黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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賢者たちの影

ミドナは両手を台座の床につくと、力が抜けてしまったかのように無言のまま虚空を眺めていた。

 

リンクたちの目の前にあるものは、かつて鏡だったと思しき残骸だった。大部分が無残に折り取られ、四分の一ほどしか残っていない。

 

リンクもまた呆然としながら立ち尽くし、鏡の残骸とミドナの背中を交互に見るばかりだった。

 

これからミドナはどうするつもりなのだろう?

 

「ミドナ....」

 

リンクは声をかけた。だが反応がない。リンクは歩み寄って膝をかがめ、その背中に手を置いた。

 

「もうどうしようもない。終わりだよ」

 

振り向きもせず、ミドナが力のない声で呟いた。

 

「ミドナ、他の方法を探そう。きっと何かやり方があるはずだ」

 

リンクは少し迷ったが言葉を継いだ。

 

「お前は楽でいいよな。何も知らないから」

 

ミドナは何の抑揚もない声で再び呟いた。

 

「確かに僕は無知かも知れないよ。でも君と一緒に先の見えない冒険を続けてきたのはその僕だ」

 

リンクはそれでも言った。

 

「僕は先のことが何もわからなくても前に進むつもりだったし、これからもそうするつもりだよ。僕はどっちにしても諦めないよ」

 

ミドナは黙っている。リンクは続けた。

 

「僕は魔物が巣食うハイラル城をこのままにしておくつもりはないよ。だから君にも諦めて欲しくない」

 

ミドナはしばらく黙っていたが、溜め息をついて顔を上げた。

 

「もう私が私の世界に戻る方法は無いんだ。かといってここにも私の居場所はない」

 

彼女は立ち上がるとリンクの顔を見た。

 

「リンク、ここは私の世界じゃないんだ。お前がハイラル城を取り戻すために戦うなら私も助けてやりたい。だけどそれが終わったところで私はもう私の世界に戻れない。どこにも行くところは無いんだ」

 

「僕がいる」

 

リンクは言った。ミドナはリンクの言葉の意味がわからず一瞬黙ったがやがて聞き返した。

 

「何だって?今なんて言ったんだ?」

 

「ミドナ、僕がここにいる。前も言ったとおり僕は君のことを友達だと思っている。この世界に君を知っている人は誰もいないかも知れない。でも僕は君を知っている。必要としているとき必ず君のためにここにいるつもりなんだ」

 

ミドナはぼんやりとした目でリンクを見つめていた。その目には光もなく、揺れ動く感情も見て取れなかった。だが次の瞬間、その大きな目がわずかに潤ったような気がした。

 

ミドナはリンクに背を向けた。そして上を見ると言った。

 

「リンク、お前私なんかのために人生を無駄にするなよ」

 

「どういう意味だい?」

 

今度はリンクが聞き返す。

 

「私の存在を他の人間にどう説明するつもりなんだ?」

 

ミドナが質問を質問で返した。そして言葉を続けた。

 

「リンク、私と深くかかわり合いになればなるほど、お前は周囲の人間に薄気味悪がられることになるぞ。考えてみたことはないのか?」

 

リンクはそう問われて思い返した。ミドナのことを他人に説明するのは不可能だ。影の世界の王女などと誰かに紹介しても信じてもらえるわけがない。ましてや彼女の姿をこちらの世界の誰かが見たら、邪悪な妖精と勘違いされるのが関の山だろう。ちょうど彼女と最初に出会ったときリンクがそう思ったように。

 

この広い世界で、リンク以外にミドナのことを理解しているのはゼルダ姫くらいだろう。だが彼女は城の奥深くに幽閉され今は生死さえも不明なのだ。

 

「それに将来お前に大切な人ができたときどうする?お前が違う世界から来たわけのわからない存在と会話しているのを見たらお前の嫁さんがどう思うか、想像できるか?」

 

問われてリンクは言葉に詰まった。だが、だからといってこの世界で天涯孤独のミドナを見捨てることなど自分には到底できない。

 

「ミドナ、僕は君もよく知ってるように無知だし考えが足りない。だけどそうだからこそ希望を持つことができるってこともあるだろう?」

 

リンクは言った。

 

「先のことはその時に考えればいいさ。僕は君のそばにいる。君が戦うのを手伝い続ける。だから...」

 

「リンク。もうやめてくれ!」

 

ミドナは叫んだ。彼女は両手を拳に握り締め、歯を食いしばりながら俯いて涙をこらえていた。

 

「ミ...ミドナ?」

 

リンクは思わず彼女の顔をまじまじと覗き込んだ。だがミドナが右手を上げると、リンクは壁に当たったように後ろに弾かれた。

 

リンクはもう一度ミドナに声をかけようとした。だがふと気づいて黙った。彼女は今まで考えられないほど孤独な戦いを続けてきたのだ。国を失った悲しみも、誰一人支えてくれないという寂しさも堪えながら。

 

それでも王女という地位と矜持ゆえに彼女はその感情を必死で抑えてきたのだ。リンクはゼルダ姫のことを思い出した。彼女と接したとき、リンクは慈母のような優しさと暖かさを感じたと同時に、近寄りがたい冷厳さをも感じた。高い地位にあるとはそういうことなのだ。村人たちのように、悲しいときに誰かの肩を借りて泣き、寂しいときには互いを訪ね、嬉しいときに共に笑いあう、そんな生き方をすることは許されていないのだ。リンクはただ立ち尽くして、自分の感情と戦うミドナを見守るしかなかった。

 

そのとき、人の気配を感じてリンクは振り返った。だが背後の石舞台の上にも、広場の砂地の上にも誰もいない。

 

怪訝に思って視線を上げたリンクは息を呑んだ。巨大な岩の板を鎖で吊るしている円柱の天辺に据えられた王家の紋章のプレートの上に人影がある。

 

六つある円柱のうち五つの上に、淡い黄色に輝く人の姿が見えた。目を凝らすと、それは皆髭を蓄え白い衣を着た老人だった。

 

ミドナも気づき振り向いて顔を上げた。老人たちの髭と衣は風にたなびいていた。幻影なのか実体があるのかはわからなかったが、明らかにリンクたちのほうに視線を向けている。

 

「影に邪悪なるものが宿って魔となりけり」

 

老人たちの一人が言った。

 

「神に選ばれし者の印を持つ若者よ」

 

別の老人が呼びかけてくる。やはり幻影ではない。こちらを認識しているのだ。

 

「我らは古より陰りの鏡を司りし賢者たちなり」

 

その老人が言った。

 

「賢者だって...?」

 

ミドナが目を見開いて呟いた。

 

「汝らが求めし鏡は魔の力により砕かれたり」

 

また別の賢者が言った。それを聞いたリンクはミドナを見た。

 

「ミドナ、この人たちはザントが来たときそれを見ていたんだろうか?」

 

だがミドナは人差指を口に当てるとリンクを制止し、賢者たちの言葉に耳を傾けるよう手振りで促した。

 

「その魔力とはある者が持ちし闇の力なり。その者の名は」

 

賢者が続ける。

 

「ガノンドロフ」

 

ガノンドロフ?リンクはその名を聞いたことがあったような気がした。だが思い出せない。しかしいずれにせよ並外れた強さと悪辣さを持つ者の名という印象がした。

 

「リンク、こいつらは昔の賢者たちが魔法で仕掛けたメッセージなんだ」

 

ミドナは賢者たちを見上げたまま言った。

 

「あのゾーラの女王が残したのと同じさ。だが実によくできてる。本人たちと話しているのとほぼ同じだ。何か聞き出せるかも知れないぞ」

 

ミドナの目に光が戻り始めている。彼女は顔を上げて言った。

 

「おい賢者さんよ。ザントは確かにここに来たんだろ?そのザントとガノン何とかという奴はどういう関係なんだ?」

 

「ガノンドロフとはかつて聖地に攻め入りこれを手に入れんとした盗賊の首領なり」

 

リンクの脳裏にゲイルの言ったことが思い起こされた。宝を封印した地に悪しき者が攻め入ったという話だ。

 

「魔盗賊と呼ばれしその男は魔法を用い邪悪なる力をほしいままに振るいたり」

 

賢者が続ける。

 

「力を追い求めしその男はやがて力に溺れ囚われの身となり我らの手に落ちしものなり」

 

「くそっ、古ハイラル語文法だと結論から先に言わないんだ。イライラする」

 

ミドナが聞きながら呟いた。

 

「我ら賢者はその男を処断すべくこの地に連れ来たるものなり」

 

リンクの心の中にまざまざとその光景が描き出された。この場所はまさにそういったことのために建造されたのだ。リンクは、せめてそのガノンドロフの処刑は公正な裁判を経て行われたものと信じたかった。

 

「しかして我ら見落としたるはこの男の力。彼もまた神に選ばれし印を持ちし者なり」

 

一人の賢者がそこまで言うと別の賢者が引き取った。

 

「その男賢者の剣に胸を貫かれしも蘇り、我らの一人を倒し自らの鎖を断ち切りたり」

 

「なんだって?じゃあ解き放たれたのか?」

 

リンクは思わず呟いた。

 

「それゆえ我ら陰りの鏡を用いてその男を照らし影の国に送りてことを収めたり」

 

「なっ.....なんだって?」

 

今度はミドナが声を上げた。

 

「おい、どういうことだ。お前たちが持て余した大悪人を私たちの世界に勝手に送り込んだってのか?」

 

賢者たちはしばらく黙っていたが、やがて一人が口を開いた。

 

「その男の邪悪なる欲望と怨念は生き残りそれがザントに力を与えしものと我ら推量したり」

 

「ふざけるな!」

 

ミドナは大声を上げた。

 

「賢者が聞いて呆れるぜ。それで一体何が起こったかわかってるのか?」

 

だが彼女はすぐにがっくりとうなだれ、陰りの鏡の枠に腰を掛けた。

 

「どっちにしろもう遅い。今更ザントの奴の力の秘密がわかったところで何ができる?」

 

すると別の賢者がまた言葉を継いだ。

 

「陰りの鏡を消滅せしむるを得る者はただ一人、影の一族が認むるその長なり」

 

「その言い伝えは知ってるよ。だけど現に鏡は壊れたじゃないか」

 

ミドナが投げやりに答えた。

 

「魔力により分かたれた鏡は破片となりてハイラルの各地に散りたり。一つは雪深き山に」

 

「もう一つは古の森に」

 

「もう一つは天空に」

 

三人の賢者たちが言った。

 

「ミドナ、聞いただろう。やっぱり鏡の破片は残ってるんだ」

 

リンクが囁いた。

 

「雪深き山、古の森、天空...」

 

ミドナも自分に言い聞かせるように繰り返した。

 

「黄昏の姫よ」

 

賢者の一人が言った。

 

「我ら自らの過ちによりそなたの国に惨禍を起こせしことを深く悔いるものなり」

 

賢者たちは皆深く頭を垂れた。しばらくそうしていた後、一人の賢者が頭を上げて口を開いた。

 

「されど汝らならば鏡の破片を集めることは可能と我ら信じたり」

 

「私の正体まで知ってるってわけか」

 

ミドナは言った。まだ投げやりではあったが、その表情に生気が戻ってきていた。

 

「ミドナ、やっぱりまだ希望はあるよ。三つの破片を探せば鏡を元に戻せるかも知れない」

 

リンクはミドナを見た。

 

「そうだな」

 

少し黙った後ミドナは言った。

 

「リンク、思ってたよりずっと長丁場になりそうだな」

 

彼女はリンクの顔を見上げた。

 

「リンク、付き合ってくれるか?」

 

「もちろんじゃないか」

 

リンクは笑った。

 

「さっき言ったろう。それとも君は僕に何度も恥ずかしいことを言わせるつもりかい?」

 

それを聞くとミドナも笑った。やっとその目に光が戻ってきた。

 

「しかし汝ら心に留めよ。鏡の破片に凄まじき魔力が宿りて悪しき者を引き寄せたることを」

 

そう言い残すと、賢者たちの姿は消え去った。闇夜のなかリンクとミドナは広場に残された。

 

「そんなことは先刻承知さ」

 

ミドナは呟いた。その声は張りのあるいつもの声だった。

 

「リンク、お前は腹が減ってるんだったな。ここで休憩するか?」

 

ミドナに聞かれリンクは正直なところこの場所からは離れたいと思った。二人は結局ラネールの泉まで飛ぶことにした。城下町に戻って休むことも考えたが、あまり早く戻るとラフレルに怪しまれるかも知れないと考えたからだ。

 

ミドナが魔法でリンクの装備と衣服を取り去り、その身体を狼の姿に変えると、ワープで二人ともども虚空に吸い込まれた。

 

気がついた頃にはリンクたちはラネールの泉のほとりにいた。二人ともクタクタだった。リンクは服を着るとミドナに自分の食料を出してもらい、残りを綺麗に食べ尽くした。またラネールの泉から水を汲んでゴクゴク飲んだ。

 

腹が一杯になると睡魔が襲ってくるのを我慢し、リンクは木の少ない湖畔で枯れ枝を集め、泉の傍で焚き火を起こした。

 

焚き火の前で横になると自然に瞼が重くなる。ミドナは姿を消している。だがリンクはミドナのことを考えた。

 

自分は勇者としての戦いに孤独感を感じていた。だが、勇者としての立場を離れれば、村には友人たちがいる。城下町にも少数ではあるが友達ができた。

 

しかし、この世界ではミドナには誰一人友人がいない。自分以外には。僕は絶対にミドナを見捨てない。リンクはそう念じながら眠りの中に落ちていった。

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