闘技場の砂地の中に横たわった巨大獣の頭蓋骨の上に人影が現れ、リンクとミドナは息を呑んだ。
人影は黒く長い寛衣を着ており、頭には奇妙な形の兜を被っていた。兜に付属した黒い面甲には、精巧な金属細工で南洋トカゲのような丸く出っ張った目と口から飛び出て丸まった舌が形作られている。
それはザントだった。
「来やがったな」
ミドナが声を低くして呟いた。
「リンク、気を付けろ」
彼女はザントから目を離さないまま囁いた。
「奴は周囲の空間を自由に改変できる。聖剣があるからお前自身には魔法をかけられないがな」
リンクは頷き、剣を抜いた。ザントはたった一人のようだ。周囲に魔物の影はない。
距離はまだまだある。リンクは頭を忙しく働かせた。どうやって接近しよう?空間を改変する魔法とはどんな魔法なのだろう?しゃにむに突っ込んでいっても勝てる相手ではないということはよくわかっていた。
「よくぞここまで生きて辿り着いたものだ。褒めてつかわそう」
ザントが相変わらず平板な声で言った。
「だが残念だ。実に残念至極。そのほうらには二度と会えぬと思えばな」
芝居がかった語調でザントが続けると、ミドナが負けずに言い返した。
「残念?そりゃ私もだよ。お前の城に乗り込んで部下たちの前で吠え面かかせてやろうと思ってたのにな」
ザントは答えずに、両手を前で向かい合わせにした。そしてザントの唸り声とともにその手の間に赤い光球が現れた。以前ラネールの泉のほとりで見たものと同じだ。
ザントが掛け声をかけると、その光球から黒い金属でできた直剣が現れた。ザントはそれを逆手に持つと、巨大獣の頭蓋骨の頭頂部に突き立てた。
すると剣の刺さった場所から赤い光の筋が巨大獣の頭蓋骨の上を走り始めた。その光は巨大獣の骨全体に広がると、やがて消えた。
ザントはリンクとミドナに背を向けると唐突に姿を消した。
いったい今のは?リンクは怪訝に思った。後に残されたのはリンクとミドナと巨大獣の骨だけだ。周囲が再び静まり返った。
リンクがそう思った瞬間、闘技場を地響きが襲った。リンクは左右を見回した。今度は何だ?
「リンク、上に退避だ!」
ミドナが叫んだ。
「何が起こってるんだ?」
リンクが叫び返す。ミドナは答えず、リンクの腕を引いて砂地を通路まで登るよう促した。
その刹那、巨大獣の頭蓋骨の眼窩の中に赤い光がぼうっと浮かんだ。地響きがますます強くなる。
リンクは石敷きの坂を駆け登って通路を目指した。通り過ぎる端から、足元の坂が次々に崩壊し、砂に吸い込まれていく。辛うじて砂地に呑み込まれるのを免れたリンクは砂地から通路に這い上がって振り返った。
巨大獣の骨が生命を取り戻したかのように両手をつき、身体を起こそうとしている。地獄の底から響くような恐ろしい唸り声が聞こえた。巨大獣は身体を反らせると、両手を砂地に叩きつけ、リンクに向かって凄まじい吼え声を上げた。
その身体の大きさはもはや想像を超えていた。下半身は砂に埋もれているとはいえ、五十メートル近くはありそうだ。リンクは盾を背中から下ろして構えた。
「おい、普通に斬りかかって効く相手じゃないぞ」
ミドナが傍らで言う。
「だけどどうすればいいんだ?」
リンクは敵に剣を向けながら尋ねた。巨大獣はこちらを向いて頭を低くして肩を怒らせている。次の瞬間、巨大獣が頭を上げて口を大きく開いた。その口から毒々しい紫の霧が強い勢いで噴き出してきた。リンクは剣を納めると全力でその場を離れた。通路沿いに右にダッシュすると、さっきまでいた場所に毒霧がかかった。通路の床から煙が上がっている。リンクは走り続けた。だが巨大獣はまだリンクを追尾しながら毒霧を吐き続ける。以前に戦った食人植物よりはるかに息が長い。
「リンク、これを使え!」
スピナーが足元に現れた。リンクはそれに飛び乗るとステップを踏み回転させた。すると、闘技場の通路の砂地側に設置されていたレールにスピナーが嵌り、リンクは高速で移動し始めた。背後に迫っていた毒霧がみるみる遠ざかっていく。
「リンク、スピナーであいつの弱点を狙え!」
ミドナが傍らを飛行しながら言った。
「弱点っていったいどこにあるんだ?」
リンクが叫び返す。
「奴の背骨だ!」
ミドナが言った。
「あいつの腰から下は砂に埋まったままだ。てことはザントは奴の下半身を再生できなかったんだ!」
リンクは頷いた。スピナーのスピードのお陰で巨大獣はリンクを見失ったらしい。リンクたちは敵の後ろ側に回り込んでいた。巨大獣が苛立ったように両手を振り上げて砂地に叩きつけ、また地響きがした。
砂地の中を見ると、砂から次々に人影が立ち上がってきている。兜を被り鎧をまとって、剣と盾で武装した骸骨たちだ。
リンクは敵の正面に来る前に攻撃することを決めた。スピナーのステップを踏むと、中心が窪んだ砂地の傾斜の中に飛び出していく。みるみるうちに巨大獣の背中が近づいてくる。
だが目の前に骸骨兵士が砂をかきわけて出てきた。スピナーの歯車が激突し、骸骨兵士がバラバラに砕ける。だがその反動でスピナーも反対の方向に弾かれ、砂地を登り始めた。
次のチャンスを狙うことにしてリンクはそのまま砂地を登りつづけ、レールまで到達した。だがその瞬間、レールを高速移動してくるものがあった。棘の生えた独楽装置だ。リンクは咄嗟の事で避けきれなかった。スピナーに棘が激突し、リンクは砂地に放り出された。
「大丈夫か!」
ミドナが叫ぶ。リンクは素早く立ち上がると、転がっていたスピナーを再起動させてステップを踏んだ。スピナーがレールに嵌り再び走り始める。巨大獣は頭を低くすると、再び毒霧を吐く準備をしているようだ。
スピナーがレールを走り、巨大獣はリンクを追尾しながら毒霧を吐こうとする。だが、巨大獣が頭を上げて毒霧を吐いた瞬間、リンクはステップを踏んで飛び出した。
リンクの左上頭上を吐き出された毒霧がかすめる。リンクは右に体重移動して砂地を下りながら巨大獣の左手の内側を通り過ぎた。敵はこちらの位置に気づいていない。
リンクの右手に骸骨兵士が現れた。リンクはわざとそちらに向かってスピナーをぶつけると、その反動で巨大獣の背骨に真っすぐ向かっていった。
スピナーの歯車が砂に埋まった巨大獣の背骨の付け根に激突した。骨が砕ける音がする。やはり再生し切っていなかったのだ。
リンクは反動で砂地を登り始めた。だが今度は前方に骸骨兵士の小隊が立ち上がってきた。スピナーが激突し、骸骨たちが吹き飛ばされたが、リンクもまた反動で砂地の中心に押し返された。
これでは獣に捕まってしまう。リンクはスピナーを飛び降りた。ミドナが阿吽の呼吸でスピナーを収納する。リンクは必死で砂地を駆け上がった。背後を振り向くと、巨大獣がまた毒霧を吐こうと身体を低くしている。
ようやくレールに辿り着くと、何かが高速で近づいてくる音がする。棘付き独楽装置だ。リンクはすんでのところで身をかわすと、ミドナに合図した。スピナーが現れ、リンクはそれを起動してレールに乗った。
リンクは再び闘技場の砂地の周囲を高速で走行し始めた。怪物がまた毒霧を吐き始めた。だがリンクを捉え切れておらず、明後日の方向に放出している。よく見ると、脊柱が砕かれたせいか若干体長が短くなっている。
「いいぞリンク、このまま背骨をガタガタにしてやれ!」
ミドナが言った。だが砂地の中を見やると骸骨兵士たちがそこら中に這い出してきている。動きが鈍い彼らそのものは脅威ではないが、巨大獣を狙うさいに邪魔されてしまう。
リンクはスピナーを走らせながらチャンスを待った。後方から棘付き独楽装置が徐々に近づいている。リンクは一旦レールから飛び出すと、体重移動してわざと手近の骸骨兵士の一人にぶつけてまたスピナーをレールに戻した。
巨大獣の背後に近づいたところでもう一度飛び出した。左、右、左と進行方向の骸骨兵士たちにぶつけながら巨大獣の背骨に近づく。だが、あと一歩というところで目標の手前に骸骨兵士の小隊が這い出してきた。スピナーが骸骨たちに激突しリンクは弾き返された。
巨大獣がリンクに気づいたのか、こちらに向き直ろうとしながら腕を振り上げている。緩慢な動作だが、数十メートルはあろうかという長さの腕に捕まってしまってはたまらない。リンクは必死でスピナーのステップを踏み込み、周囲の骸骨兵士にぶち当てながらジグザグに逃げた。巨大獣が手を砂地に叩きつけ、リンクの背後でドシンと地響きがした。
リンクは再びレールに戻った。だが急速に棘つき独楽が近づいているのに気づきまたスピナーを飛び出させた。巨大獣の周囲を見ると、巨大獣の起こした地響きで砂に埋もれてしまったのか、骸骨兵士たちの数が減っている。
リンクは浅い角度を保って螺旋状を描くようにスピナーを目標に向かわせた。新たな骸骨兵士たちがそこここに這い出してきたが、リンクは左右に体重を移動して躱しつづけた。巨大獣が近づいてくる。リンクはその近くにいた骸骨兵士の脇をかすめると、巨大獣の背骨に向けて一気に体重を移動した。
スピナーの歯車が巨大獣の骨に激突する。砂に接していた脊柱がまた一段砕けた。巨大獣は呻き声を上げて身を捩らせた。
リンクはスピナーで坂を登りレールに戻った。だがそこに横から棘付き独楽が急接近して来た。今度は避けきれず、スピナーと独楽が激突してリンクは上の通路に放り出された。
リンクは頭を振って立ち上がった。砂地の中央では巨大獣がこちらに狙いを定め、肩を怒らせて毒霧を吐く準備をしている。
「早くスピナーに乗れ!」
ミドナが叫んだ。だがスピナーは砂地の上に転がっている。そのとき腰のベルトに挟んでおいたブーメランからゲイルの声がした。
「リンク、私を投げて!」
巨大獣は頭を上げ、猛烈な勢いで毒霧を吐き始めた。リンクは咄嗟にブーメランを抜くと巨大獣の方に投げた。ブーメランは高速回転しながら敵に向かっていく。ゲイルが生じさせたつむじ風がみるみる大きくなり毒霧を吸い込み始めた。リンクはその隙に立ち上がると、砂地に飛び込んでスピナーを起動させ、レールに戻って走行し始めた。
ブーメランは大量の毒霧を完全につむじ風の中に絡めとってしまった。毒霧は怪物の周囲に漂いながら地面に落ちていく。リンクが高速で移動しているところへブーメランが飛んで戻ってきた。
「ゲイル、助かったよ」
リンクはスピナーを走らせながらブーメランを受け止めると言った。
「森の神殿でのことを忘れましたかリンク?私がいるということをお忘れなく」
ゲイルが澄ました声で答える。
「まったく危ないところだったな」
ミドナが言った。
「だが今までの攻撃が効いてるぞ。見ろ」
リンクがスピナーを走らせながら巨大獣を見やると、脊柱がいくつも砕かれたせいで明らかに体長が短くなってきている。だがその周囲にまた多数の骸骨兵士たちが這い出してきていた。リンクは背後を見た。棘付き独楽も近づいてきている。リンクはレールから飛び出し浅い角度をつけて砂地を進むと、体重移動してまたレールに戻った。
巨大獣は走り続けるリンクを追尾しようと身体の向きを変えていたが、やがて苛立ったように肩を怒らせて毒霧を吐く準備を始めた。出鱈目にでも吐き散らしてリンクを捉えるつもりのようだ。
チャンスだ。リンクは自分が敵の背後に位置するまで待つとレールを飛び出した。だが真っすぐには敵に向かわず、斜めに砂地を下っていった。骸骨兵士たちの隊列が何層にもわたって立ちはだかるのを、体重移動して左右に蛇行しながら抜けていく。
リンクはやがて巨大獣の側面に近づいた。巨大獣の背骨は近い。リンクは怪物の肘の骨の内側を通り抜けると、自分の外側にいた骸骨兵士にわざとスピナーをぶつけ、急激に砂地の中心へ体重を移動した。背骨の真ん前に立っていた三体ほどの骸骨たちをかすめると、巨大獣のひび割れた脊柱にスピナーの歯車が衝突した。
骨が砕ける音がした。支えを失った巨大獣は恐ろしい唸り声を上げ、身体を反らしもがくように両手を振り回し始めた。
リンクはスピナーを走らせ砂地をレールのほうに登っていった。背後を振り返ると、怪物は支えを失った身体を保つことができなくなったのか、ゆっくりと仰向けに倒れていった。
地響きがしたかと思うと、砂地の砂がみるみるうちにどこかに吸い込まれていく。やがて、闘技場の中心に底が見え始めた。白い石の床だ。
リンクはスピナーから降りた。闘技場の中心百メートルほどに石の床が丸く現れ、その脇に巨大獣の頭蓋骨が転がっている。その周囲にはまだ砂が残っていた。
ミドナがスピナーを収納すると、二人は巨大獣の頭蓋骨に近づいていった。その眼窩の中の赤い光は消えている。
「意外とあっけなかったね」
リンクが呟く。
「図体がデカいだけの奴はそれほど怖くないってことさ」
ミドナが言った。二人は巨大獣の頭を調べてみた。頭頂部に黒い剣が刺さっているのは変わらないが、倒れた衝撃で完全に背骨から外れてしまっている。もはや脅威ではないと判断すると、リンクたちは周囲を調べ始めた。
「陰りの鏡は砂の中に埋まってるのかと思ったけど違うのかな?」
リンクは言った。
「砂が吸い込まれちまったからな。この中に埋もれてる可能性は少ないぞ」
ミドナが答える。
「そもそもどれくらいの大きさなんだい?」
リンクは尋ねた。
「詳しくは知らないが相当大きいはずだ。何しろ人間を違う世界に飛ばせる力があるんだからな」
ミドナは言った。リンクが闘技場中央部の石床にふと目をやると、その中心にまた直径一メートルほどの穴がある。近づいてみると、穴に歯車が仕込まれている。
「ミドナ、これは仕掛けを動かす装置だよ。試してみるよ」
リンクはそう言うとミドナにスピナーを出してもらった。スピナーを穴に嵌めてステップを踏む。何度も踏んで回転を加速すると、やがて大きな装置が回転するような作動音とともに地響きが起き始めた。
リンクはひたすらにスピナーのステップを踏む。しばらくすると、振動とともに石の床がせり上がり始めた。
リンクたちが立っている場所は直径二百メートルあまりの円柱形の石舞台だったのだ。石舞台は三十メートルほどせり上がると、重々しい音を立てて止まった。
リンクは周囲を見回した。今リンクたちが居る場所と、闘技場周辺の通路から続く床との間に百メートルほどの間隙ができている。これも闘技場の一形態なのだろうか。
「闘技者の逃走を防ぐ工夫だな」
ミドナも同じことを考えていたらしい。
「この上で死ぬまで戦わせて、貴族どもは溝の向こう側から高見の見物というわけだ」
リンクは首を振った。戦いが終わって一息ついたが、暗い気持ちは晴れない。早く鏡を見つけてここから出たかった。
「ミドナ、あれを見てくれ」
リンクは入ってきた入口と反対側に丈夫そうな格子のかかった大きな戸口があるのを見つけて言った。
「くそっ、まだ部屋があったのか。地図には乗ってなかったぞ」
ミドナが言った。
「ていうことは鏡はここにはないんじゃないか?」
リンクが言うとミドナも頷いた。
「そのようだな。もしかすると一部の人間しか立ち入れないような区画に隠されているのかも知れない」
ミドナは腕を組んだ。
「この間隙を越える方法を見つけないとね」
リンクが答える。二人は石舞台の端まで歩いていった。
「それは簡単だぞ、見ろ」
ミドナがさっきまで砂地だった場所を囲む向かい側の石壁を指した。そこには通路の内側に沿ったレールと同様に、石壁にも螺旋状にレールが設置されており、底の砂地から上の通路までをつないでいる。
「向こうまでは簡単に行ける。問題は格子をどうやって開けるかだ」
ミドナがそう言ったその瞬間、リンクは気配を感じて振り向いた。
死んだはずの巨大獣の頭蓋骨が動いている。
巨大頭蓋骨は中空に浮き上がってこちらをねめつけていた。その眼窩に赤い光が戻っている。
「くそっ、まだ生きてやがった!」
ミドナが叫んだ。リンクは剣を抜くと盾を構えた。だが巨大獣の頭は空中を浮いて突進してきた。リンクは盾を上げたがたまらず跳ね飛ばされた。
リンクは叫び声を上げながら石舞台から落下した。まずい。足の下を石舞台の円柱の壁が急速に通り過ぎていく。次の瞬間、リンクは砂の山に背中から突っ込んだ。石舞台がせり上がったことで砂が寄せられてできた砂山のお陰で固い床に叩きつけられずに済んだようだ。
リンクは身体を捩じってもがくと砂山の中から上半身を出した。剣を納め盾を背中に背負うと、両手で砂をかいてどうにかして砂から脱出した。
だが目を上げると、巨大獣の頭が石舞台の上からこちらに向かって浮遊してきている。その顎が開くと、口の中に黄色い炎の塊のような球が見えた。
魔法弾だ。巨大獣の口から炎の球が撃ち出される。リンクは咄嗟に横に転がった。灼熱の塊が身体のすぐ横を通過する。
「リンク!スピナーだ!」
ミドナが言った。スピナーが足元に現れる。リンクはスピナーに飛び乗るとステップを踏んで起動させた。巨大獣は二発目の魔法弾を撃つべく炎を口の中に溜めている。石舞台の円柱の壁にもレールが仕込まれているのを見て取ったリンクは体重移動してスピナーを寄せた。
スピナーがレールに嵌り、リンクは瞬く間に速度を上げた。頭上を灼熱の魔法弾がかすめて通り過ぎ、リンクは思わず首をすくめた。
スピナーは螺旋状のレールに沿って一気に怪物に近づいていった。だが、巨大獣の頭は素早く向きを変えると反対方向に飛び去っていった。
「ちょっと甘かったな。あれだけで終わるのはおかしいと思ってたんだ」
ミドナが傍らを飛行しながら言った。
「だいたい空を飛ぶなんて卑怯じゃないか?」
リンクが言う。
「卑怯も何も、あの骨は最初からそういう仕組みだったんだ。だけどな」
ミドナが続けた。
「てことはお前の剣が効くぞ!奴の動力は全部が魔法だからな」
リンクは頷いた。スピナーが高速でレール上を移動し、化け物を追尾する。やがて巨大獣の頭はこちらに向きを変えて、後ろ向きに飛びながら口を開けた。その中に黄色い炎が充満していく。リンクは咄嗟に石舞台と通路の間隙の向こう側の壁を見た。レールがあるのは確認済みだ。
化け物が口から魔法弾を放った。その瞬間リンクはスピナーのステップを踏んで飛び出した。魔法弾は大きく逸れた。リンクはスピナーごと向かい側の壁に向かって飛んでいった。レールにスピナーが嵌り再び走り始める。
だが怪物も諦めてはいない。再度口を開けて炎を溜め、リンクに向かって魔法弾を吐き出した。リンクはまたステップを踏んで飛び出した。魔法弾がまた逸れる。リンクは石舞台の円柱の壁に取りついてスピナーを走らせ続けた。
彼我の距離は次第に縮まっている。リンクは反撃のチャンスを待った。レールは螺旋状に走っているからリンクは少しづつ高度を上げてきている。そこで十分相手との距離が縮んだら飛び出してスピナーをぶつけてやる心算だった。
怪物が口を開けて炎を溜める。魔法弾が放たれるギリギリのタイミングでリンクはスピナーを飛び出させた。リンクのすぐ横を魔法弾がかすめた。スピナーが飛行するように飛んでいく。外側の壁のレールに嵌り走行する。距離は近づいているが、まだ当てられない。もう少しの我慢だ。
怪物がまた口を開けた。リンクはその口の中に溜められた炎の熱気を顔に感じた。だがまだだ。スピナーは放物線上に飛ぶから相当近づかなければ奴に当てられない。
巨大獣が魔法弾を吐く。リンクも飛び出した。灼熱の炎が頭をかすめる。間隙を飛んで円柱の壁のレールに取りついたリンクのスピナーが化け物と並んだ。
リンクはその刹那ステップを踏んで飛び出した。スピナーが巨大獣の頭蓋骨に激突する。化け物が呻き声を上げてバランスを崩して落下していく。スピナーに乗ったままリンクも落下した。怪物の頭は地響きを立てて砂地に激突した。リンクはスピナーのステップを踏んでスピナーの回転を加速させ、揚力で着地の衝撃を和らげて砂地に降り立つと、剣を抜いて化け物に走り寄った。
巨大獣の頭はこちらに頭頂部を向けて転がっている。リンクは裂帛の気合いを発してジャンプ斬りを放ち、敵の頭に刺さった黒い剣の付け根あたりに思い切り叩きつけた。次いで着地と同時に回転斬りを食らわせ、さらに左右袈裟斬りと突きを連続して繰り出す。
斬撃が当たる度に、黒い剣の刺さった場所を中心に赤い光が筋のように走って頭蓋骨の表面を巡っていく。化け物も苦痛を感じているのか唸り声を上げた。
だがリンクは敵が完全に倒れるまで攻撃を緩めるつもりはなかった。再度ジャンプ斬り、回転斬り、左右袈裟斬りから突きを繰り出す。化け物の頭蓋骨がガタガタと揺れた。しかしまだ死んでいない。リンクは気合とともに激しい突きを放った。黒い剣の付け根に何度も何度も剣を突き立てる。
すると、化け物の頭は突然フワリと浮上した。リンクから逃げるように上方に飛び去ろうとする。
絶対に逃がさない。リンクはスピナーに走り寄って起動すると、石舞台の円柱の壁のレールに沿って走らせ始めた。だがスピナーが高速移動するにつれリンクは異変に気付いた。レールの各所にあの棘付き独楽が走っている。
リンクは螺旋状のレールの上で徐々に高度を上げていった。目を上げると、リンクの一つ上のレールにも棘付き独楽が走っている。そして一つ下のレールにも棘付き独楽が現れた。次の瞬間、自分のいるレールの前方からもそれが走ってくるのを見たリンクはステップを踏んでスピナーを飛び出させた。
向かい側の壁のレールに取りついて再びスピナーを走らせる。だがその壁にも何か所か棘付き独楽が走っている。リンクはまた石舞台の円柱の壁のレールを見た。自分が飛び出そうとする行き先に棘付き独楽がないのを見極めると再び飛び出す。
石舞台の円柱の壁のレールに戻ると、リンクはひたすらスピナーを走らせた。敵はきっとまた現れる。
するとやはり思ったとおり、化け物の頭が前方に姿を現した。こちらに顔を向けながら後ろ向きに飛んでいる。巨大獣の頭が口を開けて炎を溜め、魔法弾を撃ち出した。
リンクは飛び出して向かい側の壁に移った。魔法弾を外した化け物は次弾を撃とうと口を開けている。リンクは発射の瞬間ギリギリまで待つとスピナーを飛び出させた。化け物が魔法弾を放ったがリンクの横を逸れて後方に飛んでいった。
スピナーが石舞台の円柱の壁に取りつく。距離はまだ遠い。リンクの身体はステップ部分の回転に沿って緩やかに回っていたが、その目は敵を視界に捕え続けていた。敵がまた口を開いて炎を溜めた。リンクは魔法弾発射と同時に飛び出した。魔法弾の熱が身体の横を通り過ぎる。
スピナーは通路側の壁のレールに取りついた。だいぶ高度を稼いでいる。次で止めを刺す。リンクは決心すると化け物を凝視した。その口が再び開く。溜まった炎がみるみる膨らんでいく。来る。だがまだだ。
その刹那、リンクはステップを踏んだ。炎が目の前に広がり、リンクは咄嗟に頭を下げた。帽子の繊維がチリチリと焦げる音がする。スピナーが飛んで円柱の壁に取りつく。怪物の頭はこちらを向こうと方向を変えている。手の届きそうな距離だ。
リンクは間髪を入れずスピナーのステップを踏んで飛び出した。スピナーの歯車が化け物にぶち当たる。
巨大獣の頭は再びバランスを崩し落下していった。リンクもスピナーに乗ったまま後を追うようにして落下する。化け物の頭蓋骨が地響きを立てて砂地に落ちると同時に、リンクもスピナーを回転させ揚力で落下速度を落とすとその傍らに降り立った。
リンクは弾かれたようにダッシュしながら剣を抜き、ここを先途と敵に殺到した。気合とともにジャンプ斬り、着地しざま回転斬りを放つ。
巨大獣の頭頂部に刺さった剣の付け根がグラグラと揺れた。苦し気な唸り声が聞こえる。効いているのだ。
リンクは一気呵成に攻めた。さらに左右袈裟斬り、横斬りを叩きつけ、渾身の力を込めて深い突きを放つ。
そしてさらに追い打ちをかけようとした瞬間、化け物はやにわに浮上した。だが今回は、いかにザントの魔力で駆動されているとはいえ自分の軌道を制御できなくなってしまったようだ。
巨大獣の頭は出鱈目な方向に飛び始めた。そして一旦天井高くまで舞い上がり、それから一気に力を失って落下していった。
化け物は石舞台の円柱の壁や向かい側の通路側の壁に衝突しながら落ちていった。まるで巨大な岩が転げ落ちるような音がした。巨大獣はリンクたちの見えない円柱の裏手まで転がっていって、そこの砂地に落ち動きを止めた。だが数瞬もしないうちに爆発音がした。
リンクは剣を納めた。ミドナと二人で敵の死骸を確かめに歩いていった。だが、もう崩れてしまったのか爆裂してしまったのか、落下したと思しき地点に行っても何も残っていなかった。辺りには魔物の残骸らしき黒い破片が空中をヒラヒラと漂っている。
「倒したな」
ミドナが言った。
「なんとかね」
リンクが答える。
「ハーラ・ジガント」
ゲイルが呟いた。
「何だいそれ?」
リンクが尋ねるとゲイルは答えた。
「古代獣の一つです。神がこの世界を作られたころには、我々には想像もつかないような巨大な獣がいたという言い伝えがあります。ベヘモスといった呼び名もありますが、あれもその一つだったのでしょう」
「よくあんなものを見つけてきたもんだな。あいつらしいといえばあいつらしいや」
ミドナが言うと、リンクのほうを向いた。
「おいリンク、お前はスピナーで上まで登っていろ。私はちょっと調べることがある」
そう言うとミドナはどこかに飛んで行ってしまった。リンクは転がっていたスピナーを起動させると、石舞台の円柱の壁に沿ったレールに乗って走らせ始めた。しばらく走っているとやがて螺旋状のレールが石舞台の上に到達した。
石舞台の上でリンクがスピナーを停めて待っていると、ほどなくミドナが飛んできた。
「おい、どうして通路側を登らないんだ。こっちからは外に出られないだろ」
ミドナは言うと、リンクのほうにハート型の器を放ってきた。
「ごめんごめん、気が付かなかったよ」
リンクは器を受け止めながら答えた。ザントが化け物を駆動するために使っていたものの一つだったと思われたが、ミドナの点検済みだったのでリンクは栓を開けて中身を飲み干した。辛い味に辟易したが、飲んだ後は体中に力がみなぎってくる。処刑場の入り口近くで見つけたものより中身が多く効き目も強い。
すると、入ってきた入口と反対側の出口に向けて石舞台から橋のような通路が伸び始めた。出口にかかっていた格子も音を立てて引き上げられていく。
「どうにか開錠できたぞ。さあ行こう、鏡はもうすぐだ」
ミドナが得意げにリンクを一瞥する。
「凄いね。いつの間に?」
リンクは言った。
「お前が必死こいて戦っている間私が昼寝でもしてると思ったか?」
ミドナがウィンクした。リンクは笑うと、橋の上を歩いていった。出口の上にはハイラル王家の紋章がくっきりと彫りこまれている。それを見るとやや気が沈んだが、リンクは出口を抜けて進んだ。
二人はやがてバルコニーらしき場所に出た。目の前に石造りの大きな柵がある。柵の向こうは砂漠の夜景だ。ゲルド砂漠に来てからもう丸二日が経ってしまったようだ。
左手は行き止まりだが、右手には断続的な階段を通じて先に行く道があるようだ。リンクは階段を駆け上っていった。途中で二か所ほど階段が欠けている場所があったが、どうにか跳躍して向こう岸に飛びつき、リンクは階段の終端まで登り詰めた。そこから右側にあった壁の切れた場所に入ると、右手に向かって回廊が続いている。回廊はやや左にカーブしていた。
しばらく進むと、回廊の左手の壁が突然切れた。どうやら屋上の野外空間に出たようだ。さきほどの闘技場と同じような大きさの砂地の広場が円形の石壁で囲まれている。砂地の中央には、蛇の絡みついた女神の巨大な立像が立てられている。
広場を囲む壁に沿って高い円柱が六本立っており、その天辺にはハイラル王家の紋章のプレートが据えられていた。また、円柱からは極めて太い鎖が一本づつ伸びており、その鎖の先端が女神像の足元の地中に埋まっている。二人は女神像の方に向けて歩いていった。
「怪しいぞリンク。どうやらここがご本尊だったらしいな」
ミドナが傍らでニヤリと笑った。
「やっとたどり着いたね。腹がペコペコだよ」
リンクが応じた。
「私はこの周辺を調べてみる。お前は飯でも食べてろ」
ミドナは逸る気持ちを抑えられない様子で言った。
「君も少し休憩したらいいんじゃないか?」
リンクがそう提案した瞬間、上空から巨大な管楽器が鳴るような不気味な音が響いた。
上を見上げると、百メートルほど上の空中に黒い渦巻が出現している。渦巻はみるみるうちに広がると、その中心から黒い気味の悪い形の塊が押し出されるように次々と出てきた。
一体、二体、三体、四体、そして五体。
黒い塊は地響きを立てて砂地に落ちた。だが、一体また一体と両手をついて身体を起こす。あの背の高い黒い鬼、影の使者たちだ。さらに鈍い落下音がして、広間の周囲と女神像のぐるりに魔法結界の柱が次々と刺さった。
黒鬼たちは立ち上がると、リンクの姿を求めて左右を見回していたが、やがてこちらを見つけると二匹が先陣を切って近づいてきた。
リンクは盾を背中から下ろして構え、剣を抜いた。今のリンクにとってこんな連中は少しも怖くない。用心深く構え、二匹をギリギリまで引き付けると、裂帛の気合とともに回転斬りを放った。直撃を受けたほうが腹を真一文字に斬られドウと音を立てて倒れる。
深手を免れたほうが辛うじて体勢を立て直した。だがリンクはすかさず突きを放って聖剣でその胸を刺し貫くと、縦斬りで頭を割って息の根を止めた。
敵の生き残りを求めて周囲に目を走らせる。どうやら敵も学習しており、全員で一気に攻撃はしてこないようだ。二匹が第二陣として数十メートルほどの距離に控えているが、もう一匹の姿が見当たらない。
リンクは武器を持ったまま走った。孤立した一匹は仲間を蘇らせるための保険なのだ。リンクの動きに気づいた二匹の組みが後を追ってくる。だがリンクは構わず走り続けて女神像の裏手まで回り込んだ。やはりリンクの最初に立っていた場所から見えない死角にいるのだ。
背後から二匹の黒鬼たちが追いすがってくる。リンクは振り返ると、盾を敵に向けた。走り寄ってきた一匹が手を振り上げる。こちらから距離を詰めると横斬りを放った。敵の胸に長い刀傷がつく。だが致命傷ではない。苦痛の呻き声を上げた黒鬼の横にその相棒が並び、攻撃体勢を取った。だがリンクはそいつに殺到すると思い切り盾アタックを食らわせた。
不意の一撃によろめく黒鬼を背後に、リンクは再び孤立した一匹を追った。
果たしてその鬼は女神像の裏手、ちょうど広場の向こう側にいた。リンクはそいつにダッシュで走り寄った。
近付いていくと、その鬼はリンクの足音に気づいてこちらを向き、怒りの唸り声を上げて腕を振り上げた。リンクは前転して敵の爪を躱すと渾身の突きを喰らわせた。刀身が鍔に至るまで鬼の腹に沈んでいく。退魔の剣に魔力を打ち消されたのか、鬼は急激に力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
素早く後ろを振り向くと、生き残りの二匹がこちらに近づいてきている。だが慎重な足取りだ。
リンクは盾を構え直し、用心深く敵に向かって歩を進めた。こちらも一撃で相手を両方仕留めなければならない。距離が近づいていくと、まず一匹が急に速度を上げて走り寄ってきた。
敵が腕を振り上げ、叩きつけてくる。リンクは盾を上げて受け止めた。ガツンという衝撃で体が揺れる。だがリンクは耐えた。もう一匹も引きつけなければ。
リンクは方向を変えながらサイドステップして、二匹の間に位置取りした。最初の一匹が再び腕を振り上げる。リンクは手を出さず、また盾で受け止めた。もう一匹は好機と判断したのか、こちらにずいっと近寄ってきた。
まだだ。リンクは冷静に両者との距離を目測した。十分に深手を与えられる距離にまで近づかなければ。
一匹目の敵が攻撃態勢を取る。リンクは再びステップして、敵が手を払うのを回避した。二匹目も手を振り上げてくる。リンクは今度はそちらに盾を向け攻撃を受け止めた。しっかりと脚を踏ん張って耐えながら、一匹目の出方を肩越しにうかがう。
そいつはいよいよリンクを追い詰めたと思ったのか、唸り声を上げて迫ってきた。リンクはくるりと方向を変え、そいつに殺到すると盾アタックを繰り出した。
盾アタックの衝撃で鬼がよろめいた。二匹目が追撃を加えようとして接近してくる。リンクはよろめいた鬼の方にステップして二匹目を引き寄せる。距離は近い。リンクは一匹目の敵が体勢を立て直した瞬間、裂帛の気合を放って回転斬りを繰り出した。聖剣の刃が両方の鬼の腹を深々と抉る。
二匹の鬼は音を立てて倒れた。鬼たちの身体がみるみるうちに崩れていき、やがてその残骸が上空の渦に吸い込まれる。それと同時に魔法結界の柱も消滅していった。
「おいリンク!こっちだ」
上からミドナの声がした。顔を上げると、女神像の上から手を振っている。
「何か見つけたかい?」
リンクが尋ねると、彼女は待ちきれないといった声で言った。
「いいから早く来い!今スピナーをそっちに寄越すから」
剣を血払いして鞘に納めたリンクが女神像の下まで行くと、足元にスピナーが出現した。巨大な女神像の台座には螺旋状にレールが設置されている。また、絡みついた蛇の彫刻と見えたものにもレールが彫られていてその台座のレールから繋がっていた。スピナーでレールを辿れば像の頭上まで行けるようになっているようだ。リンクはスピナーを起動させると、それを女神の足元から続く蛇の彫刻に仕込まれたレールに乗せた。リンクはレール上を螺旋状に走ってみるみるうちに像の上に登っていった。
像の頭の上は直径五メートルほどの円形の石舞台だった。そこまで到達してリンクがスピナーから降りると、ミドナが女神のちょうど頭の真上にある穴を指さした。
「こいつだ。この穴に歯車がついている」
「これをいじったら今度は女神像が襲って来るなんてことにならないかな?」
リンクは軽口を叩いた。
「冗談じゃない。こっちは真面目なんだ。早く仕掛けを動かしてくれ」
どうやらミドナは冗談を言う余裕もないらしい。リンクは笑って肩をすくめると、女神像の頭頂部の穴にスピナーを嵌め込み、ステップを踏んだ。回転が加速し、スピナーの歯車が仕掛け穴の内側の歯車を動かしていく。しばらく回転させていくと、振動とともに巨大な装置が動くような作動音がした。
地響きがすると、円形の広場の周囲にあった高い円柱がそのまま上昇し始めた。それにつれて、地中に先端が埋まった太い鎖も引っ張られていく。それと平行して女神像が砂の中に沈み込んでいく。
装置を回転させ続けていると、とうとう鎖の先端にあったものが砂の中から姿を現した。それは縦二十メートル、横五メートルほどの巨大な岩の板だった。黒い材質で造られており、砂にまみれてはいるが、かつては表面が平滑に仕上げられていたようだ。
一方、女神像はすっかり砂の中に没してその頭の上の石舞台だけが砂の上に出ている。また、女神像を挟んで石舞台の反対側には五メートル四方、高さ二メートルほどの四角い岩の台座が砂の中からせり出してきていた。
その岩の台座の上に、枠がついた巨大な円形の物体が見えた。
「出たぞ!」
ミドナが叫ぶと、リンクの傍らから浮遊して岩の台座のほうに飛んでいった。リンクも女神像の頭の上の石舞台から砂地に降り、台座のほうに歩いていった。
だが、台座の上に降り立ったミドナを見上げると、彼女は呆然とした様子で動きを止めていた。
「どうしたんだミドナ?」
リンクは呼びかけた。台座の横まで来ると上を見た。だが周囲が暗くて様子がよく見えない。
「ミドナ、それが鏡なのかい?」
リンクはそう言うと、両手に唾をつけてジャンプし、台座の縁に飛びついた。身体を引き上げて台座の上に立つと、ミドナを見て、それからその円形の物体に目をやった。
ミドナはそのオレンジ色の瞳の大きな目を見開いたまま立ち尽くしていた。台座の中心に据えられていたのは、装飾を施した枠に嵌められた直径二メートルほどの大きな鏡だった。
いや、鏡のはずだった。リンクの目には、それはかつては鏡だったものの残骸に見えた。無残にもその大部分が割り取られ、四分の一ほどしか残っていなかったからだ。
ミドナは膝をついて崩れ落ちた。彼女は両手を台座の床につくと、力が抜けてしまったかのように無言のまま虚空を眺めていた。