた。リンクはミドナに合図を送り、結界の中に敵を誘い込んだ。幽霊がいましも一撃を加えようと武器を振り上げた瞬間に襲い掛かる。痛撃を加えられた幽霊がよろめく。リンクは間髪を入れずもう一度ミドナに合図した。体勢を立て直した幽霊がこちらに向き直った瞬間にはもう結界が広がっていた。リンクはわずかに敵に近づくと、力を解放した。空中を飛んだリンクが敵の身体の中心に一撃を与える。幽霊が墜落すると、リンクは上にのしかかって魂の塊を食いちぎった。

 

その幽霊も空気が抜けたように縮み、服だけを残した残骸となった。ミドナが魂の塊を拾い上げる。幽霊が携えていたカンテラが割れ、青い炎が飛び出してどこかに飛んでいった。

 

あと一体だ。リンクは北に伸びた廊下を進んだ。突き当りにある扉に到達すると、ミドナがそれを押し上げ、二人は向こう側に出た。その先は廊下がすぐ右手に曲がり、中央が窪んだ小さな部屋に繋がっていた。リンクは中央の窪みに至る階段を降りると、周囲を捜索した。右手の隅に金属の箱がある。リンクが蓋を開けると中には金属の小さな鍵が入っている。

 

阿吽の呼吸でミドナが鍵を拾い上げる。リンクは踵を返すと、階段を登り、部屋のぐるりを囲む通路を伝って東側にある扉に向かった。

 

その途端、たくさんの数の鼠の鳴く声と足音が聞こえた。だが姿は見えない。

 

「おいリンク、早くここを出よう!」

 

ミドナが上ずった声で言った。リンクも異変を感じた。体中に小さな生き物が取りついてきたような感覚がある。鼠の幽霊なのか、四方八方からリンクたちに襲い掛かってきているのがわかった。

 

リンクは体を一回転させると、取りついた鼠の幽霊どもを払い落し、一目散に出口に向かった。扉に到達したが、鎖がかかっており錠前で閉じられている。だがすぐにミドナが鍵を差し込んでそれを開け、二人は向こう側に出た。

 

やっと息をついて前方を見ると、どうやら四つの燭台があった部屋の二階部分に着いたようだ。下を見ると、二つの燭台に既に火がともっており、もう一つの燭台に向かって先ほど倒した幽霊の火が浮遊していっているところだった。

 

目の前の通路はすぐに切れているが、部屋の天井中央からぶら下がったシャンデリアを伝っていけば向こう岸の二階部分に行けそうだ。リンクは狼姿のまま距離を見極めると、シャンデリアに飛び乗り、その上を伝って向こう側の扉の前の通路に飛び移った。

 

ミドナが扉を開け、二人は向こう側に出た。最初に調べたときのように、一階部分を見下ろした限りでは広い砂地があり到底渡れそうにない。だが、左手を見ると通路があり、砂地の向こう側に出られるようだ。

 

リンクが通路に入っていくとそれはすぐ右手に曲がった。その先にある崩れ果てた階段を滑り降りると、どうやら最初は探索できなかった砂地の向こう側に出たようだ。

 

高い通路が左右に走っており、その左端が切れた場所の少し手前に二メートル角ほどの鉄の檻が置かれている。リンクがその檻を頭で押して動かすと、檻はちょうど通路の切れた部分にぴったりと嵌った。檻の上に這い上がってみると、通路の構造がわかった。真ん中あたりが巨大なシャンデリアで塞がれており、南側にある終端は壁に突き当たって終わっている。その通路から砂地を挟んで東側に、もう一つの建物の入り口らしき扉がある。砂地に邪魔されてはいるがシャンデリアの上に乗れればその扉に到達できそうだ。

 

リンクが通路の北側の終端を見ると、鎖がつながった鉄のハンドルが壁ぎわに見えた。それを咥えて引っ張ると、ガラガラと音がして機械が動作する手応えがした。シャンデリアが少しづつ持ち上げられていく。

 

だが、右手の砂地から物音がして目をやると、芋虫の化け物らしきものが砂の中でうごめいている。リンクは連中に目をつけられないよう、やや左側に位置をとって鎖を引き続けた。十回余り引くとシャンデリアがガチャンと固定された。だがさっきの経験では数秒たつと落ちてきてしまう。

 

リンクは鉄のハンドルを放すと急いで穴の開いたシャンデリアの中心部分にあたる場所まで進んだ。果たしてシャンデリアがガラガラと降りてきたが、ちょうど穴の開いた部分に自分が入り込むことができた。

 

リンクはシャンデリアの内側を登り、その外周まで辿り着くと、東側の建物の扉に至る張り出しに飛びついて移動した。

 

突き当りの扉をミドナが開く。短い廊下の突き当たりが木の柵で塞がれている。狼の一撃で柵を壊して中に入ると、直径五メートルほどの円形の狭い部屋だ。

 

部屋中に骸骨が散らばっている。部屋の中を探索していると骨が転がる音がした。部屋のひと隅にあった人骨がひとりでに動き、急激にまとまり始めている。

 

リンクが驚いて見ていると、人骨が人の形をとって立ち上がった。左手に円盾を、右手に剣を持っている。しかも肩に防具までつけているところを見ると戦士の骨だったようだ。

 

リンクはミドナに合図した。たちまちその姿が人間に変えられ、衣服が着せられた。リンクは聖剣を手に持つと、盾を構えた。骸骨戦士も盾を構え剣を振り上げた。リンクは敵の一撃を盾アタックで弾くと、跳躍して兜割りを食らわせた。化け物の頭蓋骨にたちまち亀裂が走る。着地したリンクはすかさずジャンプ斬りを叩きつける。骸骨戦士はバラバラになり崩れ落ちた。

 

リンクは剣を納めた。だが、部屋に入ったときに見えた南側の扉が格子で塞がれている。仕方なくリンクは部屋に目ぼしいものがないかを探すことにした。部屋は大まかに八つの方向に窪みがあった。いくつかは木の柵で塞がれている。入口正面の窪みに金属の箱があり、開けてみると爆弾が五個入っていた。リンクはそれを自分の袋に補充するとまた捜索を再開した。片端から木の柵を叩き壊していると、背後でまた骨が転がる音がする。

 

振り向くと、骸骨戦士がまた立ち上がって武器を構えていた。ギョッとしたリンクはすぐ剣を抜いた。敵が近づくのを待たずに走り寄って斬りかかる。だが骸骨戦士は盾を上げてそれを防ぎ、剣を突き出してきた。

 

身体を反らしてそれを躱すと、リンクは横跳びし、次いで前転して相手の後ろに回り込んだ。さらに立ち上がりざま跳躍して剣を払う。背骨に剣の一撃を喰らった敵はよろめいた。リンクが仕上げに回転斬りを放つと、骸骨戦士は再びバラバラになった。

 

「参ったな。何度でも蘇るのかな?」

 

リンクは荒い息をつきながら言った。

 

「そうかも知れない。リンク、試しに爆弾で吹っ飛ばしてみろ」

 

リンクは爆弾袋から爆弾を取り出して導火線に点火し、骸骨戦士の残骸の上に置いて後ろに下がった。爆発音がし、残骸の骨が粉々に砕かれた。いくらなんでもこれなら復活できないだろう。すると、南側の扉を塞いでいた格子が上がった。

 

「暴れている者がいると自動的に扉が封鎖される魔法の仕掛けさ。実によくできている」

 

ミドナは呟いた後リンクに言った。

 

「リンク、この施設はただの処刑場にしては豪華すぎると思わないか?」

 

「確かにそうだね」

 

リンクも答えた。言われたとおり、処刑場と聞いたときの印象とかなり違う。内装の豪華さから、ただ罪人を処刑するための場ではなく貴人を迎えるための施設のようだ。

 

リンクは南側の扉を押し開けて向こう側に出た。その先は階段になっていて、登った先にはところどころが砂地になった二十メートル四方ほどの部屋があった。突き当りの壁には一面に不気味な偶像が彫られており、その前に六本の篝火台がある。一本が手前中央に、五本が壁際に立てられていた。

 

リンクは砂地を渡って手前の篝火台に近づくと、ミドナにカンテラを取り出してもらって火を点け、篝火台に点火した。うっすらとした明りが部屋を照らす。

 

部屋の右手、すなわち西側に明らかに色の違う壁があった。おそらく仕掛け壁だろう。リンクは壁を開く仕組みがどこかにあるはずだと見当をつけ部屋の中を見渡した。

 

リンクはふと振り返ると残りの篝火台を見た。もしかするとこれが壁を開く仕掛けなのでは?リンクは再びカンテラに点火すると篝火台に近づいた。

 

「おいリンク、むやみに試す前にもう少し調べろ」

 

ミドナが言った。

 

「僕が考えてることがわかったのかい?」

 

リンクは驚いて尋ねた。

 

「それくらいわかる。だがこの手の仕掛けは間違えるとロクでもないことが起きると相場が決まってるんだ。よく調べろ」

 

「わかったよ」

 

リンクは答えた。だがその意味するところをすぐ理解した。目で見てわからなければ他の方法がある。リンクはミドナに頼み狼に変えてもらうと、あたりの臭気を嗅ぎ回った。

 

果たして、右端の篝火台の周辺から幽霊の匂いが感じられた。リンクはミドナに合図して人間に戻してもらい服を着ると、その篝火台に点火してみた。

 

推測したとおり、機械の作動音がして西側の仕掛け壁が動き始めた。壁がすっかり開いてしまうと、リンクは砂地を横切って新たに出現した進路に進んだ。

 

突き当りにあった扉を押し上げて向こう側に出ると、五十メートル四方ほどの広い部屋だ。壁にはずらりと青白い光を放つカンテラがかけられている。明らかに怪しい。リンクはミドナに合図してすぐ狼に変身した。

 

部屋の中央まで進むと、感覚を研ぎ澄ませる。左手から強い気配がする。見ると、やはりそこにいた。敵もリンクに気づき、鎌を持ち上げると呪詛の言葉らしき何かをつぶやき、空中を浮遊しながら近づいてきた。だがリンクが身構えた瞬間、敵の数が一挙に四つに増えた。

 

どれが本物なのか?リンクは一瞬幻惑された。四体に増えた敵はリンクの周囲を回り始める。リンクは気を落ち着けて敵が仕掛けてくるのを待った。おそらくこれはコケ脅しだ。

 

リンクの周囲を回っていた敵たちが動きを止めた。リンクは静かにミドナに合図すると結界を広げた。このうちのどれかは本物なのだ。幽霊たちが威嚇の声を上げながら武器を振り上げる。

 

その瞬間、見えない背後で敵が赤い稲妻に捕えられたかすかな音をリンクは聞き逃さなかった。力を解き放ち跳躍する。魔法の力で急激に方向を変え真っすぐ敵に飛び掛かったリンクは敵の身体の中心に強い一撃を加えた。幽霊がよろめいたが、まだ倒れていない。敵は再び姿を四つに増やしてリンクの周囲を回り始めた。

 

リンクはどの方向に敵が位置しても攻撃しやすいよう、部屋の中心に向けてジリジリと移動した。周りをまわる敵の速度が遅くなり、四匹の敵が四方からリンクを取り囲む位置取りとなった。リンクはミドナに再び合図した。結界が広がる。攻撃を加えようと近づいてきた敵が結界に入り込んだ。前方左手の敵が赤い稲妻に捕えられた。リンクは即座に跳躍して飛び掛かり、一撃を与えて叩き落すと、上からのしかかってその身体の中心にあった魂の塊を奪い取った。

 

幽霊は悲鳴を上げながら縮んでいった。その携えていたカンテラが割れ、青白い炎が飛び去った。これで四体目だ。

 

リンクは部屋の北側にあった扉に向かった。ミドナに扉を開けてもらって向こう側に出ると、最初砂地で渡れなかった箇所の二階部分に出た。リンクは一階の砂地に飛び降りると、流砂に引きずり込まれないよう急いでそこを渡り、西側の床部分に這い上がった。

 

目の前の扉を開けると四つの燭台の部屋だ。先ほど解放された青白い炎が燭台に戻ってきていた。四つの燭台に火が灯ると、北側の入り口を塞いでいた頑丈な格子がひとりでに引き上げられた。やはりあの四体の幽霊が部屋の仕組みを利用して妨害していたのだ。

 

「どうやら先に進めそうだな」

 

ミドナが言って、リンクを人間に戻した。着せかけられた服を整え、武器装備を身につけると、リンクは床に座って水筒の水を飲み、パンと干し肉と干し果物を食べて休憩をとった。

 

「リンク、この建物の正体がわかったか?」

 

食事がひと段落するとミドナが尋ねてきた。

 

「わかったような、わからないような感じだよ」

 

リンクは答えた。

 

「処刑場って聞いたから、ただ罪人を処刑するだけの場所だと思っていたよ。でも違うみたいだ。まるで...」

 

リンクは言葉を探すと言った。

 

「まるで王侯貴族が出入りする豪華な娯楽施設って感じだ」

 

「まさにそれだ。娯楽施設だよ」

 

ミドナが引き取った。

 

「でも不思議だよね。どうして処刑場に娯楽施設なんかを造り付けたんだろう?」

 

リンクは尋ねた。

 

「そうじゃないぞ、リンク」

 

ミドナは軽く笑うと言った。

 

「リンク、そうじゃないんだ。ここでは処刑そのものを娯楽にしたのさ」

 

「なんだって?」

 

リンクは意味がわからず聞き返した。

 

「言ったとおりさ。これは処刑を娯楽として楽しむための施設として作られたんだ」

 

ミドナは続けた。

 

「....楽しむっ...って?誰が?何のために?」

 

リンクは驚きのあまり口ごもりながら尋ねた。

 

「歴史を学べばお前もわかる。処刑を娯楽として公衆に提供した例は決して珍しくないぞ」

 

「なっ.....」

 

リンクは頭を振った。さっきまではもう少しパンを食べようかと思っていたのが、すっかり食欲をなくしてしまった。

 

「公開処刑というのは民の不満を他に逸らす効用がある。犯罪人が無慈悲に処刑されるのを見て民は溜飲を下げるのさ。しかも支配層への畏怖の念を起こさせるという副次作用も期待できるから一石二鳥だ」

 

ミドナは事も無げに言うと、部屋を見回した。

 

「とはいえこの施設は都市から隔絶した砂漠地帯にある。だからおそらく庶民相手ではなく貴族連中を呼んで特権階級向けのショーとして楽しんだんだろうな。そういう意味でお前の見立ては正しい」

 

淡々と言ったあと彼女は顎に手を当てた。

 

「しかしここで処刑された数は相当なもんだぞ。最初の四体の幽霊なんて序の口さ」

 

ミドナは続けた。

 

「ザントの奴の悪戯のせいで数知れないほどの死霊が実体化してきている。だとするとここで処刑されていたのは火つけ強盗とか殺人犯のたぐいだけとは思えないな」

 

「じゃあ、その他には誰が処刑されたんだろう?」

 

リンクはミドナの顔を見た。

 

「おそらく政治犯だ」

 

「政治犯?なんだい、それは」

 

「なんだいって言われてもなあ」

 

ミドナは頭を掻いた。

 

「まあ簡潔に言うとだ、政治的理由で断罪された者たちのことさ。要するに支配層と政治的意見を異にするという罪を犯したんだな」

 

「ちょ...ちょっと待ってくれ。意見が違うだけで処刑されるって....」

 

「よくあることだぞ。あるいは特定の宗教を信じるといった理由で処刑されることも歴史上はたびたびみられた」

 

「知らなかったよ...でもどうしてそんなことを?」

 

リンクはまだ半信半疑で言った。

 

「リンク、それが人間というものだぞ」

 

ミドナは答えた。

 

「それが人間って...」

 

リンクは言葉に窮した。

 

「政治は国の形を決める。政治の成り行き次第で国の仕組みそのものが変わるんだ。それが何を意味するかわかるか?」

 

リンクはそうミドナに聞かれても何も頭に浮かばなかった。

 

「ごめん、わからないよ」

 

「いいかリンク、政治が変われば支配層も権益を享受していた者たちも入れ変わる。つまり政治の動き如何によって地位を引き摺り下ろされ権益を剥ぎ取られる者たちが出てくるってことなんだ」

 

ミドナは少し間を置いて続けた。

 

「だからその渦中にいる者たちにとっては政治の成り行きそのものが自分たちの生死にかかわると言っても過言ではないんだ。だとしたら潜在的に自分たちの脅威となる者を排除したいと考えるのは自然だろ?」

 

「だけど、なにも殺さなくっても...」

 

リンクが呟くとミドナは肩をすくめた。

 

「まあお前ならそう思うだろう。だが殺しておかなければいずれ相手が権力を持ち自分を殺すという心配を持つ者もいるからな。そういう意味では政治っていうのも戦争と同じさ。やるかやられるかっていう意味ではな」

 

リンクは慄然としながらしばらく黙っていた。この施設はただの処刑場にしてはあまりに広大すぎるし豪華すぎる。各所に施された装飾も、閉鎖され荒れ果てる前はさぞかし美しかったであろうと思わせた。

 

だが、ミドナの話を聞いたあとにこれまで通ってきた数多の部屋を思い出すと、それらが何の用途に使われてきたのかが容易に想像できるようになってしまった。審問や尋問、あるいは拷問のための部屋。そしてそこで一方的に罪状が言い渡されると、被疑者は奥の処刑場に連れていかれる。そこには処刑を見物するため集まった貴人たちが特別にもうけられた席に鈴なりになっていたのだろう。

 

「リンク、お前は本来こんなことを知る必要はなかったんだ。私に付き合わせたせいで悪いことをしたな」

 

黙りこくっていると、ミドナはそう言ってリンクの肩に手を乗せてきた。

 

「いや、君は本当のことを言ってると思うよ。それに幸せでいるために無知なままでいるなんてことは僕は望まないよ」

 

リンクはかすれた声で辛うじて答えた。

 

「そうか。だがリンク、先に進んだら私たちはもっとおぞましいものを見るかも知れない。それでも進むか?」

 

ミドナはリンクの顔を見つめながら尋ねてきた。そのオレンジ色の瞳の輝く大きな目には僅かながら同情の念が籠っているように見えた。

 

「それでも?」

 

リンクは聞き返した。危険は先刻承知だ。そういう意味では迷いはなかった。だがミドナが尋ねているのは別の意味だとリンクも理解できていた。

 

「私にはわかる。お前が憧れていた王家というものが想像していた清廉潔白なものと全く違っていたということを知ってしまうのがどれだけの幻滅を呼ぶのかということがな」

 

ミドナはリンクの肩から手を離すと遠くに視線を移した。

 

「私は王家の生まれだ。だから政治というのがいかに汚いものなのかは幼いころから知っていたんだ」

 

そう言うとミドナはまたリンクを見た。

 

「はっきり言おう、私の世界も実際にはハイラルと大差ないんだ。政治は汚いし理不尽に蹴落とされる者は数多い。もっと言えば、ザントみたいな奴が出現したのもその政治の汚さに遠因があるのかも知れないとさえ思ってる。だけど....」

 

「だけど..何だい?」

 

リンクは尋ねた。

 

「だけどそれでも私は私の世界を奴から取り戻したい。欠点だらけだったからといって諦めたくはないんだ」

 

ミドナはそう言うと両手を腰の後ろに組んで沈黙した。今度はリンクがミドナの肩に手をかけた。

 

「ミドナ、僕のことは気にしないでくれ。僕は何かを知ってしまったからと言って戦いをやめたりしないよ」

 

そしてリンクは言葉を言い直した。

 

「いや、僕はザントがいなくなったとしても戦いを続ける。それはこの世界を少しでも良くするための戦いをするって意味だけどね」

 

ミドナがリンクの顔を見上げた。リンクがウィンクをするとミドナは少し安堵した顔をした。

 

「さあ行こう。陰りの鏡はきっともうすぐだよ」

 

リンクは言った。ミドナも頷く。

 

二人は階段を登り、処刑場への入り口に進んでいった。

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